こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
やっと、学校に着きました。
回想台詞は〝〟と表記します。


6.儀式の夜

「イッチ年生はこっちだ!」

 雨音を割く野太い声に、クローディア、ハーマイオニー、ハリー、ロンは振り向く。寒気と緊張に怯える新入生をハグリッドが手招きしている。

「4人とも、元気か?」

 呼びかけに答え、2人は背伸びして手を振る。生徒の流れに逆らえなかったため、ハグリッドにマトモに挨拶できなかった。それでも、彼は4人の手が見えたので、満足そうに微笑んでいた。

 駅の外に並んだ馬車を雨に打たれながら、順番待ちをしているクローディアのローブが引っ張られた。振り返ると心配そうなジニーと髪に杖を挿したルーナが見上げてくる。

「ジョージから聞いたわ。マルフォイに変なことされたって?」

「ハリー=ポッターが倒れたって!」

 口を窄めるルーナに、ジニーは小さく肘打つ。

「ポッターは、置いといて。マルフォイに変なことされてないさ。クラップ、ゴイルと間違えて私を掴んだだけさ」

 朗らかなクローディアに、ジニーは強く否定する。

「苦しい言い訳ね。絶対、わざとだわ」

 これ以上の説明は無意味と判断し、クローディアは吸魂鬼との遭遇中に異常はなかったか尋ねた。『吸魂鬼』を思い返したジニーは恐怖に肩を竦ませる。ルーナは何故か口を開けて降りしきる雨を飲んでいた。

「ルーナがね、私を守ってくれたから……そんなに怖くなかったわ」

「へえ、ルーナも怖かったろうに、偉いさ」

 感心したクローディアは、ルーナの頭のお団子を崩さない程度に撫でる。照れているのか、彼女は肩を激しく動かした。

 それを順番待ちしている生徒の何人かが奇異の目を向けてきたの、クローディアとジニーでルーナの肩を押さえた。

 ハーマイオニーに呼ばれ、クローディアはハリー、ロンと馬車に乗り込む。独りでに馬車が動き出したとき、雨の勢いが薄れてきた。そして、ほとんど止んできた。

「雨も空気読んでほしいさ」

 『吸魂鬼』の影響が抜け切れていないせいか、4人に会話はない。車窓の向こうの景色を見るとはないしに見つめる。ハーマイオニーとロンはハリーが再び気絶するのではないかと心配し、横目で彼の様子を何度も窺う。

 ハリーはその視線に気が滅入っているらしく、必死に顔を背けていた。

 

 雄大な鋳鉄の門を馬車が走り抜けるとき、クローディアは門の両脇に吸魂鬼が2人も浮かんでいるのが、見えた。

(魔法省が寄越した警備って……あれさ?)

