こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。。
タイトルで内容がバレる危険。


16.本気の敗北

 土曜日は節分の日。クローディア宛に日本から大量の豆が送られた。

(鬼を祓うからってさ……、この量はないさ)

 この豆を吸魂鬼に当てればどうなるか、想像に難い。

 必勝祈願も込めて、クローディアは豆を選手全員に配る。

「うわあ、お豆なんて久しぶり♪」

 チョウが喜んで、年の数だけ頬張った。

 バーナードはフォークで豆を刺そうと必死だったので、ロジャーが素手で彼の口に放り込んでいた。テリーは豆の味がお気に召さず、牛乳と一緒に飲んでいた。

(ファイアボルトが相手さ)

 昨日、裁判の練習中にハーマイオニーが教えてくれた。ハリーは彼女に仲直りを求めてきたが、ロンは猛烈に反対した。

 ハリーの仲裁でロンは条件を付けた。クローディアとの縁を切るように要求してきたらしい。

〝私、ロンと口利かないわ。ロンが謝らないなら、ずっとね〟

 ベッロはスキャバーズを殺したい程、危険だと教えた。それは承知している。だからといって、ロンの鼠を大切に想う気持ちを蔑ろにし過ぎた。だが、どんなに説得しても、彼はベッロの意見を取り入れなかっただろう。

(どうしたもんさ……)

 豆を奥歯で砕きながら、クローディアは深く溜息をつく。豆を食べてから、コンラッドの特製弁当に手をつけた。カツ丼の上に海苔がふりかけられ、【打倒、ハリー=ポッター】という文字を綴っていた。ここまで来ると呪いだ。

 しかし、今日でレイブンクローの試合は終了する。こうして、父親の弁当を食べるのも最後だ。感慨深くなり、じっくりと味わって食した。

 大広間にハリーが大勢の生徒に護衛されながら現れると、皆も注目の的であった。それもそのはず、最高峰の箒が彼の手にあるのだ。一介の生徒が持つには、高級すぎる箒だ。

「マジかよ。あれは、本物の『ファイアボルト』?」

 エディーが食い入るように、ハリーの箒を見つめる。ザヴィアーは衝撃のあまり豆を口から溢した。セドリック達は、ハリーに祝福と声援を送った。スリザリンの選手は『ファイアボルト』の登場に吃驚仰天していた。

「先に更衣室に行って、作戦会議だ」

 興奮したロジャーが瞳を輝かせて、選手達を立たせた。

「おっしゃ、行くぜ!」

「打倒! 『ファイアボルト』!」

 バーナードとテリーが気合いを入れ、最後まで呆けていたザヴィアーの肩を叩く。エディーはさっさと廊下に走り出していた。

「行きましょう」

「ちょっと、お手洗い行くさ」

 チョウに断り、クローディアは別方向を目指す。

「頑張ってね」

 ハーマイオニーの声援が今だけ、クローディアには心苦しかった。

 勿論、お手洗いには行かず、バスケ部の部室と化した教室に足を運んだ。ここに来ると、精神集中が出来る。しかし、本日の試合は、あまりにも気が重い。寮の皆の期待に応え、負けたくない。でも、必死に吸魂鬼対策を練っていたハリーや傷心のロンを思えば、勝ちたくない。

 矛盾した想いがクローディアの内側で暴れ出した。神聖な試合に自分のような中途半端な考えを持つ選手は、不相応すぎる。それが段々、この学校そのものに相応しくない生徒ではないかと飛躍してしまった。

 そもそも、自分はバスケが好きではなかっただろうか?

 ハリーやロジャーのようにクィディッチに思い入れがあっただろうか?

