こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
翌朝から、生徒は皆、右往左往しています。

追記:17年3月7日、18年1月7日、誤字報告により修正しました。


5.湧く生徒

 クローディアは床に倒れていた。十中八九、ルーナに蹴りだされたのだ。健やかな寝息を立て続ける彼女に、胸中が少しだけ苛立った。

 談話室に下りれば、ベッロを怖がる1年生が我先に寮を出ようとする。多くの上級生がそれを笑う。その生徒のほとんどが目にクマを作っていた。

(徹夜したさ……。そうまでして、立候補したいもんさ)

 大広間でも、何人かの生徒が討議を繰り返す。

「一時的に歳をとればいいんだ」

「やっぱ『老け薬』だよ」

「量を間違えると危ないぞ」

 フレッド、ジョージ、リーが身を寄せ合う。

「あんたらも立候補するさ?」

 何気なく声をかけたクローディアに、ジョージが振り返る。

「クローディアもどうだい? 俺は絶対、立候補するぞ」

「遠慮するさ。それよりクィディッチの試合がないから、バスケ部の活動を……」

 途端にジョージは耳を塞いで聞こえないフリをした。無視されたクローディアは彼の頭を叩く。

 ネビルが上機嫌な笑顔でクローディアに挨拶した

「クローディア! パンフレット、ありがとう! 僕、すっごく嬉しいよ。ばあちゃんが君によろしくって!」

「こちらこそさ」

 ネビルに挨拶を返し、クローディアは自寮の席に腰かける。

「誰が立候補する?」

 クローディアの向かいに座るペネロピーは興奮冷めやらぬ様子だ。

「ペネロピーは立候補しないさ?」

「私は見る派。賞金は興味がそそられるけど、他校との対戦となると自信がないわよ」

 わざとらしく嘆息するペネロピーの目が泳いでいる。おそらく、立候補することを隠しているとクローディアは直感した。立候補しても当選できなければ、それなりに恥を掻くからだ。

「私、『数占い』の他に『占い学』と『魔法生物飼育学』を選んだよ」

 ルーナは新しい時間割をクローディアに見せる。

「……『占い学』……。よく学んでくるさ」

「うん!」

 案外、ルーナならトレローニーを論破しそうだ。次いでジニーと時間割を見せ合う。

「私も『占い学』を取っているわ。合同じゃないのは残念ね」

「ジニー、『古代ルーン文字学』と『マグル学』にしたんだ」

 2人の会話を聞くとはなしに聞いているとクローディアにも時間割が配られた。目を通すと、今回もグリフィンドールとの合同授業は『数占い』だけだ。

 ハーマイオニーの時間割を確認しようと、クローディアは立ち上がる。

 すぐ隣で、ハーマイオニーが腕組みをして立っていた。気付けなかったクローディアは吃驚した。しかし、彼女は普段の不機嫌とは違う意味でご立腹の様子だ。

「昼食の後、一緒に図書館に行きましょう。調べたいことがあるの!」

「ちょうど良かったさ。私も調べたいことがあるさ」

 『死喰い人』関係の新聞だ。ここでそれを言うわけにいかず、クローディアは精一杯の笑顔を向ける。ハーマイオニーはそれだけ告げるとさっさと大広間を出て行った。

「な~んか、機嫌悪いわね」

「いざとなったら、お願いね」

 パドマとパーバティが励ますためにクローディアの肩を叩く。

(まさか、ハリーとロンが立候補しようとしてるとかさ?)

 ヘドウィックから手紙を受け取り、嬉しそうに読み上げるハリーを視界に入れる。

 クローディアは胸中で嘆息していると、背後から近寄る羽音に片手をあげる。その手にカサブランカが手紙を渡した。ドリスからの母とトトが無事に英国を発ったという報せだ。

(……お父さんはマッド‐アイがここに来ることを知ってるだろうさ。……お祖父ちゃんは日本に帰ったら、ルーピン先生の薬は……その辺はちゃんと考えてるだろうさ)

 教員席を目にし、トーストに大量の蜂蜜を塗りつけるルーピンと目が合う。彼は笑みを向けて、軽く手を振ってきた。クローディアも挨拶の手を振り返す。

 急にパドマ達が遠巻きになっていく。背後に近寄る気配にクローディアが振り返る。目を細めたスネイプが腰に手をあて、睨んでくる。

「おはようございます。スネイプ先生」

「ミス・クロックフォード、もしや審査員を誑かす算段でも、おありかな? だとすれば何たる恥さらしと申し上げておきましょう。君は我輩が知る限りは16歳のはずだ。立候補は17歳からだ。くれぐれもお忘れなく」

