UA31000を超え超えました。お気に入りが360名を超えました。ランキングも3月9日23時30分時点で6位にランクインできました。
皆様のおかげです。ありがとうございます。
追記:16年3月12日、20年1月4日、誤字報告により修正入りました。
2月、最初の土曜日。待ちに待った『姿現わし』練習第1回目。
朝食を終えた時間、6年生以外(クローディアを除く)は退室していき、大広間から寮席が一瞬で払われた。
各寮の寮監4人、そして魔法省から派遣された特別講師ウィルキー=トワイクロスへと生徒は集合する。
「私を呼ぶ時は指導官と呼んでください」
小柄な指導官から『姿現わし』と『姿くらまし』を行う為、大広間に限定して呪縛を解いたと説明した。
「念を押しますが、この大広間の外で決して『姿現わし』を試さぬようにお願いします。承知できた者は前の人との間を1・5メートル空けて、位置について下さい」
各々、自分達で目測して距離を取って行く。
フレッドとジョージがグラハム=モンタギューと揉み合いながら、距離を保つ。クローディアもアルフォンスとの距離を取る。
寮監に叱責されながら全員、位置につけた。
全体を確認したトワイクロスは杖を振るう。音も立てず、古木の輪っかが現れた。
「『姿現わし』で重要な事! それは3つの『D』です! どこへ、どうして、どういう意図で!」
トワイクロスは続ける。
「第1歩は、どこへ行きたいか、しっかり思いを定めること。さあ、輪っかを見て! 今回は、そこです! 『どこへ』に集中して下さい!」
丁寧な教えに従い、皆、輪っかに集中する。
「第2歩、『どうしても』という気持ちです。どうしても行かねばならない決意が頭のてっぺんから足の先まで、溢れるようにする!」
クローディアは視線を輪っかに向け、意識を集中する。これはゴールを決める時と同じだ。その一瞬だけ、決めればいい。
「第3歩、そして、私が号令をかけたそのときに、その場で回転する。無の中に入り込む感覚で『どういう意図』で行くか、慎重に考えながら動く! いち、に、さんの号令に合わせて」
トワイクロスの声は張り上がった。
「いち、に、さん!」
――バチッという音が弾いた。
視界だけが動く感覚、クローディアは周囲を見渡す。足を動かしていないのに輪っかにいた。彼女だけではない。セドリックも輪っかに立っていた。
他は散々だ。ジャックは1回転して床に座り込んでいた。アンジェリーナだけ何故か、奇麗に逆立ちしていた。アンドリューも地面に頭を突っ込んでいた。
「2人か、上々です」
それでも、十分な豊作だと言わんばかりだ。トワイクロスは輪っかを元に戻させ、皆を位置に着かせる。2度目に行った際、絹を裂くような悲鳴が上がった。
リーが腕を失い、苦痛に喘いでいた。腕は元の場所でボトッと音を立てて落ちた。
これが『バラけ』るという現象だと、知る者は知っている。その凄惨さに寒気が走った。
(こんな恐ろしい副作用があるのに、お祖父ちゃんは私に教えてたさ?)
