こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
これにて、締めです。
追記:16年3月7日、17年3月5日、18年1月7日、誤字報告にて修正入りました。


14.また逢う日まで

 夕食を終え、クローディアはパドマ、リサと談話室に帰ろうと廊下を歩いていた。

「ごめん、クローディア。話があるんだ」

 ロジャーは返答を待たず、クローディアの腕を掴んで強引に廊下を連れまわした。呆れたクローディアは、パドマとリサに助けを求めたが、2人は満面の笑顔で見送ってくれた。

 生徒、幽霊、絵さえない空き教室に連れ込まれたクローディアは、仏頂面でロジャーを軽く睨んだ。普段の気取った笑顔のロジャーは、優雅に一礼した。

「僕は、君が襲われてひとつのことに気づいた」

 まるで舞台の上に立つ役者のように、大袈裟な雰囲気でロジャーは打ちひしがれた。

「僕は魔法使いとして、あまりにも未熟だ」

〔そりゃあ、そうでしょうさ〕

 日本語で呟くクローディアを無視し、ロジャーは何も持っていないはずの手から一輪のバラを取り出した。手品か魔法か判断できない程、見事な出し方であった。感心した彼女は、小さく頷く。

「僕は、男として魔法使いとして、磨きをかける。それまで、君の隣を誰にも渡さないでくれ」

「へ? あの、それは……」

 確認しよとしたクローディアの口に、バラの花を押し当てられる。

「クローディア。僕はこれから様々な女子と関係を持つ。でも、最後は必ず、君の元へ来る。誓うよ」

 酔いしれた瞳で見つめてくるロジャーに、クローディアは羞恥心に駆られて赤面する。それを照れと認識したロジャーは、幸せ者だ。

 だが、それを許してしまえる程、ロジャーは見目が良く、それを十二分に発揮できる性格の持ち主だ。好意を持てないクローディアさえ認める程、彼はカッコイイ。

「先に談話室に戻るよ」

 しなった仕草で、ロジャーはクローディアの髪にバラを挿し込む。硬直して動けず、彼が去り際にウィンクしてくるのを、TV画面を見る感覚で見送った。

 教室に残り、現実的な感覚を取り戻したクローディアは、全身に滞った息を力いっぱい吐き出した。彼女の呼吸だけが教室に響く。

「「愛されてるねえ、羨ましいよ」」

 愛嬌のある意地悪な言い方をしてきたのは、イタズラ笑顔のフレッド、ジョージだった。双子は扉にもたれてクローディアをただ見ている。

「気が変わるさ。そのうち……」

 己を磨いている間に、ロジャーに素敵な出会いがあることをクローディアは祈った。

 胸を大きく動かして深呼吸するクローディアは、髪にあるバラに指差しで触れる。途端に、バラは泡のように消えた。

「それで、フレッドとジョージは何のようさ?」

「「用があるのは、ジニーだよ」」

 双子の間から、躊躇いがちにジニーが教室に入ってきた。

 全ての事情は、ハリーから聞かされているクローディアは、僅かに心臓が緊張して跳ねた。リドルに操られていたジニーは、彼女達が回復しても重く責任を感じているのか、ここ最近も元気がなかった。

 両手を祈るように組んだジニーは、唇を震わせる。

「あの、私、もし、あなたが、ハリーを、好きなら、その」

「……ジニー? 何の話さ?」

 石化の話だと考えていたクローディアは、疑問する。耳まで真っ赤になったジニーは、必死に言葉を紡ぎだす。

「あなたなら、ハリーとのこと認めるわ!」

 甲高い声がクローディアの耳を貫いた。一瞬、目眩がし、双子を見やる。双子は肩を竦めるだけで何も言わない。

 ジニーは、口をしっかりと引き締め、真剣な表情で瞳を潤わせている。

 そこで、クローディアはジニーの本意に気づいた。

(ジニーは、ポッターが好きさ……)

