これで、長かったアズカバン編は終了です。
追記:17年9月29日、誤字報告により修正しました。
ピーター=ペティグリューの逮捕は【日刊預言者新聞】により大々的に報じられ、生徒も教師も巻き込んだ話題となった。
ペティグリューが如何に卑劣な手段を用いて周囲を欺いたかを重点視されていた。シリウスの冤罪は四面記事に小さく『無罪』と載る程度だ。これまで散々不名誉を背負わされ、被らされたにも関わらず、シリウスの扱いが雑すぎる。
「このほうがシリウスも静かに暮らせるよ」
ハリーは微笑ましいくらい、喜んでいた。
しかし、いくらなんでも不憫すぎる。クローディアは【ザ・クィブラー】にシリウスの監獄生活が記事に出来ないか、ルーナに相談してみた。是非ともと、彼女は話に食いついてきた。
「パパもシリウス=ブラックに興味があるんだもン。休暇中には載せられるかな」
【ザ・クィブラー】でクローディアはベンジャミンの記事を思い返す。その記事が掲載された号を取り寄せて貰えるように頼んだ。
学期最後の日。発表された試験結果、クローディアは学年2位だ。学年1位は変わらずハーマイオニーだ。だが、何の悔しさもない。寧ろ、以前よりも親友が誇らしい。
「パーシーったら『N・E・W・T試験』を全科目1位なんですって。その話しかしないわ」
ペネロピーはご機嫌斜めに、クローディアを軽く小突く。ただの八つ当たりかと思いきや、入院中で心配させた罰も含まれていた。
「でも、私は『姿現わし』のテストを一回で合格したわ。彼はまだテストに受かってすらいないのよ。そこだけは絶対に私が優れているもの」
得意げにペネロピーは威張る。『姿現わし』にテストがあるなど、クローディアは初耳だ。
「なんでテストをやるさ?」
「資格を得る為よ。『姿現わし』は無言呪文を遥かに上回る高度な魔法なの。一度、出来たからと言って、二度目もうまく行くとは限らない。もし、失敗したら身体が『バラけ』てしまうの」
一旦、ペネロピーは言葉を切る。
「いいこと? 『バラけ』るは文字通り身体を引き裂く副作用よ。魔法で元に戻してもらえるけど激痛を伴うわ。テストで合格した者だけに資格を与えるのは、その危険から守る為よ。覚えておいて」
真剣なペネロピーの態度から、クローディアは肝に銘じた。しかし、そんな危険度の高い魔法を祖父は教え込んでいた。
(どういうつもりだろうさ?)
だが、理由を聞くことは避けよう。ただでさえ、今回は多大に迷惑と心配をかけてしまった。
学年末の宴会、全生徒を驚かせた。
誰もがクィディッチの優勝杯を手にしたグリフィンドール寮が寮杯も取ると考えていた。だが、大広間で生徒を迎えた寮旗は大鷲で青と白銀の飾りだ。そう、レイブンクローが寮杯を獲得したのだ。クィディッチ優勝杯を逃したロジャー達が喜びのあまり吼えまくり、フリットウィックは7年生に胴上げされていた。
「試合に負けて、勝負に勝ったってことさ?」
「ええ、きっとそういうことなんでしょう」
クローディアはチョウと確認しながら、微笑みあう。
何気なく、クローディアの視界にスリザリン席が映る。ドラコが殊更、悔しそうな表情で彼女を睨んでいた。彼に向かい、勝利を喜ぶ満面の笑みを返す。
心底からの笑顔を贈ってやった。
☈☈☈
今日、ダーズリー家に帰る。
