こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
男子が箒に乗ると、痛そう。
原作では『禁じられた森』ですが、映画版の『暗黒の森』にしています。

追記:16年9月22日、17年3月4日、誤字報告により修正しました。


6.ハリーの箒

 クローディアの言うとおり、彼らを放って置けばよかった。

 ハーマイオニーは痛感した。

 決闘の時間が迫り、ハリーとロンは寮を抜け出した。最後に引き留めようとハーマイオニーは、2人を追いかけた。しかし、2人はハーマイオニーを無視するので、怒った彼女は寮に戻ろうとした。途端、『太った婦人』の外出で寮から締め出された。

 しかも、廊下には何故かネビルがいた。なんでも、彼は合言葉を忘れたせいで『太った婦人』に入れてもらえず、寮生の誰かが来てくれるのを待っていたらしい。

 結局、4人でトロフィー室に向かい、ドラコを待ち構えた。しかし、決闘は奴の罠だった。タレこみでフィルチが現れて見つかりそうになり、4人は逃げ回った。挙句に『禁じられた廊下』に入り、三頭犬に襲われかけた。

 命からがら、4人は寮に戻ることが出来た。

 

 朝になっても、ハーマイオニーは疲れが取れずにいた。挨拶してきたクローディアの腕を掴み、レイブンクロー席に同席させてもらった。

 ぐったりと寮席に顔を埋めているハーマイオニーの口に、クローディアはトーストやベーコンを運ぶ。食事によって活力を得て、昨夜の決闘について報告した。

 全てを聞いたクローディアは、三頭犬の存在に驚いていた。

「それってケルベロスじゃないさ? 地獄の番犬とかいう奴さ」

「まさにそうよ。本当に恐かったわ。あの人たちに関わっていたら、命を落としかねないわ。もっと悪くすれば退学ね」

 憤りを吐き捨てたハーマイオニーは、一呼吸置く。

「それは、違う」

 瞬間、ハーマイオニーの背筋が凍るような低音が耳に入る。

 その低音がクローディアの口から発せられたとは、思えない。躊躇いがちにハーマイオニーは、彼女の表情を盗み見た。

 彼女は瞬きをせずに、手元にあるフォークを見つめている。否、見つめているではなく、何かを思い返しているのかもしれない。

 クローディアを取り巻いている雰囲気に壁を感じ、ハーマイオニーは彼女に声をかけられなかった。

「マルフォイさ、自分の計画が頓挫して、残念がってるだろうさ」

 ようやく、クローディアの口から出た意見が普通だったので、ハーマイオニーは安堵の息を吐く。

(もしかして、死ぬより退学のほうが悪いって言った事が嫌だったのかしら)

 胸中で反省したハーマイオニーは、クローディアと授業や呪文の話で盛り上がった。

 

 午後の授業が終わり、クローディアは手洗いに向かう。しかし、授業後なので手洗い場は混雑していた。仕方なく、他の階に行くことにした。しかし、【故障中】の張り紙があり、入れなかった。この場所はいつ訪れても【故障中】である。

(ここのトイレは、いつになったら直るさ)

 何処からともなく、嫌な笑い声がした。周囲を見渡すと、頭上に小太りの男の姿をしたポルターガイスト・ピーブズが見下ろしていた。悪戯好きのピーブズに出くわしてしまい、走ろうとした。

「マートル! おまえをイジメに生徒が来たぞ!」

 如何にも楽しそうな声を張り上げ、ピーブズが宙を回っている。

「マートルって……?」

 誰か来るのかと、辺りを見回している。手洗いの扉が乱暴に開き、中から大量の水が襲い掛かってきた。避ける間もなく、水を頭から被り、全身が浸み込むように濡れた。その様にピーブズの笑い声が響き、クローディアはカチンッと怒りの音がした。

