こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
やっと、トムの日記です。

追記:16年10月3日、17年3月5日、誤字報告により修正しました。


9.トムの日記

 怪物の候補としてバジリスクを調べ上げたが、『継承者』は誰だがわからずじまいで終わった。しかも、クローディアとハーマイオニーの身体に問題が起きた。

 1時間近く、影に変身していたせいか、クローディアの体が様々な影に粘着する体質に変化していた。『解呪薬』を飲もうにも、印籠には最後の一粒しかない。これを使うわけには行かない。

 ハーマイオニーは嘔吐により体力を失い、その場で倒れてしまった。

 クローディアはロン、ハーマイオニーはハリーの背におぶされ、医務室に運ばれた。追求しないが愕然としたマダム・ポンフリーに2人は長期入院を言い渡された。

 自分達がいない間もハリーとロンは、『継承者』の手掛かりを探すか話しあった。これに関し頼れるのはハリーの『蛇語』のみである。

「耳を澄ませるさ、ポッター。蛇語を聞き分けて『継承者』を探すさ」

「でも、蛇語との区別がつかないよ」

 結局、本当にバジリスクが怪物か調べてもらうことになった。

 

 

 年を越え、新学期を迎える前に生徒達は学校に戻ってきた。

 クローディアの入院を知ったパドマは彼女が怪物に襲撃されたと誤解した。激しく狼狽しながら見舞いに来たので、マダム・ポンフリーに叱られた。

「ちょっと、魔法に失敗しただけさ、心配かけてゴメンさ」

 心配をかけたことに深く反省したクローディアは寝台の上で正座し、泣き腫らした顔でパドマは許してくれた。

 新学期が始まり、クローディアとハーマイオニーに、パドマとパーバティが宿題を届けてくれたので、授業を遅れずに済んだ。

「『魔法薬学』の授業、スネイプ先生がいつ怒るかわかんなくて、皆びくびくしてるの」

「うわあ、退院するのが怖いさ」

 パドマが授業での細かい点を説明している中、パーバティが小さく悲鳴を上げた。

「あの子……、何してるの?」

 表情を引き攣らせたパーバティが扉を指差す。クローディアとパドマ、ハーマイオニーの視線が震える指先に集まる。扉には、白いシーツを半分被り床に這いつくばったルーナがこちらに忍び寄っていた。

 一瞬、驚いたクローディアは肩をビクッと揺らした。ハーマイオニーは言葉をなくして呆然とし、パドマは呆気にとられていた。

 ルーナは寝台の脚を伝って這い、クローディアの元へと辿り着いた。

「ラブグッド、どうしたさ?」

 躊躇いながら、クローディアはルーナに声をかけた。

 ルーナはシーツの中から、茨で編んだ輪を取り出し、クローディアの頭に乗せた。乗せられた瞬間、ちょうど良い角度のトゲが頭に軽く刺さった。

「あんた、ナーグルだらけだもン。こうすると、少しはマシになるよ」

 どこぞの聖人の真似事に思える。

「あ、これ王冠みたいさ。ラブグッドが作ったさ? ありがとう」

 トゲに当たらないように注意し、クローディアは当たり障りのない言葉でルーナに礼を述べた。

 ルーナは大きく頷き、再び地面を這って医務室を去っていった。一安心したクローディアは茨の冠をとり、枕元に置いた。頭に触ると指に血が付着した。

「ねえ、ナーグルって何?」

 ハーマイオニーの問いかけに、答えられる者はいない。

 だが、茨の冠は思いの他、役に立った。

「うわ、本当にくっついてる♪」

「影のように従うってヤツ?」

 ハリーとロンも毎日見舞いに来てくれたが、その度にフレッドとジョージが同行し、クローディアを自分に影に着けて遊んだ。苛立って、毎回、茨の冠で双子を追い払った。あまりにも騒ぐため、マダム・ポンフリーは彼らを出入り禁止にしてくれた。

 

 一難去るとまた一難、ロックハートが大袈裟な笑顔と趣味の悪い派手な花束を抱えて見舞いに訪れ、ご丁寧に見舞いカードを置いていった。

 目を輝かせたハーマイオニーがそれを枕の下に敷いて眠った。不愉快極まったクローディアは自分に贈られたカードを破り捨てた。

 

 次に見舞いに来たハリーとロンは、朗報をもたらした。

「気付いたんだけど、バジリスクの可能性は強くなったよ。これまで襲われた人は直接、怪物の目を見ていないんだ。ミセス・ノリスは廊下に撒かれた水に映ったのを見た。ジャスティンは半透明の幽霊を通して見た。サー・ニコラスは幽霊だから二度も死ねないんだよ」

