こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
原作のキャンプ場シーン、大好きです。

追記:17年3月7日、誤字報告により修正しました。


1.キャンプ場

 夜が明ける前。

 心地よい眠りを堪能していたクローディアはドリスに叩き起こされ、仕方なく朝食の為に居間へ下りる。そこにコンラッドの姿がないことに気づく。

 4つのリュックサックに荷物を詰め、トトが簡単に説明する。

「コンラッドはベッロと出かけておる。ああ、ヤツは見に行かんから気にせんでくれ」

 普段の行動なのでクローディアは納得する。ただ、せっかくの家族が揃って出かけられない。それが残念だ。

 

 ――本日はクィディッチ・ワールドカップの観戦。

 

 その場に相応しい服装とは如何なるモノか悩みどころだ。クローディアは箪笥にある服を全て広げて眺めた。出来れば、普段とは違う服にしたい。

「これって、何で買ったさ? あ、あいつらがくれた服、これと重ねすれば着れないことないさ。ちょうどいいから、これにするさ」

 14歳と15歳の誕生日にウィーズリー兄弟から貰った服がある。14歳の時は黒い長袖シャツ。シャツは当時、ぶかぶかで肩が丸出しだった。しかも、袖を通した途端、肌の色と同じになる。裸同然だ。歳月が経ったせいか、今、袖を通しても灰色に色落ちするだけである。15歳の時は、ほとんど紐に近い細い襟のワンピースだ。全く破廉恥極まりない。

 しかし、シャツの上にワンピースを着れば何の問題もない。念の為、ワンピースの下にスパッツを穿いておく。

(杖は置いて行くさ。未成年は外で魔法を使えないしさ)

 クローディアは杖を机の中へと丁寧に片付けた。

 支度を済ませ、トトからリュックを手渡された。

 ワールド・カップの試合が長引いた時に備え、会場付近にキャンプ用のテントを用意しておく。テントでの寝泊りなど、幼い頃以来だ。

 実に楽しみである。

「ところで……ロジャー達とどうやって行くさ? うちのお母さんの車さ?」

 何気なく口にしたとき、居間の煙突から碧の炎が上がった。

 現れたのは3人。ロジャー、シーサー、2人の母マデリーン=ディビーズだ。3人ともマグルの家族がキャンプに行く恰好をしていた。

 ドリスが両手を広げて歓迎する。

「マデリーン、おはよう。あなたにしては珍しく時間より早いこと」

「ええ、ロジャーが女性を待たせちゃいけないっていうものだから」

 ドリスと親しげに抱き合ったマデリーンはロジャーによく似た容貌だ。何処か高飛車な雰囲気を醸し出している。

「クローディア、こちらはマデリーン。私と同じ聖マンゴ魔法疾患傷害病院に勤めているのよ」

 クローディアはいつものように、くの字に頭を下げて挨拶する。急いで母も頭を下げる。

「あなたがクローディアのお母さま……キーサさんですか? キンサ?」

 全然違う名前だが、言いたい事はわかる。

 お互いの家族の紹介を終え、トトが時計を目にする。

「では、そろそろ会場に行くとしよう」

 瞬時に全員の視線がトトに集まる。彼は視線を気にせず、荷物を背負う。何故かコンラッドの自室の扉をノックする。

「用意は良いな。〔開け、ゴマ〕」

 日本語がわかるクローディアと母はズッコケそうになった。途端、見慣れた扉の形が音を立てて変形した。

 

 ――ガタガタガタ。

 

 扉は両扉になり、ゆっくりと開いた。その向こうから、新鮮な風が吹き込んできた。風だけでなく、夜明けの光を浴びる草むらが視界を埋め尽くしていた。

 皆、感嘆の声を上げる。母は興奮しすぎて無邪気に跳ねていた。

「先に行け。ワシは閉めねばならん」

 トトの声でクローディアは我に返る。荷物をしっかり背負い、母の手を引く。思い切って扉の外へと飛び出した。

 何もない広野。崖の向こうには薄暗くも海が見える。潮の香りが鼻についた。

 クローディアは背後を振り返る。空間が切り取られたように自宅の居間が見える。そこから、ロジャー達の家族が続き、ドリスとトトが草むらに足を踏み入れた。

 確認したトトが空間に呟く。

〔閉じろ、ゴマ〕

 空間は扉が閉まるような音を立てて、消えていった。

(……何処でもドアみたいなもんさ?)

