こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:16年3月9日、誤字報告により修正しました。


16.誰でも質問してくる

 摩訶不思議な魔法の品々、今日も校長室に存在する。

 歴代の校長の額縁、組分け帽子、赤く輝くルビーを填め込んだ銀の剣、その他用途の理解できないが神秘的な道具達。金の止まり木に足をかける不死鳥のフォークスも忘れてはいけない。

 博物館にでも迷い込んだ気分で、クローディアはいつまでも眺め続けたい。

 ダンブルドアと『灰色のレディ』、スネイプとムーディがいなければ、そうしていただろう。

(なんで……この4人さ?)

 自分の寮監はフリットウィック。スリザリンの寮監はお呼びでない。

「さて、ミス・クロックフォード。説明を願おうか?」

 ゾッとする低い声色でスネイプは己の杖である物を指す。机の上に置かれた白い布、包まれているのは髪飾りの残骸。先日、この手で破壊したレイブンクローの『失われた髪飾り』だ。

 色んな意味の緊張で背中まで汗ばみ、クローディアは丸い椅子の上にて自主的に正座した。

「セブルス、まずはレディの話からじゃよ。さあ、レディ。これに見覚えはあるかね?」

 スネイプを諌めたダンブルドアは残骸が素晴らしい宝石であるような口調で『灰色のレディ』に問いかける。

『灰色のレディ』は罪悪感に駆られたように顔を顰め、更に不安を誤魔化す為に指先を玩ぶ。残骸を瞬きせずに凝視する事、数秒、ようやく重苦しく口を開いた。

「はい、これは……母の……ロウェナ=レイブンクローの髪飾りです。間違いありません」

 自らの罪を告白する罪人の口調よりも、クローディアは別の点に驚いた。

(レディが創設者の娘さ!?)

 像の顔と『灰色のレディ』が似ていると問われれば正直、判断できない。クローディア以外は誰も反応せず、既にご存じの様子だ。

「これは……何処で、見つけたのでしょう?」

 残骸から目を離さず、『灰色のレディ』はダンブルドアに問い返す。

「城の中で発見されたそうじゃ。長い歳月の間、このような姿になってしまったようじゃな」

 残念そうにダンブルドアは残骸へ触れる。不満げに口を八の字にした『灰色のレディ』は目を伏せてから、胸元にそっと両手を当てる。

「これで良かったのかもしれません。ええ……これで」

 今にも誰かに呪いをかけんばかりの勢いで、『灰色のレディ』は自らに言い聞かせていた。銀色の半透明の姿が何故だが、怒りに赤く染まっているように見える。

 目の錯覚か知れないと思い、瞬きする。

(私が壊したなんて絶対、言えないさ)

 ムーディの肉眼は『灰色のレディ』を見ているが、義眼はクローディアに釘付けだ。

「私、これで失礼してもよろしいでしょうか?」

 唸り声のように吐き出された退室宣言をダンブルドアは優しく承諾する。

「セブルス、レディをお送りしなさい」

 杖をしまうスネイプはクローディアを一瞥し、『灰色のレディ』と共に校長室を後にした。そのままムーディも行けば良いのだが、残った。執拗な視線が一つ減り、胸中は幾分か落ち着いた。