 これまでのジニーの態度に、クローディアは納得した。ジニーは嫉妬していた。気づいてしまえば、本当に簡単なことだ。石化は行き過ぎているが、触れないでおく。

「ポッターとは、ただの友達さ。これは、絶対さ」

 ジニーまで目線を合わせ、笑みを消し真摯な顔つきでクローディアは応えた。ジニーの顔から、緊張の赤が消えていく。

「本当に、そうなのね。私、馬鹿みたい」

 安堵と自嘲を含めた笑い声。ジニーは腹の底から笑った。クローディアもつられて笑った。

 不意にクローディアは、ある事が浮かんだ。

「友達といえばさ。うちの寮のルーナ=ラブグッドとは、友達さ?」

 何度も首を傾げジニーは、横に首を振った。

「あんたのこと、すごく心配してたさ。日記帳のことも、危ないモノだって、気づいてたさ。何度も、あんたに捨てるように言った子さ」

 すごく曖昧ではあるが、ジニーは頷いた。

「よく私に話しかけてきたわ。あの子、ルーナ=ラブグッドね。覚えたわ。ありがとう、クローディア」

 話し込む少女2人を余所に、フレッドは背中に回した手でジョージから硬貨を貰っていた。ジョージは悔しそうに、なけなしの小遣いを手放した。

「(次は、ディビーズがクロックフォードを落すほうに賭ける?)」

「(俺は、ハリーに賭ける)」

 こうしてフレッドは、ロジャー。ジョージは、ハリーに賭けた。

 そんな会話がなされているなど、クローディアとジニーは露とも知らない。

 

 6月が終わる前、補習の全日程をやり終えたクローディアは開放感に浸る。ハーマイオニーは、試験がなくなったことをまだ根に持っていた。

 久方ぶりにハグリッドの家を訪れた。ハグリッドは、ハリーとロンのホグワーツ特別功労賞のお祝いとして特大ケーキを用意してくれた。

 一時的にも、ハグリッドを疑ったというのに、彼は全く気にしていなかった。それどころか、真犯人を見つけ出して無実を証明したと感謝した。

 ケーキを平らげ満腹となると、ハリーがベッロに必死に話しかけていた。何とも奇妙な光景に思えて仕方ない。ロンの話では、ベッロは呼称する概念がない。故にハリーは話し方を訓練しているらしい。

 ハリーは、それに夢中なのだ。

「人が勉強している間、そんなことしたさ?」

 ハグリッドから紅茶を貰ったクローディアは、ハリーとベッロのやり取りを眺める。

 人語ではない響きは聞き慣れすれば、確かに会話になっている気がする。無論、何を言っているのは、全くわからない。

「それで、何処まで言えるようになったの?」

 目を輝かせるハーマイオニーに、ハリーは嘆息する。

「全然。たまに『ハリー』って呼んでくれる。後は全部、アイツとか、コイツ……」

「私よりもポッターの名前さ?」

 不服なクローディアは、ハリーの真似をして『蛇語』を話そうとしたが、ただの呻き声になった。

「ポッターに主人の座とられたさ!」

 わざとらしくさめざめと泣くフリをするクローディアに、ロンも大袈裟に肩を竦める。

「でも、意思の疎通はとれてるじゃない。ね? ベッロ」

 ハーマイオニーは、ベッロの顎を撫でた。ベッロは気持ちよさそうに瞼を閉じて感触を楽しんでいる。疎通も大事だが、クローディアもベッロに名前で呼ばれたかった。

「そうだ、クローディア。いいもんやる」

 暖かく見守っていただけのハグリッドが、寝台の奥を探り始めた。

 机の上に置かれたのは、古い箱であった。瞬間、箱から1枚の写真が勝手に飛び出してきた。ハグリッドは、その写真をクローディアに手渡した。

 白黒写真には、クィディッチ選手のユニフォームを着込んだ7人の選手と、その後ろに選手を遥かに凌ぐ大柄の少年、周囲にも大勢の少年少女がクローディアに手を振っている。

「これ、ハグリッド?」

 興味津々のハーマイオニーが覗き込む。ロンも必死に見ようとする。

「ああ、俺が2年生のときに、ハッフルパフがクィディッチ優勝杯を獲得してな。ボニフェースはそのときのキャプテンで、キーパーじゃった。真ん中で箒を振り回しているのが、そうだ」

