そわそわしているうちに、来客はやってきました。
追記:18年9月2日の誤字報告にて修正しました。
考えなければならないことは山ほどあったが、ハーマイオニーの誕生日をクローディアは決して忘れない。偶然、手に入れた幻の金貨を誕生日プレゼントにした。
「すごいわ! すっごく素敵! ありがとう!」
幻の金貨の存在を実感し、ハーマイオニーは感激のあまりクローディアの顔中にキスの嵐を送った。
クローディアにとっても最高の日になった。
部活動への取り組みは思いの外、上手く行かないものである。部員達に声をかけたが立候補の準備で忙しいと返された。どうにか、ジニーとルーナは勧誘に向かってくれた。
クィディッチがないことを理由にクローディアはハリーとロンを連れ込んだ。ハーマイオニーは部室の隅で【ホグワーツの歴史】の草案に何の項目を付け加えるべきか、羊皮紙に纏めていた。
しばらく1対2でボールの奪い合いをした。無論、クローディア1人に対し、ハリーとロンの2人だ。
ロンの後頭部にボールがぶつかって倒れた。
「皆、対抗試合で頭がいっぱいなんだよ」
「わかっているさ。これでも勧誘に抜かりはないつもりさ」
残念がるクローディアをハリーは慰めようした。
急に部室の扉が開く。
「ハリーだ! ハリーがいた!」
コリンがデニスと共に現れた。嫌な顔をしたハリーがボールで自分の顔を隠す。
「部活の見学さ?」
「いいえ! ハリーがいるって聞いたので!」
正直に答えたデニスは一直線にハリーへと迫り、煩わしそうに手で追いやる。
「ここはバスケ部だ。部活に興味のない生徒は来ちゃ駄目」
「大丈夫です。僕、バスケが得意なんです。一緒にやりましょう!」
元気溌剌とデニスは、ボールを取る構えになる。仕方なく、ハリーは彼とボールのパスをやりあう。
「あんたに似て、元気な弟さんさ」
「はい……。デニスは正直なんです」
クローディアの皮肉にコリンは苦笑する。
弟という単語でクローディアはシリウスの弟レギュラスを思い返す。コリンとデニスのように仲が良かったのだろうかと疑問する。しかし、グリフィンドールとスリザリンだ。それにあのシリウスの性格では難しいところだと勝手に想像する。
また部室の扉が開く。
デメルサがデレクを連れて来てくれた。1年生のオーエン=コールドウェルとケビン=ホイットビー、ナイジェル=ウォルパートもいる。
「わあ、本当にハリー=ポッターがいる」
ナイジェルが嬉しそうにハリーに近づき、途端にデニスが顔を顰めた。まるで好敵に巡り合ったような態度だ。あの2人は彼に任せ、クローディアはデメルサに礼を述べる。
「デメルサ、4人も勧誘してくれたさ?」
「デレクを誘ったの。そしたら、彼が声をかけてくれたわ」
デメルサの視線を受け、デレクが遠慮がちにクローディアへと挨拶する。
「来てくれてありがとう、ガーション。その子達は……確か1年生の……コールドウェルとホイットビーさ?」
「「はい、そうです」」
オーエンとケビンは緊張気味にクローディアへ挨拶する。
「それから、ジニーは戻って来ないわ。……あの、ほら、ルーナ=ラブグッドが具合悪くなったから、ジニーは付きそうことにしたの。大したことないから、心配しないで欲しいと言っていたわ」
それからデメルサはクローディアに「アレが来た」と耳打ちする。それだけで、クローディアは納得した。
「皆、来てくれてありがとうさ。まずは、どういう競技が説明するさ」
また、扉が開く。今度は、バーベッジがブレーズを連れてきた。オーエンとケビンはスリザリン生であるブレーズに対し、微かに緊張する。
「バーベッジ先生。皆、顧問の先生さ」
クローディアは無理やり、ロンを叩き起した。皆はバーベッジに挨拶する。『マグル学』の授業のない生徒はほとんど初対面だ。
クローディアはバスケの競技について説明を行い、デレクとナイジェルを中心にボールに触らせた。ブレーズは何の仕掛けもないボールを繁々と眺める。コリンとデニスはオーエンとケビンに、ボールをゴールに入れるコツを丁寧に教えていた。
時間が過ぎ、解散となった。
「あの……、楽しかったです。……また来ます」
緊張した様子でデレクは必死な声を出す。それだけ、バスケに興味を持ってくれたことをクローディアは嬉しく思う。
「ありがとうさ。またさ、ガーション」
「はい、また」