「さて、確認の出来たことじゃし……本題に入ろうかの?」

 今から美味しいお菓子でも食するような言い方で、ダンブルドアは穏やかな眼差しをクローディアに向ける。

「アラスターから事情は聞いておる。しかし、君の口からこれを破壊した経緯を話して欲しい。破壊した部分だけで構わん」

 蒼い瞳に見つめられ、どんな質問にも素直に答えたくなる。クリスマス休暇初日、ふたつの呪文では破壊できず、勢いで杖を叩きつけたことを話した。

「杖を拝借しても良いかな?」

 求められるままにクローディアは懐から杖を取り出し、ダンブルドアに手渡した。

「杖の店のオリバンダーさんから貰いました」

「貰った? オリバンダー老が杖を人にやったというのか?」

 危険を感じたのか、ムーディの義眼が杖を凝視し出す。ダンブルドアも珍しそうに繁々と杖を眺めた。

「その杖の前の持ち主はスクイブでした。しかし、一度も使われることなく、その人は亡くなったと話してくれました。そして、オリバンダーさんの元に帰って来たそうです」

 杖は持ち主を選ぶがオリバンダーはそれを無視してスクイブに売った。彼はそれを心配していると語っていた気がする。今にして思えば、後悔はしていなかったように思える。

 突然、ムーディがダンブルドアから杖をひったくる。机の上の羽根ペンに杖を向けた。

「借りるぞ。プライオア・インカンタート!(直前呪文!)」

 直前呪文、杖が如何なる魔法を行使したかを再現させる。先程の『変身術』にて、ベッロを椅子に変える魔法を使った。故に、杖から放たれた魔法は羽根ペンを椅子に変身させた。机であることを考慮してか、それとも羽根ペンの影響か、掌ほどの椅子になった。

 歴代校長の肖像画が可笑しそうに笑う。しかし、ムーディの義眼が睨むと黙りこくった。

「何の問題はないように思える。……いまのところはだ。少しでも妙なモノを感じたら、使うな」

 ムーディは乱暴に杖をクローディアに返した。

「杖をありがとう、クローディア」

 微笑んだダンブルドアは椅子から立ち上がり、自然とクローディアも席を立つ。正座していたので、足の脛が痛い。

「君はミス・グレンジャーと【改訂版・ホグワーツ】を作成しておるそうじゃな。この髪飾りの事を載せるがよい。長い歳月に叶わず、朽ちて滅びた……とな」

 

 ――嘘を載せろというのか?

 

 そう言いかけ、クローディアは脳髄の奥で冷静を自らに命ずる。まさか、一生徒が創設者の遺品を破壊したと誰も信じない。それどころか、レイブンクローの品がそれ程まで脆弱という印象を皆に伝えることになる。

(ハーマイオニーが怒りそうさ)

 一から説明し、納得させようと決めた。

「わかりました」

 躊躇いなく、クローディアは返事をする。一瞬、ダンブルドアの瞳に深刻なモノが見えた。

「それから、わしとしてはこれが本当の本題なのじゃ。御母上が君に面会を求めておる」

 これまでと全く違う話をされ、驚きながら動揺する。

「母が……ですか? でも、私には何も……」

「わしの了承を得てからと思ったのじゃろう。故に、面会の許可を与える。しかし、ご存じ通り、現在は対抗競技中であり、皆の気が高ぶっておる。従って、次の土曜日にホグズミードへ行くが良い。ルーピン先生が引率して下さる。という決定事項を既に御母上へ返しておる」

 サプライズが成功した悪戯な笑みで、ダンブルドアは喉を鳴らす。

 色々と唐突過ぎて反応に困るが、脳髄で情報を整理する。次の土曜日には、母に会える。まさに思ってもいないプレゼントだ。素直に喜んだクローディアは、頭を下げて感謝する。

 同時に疑問も浮かぶ。

「フリットウィック先生ではなく、ルーピン先生ですか?」

「生徒の活動が頻繁になる昼間は、寮監たる先生方にはいてもらわんとならん。ムーディ氏は先生ではないので御頼みできん。ハグリッドでは少々、目立ちすぎる。かといって、わしでも、悲しいことにいらん注意を引いてしまうじゃろう」

 確かにその通りだ。

 ファッジ大臣との面談さえ、ダンブルドアは校長室で行う。それをわざわざ、生徒と保護者の面会の為に引率しては、その保護者は何者かと疑われるだろう。

「お心遣い、感謝します」

 もう一度、感謝を込めて頭を下げた。

 午後の『魔法史』に間に合うよう、クローディアは校長室を出ようとした。腕時計を見るつもりで片方の腕輪も見る。そこには『授業後、図書館』と刻まれていた。

 