 苦悩していく内に、身体がその場に蹲った。

「クローディア」

 降り注いだのは、優しい声だ。

「ジョージ」

 振り返れば、彼は慰めるようにクローディアに微笑んでいた。そんな笑みを向けられ、ごちゃごちゃになっていた悩みが馬鹿馬鹿しく思えた。

 クローディアはジョージに安心させられたと自覚する。傍にいるだけで、こんな気持ちにさせられる。不思議な男だと、自然に笑う。

「どうしたさ?」

 クローディアの頭上に顎を乗せたジョージが、口元を厭らしく曲げて口を開く。

「いいこと教えてあげようか? 君が選手に引き入れられた理由だよ」

 囁くようなジョージの声は、何処か無邪気な悪魔を連想させた。

「バーベッジ先生が、ディビーズと賭けをしたんだ。君が選手になれば、20点、寮に点数を与える。更に優勝すれば、50点。そういう、おいしい話なわけよ」

 絶句した。

 頭上の重みがなくなり、クローディアは目を見開いて彼を見た。この上なく、愉快げなジョージは舞台で踊る道化師のように溌剌としている。

「君の腕が欲しかったわけじゃない。点が欲しかっただけだよ。じゃあ、俺はオリバーと最後の打ち合わせがあるから、今日はお手柔らかに」

 指先を動かし手を振り、ジョージはクローディアに背を向けて行く。彼が去った扉を見つめ、誰もいない部室を見渡す。

 唇が震えて呟いた。

「許せない……」

 

☈☈☈

 ハリーが食事する中、ロンは『ファイアボルト』を見張る。はずだったが、パーシーに邪魔された。パーシーはハリーを選手に預け、ロンを寮席の隅に座らせる。厳格な態度で兄は弟に詰め寄った。

「この試合が終わったら、グレンジャーやクロックフォードと仲直りするんだ」

「クローディアは、敵チームの選手だ! それにハーマイオニーは、スキャバーズが死んだことを謝らない!」

 反論するロンにパーシーの目つきは、更にキツくなる。

「おまえは自分のことしか、考えていない。恥じるべきだ!」

「パースは、スキャバーズのことが悲しくないんだ」

 席を立とうとするロンをパーシーは引き止める。

「ペットを大事に想うなら、どうして、ハグリッドを助けない! ハグリッドがヒッポグリフの裁判の準備をしているのに、おまえは手伝おうともしないだろ!」

 クリスマス休暇の時、ロンはハグリッドに約束した。今日まで、綺麗さっぱり忘れていた。青ざめたロンは、焦燥で全身の血が騒ぎ出す。体内外の温度差に眩暈がした。

「おまえがハリーを応援し、スキャバーズを大切に思うことは兄として誇りに思う。だが、その思いやりを他に分ける余裕が、おまえにはあったはずだ」

 心の余裕。

 言われてみれば、ハリーの多忙さに比べれば、ロンは忙しくなどなかった。『ファイアボルト』やスキャバーズのことは心配していたが、時間的も有り余っていた。

「どうして、ハグリッドの裁判のこと、知っているの?」

 呻いたロンにパーシーは、不甲斐ない弟を見る目で返した。

「ペニーに誘われたからだ。グレンジャーとクロックフォードがハグリッドを手伝っているから、一緒にどうかとね」

「パースもハグリッドを手伝っているの?」

 勝手に口走った質問をパーシーは肯定した。

「よくわからないが、スキャバーズは何処かに逃げただけなんだろう? あいつは、もう歳だ。もしかしたら、最後ぐらいは仲間の鼠と過ごしに行ったかもしれない」

 若干、パーシーは淋しそうに告げる。それで、ロンはようやく彼もそれなりにスキャバーズの身を案じていると気付いた。

 

☈☈☈

 更衣室の黒板に、ロジャーが最終作戦を書き終えた。途端に、物々しい気配を隠そうともしないクローディアが入ってきた。纏う気配とは反対に、更衣室の扉が静かに開かれた。不気味さが一層、増している。

 重く静かな足取りでクローディアは、両手を広げて腹に力を入れて叫んだ。

「勝ちに行くぞ!」

 覇気の籠もった一声。

 驚きに言葉を失った全員に構わず、クローディアは物々しさを消さずに拳を上げる。

「全ての賞杯をレイブンクローが取ろう!」

 猛々しいクローディアは、闘いに赴く戦士そのものだ。彼女の口から、勝利を獲るという発想はこれまでなかった。言われるがままに選手をやっている節があった。それが確固たる意志で勝利を望んだ。