 確かに写真の中心で長身(ハグリットより小さい)の少年が歌舞伎の真似事のように箒を振り、他の選手が笑いながらそれを避けている。

 その顔は、クローディアが誰よりもよく知る父・コンラッドに瓜二つであった。この人物がボニフェースだと教えられなければ、コンラッドと見間違えてしまう程だ。

 コンラッドとの相違点といえば、ボニフェースは快活な印象を与える雰囲気を持っていることぐらいだ。

「そうよ、この人だわ」

 ハーマイオニーが嬉しそうに写真を凝視する。

「ドリスがな。もうボニフェースのことを話してもかまわねえって言ってくれた。ほらな、コンラッドにソックリだろ? 違うのは、瞳だけ。コンラッドの瞳はドリスのと同じだ」

 それを聞き、驚いたハーマイオニー、ハリー、ロンは咄嗟にクローディアを見やった。

「え? もしかして、ボニフェースって、クローディアのお祖父ちゃん?」

「つまり、あなたはベンジャミン=アロンダイトの親戚!?」

「おっどろいたあ」

 吃驚仰天している3人に、クローディアはたじろいだ。

「でも、会ったことないさ。顔だって、この写真で始めて見たさ」

「そりゃあ、そうだろう。ボニフェースはクローディアが生まれるずっと前に、死じまったんだ。遺体だってまだ見つかってねえ」

 切なげにハリーは眉を寄せた。

「ベッロはヴォルデモートが殺したと言っていた。でも、トム=リドルは……ただの記憶だけど、ボニフェースの死を悲しんでいたよ」

「『例のあの人』が悲しんでいた!?」

 思わずロンは机から、ずり落ちた。

「うちのお祖父ちゃんがヴォービートと友達なんて、超意外さ」

 自分の家族の友人関係には、毎回、驚かれる。去年のコンラッドとスネイプもそうだが、今回は特大ものだ。

「今、考えてみりゃあ。俺がボニフェースと仲良くしていると、奴はいつも反対してきたな。奴はボニフェースを独り占めしちまいたかったかもしんねえ」

 髭の中でハグリッドは小さく唸る。

「ボニフェースは『嘆きのマートル』に片想いしてたの?」 

 確認してくるハリーの疑問を聞き、動揺したハグリッドは椅子ごと飛び跳ねた。

「だ、誰がそのことを!」

「何となくだよ。ボニフェースはマートルの死を悼んで立って聞いたし、でも、マートルはボニフェースを知らなかったって言うし、それにトム=リドルが彼はマグル生まれの子を愛してたって」

 クローディアとハーマイオニー、ロンは何に驚けば良いのか、わからない。失礼ながら、『嘆きのマートル』がボニフェースを惚れ込ませるほど、魅力的に思えなかった。

「た、確かにボニフェースはマートルを好きじゃった。ただ、ボニフェースは……その恋愛が滅法弱かった。どうやって交際を求めるべきか、悩んでじょったよ」

 ハグリッドは、もじもじと両手の指先をくるくる回して口ごもった。

「けど、日記帳はクローディアが持っていたけど、よく惑わされなかったな」

「ああ、男子の日記を読む趣味はないからトランクに突っ込んでいたさ」

 ロンの質問に対し、クローディアは日記帳をトランクに放り込む仕草をした。今思えば、勝手に開いたりしなくて、本当に良かった。

「『例のあの人』の持ち物を粗雑に扱うなんて、あなたくらいよ」

 にっこりと微笑んだハーマイオニーがボニフェースの写真を見つめる。

「ねえねえ、ハグリッドはベンジャミンに会ったことないの? 彼のお兄さんよ」

「いや、ねえな。写真は見たことあるが、もう覚えてねえ。ボニフェースがいうには、大事な兄貴だったらしいな。いつも話しとった。悲しそうにな。俺は、ボニフェースが悲しそうな顔をするのが嫌だった」