すぐに寮監たちに包囲され、リーは紫の音と共に腕を繋げて貰えた。あまりの激痛を味わったせいか、ガタガタと怯えきっていた。
「『バラけ』とは、体のあちこちが分離することです。心が十分に『どうしても』と決意していないと、起こります。それだけでなく、『どこへ』を持続させ続けるのです。そして、慌てず、慎重に『どういう意図』で忘れずに」
全く動じないトワイクロスは淡々と注意事項を述べる。そして、自ら、手本を見せた。
「3つの『D』を忘れぬように」
それから1時間、練習は続けられた。リーの失敗が集中力を上げたせいか、誰も『バラけ』なかった。そして、まともに成功したのは、やはり、クローディアとセドリックだけだった。
トワイクロスは満足そうに2人へ微笑みを向ける。
「決して、油断せぬように」
称賛ではなく、警告を貰った。
来週の土曜日を告知して、トワイクロスは杖で輪っかを消し去った。そして、教頭たるマクゴナガルと共、大広間を後にした。
「ミスタ・ジョーダン。不安なら、保健室へ行きなさい。『バラけ』は決して恥ではありません。ミスタ・ディゴリー、ミス・クロックフォードは既に誰かから指導を受けていますね? トワイクロス氏は見抜いておりましたよ。いいですか、絶対に、廊下や教室で自主練習をしないように! はい、解散!」
フリットウィックに締められ、各々、大広間を出ていく。
緊張の糸が切れ、全員、息を吐く。
「あの指導官、影薄そうだな。まじでよ」
「言えてる」
ロジャーがザヴィアーとそんな軽口を叩いていた。
「セドリック、すごいわ。どうやったの?」
ベストラを含めた生徒達がセドリックに助言を求める。フレッドとジョージが獲物を狙う目つきを向けたので、クローディアは走り去った。
第2の課題、2月24日まで残り2週間。
大広間で昼食中のクローディアへハリーが耳打ちしてきた。
「ベッロを貸して欲しいさ?」
小声で聞き返すと、ハリーは目だけで周囲を窺う。騒がしい大広間、2人を意識する者はいない。
「ちょっと、卵の謎解きの為に夜中、寮を出たいんだ。僕の護衛として、ね、お願い」
神妙な顔つきのハリーだが、クローディアは別のことに着目する。
「何、まだ卵の謎、解けてなかったさ? なんか、ハーマイオニーから、もう解けたって聞いた気がするさ」
グリフィンドール席のハーマイオニーを視界に入れ、クローディアは疑わしげに半眼でハリーを見つめる。視線の意味を理解し、彼はわざとらしく瞬きし、それでも真剣な表情を崩さない。
「ちょっと、仕上げが必要だけなんだ」
しかし、ベッロはハリーの頼みごとなら、断りはしない。律儀にクローディアの了解を求めるなら、答えない訳にもいかない。不意に思いつき、彼の耳元で囁く。
「それなら、私も着いて行くさ? そのほうが、なんかあったら対処しやすいさ」
途端、目を見開いたハリーは耳まで真っ赤に染まる。
「それは遠慮させてください」
俯いたハリーは非常に聞き取りにくく呟いた。
「なんで、敬語なのさ?」
疑問を抱きながら、クローディアはベッロを貸すことを了解した。
就寝時間、明日の授業に備えて静まり返る。
自室でジャージに着替えたクローディアはパドマとリサが寝入っている姿を確認する。髪を適当に纏め、足音を立てないように部屋を出る。
談話室に下りたクローディアに反応し暖炉に火がつく。背後から気配を感じ、女子寮への階段を振り返る。
「何処に行くの」
寝巻き姿のペネロピーが仁王立ちしていた。
「ちょっと、トイレさ」
「うそおっしゃい!」
ペネロピーは、クローディアの眼前に迫り、目を細めて睨む。首席の雰囲気を醸し出し、説教する態度だ。心当たりが多すぎ、一瞬、心臓が冷やりとする。
「昼ご飯、ハリーと何か内緒話していたでしょう? 何を企んでるの」
バッチリと見られていた。
「ただの話し合いさ。いや、本当にさ」
「駄目。ジョージに聞いたけど、怪我したんでしょ? 貴女が部屋を抜け出さないように、厳重に注意されたのよ。よりにもよって、ジョージに!」
いつも規則を破るジョージに注意を受ける。これ程、屈辱的なことはペネロピーにはない。少しでも、機嫌を取ろうとクローディアは絨毯の上に座り込む。
ペネロピーもクローディアに倣って、正座し叱りつける。
「大体、貴女はハリーを甘やかしているわ。そんなことだから、周囲が誤解するの。いらぬ誤解は、いらぬ嫉妬を招き、いらぬ諍いを起こすのよ」
「それは重々承知しております」
2年生の折にクローディアは我が身を持って味わった。
「あれ? 誰か来るさ?」
「クローディア、話を逸らそうとしても駄目よ」
気配を感じたクローディアは外への扉を見やる。無視されたと苛立つペネロピーが、拳を振り上げたとき扉が動く。有頂天で浮かれたロジャーが足を忍ばせて、談話室に入ってきた。
しかし、絨毯に座るクローディアとペネロピーを目にし、愉快な表情のまま固まる。
冷や汗を流したロジャーは、咳払いする。
「まだ1日は終わってないぞ」
ペネロピーの眉が激しく痙攣を起こし、奥歯が鳴った。
「ディビーズ! 消灯時間、とっくに過ぎてるわ! 同じ寮でも遠慮せず減点よ! 5点減点! はい、2人とも部屋に戻りなさい!」
「私まで同類さ!?」
談話室に響いた怒鳴り声を背に、クローディアとロジャーは無理やり自室に戻らされた。
(こんなことなら、影になっておけばよかったさ)
しかし、ペネロピーのことだ。寝台を調べてでも、クローディアの睡眠を確認しただろう。少しだけ、ジョージを恨んだ。
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同時刻、ハリーはクシャミをする。
無事に監督生専用浴場で、卵の謎を解くことに成功した。『嘆きのマートル』に女子トイレに誘われたが、それもどうにか振り切った。後はフィルチに見つからぬように部屋に帰るのみ。
[卵を水に浸けるとは、おもしろい。水中人の会話は水中以外では低音波だからな。まあ、それも会話に慣れない連中だけだ]
けらけらとベッロが笑う。
「ベッロ、まさか、この中身を知っていたの?」
[そんなわけないだろう。しかし、ハリーはどうやってこの方法を思いついたんだ?]