顔を真っ赤にしたデレクはナイジェルとオーエンの腕を引っ張るように去って行った。
片付けの為にハーマイオニー、ハリー、ロンには廊下に出てもらう。クローディアが杖を振るい、体育館のように広かった部室を空き教室の姿へ戻した。
「おっどろき、クローディア、いつもこんなことしてたんだ」
感嘆の声を上げ、ロンは教室を見渡す。
「最初は、バーベッジ先生がやってくれたさ。私は先生のやり方を覚えただけさ」
「自慢してもいいと思うわ」
ハーマイオニーが不服そうにクローディアを見やる。
「謙遜が美ということでしょう」
満足そうにバーベッジは微笑んでいた。クローディアが微笑み返すと、いつの間にかブレーズが戻ってきていた。不思議そうに教室を見渡してから、顧問へ声をかけてくる。
「次はダフネを連れて来てもいいですか? いつも暇そうにしている奴ですから、来させます。1年生にも声をかけてみます」
ブレーズの提案にクローディアは驚く。驚いているのはハリーとロンも同じだ。
「ザビニ、そこまでバスケを気に行ってくれたさ?」
目を輝かせるクローディアをブレーズは意地悪く笑う。
「せいぜい、半分だな。それでも退屈凌ぎにはなる」
その言い方を無礼と感じたハリーが憤慨する。しかし、クローディアが手で彼を制した。
「退屈を凌げる価値があって、良かったさ。でも、マルフォイに小言とか言われないさ?」
ドラコの名をあしらうようにブレーズは鼻で笑う。
「……ちょっと、勘違いされているかもしれないから言っておくが、スリザリン生の万人がマルフォイ家に従うわけじゃない。ワールドカップの騒動を快く思っていない奴が圧倒的に多い。皆が楽しむべき祭りであんなことすべきじゃなかったんだ」
ブレーズは遠巻きに『死喰い人』を批難した。彼の言うとおり、観客が楽しむべき場で『死喰い人』は恐怖と同時に不快感を与えたのだ。
クローディアは親しみを込め、ブレーズに笑いかける。
「ザビニ、次の部活も来てほしいさ」
高飛車だが、ブレーズは承諾の意味で笑い返した。
宣言通り、ブレーズは次の部活でダフネを引きずり込んできた。戸惑う1年生グラハム=プリチャードとマルコム=バドックも一緒だ。
ダフネは女子の少なさに文句を述べたが、競技にはそれなりの興味を示した。彼女曰く、純血の家柄全てがマグルに無関心ではないという。
「ブレーズだって母親の今の恋人がマグルだから、こういうことに参加しているだけだわ」
「おい、それは母様の悪口か? 母様の趣味に文句を言うなら、受けて立つぞ」
からかうダフネにブレーズは睨み返した。
スリザリン生が増えたことに対抗意識を燃やしたデニスが1年生ナタリー=マクドナルドを連れてきた。ハリーはクリービー兄弟から逃げたいので部活に顔を出さなくなった。
何故か、シーサーが2年生ネイサン=ブラッドリーや1年生エマ=ドブスとオーラ=クァーラを連れてきた。理由を尋ねると、彼は『マグル学』を選択しており、バーベッジが部員の少なさに嘆いていると知ったからだ。
「困っている女性を助けるのが男というものです」
段々、シーサーもロジャーに似てきた。それでもクローディアは彼に感謝した。
これなら、計画通りにバスケ部が活動できる。そんな期待を胸に部活を楽しんだ。
『変身術』の授業で大量の宿題が出たことでクローディアは脳の容量が厳しいと感じる。早めに昼食を摂ろうと大広間へ向かうと、玄関ホールに大勢の生徒が犇めいていた。正確には掲示板見たさに集まっている様子だった。
掲示板に近寄ろうにも人が多すぎる。
アンソニーが1年生スチュワート=アッカリーを肩車し、掲示板を読ませた。大役を任されたスチュワートは必死に掲示板を読み上げる。
「ボーバトンとダームストラングの代表団が10月30日、金曜日、午後6時に到着するため、授業は30分早く終了し、全校生徒は城の前にて、お客様をお出迎えすること――――以上です」
何人から歓声が上がる。
「いよいよ試合だわ。誰が立候補するの? やっぱり、ロジャーかしら?」
期待するパドマにリサも興奮する。
「スーザンはセドリック=ディゴリーが絶対候補なさるとおっしゃっていましたわ」
皆のはしゃぐ声を聞きながら、クローディアも緊張する。試合への微かな興奮もあるが、来客への警戒心が強くといえる。
(いよいよさ)