「ピーブズ!! 降りて来いさ! 男爵に言いつけてやるさ!」

 怒鳴る姿を満足げに笑い転げながらピーブズは、壁をすり抜けて去っていった。

 ずぶ濡れの状態で残され、ローブから杖を取り出す。服を乾かし、廊下の水も消した。

 自分の身体を見回し、異常がないか確かめる。

「き……、きみはミス・クロックフォード」

 背後から途切れ途切れの声に降り返ると、クィレルが数本の書物を抱えていた。

「い……、いま、ろ……廊下で魔法を使った……使ったね」

「気のせいです」

 内心焦りながら、クローディアは平静を装う。ピーブズが原因だが、言い訳したところで魔法を使ったことに変わりない。

 首を傾げるクィレルは、もう一度、クローディアの手にある杖を見る。

「そ、そうかね、気のせい……、な、ならいいんだ」

 追求してこないクィレルに、拍子抜けした。彼が書物を落とさないように歩きだしたので、クローディアもその場を離れようとした。

「ひゃあああああああああ!」

 怯えきったクィレルの悲鳴が響く。反射的に、振り返る。壁からピーブズの腕が現れ、彼の書物を宙に投げてしまっていた。

 クィレルは悲鳴を上げた拍子に自分のローブの裾を踏んでしまい、そのまま前に倒れそうになった。

「危ないさ、先生!」

 クローディアは、クィレルに杖を向けて叫んだ。

「アレスト・モメンタム!(動きよ止まれ)」

 唱えるのが速かった。クィレルの身体は転ぶのを止め、書物も宙で浮かんでいる。それを見てピーブズが不機嫌に舌を出すと廊下の向こうに消えていった。

「先生、大丈夫さ?」

 クィレルに駆け寄り、杖を振って立たせた。彼は痙攣したように瞬きを繰り返し、ターバンに触れ、取れていないか慎重な手つきで確認する。

 自身よりも真っ先にターバンの安否を気遣うクィレルに、クローディアはある意味で感心した。

「先生。ターバンより、自分の身を心配して下さい」

「え、ええ、ま、まあ。こ、これは、私にとって、だ、大切なモノですから」

 ターバンの位置に満足したクィレルは、宙に浮かんだままの書物を集めだした。

「確か、ゾンビを倒したときに王子様から下賜されたのですよね?」

 改めてターバンを見る。クローディアには、ただのターバンにしか見えないが、思い出深い品に違いない。しかし、それにニンニク臭を纏わせるのは、一種の矛盾を感じさせた。

 書物を拾い終えたクィレルは、引きつったような笑顔を見せた。

「お、おかげで、転ばずに済みました。あ、ありがとう、う。ミス・クロックフォード」

 クローディアはイタズラっぽい笑みを浮かべ、杖を唇に当てる。

「先生って、良い人ですね」

「え! わ、私が……ですか?」

 クィレルは哀れな程、狼狽しながら後退りしていく。

「ここは、魔法を使うなって怒るところですよ」

「さ、さあ、な、なんのことかな。き、気のせいじゃないかな」

 目線を逸らし、クィレルが早足で去っていくのを見送る。

「気をつけてくださいね」

 クィレルに声をかけてから、クローディアは彼とは反対の方向に歩いていった。その後も、遠くの廊下から、クィレルの悲鳴が何度も聞こえた。

 相当、ピーブズはクィレルの反応を気に入ったようだ。その後、彼はスリザリン憑き幽霊『血みどろ男爵』に助けを請うたらしい。

 

 昼食の席で、クローディアはペネロピーにピーブズの悪行を報告する。

「あのトイレには、『嘆きのマートル』が住んでいるのよ」

「トイレに住みついた幽霊ってことさ?」

 『嘆きのマートル』。癇癪持ちの被害妄想の強い幽霊、侮蔑ではなく、警告的な意味合いで女生徒の間で有名な幽霊。

「時々、他の女子トイレにも顔を出しにくるのよねえ。目を合わせる前に逃げることを薦めるわ。1年生はそれを知らずにマートルから被害を受けるの。見つかったのが、クィレル先生で良かったわよ。これでフィルチだったら、どんな目に合ったかしら」