 スネイプは吐き捨て、クローディアを押しのけて教員席に歩いていく。しかも、足をとめて振り返ったかと思えば、再び目を細める。

「返事がないな。レイブンクロー、2点減点」

 新学期早々の減点。返答しなかったクローディアは抗議しようとした。

 

 ――カコンッと響く杖の音。

 

 大広間の空気が鎮まる。ムーディが堂々と真ん中を突き進み、教員席に向かっている。義眼がスネイプを見ていた。

 義眼を認めたスネイプはローブを翻し、教員席に向かう。彼らは離れた席に座ったが、何処となく重い空気が流れる。

(……まあ、私が立候補しないように警告したんだろうけどさ。スネイプ先生、クィレルからの手紙、どうしたさ?)

 問えるはずはなく、クローディアはスネイプを一瞥する。手紙のことは彼に任せた。だから、聞かない。

 

 『呪文学』の教室に着いた生徒へ新学期早々からフリットウィックは警告する口調を発する。

「4年生への進学、おめでとうございます。ですが、重要なのはまさにこれからです。今年度から、皆さんには『O・W・L試験』へ向けての取り組みに励んでもらいます」

 『普通魔法レベル試験』、5年生への行程が現れ、緊張した誰かが喉を鳴らす音がする。無言を承諾と受け取ったフリットウィックが満面だが、緊迫感のある笑みで頷く。

「では『呼び寄せ呪文』について朗読してもらいましょう。ミスタ・マクドゥガル、君が見るのは窓でなく、教科書です」

 苦い表情をモロに出していたモラグは神に祈る気持ちで窓の外を見ていた。しかし、フリットウィックの注意に渋々、教科書を開いた。

 

 滞りなく昼食時間を向かえた。

 クローディアとハーマイオニーは図書館で、それぞれの調べ物を行う。『例のあの人』が倒れた年代の【日刊予言者新聞】を読み返し、『死喰い人』容疑で報道された人名を確認する。アントニン=ドロホフ、エバン=ロジエール(死亡)、オーガスタス=ルックウッド、レストレンジ夫妻……、そして1人の名を見つけた。

(……バーテミウス=クラウチ=ジュニア……)

 『国際魔法協力部』部長クラウチの実子。

(何らかの関係を校長先生は感じてるさ……?)

 『闇の印』騒動の折、クローディア達を助けたウィンキーをあっさりとクビにした。よくよく考えれば、マルフォイを庇うような言動だった気もする。

(まさか、あいつらの邪魔をしたから……ウィンキーはクビになったさ? 対抗試合を名目に関与はしてくるさ。これは要注意……)

 考えを纏めようとしたが、ハーマイオニーに腕を引っ張られる。その手には分厚い【ホグワーツの歴史】が抱えられている。

「この本、間違ってるわ」

 押し殺した声でハーマイオニーは本を叩き、クローディアに囁く。

「『屋敷しもべ妖精』のことが何一つ書かれてないの」

 話が見えない。

「……ハーマイオニー、順序立てて説明してさ」

 唐突過ぎる結論にクローディアは説明を求める。このホグワーツ城におよそ100名の『屋敷しもべ妖精』が給料も休日もなく労働を強いられているにも関わらず、【ホグワーツの歴史】に記載されていない。ハーマイオニーはその事実を知らなかったことに腸が煮えくり返っていたのだ。