それなのにハリーは普段より早く目が覚めてしまう。ロン、ネビル、シェーマス、ディーンもまだ豪快ないびきを掻いて寝ている。布団を被っても、完全に目が覚めている。仕方なく、起きあがり『忍びの地図』を眺めることにした。
フィルチは玄関ホール、ダンブルドアとマクゴナガルは天文台、マダム・ピンスは早朝から図書館だ。ルーピンが廊下を歩いていた。
(今のうちに挨拶しておこう)
ぶかぶかの上着を羽織り、ハリーは寮を出た。
「おはよう、ハリー。随分、早いね」
「眠れなくて、それで……ルーピン先生は何をしているんですか?」
職員室に入ろうとしたルーピンを呼びとめ、危うく『忍びの地図』を使っていたと暴露しそうになった。彼はハリーの手に地図が戻ったことを知らないはずなのだ。
「目が覚めてしまったから、散歩かな? ちょうどいい、聞きたいことがあったんだ。おいで」
ルーピンに誘われ、事務所へ着いて行った。湧き起る期待と詰問への警戒でハリーは緊張した。
「あの日のことは校長先生から全て聞いた。君の守護霊のことを話して欲しい」
「僕が守護霊で吸魂鬼を追い払って、ご存じなのですか?」
『忍びの地図』でないと安心しながら、疑問する。ダンブルドアにも守護霊の話はしていない。
「校長先生は私達が考える以上に色々ご存じなんだよ」
当然のように信頼を込め、ルーピンは微笑んだ。それがハリーの緊張を解し、守護霊が見せた姿を語った。
「ブロングズ……。そう、君のお父さんは牡鹿の『動物もどき』だった。そして、君はお父さんに生き写しだ……その目はお母さんに似ている。君のお父さんは自分の中で生きている。守護霊がその証拠だよ。それは『透明マント』より、価値がある」
「……父さんが『透明マント』を持っていたことを知っているんですか?」
質問してから、気付く。親友なら知っていて当然だ。
不意にハリーは別の疑問が浮かぶ。
「コンラッドさんにルーピン先生の……体質を教えたのは誰なんですか?」
途端にルーピンから笑みが消えた。
「……それは、ドリスだ。コンラッドの母上だよ」
重苦しく告げられた名、ハリーは衝撃を受けた。何故、教えたというより、何故、知っていたのかという疑問が強い。
「ドリスは幼い私が人狼に噛まれた時に処置してくれた癒者だ。といっても、当時に人狼に対する治療なんてなかったが、……他に比べたら私に親切だった。両親が仕事で忙しく私に構えない時、夕食に招待してくれたこともある。けど、コンラッドとは会わせないようにしていたし、息子がいるなんて知らなかった。きっと、警戒していたんだろうね。コンラッドがドリスの息子だと知ったのは……、悪戯の後だった。満月の日の悪戯に私が関与していると知り、ドリスは怒った。二度と私達家族と関わらないと言われたよ」
「そんな……あの優しいドリスさんが……」
信じられないとハリーは胃が刺激されて痛む。
「いいんだ、ハリー。当然のことだ。私は調子に乗りすぎていた。思い知らされたよ。人の信頼を裏切った報いを受けたんだ。それでも、私という人間は変われなかったがね」
「ルーピン先生は素晴らしい人です! クローディアだって、授業が好きだって言ったじゃないですか!」
クローディアの名を口にし、ハリーは羞恥心に襲われた。自分の父親の親友が殺されかけたと知り、彼女はシリウスに怒り狂った。ドリスも同じか、あるいはそれ以上の気持ちだったのだろう。
