こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。

追記:18年1月7日、誤字報告により修正しました。


22.伝えられること

 死は痛み、安らぎなどない。

 まさに死ぬほど痛かった。この痛みは、きっとあの時のXXの痛みそのものだ。

 閉じた蓋が開き、私に教える。

 己の所業、目を逸らすことなかれ。

 

 視界が暗いのは、瞼を閉じているからだ。

 開けば、見慣れた医務室の天井。明るい光加減が昼間を教える。

 大体の状況を確認し、クローディアは勢いをつけて起き上がろうとした。全身が鉛のように重く脳髄が呆けている感覚だ。

 頭を抱える手が自然と首筋をなぞる。

 そして、脳裏に甦ったのは意識をなくす前の出来事。満月、人狼の本能を押さえ切れなかったルーピンに噛まれた。

 背筋を襲う寒気、手が痙攣する。

「ハーマイオニー?」

 思わず口にし、他の寝台を見るが誰もいない。

「ああ、ようやく起きられたのですね」

 マダム・ポンフリーがクローディアの額に手をあて、診る。

「マダム・ポンフリー、ハーマイオニーは?」

「3日前に退院しました。でも、まだ面会できません。マグル式の癒術ですから、より慎重に検査しませんと」

 不機嫌なマダム・ポンフリーに、無理やり横にされ、布団を被せられる。

「マグル式……癒術って、医術のことですか? マダム・ポンフリーが?」

「いいえ。不本意ですが、あなたのお祖父さまの手をお借りしたんです。ずっと見ていましたが……うう! マグルがあのように治療しているのかと思うと……信じられません。よりにもよって刃物で身体を傷つけて、縫うだなんて!」

 マグルでは当たり前の医療行為、マダム・ポンフリーは怯えている。クローディアは困惑しつつ、首筋をもう一度触る。縫われた痕がわからない。

「ご安心なさい。傷ひとつなく治っています」

「ハーマイオニーに会いたいです」

 開いた口から、自然と漏れる。マダム・ポンフリーは却下した。

 クローディアは天井を見つめたまま、瞼を閉じる。暗闇に浮かぶ顔があった。

「ルーピン先生に会いたいです」

 マダム・ポンフリーは動揺し、目を見開く。クローディアの額に触れ「少しお待ちなさい」と告げてから、いそいそと廊下へ飛び出した。足音が去れば、代わりに入ってくる気配がある。

「クローディア、起きたのね」

 『透明マント』を脱いだハーマイオニーが安心して、抱きついた。

 クローディアもハーマイオニーの背に手を回し、この感触が嘘でないことを確かめる。ロンが扉で周囲を警戒し、ハリーは『忍びの地図』を見張っている。

「無事でよかったさ」

「私もよ……。お祖父さま達が救ってくださった」

 抱きしめたままクローディアはバツが悪そうに口元を曲げる。

「それがよくわかんないさ、なんでうちのお祖父ちゃんさ?」

「マダム・ポンフリーの手に負えなかったのよ。それで校長先生が呼んでくださった。本当に危なかった……、本当に……。血が全然足りなくて……あなたのお父様が輸血したわ。それで助かったようなモノだって……」

 色々と驚くが、黙ってハーマイオニーの話を聞き続ける。

「お父様はペティグリューを捕まえて、城に戻ってきたの。校長先生は全ての事情を魔法省に話したわ。ペティグリューは吸魂鬼とアズカバンに送られたわ! シリウスは……無罪放免とは行かなった。『太った婦人』を襲ったし、ロンにナイフを向けたし、あなたは怪我をしたから……しばらくは『闇払い』の監視下で保護観察になるそうよ」

 一気に話し終えたハーマイオニーは息苦しさで深呼吸する。

 『闇払い(オーラー)』、『闇の魔法使い捕獲人』。『魔法警察庁』以上に闇の魔法使いへの逮捕・捜査権限を持つ。それは『魔法警察庁』の手に余る事態が起きた場合によるからだ。今回のシリウス捜索に彼らが表立って動かなかったのは吸魂鬼が積極的な捜査をしていたためだろう。それでも奴らよりは慈悲深い。