 これで管理人を1人しか雇っていない理由がわかった。

「それなら、私達で新しい本を出そうさ。なんだかんだと、私らが入学してからホグワーツも随分、状況も情勢も変わったさ。『秘密の部屋』とか、そういうの足してさ」

「素晴らしい提案だわ! ……待って本を出すよりも」

 口元に手をあてるハーマイオニーは深刻に小さく呻き、閃いた。

「ちょっとルーピン先生のところ行ってくる!」

 走ろうとしたハーマイオニーのローブをクローディアは掴んで引き止める。

「午後から6年生の授業さ。きっと準備で忙しいさ」

 不満そうにハーマイオニーは、口を八文字にする。

「私達も『数占い』の教室行くさ。遅刻したら、いけないさ」

 授業に話題を変えてもハーマイオニーは不満げだ。

 だが、『数占い』の授業が始まってしまえば、ハーマイオニーの機嫌は良くなっていく。セプティマ=ベクトルの講義が彼女のお気に入りで幸いした。

 終業の鐘が鳴り、夕食目当てに皆が教室を後にする。

 廊下の先にハリーとロンが歩いていく姿が見える。授業後の彼らは、いつも不満で不機嫌で不服そうだ。

「週末いっぱいかかるぜ」

 毒づくロンに、ハーマイオニーが割って入る。

「宿題がいっぱい出たの? 私達にはベクトル先生ったら、なんにも宿題出さなかったわよ」

 上機嫌なハーマイオニーがクローディアにウィンクしてきた。

 突然、ハリーがロンとハーマイオニーを盾に隠れる様子を見せる。

 クローディアが周囲を見渡すと、コリンが弟デニスとこちらに向かってきていた。彼女を目にしたコリンが明るい笑顔で指差してくる。

「デニス。レイブンクローの蛇女だ! ハリー=ポッターの友達なんだ」

 デニスに余計な知識を与えようとするコリンの口をクローディアは容赦なく塞ぐ。そのまま彼の顔面を掴み、廊下の柱の影に連れ込んだ。

「……コリン、大丈夫かな?」

 少し心配そうにハリーが呟く。デニスは興味津々にハーマイオニーとロンに話しかける。

「あの人はいつも大きな蛇を連れていると聞きました。今日はいないんですね?」

「すごく行儀の良い子だから、自由にさせているのよ。今頃、何処かで勝手にしてるんじゃないかしら?」

 正直に答えるハーマイオニーにデニスは興味深げに目を輝かせる。

「コリンは人を丸呑みするくらい大きいって言ってたのに、すごいなあ」

 否、ベッロはそこまで大きくない。

 柱の影から、クローディアはコリンの顔面を鷲摑みにしたまま現われる。

 気力を無くしたコリンが目を泳ぎ、デニスに引き渡される。兄の変化をデニスは気に留めない。溌剌とした笑みのまま、兄弟で大広間へと向かった。

 コリンの様子に、ハーマイオニーはクローディアの顔色を窺う。不愉快げに眉を寄せ、それでも彼女に笑みを返す。

「まさか、脅したの?」

「いいや、言い聞かせただけさ」

 その解答にロンが爆笑した。

「そういうことするから、蛇女なんて言われるんだよ」

 ハリーが心配そうにそれでも呆れて溜息をつく。

 

 自寮の席に座り込んだクローディアは向かいに座るロジャーに驚く。彼はうつ伏せに嘆息し、疲労を訴えていた。まだ新学期一日目でこの様子は珍しい。

「ロジャー、どうしたさ?」

 俯いたまま、ロジャーは顔だけをクローディアに向ける。

「……さっきまで『闇の魔術への防衛術』だったんだけど……、あのマッド‐アイが授業中ずーーっと教室の隅にいやがった……。……すっげえ、緊張した……」

 それは怖い。

「ルーピン先生は何も言わなかったさ?」

「何々、マッド‐アイの話か?」

 途端、クローディアの肩が重くなった。ジョージが体重を乗せてもたれてきたからだ。しかも、クララまで便乗しているため、流石に重い。

「怖かったわ。ルーピン先生ったら、『ムーディ氏がどうしても授業を見学したいから許可した』って言うのよ。フレッドとジョージが授業中に大人しい姿なんて、不気味よ」

 身震いするクララにジョージが肩を竦める。

「しょうがないだろ。下手に何かしたら、俺たちが消されちまう。エイプリルフールの日に、マッド‐アイを後ろから驚かせた魔女がすげえ悲惨な目に合ったっていう噂知らないのか?」

