こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
ドビーやウィンキー、何故に映画で省かれたんや(涙)

追記:18年1月8日、誤字報告により修正しました。


12.屋敷しもべ妖精

 翌日、『魔法生物飼育学』にて、ドラゴンが登場するなど誰も予想できない。ドラゴンは柵板の中で、豪快のようで穏やかな寝息を立てている。

 ハグリッドが皆に静粛を求め、傍にいるチャーリーを紹介した。

「こちらはチャーリー=ウィーズリーだ。ルーマニアでドラゴンの研究をしちょる。おまえらの大先輩だ。午後にはドラゴンはルーマニアに帰っちまう。そこで特別な許可を得て、近くで見せて貰うことにした。皆、お礼」

 ドラゴンを起こさぬように、皆は小声でチャーリーに礼を述べる。愛想の良い笑みで、彼は挨拶を返す。

「こいつはウェールズ・グリーン普通種。昨日、君達が目にしたドラゴンの中では一番、大人しい性格だ。あくまでも、四種の中ではね。もし、目を覚ませば、君らを襲う。昨日の選手達のように」

 笑みを浮かべるチャーリーの口調には、ドラゴンへの警告も含まれていた。昨日の試合の興奮を思い出したザカリアスは唾をひとつ飲み込んだ。

 観客席とは違う。真近なドラゴンには凄まじい迫力がある。美しく、逞しく、それでいて強大だ。

〔恐竜もこんな感じさ? そういえば、東洋の龍は蛇に近いさ〕

 見惚れながら、クローディアは足元のベッロを見やる。ベッロも巨体に緊張しているのか、落ち着かない様子だ。不意に思いつく。

「ドラゴンは脱皮しますか?」

 クローディアの質問に、チャーリーは驚くことなく返答する。

「現在、俺が研究している全ての種類のドラゴンでは脱皮をした例はない。しかし、稀に脱皮に似た現象を起こすことがある。残念ながら、俺は目にしていない」

 すぐに羊皮紙に書き留められた。

〔トカゲみたいなもんさ?〕

 クローディアが呟くと、何故かドラゴンの瞼が開く。

 獣とハ虫類ならではの輝きが混ざり合う瞳、それはじっとクローディアを捉える。突然の出来事に生徒は悲鳴を上げる余裕もなく凍りつく。しかし、ドラゴンは再び瞼を閉じて眠りに入った。

 緊張の解けた生徒は一気に息を吐く。見つめられたクローディアも冷や汗で、背中が濡れる。

(もしかして、心読まれたさ?)

 二度とトカゲ呼ばわりしないと、心に決めた。

 授業が終わり、ドラゴンを起こさぬように生徒は極力静かに城へと戻る。

「ハリーはあんな凄いドラゴンとやりあったんだ。感動だな」

 ジャスティンは何度もドラゴンを振り返る。

「かっこいいわ。勿論、セドリック=ディゴリーもよ」

 誇り高そうに、ハンナは胸を張る。

 口ぐちにドラゴンの感想を述べる中、クローディアはハグリッドに呼びとめられる。彼は授業とは、別でチャーリーを紹介する。

「チャーリーはロンの兄貴だ」

「知っているさ。お久しぶりです」

 握手を求めるクローディアの手をチャーリーは親しげに握り返す。

「久しぶりだ。クローディア、この蛇がベッロ? ロンから噂は聞いているよ。すっごく、良い子だって」

 クローディアの足元で、ベッロは鎌首をもたげてチャーリーを見上げる。

「想像していたより、小さい蛇だな。でも、賢そうだ。だいぶ年寄りだね」

 ベッロの顎を撫で回した後、両手で頭を「よしよし」と撫でるチャーリーに、クローディアは驚く。ベッロが何歳か知らないが、確かに50年は生き抜いた老蛇だ。

 それをチャーリーは一目で見抜いた。

「わかるさ?」

「目つきと皮膚の感触で、大体はわかる。それを考えても、やっぱり、こいつは小さいな。ここまで長生きしたなら、もっと大きくなるはずだ」

 2度も小さいと言われたことが気に障ったらしく、ベッロは尻尾でチャーリーの頭を叩く。失言だったと彼は笑い返した。

 