 高揚したロジャーがクローディアの傍で目を輝かせている。

「すごい魔法だね。僕はきっと『移動キー』を使うと思ってたから、驚いた。こんな手段があるなんて素晴らしいよ」

 『移動キー』。指定された場所に設置され、指定された場所に移動する鍵。書物で知るだけだったクローディアは現物を見損ねた残念さがある。だが、この何処でもドアもどきも素晴らしい。

「さあ、こっちよ」

 さっさと歩くマデリーンに遅れぬよう着いて行く。盛り上がった丘の先、無数のテントがびっしり敷き詰められていた。更にその向こうには巨大ながら近代的な構造しつつも、太陽の光に反射して美しい輝きを放つ硝子のスタジアムの一部が見えた。

 キャンプ場は様々なテントが張られていた。寧ろ、テントではない建造物まであった。何処も朝食中で微かに美味しそうな香りが漂う。テントの傍で火を焚いている集団もいれば、テントの中から煙が立ち込めていた。

「パパだ!」

 シーサーが嬉しそうにはしゃいで、走り出す。テントを必死に張っている父親ディヴィ=ディビーズに飛び付く。ディヴィはロジャーより低いが、それでも頑丈な肉体をしていた。

「はじめまして、息子達がお世話になっています」

 丁寧な物腰でディヴィは母の甲にキスを落とす。突然の行動に母は驚いたが、クローディアが挨拶だと説明して納得する。

「ちょうど、出来あがったところだ」

 そういって、ディヴィは円形のテントを見せる。しかし、ひとつしかない。それに3人が寝る程度の大きさだ。ディヴィがレディーファーストだと、マデリーンと母を先に入れる。その後、クローディアも怪訝しながら、テントに足を踏み入れる。

 そこは古めかしくも趣のある部屋の中だ。居間、寝室、お手洗い、台所、風呂場まである。外見と中身が完全に違っている。日本の実家にある蔵と同じ仕組みだ。

(これは魔法さ。そうベッロの虫籠さ)

 ツッコんだら負け、クローディアは自分に言い聞かせた。

〔外と中、全然違うさ! 魔法みたいさ!〕

 感激した母は大声でツッコんだ。

 昼食の時間までクローディアは仮眠を取ろうと寝台に向かえば、早速トトに首根っこを掴まれた。

「おまえは水を汲んで来い」

 金具バケツを持たされ、クローディアは渋々目を擦りながらテントを出る。テントの中から、微かにロジャーとシーザーが囁きあう声を聞き逃さなかった。

「ロジャーはクロックフォードといたいのでしょう? 僕が母さん達を手伝いますよ。せいぜい、遠回りしてくれば?」

「それでこそ、俺の弟。この前、俺の洗顔クリームを勝手に使ったことはチャラにしてやる」

 呆れたクローディアは早足で歩き出した。しかし、すぐにロジャーに追いつかれた。

 

 幼い子供が玩具の箒で遊んでいたり、外国語で試合について大論争する大人達もいる。

 途中で顔見知りにも出会った。ピラミッドを彷彿させるテントから、パドマとパーバティが出てきたときは文化の違いを指摘したかった。アンソニーとマンディの家族がトランプを重ねたようなテントから顔を出し、クローディアに挨拶してきた。クララが家族とジャージ姿でテントを組み立てている姿は、すごく奇妙だった。バケツに水を汲み終わったチョウと擦れ違う。