クラウチとカルカロフが来る。もしかしたら、来客の中にクィレルが紛れているかもしれない。
ダンブルドアがいるとはいえ、彼らがどのようにして仕掛けて来るのかわからない。考え込むクローディアの肩に手が置かれた。手の感触に驚いて振り返ると、そこにはジョージがいた。
「立候補するなら、俺達が『老け薬』用意してやろうか?」
耳打ちしてくるジョージに、クローディアは頭を振るう。
「立候補はなんて、しないさ」
「なんだ、立候補の方法に悩んでいるのかと思ったぜ。もし、俺達の方法が通じたら、君にも分けるからな」
ウィンクしたジョージは、すぐにフレッドを見つけて行ってしまった。
(気楽なもんさ……)
無邪気に対抗試合を楽しめる彼らにクローディアは若干、苛立った。
掲示板の報せから、管理人・フィルチが神経過敏になっていた。城中の到るところが清掃され、肖像画達はブツブツ文句を述べる。教職員も緊張は避けられない。教頭でもあるマクゴナガルは『変身術』の成果が悪い生徒を居残りさせた。スネイプはルーピンの体調管理を徹底的に監視するため、授業以外は着いて回っていた。
シリウスも手紙でハリーに警告を出し続けた。手紙が頻繁の来るようになり、彼は嬉しそうだ。
「今の保護観察者がシリウスと気が合うんだ。もしかしたら、僕らがホグズミードに行くとき、会いに行けるかもしれないって」
浮かれるハリーにクローディアはシリウスへの嫌悪の表情を出さないように努力した。
「それよりも、クラウチ氏とカルカロフ校長については何か書いてないさ?」
「クラウチ氏についてはシリウスは心配してないみたい。けど、カルカロフには注意しろだって、マッド‐アイが呼ばれたのも彼を牽制するために違いないからって」
コンラッドとシリウスが一致するなど意外だ。それでもクラウチへの警戒はやめるわけにはいかない。元『死喰い人』のカルカロフへの見解は、早々異なっているのは自然だろう。
「けど、クローディア。よくカルカロフのことを調べ上げたね。そういう情報って隠蔽とか誤報が多くて、正確な情報は少ないって、シリウスも驚いてたよ」
「ああ、友達に情報筋がいるのさ。今度、紹介するさ」
生徒達は祭りの準備をする高揚感で心を弾ませていた。
「優勝したら、どうするんだ? セドリック。まさか、全額病院に寄付とかするなよ」
「そう言うおまえはマグルの学校の学費にするつもりだろう?」
まだ立候補すらしていないロジャーとセドリックが賞金の使い道を話していた。彼らだけではない。立候補を決めた生徒のほとんどが、夢を語っていた。
待ち望まれた10月30日。
大広間は昨晩の内に飾りつけが施されている。4つの寮を象徴する上質な絹を織り込んだ垂れ幕が壁を覆い、教員席にはホグワーツの紋章『H』をそれぞれの動物、獅子、鷲、穴熊、蛇が団結を示すように囲っている。
フレッドとジョージは朝から、寮席の隅でこっそりと会議していた。
「最近、フレッドとジョージは2人でこそこそしているよ」
「当選する方法だろうさ」
耳打ちしてくるロンにクローディアは当然と返す。しかし、ハリーが否定した。
「それなら、リーも一緒のはずだ」
「本人達が話したがらないから、聞く必要はないさ。私らも聞かれたら困ることあるさ?」
クローディアがハリーに返している間に、ロンがさっさと双子へ近寄った。
「確かにそれは当て外れだ」
「あいつにこれ以上、無視させはしない。いつまでも僕らを避けさせて堪るか」
遠慮なく、ロンは双子に話しかけた。
「誰が避けてるんだい?」
「おまえだよ」
フレッドが迷惑そうなにロンをあしらった。非常に珍しい態度だ。どんなに素行や成績を責められても、その場を茶化すなどして皆を楽しませる。罰則を言いつけられても、ここまで露骨にならないはずだ。
「ロン。フレッドとジョージも緊張しているんだから、あんまり突っ込んでやるなさ」
「そうそう、クローディアの言うとおりだ。俺たちのピュアなハートはガクガクのブルブルだ」
ジョージがわざとらしく、痙攣する。
「そういうや、万が一、選手3人が決着をつけられなかったら、どうするんだろう?」
調子の良いフレッドは誰に聞くわけでもなく口にする。
(決着……)
その言葉がクローディアの胸をざわつかせた。不安のようで焦燥に似た恐怖とも言える。
「過去の記録を読むと得点制になっているから、3人とも同点にはならないでしょうね」