 急にハグリッドの空気が哀愁を漂わせた。それで、4人は自然に笑みを消す。

「『太った修道士』から、良い生徒だって聞いたさ」

 写真を見つめ、クローディアは呟く。写真の奥のほうで小さく写った『太った修道士』が手を振っている。生まれて初めて心霊写真を見た。

「ハリーの『蛇語』は、『例のあの人』の力の一部だって言ったよな?」

「うん、……そうだよ」

 不思議そうにロンは、ハリーとベッロを交互に見やる。

「去年、『例のあの人』は……クィレル先生の後頭部にいたのに、ベッロがアグリッパだって気がつかなかったのかな? なんというか、『太った修道士』もベッロのことを知っていたみたいだし…」

 ロンの素朴な疑問に、全員の視線がベッロに向けられる。

「どうなの、ベッロ? ヴォルデモートは、君に気付いていた?」

[勿論、気付いていたとも。馴れ馴れしく話しかけてきたから、噛みついてやろうとしたが邪魔された。隙を見て、何度も挑戦したが無駄だった。口は利いてない。約束は破ってない。小僧だった奴との約束だ。誰が相手でも口は利かなかった]

 くすりと笑うベッロの言葉をハリーは皆に伝えた。

「ベッロは『例のあの人』なんぞ、恐れちゃあいねえ。全く、大した肝っ玉だ」

 感心したハグリッドがベッロを優しく抱き上げた。

 

 最期の日、荷支度が整う。

「7年生は『N・E・W・T試験』が取りやめになって、ラッキーだったな」

「俺らの時もそうならねえかな。癒者(ヒーラー)になるのに、『N・E・W・T試験』で上位の成績収めないといけないって聞いたしよ」

 ロジャーと4年生ザヴィアー=ステビンスがそんな話をしていた。

「『秘密の部屋』が本当にあったんだから、髪飾りもあるかもしれない」

「ああ、ロウェナ=レイブンクローの髪飾りね。でも、フリットウィック先生が一度、探したけど見つからなかったって」

 目を輝かせるセシルの呟きに、マンディが望み薄だと返す。

 レイブンクロー生なら、一度は耳にする『失われた髪飾り』。身につける者に知恵、もしくは計りしれぬ英知を与える代物。某RPGゲームでいうところの誰かさんのリボンみたいだ。頭装備に知力増加は、何処の世界も同じらしい。

 ハリーがバジリスクを倒した時に用いた『グリフィンドールの剣』と同様、創設者の遺品のひとつである。残念ながら、その名の通り所在不明だ。

「諦めなさい。決して、手に入ることはありません」

 『灰色のレディ』に冷たく諭され、セシルは落胆した。『灰色のレディ』は、毎年のように誰かが髪飾りについて尋ねて来るので、うんざりしているそうだ。

 