寝巻きに着替えたハリーは『透明マント』を被る。
「セドリックが……風呂に入れって言ってくれたから、……僕、前に彼にドラゴンのことを教えたんだ。それで、借りを返してくれた」
[律儀だな。まあ、ハリーが逆の立場でも、卵のことを教えただろう?]
ベッロの言うとおり、ハリーは教えたに違いない。セドリックはチョウと仲が良い。それは悔しいが、彼は親切で教えてくれた。感謝しなければいけない。
『忍びの地図』にはフィルチがハリーとは離れた場所にいるとわかる。もう1人の厄介者ピーブズの名を探す。その名はハリーとベッロの近くに迫っていた。
「お~、蛇ちゃん。こそこそと御散歩かい?」
下品な笑いを見せ、ピーブズがベッロの尻尾を掴む。怒ったベッロは、ピーブズの頭を叩く。良い音が廊下に響いた。『透明マント』の下で、ハリーは笑いを堪える。
「こいつ! 男爵に目をかけられているからと調子に乗るな!」
いつもの余裕のないピーブズはベッロを抱き上げ、そのまま宙を飛ぶ。速度を上げたポルターガイストは壁を抜けるが、蛇は壁に叩きつけられた。
(やめろ!)
ハリーは咄嗟に杖を構えようとした。片手には『忍びの地図』、片手には黄金の卵。そんな状態で杖を持てば、必然。卵が床に落ち、『透明マント』から転がる。
金属が床にぶつかる音と転がる音が響く。しかも、その拍子に卵が開かれ、あの甲高い悲鳴が耳を打つ。
焦ったハリーより先に、ベッロがピーブズの手から逃れる。そして、卵を尻尾で閉じ、トグロを巻いて隠した。案の定、音を聞きつけたフィルチが息を荒くして現れる。
フィルチはピーブズを見るなり、怒鳴りつける。
「ピーブズか! どういうつもりだ!」
「べ~」っと舌を出し、ピーブズはさっさと退散した。
「くそ、あのマッド‐アイが来てから、ピーブズの機嫌が更に悪い」
ぶつぶつと呟くフィルチはベッロに気付く。生徒でないと残念がり、フィルチは周囲を見渡す。念のために誰かいないか、探しているのだ。管理人に気付かれぬように、ハリーは息を殺す。
――カツン、カツン。
義足の音が近づいてきた。フィルチは舌打ちし、その場から去る。入れ替わるようにムーディが姿を見せた。気付かれれば、注意されるかもしれない。ハリーは更に息を潜める。
「ハリー=ポッター、何をしている?」
呼ばれたハリーは心臓が飛び出しそうになる。ムーディの義眼がしっかりと捉えていた。
「わしの講義の時、ホグズミードに行く時、そのマントで姿を隠していた事も知っているぞ。もう一度、聞く。何をしている?」
隠し事は出来ない。深呼吸したハリーは素直に口を開く。
「卵の謎を解く為に、ここにいます。先程、解けました」
ハリーの声を聞き、ムーディは力強く頷く。
「ならば、問題ない。部屋に帰れ。それと……、いいパンツだ」
悪戯めいた語尾を残し、ムーディは義足と杖の音と共に消えた。ハリーは『透明マント』の下で、自分の身体を見下ろす。卵が落ちた拍子で、ズボンがずり落ちていた。ダドリーのお下がり縦縞パンツが丸見えだ。羞恥心で熱が上がった。
ベッロが小気味よく笑う。
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昼食の時間、ハリーは図書館にクローディア、ハーマイオニー、ロンを呼び、昨晩に得た卵の謎を話して聞かせた。