「つまりは、めでたしめでたしってさ?」

 締めくくったクローディアは複雑な気持ちだった。己が確かな殺意を抱いたとはいえ、シリウスはハリーの名付け親だ。それが保護観察など、まるで仮出訴の重罪人扱い。

 当然の報いと嘲笑する自分にクローディアは胸中で舌打ちした。

「お祖父ちゃんとお父さんは? まだ学校さ?」

「シリウスを『闇払い』に引き渡す手続するために帰られたわ。昨日のことよ」

「ハーマイオニー、先生達が戻るぞ!」

 ハリーとロンがハーマイオニーに『透明マント』を被せ、気配を遠ざけていく。

 ルーピンを伴ったマダム・ポンフリーが現れた。

 最後に記憶した瞬間もあってか、ルーピンを目にした途端、クローディアの身体が反射的にビクンッと跳ねた。その反応の意味を察し、彼は一歩手前で足を止める。

「15分だけ、面会を許します」

 躊躇いながらマダム・ポンフリーは席を外した。

 2人だけになり、ルーピンは隣の寝台に腰をかけ居心地悪そうに唇を動かしている。クローディアは上体を起こし、彼と向き合う姿勢を取る。

「おはようございます、ルーピン先生。私、もう起き上がれます。傷ひとつありません」

「でも、私が恐いはずだ。手が震えている」

 指摘通りクローディアは微かに震えている。それを隠さず、ルーピンに震えを見せ付けた。

「恐かったです。これは恐怖による震えです。でも、ルーピン先生も私が恐いでしょう?」

 的を射た発言。ルーピンは眉を寄せて小さく頷く。

「だから、おアイコです」

「いいや、違う」

 両手を膝に置き、ルーピンは真摯にそれでいて強い姿勢で否定した。

「君は恵まれていたにすぎない。君の家族が適切な処置をしてくれたお陰だ。しかし、他の生徒だったら間違いなく死んでいた」

「わかりますよ。襲った相手が目の前にいることが、どれだけ恐ろしくて、辛いか……わかります」

 一度目を伏せ、両手を膝に添えてルーピンと目を合わせる。

「私は人を殺しました」

 笑みはなく、それでも力強い口調のままクローディアは言葉を紡ぐ。

「その人は近所に住むオバサンです。名前は知りません。オバサンは私が嫌いで憎んでいました。私が外国人の子だからです。オバサンは外国人が嫌いなんです。勿論、父も嫌いです。私と父は皆の知らないところで、オバサンから嫌がらせされていました。階段から突き飛ばされて怪我をするなんて頻繁でした。父なんて、包丁で切り付けられたこともあります。そんなオバサンが嫌いでした。死んでしまえばいいと何度も思いました」

 嘲笑のあまり、口元が歪む。それでも目線だけはルーピンから外さない。

「6歳になる前でした。私は友達の家から、帰り道に川原を通るんですが……。オバサンが岸辺に座って眠っていました。オバサンの鞄から薬が零れて落ちていました。心臓が悪いのでその薬です。私はその薬を川に投げました。オバサンは気が付かず、寝ていました。私は逃げました。家まで必死に逃げました。ただの悪戯のつもりでした。少しくらい、苦しませてやりたかったんです。その晩、普段の時間になってもオバサンは帰ってきませんでした。大人達が探しに行きました。そして、川原で発見されたとき、事切れていたそうです。どうして薬が川に落ちていたのか……、大人達は不思議がっていました。私のせいです。時々、オバサンは実は生きていて、また私の前に現れるんじゃないかと思うと、すごく恐いです」

 自然と口元が緩み、笑みが出来る。

「真似妖怪が見せたのはそのオバサンです。私が恐れるのは死者の復活というわけです」

 罪状の告白を終えたクローディアから、顔を背けたルーピンは項垂れる。幼い頃とはいえ、人を殺した事実に流石のルーピンも衝撃を受けたのだと解釈した。

「……クローディア。残念だが、その見解には間違いがある」

 普段の口調のルーピンは顔を上げると淋しそうに眉を寄せ、笑顔を取り繕っている。

 予想外の反応だ。

 笑みを崩さず、ルーピンは触れるか触れないかの距離に座る。

「君が恐れているのは、死そのものだ。誰にも死んで欲しくない。故に死を恐れている。君が言ったオバサンは、死の象徴なんだよ。君はあの授業で、魔法を使えなかった。いや、使わなかったんだ。誰かの死を笑いに変えられない。それが君の本心だ」