 ビンズの朗読による眠気を耐える生徒は少なく、マイケルとモラグは教科書で顔を隠して寝入りこけていた。クローディアも昼食後のせいか眠りそうだが、どうにか堪えた。

 終業の鐘と共に図書館へと急ぐ。

 ほぼ同時、クローディアとハーマイオニー、ハリー、ロンが待ち合わせ場所に現れた。マダム・ピンスに挨拶してから、席を占領する。4人で顔を寄せ合い、極力小声で校長室での話を聞かせた。

 ロンが創設者の遺品を破壊したことに吃驚し、声を上げそうになる。

 その前にハリーがロンの口を手で塞ぐ。ハーマイオニーは髪飾りの真実を載せられないことを不満に思う。

「校長先生は学校の体面とかじゃなく、私がそれをしたっていうことを広めたくないだけさ」

「……しょうがないわね。今回だけよ」

 不承不承とハーマイオニーは頷く。

 ロンが目配りで声を荒げないとハリーに約束し、解放された。

「土曜日にホグズミードで面会か、いいなあ」

 羨ましそうにハリーは呟く。ホグズミード外出ではなく、家族との面会を羨んでいるとすぐに知れた。母との面会を楽しみにクローディアは自然と微笑む。

「しかし、突然すぎるさ。嬉しいけどさ」

「ねえ、お母様とウィンキーを会わせられないかしら? きっとお母様も喜ぶわ」

 ハーマイオニーの提案はクローディアにも良い案だ。

「それいいさ。お母さんもウィンキーに会いたいって言ってたさ」

 図書館を出た4人はすぐに厨房へ向かう。早速、ウィンキーに面会を頼んでみた。母に会うことが畏れ多いとウィンキーは畏まった。しかし、ドビーがホグズミードに行かせると約束した。

 厨房を出た後、ハーマイオニーはハリーに釘をさす。

「いいこと? シリウスは来ないのよ。間違っても『透明マント』でクローディアに着いて行っちゃ駄目。わかった?」

「い、行かないよ。はい、行きません」

 悪だくみを見抜かれたらししく、ハリーはビクッと肩を痙攣させた。

 

 夕食を済ませたクローディアは意外な人物に待ち伏せされていた。

「少し、時間を貰えるかな? お嬢さん」

 言葉を交わすのは本意ではない。カルカロフは嫌悪を露わにして、誘ってきた。

 クローディアが答える前に、カルカロフは彼女の腕を乱暴に掴んで歩きだす。周囲に居たパドマ達が制するのも無視された。

「すぐ戻ってくるさ」

 どうにか、その言葉だけでもパドマ達に声をかけられた。

 薄暗くなった中庭に連れ出され、ようやくカルカロフはクローディアの腕を離す。抗議を口に出そうと思ったが、ここは大人しく用件を聞く事にした。元『死喰い人』が何を語るのか知りたかった。

「君は一体、何者かね?」

 山羊髭を触りながら、カルカロフは訝しげに眉を寄せた。

「クローディア=クロックフォードです」

 名を問うているのでないと理解していた。しかし、他に答えが思いつかなかった。

 案の定、不服そうにカルカロフは目つきを鋭くする。

「どうやら、あまり賢くないようだ。わかりやすく説明しておこう。君の祖父にあたるミスター・トトについて調べさせて貰ったよ。まあ、学校に残している者達に探させたんだが…古い記録だったので、苦労したようだ。いくら、首席の推薦といっても『穢れた血』を……」