「よしっ! 獲ろう!」

 ロジャーは勢いに乗った。思わず、チョウが拍手する。つられて他の選手も拍手した。

 作戦会議の中、チョウが『銀の矢64』を使うことになった。『ファイアボルト』には劣るが、チョウの『コメット260号』よりは芯が強く、耐久力がある。普段より、速度が出せる。

 時間が迫り、皆はユニフォームに着替え始めた。クローディアは、グローブをはめる前に髪をダンゴの形に纏め上げた。その隣で同じく髪を纏めるチョウが自らの緊張を和らげるために、声をかけてきた。

「どうしたの? 今日のあなたは、とっても素敵よ」

「バーベッジ先生の話を聞いた」

 それにチョウの背筋が粟立つ。チョウも賭けの事は知っていた。そして、クローディアは試合による賭博を嫌う。

「それを教えた相手をどうしても、叩き潰したい」

 グローブを念入りに縛るクローディアは、静かに確かな怒りを持って答えた。

「自分のために」

 凛とした横顔には、勇ましさも含まれている。きっと、これが彼女の本気だとチョウは直感した。何処までも、頼もしく逞しい。

 着替え終えた選手に、ロジャーはキャプテンとして告げる。

「勝とう!」

 

☈☈☈

 入場すると観戦席から、拍手が起こる。マダム・フーチが立つ中央に並び、クローディアは不思議に冷静であった。

 快晴の空の下、声援よりも自らの心音が耳につく。

 試合前の瞑想を行う。バスケットボールがゴールに吸い込まれるように入っていく。瞑想から瞼を開くと、グリフィンドールの選手が並んでいた。目の前のケイティも緊張し、手が震えているのがわかる。

 何故か、ハリーはチョウに見惚れるように頬を赤くしていた。

「ウッド、ディビーズ、握手して」

 マダム・フーチの指示で、オリバーとロジャーはキャプテンの握手を交わす。勝利を狙う両キャプテンから火花が散る。

 ブラッジャーが放たれ、試合は始まった。

 最速でハリーが高い位置に上昇した。ハリーと距離を保ち、クローディアは即座に、スニッチ、クワッフル、ブラッジャーを視認した。それぞれの位置を自分達の合図でチョウとロジャー、ザヴィアー、テリーに伝達する。

 合図を受け取ったチョウは、ハリーに付きまとうような動きを見せながら、スニッチを追いかける。ザヴィアーはアンジェリーナを狙うフリをし、ケイティに向けてブラッジャーを打ち込んだ。ブラッジャーはケイティに命中し、彼女から跳ね返ったブラッジャーが、クワッフルを持っていたアリシアに命中した。アリシアは思わずクワッフルを落とし、それをクローディアが受け取り、ゴール目掛けて投げた。しかし、オリバーが頭突きで阻止した。オリバーの頭から、跳ねたクワッフルをロジャーが受け取り、ゴールを決めた。

〈今回の目玉は、何といってもグリフィンドールのハリー=ポッターが乗るところの『ファイアボルト』……ちょ、何す、マイク返して〉

 実況席では、試合解説のリーが『ファイアボルト』の説明をしだした。しかし、マクゴナガルを押しのけてまで乗りこんできたクララ達がリーからマイクを奪おうとした。

〈真面目にやんなさいよ!〉

〈わかった! ちゃんと解説するって〉

 焦ったリーは、真面目な実況を約束した。満足げにクララ達は、実況席から離れて行った。

〈またまたレイブンクローのリード! 50対0〉

 チョウがスニッチを手にしようとした瞬間、フレッドがブラッジャーを放ったため、彼女はスニッチを見失った。しかし、クローディアの視界にはスニッチが見える。すぐにスニッチの位置をチョウに合図で報せようとしたが、ジョージがブラッジャーを叩きつけようした。