 ルーピンの手が肩を抱く。暖かく、優しく安心させる重みがクローディアの全身に伝わってくる。

 そんな優しさを受ける資格はない。

「父は……、私のしたことに気付きました。理由を聞かれて、私は咄嗟に父の為だと…言いました。ええ、父の為だと私自身も思いたかった。だって、父が一番傷つけられていましたから。……それを聞いて、父は私を……」

〝MURDER〟

 思い返す記憶のコンラッドが侮蔑と軽蔑の視線を向けた。

 まだ知らない言葉だった。幼かったクローディアが成長し、その言葉を理解した。恐怖からコンラッドとの間に溝を作り上げた。その頃から他人に深く介入や追求をしないと決めた。

 他人の為ではない、己の心を守らんが為の防衛手段。

 悪寒が全身を駆け、クローディアは痙攣する。ルーピンの手に力が籠もると痙攣が治まった。

「私のただの憶測に過ぎないが……、コンラッドは君に死が如何に重いのか、理解してもらいたかったんじゃないかな?」

「死の重さを……ですか?」

 確認の為に問い返す。

「私はそう思うよ。本当に勝手な憶測だけどね」

 穏やかな口調が脳髄に浸透し、クローディアは瞼を閉じる。閉じた瞬間、ルーピンの胸元に頭を寄せた。逞しく頼りがいのある広い胸板は、少し硬い。

「ルーピン先生、私……父は父親として振舞ってくれないと思ってました……。抱っこ、おんぶもしてくれない。父のすべきことは祖父がやってきました。……でも、それは私の思い違いだったんです。スネイプ先生のおかげで、思い出が甦りました。その思い出の父は確かに父親なんです」

 最早、コンラッドとの血筋などクローディアには関係ない。彼が己の父である証拠など、共に過ごした歳月のみで事足りるのだ。

 ルーピンの胸板に体重を預けたクローディアは素直にそう思いつける。

「君は本当にお父さんの子だね」

 頭上に降り注ぐルーピンの声と共にぎこちない手つきが、クローディアの頭を撫でた。

 

 午後になり、クローディアは退院した。

 退院を待ちわびたハーマイオニー、ハリー、ロンと4人で校庭に向かう。遠めに『暴れ柳』を見ながら『逆転時計』と『守護霊の呪文』の話をした。時間を遡る魔法に、クローディアは大きく興味を注がれた。