 昼食中にチャーリーの話をロンに聞かせた。

「良いなあ。僕らは、ずっと『爆発尻尾スクリュート』なんだぜ」

 不貞腐れるロンの隣で、ハリーはベッロと話す。何が可笑しいのか彼は喉を鳴らして笑う。

「チャーリーがベッロを年の割に小さいって、……すごくムカついたんだって」

「シマヘビにしたら、十分、大きいさ」

 ベッロは初めて会った頃より、脱皮を繰り返し成長していた。今では3メートルもある。シマヘビは平均80~150センチ。最大でも2メートルまでしか育たない。それも伊豆諸島のような特定の地域だけだ。

「その内、バジリスクのように大きくなってやるだって」

 殊更、可笑しそうにハリーは笑う。しかし、そのまま即死の目を持たれたら、こちらとしては堪ったもんではない。どうか、このままの大きさでありますようにとクローディアは願った。

 

 ルーピンとの約束の時間になり、急いで彼の事務所を訪問する。客人の為にと、ティーパックの紅茶が用意されていた。

「昨日の試合は見事だったよ。ハリー、箒で出し抜くとは私も思い付かなかった」

「すみません、折か……ごふ」

 詫びようとするハリーの脇をハーマイオニーが肘で突く。ドラゴンへの対策のひとつ『結膜炎の呪い』の助言は、あくまでも彼女の個人的質問という建前だったからだ。

 知ってか知らずか、ルーピンは何とも窺い知れない笑みを浮かべる。

「それで、私に折り入って話とは何かな?」

「この前のホグズミード外出の時、コンラッドさんに会いましたよね? コンラッドさんがスネイプ……先生と話をするところを見られませんでしたか?」

 ハリーの直球な質問に今度はクローディアが彼の脇を肘で突く。ルーピンは笑みを浮かべたまま、彼女へと視線を映す。

「もしかして、君達……クローディアが元『死喰い人』を調べたことに関係しているのかな?」

 授業中の問題点を聞き返す口調だが、クローディアは寒気が走る。他の3人も悪戯がバレたように焦燥する。ルーピンは紅茶に砂糖を加えながら、事もなげに告げる。

「スネイプ先生が知っているのは、私が教えたからだよ。コンラッドから、教えても構わないと言われたからね」

 まるで、試験範囲を教えたと同じ口ぶりだ。全く、動じた様子はない。

 クローディアも一瞬、動揺した。しかし、ルーピンの立場を考えれば、フリットウィックやマクゴナガルに報せなかっただけ、気遣いがあるのかもしれない。

「……スネイプ先生に叱られました。余計なことに首を突っ込むなと、でも、私には余計じゃありません。知るべき情報です」

 恥じることなく、クローディアはルーピンに言い返す。

 ルーピンから笑みは消えていた。しかし、決してクローディアを軽んじても、蔑んでもいない。真摯に言葉を受け止めている。

「それに私達。ハリーの名前をゴブレッドに入れた犯人は、もう探していません。ベッロとクルックシャンクスでも、誰が敵か判断できない状況なんです」

 弁解するようにハーマイオニーが必死に付け加える。

「ベッロが危険を判断できない?」

 初めて、ルーピンから深刻そうな声が出る。

「ベッロは多分ですけど、対抗試合で皆が殺気立っていたりするから、全員が敵だと感じているんだと思います」

 ルーピンはハリーが『パーセルマウス』だと知らない。故に直接、ベッロから聞いたなどと言えない。

 心臓の騒がしい音を聞きながら、ハリーは慎重に言葉を選ぶ。紅茶を口にしたルーピンは深く追求せず、思案する。

「それは……考えにくい。しかし……」

 誰に言うわけでもなく、ルーピンは呟く。その表情は教師ではなく、来るべき敵に構える戦士に似ている。

「何か問題でも?」

 おそるおそるロンが問う。ルーピンは紅茶を飲み干し、頭を振るう。

「推測にも満たない仮説だよ。まだ確信が持てないから、今は言えない」

 ルーピンが言い終えると、ロンの腹が豪快に鳴りだす。恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた。ハーマイオニーは呆れ、彼を睨む。