「すごいじゃない、ハリー。そこまで推理するなんて」

 ハリーはローブから黒い手帳……日記帳のような物を取り出した。

「これがマートルのお手洗いに落ちてたんだ。それで、マートルが床を水浸しにして、気付いたんだ」

「マートルのヤツ、僕らがこれを捨てたみたいに言うんだぜ」

 クローディアはハリーから日記帳を手渡された。

「トム=マルヴォーロ=リドルさ。何も書いてないさ」

「きっと、他人に読まれないような魔法が施されているんだわ」

 目を輝かせるハーマイオニーと違い、クローディアは日記から言いようのない不安を覚えた。

「仮にバジリスクが怪物だとしても、そんなでかい蛇がうろついてたら、いくらなんでも気付くだろ?」

「その辺も調べてくれたら、嬉しいわ」

 的の射たハーマイオニーの発言に、ロンは口を噤んだ。

 

 今年最初の寮対抗試合、スリザリン対ハッフルパフは『ニンバス2001』と汚い戦法によって、スリザリンが勝利した。

 足に包帯を巻いたセドリックが、ドラコの反則紛いの行為に怒り心頭となり罵詈雑言をぶちまけた。普段は物静かな彼がこれ程、切れたことはないとロジャーは苦笑していた。

 

 

 丸々一月もの入院を終え、クローディアとハーマイオニーは寝台生活から解放された。

「なんで治しちゃうの?」

「いいこと思いついたのに」

 廊下で、偶然すれ違う双子が異様に残念がる。クローディアは癪に障り、御礼の拳を双子の腹に贈った。加減を間違えたのか、フレッドとジョージは気絶し、そのまま医務室に運ばれた。

 数々の賞を保管するトロフィー室。その壁にもたれ、クローディアはリドルの日記帳を胡散臭そうに見つめる。

 『現れ消しゴム』などの魔法で日記帳を探ったが、文字が浮かぶことはない。それで彼を調査する方針になり、今に到る。

「何にも書かれてないわねえ」

 トム=リドルの名を刻んだ盾を繁々と見つ、ハーマイオニーは残念そうに呟く。

「なんか書いてあったら、盾がもっと大きくなるから、きっと僕は今でもこれを磨いてただろうよ」

 ロンは盾に向かって悪態を付く。罰則の際、彼はトロフィー室の飾りを全て磨かされたことを根に持っている。調べれば調べる程、トム=リドルが成績優秀な監督生であることが知れる。しかも、首席だ。

 ロンはそれも気に入らないのだ。

「マグル生まれで、トムって名前は五万といるさ。アニメの猫もそうだし『漏れ鍋』の主人さんもトムさ。せめて、何処の寮か書いてあれば探しやすいさ」

「首席名簿には寮までは書かないもんね」

 ハリーは首席名簿を何度も確認したが、やはり寮名はない。

 お手上げ状態の4人は深くため息を付き、嘆きはトロフィー室に小さく木霊した。唸るだけでは事は進まない。クローディアはスカートのポケットからボールペンを取り出し、日記帳の最初のページを開く。

「とりあえずさ、これまでわかったことを纏めるさ」

 徐にボールペンを走らせ、黄ばんだページに書き込んだ。しかし、ペン先で書かれた文字が紙に吸収され、再び白紙に戻ったのだ。

 その光景を見た4人に驚き、お互いの顔を見合わせる。

「もっと、書いてみて」

 興味が膨らみ声を弾ませるハーマイオニーは、日記帳を食い入るように見つめる。クローディアは、イタズラ心で日本語を綴る。

【ロックハートの阿呆】

 その文字も紙に吸い込まれた。

 代わりに、4人の筆跡ではない文章が浮かび上がる。

【君は誰だ?】

 得体の知れない恐怖にクローディアは思わず、日記帳を床に叩きつけた

「なんてことするの!?」

 魔法の反応にハーマイオニーは歓喜に包まれ、ハリーも興奮した。しかし、ロンは戦慄して声を荒げた。

「これは危ない! 捨てよう!」

「ロンに同意さ。何か、すごく嫌な感じがするさ!」

 慌てたハリーは日記帳を拾い上げ、奪われないように抱きしめた。

「待って! もしかしたら、50年前のことを知ってるかもしれないんだ!」

「物は試しよ。そうでしょう?」

 青ざめたロンは激しく頭を振り、日記帳から遠ざかる。納得のいかないクローディアは、ハーマイオニーの縋る視線に心が折れた。

 ハリーがクローディアからボールペンを借り、日記帳に文字を綴る。

【僕は、ハリー=ポッターです。貴方は誰ですか?】

 返事が来た。

【こんにちは、僕はトム=リドルです】

 そのままハリーはトム=リドルと綴りあい、50年前に開かれた『秘密の部屋』の怪物によって女子生徒が死に、犯人は追放されたが投獄されなかった。いつの日か、事件は繰り返されることを予期し、日記を特殊な方法で記録しておいたと説明した。