「他に誰かと会ったさ?」

「ハリーを見かけたわね。後はいるかもしれないけど、見つけられないわ。でも、マリエッタとミムの家族はチケットが取れなかったそうよ」

 クローディアとチョウはお互いの運を良しとした。

 風車のついたテントの上、空を見上げるルーナが立ち尽くしていた。クローディアが挨拶を交わそうとすると、気づいた彼女はテントから見事、地面に着地した。

「おはようさ、ルーナ。私は今朝、ここに来たさ」

「遅かったね。あたしはパパと一週間前から、ここを守ってたんだもン。残念、パパはいないよ。他のテントに危ないことがないか探りに行ってるから」

 隠密行動を取るには、ラブグッドは目立つ。クローディアは決して口にしない。

「私はお母さんとお祖父ちゃん、お祖母ちゃん。ディ……ロジャーの家族と一緒さ。あそこのテント……こっからじゃ見えないさ」

 ロジャーを振り返ると、彼は苦笑している。

「じゃあ、シーサー=ディビーズもいるんだね。そうだ。向こうのほうにジニー達が歩いていくのが見えたもン。多分、他の人も一緒」

 ルーナが指先方向にはテント群れしか見えない。

「挨拶しに行かないさ?」

「ここを守ってないといけないから、駄目なんだもン。クローディアも水汲み、急いだ方が良いよ」

 ルーナに言われ、クローディアはロジャーと水道に急いだ。

 

 言われた通り、キャンプ場の水道には見事な列が出来ている。そこにも見知った顔を見つけた。ハーマイオニー、ハリー、ロンだ。

「ハーマイオニー! おはようさ」

 バケツを手にしたハーマイオニー、ハリーとロンもクローディアを振り返る。傍にいるロジャーを目にし、お互いの顔を見合わせた。

「おはよう、クローディア。おはよう、ディビーズ。えと……2人のデートは上手く行ったのね?」

 ハーマイオニーの口から発せられた言葉にクローディアは血の気が引いていく。ただ一緒に歩いているだけで、ロジャーと交際しているように思われた。それが衝撃的だからだ。

「僕達は、まだそんな関係じゃないよ」

 穏やかな口調でロジャーが答えた。ハーマイオニーとハリー、ロンは少し納得し難い表情だ。だが、クローディアの蒼白な顔色に嫌でも納得させられた。

「私達はセドリック=ディゴリーのご家族と一緒に『移動キー』で、ここに来たの」

 列に並び、クローディアとハーマイオニーはお互いの移動手段について説明した。

 クローディアは古びた靴に見せかけた『移動キー』に興味を抱く。ハーマイオニーとハリーもトトが用意した扉に興味津々だ。ロンが一番、扉の話題に食いついてきた。

「帰りはそれにしようぜ。だって扉を通るだけだ!」

 是非とも一緒にと、ロンの目が訴えかける。『移動キー』はそこまで嫌なのかと疑う。

「お祖父ちゃんに聞いてみるさ。聞けたら、そっちのテントに行くさ」

 バケツに水を汲み終え、クローディアはロジャーとテントに戻る。母とカレーを作っていたトトに早速、皆の要望を伝える。

「帰りはハリーと一緒ね」

 サンドイッチを作っていたドリスは勿論、賛成した。しかし、トトは返答を渋る。

「アーサー=ウィーズリー氏は魔法省の役人じゃ。ワシのやり方に文句をつけられたら、ちょいと厄介になるやもしれん」

「いいえ、そんなはずはありませんよ。あれは私も是非、多用すべき魔法と思いますよ」

 マデリーンの言葉にもトトは難色を崩さない。仕方なく、クローディアはロンの申し出を断ることにした。ハリーと帰宅できる機会を逃したドリスが一番、残念がる。

「どんな方法でここに来たんだ?」

 ディヴィの質問に、シーサーが説明する。

〔林檎がないさ〕

 母は暢気に荷物から、林檎を探していた。

「うわ~、こんなに美味しいカレーは初めてだ」

「甘~い!」

 ロジャーとシーサーはカレーをいたく気に入り、何度もおかわりした。日本製のルーを使用したカレーはクローディアも久しぶりだ。やはり、キャンプといえばカレーに勝る物はない。