ハーマイオニー達が話を進める中、クローディアは早まる鼓動を押さえ込むのが精一杯であった。
時間が近づくにつれ、期待と興奮が募ってくる生徒達は段々と落ち着けなくなる。
クローディアも落ちつけないが、それは胸中に苛立ちが募るからだ。もしも、クィレルが現れたら、どうすればよいのか、具体的なことは何も決めていなかった。
(自分なりの決着……)
真っ先に思いついたのは嫌なことにシリウスだ。彼はペティグリューに裏切られ、死の制裁を加えようとした。
それがシリウスなりの決着だった。ハリーも彼を親の仇として殺そうと考えていた。
(私も……そうなる?)
衝動的とはいえ、クローディアはシリウスを殺そうとした。ムーディの『死の呪文』により、命を落とした哀れな蜘蛛。そんな死を確かに望んだ。クィレルにも同じ死を求めてしまうのかと自問する。
(私は……クィレルを……)
脳裏に浮かんだのは、かつて参列したオバサンの葬儀だ。納棺されるオバサンは、生前の面影がなかった。そして、コンラッドのあの表情だ。
胃が刺激され、吐き気に襲われた。
『闇の魔術への防衛術』が30分早く終了し、皆は我先に教室を出て行く。しかし、クローディアは終了の鐘が聞き取れず、苦悩しつづけた。まるで通夜の席のように沈痛な雰囲気のクローディアに、パドマとリサは戸惑いながら声をかけようとした。
その前に、ルーピンがクローディアの肩を叩く。
「クローディア、少しいいかな?」
ようやく我に返ったクローディアは教室内を見渡す。困り顔のパドマとリサがクスクスと笑う。状況を察したクローディアは、羞恥で顔を真っ赤に染め上げる。
「あれ? す、すみません。もう授業が終わったのですね? はい! 歓迎の準備に行きます!」
「パドマ、リサ。クローディアの荷物を持って行ってくれるかな? 少し彼女と話すから」
慌てて席を立ったクローディアをルーピンが引き止め、彼女の荷物を2人に渡す。
「はい、かしこまりました。クローディア、先に行っておりますわ」
暖かな視線を向けるリサは、困惑するパドマを連れて教室を出て行く。
今日の講義をクローディアは一切、聞いていなかった。咎められる覚悟をし、深呼吸する。ルーピンは彼女を席に座らせ、お互いの目線が同じ高さになるように屈んだ。
「クローディア、何に悩んでいるかは知らないし、詮索もしない。ただ、これから来る客人は親睦の為にやってくるんだ。決して、君や君の友達を傷つけることが目的じゃない。わかるね?」
我が子を落ち着かせるような口調に、暖かさを感じたクローディアは羞恥心で熱が上がる。来客する生徒達は純粋に対抗試合を楽しみにやってくる。それを頭ごなしに敵だと決めるのは、確かに失礼だ。カルカロフも警戒を怠らないようにすればいいだけだ。
「すみません、気をつけます」
「そろそろ、時間だ。行きなさい」
笑みを見せるルーピンはクローディアを支えるように立たせた。彼の横顔を眺め、胸に痞える気持ちを質問に変えた。
「ルーピン先生、『闇の印』は……何かの前触れだと思いますか?」
「今は忘れなさい」
それ以上、ルーピンは言葉をくれなかった。
玄関ホールでは寮監による生徒の整列が行われていた。身だしなみを点検し終えた寮から、順番に城の外へと連れて行く。レイブンクローはクローディア待ちだった。
「ミス・クロックフォード、後は貴女だけですよ。はい、これで全員ですね。1年生から、付いてきなさい」
甲高い声でフリットウィックが寮生を導く。しかし、寮監は歩幅が短い為、なかなか前に進めなかった。
これから冬に入る時期の夕方は寒い。
青い空に浮かぶ残月が夜の輝きを得て美しい灯りとなる。
他校の魔法使いが如何なる登場をやってのけるのか、皆、期待が高まりすぎて静粛などしていられない。段々と私語が多くなり、マクゴナガルが注意を込めた咳払いを何度も行った。
暗闇と寒気に包まれ、ダンブルドアが嬉しそうに声をあげる。
「そおれ! お出ましじゃ! あれはボーバトンじゃな」
空を仰ぐダンブルドアに全員の視線が騒ぎ出す。
「あそこだ!」
アンソニーが『暗黒の森』の上空を指差さす。目を凝らすと、黒い点が近づいてくる。段々とそれが家のような馬車だと視認する。しかも、馬車を引いているのは十二頭の天馬だ。馬よりも巨大な図体で翼をはためかせる音が聞こえる。
(本物の天馬さ!)