 そして、ハーマイオニーの時間割にも納得した。

「それを使えば、幕末の頃とか体験できるさ」

「クローディア、歴史体験は無理よ。その時代から、帰ってこれないんだから」

 ガッカリしたクローディアは如何にタイムマシンの性能が優れているか理解した。

「でも、ホグワーツが出来る頃って見てみたいよな?」

「僕はもうこりごりだよ。あれは、すごく神経使う」

 冗談を口にしあい、4人は笑いあう。

 ひとしきり笑った後、ハリーはクローディアを見つめる。

「ねえ、クローディア。君に聞きたいことがあるんだ。君は僕らと会う前に、シリウスのような悪戯を誰かに仕掛けたことあるの?」

 場の空気が凍りついた。ロンは気にしてはいたが、聞くつもりは毛頭なかった。ハーマイオニーは責めるような目つきで、ハリーを睨んだ。

「ある」

 クローディアは毅然とハリーを見返した。一度、目を伏せた彼は小さく頷く。

「うん、わかった。ありがとう。ごめんね。二度とこの話はしないよ」

 意外な返答にクローディアは拍子抜けだ。だが、あの告白をもう一度せずともよいという安心も生まれた。

「もうひとつあるんだけど……」

「ハリー、女の子になんでもかんでも聞くもんじゃないわ」

 厳しい口調でハーマイオイーがハリーの言葉を遮った。嫌な汗を掻いた彼はわざとらしく咳払いする。

「また今度にするよ」

 クローディアは苦笑した。

「聞きたいことか……」

 思い付くのは城の何処かにある校長室。

「ポッター、校長室って何処さ?」

「……どうして、校長先生に会うの?」

 ハリーを見ず、クローディアは答える。

「クィレル先生のことを聞きたいさ。あの人はアズカバンにいたさ。手紙も届いていなかったさ。あの返事は……違う人が書いたさ」

 淡々と語るクローディアに、ロンは電撃を走らせる。

「そんな……クィレル先生が……」

 ハーマイオニーは衝撃で泣き出しそうになる。

 それなりに衝撃を受けたハリーはクローディアと同じ方向を見上げる。そして、彼女の手を引いて案内した。

 廊下の天井まで届く勢いを持つガーゴイル像に連れて来られた。この像に何か仕掛けがあるのかと、クローディアはハリーに視線で問いかける。

「この像に合言葉を言えば、通してもらえるんだ。僕のときはレモン・キャンディーだったけど」

 躊躇いながらハリーは「レモン・キャンディー」と呼びかけた。

 やはり、像は動かない。

「他のお菓子の名前かしら?」

 ハーマイオニーとロンも適当に菓子類の名前をあげるが、ガーゴイル像の反応はない。

「ダメだ。誰か先生を呼んで来よう」

 ハリーが嘆息したとき、クローディアは不意に思い付く。

〔チチンプイプイ〕

 

 ――ガコンッ。

 

 ガーゴイル像は音を立てて回転し、目の前に螺旋階段が現れた。これにハーマイオニーは歓声し、ロンは感心した。ハリーはクローディアの肩を叩き、喜んだ。

(開いちゃったさ……)

 日本お決まりの魔法の言葉。

 構わず、ハーマイオニーは無邪気に問いかけてきた。

「いまの日本語? なんて言ったの?」

 恥ずかしくて絶対、言えない。

「僕らは、ここで待ってようか?」

 ロンがクローディアの背を押し、石の螺旋階段に踏み入らせた。途端に螺旋階段は再び動き出した。彼女は狼狽し、ハリーが簡単に叫ぶ。

「階段が止まったら、そのまま部屋だからね」

 振り返ったときには、ハリー達の姿は見えなくなっていた。

 

 螺旋階段が動きを止めた先、古めかしくも繊細な拵えの扉がある。クローディアが扉のノブに触れる前に勝手に開く。

 曲線の美しい円形の部屋。均衡を保つ間合いで置かれた古風な家具、初めて目にする調度品は室内の神秘さを際立たせている。飾られた写真や肖像画は、おそらく歴代校長に違いない。

 生徒の来客に微笑む者もいれば怪訝そうにする者もいた。

 校長室よりも、学者の部屋と呼ぶべきだ。

 純粋な興味が湧き、クローディアは室内を見渡す。扉の脇には金の止まり木が設置されている。しかも、その木には真紅と金色の翼を持った鳥がいた。鷲よりも確実に大きい鳥が以前、ハリーが話してくれた不死鳥のフォークスだと推測する。

 フォークスはクローディアをじっと見つめ、高くもない鳴き声を出す。猫のように人懐っこいが雉の声にも近い。

 クローディアの背後へ近寄る気配に気づき、振り返る。

 両手を後ろに組み、まるで孫が到着したように親しげな笑みを向けるダンブルドアだ。

「トトの予想では一週間は寝込むと判断しておった。君はいつも良い方向に意外じゃ」

 天気の話をするような口調は信頼を意味している。

「はい、この通りです」

 微笑み返したクローディアは自然とお辞儀する。躊躇わず、それでも悲痛な声で問いかけた。

「校長先生、お聞きしたことがあります。クィレル先生のことについてです」

 眉ひとつ動かさず、ダンブルドアは杖を振るい、円形の椅子を2つ用意した。クローディアに椅子を勧める。彼と椅子を交互に見つめ、彼女は椅子に腰掛けた。

 ダンブルドアが座ると無礼を承知で口を開く。

「何故? クィレル先生はアズカバンに行ってしまったのですか?」

「クィレル先生たっての頼みじゃ。彼は自分を罪人と呼んでおった。その罪を贖うべきだとものお。ヴォルデモートとの関わりを白状する代わりに、君へ寮点を与えたいと提案された時、わしはクィレル先生に罪はないと考えたが……彼はそうではなかった」