(甘口より、辛口が良かったさ)

 がっつりと昼食を済ませたロジャーとシーサーは寝台に倒れ、そのままイビキを掻いて、眠りだした。

「私はハーマイオニーのテントに行ってくるさ。ウィーズリーさんに挨拶もしたいからさ」

 テントを出ようとしたクローディアを母が引き止める。

〔来織ばっかり、楽しんでズルイさ。私も行くさ〕

 母の手にはしっかりとカメラが握られている。クローディアがトトに視線を送ると、強く頷き返された。

 

 外に出た母は本当にはしゃぎたい放題だ。用意周到にカメラを構え、あちこちを取りまわる。完全に観光客気分の母は周囲にも奇異に映ったらしく、微かな注目を集めた。

 豪華絢爛なテントの入り口に繋がれた孔雀を触ろうとして、母は威嚇される。それでも母は威嚇してくる孔雀をカメラに写し、満足そうにしていた。

〔孔雀を飼っている人なんか、いるさ?〕

〔金持ちの道楽さ。きっと〕

 クローディアが母と孔雀を十分に眺め、テントに背を向けようとした。テントの中から、ドラコが現れた。

 予想にもしない人物にクローディアは露骨に嫌そうな顔をする。

「げ、マルフォイ」

「貴様、父上の大切な孔雀に何をするつもりだ」

 ドラコはしっしっと手を振り、クローディア達を追い払おうとする。

「この孔雀って、あんたのペットさ?」

「父上のだと言ったろ。ほら、さっさと行け」

 まさか、あのマルフォイに孔雀を飼う趣味があったとは、意外過ぎる。ある種の感動を覚えたクローディアは、もう一度孔雀を眺める。

「いま、この瞬間だけ、あんたのお父さんを尊敬するさ」

「どういう風の吹きまわしだ?」

 満面の笑顔で言い放たれ、ドラコは反応に困る。蚊帳の外の母が淋しそうに娘の肩に顎を乗せる。

〔この子は誰さ?〕

〔学校の同級生さ〕

 それを聞き、母はドラコに挨拶する。しかし、彼は怪訝するだけで挨拶を返さない。

「まさか、クロックフォードに姉がいるとは思わなかったな。魔女ですらないマグルめ」

「お母さんです」

 どうやら、ドラコは母をクローディアの姉と勘違いした様子だ。すぐに訂正すると、彼は驚愕の表情で固まった。

 

 その後も母のお守は大変だ。物珍しさで他人のテントを勝手に覗き込もうとしたり、知らない魔法使い達に誘われて何処かへ行こうとしたり、気が気ではない。

 

 キャンプ場の一番奥、やっとウィーズリー家のテントを見つけた。もうクローディアは体力をほとんど使い切った。母はまだ見物足りない様子でカメラのフィルムを交換している。

〔お母さん、友達紹介するさ。だから、カメラをしまうさ〕

〔確かに試合を撮る分がなくなるさ〕

 安堵の息を吐いたクローディアは母の手を引いてテントに近づく。テントの前で鉄板に火を通して卵とウィンナーを調理するアーサーがいる。その周囲でハーマイオニー、ハリー、ロン、ジニー、フレッド、ジョージ、パーシー、見知らぬ人間が3人、皿に焼けたウィンナーを配っていた。