「夕食の時間だ。私も行くとしよう。そうだ、ハリー。ネビルがマッド‐アイから本を貰ったのを知っているね?」

 唐突に声をかけられ、ハリーは必死に思い返そうとする。代わりにハーマイオニーが答える。

「【地中海の水生魔法植物とその特性】よ。ネビルの好きな植物の本だわ」

「その通りだ。ハリーも読んでおくといい。きっと君の為になる」

 意味深に微笑むルーピンに対し、ハリーは曖昧に頷いた。クローディアはルーピンの横顔を眺め、彼が立てようとした仮説を考えようとした。

 

 第一の課題後、ハリーは羨望の眼差しに晒された。スリザリン生から、応援する態度など見られるはずもない。それでも、『汚いぞポッター』のバッチを着けなくなった生徒が現れ出した。反対に、サリーのように『ハリー=ポッターを応援しよう』のバッチを着ける生徒が増加した。そのバッチは、ハリーが近くを通ると『頑張ってね』と投げキッスをかます。

 ドリスさえも、そのバッチが欲しいと要求してきた。

 二種類のバッチを見て、クローディアは閃く。思い立ったら吉日、ベッロとハリーを捕まえて『蛇語』で挨拶する様子を何度も繰り返させた。

 そうして作成したのは、赤い腕時計と青い腕輪だ。腕時計は『蛇語』で呼び出し音を出す。腕輪は日本語で文字が表示される。色を変えたのは、対だとバレないようにする為だ。前々から、クローディアとハリーがお互いに用件がある際、談話室や大広間を探さねばならない。緊急時などは、本当に手間がかかる。

 空き教室で、クローディアは腕時計をハリーに手渡した。

「普通の時計としても使えるから、ちゃんと着けるさ」

「新しい腕時計なんて、嬉しいな。ありがとう」

 新品同然の時計を眺め、ハリーは喜んで腕に着ける。

「名前を付けたら、いいけど……どうしましょう?」

「ポケベルでいいんじゃないさ? 似たようなもんだしさ」

 実際、用途は同じだ。

「ポケベルって何?」

 黄金の卵を玩ぶロンにハーマイオニーがポケベルの説明をする中、ハリーはシリウスからの手紙を読む。

【ハリー

 ホーンテールを出し抜けたこと、本当におめでとう。箒を使うとは良い発想だ。素晴らしいよ。しかし、満足するのはまだ早い。ひとつしか課題をこなしていないのだからね。君に害をなそうとする者は、誰なのかもわかっていないんだ。油断しないように、十分気をつけなさい。必ず返事を出すから、連絡を絶やさないように。  シリウス】

「まだ、シリウスに会えないか……」

 残念そうにハリーは手紙を懐に入れる。

「それよりも、卵の謎についてはどうさ?」

 クローディアに聞かれ、ハリーは頭を振るう。気を利かせたロンが彼へ卵を投げ渡した。

「ここで開けないでくれ。僕の耳が壊れちまう」

 今まさに開けようとしたハリーをロンが制する。

「開けてくれないと、私はまだ中身を聞いてないさ。貸してさ」

 ハリーの手から卵を取ったクローディアが、開けようとする。すぐに3人は耳を塞いで防御体勢に入る。

 強い警戒心を見せる3人に倣い、クローディアは杖でペアピンを耳栓に変身させる。両耳をしっかり塞ぐ。そんな物は子供だましの防御壁。耳栓など、何の役にも立たず、甲高い悲鳴は4人の耳を直撃した。

 

 12月に入り、寒気が極まった頃。

 第一の課題を特集した【ザ・クィブラー】が出回る。課題内容が明確に記載され、前回よりも注目を集めた。【日刊預言者新聞】はスキーターが課題内容と結果に満足できなかったらしく、記事を書かなかったことも拍車をかけた。

 マダム・ピンスに頼み込み、【ザ・クィブラー】を置かせてもらう。購入希望者はルーナまで届けるようにメモ書きを添えれば、スタニフラフやビクトール、フラーが彼女に声をかけてきた。