ハリーが大浴場でヒントを得たと知り、クローディアは昨晩のペネロピーに心の中で感謝する。男子の入浴を覗く趣味はない。
ハーマイオニーは謎が解けていたと嘘をつかれ、しかも夜中に寮を抜け出したハリーにご立腹であった。
「(卵の謎はとっくに解けたって言ってたじゃないの!)」
ハーマイオニーは小声でハリーを叱りつけた。
「ごめん、ごめん」
平謝りするハリーは水中人の歌詞について考えだす。大切なモノを探す為、湖に潜って探し出す。1時間の制限つき、過ぎれば大切なモノは永遠に失われる。
「1時間も湖に潜る方法なんて、蛙か魚に変身するしかないだろう?」
取りあえず、ロンは自分の意見を述べる。クローディアは嫌だが、『動物もどき』のシリウスを浮かべた。そして、ルーピンの顔を思い浮かべる。
「あ、ルーピン先生さ」
「そうよ、ルーピン先生だわ」
クローディアとハーマイオニーは同意見に行きつく。しかし、ハリーとロンはキョトンとする。
「ルーピン先生からネビルの読んでいる本を読んでみなさいって、言われたでしょう?」
授業中の講義を聞き逃した不届き者を見る目つきで、ハーマイオニーはハリーを睨む。しばらく考えから、やっと【地中海の水生魔法植物とその特性】を思い返した。そういえば、一度も目を通していないし、ネビルから借りてすらいない。
「きっと、あれに何か書いてあるんだ。ネビルから借りようぜ」
意気揚々とロンが席を立つ。
クローディアは目を見張り、口中で悲鳴を殺す。ロンではなく、彼の後にいる人物だ。ハーマイオニーも絶句し、ハリーは不自然にならないように目を逸らす。
3人の視線にロンはゆっくりと振り返る。
黒真珠の瞳はクローディアとハリーに鋭い視線を向けていた。
「ミス・クロックフォード、ミスタ・ポッター。話がある」
自分が呼ばれたわけでもないのに、ロンはビクッと肩を痙攣させた。
クローディアとハリーが返事をする前、スネイプに襟を掴まれて連行された。ハーマイオニーとロンは憐れんだようにハンカチを手にし、見送ってくれた。
最早、説教部屋と呼んでも間違いではないスネイプの研究室。
床へ敷物なしで、2人は座らされた。取りあえず、クローディアは正座する。ハリーは膝を抱える体勢で尻を床に着けた。色々と心当たりがあるだけに2人は余計なことを口走らぬように唇を固く閉じる。
「男爵から、おもしろい話を耳にした。男爵はピーブズからだそうだが……、昨晩、ベッロが1人で散歩を楽しんでいたそうだ。すると、何処からともなく、卵が落ちてきたらしい。金の卵がだ。ベッロはすぐにそれを隠したと……」
ピーブズ、並びに『血みどろ男爵』の余計な報告に2人は焦る。
「どういうことか、説明してもらおうか? まさか、ミス・クロックフォード。卑しくもベッロに選手のヒントを盗んでくるように命令したのか?」
「クローディアはそんなことしません。ヒントの卵が盗まれたと思うなら、僕を含めた選手に確認すればいいでしょう?」
反抗的な態度で、ハリーはスネイプを睨む。2人の周囲を回るように歩くと、スネイプはせせら笑う。
「盗まれたわけではないなら、何故、真夜中の廊下に卵が落ちて来るのかね? まるで誰かが持って来たようではないか?」
遠回しにネチネチとスネイプはクローディアとハリーを責め立てる。
スネイプには『透明マント』でハリーが深夜徘徊し、ベッロが付き添った確信があるのだ。非常に拙いことに、大当たりだ。