 フリットウィックから注意事項の用紙を配布され、後はホグワーツ特急に乗り込むだけだ。

 玄関ホールに向かう生徒の流れの中で、クローディアは誰かに腕を掴まれた。振り返ると、それはルーナだ。彼女の頭には、何故か本物の葡萄が乗っていた。

「あんた、あたしのことジニーに話してくれたんだって? ジニーがあたしにありがとうって言ってくれたよ。友達が出来たみたいで嬉しかった。だから、ありがとう」

 寝言のような口調は、何処か喜びが込められている。

「どういたしまして、ルーナ」

 微笑んだクローディアは、ルーナの頭(葡萄を避けた)を撫でた。ルーナは、見開いた目を更に大きくする。一瞬、触れられるのを拒まれたのかと考えた。

 クローディアが口を開く前に、ルーナは浮つきの消えた口調で見上げてきた。

「いま? あんた、あたしのことルーナって言った?」

 歓喜に震えたルーナに、クローディアは頷く。

「そうさ、私のこともクローディアでいいさ」

 突然、痙攣したようにルーナは顔を揺らした。

「いいよ。うん、クローディア。あたし、あんたのその喋り方、ガサツでダサいって思ってたもン」

 いきなり悪態かと、クローディアは苦笑した。しかし、ルーナは自らの名前とは反対の太陽のように明るい笑顔を見せた。花が咲いた笑顔は、妙に心を安心させる。

「でも、もうダサくないよ。すごくあんたに合っているもン」

「ありがとうさ」

 ぴょんっと跳ねたルーナは、生徒の間を走り去ってしまった。人が混雑した廊下で誰ともブツからない彼女に、クローディアは違う意味で感心した。

「ミス・クロックフォード」

 背後からかけられた闇色の声に、クローディアは寒気が走る。振り返れば、案の定、スネイプが不機嫌に見下ろしてくる。

 急に周囲がクローディアとスネイプから離れていく。

「6月に入ってから、ミスタ・マルフォイが異常な痒みに襲われるそうなのだが、何か心当たりはないか?」

 質問ではなく、尋問に近い厳しい口調であった。

「マルフォイのお父上が理事職を降りられたことで、落ち込んでるのだと思います」

 自然な笑顔を取り繕う。しかし、ドラコの沈黙の原因は、クローディアにある。

 ドラコはクローディア達が石化している間に、ハーマイオニーを『穢れた血』と罵り、ダンブルドアをこれみよがしに批判していた。ご丁寧にフレッド、ジョージ達が教えてくれた。その御礼として、ささやかなお仕置きをしたのだ。

 以前、ドラコを殴りかけたときに『次は当てる』と約束していた。その為、クローディアは魔法を当ててやった。無論、ドラコはそのことを知らない。痒みは不定期に突然、全身を襲ってくる。地味だが、これは非常に効果的だ。

「スネイプ先生。『蘇生薬』では、お世話になりました。ありがとうございます」

 去年は、礼も謝罪も言えなかった。そんなヘマは二度としない。しかし、不思議と去年程の感謝の気持ちは、湧かなかった。理由は簡単だ。スネイプの態度に問題がある。それでも、礼儀を欠いてはいけない。

「ミス・クロックフォード」

 闇色の声が、一段と深くなり、クローディアはビクッと肩を跳ねる。

 スネイプが耳元まで顔を寄せる。

「組分け帽子は、君に何処の寮に入りたいか、聞いてきたかね?」

 囁かれた言葉に、クローディアは恐怖とは違う感覚で、血の気が引いた。それは本当に誰にも話していない。

 絶対、クローディアしか知らないはずだ。

 表情が固まるクローディアを見下ろすスネイプは、口元を歪ませた。そのまま、何も言わずに黒いローブを翻し立ち去った。

 

 ホグワーツ特急に乗り込んでからも、クローディアの耳は動悸の音に支配された。何処も見ず、口も開かず、騒がしい動悸が治まるのを、ひたすら待った。

 コンパートメントに同席しているパドマが何度も心配してくれたが、曖昧に返事をするしかなかった。

 漸く、クローディアの動悸が治まる頃を狙ったように、フレッドとジョージがコンパートメントに『花火』を放り込んでくれた。

 おかげで、リサとハンナは半狂乱になり、クローディアは双子を怒鳴りつけた。

「僕らを置いて日本に帰るのが悪い」

「そうそう、俺達、クロックフォードの誕生日にお祝いしたかったのに……痛い!」

 口を尖らせ文句を垂れるフレッド、ジョージをパーシーが耳を掴んで連れて行ってくれたので、4人は感謝した。

 騒がしい生徒を乗せた汽車は、無事キングズ・クロス駅に停車した。荷物を持って下車しようとしたクローディアをハリーが呼び止めた。そして、握手をするように羊皮紙の紙切れを渡してきた。