「本題は何でしょうか? 教えて頂けますか?」

 カルカロフは、マグル生まれのトトを蔑んでいる。わざわざ、聞くまでもない。

 話を遮られたことを不愉快にさせつつ、カルカロフは問うた。

「ミスター・トトの後見人であったシギスマント=クロックフォードは、君の家系かね?」

 知らない名前を出された。思い返せば、トトの後見人は写真などの類を嫌っていることしか知らない。

 きょとんとしているクローディアの反応に、カルカロフは残念そうな溜息を吐く。

「その様子では違うようだ。時間を取らせたな」

「どういう人物か、差し支えなければ教えて頂けませんか?」

 去ろうとするカルカロフをクローディアは、呼びとめる。トトの後見人について、微かな興味があった。しばらく考えてから、彼は語りだす。

「シギスマント=クロックフォードは我が校を卒業した後、高名なニコラス=フラメルに弟子入りしたのだよ」

 クローディアは純粋に驚いた。

 数えきれぬ程いたニコラス=フラメルの弟子の中に、シギスマントはいたという。意外な繋がりだ。

「だが、彼はすぐに破門された」

 カルカロフは、酷薄な笑みを浮かべていた。

「彼は師の目を盗んで、『賢者の石』を無断で使用した。精製された『命の水』を餓えと病に苦しむ100人のマグルに分け与えたそうだ」

 苦しむ人々に、『命の水』を飲ませる。そうすることで、彼らは救われた。善行によって何故、破門を受けたのかと疑問する。

 すぐにカルカロフは続きを語りだした。

「その後、彼は教会にそのマグルどもを告発した。わざわざ治療したマグルを『魔女狩り』を行う連中に売ったのだ! 彼は見返りに何を求めたと思う? 告発されたマグルどもがどのくらいの拷問で死んだのか、記録を付けて欲しいと言ったそうだ。……ここまで言えば、勘づくだろう? 彼は『命の水』を研究する為に、100人のマグルを実験体に使ったというわけだ!」

 愉快気にカルカロフは嗤う。まるで、英雄の美談を語るように酔いしれていた。

 クローディアの脳髄で、不快を越えた陰鬱が圧し掛かってきた。気を張らねば、胃の消化物を嘔吐してしまいそうだ。

「という噂だ。私達は真実だと思っているがね」

 あっけらかんとカルカロフは、言ってのけた。

「噂ですか……?」

 吐き気を堪え、クローディアは弱弱しく聞き返す。

「そう、噂だ。しかし、シギスマントがマグルに『命の水』を与え、そのマグルどもが拷問死した後、破門されたことは事実だ。フラメル氏が亡くなられた今となっては、真実を知る者はおるまい。残念ながら、ゲラート=グリンデルバルドの偉業によって、シギスマントの名は霞んでしまい、歴代校長を務める者しか、知りえることない伝説だよ」

 口惜しそうにカルカロフは、口元を歪める。

「イゴール!」

 唐突な闇色の声が中庭に響いた。同時に、カツンッという義足の音もする。

 クローディアは吐き気も忘れて、振り返る。凄まじい形相のスネイプとムーディが迫って来た。

 場が悪いと感じたらしく、カルカロフは反対方向に小走りで去って行った。無論、クローディアは放置された。

 ムーディはクローディアを素通りして、カルカロフを追いかけた。残ったスネイプが彼女の顔を覗きこむ。

 普段と変わらぬ厳しい顔つきがクローディアを安心させる。

「何を言われた?」

「……ダームストラングにクロックフォードという卒業生がいるそうです。その人の血縁かと聞かれました」

 詳細を話すのが億劫なので、掻い摘んで説明した。

 スネイプはカルカロフが去った方角を一瞥し、クローディアの背を廊下へと押す。そこには、柱からこっそり様子を窺っているパドマやリサがいた。

「自分の友人に心配をかけるな」

「……はい」

 クローディアはスネイプを見上げてから、パドマ達のもとに走る。皆に心配をかけたことを詫びながら、顔も知らぬシギマントを考えていた。

 次にトトと顔を合わせた時に、尋ねてみようと決めた。

 

 