「スネイプ先生、……フィルチさんに聞いてみてはどうでしょうか? 巡回をなさっている時に、何か見たかもしれません」
ほとんど、苦し紛れな発言だ。クローディアにも自覚はある。スネイプの口端が釣り上がる。
「ご心配なく、フィルチには確認を取っておるとも。やたらと騒がしい悲鳴が聞こえたので、様子を見に行ったら、ピーブズとベッロがいたそうだ。それ以外は『何も見ていない』とな」
やたらと語尾が強い。
このままでは、誘導尋問で自白してしまいそうだ。クローディアは素知らぬ顔で、不思議そうに瞬きする。ハリーはスネイプの挑発に乗らないように、ただ睨んだ。
2人の態度を見比べたスネイプは懐に手を入れる。黒い服で際立ったと土気色の手には、小瓶が握られていた。小瓶は水晶から作られているらしく、暖炉の炎を美しく反射させる。濁りもなく透き通った液体が、光の反射をより神秘的にさせた。
「これが何かわかるか?」
証拠品のように、スネイプは2人に見せつけた。透明度の高い魔法薬はいくつかある。この場で取りだすならば、クローディアはひとつの名称を思いつく。
「真実薬(ベリタセラム)ですか? マグルで言うところの自白剤……」
「自白剤などと一緒にするな」
厳しく咎め、スネイプはクローディアを睨む。
睨まれたことより、『真実薬』の存在にクローディアは竦む。この場で飲まれでもしたら、2人は一貫の終わりだ。
「さて、ミス・クロックフォードは効能を知っているが、理解できんミスタ・ポッターの為に説明してさしあげよう。たった3滴で闇の帝王ですら、何の抵抗もなく闇の魔術を曝け出させる薬だ。残念ながら、生徒への使用は固く禁じられている」
『残念ながら』の部分が強い。
生徒に使用できないと聞いても、クローディアは全く気が休まらない。ハリーも同じ気持ちらしく、スネイプに勘繰られない為、彼女と目を合わさないよう気をつける。
「ただし、我輩の手が『うっかり』貴様の飲み物らに入れてしまうこともあるだろう」
スネイプの歪んだ笑みが2人の背筋に寒気を走らせる。まさに規則の抜け道だ。クローディアの飲もうとするカボチャジュースに偶然、『真実薬』が入ってもスネイプは咎められない。
『真実薬』は無味無臭、飲み物に入れられても、気付けない。
「そんな薬を使わなくても、ベッロに聞いてみたらどうですか? スネイプ先生なら、ベッロと意思の疎通が出来るでしょう?」
挑戦めいた言い回しでハリーは、スネイプを再び睨んだ。
笑みを消したスネイプは、軽蔑の眼差しでハリーを睨み返す。一触即発の雰囲気に、クローディアの焦燥が強くなる。
突然、扉がノックされた。スネイプはハリーを睨んだまま、入室を認めた。入って来たのは例の卵を抱えたベッロだ。何とも、間が悪い。ハリーも驚いた。
「なんだ、ベッロ?」
ぶっきらぼうにスネイプが声をかける。
ベッロはトグロを巻くように卵を身体で包んだ。その体勢で、力みだす。何故だが、唸っているようにも見える。時間をたっぷりかけ、トグロの下から卵をポンっと放り出した。そうして、ベッロは脱力し安心し切った息を吐く。汗でも掻いたらしく、尻尾で額を拭った。
一連の動作を黙って見守っていた3人は反応に困り、硬直した。
(もしかして、産卵を表現したつもりさ)
困り笑顔でクローディアは取りあえず固い拍手を送る。
(もしかして、卵は自分が産んだと言いたいのかな?)
