こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:17年3月8日、誤字報告により修正しました。


23.移動キー

 選手は、応援の拍手と『楽団部』の演奏を背に迷路へと旅立つ。

 ハーマイオニーは我が事のように興奮する。

「胸が躍るわね、クローディア!」

 叫んでから、ハーマイオニーは彼女に気付いた。

 最後の選手・ハリーを送りだし、ハーマイオニーは観客席を見渡す。しかし、クローディアの姿は影も形もない。ロンに声をかけても、彼はシェーマスと盛り上がっている。ハリーが優勝したら何を強請るか相談していた。

 呆れたハーマイオニーは、ロンを放置する。

「こんな時に、何処に行ったのかしら?」

「フリットウィック先生に呼ばれたよ。クララが見てたもン」

 囁かれるような声に、吃驚したハーマイオニーが振り返る。

 後列の席に、ジニーとルーナが並んで座っていた。ルーナの見開かれた眼球が明後日の方向を見ている。熱狂に包まれた時でも、彼女は普段と変わらない。

 一部から、ルーニー(変わり者)と呼ばれるだけのことはある。

 ハーマイオニーは、どうしてもルーナの突拍子もない行動や発言が好きではない。クローディアとジニーが何故、彼女と交流出来るのか、正直、理解に苦しむ。

「こんな大事な時に、先生に呼ばれたってことは……」

「迷路にいるってこと。きっと、優勝杯を守っているよ」

 ジニーが言い終える前に、ルーナが的確に言い切る。人の発言を遮るなど、不躾だとハーマイオニーは思う。しかし、ジニーは慣れているらしく、少しも気にしていない。

 優勝杯を守っているかは別とし、ハーマイオニーもクローディアが迷路にいると確信した。

「もし、クローディアがハリーの障害になるなら、誰も優勝できないんじゃない?」

 ハーマイオニーの言葉を耳敏く聞き取ったフレッド、ジョージが詰め寄った。

「「誰も優勝できないなんて、それこそ我々は大儲けだ!」」

 叫んだ後、ジョージは急に笑みを消す。

「あの迷路には、教師達が何か仕掛けをしているんだろ? クローディアは、それにかからないのか?」

 的確な疑問に、ハーマイオニーは戦慄した。だが、頭の隅は冷静に働く。第2課題でも、ハーマイオニー達に害が及ばぬように取り図られていた。

「大丈夫よ。私とロンだって、怪我はしなかったもの」

 ハーマイオニーの発言を聞きながら、空を仰いだルーナが眉を顰める。

「怪我の問題じゃないけどね」

 試合に興奮した観衆達は、浮つきの消えたルーナの呟きを気に留めなかった。

 

☈☈☈☈

 耳を澄ましていれば、芝生を駆ける足音、呪文を叫ぶ声が微かに聞こえる。

 クローディアの眼前には、何故かハグリッドより巨大な蜘蛛が円らな瞳をこちらに向けてくる。しかも、奇妙に動く牙から液体が溢れ、ゆっくりと歩み寄る。親交を深めたい、などという目的では絶対にない。完全に蜘蛛から餌と認識している。

 これが話しに聞いたアクロマンチュラだろう。どっかの監督のホラー作品に出てきそうだ。

 正直、悲鳴を上げそうな程、吃驚している。

(こいつさ、ハグリッドが飼っているんだろうさ)

 杖を蜘蛛に向けクローディアは、迷うことなく叫ぶ。

「アラーニア・エグズメイ!(蜘蛛よ、去れ)」

 杖から閃光が飛び出し、正に口から巣を吐こうとした蜘蛛を安々と後方に吹き飛ばす。蜘蛛は生垣を下敷きにし、音を立てて地面に激突した。

「死にませんように」

 呟いたとき、明後日の方向から甲高い悲鳴が耳を打つ。

(フラーの声さ?)

 ルーピンがクローディアに危険があれば、白い花火を打ち上げろと告げていた。ならば、選手にも我が身の危険を伝える手段があるはずだが、それらしい動きを見ることが出来ない。

(どうしようさ。フラーの様子を見に行ったほうがいいさ?)

 持ち場を離れたと知られたら、信用問題に関わる。しかし、あの悲鳴がフラーのものなら、命に関わる状況に陥っているのかもしれない。正直、クローディアはフラーが好きではないが、放っておくと良心が痛む。

 優勝杯に杖を向け、目晦ましの魔法をかける。これで他の人に優勝杯を見つけ出すことは出来ない。深呼吸して、クローディアは影へと変じた。生垣を伝いながら、悲鳴が聞こえた方角へと進んだ。

 おそらく、悲鳴が発せられたと思しき場所。蔓に巻きつけられたフラーが地面に伏していた。蔓は『悪魔の罠』だ。気絶しているのか、身動きひとつしないフラーから蔓はゆっくりと離れていく。

(『悪魔の罠』にやられたさ?)