 約束の土曜日。

 クローディアはルーピンを伴って、ホグズミードに到着した。2月の村は、まだ雪に覆われて銀の輝きを残している。生徒がいない為、住人や旅人らしき魔法使いや魔女しか見当たらない。

「お母さんは、いたさ」

 『三本箒』の前で、コンラッドと母が話をしている様子だ。

〔あ~ん、もうちょっと撮りたいさ〕

 コンラッドからカメラを取り上げられ、喚いている。恥ずかしいくらいに、わかりやすい。母はクローディアに気付き、その場をピョンピョン跳ねる。跳ねた拍子に、足を雪に取られたて倒れ込んだ。コンラッドは静かに母に手を貸した。

 やはり、恥ずかしい。

「以前、アルバムで見たままだね。ああ、君のお母さんらしいよ。そっくりだ」

 そのルーピンの気遣いが、余計に恥ずかしい。

「やあ、クローディア。それにルーピン、わざわざすまないね」

 コンラッドはルーピンを見ずに、適当に言い放つ。母はルーピンを興味津々に見上げた。

〔お母さん、久しぶりさ。こちらは、学校の先生さ。ルーピン先生さ〕

 ルーピンに紹介され、母は畏まってお辞儀した。

「いつもぅ娘がお世話にぃなっています」

「こちらこそ、奥様。一度、お会いしたかった」

 にっこりとルーピンは、母と握手した。

「まさか、本当にコンラッドが結婚していたとは、驚きだね……痛っ」

 可笑しそうに笑うルーピンの頭をコンラッドが叩いた。

「クローディア。折角だから、お母さんと村を回ってきなさい。くれぐれも目立たないようにね。本来なら、おまえは学校だ。私達は、保護者面談でもしているよ」

「わかったさ、お父さん。お母さん、行こうさ」

 嬉しさで声を弾ませたクローディアは、母を振り返る。僅かなやりとりをしている間に、母は視界から消えていた。周囲を見渡すと、母は手紙を銜えたフクロウを追いかけていた。

〔お母さん、待ってさ〕

 急いでクローディアは、母を追う。母はクローディアに呼び止められ、のんびりと足を止めた。

 はぐれない為に、クローディアは母と手を繋いで歩いた。手を繋いでいるのに、母は珍しい物を見つけては何処かに行こうとした。強い力で引っ張られ、何度も転びそうになった。

〔あそこは郵便局さ、そっちは玩具屋さ〕

〔まるで、御伽話の世界さ。魔法の世界さ〕

 ここは、魔法使いの村だ。寧ろ、クローディアは魔女だ。そして、コンラッドとトトも魔法使いだ。それだけ、母は感激しているのだ。

〔お母さん、どうして私に会いに来たさ? 夏に会ったばかりなのにさ〕

 何気なく問いかけるクローディアに、母は何とも言えない表情で微笑んだ。

〔どうしても来織の声が聞きたかったさ。でも、ホグワーツには電話がないしさ。それで、校長先生にお手紙を出したさ。こうして、会わせるようにしてくれたさ〕

 母は愛おしげにクローディアの手を強く握る。

〔何か……〕

 それだけの事態があったのかと聞きかけたが、口を閉ざす。母が泣きそうな顔をしていたからだ。理由は何にせよ、クローディアは母と会えた。それで十分だ。

〔お母さん、あっちは服屋さんさ。見に行くさ?〕

 話を切り替え、『グラドラグス・魔法ファッション店』へと母を連れて行った。

 

☈☈☈☈

 クローディア達を見送ったコンラッドは、ルーピンと『三本箒』に入る。外国語が飛び交う客の中に、バグマンが汚れとボロボロの衣服にまみれた魔法使いマンダンガス=フレッチャーといた。