 確かに、フィルチは懲罰係のような人だ。どのような些細なことで、すぐに罰則対象にしてしまう。

 クローディアも、何度もフィルチに言いがかりをつけられそうになった。

「クィレル先生って、いつもビクビクしていますけど、ここはホグワーツですよ。吸血鬼に襲われるなんてことあるのですか?」

「『暗黒の森』になら、吸血鬼がいるかもしれないわね。それに、スネイプ先生がクィレル先生の席を狙っているから、それで怯えているのよ」

 慎重に話すペネロピーに、クローディアは何となく納得した。スネイプが闇の魔術に詳しく、クィレルが担当する『闇の魔術への防衛術』を何年も逃している。クィレルのような気が細く頼りない性格では、蛇に睨まれる蛙の如く、毎日、怯えていてもおかしくない。

「もし、スネイプ先生が『闇の魔術への防衛術』に就任にしたら……」

 何気なく呟くと、ペネロピーは恐怖に青ざめていた。

「興味はあるけど、それは私が卒業してからがいい」

「でも、クィレル先生よりは中身があると思うわ」

 急に話に入ってきたのは、ハーマイオニーだった。

 クローディアは教員席のスネイプとクィレルに目をやった。2人は生徒の会話に気づくことなく、黙々と食事をしていた。

 ハーマイオニーはクローディアの隣に座り、話を続けた。

「クィレル先生は、授業をする気がないと思います」

 大胆なハーマイオニーの発言に、クローディアとペネロピーは呆気に取られる。

「それは言いすぎよ。いくら肩透かしクィレルでも、ダンブルドア校長が認めた教師なんですから」

 ペネロピーは慌てていたが、クローディアはこれまでクィレルの授業に違和感を覚えていた。そのせいか、ハーマイオニーの解釈に不思議と納得していた。

 

 土曜日は休日のはずなのだが、朝食から皆、何処か落ち着きがなかった。祭りの前の準備をしているように、心と体を弾ませているようだ。

 クローディアがチョウに聞くと、彼女は興奮したように説明する。

「今日から、クィディッチの予選よ。うう、燃える。どのチームに当たろうと負けはしないわ」

 意気込むチョウの高揚が段々とこちらにも移ってくる。クローディアもバスケに取り組んでいた選手だ。スポーツマンシップは十分、理解できる。 

(楽しみさ、どんなスポーツなんだろうさ?)

 想像しているクローディアの背後から、突然ジュリアが乱暴に抱きしめてきた。そのままジュリアは、のしかかる。

「助かったわ」

 前置詞もなく、ジュリアは素っ気無く告げた。

「あなたの言うとおり、昨日の授業は『縮み薬』の調合だったから」

 早口で言い切るとジュリアは、クローディアを突き飛ばすように離す。振り返れば、彼女は小走りで大広間を後にしていた。

 クローディアは聞き取れた単語を頭で整頓する。

(予習のおかげで、スネイプに怒られずに調合できたってわけさ)

 役立てたこともあるが、ジュリアが嫌味以外で話しかけてくれたことも嬉しかった。

 

 午前中に今週の宿題を終わらせ、午後はハーマイオニー、パーバティ=パチルを部屋に呼んで、月曜の授業の予習を行う。リサもハッフルパフのハンナ=アボットを呼んでいるので、大勢での勉強になった。