 しかし、それにしては抵抗の跡が見られない。何かに驚いて気絶し倒れた拍子に、『悪魔の罠』が反応した可能性がある。

 原因を推測していると、突然、別方向から空に赤い花火が上げられた。

(あれが選手用の花火さ。誰も周りにいないし、このままだとフラーが危ないさ)

 巨大蜘蛛も徘徊している場所に、倒れていればフラーは確実に殺される。即決したクローディアは、影から変身を解き、空に杖を向けて赤い花火を打ち上げた。

 すぐに、クローディアは影に変じて生垣に身を潜める。

 一分も経たないうちに、ムーディとハグリッドが駆けつけた。ムーディの義眼がクローディアのいる生垣を凝視し、彼の口元が愉快気に歪んだ。

(ああ……。マッド‐アイに正体バレたかもしれないさ)

 仕方ないと胸中で呟き、クローディアは生垣を伝って持ち場へ戻った。

 

 クローディアが戻ると、ハリーとセドリックが巨大蜘蛛に襲われていた。蜘蛛は、一度吹き飛ばされているせいか、不機嫌丸出しで自慢の口バサミに音を立てる。

 ハリーは既に足から血を流し、痛みに耐える仕草で杖を振るっている。それを助けるようにセドリックも杖から閃光を放つ。

 選手に手を貸さない。ハラハラした気分で、クローディアは2人を見守った。

 互いに協力し合う動きを見せ、蜘蛛の懐へ飛び込んだハリーと蜘蛛の背後を取ったセドリックが叫んだ。

「ステューピファイ!(麻痺せよ)」

 挟まれた攻撃に蜘蛛は、痙攣したかと思うと再び生垣を押しつぶしながら、倒れこんだ。

 息切れし、咳き込んだハリーが地面を這う。セドリックが彼に駆け寄り、肩を抱き上げた。

 足に痛みが走ったハリーは思わず、短い悲鳴をあげる。蜘蛛から離れた場所までセドリックがハリーを運び、適当な地面に座らせた。

 ハリーの足はずっと血を流し、痛々しく傷を主張する。傷を見て顔を歪めたセドリックが杖を彼の足に向ける。

「ヴァルネラ・サネントール(傷よ癒えよ)」

 攻撃していたときとは、全く違う優しい光が杖から放たれた。ハリーの足の傷を塞いでいく。

「出血を止める程度しか、治せてないから足に負担をかけちゃ駄目だ」

「ありがとう……」

 ここまで、見届けてからクローディアは変身を解いた。

 すぐにハリーがクローディアに気づいて「あっ」と声を上げる。つられてセドリックも勢いよく振り返った。

「どうして、君がここに? いつから?」

 警戒を解かずセドリックは、深呼吸する。

「ついさっきさ。どうしてここにいるかは、バグマンさんが優勝杯を守れって、私に言ったさ」

 セドリックの警戒に緊張し、クローディアの声が自然と低くなる。

 荒い呼吸を繰り返しハリーは、生け垣を伝いながら立ち上がる。セドリックが手を貸そうとしたが、彼は丁寧に断った。

「競技場に来る前に、バグマンさんが僕に『君が優勝するのは確定』だって言っていた。君のことだったんだ」

 あまり嬉しそうではないハリーは、無意識に怪我していた箇所を擦る。

「それで、僕らはどうすればいい?」

 ハリーとセドリックの目が周囲を探っている。優勝杯を探していると察したクローディアは、クラウチの言葉を思い返しながら、腰に手を当てる。

「一番に、ここに来た選手と優勝杯を手に取るように言われたさ。それで、どちらに渡すべきさ?」

 クローディアの言葉に、ハリーはセドリックを振り返る。

 その仕草でハリーは、セドリックに優勝杯を渡すべきだと伝える。

 視線の意味をくみ取ったセドリックは、ハリーの足の傷を一瞥し、手繰り寄せるように自分の胸ぐらを掴む。

「ハリーに渡すべきだ。ハリーは、迷路で二度も僕を救ってくれた」

 戸惑いのない宣言を聞き、ハリーは首を横に振る。

「違う。優勝杯に、先に辿り着いた人が得点を取るんだ。いま、優勝杯の在り処を聞いても、僕はこの足では走れない」

 ハリーは正当な言い分を述べ、セドリックは彼に譲ろうとしている。つまり、2人の意見は『自分は受け取れない』ということだ。

 クローディアの個人的な意見としては、ハリーに取ってもらいたい。しかし、それは不公平であり、不正だ。公平に判断するならば、セドリックが優勝杯を取るべきだ。

 疲労し汚れきったハリーに胸中で謝り、杖を振るって優勝杯にかけて目晦ましを解く。

 美しく輝く優勝杯の出現に、ハリーとセドリックは唾を飲み込む。これを獲った者が優勝、3人の緊張感は一気に高まる。

「ディゴリー、手に取るさ。優勝はあんたさ」

 言葉を噛まぬよう、丁寧にクローディアはセドリックに告げる。

 自分が優勝者と告げられ、セドリックは自然と笑みが零す。しかし、彼は優勝杯を物欲しそうに見つめた後、ハリーに視線を送る。

「駄目だ。僕はハリーに助けてもらった。ハリーがドラゴンのことを教えてくれたから、ここまで来たんだ!」

「それは他の人が助けてくれたからだ。君だって、卵のこと僕に教えてくれた。おあいこじゃないか」

 セドリックは二歩・三歩と優勝杯から離れ、ハリーに向かって首を振る。

「卵のことだって、僕の発想じゃない。それにハリーは第2の課題のときに、もっと高い点を取れたのに人質を優先した。僕には出来なかった」

「いいから、とれよ!」

 セドリックの態度に、焦らされるハリーが思わず怒鳴る。それでも、セドリックは拒んだ。それどころか、ハリーの背を押して優勝杯まで導いたのだ。

 