「これ、電話番号。日本にいても電話出来るだろ? だから、あげる」

 他者から電話番号を教わるのが久しぶりすぎたのか、クローディアは奇妙な感じがした。だが、決して断りはしない。

「国際電話は高くつくさ」

 力強く頷くクローディアは、紙切れを受け取った。

 汽車を降り、真っ先にドリスを見つけることが出来た。しかし、駆け寄るのを躊躇った。否、他人のフリをしたかった。

 困ったように微笑むドリスの隣にいる日本人のせいだ。ドリスよりも小柄な老人の男は、物々しい雰囲気で仁王立ちしている。まるで、獲物を待ち伏せる獣を思わせる。無論、周囲の人々はその日本人から遠のいて歩いている。

「ねえ、あのお爺さん。もしかして、クローディアの?」

 遠慮がちに尋ねてくるハーマイオニーに、項垂れたクローディアは諦めたように頷く。

 勇気を振り絞ったクローディアは、己の祖父に向かって手を振る。途端に祖父は彼女の傍までその厳つい顔を近づけた。

〔ただいまさ……〕

 苦笑するクローディアに、祖父はわざとらしく鼻を鳴らす。

〔ぶくぶく太りおって、怠け者が〕

 容赦ない悪態に、クローディアは話を逸らそうとハーマイオニーを紹介した。話を遮られたことに、祖父は不機嫌であった。それでも、彼女に笑顔を向けてくれた。

「いつも、孫が世話になっております」

 丁寧に挨拶してくる祖父に、ハーマイオニーも倣う。

「クローディアから、医師だと聞いていますが、専門は何をなさっているのですか?」

 質問に答えようとした祖父の言葉がドリスの上擦った悲鳴で掻き消された。彼女はドン引きしたように眉を痙攣させ、祖父を見やる。

「医者(ドクター)でいらしたの? 刃物や針で身体を傷つけたりするという? てっきり、私と同じ癒者だとばかり……」

「患者に治療を施す点では、同じですぞ」

 辛辣な態度で祖父は、ドリスに吐き捨てた。

 この2人の奇妙な雰囲気を目の当たりにし、クローディアとハーマイオニーは狼狽した。

 しかし、ハリーがドリスに気付いて挨拶に来たので助かった。

 クローディアは、ハリーに耳打ちで祖父を紹介した。背筋を伸ばし、彼は祖父の前に出て挨拶する。ハーマイオニーと変わらない態度で祖父は、彼と簡単に握手する。

「ドリスから、よく聞いておる。これからも孫をよろしく」

「はい。あ、あのポリジュース薬の材料のことでは、本当にお世話になりました」

 周囲に聞こえぬように、ハリーは祖父に小声で礼を述べた。祖父も小さく頷く。

「持っておったモノしか、渡せんかったからのう。あまり、役立てたとは思えんがの。ハリー=ポッター、お主は中々に礼儀正しい子じゃ」

「そういえば、なんで持ってたさ。魔法使いじゃあるまいさ」

 含みのある言い方をする祖父に、クローディアは首を傾げる。すると、祖父は険しく目を細め、苦虫を噛み潰す。

「わしは、魔法使いじゃよ」

 適当に、言い放たれた告白。

 クローディアは、驚愕を通り越して完全に硬直した。その反応に、流石のハーマイオニーも呆れ顔で深くため息をつく。

「気づいてなかったの? じゃなきや、私が材料を下さいなんて言わないわよ」

 正論に止めを刺されたクローディアは、ハーマイオニーの顔がマトモに見られなくなり、自らの顔を両手で覆い隠した。

〔落ち込むのは、後にせい。明日の始発で日本に帰るんじゃ、さっさと行くぞ〕

 慰める様子もなく、祖父はクローディアの服の襟を引っ張り、ホームを進んだ。

「またね。ハリー」