「おいおい、こんな古臭い靴下をハリー=ポッターが愛用していた? いくらなんでも、それで売るなんてこたあできねえぜ」

「ダッグ、『庭小人』の歯をドラゴンの鱗だとかホラ吹いて、いくら儲けた? それと同じやり方で頼むよ」

 切羽詰まったバグマンは、フレッチャーに頼み込んでいた。

 騒々しい店内を見渡さず、2人はカウンターの席に座る。マダム・ロスメルダが常連のお得意にしか見せない甘い微笑を浮かべた。

「リーマスは、いつものかしら? そちらの方は何にする?」

 コンラッドは適当な飲み物を注文した。

「セブルスから、警告が来たよ。クローディアにいちいち戯言を吹き込むなってね。まさか、君がセブルスに言いつけるとは……」

「言いたければ言え、そうだろ?」

 悪びれることなく、満面の笑みでルーピンは言ってのけた。忌々しく舌打ちし、コンラッドはマダム・ロスメルダからカクテル・オニオンを受け取る。ルーピンには、蜂蜜酒が渡された。

「セブルスとも話したんだが、ベッロが妙なんだ」

「ベッロが発情期にでも入ったかな?」

 ぶっきらぼうに返すコンラッドを尻目に、ルーピンは蜂蜜酒を口にする。

「ベッロが敵を判断できないらしい。それに関して、セブルスは『錯乱の呪文』をかけられているんじゃないかと考えている」

 カクテル・オニオンを飲もうとしたコンラッドの手が止まる。

「『錯乱の呪文』を蛇にかけるだって?」

「ああ、そうでもなければベッロの感覚を誤魔化すことは出来ないんじゃないかな? 君はどう思う?」

 ルーピンを見ずに、コンラッドは深刻げに眉を寄せる。構わずにルーピンが蜂蜜酒を飲み干した時、コンラッドは皮肉っぽく口元を曲げる。

「『錯乱の呪文』なら、可能だろう。よく考えたものだ。……出来れば、ベッロはそのままにしておくべきじゃないか? 子供達の安全の為にね」

「セブルスも同じことを言っていたよ。やはり、似た者同士だね。君達は」

 ルーピンは羨望の気持を込めて、言い放つ。言葉に含まれた感情を理解し、コンラッドは吐き捨てた。

「君に言われると皮肉にしか聞こえないな、全く、どうしてクローディアは君なんかを気に入ってしまったんだろうねえ」

「おや? どうして彼女が私を気に入っていると思うんだい?」

 からかう口調でルーピンが問うと、コンラッドはようやく彼に目を向ける。

「そんなもの、見ていればわかる。否定はしたいがね」

 受け入れがたい事実だと言わんばかりに、コンラッドの眉間のシワが更に深くなった。

 思わず、ルーピンの人差し指がコンラッドのシワに触れる。そのまま、シワを解そうと動いた。

「……そう目くじらを立てないでくれ。彼女は君が恋しいだけだ。私は君と同窓だしね。私を通して君を見ているに過ぎないんだ」

「それなら、……セブルスでもいいじゃないか。君のような男に騙されては、クローディアの将来が不安だ」

 不貞腐れたように呟き、コンラッドはルーピンの手を払う。

 ルーピンは目を見張る。彼の口から、クローディアの身を案じる発言が出たからだ。我が子を心配する父親と同じように、悲観そうに口元を歪めている。

 初めて、彼から父性を感じ取った。

 淡々として、機械的なコンラッドとは違う一面を確かに見た。以前、クローディアが言ったように、コンラッドは確かに『父親』なのだ。

 嬉しさが胸を込み上げ、ルーピンは自然と表情を緩ませる。

「何を幸せそうに笑っているんだ……、気持ち悪い」

 怪訝そうにコンラッドは、悪態付く。それでも、ルーピンは笑みを消さない。

「ルーピン」

 それが気に入らなかったらしく、コンラッドの声が氷のように冷たく発せられた。

「あの子に手を出したら、私抜きでは生きられない身体にしてやるからな」

 勿論、ルーピンはクローディアに生徒以上の感情などない。それでも、滅多に出さぬコンラッドの父親としての態度が悪戯心を擽らせた。

「私の面倒を一生看てくれるのかい? それは、とても魅力的だね」

「何故、そうなる!?」

 動揺したコンラッドは、珍しく大声を上げながら青ざめた。

 