 クローディアとパドマ、パーバティは母国語の勉強もあり、リサとハンナの勉強はハーマイオニーが見ていた。

 勉強をしながら気づいたが、ハーマイオニーの勉学はレイブンクローの生徒の気質を見事に表していた。

「それなのに、グリフィンドールさ……」

 クローディアは呟き、余計に虚しくなった。

 勉強に区切りをつけ、全員で休憩をとる。すると、虫籠からベッロが顔を出した。ハンナが恐怖に顔を引きつらせて、リサの後ろに隠れる。

「ダメさ、夕食まで入ってるさ」

 クローディアは慌ててベッロを虫籠に引っ込め、蓋が開かないように重しを乗せた。

「可哀想よ、ハンナ。ベッロは噛んだりしないわ。私が保証するから」

 パドマが自分の胸に手を当てて、ハンナに宣言する。だからといって、ハンナが蛇を怖がらなくなるはずもない。

「まだ、慣れないと思います。ですが……」

 リサがハンナの手を掴み、クローディアにか細い声で告げた。

「ベッロでしたら、大丈夫だと確信します。とてもお綺麗ですし」

 蛇嫌いのリサから出た意外な言葉に、クローディアは感動の意味で驚いた。

「確かに綺麗よね。爬虫類館に寄付したら、絶対人気者よ」

「そんなことしたら、お祖母ちゃんに怒られるさ」

 ハーマイオニーの冗談にも聞こえる提案に、リサが首を傾げた。

「爬虫類館って何?」

「動物園みたいなところさ」

 クローディアの返しに、ハンナも首を傾げる。

「動物園?」

 この部屋でマグル育ちは、2人だけだと気づいた。話題は変わり、マグル世界で魔女だと気づいた要因について説明する羽目になった。

「私は、感情の変化で物が動いたり、消えたりするのを察していたわ。ママやパパは偶然だと片付けていたけど、入学の手紙で私が魔女だって、認めたわ」

 ハーマイオニーが幸せそうに話すのを皆、真剣に聞き入っていた。

「確実に魔女だってわかったら、普通、お祝いするものよ」

 パドマが呆れながらも感心したような口ぶりで呟く。クローディア以外は、頷いた。

「でも、魔法族は魔法を使えるものでしょう? どうしてお祝いするの?」

 ハーマイオニーの疑問に、またもクローディア以外が視線を絡める。

 ハンナが思い切って口を開く。

「あのね、マグルから魔女が生まれるように、魔法族からもマグルが生まれるの」

 意外な言葉に、クローディアとハーマイオニーは納得する。ある意味、自然の原理だ。

「魔法族のマグルを……スクイブっていうんだけど、スクイブは魔法界じゃ生きずらいから……その……」

 スクイブという単語に、クローディアは覚えがあった。

「スクイブは、魔法が使えない……」

 クローディアが何気なく、呟く。それでハーマイオニーは祝うことの意味を察した。

 話題を変えようと、クローディアは自分の話すをする。

「私は、そういうのはなかったさ。手紙もらうまで、魔法界のことも、自分が魔女だって、知らなかったさ。最初はドッキリかと思ったさ」

 乾いた笑い声を上げると、今度は全員が奇異の目でクローディアを見ていた。

「疑うことなどありえません。マグル育ちの方はおもしろい発想をお持ちですのね。お父さまが魔法使いなのでしょ? 何も教えてはくださらなかったのですか?」

 リサが遠慮がちに聞いてくるので、クローディアは肩を竦めた。

「全然、お父さんは……入学が決まるまで会ったこともなかったさ。ずっと、お母さんとお祖父ちゃんが育ててくれたからさ」

 クローディアはスカートのポケットに入れた薬入れを握る。

 コンラッドの話になると、必ず嘘を付かなければならない。心苦しかったが、祖父や母に関して嘘をついている訳ではない。それにコンラッドは家庭的な父親ではなく、放任主義だ。

 皆の話題は両親に変わっていた。お互いに家族の写真を見せあい、クローディアも祖父と母の写真を見せた。ここでも、マグルの写真が動いていないと物珍しげに観察された。

 クローディアとハーマイオニーにとっては、当たり前の写真なのだから、皆の反応がおもしろかった。

 

 

 ハリー=ポッターは、つくづくハーマイオニーの機嫌を悪化させる要因だ。

 金曜日、フクロウ便が大広間で飛び回り、クローディアにもドリスから写真が送られてきた。入学前にダイアゴン横丁での記念写真だ。2人だけだが、写真の2人はテレビカメラのように動き、手を振っている。

 入学前の興奮が甦り、クローディアが思わず表情を緩ませていた。

 急に周囲の生徒達が、天井を指して騒いでいる。

 クローディアも何気なく顔を上げれば、6羽の大コノハズクが細長い包みを銜えてやってきたのだ。流石に珍しい光景であり、誰もが釘付けになっていると、包みはハリーの前に落とされた。