 難なくブラッジャーを避けたが、ジョージは体当たりするようにクローディアの真横を横切っていった。

(向こうも必死だ)

 胸中で呟き、クローディアはフレッドが叩きつけてきたブラッジャーを拳で弾いて返した。そのまま、ブラッジャーはハリーの背に強打した。

〈またレイブンクローのリード! 80対0。ハリー!! 『ファイアボルト』に乗っているんだぞ! 気合いを見せろ!〉

 試合は激しい攻防が続き、最初の作戦である『スニッチ追いこみ』がなかなか実現できない。そうなれば、『点差ひらき』で時間を稼ぐしかない。テリーに合図し、クローディアはケイティの持つクワッフルを奪うために速度を上げた。

「やめろ! 箒が危ない!」

 不意に聞こえたのは、聞き違いでなければジョージだ。クローディアは思わず振り返ろうとしたが、その前に轟音が手元から発せられた。

 

 ―――バキイ。

 

 箒の柄が折れた。細かい柄の破片が散らばってしまう。

 箒の飛行力を失い、クローディアは甲高い誰かの悲鳴を聞きながら、地面に落下した。しかし、冷静に受身の体勢で芝生の上に転がった。高度が低めであったことが幸いした。一呼吸おき、自分の状況を確認する。

 ものの見事に、箒は真っ二つに折れていた。クローディアが求める速度に、箒が耐え切れなかった。

 頭上では、試合が続き、リーの実況が全てを教える。

「またまたゴール! グリフィンドールのリード!70対80」

 クローディアは、折れた箒の箇所を見つめた。ただ、じっと見つめた。

「グリフィンドールのリード! 100対80!」

 このままでは、勝てない。

 それが脳内を支配したとき、クローディアはグローブを縛った紐を解き、折れた箇所を補強した。縛りが弱いので、髪を纏めた紐を更に結んだ。箒は、安定は悪いが形になった。迷わずそれに跨った。地面を蹴るが、空に上がれない。

「やめなさい、クロックフォード! もうそれはもう飛べません!」

 マダム・フーチが制しようとする。

「アイツ、おかしくなったんじゃない?」

 スリザリンから、指差しで嘲笑する生徒がいた。

 クローディアは、誰にいうわけでもなく叫んだ。

「折れたから、飛べないことなどない!」

 祖父は箒がなくとも、空を飛べると話した。いずれは、クローディアもそうさせる。ならば、今こそそうなるのだ。

 空に飛び立つ感覚を呼び覚まし、クローディアは力の限り地面を蹴った。

 瞬間、身体は箒と共に天高く跳ね上がった。浮遊感と視界を確かめた。競技場内を見渡せる高度。

〈なんということでしょう! クロックフォード選手! 折れた箒で復帰しました!〉

 驚愕に震えたリーが、慄いて叫んだ。

「クローディア、危険だ! 下がってろ」

 不安げにロジャーが引くように勧めたが、クローディアは拳を差し出した。

「勝つと言った」

 溢れ出る衰えない闘志。ロジャーは唇を噛み、一瞬だけ瞼を閉じた。

「チョウを援護してくれ」

 それだけ告げ、ロジャーはクワッフルを持つアンジェリーナに突進した。

「あ!」

 突如、チョウが観客席を指差し叫んだ。そこには3人の黒い頭巾の影が立っていた。

 それを目にしたハリーは、迷いなく杖を取り出し叫んだ。

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 銀色よりも美しい白銀の光が、ハリーの杖から放たれた。白銀の光は、優雅で雄雄しい鹿の形をしていた。白銀の鹿が3人の黒い頭巾を覆っていく。何故だが、黒い頭巾は観客席に倒れこんだ。

「グリフィンドールの勝利!!」

 マダム・フーチのホイッスルで、クローディアは我に返った。

 ハリーが歓声を上げた仲間達に抱きしめられ、称賛されている。スニッチは彼が取ってしまったのだと理解した。

 友を祝福する気持ちは湧かない。クローディアの胸中にあるのは、完全なる敗北感のみ。

 