 蒼い瞳に淋しさが窺えた。おそらく、ダンブルドアはクィレルを説得し切れなかったのだろう。

「まだクィレル先生はアズカバンにいるのですか?」

「もうおらんよ。先日、わしが出所届けを出した。最初の試験の日にな。そして、試験の最後の日にクィレル先生はアズカバンを去ったと報告があった」

 それを聞き、クローディアの表情が明るくなる。クィレルはアズカバンから解放された。近いうちに再会できるという期待をもてる。

 突然、ダンブルドアは椅子から立ち上がり、窓の外を見る。

「いずれわかるじゃろうから、話しておこう」

 深刻な口調と雰囲気に、クローディアも椅子から立ち上がる。

「出所した際はクィレル先生にここへ来るように手紙を書いていた。しかし、今日まで彼は来なかった。今日も彼にフクロウ便を送ったが、何故か手紙が届かん」

 不穏な予感。

「クィレル先生の身に何が……」

 脳裏に、トレローニーの予言が浮かび上がる。

「鎖から解き放たれた召使は、……主人のもとに馳せ参じる……」

「ハリーから聞いたのじゃな? じゃが、それだと辻褄があわんの」

 突然、世間話のような口調に変わるダンブルドア、クローディアは何処を驚けばいいのかわからない。偉大な魔法使いは自分とは器が違いすぎるのだ。

 だが、指摘通り辻褄が合わない。クィレルは2年間アズカバンにいた。12年も鼠をやっていたペティグリューとは違う。

 そのペティグリューもアズカバンだ。あの予言は彼を指していた。

 突然、フィレンツェの警告を思い返す。

〝惑星の輝きを変えても、惑星の秘密は変わらない〟

 あれは予言の一部を変えても、予言そのものは変わらないという意味に捉えられる。

「もしかしたら、元は……ペティグリューを指していたのかもしれません。でも、あの夜……それがクィレル先生に変わってしまったのでは?」

「おもしろい思い付きじゃ」

 優しく返すダンブルドアは全く気にした様子はない。反対にクローディアは焦燥に心臓が暴れだす。息苦しくなり、部屋を出ようと背を向ける。

「クローディア。仮にクィレル先生がヴォルデモートの下へ行ったとしても、それは君が追うべきことではない。よいな? 間違っても、探そうとするでない」

 深刻ながらも穏やかさが含まれる。

 ダンブルドアの言葉でクローディアは息苦しさが楽になる。更に焦燥を落ち着かせるため、拳を握り深呼吸する。勝手に口が質問を喋る。

「校長先生は、クィレル先生がヴォルデモートの復活に手を貸すとお考えですか?」

 校長の口から、否定が欲しい。例え、この場の慰みでも構わない。

「それは、わしらで計れることではない」

「では! 何故……、出所させたのですか? ……クィレル先生が……ヴォルデモートなどに二度と与しないと判断したからではないのですか!?」

 懇願するようにダンブルドアを責め立てる。そうしてから、気付く。彼は手紙の件を知っていた。それなのにクィレルについて詰問しても動揺しない。

 つまり、クローディアが真実を知ったと察した…あるいは、スネイプが報告した。

 ダンブルドアはクローディアの心情を汲み取ろうとしたかもしれない。

「まさか、私に……会わせる為に、クィレル先生を出したのですか?」

 初めてダンブルドアは目を伏せる。その仕草だけで十分、理解した。

 眩暈に襲われ、無意識に頭を押さえる。

 脳裏に浮かぶクィレルの顔はボガートが見せた偽物だ。その姿を二度と恐れることはない。寧ろ、闘うべき相手として迎え討つ覚悟が湧き起こる。思えば、ハリーとヴォルデモートの因縁をゲームプレイヤーのような感覚で眺めていた。

 所詮は他人事である……と。

 ハーマイオニー……、否、ハリーに協力すると決めた時から、その覚悟を決めるべきだったのだ。

「校長先生。去年の夏、祖父に『闇の魔術』とは何かについて、論議しました。私はヴォルデモートのように人を陥れるモノと答えました」

「いまは、違うのかね?」

 確認してくるダンブルドアをクローディアは振り返り、頷く。

「私の答えは悪意そのものです。『闇の魔術』を使う人はいます。恐れる人も軽蔑する人も、その他の全ての人も、悪意に満ちています。幼稚でしょうが、これ以上の答えはありません」