漫画の世界から抜け出してきたような生物の登場にクローディアは興奮した。
教員側からハグリッドが巨大な方向旗を手に前に出る。方向旗を振り回し、家馬車を誘導する。誘導を受けた家馬車が優雅に着陸した。その衝撃で生徒のローブが捲れ上がった。ネビルは体勢を崩して地面に倒れこんだ。
巨大な馬車に圧倒されていた生徒達は中から現れた女性を呆然と見上げる。
――デカイ。
おそらくハグリッドよりも長身にして大柄な女性だ。しかし、高価な衣服と飾られた宝石が高貴かつ洗礼された淑女を思わせる。その後ろを淡い水色のローブを纏った男女生徒が付き従う。皆、何処か気品を感じさせる仕草を見せた。
ダンブルドアの拍手に倣い、全員が拍手する。拍手を受けた女性は柔らかい表情で微笑み、彼へ片手を差し出した。
その手を取ったダンブルドアは紳士的にその甲へ口付けた。
「マダム・マクシーム、ようこそホグワーツへ」
「ダンブールドル、おかわりなくーなによりです」
ダンブルドアに挨拶され、オリンペ=マクシームは礼儀正しく挨拶を返した。
途端に湖から水しぶきが上がった。驚いて湖の方角を皆が注目した。湖の中から、古風な船が浮上していた。映画に出てくる海賊船を彩った豪華客船だ。
「あれがダームストラングの……船かしら?」
「どうやって湖に来たの?」
囁きあう生徒達を余所に、逞しい体格の男女が下船してくる。誰もが分厚い外套を着込んでいた。ただ1人、銀色の上等な毛皮の外套の男が先頭を進む。
「ダンブルドア! しばらくだ!」
痩せた山羊髭の男がダンブルドアに朗らかな口調で挨拶し、握手を交わした。
それを目にしたクローディアの血潮が一気に沸騰する。
(あれがイゴール=カルカロフ……)
警戒優先順位が最も高い、元『死喰い人』。
決して忘れぬようにクローディアはカルカロフの姿を己の眼球に焼き付けた。
「見て! あれはクラムよ!」
サリーがお得意の黄色い歓声を上げて叫んだ。カルカロフの隣にはワールドカップの選手だったビクトール=クラムが確かにいた。他のダームストラング生のように制服を着込んでいる。
「うへえ! ビクトール=クラムって……学生なの!?」
ネビルが一際大きな声で叫んだ。それはクローディアの心情を代弁していた。
寒かった外に比べ、大広間は暖かい。
ボーバトン生はレイブンクロー席を選んで座る。たまたま、クローディアの真正面に座ったボーバトン女子生徒は容姿端麗の美少女である。手入れの行き届いた銀に近い金髪を背中に流し、玉のように丸い青い瞳は男子を魅了する。
「クローディア、その場所は俺が座るよ」
「ちょっと待て、今日の俺はそこに座りたいんだ」
テリーがクローディアを押しのけて座ろうとしたが、エディーと揉めだした。他校の賓客の前と合って、ペネロピーが2人に注意した。
結局、クローディアはその場所から動く必要はなかった。
ダームストラング生は二重扉の前で戸惑いながらスリザリン席を選んだ。ビクトール達が自分の近くに座ったことが嬉しいのか、ドラコは自慢げに他寮の生徒に視線を投げていた。
全校生徒の着席と同時、教員も自らの席に向かう。
すると、見計らうように教員席の後ろの戸が開く。魔法省のクラウチとバグマンが姿を見せた。2人は用意されていた席に堂々と座り込む。
(……本当に、干渉しに現れたさ)
教員席を見渡すフリをして、クローディアはクラウチを睨む。彼はワールドカップの時とは違い、魔法使いの服装だ。それでも神経質な程に身だしなみが整えられている。反対にバグマンは奇天烈な格好だ。自由奔放が服を着ていると言うべきだ。
「ルード=バグマンよ。どうして、ホグワーツに?」
パドマが怪訝する。