「へえ、ポッターの荷物さ。なんだろさ、あれ?」

「こっちが知りたいわ」

「大きなものですわね」

 クローディアの質問に、リサもパドマも首を傾げる。

 グリフィンドール席にいるハーマイオニーが忌々しげにハリーとロンを見つめ、スリザリン席のドラコも疑わしそうに眺めていた。

 

 『呪文学』でテリーがフリットウィックに興味本位で尋ねた。フリットウィックは自分のことのように、皆を見渡して自慢げに答えた。

「先生、ハリーと話していましたよね?荷物の中身って何ですか?」

「驚くことなかれ、『ニンバス2000』だよ」

 『ニンバス2000』とは、大手箒製作メーカーの今年度の新作だ。一学生が持つには、高級すぎる箒なのだ。これには、全員、絶句した。

「1年生は箒を持っちゃいけないはずでしょ」

「心配無用、ミスタ・マクドゥガル。マクゴナガル先生が特別措置してね。教員には、皆、報告されている」

 穏やかに述べるフリットウィックに、モラグは不満そうだ。

 魔法使いにとって、箒は杖の次に大切な物である。だが、1年生は自分の箒が持てない。皆より先に自分の箒を手にしたハリーが羨ましいのだ。

(羨ましがるといえば……)

 1人の生徒をクローディアは、思いつく。

「それは、マルフォイもご存知ですか?」

「勿論、ポッターはマルフォイのお陰で入手できたと自慢していたよ。彼の前でね」

 フリットウィックは含みのある笑みをしていた。つまり、ハリーの発言はすぐにでもスネイプの耳に入り、次の授業はいつもより機嫌が悪いことを意味している。今週の『魔法薬学』の授業が終わっていることに深く感謝した。

 

 午前の授業が終わると、ハーマイオニーが大広間の前で仁王立ちしてクローディアを待ち構えていた。通りすぎる生徒が彼女を避けていく。パドマとリサは、クローディアを彼女に差し出し、さっさと大広間へ行ってしまった。

 入学から一月も経たないうちに、1年生の女生徒の間では、機嫌を損ねたハーマイオニー=グレンジャーをクローディア=クロックフォードが窘めるのが暗黙の了解となっていた。

「不公平だわ! 規則を破ったのに!」

 レイブンクロー席では、物凄い剣幕でハーマイオニーがクローディアに怒りをぶちまけた。

 『ニンバス2000』は誰でも欲しい。マダム・フーチでさえ例外ではない。それを1年生のハリーにマクゴナガルが送った。しかも、『飛行訓練』で言いつけを破ったのが原因とあってはハーマイオニーの機嫌はしばらく治らない。

 クローディアは彼女が満足するまで何度も相槌を打ち、時には賛同の意を示した。

 胸中を晒すことで、ハーマイオニーの気分は落ち着いていく。やがて空腹を思い出し、彼女が適当に食事を始めれば、クローディアは開放されたことになる。

(今回はキツかったさ)

 安堵の息を吐き、机に顔を埋める。視界の隅に席を立つジュリアが見える。咄嗟にクローディアはジュリアを追いかけた。

「ブッシュマン先輩」

 呼び止められて、不愉快を露にジュリアは足を止めた。

「ブッシュマン先輩、次の授業、スネイプ先生でしょうさ?多分、先生の機嫌がかなり悪いから気をつけるさ」

 クローディアの説明が理解しきれないのか、ジュリアは怪訝な顔をする。

「スネイプの機嫌が悪いって、あなた何をしたの?」

「私じゃなくて、ハリー=ポッターさ。彼がマクゴナガル先生から特別措置してもらって、『ニンバス2000』を手に入れたさ。しかもそれがマルフォイのお陰だって吹聴してるさ」