☈☈☈☈

 散々店内を物色した結果、控えめな色の手袋を買った。他の衣類は、見る度に色が変わったりする。その手袋も刃物で切りつけられても守られるそうだ。

 店を出た時、母が何かに気付いた。

〔妖精さんさ!〕

 嬉しそうにはしゃいだ母の向こうを見る。店の建物から路地へと入り込む角に、ウィンキーが畏まって立っていた。

「ウィンキー、来てくれたさ」

 喜び勇んだクローディアが母と共に、ウィンキーへと歩み寄る。母はウィンキーと目線を合わせる為に屈んだ。

 クローディアもそれに倣おうとしたが、何気なく路地に視界を入れて青ざめる。路地から、クラウチが幽鬼のように物静かな動作で現れた。予期せぬ人物に、流石にビビった。厳格な態度を崩さず、クラウチは会釈する。

 全くクラウチに気付かない母は、ウィンキーと握手する。

「こんにぃちは、ウィンキーさん」

「優しい奥様、お会いできて何たる光栄でしょう」

 クローディアは、母の肩を叩く。

〔お母さん、クラウチさんさ。え~と、ワールド・カップの時の人さ〕

 気付いた母は、クラウチを見上げる。ワールド・カップでの出来事が蘇ったらしく、ぎこちない笑顔で「どうも」と挨拶した。

 いくらなんでも、目上の……しかも魔法省の部長職に対する態度ではない。クローディアは、クラウチが怒りだすのではないかと冷や汗が流せる。

(なんで、ここにいるんだろうさ?)

 クローディアの胸中を呼んだように、クラウチが恭しく話し出す。

「このウィンキーから、奥様のお話を聞き、是非ともお会いしたく馳せ参じました」

 クローディアはウィンキーを盗み見る。ウィンキーは、何度もクラウチを見上げていた。

「ワールド・カップの折、私は奥様の前で醜態を晒しました。あまりにも身勝手と、さぞ、奥様は私を軽蔑なされたことでしょう。いまでは、大人げなかったと後悔しております。そちらのお嬢様のお陰で、私はウィンキーと再会し、和解するに至りました。全て、お嬢様のお陰です」

 色々とクローディアは、考え込む。

 クラウチがウィンキーのクビを後悔し、あまつさえクローディアを褒め称えた。正直、不気味だ。気持ち悪いといっても、差し支えない。それでも厳格さが全く消えない。まるで、記者会見の場で謝罪する政治家だ。否、政治家は記者の前で謝罪しない。

「ウィンキーさんは、この人と仲直りぃしたんですか?」

 疑わしそうに母は、ウィンキーに優しい口調で問いかける。ウィンキーは更に畏まり、肯定した。

「クラウチ様は、ウィンキーが必要でございます。ウィンキーは幸せでございます」

 目を輝かせるウィンキーの笑顔が少しだけ、クローディアを苛立たせる。これ程までに忠実なウィンキーを何故、クラウチは、たったひとつの命令を破っただけでクビにしたのか理解できない。