 ――優勝する権利を放棄し、ハリーの優勝を望んでいる。

 

 そうなれば、クローディアは彼の意思を尊重するだけだ。

「セドリックは試合放棄ってことで、さあハリー取るさ。正式にあんたが優勝さ」

 微笑んだクローディアもハリーの肩を押す。2人に押されたハリーは、色めき立った目で優勝杯を眺める。そして、セドリックの顔を見た。

「2人でとればいいんだ」

 とんでもない発想だ。ハリーならではの思いつきに、クローディアとセドリックは動揺した。

「どちらが取っても、ホグワーツの優勝に変わりない。2人の引き分けだ」

 ハリーは満足そうに言い放つ。勝利を分かち合うとは、この事だ。

「君、それでいいのか?」

 呆れと感心を混ぜて、セドリックは確認した。

「ああ、僕たちは助け合ったんだ。2人とも、ここに辿り着いた。一緒に取ろう。クローディア、お願い」

 呼ばれたクローディアは、我に返る。

 セドリックはハリーという人間の大きさを知り、満足そうに微笑んで彼と握手した。

「では、3人同時に優勝杯を掴むので三つ数えたら、掴むさ」

 緊張気味に、3人は優勝杯の手を伸ばす体勢になる。お互いの顔を確認の意味で見合わせた。

「1、2、3」

 クローディアの合図で、ハリーとセドリックは優勝杯の取っ手を掴んだ。

 

 ――はずだった。

 

 数秒の差でセドリックは掴んだ振りをしただけで、手を引っ込めた。

「優勝は君だ! ハリー!」

 祝福するように、セドリックが叫んだ。

 クローディアとハリーは、セドリックに何を言う暇もなかった。何故なら、2人は優勝杯を掴んだ瞬間に肉体が引っ張られた。

 『姿現わし』と違い、文字通り優勝杯に導かれているのだ。何の魔法か考える間もなく、クローディアは体にかかる衝撃に歯を食いしばった。

 

 飛び込むように地面に足がついた。

 『煙突飛行術』に近い目が回るような体験だった。まず、クローディアは身体の無事を確認する。次いで、ハリーの身を案じる。彼は衝撃の反動で、深呼吸を繰り返していた。

「ここは、何処さ?」

「わからない……、わかるのは‥優勝杯が『移動キー』だったってことだよ……」

 噂に聞く、『移動キー』。滅多にない体験に微かな感動を覚えつつ、クローディアは警戒を解かない。本来なら、魔法の体験に全身で喜びたいが、ホグワーツの敷地ではない場所にいる。

 しかも、灯りひとつない荒地、否、周囲に墓石が置かれていることから、墓場だ。少し離れた場所に小さい教会のような建物も見える(暗過ぎて、ただの茂みかもしれない)。

 何処かの屋敷も、教会より離れた場所に立っていた。薄暗く草が生い茂った墓場は、少しも安心できない。

「ルーモス(光よ)」

 クローディアが杖の先に光を灯し、周囲を照らす。

「ハリー、立てるさ?」

 声をかけられ、ハリーも杖を構える。お互いの背を預けあい、何かを見つけようとした。慎重に進みながら、2人は杖の灯りで墓石や木々を観察する。

 ハリーが何かに気づいて、足を止める。

「クローディア、これは……」

 ひとつの墓石の前で、2人は我が目を疑う。

 丈長大理石を削って造られた墓は、この場所では一番、上等な造りをしていた。問題は、そこに刻まれた名前だ。

【トム=リドル】

 見間違いではないかと、クローディアは何度も読み返した。

(ここは、ヴォルデモートの父親の墓……)

 不安と焦りで心拍が早まり、クローディアの脳髄から警報が鳴りだした。

 この衝撃、時間にすれば1秒にも満たない。

「クローディア! 早く優勝杯に戻って!」

 指示したハリーは突然、悲鳴を上げて座り込んだ。

「ハリー、どうしたさ!?」

 苦悶するハリーは、呻き声を上げたまま額を引っ掻くように押さえていた。尋常ではない彼の様子に、クローディアは逃避を選択する。杖の灯りを消し、『呼び寄せ呪文』で優勝杯を呼ぼうとした。

「アクシオ!(来い)」

 それが一瞬の油断だったのだろう。

 何の前触れもなく、クローディアの杖が手から弾かれる。次いで、全身が跳ね上がる感覚が彼女を襲う。視界は揺らぎ、声が出ない。嗚咽した後、身体が意思に反して、強制的に地面へと転がった。

 暗がりの視界に映るのは、黒外套。クローディアの杖がその手に握られている。自分は、この黒外套に魔法をかけられた。身体を麻痺させる類の魔法だろう。

 そのせいで、見知らぬ黒外套が近寄ってくるのにクローディアは反応できない。

 それどころか、聴覚を失ったように何も聞こえない。

 黒外套はクローディアに構わず、ハリーを持ち上げた。痛みに暴れるハリーは【トム=リドル】の墓石に叩きつけられ、何処からか現れた縄で頑丈に固定された。されるがままで堪るかと、ハリーの足が黒外套を掠めた。