 信じがたい話に、ジュリアは口元を押さえて驚く。

「何よ、それ。こっちはとばっちりだわ。……ありがとう。教えてくれて」

「お役に立てて、光栄さ」

 目を合わさず、ジュリアが精一杯の感謝の言葉を述べる。クローディアが気取って頭を下げた途端、フレッドとジョージが乱入してきた。

「お嬢ちゃんたちで秘密の会話?」

「俺らも混ぜてよ」

 彼らの登場と共に、ジュリアの態度が豹変した。まるでリサのように内気で清楚な印象を与える仕草を繰り返している。切り替えが早い点に置いては、クローディアも感心する。

「ハリー=ポッターの話よ。『ニンバス2000』を貰ったんですって」

 ジュリアの言葉に双子は珍しく、言葉を失い固まっている。

「「『ニンバス2000』! すげえ!我らのチームに!!」」

 喜びのあまり、双子はお互いの両手を叩きあうだけでなく、たまたま通りがかったクィレルの背中を思い切り叩く。良い音が彼の背から響いた。

 色々、吃驚したクィレルは短い悲鳴を上げて教員席に走って行った。あまりに双子が騒ぐので、段々と注目の的になっていく。

 そろそろ危険を感じたクローディアは、双子を窘める。

「やめるさ、2人とも。先生に咎められるさ」

 双子はクローディアを見るなり、動きを止めて後ずさりし出す。何故だが、ジュリアまで双子の後に隠れてしまった。

「そこまでしなくてもいいさ」

 不貞腐れたクローディアは、3人に向かって「あかんべえ」と舌を出す。

「ご機嫌だな、ミス・クロックフォード」

 闇色の声が降り注ぎ、クローディアは血の気が引いた。そして、ぎこちない動作で後ろを振り返る。

 腕組みしたスネイプが愉快そうに微笑んでいる。しかし、黒真珠の瞳は、いつもより暗く沈んでいるように輝きがない。

 これが愛想笑いだと学んだ。

「ここは、はしたなく騒ぎ立てる場所ではないのではないかな?」

「いえ、これは、その、皆と大事な話を……」

 弁解に同意してもらおうと、ジュリア達を振りかえる。だが、そこに3人の姿はなかった。

(ちょっと、薄情すぎさ!)

 悲鳴を口の中で殺し、覚悟を決めたクローディアはスネイプに頭を下げる。

「すみません、気をつけます」

「反省する態度ではないな。レイブンクロー2点減点」

 横暴だと訴えたかったが、クローディアが口を開く前にスネイプは続けた。

「更に昨日の授業で、君だけが調合に失敗し、我輩の手間を取らせた。故に罰則だ」

「昨日のことをいま……いえ、はい、わかりました」

 反論すれば減点される。視界の隅に映るハーマイオニーが反論を諦めるように頭を振っていた。クローディアは相槌を打って、抗議を中断した。

 

 同情的な視線を受けながら、クローディアはスネイプに地下室へと連行された。

 地下室の隅には、大小さまざまな鍋が5つ、乱雑に置かれている。いつもは整然に並べられているはずなので、妙な感じがした。

 スネイプは鍋を指差して、冷淡に告げる。

「そこにある鍋を全て持って来い。杖を使うな」

 背負えば持てないこともない。クローディアはローブの袖を捲り、気合を入れて一番、小さい鍋を抱えた。だが、見かけとは裏腹に重量があった。反対に一番大きい鍋は軽かった。

「早くしろ、次の授業が始まってしまうではないか」

 急かすスネイプの口調にクローディアは、怒りが募る。それでも、逆らわず五つの鍋を抱えた。しかし、階段を上がるのは一苦労であった。登り終えると、スネイプは長い足で早々と歩いていく。

 置いて行かれないようにクローディアは小走りで追いかけ、スネイプは職員室の前で足を止めた。怪訝そうに眉を顰めて、吐き捨てた。

「何を着いて来ている?」

「鍋を運んでいます」

 息を切らして肩で呼吸するクローディアを心配する様子もなく、スネイプは外を指差した。

「森番のハグリッドの所に持って行けと言ったはずだ」

「聞いていません」

「人の話をちゃんと聞かんか」

(いやいや、絶対言ってないさ)