「噂じゃなくて、事実よ」

 背中のやりとりに、クローディアは肩を動かして追い払う。

「『闇の魔術への防衛術』、あんたら一緒だったさ?」

「ああ、6年生からは『O・W・L試験』の結果と進路に向けた授業になるからな。クララは『闇払い』目指してるから、わかんだけど。なんでディビーズもいるんだ?」

 ジョージは寮席をひょいっと跨ぎ、ロジャーの背中にもたれかかった。

 突然の襲撃に抵抗もしないロジャーは億劫そうに口を開く。

「防衛術は身につけて損はないからだよ。マグルの世界でも、何らかの危険はあるかもしれない」

「ロジャーはマグル関係の仕事さ?」

 何気なく問いかけたクローディアに、クララが忍び笑いを見せて耳打ちする。

「マグルの教師を目指してるのよ。そのためにマグルの……大学? に通うんですって」

 意外だ。失礼ながら、似合わないという感想さえを抱く。思わず凝視していたクローディアに、ロジャーは視線を返す。

「君の授業のときも、見学に来るかもしれない。油断しないほうがいい」

 貴重な忠告だ。クローディアは感謝の言葉を述べる。

 何故か、ジョージは顎でロジャーの頭を責め立てていた。

 苦痛に顔を歪めるロジャーに代わり、クローディアはジョージの服の襟を引っ張り引き剥がした。

 猫が首根っこを掴まれた体勢で、ジョージがクローディアに媚びる。

「はいはい、私たちはご飯食べるから、席に行くさ」

 追い払う仕草を見せるクローディアにジョージはわざとらしく悲しげに眉を寄せる。殴ろうと拳を構えた瞬間、普段の活発な笑みを見せてフレッドの下へと逃げ込んだ。

 

 第3温室で行われる『薬草学』。植物と呼ぶにはあまりにも醜い真っ黒な物体を見せ付けられたことから始まった。スプラウトがドラゴン革手袋を配り、説明する。

「これはブボチューバー、『腫れ草』です。誰か、この植物の特徴が分かる人はいますか?」

 気合を入れたセシルが挙手し、自分なりに説明する。

「『腫れ草』の膿は美容に最も効果があります。しかし、原液のままでは人間の皮膚に害を及ぼすため、必ず薄めなればなりません」

「よろしい、レイブンクーに10点! 今の説明の通り、手袋を絶対外してはいけません」

 膿を搾り出す作業のせいで、温室が石油臭に満ちた。

「クロックフォードの家族はマグルの中でも最悪だった」

 瓶に膿を集め終えたドラコが見下した視線でクローディアに語りかける。

「クロックフォード、この膿を君の母親に届けたらどうだ? 田舎臭い顔も少しはマシになるだろうよ?」

 これにドラコの取り巻き達は爆笑した。

 適当に聞き流していたクローディアは母を侮辱され胸中が怒りに満ちる。革手袋をしたまま、『腫れ草』を握りつぶしてしまった。その為、貴重な膿が周囲にぶちまけられた。

 咄嗟に近くのパドマとサリーを下がらせた。クローディアが下がったため、膿はドラコ達のローブにかかり、繊維を溶かす。その凄惨な場面に彼らは硬直した。

 スプラウトは絞り作業に手こずる生徒を見回っている。その為、こちらに気づいていない。

「スプラウト先生、マルフォイくんが私の『腫れ草』を潰しました」

 しれっと虚偽の報告をするクローディアに、スプラウトは膿だらけのドラコ達を見渡す。

「ミスタ・マルフォイ、貴重なモノだと言ったはずです。スリザリン5点減点。貴方たちは瓶を提出したら、もう下がりなさい」

 厳しく指示するスプラウトを横暴と感じたドラコは乱暴な態度で瓶を机に置いて行った。

「(いい気味……)」

 上機嫌にパドマが笑いを堪えていた。その隣でクローディアは不愉快な気分のまま杖を振るい、潰れた『腫れ草』を元に戻す。『腫れ草』は本来の巨大ナメクジの形に戻ったが、膿は散ったままだった。

 

 午後の『魔法生物飼育学』は何とも可愛らしい生き物が登場した。もさもさとした毛に覆われた球体で、とても人懐っこい。口から細長い舌がぺろりと出てくる。

 ハグリッドの掌にいるせいで、更に愛くるしく思えてしまう。

「こいつはパフスケインだ。誰か、こいつの特徴がわかる奴いるか?」

 ハンナとパドマが競って手を挙げる。

「僅かにハンナが早かったな。言ってみろ」

「とても従順で、世話がとっても簡単、ペットとして大人気です。食事も雑種で、いろんな物を食べます。特に……魔法使いの鼻糞です。満足すると「ふんふん」っていう低い声がでます」

 その通りにパフスケインは「ふんふん」と低い声を出した。まるで歌っているようにも聞こえる。

「いいぞ! ハッフルパフに10点! 今日は魔法界でも常識の生物を教えておこうと思ってな。こいつらにも個々の特徴は勿論ある。時間までにその特徴を見つけ出すように、1人につき1匹いるぞ」