 それが黒外套を外し、素顔が露になる。

 頬骨が目立つ痩せた男は、焦げたような茶色い髪で顔が覆われていた。しかし、眼前にいるハリーには十分すぎる程、判断がつく。

「クィレル……」

 確認するようなハリーの声は、もう呻いていない。

 感覚が狂っても、クローディアはハリーの唇の動きを読んだ。心臓が刺激され、自然に地面を着いていた手に力が入る。

 

 ――やはり、クィレルは現れた。

 

 奴の手が地面に伏しても尚、睨んでくるクローディアへと伸びる。

 反射的に、クィレルの手を跳ね除ける。『失神の呪文』で身体の自由が効かぬはずが、その一瞬だけ動けた。驚いた彼は、目を見開く。すぐに唇を動かす。

 次に襲ってきたのは、眠気だ。

(ダメ!)

 こんな所で、意識を失うわけにいかないのだ。

 必死にクローディアは眠気に抗う。いつまでも眠ろうとしない彼女に業を煮やしたクィレルは、その辺に落ちていた石を掴む。容赦なく、彼女の後頭部を殴った。

 流石に抗えず、意識が飛んだ。

 

☈☈☈☈

 額が痛い。額の傷が痛い。

(クローディア、クローディア……)

 この状況を打破する術が思いつかず、ハリーはクローディアの名を呼ぶ。彼女は頭から血を流し、無造作に置かれた石の棺桶に横たわっている。

 2人の間には、人間1人が丸々入れそうな大鍋が用意され、注がれた液体がブクブクと沸騰状態だ。湯気まで立っているにも関わらず、匂いがしない。

 恐ろしい予感しかない。

「ご主人様、しばしのご無礼お許し下さい」

 大鍋の前で、クィレルは腕に抱えた『ソレ』に恭しく頭を下げる。

 『ソレ』は、干からびた幼児のようにも見えた。幼児にしては、見開いた眼光が充血したように真っ赤だ。血に飢えた獣よりも鋭い。

「ヴォルデモート」

 ハリーには、『ソレ』が誰なのか理解できた。臓物から来る恐怖に、声も出せない。言い知れぬ恐怖で身震いした瞬間、クィレルは『ソレ』を沸騰した大鍋へと放り込んだ。この世のものではない、まさに断末魔のような叫びが大釜から放たれ、耳を打つ。

 一瞬、クィレルが『ソレ』を鍋に入れ、殺したのだと思った。だが、彼は杖を振るい、上機嫌に呪文を唱えだした。

「――父の骨、知らむ間に与えられん――」

 ハリーを縛った墓石の地面が裂けたかと思えば、古い人骨が宙に浮いて大鍋へと吸い込まれた。

「――しもべの肉、喜んで差し出されん――」

 袖から、銀色の短剣を取り出したクィレルは、杖を持っていない右手を切り捨てた。想像を絶する苦痛をモノともせず、寧ろ、笑いながら耐えていた。切られた手を大鍋へ入れると、湯気は一層、沸き起こる。

 切り口を魔法で止血したクィレルは、激痛すら快感であるように顔を歪める。そして、ハリーへ短剣を向けた。

「――敵の血、力ずくで奪われん――」

 刃が何をするのか、すぐに判断出来た。無意味と知りながら、ハリーはもがく。

 だが、無情にもハリーの腕は、縄目から取り出された。クィレルは、彼の右腕の肘の内側に何の迷いもなく刃を突き立てた。

「ああああああ!!」

 

 ――痛い、痛い、痛い。

 

 額とは違う痛みに、ハリーは悲鳴を上げた。腕から血が噴出し、大鍋へ飛び散る。4つが混ざった液体が灰色となり、湯気は周囲を覆い隠していく。

(目を覚まして、目を覚まして、クローディア!)

 ハリーはクローディアの目覚めを願う。彼女ならば、この状況を打破してくれる。彼は真剣に縋る。

 縋りは徒労に終わった。

 湯気が大鍋の中心へと渦を起こし、それが人の形を成していく。否、大釜から人が這い出てきたのだ。ねっとりとした肌で毛がひとつもなく、その瞳は与えられた血を啜ったように赤い。まるで、蛇が人の姿を象っていた。

 

 ――ああ、蘇ってしまった。

 

 かつて、ハリーが倒した男が蘇ってしまった。よりにもよって、彼の血によって肉体を得てしまった。

(どうして、こんな事になったのだろ……)

 虚無感に苦しむことも忘れ、ハリーは他人事のようにそれを眺めていた。

「ああ、ご主人様!!」

 感極まったクィレルがその場に膝を着き、片腕で自らの外套を差し出した。

「ご主人様、お帰りさないませ」

 肝心のヴォルデモートは、自分が肉体を得た喜びに浸っていた。クィレルがどれだけ頭を下げようと、声をかけない。

 そして、ようやくクィレルがいることに気づいた。外套を受け取り、慎重に杖を取り出す。杖に触れることにも、感動を覚えている様子だ。

「我が忠実なる僕よ。腕を出せ」

 聞いているだけで、悪寒の走る声がクィレルにかけられた。まるで神託を受ける神官のように、左の腕を差し出した。彼が口で袖を捲ると、そこには『闇の印』と同じ模様の入れ墨が施されていた。無論、ただの入れ墨ではない。