「パパ、クローディアだよ。家族と一緒だ」

 ロンに声をかけられ、アーサーはマグルを大歓迎だと飛びつくように挨拶してきた。

 あまりの気迫に吃驚し、母はクローディアを自分の背に隠す。それを挨拶する態度と受け取ったアーサーは母と無理やり握手した。

「ようこそ、マグルの奥様。私はアーサー=ウィーズリー、この子達はえ~と、赤毛の子……、この子は違いますが、私の子供達です。皆、ちゃんと立って紹介するから」

 全員、渋々とアーサーの傍に集まってきた。ジニーとは違う赤毛の少女、クローディアは何処かで見た覚えがあった。記憶を辿るが思い出せない。

 アーサーが順番に紹介しようとしたので、クローディアは母の耳元で翻訳を開始する。

「長男のビルです。『グリンゴッツ銀行』に勤めています」

 長身で長髪の赤毛をポニーテールにし、片耳に牙型の耳飾りをしていた。しかも、服装は魔法族よりもロック歌手の印象を受ける。それに見合う整った顔つきがカッコ良さを際立たせる。これが銀行員だと信じられない。アーサーに紹介され、母に手を差し出して優しく握手した。

「次男のチャーリーです。ルーマニアのドラゴンの研究をしております」

 男達で背が低く(ハリーより高い)逞しい体格のソバカスだらけだったが、力仕事の似合う風貌だ。それでも、ロンの兄らしく優しい顔立ちだ。チャーリーも母の手をとって握手した。

 パーシー、フレッド、ジョージ、ロン、ジニーと紹介し、それぞれが母と握手した。

「それから息子の友人達です。ジュリア=ブッシュマン、ハーマイオニー=グレンジャー、ハリー=ポッター」

 意外な名前にクローディアは驚く。

(ジュリア? え? うそ、全然、雰囲気違うさ)

 困惑するクローディアの視線にジュリアは意地悪っぽく微笑んだ。それがとても魅力的に感じる。記憶の隅にある彼女と大分、印象が違う。これが歳月の力かと奇妙に感心してしまった。

 しかし、ジョージとの交際は既に承知しているが、まさかワールド・カップを観に来るとは予想外だ。

 何気なくジョージに視線を向け、彼はすぐにクローディアから目を逸らした。

「それで奥様のお名前は? あなたのお名前ですよ」

 声を弾ませるアーサーは母に伝わるように、ゆっくりとした口調で訊ねる。聞き取った母は緊張した笑顔で深呼吸する。

「はじぃめましちぇて、わたしぃの名前は祈沙です。い~つも、娘がお世話にぃなってましゅう」

 舌たらずの発音、クローディアは恥ずかしくて赤面した。

 だが、アーサーは全く気にせず、満面の笑みで母ともう一度握手する。

「いやあ、しかしお若い。ビルと比べると同じ年頃に見えますよ。ハハハハハハ、ところで、それはまさかカメラですか? その型は初めて見ました。ちょっとだけ、触らせてもらえませんか? 私はマグルの道具に非常に興味がありまして」

 興奮を抑えられず、アーサーは早口になる。母は瞬きを繰り返し、クローディアを見つめる。

〔おじさんはその型のカメラを見たことがないから、貸して欲しいってさ〕

 納得した母はカメラをアーサーに手渡す。慎重な手つきで受け取り、彼は世紀の発見を遂げた学者と新しい玩具を手に入れた子供が入り混じった表情で、眺めていた。

「親父、卵が焦げてるよ」

 ビルが親指で鉄板を指差し、事も無げに呟く。しかし、アーサーには聞こえていない。事態を察した母が代わり鉄板でウィンナーを焼き始めた。

「ゴメンね。パパ、一度熱が入るとママじゃないと止められないんだ」

「こっちがカメラを持ってきたのがいけないさ」

 チャーリーが申し訳なさそうに、クローディアに小さく詫びる。

「それにしても、君のお袋さん若いな。本当にビルと変わんなく見えるぜ」

「あれでもお母さんは姉さん女房さ。お父さんより年上さ」

 フレッドにクローディアが答えると、ハーマイオニーとハリーの表情が凍りついた。コンラッドより年上=スネイプより年上という公式を受け入れまいとする防衛本能だろう。ちなみに話を聞いていなかったロンは思いついたように明るい声を出した。