そして、スネイプがあの晩『透明マント』を脱いででも、ルーピンの話を遮ったのはドリスの名を明かさせない為だったのだ。
「僕、スネイプに父さんの仕掛けた悪戯で死にかけたって聞かされたのに、おおげさだなって思いました。ルーピン先生から説明されたのに、ちょっとしたからかう程度としか感じていませんでした。僕、すごく恥ずかしいです」
惨めな気持ちになり、ハリーは俯く。ルーピンは慰めるように背を撫でてくれた。
「恥ずかしいのは、私達だ。君は、それを学んでくれた。誇りに思うよ、ハリー。きっとジェームズも私と同じ気持ちだ」
「……はい」
ほとんど反射的に答えた。そして、気付く。父・ジェームズはスネイプの命の他に、ルーピンの心さえも助けていたのだ。つまり、シリウスはそのふたつを奪いかけた。
それをただの悪戯と受け止めていた自分をもう一度、恥じた。
☈☈☈
同じ時間、クローディアもハグリッドの家を訪れる。ルーナから購入した【ザ・クィブラー】を机に広げ、例の記事のページを開いた。
【ベンジャミンが所属していた楽団の構成員のマグル・ヴァルター=ブッシュマン氏(83)から、当時の話を聞くことに成功した。
「彼は突然、2・3日練習に出られないと連絡して来ました。理由を聞いたら、弟に会うとしか言ってくれませんでした。彼に弟がいるなど露知らず、正直、戸惑いました。何か事情があると思い、私は聞けませんでした。しかし、今考えると聞いておけば良かったと思います。結局、彼は戻りませんでした。警察にも弟の話はしましたが無視されました。私は今でも、ベンジャミンが自殺したなどと思っていません。きっと、殺されたのです」
ヴァルター=ブッシュマン氏は悲しみの涙を見せ訴えてきた。ベンジャミンの死の真相が明かれるのを祈るばかりだ】
読み終えたハグリッドは苦しげに眉を寄せる。
「ハグリッド、この記事のことは本当さ? お祖母ちゃんに聞く前に教えて欲しいさ」
詰め寄るクローディアに対し、ハグリッドは困ったように息を吐く。
「クローディア。前にも言ったが、俺はベンジャミンと面識がねえ。あのパンフレットを見せて貰うまで、本当に顔も覚えておらんかった。俺にわかるのはボニフェースの親父さんは確かにベンジャミンの悲報を聞いて倒れた。だが、お袋さんが亡くなったのは最近だ。おめえさんの入学より……1年くらい前だ」
本当に最近のことだ。一目、会ってみたかったとクローディアは悔やんだ。そして、胸中で名も知らぬ曾祖母への冥福を祈る。
「クローディア、その……出来ればでいいんだが、ドリスが自分から話したくなるまで待ってやってくれねえか? 俺はドリスには考えがあると思っちょる。必ず教えるべき時になれば話してくれるはずだ」
クローディアはこれまで、ずっとそれで通してきた。それは知りたくない情報から逃げる為の方便にすぎなかった。騒がしい胸中と違い、脳髄は冷静だ。聞きだそうとしても、はぐらかされるだろう。それどころか、固く口を閉ざして語らなくなるかもしれない。ならば、待つべきだと判断した。
「わかったさ、お祖母ちゃんがその気になるのを待つさ」
ハグリッドは安堵の息を吐く。
「最後にひとつ、アズカバンに行った時、クィレル先生に会ったさ?」
怯えたようにハグリッドの身体が痙攣した。しかし、動揺ではない。クィレルの件をクローディアが聞いたことを知っているのだ。