 女子生徒が喜んで、パフスケインを1匹ずつ手にしていく。

「うちで既に飼ってるんだけど……」

 ザカリアスが困ったように、パフスケインを観察した。

「ラベンダーから『尻尾爆発スクリュート』を教わって聞いていたから、冷や冷やしていたのよ。あ、この子は撫でると嫌がるわ!」

 パドマの口から尻尾爆発など、危険の高そうな名前が出た。

「何それ……、超恐いさ」

 パフスケインが髪に絡まり、クローディアは丁寧に外そうとする。ハグリッドが指先で解いてくれた。

「ああ、スクリュートは残念ながら、ハリー達の組みの分しか孵化しなかったんだ。上手く配合できたから、この組みにもやりたかった。本当に残念だ」

「本当に残念だな。お! こいつ、噛み癖があるぞ」

 満面の笑顔でテリーがパフスケインに噛まれる。しかし、歯がないらしくテリーは痛がらなかった。

 終業の鐘が鳴り、皆は満足そうに城へ帰る。クローディアは1人残り、ハグリッドに質問した。

「『暗黒の森』って、ハグリッドが把握しているだけでも何種類の生物がいるさ?」

「森の深さの分だ。あそこには縄張りがあってな。常に争っている種族もいれば、常に均衡を保っている種族もいる。俺に良くしてくれて、姿を現す奴もいれ、嫌がって未だに存在を教えねえ奴もいる。どうしたんだ? 急に?」

 ハグリッドの返答を羊皮紙にメモし、クローディアは得意げに笑う。

「ちょいと秘密さ。出来あがったら教えるさ」

「へえ、楽しみにしているぞ」

 期待を込め、ハグリッドは笑い返した。

 

 ドラコに減点を食らわせたツケは、翌日の『魔法薬学』にて払うこととなった。

「ミス・クロックフォード。解毒剤について皆に説明したまえ。参考書を読んでも構わん」

 何の前触れもなく命じられたクローディアは参考書を開かない。自然と浮かんでくる解毒剤の説明文を舌に乗せる。

「……また解毒剤は一個単体で効果がある『ベアゾール石』も存在します。ですが、『ベアゾール石』はあくまでも応急処置より効果がある程度なので、本格的な処置は、やはり調合薬にしなければなりません。以上を持ちまして、解毒剤の説明を終わります」

 眉ひとつ動かさず、スネイプはクローディアに着席を命じる。彼の目を盗み、サリーが笑みで親指を立てる。

 急にスネイプはわざとらしく溜息をつく。苛々と指で教壇を叩きだした。

「それだけかね? その程度の説明なら、最早、聞き飽きておる。貴重な時間が潰れてしまったよって、レイブンクロー5点減点。ミス・クロックフォードは罰則を命じる。夕食後に必ずここに来るのだ」

 有無を言わさぬ命令。クローディアにとっては予想通りの展開である。解毒剤の説明などただの建て前にすぎない。だが、呼び出し罰則は奇妙に久しぶりだ。

 勿論、嬉しくない。

 

 夕食後、地下教室を訪れたクローディアはネビルと一緒だ。樽一杯の角ヒキガルの腸を抜き出すというおぞましい行為に、2人の気分は憂鬱になる。小型ナイフで腹を裂かれるカエルは、どれも生きている。

 しかも、ネビルのトレバーによく似た容姿が酷すぎた。

「クローディアがいれくれて良かった……。1人だったら、僕……絶対泣いていたよ」

「うん、これは私1人でもキツイさ。ネビルがいて良かったさ」

 腹を丁寧に切り裂き、臓物を腑分けするクローディアの手つきにネビルは奇妙に感心してきた。彼が作業しているカエルはどれも切り口が乱雑すぎる。

 腸をひとつの瓶に詰め込み、蓋をして罰則は終了した。クローディアとネビルは、それぞれが詰め込んだ瓶をスネイプに手渡す。

 普段の顰め面のスネイプにクローディアは不意に思いつく。

「マルフォイくんのお父上は捕まらなかったそうですね」

 スネイプの眉が痙攣する。

「君が知ることでない。さあ、我輩が君たちの腸を詰めたくなる前に帰りたまえ」

 冗談抜きの冷徹な言い回しに、ネビルは即座に逃げ出した。置いていかれたクローディアは本題と言わんばかりに口を開く。

「父は何故、ルシウス=マルフォイから隠れているのでしょうか?」

 その質問に、より鋭い目つきが返された。

「……君のお父上が話さないのなら、我輩から教えることは何もない」

「ルシウス=マルフォイが父に拘る理由を知っているのですか?」

 

 ――バンッ。

 