 反論する気力もなく、徐々に落ちていく鍋を抱えなおして行こうとすれば、スネイプが呼び止めた。

「ハグリッドから、硝子瓶を10本もらえ。今度は職員室に運べ」

 捨て台詞と共に、扉が閉められた。

(こういうのって、体罰っていうんじゃないさ)

 嘆いている場合ではない。ハーマイオニーとの約束がある。それを励みにクローディアはハグリッドの家に急いだ。

 

 『暗黒の森』の前に立てられた小屋が、ハグリッドの家だ。小屋といっても、物語の住人が暮らしていそうな暖かい雰囲気を持つ家である。

 城から大した距離ではないのに、永遠に着かないのではないと錯覚した。気力を振り絞って家に着くと、ハグリッドが思わぬ来客に驚いていた。

「おめえさん、これを持ってきたのか? 重かったろうに、なんで魔法を使わねえんだ。フィルチが廊下で魔法を使うなとかいうの、守っているヤツなんざいねえぞ」

 極度の筋肉疲労で痙攣しているクローディアの両腕をハグリットの大きな手が撫でてくれた。

「スネイプ先生が魔法を使わずに運びなさいって言ったさ」

 スネイプの罰則だと理解したハグリッドは一瞬、顔を顰める。

「おめえさん、大したヤツだな。……名前は、クローディアでよかったか?」

「うん、そうさ。私、ハグリッドさんに名乗ったさ?」

 敬称をつけて呼ばれたことがくすぐったいらしく、ハグリッドはかゆそうに身を捩じらせた。

「よせやい、俺のことはハグリッドでいいぞ」

「わかったさ、ハグリッド。硝子瓶を10本、貰うように言われたさ。どれを運べばいいさ?」

 ハグリッドは小屋の扉に置いてある硝子瓶を示した。そこにはクローディアの腕程の大きさのものが10本もある。いくらなんでも嫌な気分になり、頭を押さえて溜息をつく。

「どうやって運べ……と?」

 口に出してから、クローディアはあることを閃く。スネイプはハグリッドから瓶を受け取って運べと命じた。しかし、小屋で瓶を受け取れとは言っていなかった。

「ハグリッド、手を借りていいさ?」

「勿論だ」

 1本の瓶をクローディアが持ち、残り9本をハグリッドが持って城へ運んだ。

 何故だが、ミセス・ノリスがハグリッドの後ろをついてきた。職員室前まで来ると、瓶をクローディアの足元に置く。

「ありがとうさ、ハグリッド」

 クローディアが礼を述べると、ハグリッドは照れ臭そうに笑いながら、歩いて行った。その後ろを何故かミセス・ノリスも着いていく。

 ハグリッドがいなくなると、スネイプが職員室から出てきた。

「遅い、我輩は授業の準備があるのだ。さっさとせんか」

 出来るだけ急いで戻ってきたにも関わらず、スネイプは待ちぼうけを受けたと文句だけ述べた。

「ミス・クロックフォード、何故、貴女がその瓶を!?」

 スネイプの腰にも満たないフリットウィックが硝子瓶を抱えたクローディアを目にし、跳ね上がった。

「配達が彼女の趣味のようですな」

 罰則の張本人・スネイプも意外そうな口調で、クローディアの手にある1本の瓶を取り上げた。

 スネイプは顎で去るように命じた。労いの言葉ひとつも貰えない。大いに不満を抱いたが、減点を回避するため黙って従った。

 

 湖の畔で、ベッロは水面を優雅に這う。腕が痛いクローディアは、ローブの汚れも気にせず地面に横たわった。その傍らでハーマイオニーは【ホグワーツの歴史】を読み耽っている。

「疲れが吹っ飛ぶくらい、気持ちいいさ」

「本当、天気も良いから読書も出来るわ」

 この場にいるのは、2人だけではない。ネビルもシェーマスやディーンとどれだけ湖に手を入れられるか、度胸試ししている。彼らは楽しそうだが、ネビルは嫌々参加していると一目でわかる。

 ブナの木周辺には、フレッドとジョージが冗談を言い、魔法を見せて観客の生徒を湧かせた。女子男子問わず、双子は本当に人気者だ。生徒の中にグリフィンドールのアンジェリーナ=ジョンソンもいれば、ジュリアやクララもいる。