「さあ、同胞よ。来たれ!」

 甲高く笑い、ヴォルデモートは杖をクィレルの腕に押し付けた。

 更に強い痛みがハリーの額を襲う。しかし、クィレルも悲鳴のような呻き声を上げた。

 時間をかけてクィレルの腕に杖を押し付けた後、満足げに歪んだ笑みを浮かべたヴォルデモートは彼から離れた。

 クィレルは主人の前だというのに、地面に蹲る体勢になる。息苦しそうに眉を寄せ、肩で息をしていた。

 ヴォルデモートは一切、クィレルを気に留めず、墓場を見渡す。

「さて、何人が俺様の下に戻り……離れて行くかな?」

 冷酷な笑みを浮かべて呟き、ヴォルデモートはハリーを見据える。

「ハリー=ポッター。そこは、俺の父の墓だ。俺様にむざむざ殺され、埋められた哀れな父だ。貴様の母親も俺様に殺された。似た者同士の愚か者だ」

 吐き捨てたヴォルデモートは、横たわるクローディアへと近寄る。

「この小娘も愚か者の仲間入りかな?」

 小気味よく笑いながら、ヴォデモートの指が静かに呼吸するクローディアの喉元を這う。

「彼女に触るな!」

 力を振り絞ったハリーが叫んだ。わざとらしく両手を上げたヴォルデモートは、クローディアから離れた。代わりに、何処からともなく現れた大蛇が首筋を舐めた。

 あまりにも巨大な蛇は、クローディアを丸のみするには十分な身体つきだ。

「……ん」

 微かな呻き声をあげたが、クローディアは起きない。

「クローディア! 起きて、起きてくれ! 君が危ないんだ」

 

 ――逃げて欲しい。

 

 そんな思いを込めて、ハリーは呼びかける。そんな彼の姿をヴォルデモートは、愉快気に眺める。

「そんなに、小娘が愛おしいか? 俺様の母も、父を愛していた。だが、母が魔女だと知るとゴミのように捨てた。俺様の父でありながら、魔法の存在を拒絶したのだ。打ち捨てられた母は俺様を産むと、そのまま息絶えた。……この小娘がどんな顔で死ぬか、興味深いだろう?」

 蛇がクローディアの喉笛に触れる。今にも、食いちぎりそうな勢いだ。

 だが、何かに気づいて顔を上げた。

「おおう、ついに来たぞ」

 薄ら笑うヴォルデモートが呟くと、蛇はクローディアから離れた。

 

 ――墓場の空気が変わった。

 

 暗闇の向こうから、数人の人影が『姿現し』してきた。

 真っ黒い外套と仮面で姿を覆う『死喰い人』だ。彼らは、ヴォルデモートの姿に戸惑いを見せていた。それでも、恭しく主人に跪き、忠誠の口づけを奴の外套に贈る。

 それをまるで、虫けらを見るような目でヴォルデモートは傍観していた。『死喰い人』は、ご主人様を中心に輪となっていくが、人数が足りないのか輪は途中で切れた形になった。

 構わず、ヴォルデモートは『死喰い人』を見渡す。

「我が『死喰い人』どもよ。よく来たものだ」

 歓迎のようでいて、蔑むような口調が響く。

「13年が過ぎた。この歳月の意味がわかるか? それは……、貴様らが俺様を探さなかった月日だ!!」

 凄まじい一喝に、『死喰い人』達は動揺し、狼狽える。ヴォルデモートが怒りで誰かを殺す勢いだ。しかし、逃げ出すことも出来ず、彼らはその場で震えあがっただけだ。

「ご主人様に永遠の忠誠を誓ったはずが! 貴様らは俺様が完全に滅び去った幻想を抱き、あろうことか無実を訴えて、健やかに歳月を生きた! 俺様は、失望した。貴様らにだ! そうだろう、エイブリー!」

 1人の『死喰い人』の仮面にヴォルデモートが手を触れた。呼ばれたエイブリーは、気力を抜かれたように地面に倒れ伏した。

「クラッブ! ゴイル! ノット! マクネア!」

 汚物を払うように、ヴォルデモートは次々と『死喰い人』の仮面を剥ぎ取っていった。最後に残された『死喰い人』は、震えを見せながらも堂々と立ち尽くしていた。

「そして、ルシウスよ。抜け目ない友よ」

 仮面を剥ぎ取られたルシウス=マルフォイは、恐怖に引きつりながらも倒れなかった。

「世間体の保つために、おまえは尽力を注いだ。何故、その力を俺様のために使わなかった? こそこそとしたマグル苛めは、楽しかったか?」

「お言葉ですが、我が君、私は常に準備しておりました。あなた様の御消息がチラリとでも耳に入れば、私はすぐにお側に馳せ参じるつもりでございました。その為に、私は世間を騙さなければならなかったのです」