 それが堪らなく嬉しいルーナは昼食を終えて寮に帰ろうとしたクローディアを捕まえて報告する。寮が同じなのだから、いつでも良いはずだ。それだけ、嬉しいのだ。

「ペレツって人が、クロスワードがおもしろいねって言ってくれるんだ。フラーがお姉ちゃんのガブリエルが、ナーグルは怖いって言ったから、私が大丈夫だよって」

 目を見開いて瞬きもしないルーナは僅かに半眼し、口元を緩ませている。ここまで愛嬌のある表情を出すのは、クローディアが知る限り珍しい。

「最近、ナーグルは出てくるさ?」

「時々ね。でもね、ペネロピーが追い払ってくれるよ。ナーグルがなくした物は、ベッロが取ってきてくれるから、うん。クローディアは、ナーグルに会う?」

 まだ目にしたことないクローディアは頭を振るう。

「でも、クローディアのナーグルは、いっぱいだよ。ルーピン先生のこともナーグルでしょ?」

 何の前触れもなく出された名を耳にし、クローディアの体温が一気に上昇した。

「ル……ルーナ、ど……どうしてさ?」

 赤面したクローディアはぎこちなく問いかけるが、隣を歩いていたはずのルーナがいない。急いで周囲を見渡すと、彼女は中庭の向こうにいるジニーへと駆け出していた。

 ルーナの背を見つめ、クローディアは強い焦燥感に襲われる。

(もしかして、バレてる人にはバレてるさ? ジョージも気づいていたし、まさか、ルーピン先生も……ハーマイオニーも私の気持ちに……!)

 背後に近寄る気配に、クローディアが急いで振り返るとハーマイオニーだ。

 無意識に『呼び寄せ呪文』を使ったのかと、錯覚してしまう。何故か、ハーマイオニーの瞳が輝いて見える。

「クローディア。『数占い』の時間まで少しあるから、一緒に来て欲しいところがあるの」

 今のクローディアには、その言葉は心臓を破裂させる威力がある。胸の高鳴りが一層激しくなり、顎がマトモに動かない。

 強張り口を開いたまま返事をしないクローディアに、ハーマイオニーは怪訝そうに眉を顰め、顔を覗き込む。

「クローディア、もしかして……具合悪いの? 呼吸がおかしいわよ」

「ち、ちが……う……さ」

 慌てて両手と首を振るクローディアは、必死に笑顔を取り繕う。その態度が更に誤解を生み、眉を顰めたハーマイオニーは、廊下の向こうを指差す。

「ダメ。医務室に行ってきて、私の用事は授業が終わった後でいいから」

 拒否権なし。

 その場を誤魔化すため、クローディアは医務室へは向かう。特に用事もなく、始業ギリギリまで扉の付近で右往左往して過ごした。

 『数占い』がこれ程、偉大な授業だと感じたのは、おそらく初めてだ。教科書や参考書に連なる数字を読み解いていくと、クローディアの中で湧き起こっていた変な興奮が治まる。終業時間には平常心を取り戻していた。

 

 寮の自室に教材を置いたクローディアは足を弾ませ、ハーマイオニーとの待ち合わせ場所である玄関ホールに向かう。待っていたのは彼女とハリー、ロンも一緒だ。

 見慣れた顔ぶれに、クローディアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「この3人ということは、ハグリッドのところか……、それ以外のところさ?」

「そういうことよ。私もまだ行ったことないけど、場所は大丈夫!」

 嬉しそうなハーマイオニーの後に続く。

「今日、ハグリッドの授業で、スキーターが来たんだ。あいつ、ハグリッドに『尻尾爆発スクリュート』を取材したいとか」

 疑わしそうにロンは呟く。

「スキーターは学校の敷地に入れないことになっているって、ハグリッドが言ってた」

 うんざりとハリーがスキーターに悪態つく。

 玄関ホールを左に曲がれば、扉がある。初めてみる扉にクローディアは期待感が募る。遠慮なくハーマイオニーが扉を開けて中に入る。中は更に下へ続く階段になっており、橙色の炎を燃やす松明が廊下を照らしている。廊下の壁には料理や食材を描かれ賑やかだ。

「この廊下の何処かに、ハッフルパフへの寮の入り口があるさ?」

「そういえば、ハッフルパフの連中は、さっきの扉を使うよな」

「あ!」

 突然、声を上げたハリーは足を止める。丁度、廊下の中間地点で壁には果物を大量に盛った巨大な銀の器の絵が飾られている。その絵を指差したハリーがハーマイオニーを見やる。