 クローディアが1人で罰則を受けたというのに、彼らは暢気なものである。

 ベッロが水面から上がってきたので、クローディアは鱗を拭いてあげようとローブを脱いだ。突然、ハーマイオニーが不安そうになる。

「ねえ、それ血かしら?」

 指摘され、クローディアは腕を見る。制服の白いシャツに赤い染みがあった。シャツを捲ると、二の腕に薄い筋があり、そこから血がジワジワと滲み出ている。鍋を運んでいる時に切っていたらしい。傷があると自覚してしまうと、急に痛みも襲ってきた。

「医務室に行きましょうよ、薬を塗らないと」

「薬、あ、薬あるさ」

 すっかり忘れていたが、クローディアはコンラッドから薬を貰っていた。スカートのポケットから薬入れを取り出し、片手で蓋を開ける。薬は澄んだ緑の軟膏薬だ。

 ハーマイオニーに手伝って貰いながら、傷口に薬を塗る。冷たい薬の感触が皮膚に宿ったことを認めると、痛みが消えていった。

「傷が消えたわ」

 ハーマイオニーは腕を凝視して確かめる。クローディアも傷の部分に触れてみたが、痛みはない。流石は魔法使いのコンラッドが調合した薬である。

「へえ、お……お祖父ちゃん、すごいさ」

「ひょっとしたら、お祖父様も魔法使いかもしれないわね」

 そう思われるのは、いた仕方ない。

「お祖父ちゃん、医者だけどさ。もしかしたら。そうかもさ」

「お祖父様、医師なの? うちの両親は歯科医よ」

「うぎゃああ! 助けてええええ!!」

 ネビルの雄叫びに誰もが注目した。巨大な大イカが湖に現れ、その触手でネビルを拉致されてしまったのだ。その光景に一年生達は、悲鳴を上げて逃げる。しかし、上級生達は動じた様子はない。3年生のリー=ジョーダンが悠長に「ハグリッド、呼んでくる~」と言っただけだ。

 特撮映画に出てくるような巨大生物に、ハーマイオニーも逃げようとした。しかし、クローディアが腰を抜かして動けない。

 焦りながらもハーマイオニーは、クローディアのローブを引っ張って連れ出そうと必死になる。彼女も地面を這い、懸命に湖からは逃げる。

「意外と度胸がないんだな」

 愉快に笑う声がクローディアにかけられた。見分けのつかない双子の片割れが腕を引っ張り、無理やり立ちあがらせた。

「ほら、さっさと逃げろ逃げろ」

 全く危機感のない口調で双子の片割れはクローディアとハーマイオニーの背を押し、1年生が固まって逃げた場所へと連れてきた。

「あれな、この湖の主みたいな奴なんだ。どうやら、誰かが怒らせたみたいだぜ」

「ジョージ、こっちこっち!」

 ジョージと呼ばれた片割れは、ジュリアに手を振る。クローディアの頭をからかうように撫でてから、ジョージは仲間も元へ走って行った。

 1年生が騒がしくも遠巻きに湖を眺める。やがて、ハグリッドが駆けつけ、ネビルを大イカから無事に出した。

 歓声と冷やかしの声が湧く中、ネビルは羞恥心でハグリッドにしがみついていた。

 皆の視線がネビルに集まる中、クローディアはジョージに掴まれた感触が残る腕を見ていた。

(強い力だったさ……)

 自分を立たせてくれた力のはずなのに、何故だが、悔しい気持ちがクローディアの胸に宿った。

 




閲覧ありがとうございました。
大イカの出番が少ない。
●アンジェリーナ=ジョンソン
 グリフィンドール・クィディッチ選手。リー曰く、魅力的な女の子。
●リー=ジョーダン
 クィディッチ戦の実況。フレッド・ジョージの悪友。
●パーバティ=パチル
 パドマの双子・姉。
●ハンナ=アボット
 公式でよくスーザン=ボーンズとごっちゃにされる。

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