 着替えた後もクローディアは、更衣室で呆然としていた。そして、悔しさが込み上げ涙が頬を伝い落ちていくのを肌で感じた。

 そこで、自分が泣いていることに気づき、嗚咽が止まらなくなった。

 敗けた。

 勝ちたかった試合で、敗けた。

 これまで負けを経験したことはある。しかし、それは勝ち負けを気にしない試合ばかりだった。本気で勝ちを望んだ試合は全て勝ってきた。それにおいて、負けたことなどないと自負している。

 手で顔を覆い、クローディアは泣き続けた。チョウが必死に励まそうと背中を擦り、試合後のことを話して聞かせた。

「吸魂鬼ね、マルフォイ達が変装しただけのイタズラだったの。マクゴガナル先生もカンカンで、50点も減点したのよ。『コメット260号』のことは気にしないで、型も古くて嫌だったの」

 クローディアは、ひたすら頷き返した。

 寮に帰った7人は、試合の奮闘を褒め称えられた。チョウは、『ファイアボルト』相手によく接戦したとマリエッタやミムに励まされた。

「折れた箒で飛ぶなんてすごいじゃない」

 同級生達が無謀ながらも、立派だと褒めた。

「箒は関係ないよ。だって、見せ掛けだったもン」

 ルーナの真面目な言い分に、目が腫れたクローディアも思わず、笑った。

 ペネロピーは慰めているはずが、パーシーとの賭けに負けたと悔しがっていた。

 

☈☈☈

 更衣室を覗いた時、クローディアは泣いていた。

 その姿が酷く弱弱しくて、ハーマイオニーはとても声をかけられなかった。げっそりとしたロジャーに話しかけられた。

「いまは、そっとして置いてやってくれ。君はハリー=ポッターのところに行くといい」

 ハリーが勝った。

 それなのに、ハーマイオニーはとても理不尽な気持ちに襲われた。年明けから、クローディアは誰よりも努力したに違いないと思う。父親に抱いた疑問、クィディッチの特訓、裁判の練習と彼女は戦った。

 その結果が今日のような敗北を与えるなど、不憫である。

 グリフィンドールの勝利を心から、祝えなかった。

 談話室はまるで優勝を祝うようにお祭り騒ぎだった。喧騒を余所に『マグル学』の宿題である一冊分の読書に取りかかる。これを月曜までに読まねばならない。今週の宿題は、これで終わるのだ。

「ハーマイオニーもこっち来いよ」

 真っ赤に顔を染めたロンは、ハーマイオニーを見ないようにしていた。その手のハエ型ヌガーを必死に差し出している。

 これは、一緒に祝宴へ参加しろと誘っている様子だ。だが、ロンはクローディアを怒ったままだ。ハーマイオニーはハエ型ヌガーを無視しようとした。

「明日……、クローディアに謝りに行こうと思ってる……。だから、今日は一緒に食べようよ」

 我が耳を疑ったハーマイオニーは、思わず本を落とした。ロンは顔を背けていたが、視線は合う。その目が『ごめんね』と語っている。

 何に変えても、嬉しい。感極まったハーマイオニーは、ロンの首に手を回して抱きついた。驚いたロンは、表情を強張らせながら彼女の髪を撫でる。

「ごめんなさい、ロン。スキャバーズのこと、本当にごめんなさい」

 胸に痞えていた想いをハーマイオニーは、口にした。それで、彼女の心が晴れた気分になる。

 ハリーが表情を綻ばせて2人を眺めた。

 今日の勝利よりも、友達の和解がハリーを喜ばせた。

 

☈☈☈

 翌日、十分に睡眠を取ったクローディアは快適に目覚めることが出来た。裁判の練習があるため、ハグリットの家に向かおうと支度する。突然、ペネロピーが寮生徒全員、談話室に集合するように呼びかけた。