 ハーマイオニーは口元を緩ませ、瞬きした。

「どうしたさ?」

 疑問するクローディアはロンに視線を送る。彼も何かに気づいた表情で絵を見上げた。

「ここが厨房の入り口なんだ!」

「厨房さ!?」

 朝・昼・晩と大広間へ運ばれる料理を作る場所。

「そういえば、『屋敷しもべ妖精』が料理もしてるさ?」

「その通り! 【改訂ホグワーツの歴史】の為に彼らの生活に密着しようと思ったの」

 身体を弾ませたハーマイオニーは人差し指を伸ばし、緑色の梨をくすぐった。梨は身を捩じらせて笑い出し、取っ手へと変形した。

 期待に胸躍らせ、4人は絵の扉を開く。

 

 大広間が地下にもある。部屋の高さと幅、奥に伸びた4つの長机に料理が並べられているせいで、蒸気と香ばしい匂いに満ちている。巨大な暖炉には、巨大な鍋が置かれ、以前見たウィンキーのような小人達が忙しなく働いている。使い終わった真鍮の鍋やフライパンを別の小人達が手入れし、壁に山積みに整頓している。およそ100人の小人達は、ホグワーツの紋章が刺繍されたキッチンタオルをトーガ風に巻きつけていた。

 感動したクローディアが屈みこんで『屋敷しもべ妖精』を眺めた。

「すごいさ~、まるで白雪姫さ。厨房も広いしカッコイイさ♪ まるで魔法のお城みたいさ」

「クローディア、ここは魔法学校だよ」

 苦笑するハリーのツッコミを気にせず、クローディアは輝いた笑みで『屋敷しもベ妖精』に手を振る。何かに気づいたロンが顔を顰め、呻く。

「あの『屋敷しもべ妖精』……、どういうつもりであの恰好してんだ?」

「どの子?」

 ハーマイオニーにロンが聞いた瞬間、突然ハリーまで呻き声を上げた。3人がハリーを見やると、ティーポットカバーを頭に被り、馬蹄模様のネクタイを締め、子供用の短パンを履いた『屋敷しもべ妖精』が彼の胴体に飛び込んできていた。

「ハリー=ポッター様!」

 締め付けられたハリーが息苦しさで悶える。

「ド、ドビー……?」

「はい! ドビーめでございます! ドビーはハリー=ポッター様にお会いしたく、ああ、それが会いに来て下さいました!」

 ドビーと呼ばれた『屋敷しもべ妖精』は、ハリーから離れ感極まった表情で目に涙を浮かべた。

「え? コイツがマルフォイの屋敷にいたっていうドビー!?」

「お祖母ちゃんが話してたドビーさ?」

「まあ、今はここで働いているのね♪」

 興味津々に3人は身を屈めてドビーを見つめる。彼は3人に向かい丁寧な会釈を行う。

「ダンブルドア校長がドビーとウィンキーをお雇い下さいました」

「「ウィンキー!!?」」

 ハーマイオニーが明るく微笑み、クローディアは驚きの声を上げる。

「ウィンキーもここに……」

 聞き返そうとしたハリーの手を取り、ドビーは厨房の奥へと誘った。忙しなく働く『屋敷しもべ』達は、生徒である4人へ歓迎の会釈やお辞儀を送る。

 鍋が轟々と燃え滾る暖炉の脇、洒落たスカートにブラウス姿のウィンキーが丸椅子に腰掛けている。何故か、ウィンキーは他の『屋敷しもべ妖精』よりも薄汚い服を着ていた。

「やあ、ウィンキー」

「久しぶりさ、ウィンキー」

 クローディアとハリーが挨拶すると、ウィンキーは唇を震わせて泣き出した。

「これは、感動の再会……ではなさそうさ」

「まだ立ち直っていないのよ。可哀想なウィンキー、泣かないで」

 慰めようとするハーマイオニーの言葉空しく、ウィンキーは甲高く涙を強くした。その泣き方から、ウィンキーは女性だという印象を受けた。『屋敷しもべ妖精』に雌雄があるのか疑問だが、間違ってはいないという確信がクローディアにはある。

 涙が止まらないウィンキーをそのままに、ドビーが紅茶を勧めてきた。ハリーが受け入れると、即座に6人の『屋敷しもべ妖精』が、紅茶にお菓子を添えた銀の盆を抱えて現れた。

「ありがとうさ」

 4人を代表してクローディアが礼を述べる。『屋敷しもべ妖精』達は満面の笑みで畏まり、調理へと戻っていく。ドビーの給仕を受けながら、ハリーが詳細を尋ねる。

「ほんの一週間前から、ウィンキーと働いております。ドビーは丸2年間、仕事を探して国中を旅しましたが、仕事は見つからなかったのでございます。なぜなら、ドビーはお給料が欲しかったからです」