「お祭り好きだから、見学じゃないの?」
嫌そうにクララはバグマンを一瞥する。
全員の着席を確認したダンブルドアは全ての人々に挨拶を述べる。
「3校対抗試合はこの宴が終わると正式に開催される。さあ、それでは大いに寛いでくだされ!」
空だった皿に豪華な料理が添えられ、誰もが空腹のあまり、食らいついた。
ホグワーツの生徒は来客の存在に興奮し、落ち着いて食事が出来ない。しかも、見慣れない外国料理に食べ方がわからず苦戦する生徒もいた。
(これがエスカルゴさ……。これで貝を押さえて、取り出すさ?)
カルカロフへの警戒で食欲はあまりなかったが、クローディアも苦戦しつつも、食事をする。だが、目の前のボーバトン女子生徒は細身の体形とは裏腹に大食だ。自分の好物がなくなると、他寮の席から譲ってもらいおかわりしていた。
「すっげえ、マーカスより大食いの女子なんて初めて見た」
「僕はそんなに食べてないぞ」
バーナードにからかわれたマーカスが悪態付く。しかし、マーカスの皿は山のように盛りつけられていて、説得力がない。
デザートが終わり、金の皿が綺麗に空となる。
同時にダンブルドアが立ち上がった。それが試合の開幕と受け取った生徒の何人かが、全身が高揚し、唾を飲み込む。
今度は燕尾服を着たフィルチが4人の男を従えて入場した。4人は繊細に彫刻された奇妙な箱を神輿のように担ぎ、教員席前へ慎重に設置した。管理人の指示で男達はすぐに大広間から下がった。
ゆっくりとダンブルドアは奇妙な箱へ手をかける。
「時が来た」
厳粛かつ壮大な物語を語るように、ダンブルドアの口が開かれる。
「三大魔法学校対抗試合は、まさに始まろうとしている。それにはこちらのお2人が尽力下さったおかげじゃ。知らぬ者の為にご紹介しよう。『国際魔法協力部』部長バーテミウス=クラウチ氏、『魔法ゲーム・スポーツ部』部長ルード=バグマン氏じゃ」
クラウチは全校生徒を見渡し、儀礼的に会釈する。それに見合う堅い拍手が送られた。バグマンは爽やかな笑顔で、手を振る。彼を英雄視する生徒達が盛大なる拍手を送った。
「バグマン氏とクラウチ氏はマダム・マクシーム、カルカロフ校長、そしてわしと共に代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わって下さる。3つの課題は既にクラウチ氏とバグマン氏が検討し、その為に必要な手配もして下さった」
説明を終え、ダンブルドアは杖を奇妙な箱に向ける。
すると、箱は外装が溶けていくように消え去り、古びた銅細工のゴブレッドが現れた。だが、その杯から白く青い炎が妖しく揺らめいている。神秘的な炎の動きに生徒の緊張が増す。
「代表選手を選抜するのはこの『炎のゴブレッド』じゃ」
一気に興奮が体中を駆け巡る。
「代表選手に名乗りを上げたい者は羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、このゴブレッドに入れなければならぬ。今より24時間の内じゃ。明日の宴にて、ゴブレッドは代表選手に相応しい名を3名、返してくれる」
想像もつかない選抜方法に、クローディアの心さえも躍ってしまう。
「さて、年齢が達していない生徒の為にゴブレッドの周囲には、わし自らが『年齢線』を引いておく。これを17歳以下の生徒は決して越えられはせん」
この時だけ、ダンブルドアは得意げであった。
「尚、選ばれた生徒はその瞬間から強力な魔法契約に縛られる。途中で投げ出すことは決してできん。軽い気持ちでゴブレッドに名を入れてはならんぞ」
それは立候補する全ての生徒に対する確認に思えた。