 昨晩の深夜。グリフィンドール寮にブラックが現れたという報せだった。何故だが、ロンがハリーと間違えて襲われかけたらしい。 

 大広間には、昨日の試合の勝利が嘘のように意気消沈したグリフィンドール生がいた。徹夜明けの寝不足を訴え、無気力に朝食にありついていた。

 駆け込む勢いでクローディアは、大広間に突入した。真っ先に、ロンの元へと駆け寄った。クローディアは緊迫した自身を抑えることなく、詰め寄った。

「何処を怪我したさ! 何があったさ! どうしてそうなったさ!」

 ロンの両肩を激しく揺らし、クローディアはまくし立てて問い詰めた。

「落ち着いてクローディア、誰も怪我なんてしてないわ」

「そうだよ。ね? ほら、ロンがビックリしてるよ」

 ハーマイオニーとハリーに宥められ、クローディアはロンから手を離し深呼吸した。 吃驚したロンは、躊躇うようにそれでもしっかりと、クローディアと向き合った。

「心配かけて、ごめん。僕は、この通り。大丈夫だ。それに、スキャバーズのことでクローディアを責めたのは、間違いだった。いまでも、スキャバーズが危険だなんて、僕は思わないぜ。けど、クルックシャンクスが殺してないって言葉を信じようともしなかった」

「ありがとうさ、ロン。私もスキャバーズをただ悪者にして……酷いこと言ったさ。ごめんさ。本当に、無事で良かったさ」

 感謝の意味を込めてクローディアがロンを抱きしめる。ロンは身体を強張らせても、逆らわなかった。

「あの……それで、昨日。箒から落ちて、大丈夫だった?」

「見ての通りさ。私は、平気さ」

 クローディアがロンに抱きついた姿を見て、ロジャーが騒ごうとした。ペネロピーがロジャーに事情を説明し、彼は羨ましそうな視線をロンに向けていた。

 

 ハグリッドの家では、ペネロピーが裁判官役、ルーナとパドマが陪審員の役、リサがマルフォイの役で裁判の練習をする。ハーマイオニー達は、昨日の騒ぎで貫徹だ。それ故に今、グリフィンドール塔で眠っている。

 ハグリットは、頭に詰め込んだ文章を淀みなく言えるようになっていた。

(……でも、何故? ロンの寝台に現れたさ? 間違えたというには……)

 世界にいくつもある魔法学校の中から、ホグワーツにハリーが在学し、そして4つある寮からグリフィンドールに配されたことを見事に当てた男にしては、今回は間抜けすぎる。

「クローディア、次はあなたがマルフォイ役をなさってください」

 リサに声をかけられ、クローディアは違和感を頭の隅に寄せた。

 いまは、裁判のことだけに集中しなければならない。

 

 2度目のブラック侵入の報せは、瞬く間に学校中に広まった。城中の到るところにブラックの手配写真が貼られた。仕事を全うしなかった『カドガン卿』はクビになり、『太った婦人』が復帰した。その代わり、『太った婦人』はトロールの警備隊に守られることになった。

 日が暮れてから生徒が学校を出ることが許されなくなり、ハグリッドの家に行けるのは、朝か昼のみ。しかも、ハグリッドも授業を請け負っているため、滅多に時間が取れない。裁判は金曜に迫っている。クローディアは練習を続けたかった。折角、ハリーとロンも参加することになったのだ。