「クローディア、聞いてくれよ。ノーバートは雌だったんだ!」

 衝撃の事実にクローディアはロンを見つめる。それから、確認するようにチャーリーへ視線を転じる。

「ああ、君達が譲ってくれたドラゴンは雌だよ。ノーバートじゃ男っぽいから、ノーベルタって呼んでる」

 ドラゴンにも雌雄があるとは驚きだ。

 食事中であった皆がそれぞれの皿に盛ったウィンナーや卵を食べ始める。

「そういえば扉のこと。まだパパに話せてないけど、君のお祖父さんは何だって?」

「駄目だってさ」

 期待を込めるロンに即答した。がっかりして、残念そうに項垂れる。

「クローディア、ロジャー=ディビーズとデートしたのよね? どうだったの?」

 横から問いかけてきたジュリアをクローディアは反射的に睨む。睨みに凄みがあったのか、彼女の肩がビクッと痙攣した。

「デートなんかしてないさ。ただの買い物さ! ちょっとダイアゴン横丁を歩いただけさ!」

 強く反論されたことにジュリアはたじろぐ。

「世間ではそれをデートっていうのよ。それにあなたは前よりずっと女の子っぽくなっているから、てっきりロジャーが原因かと……。じゃあ、誰と付き合うの? まさか、ハリー=ポッター?」

 己の名前が出たハリーは口にしていた飲み水を勢いよく吐き出した。

「「おやおや、ハリー。いつの間にそういうことになってるんだ? 我々にも詳細を寄越してくれ」」

 フレッド、ジョージがハリーの両肩に重り、意地悪な笑みを見せる。

〔来織そろそろ、お暇するさ〕

 ウィンナーを全て焼き終えた母が暢気な口調でクローディアに声をかけた。フレッドとジョージを殴ろうと拳を振り上げていたので、わざと咳払いする。

 母が上機嫌な笑顔で皆に挨拶し、クローディアは強張った笑みでフレッド、ジョージを睨む。

「親父、2人が帰るって。カメラ返してやれよ」

 ビルに声をかけられ、ようやくアーサーは我に返った。

 

 テントに戻ると何故かトトの姿がない。2人の帰りが遅いので心配して探しに向かったそうだ。完全な行き違いだ。

「ハリーにお会いできまして?」

「元気そうだったさ」

 それだけでドリスは嬉しそうだ。

「夜からが本番よ。今のうちにお眠りなさい」

 ドリスに従い、クローディアは空いた寝台に横になる。疲れが溜まっていたらしく、すぐに眠りに落ちた。

 夢か現実か、ドリスとマデリーンの会話が聴覚を刺激する。

「バーサ=ジョーキンズが旅行に行ったきり、帰って来ないそうよ。連絡も取れないんですって」

「変なことに首を突っ込んでないといいけどね……」

 その続きは聞き取れなかった。

 

 日が暮れて夕食の準備が整った頃、クローディアは起こされた。ロジャーとシーサーの顔がアイルランドの国旗を思わせる配色の化粧を施されているように見える。

 クローディアが熟睡している間に、ロジャーはザヴィアーのテントに行き、兄弟もろとも塗ってもらったらしい。彼女も誘われたが、母が嫌がったので断った。

 夕食を食べ終えた頃を見計らい、行商人達がキャンプ場に次々と『姿現わし』した。珍品名物が荷台に山積みされ、老若男女問わず客が集う。

 子供達もお土産巡りにテントの外へと飛び出した。試合を見に来られなかったコンラッド、ペネロピー達に試合のプログラムを購入する。文字が紙の上を躍りながら、写真の選手達を説明していた。