 まさにフランケンシュタイン。

 名も無き怪物を生み出した男、自らを嘆いた怪物、その怪物の醜さを恐れ迫害した人々は同じ悪意の中にいたのだ。クローディアもその悪意へ飛び込むだろう。遠巻きに眺めていても、怪物に優しくすることは出来ない。

「私は、私のやり方でクィレル先生と決着をつけます。探しには行きません。ヴォルデモートが復活するならば、クィレル先生は必ずハリーの前にあらわれるでしょうから」

 ダンブルドアは無反応である。その態度がクローディアの言葉を重く受け止めているのだと察することが出来た。

「校長先生。いま、私に話さなければならないことは、もうありませんか?」

 これに対してもダンブルドアは無言を貫いた。

 意味は悟れなかった。

 

☈☈☈

 校長室の前でクローディアを待つ。

 ハーマイオニー、ハリー、ロンは何とも言えない緊張感を味わう。ロンは特に落ち着きがなく、ガーゴイル像の前を右往左往した。

「クローディア、まさか校長先生を怒鳴ったりとかしてないよな?」

「そんなわけないでしょう。少しは落ち着きなさいよ、ロン」

 ハーマイオニーに注意され、ロンは罪悪感に襲われたように足を止める。

「僕はクィレルのことを知ってた。パパから聞いた。知ってて黙ってた」

 ハーマイオニーとハリーは少し驚いた表情をロンに向けた。

「僕は皆も知っているもんだと思ってた。だから、去年のバレンタインは驚いた。教えるべきかなって……思ったけど」

「いいえ、仮に私が知っていたとしても教えなかったと思うわ。だって、あまりにも残酷ですもの」

 ハーマイオニーは、悲痛に眉を寄せる。

「僕も……言えたかどうか、わからない……。きっと、言わなかったと思うよ」

 ハリーが慰めるようにロンの肩を叩く。励まされた彼は元気のない笑みを浮かべた。

 ガーゴイル像が動き出し、クローディアは戻って来た。彼女の様子を窺おうと、3人は観察する視線を向けた。怒り狂うことなく、また、悲観に暮れた様子もない。

「ハリー、今のうちに謝っておきたいことがあるさ」

 呼ばれたハリーは一瞬、自分が呼ばれていると気づかなかった。クローディアはこれまで、ハリーを「ポッター」と呼んでいたのだから、少々、戸惑う。

「ヴォルデモートが復活するなら、それは私の責任さ」

 『例のあの人』に名を聞いて、ロンは震えあがる。反対にハーマイオニーは驚く。

「クローディア、ちゃんと『例のあの人』の名前が言えるのね。もしかして、いままでわざと言い間違えていたの?」

「さあ? わからないさ」

 はぐらかしたクローディアは、彼らにクィレルの事を包み隠さず話す。

 予言にあったペティグリューの立ち位置がクィレルに挿げ変わる。つまり、近々ヴォルデモートは蘇ってしまう。これ程の絶望があろうはずもない。ハリーは見る見る真っ青になり、口元を手で覆った。

「待ってよ。あのトレローニーの言葉だもの。当てにならないわ」

 批判しながら、ハーマイオニーは焦りを誤魔化しきれずにいる。

「僕もハーマイオニーに同意見だな。だって、所詮は予言だもん。しかも、インチキの!」

 ロンは『例のあの人』が復活する可能性を否定しても、手足は怯えて震えている。

 口元を覆ったままハリーはクローディアを見る。彼女の表情から、クィレルに対する敵意を感じ取れた。

 以前、クィレルの話をしたときは朗らかな笑顔であった。それだけ傷ついている。

「君のせいじゃないよ」

 ハリーに言えるのは、これだけだ。

 意外そうにクローディアは目を丸くする。きっと、責められるのを覚悟していたのだろう。もしも、ペティグリューを逃がしていたならば、ハリーは奴に情けをかけたことを後悔していたに違いない。彼女も同じ気持ちなのだ。

「ありがとさ、ハリー」

 クローディアは笑顔を見せなかった。それでも、ハリーに対する感謝は十分伝わった。

 




閲覧ありがとうございました。
ボガートが見せていたのはクローディアの「死者の復活」か、ルーピンの「死そのもの」。どちらの解釈を好むのかは、あなた次第です。
次で最後になります。

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