 不意にクローディアは厨房の中の温度が下がる感覚に襲われた。何気なく、室内に見渡す。ドビー以外の『屋敷しもべ妖精』達が彼の発言を理解不能と怪訝していた。

「働いているのだから、お給料は当然貰うべきだわ」

「お嬢様、ありがとうございます」

 素直な意見を述べるハーマイオニーへドビーはニンマリと笑いかけた。

「ですが、お嬢様のようにご同意して下さる魔法使い様はおりませんでした。ドビーは働くのが好きです。でも、それと同じように好きな服を着たいし、給料も貰いたい。ハリー=ポッター、ドビーは自由が好きです」

 誇り高くドビーは宣言する。他の『屋敷しもべ妖精』は、ドビーに関わらないように離れて行く。ウィンキーは我が子を悼むようで嘆くような鳴き声を上げ続けた。

 その後もドビーの話は続き、ウィンキーの解雇を聞いて2人で仕事を探す際、ホグワーツ城を思いつき、ここに来たらしい。ダンブルドアはドビーが望むなら給料と休日を与えると約束した。

 ドビーが話す間、ウィンキーは恥辱だと喚きながら床に這いつくばった。

「ウィンキーもお給料を貰っているのね?」

 優しく問いかけたハーマイオニーをウィンキーは泣き止んだ瞬間、睨みを効かせて怒りを露にした。

「ウィンキーは不名誉な『屋敷しもべ妖精』でございます! でも、そこまで落ちぶれてはいらっしゃいません! ウィンキーは、自由になったことを恥じております!」

 この言葉にハーマイオニーの眉が痙攣した。

「恥じるのはクラウチさんのほうで、あなたじゃない!」

 突然、ウィンキーは両耳を押さえつけて叫んだ。

「あたしのご主人様を侮辱なさらないのです! クラウチさまは良い魔法使いでございます。クラウチさまは悪いウィンキーをクビにするのが正しいのでございます」

「ウィンキーは、なかなか適応できないのでございます。なんでも言いたい放題言ってもいいのに、ウィンキーはそうしないのでございます」

「じゃあ、普段から君達はご主人の悪口とか言えないの?」

 質問するハリーに、ドビーから笑みが消える。

「言えませんとも、それが屋敷しもべ妖精制度の一部でございます。わたくしどもはご主人の秘密を守り、沈黙を守るのでございます」

 家政婦か家政夫みたいだ。執事や使用人ともいえる。

(ということは……、クラウチの息子さんに何があったのか、ウィンキーに聞いても駄目だろうさ)

 ウィンキーを視界の隅に入れ、クローディアは何気なく自分の髪を撫でる。

「ですが、ダンブルドア校長先生さまは、わたくしどもが老いぼれの偏屈じじいと呼んでもいいとおっしゃったのです!」

 尊敬する口調で、ドビーは再び笑顔になる。

「ドビーはダンブルドア校長先生さまがとても好きでございます! 先生さまの為に、秘密を守るのは誇りでございます」

「マルフォイは、もう君の主人じゃないよな?」

 意地悪そうにロンが聞くとドビーは一瞬、怯んだ。しかし、小さな身体から力の限り声を絞り出す。

「ドビーはハリー=ポッターに、このことをお話できます。ドビーの昔のご主人様たちは悪い魔法使いでした」

「自分のご主人さまをそんなふうに言うなんて!」

 我慢の限界が来た。『屋敷しもべ妖精』そのものに対する侮辱と受け取ったウィンキーは金切り声でドビーに反論し、口論が始まる。

「ドビー、あなたは恥をお知りになれなければなりません!」

「ドビーは、主人ではない人達をどう思おうと気にしないのです! ウィンキーもそうすべきです!」

 マルフォイ家とクラウチ家の妖精格差を目の当たりにしている気がする。ウィンキーの態度はクラウチに対する信頼が強いから、ドビーのように自由を喜べない。

「ウィンキー、何も恥ずかしいことないさ。ウィンキーのお陰で、私もお母さんも助けられたさ。あの場で、ウィンキーが来てくれなかったらと思うと、ぞっとするさ」

 クローディアが声をかけた途端、ウィンキーは表情を強張らせる。

 ウィンキーはしどろもどろになり、言葉を濁した。もし、ここでクローディアの言葉を否定すれば、魔女を助けた行いを恥じることになる。それは魔法族への侮辱と同じだと、ウィンキーは考えているのだろう。