 淀みなく答えるルシウスをヴォルデモートは、軽蔑の眼差しを向ける。6人の下僕を見渡し、嫌悪に顔を歪めて吐き捨てた。

「俺様は、貴様らの愚かしさを、身を以て味わった。故に、これからは忠実に使えよ」

 即座に6人は、地面にひれ伏してヴォルデモートへ頭を垂れる。

「「「「「「お慈悲を感謝いたします」」」」」」

 一瞬の気の緩みもない。

 死の恐怖から、逃れんが為に彼らは感謝を口にする。姑息にして、愚鈍な下僕をヴォルデモートはようやく視界に入れ、冷酷かつ残酷さを込めて嘲笑った。

「さて、この宴の席にいる客人を紹介しよう。俺様のお陰で有名になったハリー=ポッターだ」

 『死喰い人』の視線が墓石に縛られたハリーに注目した。誰もが騒然となった。今までヴォルデモートに気を取られ、ハリー達に気付かなかった。

「そして、その友・クローディア=クロックフォード」

 次いで、石の棺桶に横たわるクローディアがいる。その存在に怪訝する声も上がった。ただ1人、ルシウス=マルフォイだけがその彼女を受け入れていた。そして、若干、焦りを見せている。

 ヴォルデモートはハリーの傍まで歩み寄り、誰にも振り向かずに言い放つ。

「この小僧の母親が、己の死と引き換えに印を残した。あまりにも古く、そして俺様が軽視していた魔法だ。それにより、小僧は俺様を退けた。俺様は幽霊でも魂でもない名も付けられぬ脆弱な存在となって、かろうじて生き延びていた。そんな存在であっても、小僧を護る魔法は働き続けた。4年前に『賢者の石』を求めた折も、俺様はハリー=ポッターに触れられなかった」

 ヴォルデモートの不気味に細い指がハリーの頬に触れた。

 逃げることもできず、その指はハリーに激痛を超えた痛みを与える。悲鳴を上げることもかなわず、一瞬、意識を飛ばしかけた。

「だが、もはや、その魔法は俺様に通じん」

 勝ち誇ったヴォルデモートは、ハリーから手を離す。

 ハリーは痛みが和らぎ、空気を求めて肩で息をした。だが、心と身体はより緊張を増す。母がくれた護りが効力を失ったのだ。おそらく、ハリーの血が混ざったことが原因だろう。

 脳髄の奥で、ハリーは微かな冷静さを保つ。

 ヴォルデモートはそんなことは知らず、蹲っていたクィレルを立たせた。

 手をなくした腕を擦りつつも、クィレルは足に力を入れて立ち上がる。手の切り口を見て、『死喰い人』は戦慄した。

「ここにいるクィリナス=クィレルが、ここまでの手筈を整えた。魔法省のバーサ=ジョーキンズから様々な情報を聞きだし、俺様を献身的に世話した。このクィリナスは、元はホグワーツで教鞭をとっていた。4年前、俺様に忠誠を誓い、『賢者の石』を手に入れんとした。その目論見は、叶わなかったが、クィリナスは俺様を見捨てなかった。その身をアズカバンに預け、俺様から心が離れたように振る舞いながらも、見事、俺様を探し出した」

 恍惚な表情を浮かべたヴォルデモートは、クィリナスの手をなくした腕に触れる。労わるような優しい手つきで、その腕を撫でた。

「これぞ、俺様への忠実に忠誠にして忠義、誇れ、クィリナスよ」

 微笑のように目を細め、ヴォルデモートとは思えぬ心の籠った称賛が述べられた。声をかけられたクィリナスは、感動のあまりその目に涙を浮かべた。

「勿体ないお言葉に、ございます。ご主人様、……なんとお心の広い。その言葉だけで私のこれまでが報われました。より一層、お仕えいたします」

 悍まし光景に、ハリーは自然とクィレルを睨んだ。

 クローディアの心痛を知らず、クィレルは達成感に満たされている。それがハリーには悔しい。

 ヴォルデモートは満足そうに頷き、ハリーを一瞥する。そして、クィレルから離れると、クローディアの傍へ寄った。

「クィリナスを得ただけが4年前ではない。そう、この小娘だ。ハリー=ポッターと共に、俺様の前に立ちはだかった。俺様をアルマジロ以下などと罵倒した」

 屈辱だと言わんばかりにヴォルデモートは、怒りを露にした。それに『死喰い人』はざわめき、お互い目を合わせる。ただの子供の悪口に、ここまで怒り狂うのは珍しいのだろう。

「そのツケをこの場にて払わせてやろう」

 ヴォルデモートの杖がハリーに向けられ、彼を縛っていた縄が切裂かれたように解かれた。ハリーは、重力に従って倒れこむ。流血した腕は、まだ痛い。

「さて、ハリー。何故、この娘を招待したと思うね?」

 ハリーを見下ろしたヴォルデモートは、クィレルに視線を送る。

 クィレルは、血のついた短剣をハリーに投げ渡した。

「それはな、ハリー。おまえに小娘を殺してもらうためだ。成しえたなら、この場から逃がしてやろう」

「――え?」

 耳奥から全身に熱が走る。

「ふざけるな、僕はそんなことはしない!」

 迷わず、躊躇わず、ハリーは反抗する。クローディアを殺すなど、出来ない。ましてや、ヴォルデモートの命令でなど、絶対に御免だ。

「ハリー、おまえは俺様から逃げられると思うか? なあ、諸君!」

 愉快そうなヴォルデモートは両手を広げ、『死喰い人』に問いかける。皆、ハリーを嗤う声を上げた。

 否、1人だけ笑わなかった。やはり、ルシウス=マルフォイだった。

 ルシウスはその場に片膝を付き、深々と頭を垂れた。

「ご主人様、お聞き下さい。それは、コンラッド=クロックフォードの娘でございます。コンラッドは、マグルの女のところに逃げ伸びていたのです。この娘の家族からも確認は取れております。まごうことなき、ボニフェース=アロンダイトの血族にございます」