「残念だが……房が遠くて会えんかった」
躊躇う口調が洩らした返事を聞き、クローディアは素っ気なく頷くのみである。
城に帰れば、玄関ホールにハーマイオニーがいた。クルックシャンクスを抱き上げ、足元にはベッロがいる。
「おはようさ、ハーマイオニー。ちょっとハグリッドと話してたさ」
「そうなの? ベッロがクルックシャンクスを呼びに来たから、何事かと思ったわ」
安心したハーマイオニーはクローディアと腕を組んで歩く。
「私、お父さんのことで悩むのはやめにしたさ。スネイプ先生がなんと言おうと、私のお父さんはコンラッド=クロックフォードだって、自信を持てるさ」
今日の天気が快晴を喜ぶような口調で、クローディアはハーマイオニーに報せた。緩やかな笑みと共に彼女の瞳に安堵の涙が浮かぶ。
「良かった」
それはクローディアの言葉でもあった。コンラッドとの関係でハーマイオニーには随分と心配をかけてきた。彼女が苦しむことはもうない。
ああ、本当に今日は快晴である。
荷物を纏めた生徒が、汽車に乗り込む時間を待つのみ。
クローディアもベッロを虫籠に閉じ込め、アルバムも荷物に詰め込んだ。ただひとつ、木箱だけが手に余った。
木箱を手にしたまま、地下教室を訪れる。教室の扉は硬く閉ざされていた。スネイプ個人の研究室も同様だ。ノックをしても返事はない。だが、部屋の中に人の気配を感じる。ため息をつき、クローディアは木箱を研究室の前に置く。
「これはクィレル先生に渡したものです。代わりに受け取ってくれていたスネイプ先生が捨ててください」
扉に向かって頭を下げ、クローディアは地下を後にした。
走り出した汽車。
コンパートメントを独占したクローディア、ハリー、ロンにハーマイオニーは『マグル学』をやめたことを告げた。
『逆転時計』での授業を掛け持ちは神経をすり減らす。それにハーマイオニーは耐えられなくなった。
「『占い学』と『マグル学』を落とせば、通常の時間割に戻れるわ。それにね『数占い』もレイブンクローとの合同以外でも、別の時間で受けていたの。そうしないと範囲が間に合わなくて。マクゴナガル先生から、同じ時間は二度までって決められてたしね」
そこまでして、全てを学ぼうとしたハーマイオニーが凄い。
「じゃあ『逆転時計』はマクゴナガル先生に返したさ」
「ええ、今朝ね。あれは魔法省に返却されるわ」
持っていたとしても、使い道に困る代物だ。正直、タイムマシンより使い勝手が悪いと思う。それだけ、時の流れは魔法界でも左右出来ない因果の積み重ねなのだろう。
トレローニーの『予言』やフィレンツェ達の惑星の読みは、不確かな未来を知りたいと願う人々の為に存在しているのかもしれない。
「ハーマイオニー、次に同じようなことがあったら、せめて相談ぐらいしてくれよ。僕らだって力になれるんだから」
不貞腐れたようにロンは頬を膨らませる。
「誰にも言わないって約束してたんだもの。……まあ、そうね。次があったら、相談ぐらいはするわ」
最大の譲歩だとハーマイオニーはロンに言い返す。その後、2人はお互いの顔をみて、くすりと笑う。
途端、窓にフクロウが体当たりしてきた。しかも、小鳥のように小さい。
何事かとハリーが窓を開き、フクロウを招き入れる。フクロウが携えていた手紙は、シリウスからのハリー宛だ。驚きながら喜び、早速開封する。
【ハリー、元気かね?