「だったら、ウィンキーさ。クラウチ氏に会いに行くさ? この時間なら、まだ部屋で仕事してるさ」

 この提案にウィンキーは目を見開きクローディアを見上げる。

「お嬢様は、あたしのご主人様の居場所をご存知ですか?」

「クラウチさんとバグマンさんは3校対抗試合の審査員なの」

 答えるハーマイオニーに、ウィンキーは凶悪なまでに顔を歪めて怒りを強くした。

「お可哀相なご主人さまがバクマンさまとホグワーツにいらっしゃる! 悪い魔法使いのバグマンさまといらっしゃる!」

「バグマンが悪い魔法使い?」

 面を喰らったハリーが思わず、呟く。

「いやいや、あのルード=バグマンが悪い魔法使いってことないだろう?」

 反射的にロンが大声を上げた。

「いいえ、悪い魔法使いです! ご主人様がウィンキーにお話下さいました! でも、ウィンキーはお話しません。秘密を守ります!」

 鬱憤を晴らすようにウィンキーはバグマンに悪態付く。興奮を押さえ込む為か、一旦、口を閉じる。その隙にクローディアは窘めた。

「一目だけでもクラウチ氏の様子を確認するさ。元気な姿を見れば、ウィンキーも元気になれるさ」

 出来るだけ優しく声をかけるクローディアに、ウィンキーは瞼を開く。

「本当に、会いに行ってもよろしいものでしょうか?」

「1人で会いに行けないなら、私も一緒に行くさ」

 ウィンキーの高さまで身を屈めたクローディアは手を差し出す。差し出された手の意味が理解できないウィンキーは畏まる姿勢でその手を両手で受け止める。

「私はウィンキーとクラウチ氏の所に行ってくるからさ」

 ウィンキーと手を繋ぎ、クローディアは厨房を後にしようとする。

「私達はもう少しお話してから行くわ」

「あんまり、大勢で行ったら迷惑になるしね」

「クローディアの分もお菓子食べておくからな」

 ロンだけが皿のお菓子を大量に口へと放り込む。それに、ハーマイオニーが溜息をついた。

 

 夕食中の為、廊下には人の気配がない。絵の住人と幽霊を数に入れなければの話だ。生徒と『屋敷しもべ妖精』と手を繋ぐ姿は彼らの注目の的となっている。それに羞恥心が募ったウィンキーが柱の影に隠れてしまい、廊下を進めない事態となった。

 目立たないように、クローディアはウィンキーに身を屈めて小声で連れ出そうと試みる。

「(ウィンキー、来ないと会えないさ。ほら、おいでさ)」

「ウィンキーは、ウィンキーは、お嬢様を辱めているのでございます!」

 辺りに広がる甲高い声がクローディアの耳を打つ。困り果て、段々と苛立ちが湧き起こる。だが、ここで怒鳴っては元の子もない。溜息を口中で殺し、根気よくウィンキーに語り続けた。

「ウィンキー、私のことが心配さ?」

「勿論でございます。ご主人様には、お会いしとうございます。でも、その為にお優しいお嬢様を晒し者に出来ません」

 身を震わせて柱にしがみ付くウィンキーの本心は、クローディアが幽霊と絵の住人達から、いらぬ醜聞を受けることが恥辱なのだ。

 クローディアには痛くも痒くもないが、ウィンキーなりに彼女を気遣っている。無下には出来ない本心を受け止め、自らのローブで覆い隠す。

「ウィンキー、ちょっと遊ぶさ。私が「いいよ」っていうまで、ローブの中で目を瞑るさ。声をあげるものダメさ。ちなみに、これは命令さ」

 最後の部分を強めて言い放てば、ウィンキーは気恥ずかしくお辞儀した。

 ローブの下にウィンキーを包んで歩く。完全に畏まった彼女は一切動かず、成すがままである。ここまで順応では、クローディアの良心が微かに痛む。

 コンラッドが『屋敷しもべ妖精』を憐れむ理由がよく理解できた。

 急いでウィンキーを自由にしようと、小走りで目的の部室へと辿り着いた。扉の前に下ろし、クローディアは静かに声をかける。

「ウィンキー、もういいよ」

 声を耳にしたウィンキー瞬きしながら周囲を見渡す。扉を見上げ、今更ながら己の身なりを気にし、指を鳴らした。すると、薄汚れていたはずの服から、汚れが落ち、くたびれていた布は生地を強くした。まるで、卸したての状態だ。