 ハーマイオニーと目を合わせ、口に出さずともお互いの意見が一致した。どうやら、ブラック以外でも、息苦しい新学期が待ちうけている。

 ハリーは座席に深くもたれ、馬車が止まるまで瞑想していた。

 馬車を降りた途端、機嫌の良いドラコがハリーに声をかけてきた。汽車のときと違い、ドラコは普段の意地悪さ全快であった。

「ポッター、気絶したんだって? ロングボトムは本当のことを言ってるのかな?」

 ドラコがガサツにハーマイオニーを肘で押しのけようとした。咄嗟に、クローディアがハーマイオニーの前に立つ。

「私も『吸魂鬼』は、怖かったさ」

 一瞬、ドラコはクローディアの前で竦んだが、すぐにハリーに詰め寄ってきた。対抗してロンが彼に吐き捨てる。

「うせろ、マルフォイ」

「ウィーズリー、君も気絶したのかい?」

 気取ったドラコが大声を上げようとした。

「マルフォイがまたクロックフォードに助けを求めてるぞ」

 次の到着した馬車から降りてきたマイケルがドラコを指差す。アンソニーもクローディアとドラコを目にし、珍しく意地悪く笑う。

「門のところにいたもんな『吸魂鬼』」

「クロックフォード、マルフォイに構うなよ」

 最後に降りたモラグがドラコを横目で見やる。3人の話を聞いたロンは今日、初めて輝いた笑顔を見せる。

「なんだって? マルフォイ、クローディアに助けを求めたの? 『吸魂鬼』が怖くて?」

 羞恥と憤怒にドラコの顔が真っ赤に染まっていく。呆れてクローディアは平手で激しく音を立てた。

「やめるさ。皆、怖かったさ、おあいこさ」

 新学期、早々の諍いにうんざりしたクローディアが事態を収束しようとした。しかし、それはドラコの自尊心を傷つけただけらしい。屈辱感に唇をわなわなと震わせた彼は、クラッブとゴイルを引き連れ、城への石段を乱暴な足取りで登っていった。

「マルフォイを助けたの?」

 少し機嫌を良くしたハリーに問われ、返答に困るクローディアは頬を掻いた。

「どうしたんだい?」

 新たに着いた馬車から、下車したルーピンのお陰で全員急ぎ石段を登る。

 4人は離れないように注意しながら、威厳ある樫の扉を通る。懐かしくもあり、馴染み深い雰囲気にクローディアの口元が緩む。

 大広間の前では、生徒が犇めき合っていた。寮が違う為、クローディアはハーマイオニー、ハリー、ロンと分かれて自身の寮の席へと足を向ける。

「ポッター、ロングボトム! 2人とも私のところにおいでなさい!」

 教頭のマクゴナガルが2人を呼ぶ。その迫力は関係ない生徒まで叱責を恐れて竦ませた。偶々ロンの近くにいたネビルは引き攣った悲鳴を上げ、反射的に怯えたハリーは寮監へ着いて行った。

「なんだろうさ?」

「きっと『吸魂鬼』のことよ」

「ハリーが倒れた時、僕も一緒だったのに……」

 クローディアとハーマイオニー、ロンは2人が見えなくなるまで見送った。

 

 自分の寮席に腰掛けたクローディアの隣をルーナが飛び込むように座った。生徒達の話題は『吸魂鬼』とハリー、そしてドラコのことでもちきりであった。

 興味津々の生徒達が詳細を聞こうとクローディアに詰め寄ろうとした。しかし、何故か隣のルーナと目が合うと全員、口ごもった。

 説明を面倒がったクローディアはルーナに感謝した。

 大広間の二重扉が開き、ざわめきはピタリと消える。

 新入生を率いていたのは厳格なマクゴナガルではなく、レイブンクロー寮監のフリットウィックであった。

(あれ?)

 動揺した生徒は何人もいたが、口を閉じて成り行きを見守る。

 組分け帽子が歌い終れば、例年通りの拍手が大広間を包み、普段のホグワーツの雰囲気を見せてきたので、クローディアは安堵の息を吐く。

 フリットウィックが自分よりも長い羊皮紙を少し気取った様子で読み上げる姿は新鮮ではあった。緊張に凝り固まった新入生が組分け帽子によって組分けされていく。

「ロミルダ=ベイン!」

《グリフィンドール!》

「ネイサン=ブラッドリー!」

《レイブンクロー!》

「デレク=ガーション!」

《ハッフルパフ!》

「ペロプス=サマービー!」

《ハッフルパフ!》

「リッチー=クート !」

《グリフィンドール!》

 儀式を終え、フリットウィックが組分け帽子と椅子を片付けているときに、大広間にマクゴナガルがハリーとネビルを連れて入ってきた。

「(マクゴナガル先生、ハリーに何だったのかしら?)」

 クローディアの隣に座るマンディが耳打ちしてきたので、小さく首を横に振る。

 マクゴナガルが上座の教員席に腰掛け、ハリーはハーマイオニーとロンの間に座る。ネビルはシェーマスとディーンの間だ。

 それを合図とばかりに、上座の後ろの戸から一糸乱れぬ行進で『楽団部』の生徒達が入場し、教員席と寮席の間に、整列する。

 顧問のフリットウィックが生徒の前で一礼し、部員達に向けて指揮棒を掲げた。楽器を手にしたリサ達が構える。指揮棒が振るわれ、繊細かつ美しい音色が奏でられ大広間に広がる。