ようやく、君に手紙を出す許可が下りたんだ。君がおじさんやおばさんのところに着く前にこの手紙が届きますよう。おじさん達がフクロウ便になれているかどうかわからないしね】
『ファイアボルト』を贈ったのはシリウスであることが明かされ、名付け親として『ホグズミード村』への許可証を同封していた。
小さなフクロウは鼠の代わりとしてロンに与えられた。
「わ~い、僕にもフクロウが来たぞ! やった! 僕もシリウスにお礼の手紙出すよ!」
はしゃいだロンは小さなフクロウを優しく撫でた。
最後の文章をハリーは読み上げる。
【君の友人クローディアが無事に回復したことをダンブルドアから知らされたよ。クローディアは嫌がるかもしれないが、心配だった。元気になってくれて本当に良かった】
クローディアは聞かなかった素振りで、ハーマイオニーに微笑む。
「ブラックが箒を贈ったのは間違いじゃなかったさ」
「本当ね」
話し込むクローディアとハーマイオニーを余所に、ハリーは何度も手紙を読み返した。
ロンはしばらく小さなフクロウを楽しんでいたが、急に思い出す。
「ハリー! 今年の夏はクィディッチのワールド・カップなんだ! パパが君の分も用意してくれるよ! うちに泊って、一緒に行こうぜ!」
手紙に釘付けだったハリーは、ようやく顔を上げた。
「ドリスさんから、そのことで手紙が来てたよ。席の都合で僕たちとは一緒に行けないんだって」
「ワールド・カップ?」
まさかクィディッチにオリンピックがあるなど、知らなかった。しかも、それが今年の夏など尚更だ。
「私はお祖母ちゃんから何も聞いて……。あ、お父さんが夏に用を入れるなってさ……。もしかして……」
クローディアが呟き終えた頃、キングズ・クロス駅に到着した。
オリバーとマーカスが最後の睨み合いをしながら、汽車を降りていく。あの2人は仲が悪かったが、それでも宿敵としてお互いを認めていたことだろう。
我先にと降りていく生徒を分けながら、クローディアも降りる。その後ろからジョージが引っ付くように降りてきた。
「ワールド・カップ。君も行くだろ? お袋の手紙じゃ、席の都合が悪いらしくて、君の家族まで誘えないらしんだ。でも、良かったら君だけでも」
「クローディアは僕達とワールド・カップを見に行くことになってる」
ジョージが言い終える前にロジャーが割り込む。胡散臭そうに彼は眉を寄せる。
「嘘じゃない。僕の母とクローディアの祖母が君の母より先に約束していたんだ」
断言するロジャーにクローディアは驚いた。
「それは……初耳さ」
「だから、どうしたってんだ? クローディアがおまえと約束したわけじゃないだろ?」
剣呑なジョージをロジャーは平然と笑う。
「君が決めることじゃないぞ。じゃあな、クローディア。手紙書くよ」
クローディアの手を取り、ロジャーは甲に唇を落とす。唇の感触に驚きと焦燥が脳内で競争した。シーサーに呼ばれ、彼はウィンクして家族の元へと行ってしまった。
「断れよ。馬鹿」
不機嫌に吐き捨てジョージはクローディアの頭を小突く。地味に痛い。仕返しに彼女の拳は、彼の腹を抉った。
人ごみを掻き分け、ハリーがクローディアの肩を掴む。その手にはシリウスからの手紙が握り締められていた。
「クローディア、また電話してね」
「勿論さ、ハリー」
親指を立てるクローディアに、上機嫌な笑みでハリーは頷く。
腹を押さえ込んで座り込むジョージが異様に目立つ。少し反省したクローディアは、彼に肩を貸し、アーサーとモリーの元まで引きずる。夫妻は息子を不思議そうに見つめた。
人混みの中にハリーとドリスが握手を交わしているのが見えた。トトも待ち構えている。
ドリスはクローディアを見た途端、目に涙を浮かべた。折れんばかりに彼女を抱きしめる。
「ああ、良かった。本当に! ホグズミードの郵便局から、速達フクロウ便が届いた時は、もう駄目かと思ったわ!」
「速達フクロウ便さ? カサブランカが届けたんじゃないさ?」
「カサブランカがその村の郵便局を利用したんじゃよ。どうも局員と揉めたらしくてな。いろんな請求書がこっちへきたわい。カサブランカも焦っておったんじゃろうて」