 埃ひとつないかを確認したウィンキーは緊張した顔つきでクローディアの顔色を伺う。

 それが支度終えたと察したクローディアは扉のノブに手をかけて回す。音を出さぬように、ゆっくりと扉を開く。扉の隙間を覗ける部屋は、以前と変わらず書類に埋もれている。書類の隙間から、ようやく見えた職務用の机に気難しい顔つきのクラウチがいた。

「ほら、あそこにいるさ」

 ウィンキーの背中を丁重に押し、扉の隙間へ行かせる。戸惑いながら、彼女は扉の隙間を覗き込んだ。すると小さな身体が震えだし、目に涙を浮かべる。

「ご主人さま……?」

 呻いたウィンキーは扉の中へと飛び込んでしまった。

 慌てたクローディアはウィンキーを引きとめようとしたが、不意に思いとどまった。目にするだけでは辛抱できないのだ。言葉を交わし、お互いの近況を知りたいと思うのは、間違いではない。

「ウィンキー、どうしてここに?」

 驚いたクラウチの声で、クローディアは部屋の中を見やる。手にしていた書類を落し、彼は衝撃を受けた表情でウィンキーへと駆け寄った。その様子は再会を確かに喜んでいる。 

(邪魔しちゃ悪いさ)

 静かに扉を閉め、クローディアは廊下の反対側の壁にもたれかかる。

(クラウチ氏は、ウィンキーが大事だったことは確かさ。でもそれなら…)

 考え込むクローディアの腹が鳴った。その音で夕食が済んでいないことに気づく。意識してしまえば、空腹感で身体から体力が抜けていく。

(ウィンキーを置いておくわけに行かないさ。せめて、厨房のお菓子を持ってくればよかったさ)

 空腹と格闘すること十分足らずで、ウィンキーが部屋から出てきた。満面の微笑みは、クラウチと大切な時間を過ごしたことを意味している。

「重畳さ、ウィンキー?」

「ありがとうございます、お嬢様。ウィンキーは、優しいお嬢様にお会いできて幸せでございます」

 律儀に頭を下げるウィンキーから感謝の言葉を聞き、クローディアもお辞儀する。

「どういたしまして、私もウィンキーと知り合えて良かったさ。さあ、食堂に帰るさ」

 手を繋いでウィンキーを連れようとしたが、それを嫌がられた。仕方なく、行きと同じようにクローディアのローブに隠して厨房に戻った。

 

 厨房ではハーマイオニーが『屋敷しもべ妖精』達から、城での生活ぶりの差や待遇の改善についての意見を聞きまわる。諦めた表情のハリーとロンはローブに包まり仮眠中だ。

 ハリーとロンを無理やり叩き起こしたクローディアはハーマイオニーに『屋敷しもべ妖精』への質問を切り上げさせ、厨房を後にした。

 玄関ホールまで歩き、クローディアは3人にクラウチとウィンキーの再会場面を話して聞かせた。

「クラウチ氏がウィンキーをクビにしたのに納得できないわ。まあ、ウィンキーが元気になったし、五分五分よ」

 複雑な顔で唇を尖らせるハーマイオニーに対し、ロンはわざとらしく溜息をつく。

「ずっと、この調子なんだぜ。いい加減にしてくれよ。ウィンキーはクラウチが好きなんだ。ドビーとは違うんだって」

 ロンの意見は的確だが、ハーマイオニーは納得し難い表情のままだ。

 言葉で諭すことを諦めたロンは降参の意思表示で両手を広げ、クローディアに視線で説得を頼み込む。だが、空腹が限界に近いので視線で断った。

 

 その晩、クローディアは手紙で母にウィンキーの朗報を伝えた。返事の中に彼女に直接会って礼を述べたいとあった。

 




閲覧ありがとうございました。
90年代は、ポケベル最盛期だったなあ。実は現物を見たことありません。なので、使い方がわからない。

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