 部員達の唇が緊張を含めて開かれる。

《大釜でグツグツ煮よう  沼地の蛇の ぶった切り  

 竜の鱗と狼の牙  魔女のミイラ 人食い鮫のノド  

 増えろ 膨れろ 苦しみに 苛まれ  火よ 燃え盛れ

 大釜よ グツグツ煮えろ  増えろ 膨れろ 苦しみに 苛まれ

 大釜でグツグツ煮よう  増えろ 膨れろ 苦しみに 苛まれ

 災難がやってくる!》

 生徒の歌が新鮮と初々しさで微笑ましい気持ちになり、『楽団部』に盛大な拍手が送られる。

 自寮に戻る部員達の表情は皆、達成感に満ちていた。

 緊張を残した笑顔のリサはクローディアの隣に腰掛けた。

「(お疲れさま、素敵さ)」

 耳打つクローディアに、リサは頬を赤く染めていた。

 全員の着席を見届け、厳格にして尊敬の的である校長ダンブルドアが立ち上がる。暖かな笑顔で両手を広げる仕草に、クローディアは自然と微笑み返してしまう。

「新学期、並びに新入生の諸君、おめでとう! 皆にいくつかお知らせがある。宴の席でボーッとなる前に片付けてしまおう」

 一旦、ダンブルドアは白い髭の中で咳払いし、魔法省の要望で城への入り口は『吸魂鬼』が警備することになると説明した。

 その口調に何故か棘を感じる。

「あの者達が皆に危害を加えるような口実を与えるでないぞ。『吸魂鬼』に許しを乞うても、出来ぬ相談じゃ」

 心臓が少し重くなる感覚がした。それはクローディアだけではなく、ルーナでさえも緊張で口元を引き締めていた。全校生徒の沈黙による承諾を見届けたダンブルドアは、再び微笑む。

「楽しい話に移ろうかの、今学期から『闇の魔術への防衛術』の担当なさってくれるR=J=ルーピン先生じゃ」

 古ぼけた一張羅を着込んだルーピンが会釈する。汽車に乗り合わせた生徒だけが、歓迎の拍手を起こした。

「あれが、新しい先生ですの?」

 怪訝そうにリサが呟く。リサだけの不満ではないことは、わかる。

「スッゴイ、厳しい人だよ」

 突然、ルーナが声を上げたので、一瞬だけ寮席の視線が釘付けになった。

 だが、クローディアはルーナではなく、教員席のスネイプが気にかかった。ルーピンの隣にいる彼の表情が不機嫌を通り越している。

 それは自分が狙う担当を得られなかった悔しさというよりは、ハリーとクローディアに向ける憎悪と同じだ。

 不意にクローディアの脳裏に、コンラッドの忠告が浮かぶ。

〝臆病な態度を示したとしても、責めてはいけない。ただし、庇う必要もない〟

 ネビルの話では汽車に現れた『吸魂鬼』を追い払ったのは、ルーピンだ。それだけで、ロックハートとはまるで違う。何処が臆病なのか、クローディアには見当がつかない。

「『魔法生物学』のケルトバーン教授が前年度をもって退職される。手足が残っているうちに余生を楽しまれたいとのことじゃ。後任として、嬉しいことに皆がよく知っている方が引き受けてくださった。ルビウス=ハグリッドじゃ。勿論、森番も兼任してくださるぞ」