 スネイプの拳が机を乱暴に殴る。

「ミス・クロックフォード。今後、授業に関係のない質問は禁ずる」

 その件に触れて欲しくない。そんな感情を感じ取れた。

 深呼吸したクローディアは脳裏にコンラッドと母を思い浮かべる。仲睦まじく笑っている2人だ。

「……では、質問でなく……お願いがあります。父のことで私を憎むのは構いません。ただ、母だけは憎まないでもらえませんか?」

 スネイプは驚愕に目を見開き、クローディアを凝視する。怯むことなく、その眼差しを受け止める。彼の母に対する感情をどうしても確認しておきたい。その意思を視線で伝える。

 お互い視線を外さず、何分……5分も経たない内にスネイプが折れた。

「心配するな。……もういけ」

 煮え切らない返事だが、クローディアは渋々承諾するしかない。

「君のお母上は幸せ者だな……」

 何の感情も込めず、スネイプは去りゆくクローディアの背に吐き捨てた。あまりにもか細い声だったので、上手く聞き取れなかった。

 

 寮の談話室に戻ったクローディアをペネロピーが待ち構えていた。彼女の手には、紙の束を結んだ資料がある。戸惑いながら資料を受け取り、椅子に腰掛け黙読する。内容は『魔法薬学』に関する問題ばかりだ。

 隣に座るペネロピーは口元を尖らせる。

「それは、これまで『N・E・W・T試験』を受けた先輩達のお手製問題集よ。6枚目の18問目に『ベアゾール石』が載っているわ。パドマから聞いたわよ。あなたは、解毒剤の説明に、『ベアゾール石』を含めたのに減点だなんておかしい」

「褒めてくれて、ありがとさ。でも、スネイプ先生くらいになると当たり前すぎ……」

 言い終える前にクローディアの口が、ペネロピーに塞がれる。

「謙遜過ぎるのは傷。絶対、スネイプ先生に抗議してやる」

 意思の固いペネロピーに苦笑するクローディアは読み終えた問題集を返した。意気込んだ首席が談話室を出て行くのを見送ると、ルーナが飛びついてくる。

「パパから、手紙来たよ。ハリー=ポッターの為でしょう。教えてあげたらいいもン」

 鋭い指摘にクローディアは吃驚した。ルーナ独特の推理力は侮れない。

 封筒を開き、いくつもの名が綴られている紙を取り出す。

(『死喰い人』の容疑者……結構、多いさ。あ、やっぱりマルフォイの名があるさ。……クラッブとゴイルのお父さんさ? あの2人のお父さん……想像付かないさ……。ノットって、セオドール=ノットのお父さんさ? エイブリーとかマクネアって誰さ?)

 黙読するクローディアはひとつの名を見つけた。見間違いかと2度見し、緊張で心臓が跳ねる。

(イゴール=カルカロフ……同姓同名……ではないさ?)

 その名の下に『司法取引により釈放』と書き込まれていた。10月にダームストラング校長として招かれる男が元『死喰い人』。ダームストラング専門学校が純血主義だったと今更ながら、思い返す。よりにもよって、トトの母校を疑わねばならない。悔しさでクローディアは唇を噛んだ。

「痛いよ」

 ルーナが気遣うようにハンカチでクローディアの唇を拭う。彼女に感謝し、自分に杖を向けて唇を癒した。

 

 

 翌日の昼、図書館でクローディアはハーマイオニーにカルカロフの事を報告する。衝撃を受けた彼女は深刻に考え込んだ後、口を開く。

「司法取引をしてまで自由になったのに、疑われるようなことするかしら?」

「刑期を終えた人の再犯確率の話をするのは嫌さ。ただ、客人の中で警戒する価値はあるさ」

 我知らずと低音になるクローディアの雰囲気がハーマイオニーに寒気を覚えさせる。自分の肩を撫で、彼女は毅然と意見を述べる。

「まずは、あなたの知りえた情報をお父様に相談するべきだわ。私もハリーに言って、シリウスに手紙を出させるわ。ルーピン先生は……立場上、この件に深入りさせないほうがいいわね」

「スネイプ先生にも気づかれないようにするさ。……気付いていたりして」

 クローディアとハーマイオニーは乾いた笑みを向け合う。そして、今更ながら警戒の為、周囲を見渡す。

 スネイプの姿がなかったので、安心した。

 

 一方、スネイプへ抗議したペネロピーは罰則として解毒剤のレポート羊皮紙3巻きを言い渡された。無論、彼女は激怒していた。それでもレポートを放棄せず、やり遂げたのは実に彼女らしかった。




閲覧ありがとうございました。
パフスケイン、可愛いらしいです。

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