ハリーはベッロと視線を絡ませる。ベッロの尻尾が親指のように「ぐっ」と立てられた。
眉間のシワを指先で解したスネイプは疲れた深い息を吐く。
「ベッロ、大層な演技をして悪いが……おまえは雄(オス)だ」
面倒そうでいて、苦笑も混じったスネイプの指摘を受け、ベッロは我に返ったように「ハッ」っとする。あまりにも、おおげさな反応だ。
しかし、クローディアは別の衝撃を受けた。
「ベッロって……雄なんですか?」
「ええ! 知らなかったの?」
クローディアの反応に、ハリーは驚いた。
「だって……、ファングとも仲良いしさ。部屋の掃除とかも好きだしさ」
「クローディア、他の蛇の雄と同じモノがベッロにもついているよ」
ベッロは鎌首をもたげ、誇り高さを露わすように気取る。色々な羞恥心がクローディアを襲い、耳まで赤くなった。
これから、ベッロの前で服を着替えないと決めた。
「もういい……2人とも。行きたまえ」
全身を小刻みに震わせたスネイプが退室を命じた。その震えを怒りよりも、笑いを堪えているように思える。ハリーは彼が笑いだすのを見物しようとした。そうなれば、後が怖い。
ハリーと卵を抱えクローディアは大急ぎで地下室から逃げだした。
余談だが、レポートを提出しきに来たミリセントが腹を抱えて床へ蹲るスネイプを目撃した。
スリザリン生の間で、スネイプが原因不明の腹痛に襲われたという騒ぎが起こったらしい。
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ハリーが地下室へ戻らないように、クローディアは彼を送ることにした。ベッロは卵を抱え、堂々と先へ進んだ。
「スネイプ……先生は、言葉で追いつめて、追いつめて、僕らが折れるのを待ってたんだ。憎い僕らが屈するところが見たかったんだよ。意地クソ悪い奴だ」
ハリーは忌々しく吐き捨てる。
嘆息したクローディアは無意識に髪を背中に回す。
「やれやれさ。男爵とピーブズもだけど、ハリーもさ。どうして、諍いを広げるようなことをするさ。こっちが悪いのにさ。ああいう時は、黙って叱られるべきさ。黙っていれば、時間の無駄だとスネイプ先生は諦めるさ」
「わかっているよ。僕だって、普段はそうやってる。でも、今日は君まで巻き込んだじゃないか。ベッロが勝手に徘徊していることに君は関係ないってわかっているくせに、ネチネチと……。どうしてアイツは、君の事が憎いんだ。友達の娘を憎むなんて、僕には信じられないよ」
軽蔑した口調でハリーは悲しげに眉を寄せる。父親の親友ルーピンやシリウスを思い浮かべ、もしも、彼らがスネイプのようにハリーを憎んだ時を想像し、心を痛めた。
「君はどうして、平気なんだ?」
「当然だと思っているからさ」
あっけらかんとクローディアは、返答する。テストで点数が低いのは勉強不足だと認めるような口調だ。驚いたハリーは目を見張る。
「スネイプ先生が私を憎む理由を話してもいいけど、正直、重いさ。理由が分かった時、私、しばらく眠れなかったさ。それでもいいなら、教えるさ」
『重い』という単語が本当にハリーの身体に重くのしかかった。彼女が受け入れた憎悪の理由を受け止める。ハリーに、そんな自信は微塵もない。
「いや、聞かないよ。でも…どういう理由であれ、君が恨まれる必要なんてないんだ」
そして、父ジェームズを理由にハリーが憎まれる必要もない。
「まあ、理由も私が勝手に解釈しただしさ。でもさ、スネイプ先生がどんなに私を憎んでも、私は先生を嫌いになれないさ。ムカつくことはあるけどさ」
何の恥もなく、クローディアは凛として涼やかだ。ハリーは初めて彼女が見た目でなく、その中身さえも美しいと感じた。
「僕は、スネイプ先生が嫌いだ」
無意識化で、ハリーの口から零れ落ちた。態度を変えることなく、クローディアは当然のように頷く。
「知ってるさ。好きになれなんて、言わないさ。たださ、スネイプ先生は表立った優しさは見せない人だってことは、忘れないで欲しいさ」
何処かで聞いた覚えがある。ハリーの脳裏にドリスが浮かんだ。2年生の時、ジニーを助け出した夜だ。彼女も同じような言葉で諭そうとした。
クローディアはドリスと同じ見方が出来るようになっていたのだ。
ハリーを差し置いて、クローディアは先に行ってしまった。ずっと、彼女だけは自分と同じだと思っていた。お互いの父親を理由に理不尽な憎しみを向けられる間柄、これを一種の絆のように感じていた。
それはハリーだけだったらしい。同じ苦しみを分かち合える仲間を失い、虚しさが心を支配した。
益々と言っていい程、ハリーはスネイプが嫌になった。
閲覧ありがとうございました。
ベッロがオスだと気づいていた方は、挙手をお願いします。
●ウィルキー=トワイクロス
原作六巻にて、登場。ハリー曰く「影が薄い」。割と好きです、この人。