 紹介されたハグリッドは思わず、立ち上がった。そのせいで教員席が傾き、机の食器が滑り落ちた。

 グリフィンドールとレイブンクローから強い拍手が送られた。ハッフルパフは困惑を隠しきれず、スリザリンは気力のない拍手というより、ただ手を叩いているだけだった。

 拍手が終わるとき、ハグリッドは嬉しさで目に涙を浮かべ、そっと拭っているのが見えた。

「ハグリッドが教員免許を持っているとは思わなかったさ」

「何、それ?」

 パドマが怪訝したので、クローディアは首を傾げた。

「学校の教師になるには教員免許がいるさ。ほら、この人には教師をする資格がありますよっていう証明書さ」

「それって、マグルの方針なの? 人を教えるのに証明書が必要なんて不便だわ。魔法界じゃありえない。普通は魔法使いや魔女に弟子が頼み込んで、初めて師事されるものよ」

 マーリンやニコラス=フラメルが弟子を希望する魔法使いや魔女が「資格免許」がないので、教えられませんなどと言って断りはしないだろう。

 魔法界の教師は、講師の扱いに近い。

 あのロックハートが教授として招かれた理由が初めて納得できた。

 ご馳走を平らげ、5年生の監督生に率いられ新入生が大広間を去っていく。ハリー達が教員席のハグリッドに駆け寄る姿を見て、クローディアもそれに続く。

「おめでとう、ハグリッド!」

「ハグリッド先生さ!先生!」

 クローディアとハーマイオニーが黄色い声をあげ、ハグリッドが震える声で答えた。

「信じられねえ、偉いお方だ……ダンブルドアは。ケルトバーン先生がもうたくさんだって言いなすってから、まっすぐ俺の小屋に来なさった。俺はずっと、この職に就きたかった」

 感無量とハグリッドが涙を隠すように、ナプキンに顔を埋める。彼を気遣ったマクゴナガルが4人に目で去るように命じた。

 教員席に背を向けるとき、クローディアは視界の隅にスネイプの姿を映す。こちらに目を向けることなく、彼はルーピンに憎悪の視線を向け続けていた。

(このことお父さんに教えたほうがいいさ?)

 少なくとも、コンラッドはルーピンについて何かを知っている。

 大広間の二重扉で、就寝の挨拶を交わしたクローディアとハーマイオニーは自寮の方向へと歩く。レイブンクローの集団に追いつき、ルーナの声を耳にした。

「ナーグルの次は『吸魂鬼』。クローディアは気をつけないと」

 いつの間にか、ルーナがクローディアの後ろを歩いていた。すっかり慣れ、ルーナと歩く速度を合わせる。

「ありがとうさ。ルーナは『吸魂鬼』がどういうものか知ってるさ?」

「とっても、危険だよ。パパが『しわしわ角スノーカック』のことを調べるついでに、吸魂鬼のことを雑誌に載せたんだ」

 雑誌という言葉に、クローディアはひっかかりを覚えた。

「小説でも書いてるさ?」

「違うよ。編集してるの。編集長っていうのが役職なんだもン」

 簡単に告げるルーナに、クローディアは驚くべきか悩んだ。駅で見たあのラブグッド氏が編集長だと思いもよらなかった。

 眉間のシワを解したクローディアは、『しわしわ角スノーカック』について、ルーナに質問した。

 興味をもたれたことが嬉しいルーナは、談話室に着くまで『しわしわ角スノーカック』の文献を事細かに話して聞かせた。途中で飽きたクローディアは、不意に思いつく。

「ナーグルと『吸魂鬼』が出会ったらどうなるさ?」

 何気なく問いかけると、ルーナは激しく身震いしただけで答えなかった。

 

☈☈☈

 生徒達が寝静まり、日付が変わる時間。

 魔法界でも珍しい調度品、額の中で眠る歴代の校長が壁に掛けられた校長室。

 黒い戸棚を開き、ダンブルドアはルーン文字が彫られた浅い石の水盆『憂いの篩』に手を置く。

 水盆を揺らめく銀色の輝きをダンブルドアは見つめた。そこには、柔らかな金髪に愛想の良い印象を与える17歳の少年が映る。紫の瞳はダンブルドアを嗤っている。

 銀色の輝きから、少年の顔を消したダンブルドアは胸中で嘆息する。

 校長室の扉に通じる螺旋階段が動く音に顔を上げ、不機嫌に顔を顰めたスネイプと困り顔のルーピンが入室してきた。

「茶を入れよう」

 戸棚を閉め、ダンブルドアは杖を振るい円形の小さな机と椅子を4つ用意した。校長に勧められ、スネイプとルーピンは腰掛ける。

「誰を招かれるのですかな?」

 剣呑なスネイプの態度に、ダンブルドアは穏やかに微笑み返す。

「ちょっとした客人じゃよ。もう見えられるはずじゃが……、おかしいのお……5分も遅刻じゃ」

 わざとらしく、ダンブルドアは懐中時計を見やる。

 