 それを聞いたヴォルデモートは、打って変わって静まり返った。ゆっくりと目を見開く。確かめるようにクローディアを眺める。頭の先から、足の先まで眺めてから、自らの口元に手を当てる。

「クィリナス、この娘の後見人は誰であった?」

 問われたクィレルは、僅かに動揺を見せつつも素直に答える。

「ドリス=クロックフォードです」

 それを聞いて、またもヴォルデモートは黙り込んだ。しかし、全身から重々しい気配は発している。『死喰い人』の主人としての威厳も恐怖も畏怖も全く損なわれない。

「それは、重要なことでしょうか?」

 沈黙に耐えられなかったクィレルが自らの失態を疑い、ヴォルデモートに問う。

「うむ、そうだな。クィリナスには、何も話しておらんかったな。よい、ヴォルデモート卿は許す。問題があるとすれば……」

 口元から手を離さず、ヴォルデモートの杖はルシウスに向けられる。

「クルーシオ!(苦しめ)」

 碌な抵抗も出来ず、ルシウスは苦痛と苦悶に地面へと転がった。彼の悲鳴が場の空気を更に凍りつかせる。

「ルシウス、何故、この娘を見た瞬間、俺様に報せんのだ? 危うく殺してしまうところだったぞ? ああ、ハリー。断って正解だったぞ。良い選択をしたな。アグリッパがこの娘に従っていたのは、そのせいか、納得がいった」

 笑みもなく、淡々としてヴォルデモートは言い放つ。

 その間も、ルシウスは悲鳴を上げ続けた。

 ヴォルデモートの心情に変化があった。

 それは、ハリーの額の傷が教えてくれた。痛みが和らいだのだ。腕の傷は痛いが、耐えられない程ではない。ハリーは、墓石に縋りつくように起き上がる。誰も彼に目もくれない。

 深呼吸しながら、ハリーは瞑想する。右手を確かめるように握ると彼は唱えた。

「アクシオ!(来い)」

 ハリーの呪文に応じて飛んできたのは、彼の杖だった。杖を手にしたハリーは、杖なしでの成功を喜ぶ暇はなかった。そのまま、鍛えた瞬発力でクローディアの身体へと飛びつこうした。

 しかし、クィレルが気付いて彼女との間を妨害する。

 否、クィレルには出来なかった。ハリーに、気づいた他の誰も出来なかった。

 何故なら、置かれたままの大鍋が突然、ひっくり返った。しかも、力強く大鍋は宙を回り、『死喰い人』を翻弄する。その現象の正体は、クローディアの影だ。

 

 ――彼女は起きたのだ。

 

☈☈☈☈

 騒がしい悲鳴で、クローディアは目覚めた。

 背に冷たい感触を確かつつ、視界を広げた。暗い空、草木の匂い。

 墓石の脇に蹲るハリー、増えた黒外套。

「お許しください! お許しください」

 地面をのた打ち回るルシウス=マルフォイ。青白いのっぺりとした細身の男によってか、彼は許しを請うている。そののっぺり男が誰なのか、クローディアはすぐに理解できた。その男の傍に控えているクィレルを目にしただけで、全ての事態を飲み込んだ。

 予言の通り、クィレルがヴォルデモートを蘇らせてしまった。

 胸中と脳髄に、様々な感情が蠢いた。決して、再会を喜ぶものではない。

 そのクィレルは、こちらに向かって来ようとしたハリーを遮った。咄嗟に、クローディアは影を使って大鍋を動かす。そして、『死喰い人』を追い回すように転がりだした。それどころか、大鍋を焚いていた薪が残り火をつけたままヴォルデモートに飛びかかった。