「ロンが襲われたことで、わかったろう? ブラックは本当に見境ねえんだ。駄目だ」

 ハグリッドは皆の安全を優先し、家を訪れることさえも拒んだ。

 一方、目撃者のロンは注目の的となった。しかも、ロンはこれを喜んでいる。現場の出来事を質問攻めにされ、意気揚々と説明するロンの姿が目立つ。

 逆に、ネビルは哀れなほどに落ち込んでいた。彼が合言葉を書いた用紙を落とし、それをブラックが拾い、寮に侵入した。面目丸つぶれどころの話ではない。

 朝食を摂りにクローディアが大広間に向かおうとすると、血相を変えたネビルが飛び出してきた。途端にネビルの懐にあった赤い封筒……『吼えメール』が爆発した。

《なんたる恥さらし!! 一族の恥!!》

 甲高く喧しい声が廊下に響き、生徒に悪戯を仕掛けようとしたピーブズも逃げ出した。

「ネビル、大丈夫さ?」

 声をかけてきたクローディアに、ネビルはげっそりとした表情で項垂れた。

「僕はもう駄目だ……。僕のせいでロンが危ない目になった。……もう、情けないよ。なんで、メモがなくなったんだろう」

 最後の部分にクローディアは、強いひっかかりを覚えた。

「いま、ネビルが気付いた時にはメモがなくなったと言ったさ?」

「うん、部屋の机に置いてたと思ったけど、なかったんだ。それで、教室かと思って探しにも行ったけど、結局、見つからなかったんだ」

 部屋に置いたのを最後に、それから見なくなった。メモは、ブラックの手に落ちていた。

(誰かが、部屋から持ち出したさ?)

 そんな推理にクローディアは、妙な納得を感じた。

「ネビル、ロンは見ての通り無事さ。それどころか、ブラックに襲われて楽しそうさ。気に病むことは……」

「負け犬に慰められて満足か? ロングボトム!」

 わざとらしく嘲笑うドラコに、パンジーが口元を押さえて肩を揺らす。それに合わせてクラップ、ゴイルも堅苦しく大声で笑った。

「マルフォイ、ブラックがあんたの家に行かなくて残念だったさ!」

 ブラックの名に、嘲笑さえも凍りついた。

 

 生徒がブラックに怯えても、授業は通常通りに行われる。

 『魔法史』の授業中、クローディアはこの教室でハリーとルーピンが特訓していたことを思い出した。その成果が、クィディッチの試合で披露された銀色に輝く雄雄しい鹿の魔法だと推測できる。ただの灯りの魔法とは段違いだ。半透明ビンズが教科書を読み上げる場所で、ハリーは強大な魔法を学んでいた。

(余裕がある時にも、教えてもらうさ)

 『魔法薬学』の授業は、スネイプの言いがかりから始まった。

「ミス・クロックフォード。我がスリザリンの寮生をシリウス=ブラックの名で脅して遊んでいるそうだな。賢明さがレイブンクロー寮の特色であろうに、なんとも幼稚だな。レイブンクロー10点減点。ミス・クロックフォード、罰則だ。『ポリジュース薬』についてのレポートを羊皮紙3巻き、金曜までに提出したまえ、簡単であろう。君ならばな」

 敵意に睨まれ、クローディアは2年生の頃にハーマイオニー達と調合していたことを思い出した。

(もしかして、バレてるさ?)

 全身に冷や汗が流れたまま、授業が終わるのをひたすら待った。

 

 重い授業が終わり、廊下を歩くクローディアをクレメンスが大はしゃぎで呼びとめた。

「聞いてくれ、セドリックが次の試合に僕を出すって! アルフォンスが授業の補習で、練習に出られなくなったんだ! それで、ビーターに欠員が出来て、僕が代理なんだよ! 君のお陰だ、クロックフォード! ありがとう!」

「お、おめでとうさ」

 クローディアは何もしていない。代理でも、クレメンスが選ばれたのは実力があるからだ。バスケ部でも、彼はボールを恐れずに立ち向かうようになっていた。セドリックもそこを見込んだのだろう。

 歓喜に打ち震えたクレメンスは、クローディアの腕をしっかり掴んで何度も揺さぶった。

 

 夕食を済ませたクローディアは、ペネロピーに頼み図書館の『閲覧禁止の棚』から『最も強力な薬』を貸し出してもらった。早速、自室で宿題にとりかかったクローディアに、パドマは不意に気づく。