 ――コンコンッ。

 

 何の前触れもなく、窓が外から叩かれた。

 スネイプは咄嗟に杖を身構えたが、ダンブルドアが優しく制す。

 窓の外には人影がないにも関わらず、ダンブルドアは無防備に窓を開いた。姿がなくとも、足音が絨毯に重く響く。丁寧な足音から、敵意や悪意は感じられない。

 お互いを見やったスネイプとルーピンは自然と腰を上げる。

「遠いところ、よくぞ参ってくださった」

 暖かく迎え入れるダンブルドアに答えるかの如く、視界に現れる。

 真っ黒い髪を肩まで伸ばし、灰色のスーツを着込んだ東洋系の男だった。身の丈は3人よりも低く、歳の頃はスネイプとルーピンと差ほど変わらない。しかし、精悍な顔つきが見た目よりも確実な歳月を生きていることを告げていた。

「窓からの入室いたしました。ご無礼をお許し下さい」

 スネイプとルーピンよりも若い声で、男は3人に深々と頭を下げる。

「初めまして、十悟人と申します。呼びにくければ、トトで結構」

 スネイプは怪訝そうに十悟人を眺め、ルーピンは会釈する。

「初めまして、わしはアルバス=ダンブルドア。こちらは『魔法薬学』教授のセブルス=スネイプ。こちらは『闇の魔術への防衛術』教授のR=J=ルーピン」

 ダンブルドアに紹介され、スネイプは渋々会釈する。

「宜しく」

 愛想よくルーピンは手を差し出し、握手を求める。それに答えようとした十悟人が初めて相手の顔を見た。

 突如として、彼は驚愕に目を見開きルーピンを凝視した。

 まるで、その存在がありえないと語る。異様な視線には、流石のルーピンもたじろぐ。

「トト?」

 優しくダンブルドアに声をかけられ、我に帰る十悟人はルーピンの手を握り返した。

「それで? 仲良く茶を飲む為に、我輩まで呼ばれたのですかな?」

 明らかな皮肉に、十悟人はわざとらしく咳き込んだ。スーツの袖から頭部程の大きさもある黒い鞄を取り出し、円形の机に置く。

「早速、本題に入りましょう。とある知人の頼みで、ルーピン殿に薬を処方することになりました。そちらのスネイプ殿への説明と、ルーピン殿の診察と採血をしに参りました」

 スネイプの態度は一変し、冷たい視線を十悟人に向ける。

「我輩の薬では、不足だと?」

 冷静に淡々と十悟人は述べる。

「『脱狼薬』だけでは、万全とは言えません。……生徒達の安全をより万全にしたいというのが、知人の考えとだけ、申し上げておきます。さて、ルーピン殿、そこにお座り下さい」

 促されたルーピンは腰掛ける。迎え合わせるように、十悟人は椅子を合わせて座る。鞄の中から、聴診器を取り出す。

「はい、前を開いて」

 大人しく従うルーピンを診察する十悟人は、すぐ傍でダンブルドアに抗議するスネイプに耳を傾けていた。

「どういうことですかな?」

「見ての通りの診察じゃよ」

 睨まない程度にダンブルドアを見やるスネイプは、一挙一動を見逃さず十悟人への警戒を解かない。

「それなら、マダム・ポンフリーで十分ではありませんか?」

 穏やかながらもダンブルドアはスネイプに真摯な態度で応じていた。

 十悟人はルーピンに基本的な診察を行った。栄養と睡眠の不足、異常な筋力の発達以外は、気に留める部分がないことが判明した。カルテを書き終え、鞄から注射器を取り出し、針を構える。