 ヴォルデモートはすぐに薪を杖で払い退けたが、『死喰い人』達に向かって飛んで行く。彼らは慌てふためき、大鍋と薪から逃げようと走り出した。

 それに乗じて、クローディアとハリー手を取り合い、優勝杯の傍へと駆け出した。

「待て、ガキども!」

 叫んだクィレルが魔法を使おうとしたが、慌てふためくゴイルにぶつかられて地面に倒れた。その拍子に、ナギニを踏みつけてしまった。

 怒ったナギニは、クィレルに噛みつこうとした。その前にグラッブがナギニを踏み逃げした。

 混乱に乗じて、走り去ろうとするクローディア達を目する。ヴォルデモートが憤怒に口元を痙攣させた。優勝杯を目指していると気付き、魔法で弾き飛ばした。

 後一歩のところだった。

 動揺で一瞬、足を止めた彼女達にヴォルデモートは『磔の呪文』を唱えた。

「クルーシオ!(苦しめ)」

 咄嗟にクローディアとハリーは、それぞれ近場にあった墓石を盾代わりに飛び込んだ。

「小娘! おまえには聞きたいことが山ほどある。決して殺しはせん。ハリーを逃がしたくば、俺様の下へ来い!」

 ヴォルデモートは出来の悪い子供を叱りつける口調で叫んだ。

 墓石の物陰でクローディアは、事情がわからず、意味不明である。

「いやこった便所、あっかんべえ」

 顔を出さず、クローディアは声だけ返す。ハリーは彼女の余計な挑発に心臓が逆立つほど、ビビる。

 優勝杯を『呼び寄せ呪文』で呼びたいが、ハリーを置いておくことになる。墓石二つ分の距離は、走り抜けるには危険だ。

「ハリー、出て来い。俺様は貴様に決闘を申し込む。俺様に勝てれば、2人とも逃げることを許してやろう。ただし、負ければ、俺様に手間を取らせた報いを受けさせるぞ」

 毅然として自信に満ちた声がした。その申し込みに、ハリーは息苦しそうに胸を押さえている。対人の決闘など、『決闘クラブ』以来だ。

「ハリー、あんただけでも逃げるさ」

 胸を押さえていたハリーが驚いてクローディアを見る。

「できないよ」

 予想通りの回答にクローディアは、苦笑する。

「私1人だけなら、逃げおおせるさ。あんたは優勝杯で学校に戻って、皆に伝えるさ」

 事実、クローディアは『姿眩し』ができる。しかし、ホグワーツ城は『姿現し』できないように防護魔法がかけられている。ならば、他の場所に行くしかない。

 ただ、ハリーはクローディアが『姿眩し』できることを知らないため、困惑している。

「ハリー、優勝杯を呼び寄せるさ。大丈夫、練習を思い出すさ」

 ハリーの目を見つめ、クローディアは出来るだけ優しく微笑んだ。

 そんな彼女を置いて逃げるなど、ハリーには出来ない。彼女が他に逃げる術があっても、絶対にお断りだ。

 脳髄が沸騰する感覚は、鼓舞だ。

 墓石の影から、ハリーは威風堂々と飛び出した。

「いいだろう、受けて立つ! 僕は、おまえなんかに屈しないぞ、ヴォルデモート!」

 挑んだハリーをヴォルデモートは、顔を裂くように嗤った。

「そうだ! それでこそ、英雄ハリー=ポッター! さあ、お辞儀しろ! 死に対してな!」

 挑発的にヴォルデモートがお辞儀すると、ハリーも目つきを鋭くしたままお辞儀を返した。

「ハリー、やめて……」

 狼狽したクローディアが声をかけても、ハリーは振り返らなかった。

 互いに睨みあうハリーとヴォルデモートは、決闘の手順、背を見せて歩くという手間を省いて杖を向け合った。

「エクスペリアームズ!(武器よ去れ)」「アバダ ケダブラ!(息絶えよ)」

 『武装解除の呪文』と『死の呪文』が光となって、杖から放たれた。2つの光が押し合うようにぶつかったとき、異常な程、閃光がうねりをあげた。まるで、光がお互いを食い合うような印象を受けた。

 それは、クローディアにしてみれば、一瞬の出来事だ。

 一瞬で、光が……いや、ふたつの杖が一筋の光で繋がった。更に光はハリーとヴォルデモートを中心に金色の円を作り、2人を覆った。

 ハリーの近くにいたクローディアも金色の光に巻き込まれたが、何の恐怖も湧いてこない。それどころか、心が躍るような錯覚さえあった。

「あいつをやっつけろ……坊や……」

 クローディアではない声が金色の円から呼びかけてきた。円から靄のような糸が出たかと、思えば、それは人の姿を紡ぎだした。それは見知らぬ老人だった。

「離すんじゃないよ! 絶対!」

 死んだはずのジョーキンズも現れ、ハリーを激励した。

(ヴォルデモートに殺された人達の……幽霊?)

 そう思いつくのが自然だ。現実味のない感覚の中でクローディアは、彼らを眺めた。眺める以外のことが出来なかったというべきかもしれない。

 この光景は、どうやら異常らしい。クィレルやルシウス達も対応に困っている。

「ご主人様! 危険です!」

「何もするな! 命令するまで、決して手を出すな!」

 クィレルの心配を余所に、ヴォルデモートは意地のように叫び返した。

 そして、ハリーの肩に彼によく似た男が手を置き、反対側に髪の長い女性が寄り添った。

「父さん達で時間を稼ぐ。繋がりを切ったら、『移動キー』を呼んで城に戻りなさい」

 男に声をかけられたハリーは、必死に頷いた。

「ハリーの腕を掴むんだ。離すんじゃないよ」

「はい……」

 ジョーキンズがクローディアに指示する。こんな状況でもその魔女は、快活だ。こんなに気の良い魔女だったのか、疑問すら浮かばない。

 金色の円に押しつぶさぬように、クローディアは慎重に力を入れて歩く、杖を構えたハリーの腕を掴んだ。

「いまだ! 行け!」

 男が叫ぶと、ハリーは光の筋を切った。クローディアの手をしっかりと握りしめた。

「アクシオ!(来い)」

 草むらから優勝杯が飛び出し、2人は取っ手を掴んだ。

「おのれ、ハリー!!」

 『移動キー』によって身体が地面を離れた時、激昂したヴォルデモートの怒鳴り声が耳に入った。しかし、それはすぐに遠くへと離れて行った。

 




閲覧ありがとうございました。
セドリックの性格を考えて、この展開にしました。

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