段々と首が息苦しい。それでも、クローディアはドリスを全身で受け止める。
「もうよさんか、周りがみておる」
トトがドリスを諌めて引き離す。解放されたクローディアは、空気を求めて深呼吸した。
〔それで、どうするか決めたかの?〕
唐突だが、クローディアには察しがつく。迷いなく、即答した。
〔ホグワーツに残るさ。誰かの為じゃないさ。私がそうしたいから、やるだけさ〕
〔そうか、そうれなら良いんじゃ〕
少し残念そうにトトは、苦笑を返す。
トトの顔を見て、クローディアは質問を思いつく。今こそ、はっきりさせたて置きたい衝動に駆られた。
〔お祖父ちゃん、以前話した魔女のことをひとつだけ聞きたいさ〕
名を伏せたが、トトは誰のことか検討が付いている。彼は露骨に嫌そうな顔で、質問を受け付けた。怯むことなく、クローディアは臨んだ。
〔その魔女は私のお祖母ちゃんだったりするさ? つまり、お母さん側の……〕
瞬間にも満たぬ刹那、トトの目が悲しげに潤んだ。だが、すぐに消えたので気のせいかもしれない。もしくは、悲しみ以外の感情が潤ませたとも取れる。
〔いいや、ワシが勝手に恋い焦がれた女性じゃよ。あの人はワシのことは友達とも思っていなかったじゃろうて。遠い昔のことじゃよ〕
懐かしさも惜しみもなく、トトは普段の口調のままだ。
〔それだけ、わかれば十分さ。もうこの話はしないさ〕
ボニフェースがマートルを愛したように、トトもアイリーン=プリンスに恋心を抱いていた。それ以上、知る必要はない。
そう、結論付けた。
☈☈☈
誰も自分を探しに来ない。誰もここを訪れない。
傍にいるのは、一匹の蛇だけだ。
朽ちかけ、命尽きるのは時間の問題。否、生死の判断も出来ぬ程に脆弱となるのだ。
分霊箱が新たな肉体を得て、自分を迎えに来るなど望み薄すぎる。よしんば、蘇っても自己を失っている可能性もある。『亡者』や『吸魂鬼』のようにだ。
せめて『賢者の石』を手に入れていれば、ここまで疲弊はしなかったといえる。
小僧を守護する力、あれを見くびりすぎていた。それ故、2度も滅ばされかけた。
〝あんたに比べたら、アルマジロのほうがまだマシだ!〟
あの小娘さえいなければ『石』は目の前だった。あの小娘さえ、あの小娘さえ、あの小娘さえ、あの小娘さえ、あの小娘さえ、あの小娘さえ、あの小娘さえ、あの小娘さえいなければ!!!
「ご主人様!」
声がする。遂に幻聴が聞こえ始めたと落胆した。
[人間が来る]
ナギニが教えた。
信じられず、必死に視界を広げる。
「ご主人様!! ああ! やはり、このようなところに!?」
そいつは視界に現れた。
幻覚かと目を見張る。そいつが生きているはずがない。肉体を差し出しただけでなく、一角獣の血の呪いに身を蝕まれていた。その男が地面に身を伏せ、最高の幸福を見つけ出したように涙する。
「クィリナス……か?」
呼ばれた男は更に破顔した。
「はい、ご主人様。私です。貴方様の下僕です。ここまで来るのに、時間がかかってしまいました。申し訳ありません。ああ、再びこのような御姿になって……」
愛する人の病を悼むようにクィリナスは嘆き、魔法で柔らかい毛布を用意した。生まれたばかりの新生児を扱うように慎重な手つきで抱き上げた。
クィリナスは森近くの民宿に部屋を取り、寝台へ優しく横にさせた。
「また、私の御身体をお使いになられますか?」
駄目だ。クィリナスの身体は一度、憑依ついた。如何にして無事だったかはわからぬが、二度は危険すぎる。
「クィリナス、よくぞ、戻った。ヴォルデモート卿はおまえを称賛する」
「……身に余る光栄にございます……」
神から直々に神託を受けた信者のように、クィリナスは跪く。だが、その瞳は恍惚に歪んでいる。穢れを知らぬ信者の皮を被りながら、その本質は快楽を貪る獣と同じだ。
――最高の配下が馳せ参じた!!
閲覧ありがとうございました。
学期末の寮杯はレイブンクローです。成績も上位に食い込み、一年間の成果が出ました。
クィレルの改心を期待していた方へ、すみません。改心していませんでした。
次回から、炎のゴブレット編です。
よろしくお願いします。