 好奇心で注射器を見ていたルーピンは問いかける。

「何をするんです?」

「ああ、注射器は初めてですか? これを腕に刺して血を抜きます。ご安心を私はマグルの医師の資格を取得しております」

 ルーピンの笑顔のまま硬直する。

 その後、注射を拒むルーピンが逃走しようとした。十悟人はスネイプに手を借り、数分手間取ったが、無事に採血を終えた。

 打たれた腕を薬用綿で押さえるルーピンは、一層痩せて見える。小さな抵抗に余分な体力を消耗した十悟人は血の入った注射器を慎重に扱い、鞄に仕舞う。更に鞄を袖へ戻した。

「1月後にフクロウ便で届けましょう。それと半年分しか処方しません。また半年後、採血に来ます」

 無気力に頷くルーピンにスネイプはせせら笑った。

「『解呪薬』を人狼に服用させるのは、初めての試みなので『脱狼薬』と併用させて頂きます。効用の結果を纏めて頂ければ幸いかと」

 スネイプは一層、顔を顰める。

「その魔法薬に聞き覚えがありませんが? しかも、初めてですと?」

 ダンブルドアがスネイプを宥め、一先ず承知させた。

「あの、大量に処方できませんか?」

 遠慮がちにルーピンが尋ねる。採血を拒否している様子が窺える。

「薬が古くなると効果が薄れます。駄目です」

 断言され、ルーピンは肩を落とした。

 簡単に茶を飲んだ十悟人は、3人に礼を述べ窓から校長室を去ろうとする。

「長々とお邪魔いたしました。おやすみなさい」

 最後に、十悟人はルーピンを振り返る。視線と感じたルーピンは、丁寧に会釈した。

〔お大事に〕

 外国語で呟き、十悟人は3人の魔法使いの視界から消え去った。

 安堵したダンブルドアが指を鳴らすと机と椅子は消えた。

「セブルス、不満はあろうが、あの方は一大決心をしてここに参られたのじゃ。それだけもわかってやっておくれ」

「校長が申されるなら、我輩は何も言いません。ただ、ひとつ」

 不意にスネイプの表情がより厳しく変わる。

「あの男に頼んだのは誰です?」

「しらん」

 即答され、不快にスネイプの口元が痙攣した。

「匿名の手紙が来てのお。彼の腕を借りるとよいとな。おそらく、リーマスの事情を知るものじゃろう」

 これにもスネイプは不愉快に眉を寄せる。

「トトも承諾してくれてるんじゃ、甘えるとしよう」

 こうなれば、誰も意見も聞き入れない。

 それを知るスネイプは八つ当たりでルーピンの頭を叩いた。

 

☈☈☈

 誰の視界に認識されない十悟人は静寂なホグズミード村にその姿を晒した。

 だが、ホグワーツ城の校長室にいたときと異なり、黒髪は白髪に、中年程の顔には老人の領域に達するシワが刻まれていた。

 同一の人間とは、誰も思わない。

 城の方角を見やり、十悟人は思いに耽る。

 ルーピンの体質を聞き、『解呪薬』の処方を頼まれたとき、頑として反対した。人狼が教鞭を取ることに我慢できないというのに、何故自分が関わらねばならないのかと詰め寄った。

 すると相手は機械的な笑みで、こう返してきた。

〝彼に会ってから、決めるといい。それでも嫌なら、諦めよう〟

 そして、その意味を理解した。校長室でルーピンを目にし、十悟人は絶対に断れない。歯噛みし、この場にいない相手を睨む。

(わしの……罪悪感を二度も利用するとは、やってくれるな。コンラッド)

 全てを見通す紫の瞳に嗤われている気がした。

 




閲覧ありがとうございました。
映画版の合唱、物語の雰囲気がそのまま歌詞になっていて、すごく好きです。
そう、教育免許、魔法の師は免許なんていらない!
注射はいくつになっても、嫌です。

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