 他の品を物色すると真鍮製の双眼鏡も売り出されていた。荷台の前で行商人が熱心に双眼鏡を売り込んでくる。『万眼鏡』と呼ばれる双眼鏡の説明を聞き、購入に悩む。

(ビデオカメラの双眼鏡さ、お母さん絶対これ欲しがるさ)

 小さな子供が買っていく姿を見ながら、クローディアは決めかねていた。誰かが肩を叩いてきたので振り返ると、ジニーとジュリアだ。2人とも胸元に緑のロゼットを着けている。

「2人ともそれ買ったさ」

「クローディアはどうしてそんなにパンフレットを持っているの?」

 ジニーは手にした数冊のパンフレットを指差す。

「お土産さ。ペネロピーとか、ネビルとかさ」

「私もジョージとフレッドにロゼットを買ったわ」

 ジュリアは自分の手にある2つのロゼットを見せる。

「あの2人、バグマンさんに乗せられて所持金全部賭けに回したのよ。パパがとめたのに!」

 怒りに頬を膨らませ、ジニーは今回の試合を解説するルード=バグマンが勝敗で賭けをしていると説明した。クローディアにしてみれば、あの双子らしい行動だ。しかし、クィディッチ好きの双子がロゼットだけで満足するとは考えにくい。

 『万眼鏡』を一瞥して、決意した。商人から『万眼鏡』を2つ購入し、ひとつをジュリアに手渡した。

 渡されたジュリアは驚いて『万眼鏡』とクローディアを交互に見つめた。

「それをフレッド、ジョージに渡しといてさ。ジュリアとジニーからだってさ」

 怪訝そうにジニーは、クローディアを探る。

「……どうして? あなたからでも問題はないでしょう?」

 クローディアはジュリアの目の前に人差し指を突き出し、チッチッチと動かした。

「2人がスッカラカンなこと、私は知らないさ」

 ジニーとジュリアは、お互いの顔を見やり頷きあう。

「ありがとう、クローディア。きっと、2人は喜ぶわ」

 嬉しそうに微笑むジニーは、クローディアの頬にキスを落した。

 これに驚いたクローディアは反射的に顔を真っ赤に染め上げる。反応が愉しいジュリアは意地悪そうに笑い、同じく頬にキスしてきた。更に真っ赤になり、小走りでテントに戻った。

 テントに戻れば、中で『ファイアボルト』のミニチュア模型が飛び回っていた。シーサーの仕業だ。クローディアは緑のロゼットをつけた母に『万眼鏡』を渡す。喜んだ母はお礼にと自分の緑のロゼットを渡してきた。

 それから数分後、ようやくトトが戻ってきた。疲労困憊の表情で絨毯に座り込み、ジョッキ分の水を一に飲み干した。

 心配そうに見つめるドリスに、トトは手振りで大丈夫だと伝えた。

〔どうしたさ? 疲れた顔してさ〕

 クローディアに声をかけられ、トトは息を吐く。

〔学生時代の友人達に会っての。質問攻めにされるわ、酒は飲まされるわ、なかなか離してもらえんかったわい。驚いたわい。皆がわしを覚えておるとはな〕

 困ったように笑うトトは、旧友との再会を喜んでいた。彼がダームストラング専門学校を中退したことをクローディアは知っている。彼の喜びも測れるというものだ。

〔良かったさ、楽しめてさ〕

〔そうじゃな〕

 クローディアが微笑むと、トトはまんざらでもない笑みを返した。

 母が『万眼鏡』の使用方法を会得したとき、何処からともなく銅鑼よりも深く大きな音がキャンプ場に響き渡った。

「いよいよだわ!」「いよいよだ!」

 ディビーズ夫妻が興奮して叫んだ。

 




閲覧ありがとうございました。
●マデリーン=ディビーズ
 勝手に妄想したロジャーのおかん。
●ディヴィ=ディビーズ
 勝手に妄想したロジャーのおとん。原作三巻にて、紹介されたディヴィ=ガーションの存在を拝借。

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