 そのクラウチに、ウィンキーが何の不満も抱いていないこともだ。

 原因が自分達だけに、クローディアは余計にクラウチが不快だ。

「ウィンキーさん、良かったぁですねえ。そうそう、ワールド・カップで私達を助けてくれてありぃがとう」

 納得した母は、ウィンキーともう一度、握手する。礼を言われ、ウィンキーは耳をパタパタと動かしていた。どうやら、喜んでいるらしいが耳だけを動かすとは器用だ。

 その後、母はクラウチに握手を求めた。

 クラウチは慎重に母の手を取り、片膝を地面につけた。そして、母の手の甲に唇を落とす。ロジャーの父・ディヴィが同じ挨拶をした経験から、母は笑顔を返す。

「いつか、またお会いできる日を心待ちにしております。いつまでも……」

 語尾の部分に明らかな熱が籠っていた。一瞬、クローディアは我が耳を疑う。視界の隅にクラウチを入れ、彼を失礼のないように観察する。母を見つめるクラウチの眼差しから、僅かに厳しさが消えていた。それどころか、恋い焦がれているようにも感じ取れた。

(えええ……!?)

 驚愕よりも、ドン引きだ。母はクラウチの感情に全く気付かず、笑みを絶やさない。

 クラウチはウィンキーと共にその場を去る。母はウィンキーが見えなくなるまで、手を振りつづけた。取りあえず、クローディアもウィンキーに手を振る。クラウチの背中からは、目を背けた。

 もう一度、クローディアは母と村を散策する。コンラッド達と合流したのは、その後だ。

「楽しめたかい?」

「ばっちりぃ♪」

 コンラッドに向かい、母は快活な笑みで親指を立てる。母はルーピンに挨拶しようとしたが、はたと何かに気付く。ルーピンの顔を繁々と眺めてから、首を傾げた。

「ルーピン先生は、作曲家さんに似ていぃますねえ。最初は、夫に似ていぃると思ったんですがぁ」

 母の発言に、コンラッドは表情を強張らせた。ルーピンは記憶を探り、思い当たる。

「もしかして、ベンジャミン=アロンダイトですか? ええ、一見、私でも間違えそうです」

「ご存じぃですか? ベンジャミン=アロンダイト。すご~い、有名人みたいぃです。それとも、ルーピン先生が物知りですかぁ?」

 ほのぼのとした2人の会話に、ツッコミを入れる気力はない。クローディアはクラウチの母への想いに動揺し、コンラッドはルーピンに似ているという発言が屈辱だった。

 短かったが、楽しい面会時間は終わる。

 別れを惜しみながら、母はコンラッドの腕に掴まる。途端に、コンラッドは『姿くらまし』した。まさかの『姿くらまし』にクローディアは驚いた。

「マグルと『姿くらまし』していいんですか?」

「オススメはしないよ。大概の人は、吐くからね」

 そこが大事とルーピンは、微笑んだ。若干、頬が紅いので酒を煽ったのかもしれない。引率中に飲酒をしないで欲しい。困った人だと、クローディアは思わず笑った。

「クラウチさんが村に来ていたんです。お母さんと挨拶したんですけど、様子が変でした。まるで、お母さんに恋しているみたいでしたよ」

 帰路の着く中、クローディアはクラウチの態度をルーピンに聞かせた。

「クローディア、君のお母さんは確かに魅力的だよ。コンラッドが見初めただけのことはある。けど、クラウチ氏に限っては、……ふふ」

「本当ですって、絶対」

 おもしろい冗談と言わんばかりに、ルーピンは喉を鳴らして笑った。

 城に帰ったクローディアは、早速、ハーマイオニーに報告した。

 クラウチの話を聞いた時、ハーマイオニーは困り果てたように溜息をつく。

「クローディア、エイプリルフールには早いわよ」

 信じて貰えなかった。

 ハリーとロンにも話したが、ハーマイオニーやルーピンと同じ反応だった。

 




閲覧ありがとうございました。
ルーピンは嫌味も笑顔で回避する。
クラウチが恋したなんて、私も信じないよ。
●マンダンガス=フレッチャー
 原作二巻から、度々、名前だけ登場。色々と顔が広いおっさん。
●シギスマント=クロックフォード
 ダームストラングの卒業生が欲しかったオリキャラ。これ程の後見人でなければ、マグル生まれは、あの学校に入学できなかったと思う。

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