 荷物を乗せたカートを押しながら、ドリスも慌ててクローディアの後を追う。

 駅までタクシーを拾い、後部座席に3人で乗り込んだ。滅多に乗らないタクシーにドリスは緊張する。その時、祖父はクローディアの手にある紙切れに気付いた。

〔その紙はなんじゃ?〕

〔ポッターの家の電話番号さ……〕

 怪訝した祖父は紙を見やる。

〔ハリー=ポッターは、ダーズリー家で暮らしていると聞いたぞ?〕

〔だから、そこの電話番号さ〕

 羞恥心でクローディアはあまり話したくない。急に祖父はタクシーの窓から外を見た。隣の車線にハリーを乗せたダーズリー家の車が見えた。向こうはこちらに気付いていない。

〔ハリーの学校の友達から電話がきたなど、受け入れてもらえんじゃろ。わしが取り成してやろう。ダーズリー氏には、マグル側からツテがあるのでな〕

 意外な提案にクローディアは、顔を上げて祖父を凝視した。

〔いや……なんだ。その2年間、頑張ったしのお。そのハリーも友達と電話したいじゃろう〕

 口ごもる祖父は咳払いした。そういえば、なんだかんだと祖父はクローディアに甘いのだ。

〔ありがとうさ〕

 ここは素直に喜び、クローディアは祖父に感謝した。

 

☈☈

 客間の家具は、どれも貴賓を重視した造りである。

 スネイプが腰かける黒革のソファーも同じだ。

 飲みかけのラム酒が入ったグラスを手に、スネイプはマルフォイを失礼のないように見据えた。理事会を解任されたにも関わらず、彼の余裕は崩れることはない。

 バーサ=ジョーキンズが魔法省全職員に、マルフォイの醜聞を飛び火のように広めたことなど、痛くもない。

 多少の強がりをスネイプは見抜いているが、マルフォイに同意しておく。

「ドリスと話をした」

「彼女が何か?」

 動揺を面に出さず、スネイプが聞き返す。

「私は、ひとつの確信を持った。コンラッドは生きている。そして、ドリスもそれを知っている」

「何故です?」

 マルフォイはグラスのラム酒を舌で転がし、飲み干す。

「ドリスは私に「あなたに言わなければならないことはない」と言ったのだよ。もし、コンラッドから何の音沙汰もないのであれば、「何も連絡はない」と答えればいいだろ? 確実にコンラッドは戻ってきている。漏洩を恐れ、君にさえ連絡しない程、徹底している。ドリスも我々が考える以上に狡猾かもしれない。あの異国の小娘を使い、さも孤独な老人を演じているように思えてならないね」

 クローディアはコンラッドの娘だ。本人がそう公言している。これをマルフォイに伝えるのは、危険すぎる。おそらく、彼女を拷問にかけてでも、コンラッドの居場所を吐かせようとするに違いない。

 あるいは、娘を餌に父親を誘き出す手段も取りかねない。それだけ、マルフォイはコンラッドの失踪を怒っている。

「コンラッドを見つけた場合、どうされます?」

「勿論、それ相応の罰は受けて貰うつもりだ」

 マルフォイの唇が薄く引き延ばされて、嗤う。

「私の方からも、あの小娘にそれとなく聞いておきましょう。何も知らないでしょうが」

「頼りにしているよ。セブルス」

 マルフォイがグラスを掲げたので、スネイプも掲げた。

 カチンッ。

 グラスが交友の音を奏でた。

 




閲覧ありがとうございました。
これにて、『秘密の部屋』を終わります。
●ザヴィアー=ステビンス
 原作四巻にて、苗字のみ登場。

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