「最近のスネイプ先生、クローディアを呼び出したりしないのね」

「そうですわ。以前は、地下教室への呼び出しが主でしたわ。いまは、こうしてレポートを増やすだけですわ」

 指摘されたクローディアは気付く。新学期になってから、スネイプは彼女を呼び出さない。不意に掠めたのは、休暇中の出来事だ。否、盗み聞きしていたことは気付かれていないはずだ。

「ブラックのことがあるからさ。罰則の帰りに襲われたなんてことになったら、ただじゃ済まないさ」

 気の毒そうに、パドマは考え込む。

「前に新聞で読んだけど、魔法省が『吸魂鬼の接吻』を許可したそうよ。どういうものか先生に聞いてみたわ。とても恐ろしくて刑罰なんてものじゃないって。最初はブラックが可哀想って思ったけど、生徒を襲うなら当然の報いかもしれないわね」

 『吸魂鬼の接吻』は、対象者の記憶・感情を喰らい尽くす行為だ。喰らい尽くされた対象者は、『自己』を失い、やがて『吸魂鬼』と同じ存在になる。

 俗に言う『死の接吻』という対象者を殺す誓いが、生易しく思えてしまう。

 虫籠に入っていたベッロが突然、顔を出し扉の方向を見つめる。それと同時に扉が叩かれ、マンディが上機嫌に現れた。

「談話室の掲示板に、ホグズミードの外出について書いてたわ。今週の土曜日ですってよ」

 吉報にパドマ、リサは表情を輝かせ両手を挙げて喜んだ。しかし、クローディアは前日の金曜日が裁判であるため、とても楽しめる気分になれない。

 不意に嫌な予感がした。

(まさか、ポッター。また抜け出すつもりさ?)

 翌日にでも、クローディアはハリーを問いただすことにした。

「クローディア! ハリーったらねえ! ロンまで、それとこれとは別だって!」

 早朝。クローディアが熟睡する布団の上に、ハーマイオニーが飛び込んできた。ハリーの脱走計画は確定であった。

 『忍びの地図』をハリーから取り上げるべく、クローディアは彼らを探し回った。しかし、行動を予期したハリーとロンは、彼女から逃げ回った。多少事情のわかるフレッド、ジョージに2人の捕獲を依頼しようとしたが、双子も何処かに逃走した。

 クローディアは、ベッロにハリーを強く見張りを命じた。聞き入れたベッロは、授業、寮、大広間、お手洗い、ハリーの行くところ何処にでも着いて回った。

 

 『魔法生物飼育学』の授業が終わり、クローディア達はハグリッドに声援を贈った。

「頑張ってね、ハグリッド!」

「マルフォイに負けちゃ駄目よ」

「ヒッポグリフの授業、楽しみにしてるぜ!」

 生徒達が味方であることに感激したハグリッドは、必死で涙を堪えた。

 城に戻ろうとしたクローディアをハグリッドが呼び止める。裁判の件かと思い、皆を先に帰した。

「ハーマイオニーから聞いたが、ホグズミードに行かんつもりだそうだな?」

「気分が乗らないだけさ。それに、私は休暇中に行ったさ」

 しかし、ハグリッドは否定の舌を鳴らした。

「おまえさんは、気を張りすぎちょる。俺は、皆が協力してくれたお陰で勝てる自信がついた。良い報せを必ず送る。だから、ハーマイオニーと楽しんで来い。約束だぞ」

 クローディアと目線を合わせるため、ハグリッドは身を屈んでくる。その眼差しは、真剣であった。そこまで言われて、断れない。

「わかったさ。ハグリッドもロンドン、楽しんでくるさ」

「勿論だ」

 安心したようにハグリッドは、クローディアの肩に手を置く。僅かに震えた彼の手が、緊張を伝えてくる。やはり、若干ではあるが、ハグリッドは裁判に緊張していた。

 そんな中で、彼女達のことを気にかけてくれたことが、申し訳なく思いつつ、嬉しかった。

 




閲覧ありがとうございました。
ネビルのメモ消失・フラグ回収完了。
大事にしていたネズミを殺せなんて言われたら、普通キレますね。

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