(逃げ出すことは出来ないから、戦うしかない……)
クローディアはムーディの講義を思い返した。
「さあ、寝る時間じゃぞ。ゆっくりと眠るが良い」
就寝を告げるダンブルドアに従い、新監督生が新入生を引率する。
ボーバトン生とダームストラング生は、各々の校長に従い、大広間を出て行く。カルカロフはビクトールを我が子のように気遣っていた。
緊張した宴で疲労した生徒は自室に戻り睡眠を取る。
寝台へ横になっていたクローディアは眠りにつけずにいた。代表選手に立候補する気はないが、美しい『炎のゴブレッド』を見せ付けられ、気が高ぶっている。そのせいで意識が眠らない。
寝台の下でベッロが寝息を立てている。恨めしいものだ。
(……誰が入れにくるのか、見張ってるさ)
不意な思いつきだが、少し興味が湧く。簡単な衣服に着替えたクローディアは、談話室に降りる。すると、足音を忍ばせた生徒がドアノッカーの謎賭けに答えて談話室に入ってきた。クローディアは自分に杖を向け、影へと変身する。家具の陰に紛れて、相手を確認する。
ペネロピーであった。口元がニヤけている。
(……結局、立候補したさ…)
あれだけ見学組みだと宣言しておきながら、予想通りといえば予想通りだ。閉じかけた外への扉を通り、外に出る。
暗く静寂な廊下を進む。絵の住人は本来なら就寝中だが、誰もが起きている。そして、自分の絵を抜け出し、大広間付近の絵を訪ねていた。住人が多すぎて、絵の中に収まり切れていない。絵の会話を聞き取ろうと、耳を澄ませる。
「これで10人目、今のところ、ボーバトンの子が多いですな」
(10人……、意外と少ないさ。あ、誰か来たさ)
――カツンッ。
足音が廊下に響く。杖を突いて歩く義足の足音はムーディだ。夜のせいか、一段と不気味さを増している。
念のためにクローディアは柱の影へと身を潜める。
しかし、ムーディはクローディアがいる柱の前で、ピタリと止まった。
「そこの貴様、おもしろいことをしているな」
柱に向かい、ムーディは歪んだ笑みを見せる。
驚愕のあまりクローディアは、悲鳴をあげそうになる。しかし、影は口がないので、幸いした。発見された緊張感、変身を見破られた衝撃で影の心臓も脈打っている。
「わしはあくまで、選手の不正を暴くのが仕事だ。時間外に寮を出た生徒の面倒など、いちいち見てられん。……それを聞いても、わしに姿を見せる気がないのなら」
手にしている杖を柱に向けた。危険を感じたクローディアは、すぐに柱を離れる。壁を伝い、絵の後ろに隠れながら、ムーディとの距離を開く。
「やはり、そうか! 貴様の変身は少々大雑把だ。この目で見通せるが、実に興味深い!」
唐突にムーディの杖から光線が飛び出た。瞬間、脳裏を過ぎったのは、ルーピンがペティグリューにかけた魔法だ。
きっと、ムーディは誰が変身しているのかまでは、見破れていない。故に杖を向けている。瞬時に悟り、クローディアは絵の影を突っ切り、ひたすら逃げた。
無論、ムーディも義足を激しく鳴らし、追い回してきた。
途中で巡回していたフィルチがムーディとぶつからなければ、確実に掴まっていた。
仕事熱心なフィルチにクローディアは胸中で感謝を述べた。
閲覧ありがとうございました。
●オーエン=コールドウェル、ケビン=ホイットビー、グラハム=プリチャード、マルコム=バドック、ナタリー=マクドナルド、エマ=ドブス、オーラ=クァーラ、スチュワート=アッカリー
原作四巻にて、儀式で呼ばれた生徒。
●ネイサン=ブラッドリー
原作六巻にて、苗字のみ登場。
●ナイジェル=ウォルパート
映画版オリキャラ。映画でオリキャラ作るなら、デニス出してあげてよ!