 しかも、犯人を逮捕した光景を見せるという内容の文章に、4人は困惑する。

「なら、私さ! これに文字書いたのは私さ」

「待って、僕も見たい」

「私もよ。どうやって見れるのか、興味……いいえ、犯人が気になるし」

「ちょっと待って! 3人ともいなくなったら、僕1人だぞ。勘弁してよ」

 揉めた結果、クローディアとロンが残ることになった。

「見張りをよろしくね」

「大丈夫よ。文面を見る限り、この人は親切だわ」

 ハリーがリドルに了解の返事を書き込む。瞬間、勝手に6月13日と書かれたページが捲られた。淡い光沢はハリーとハーマイオニーを包み込んだ。

 

☈☈

 視界の色彩が霞んだ世界。ハリーとハーマイオニーは記憶のリドルが当時の校長アーマンド=ディペットと会話し、50年若いダンブルドアと挨拶するのを見届けた。

「すごいわ、これって」

 過去を視る魔法にハーマイオニーは興奮し、その場で跳ねた。ハリーは感激よりも真相を知るべく、周囲を警戒した。

 リドルが地下牢への階段を降りると、1人の男子生徒が廊下で蹲っていた。

「まさか、彼が犯人?」

 流石のハーマイオニーも笑みを消し、ハリーの肩に手を添える。緊張に2人は、思わず唇を噛み締める。しかし、リドルは男子生徒の背に優しく声をかける。

「ボニフェース、もうやめるんだ」

 呼ばれた男子生徒は、鈍い動作で立ち上がり、ゆっくりと振り返る。柔らかな髪、端正でいて愛想の良い印象を与える顔立ち、色の確かでない世界でボニフェースの瞳は炎のように赤い。

「トム……、彼女が……彼女が……俺はどうすればいいんだ……?」

 哀惜と怒りでボニフェースの声は震えている。

「こんな時間に、ここにいたら行けない。もう君は十分やったんだ。さあ寮に戻るんだ」

 リドルはボニフェースの背を押し、地下牢の階段を登らせた。

 

☈☈

 日記帳に顔を突っ込んだ状態でハリーとハーマイオニーは身動ぎせず、クローディアとロンは不安に駆られた。

 どう考えても、2人分の顔もない日記帳が光に吸い込まれたように嵌められている。何が見えているのか見当もつかず、1分、2分程度の経過が重苦しく感じても待った。

 ハリーとハーマイオニーは平然と顔を上げ、日記帳の光は消えた。

 安心したクローディアはハーマイオニーに駆け寄る。ハリーとハーマイオニーは動悸を激しくし、荒い呼吸を繰り返した。

「ハグリッドだ……。継承者はハグリッドだった!」

 ハリーの悲痛な叫びにハーマイオニーは涙した。

 クローディアとロンは顔を見合わせ、同じ疑問を抱いていることを確認し合う。

「「ハグリッドに『蛇語』がわかる?」」

 語尾は違っていた。

 すっかり動揺したハリーとハーマイオニーの為に、時間を置くことにした。

 

 

 翌日。

 午前の授業を終え、4人は再びトロフィー室を目指す。それでも廊下で声を抑え真偽を討論しあう。ハーマイオニーは、ハグリッドが犯人などと信じたくない。しかし、日記の出来事を否定できない。

 ハグリッドが箱に隠していた何か、ハリー曰く、毛が生えていたらしい。

「ハグリッドに直接聞きに行きましょうよ。そのほうが早いわ」

「そりゃあ、楽しいお客様だろうね。やあハグリッド、教えてくれる? 最近、毛むくじゃらの大きい奴を嗾けなかったって?」

 ロンが大袈裟に肩を竦める。急に4人の周囲が陰った。

「毛むくじゃらだと?」

 太い声が降り注ぎ、4人の背筋が粟立った。

「俺のことじゃなかろうな?」

「「「「違う!」」」」

 全力で否定する4人をハグリッドは、困惑して見下ろした。言葉に詰まった4人は、話題を探す。そこで、クローディアは不意に思いついた。

「ベッロはいつ返してもらえるか、知らないさ? スネイプ先生に聞きたいけど、恐くてさ」

「あ~そりゃあ、俺にもわからん。ロックハートの奴がまだ騒ぎよる。スリザリンの『継承者』なら怪物も蛇で、ベッロだろうって言い出しやがって」

 憤慨するハグリッドは、息を荒くする。クローディアも相槌を打つ。

「ロックハート先生がベッロを処分しようとしたって聞いたさ」

「そうとも、スネイプ先生が監視するって言い出さなきゃ。あのロックハートのことだ、やりかねえぞ」

 必死に首を振り、クローディアは少し俯き加減で気落ちしたフリをする。

「クローディア、淋しいからって妙な気を起こすなよ?おまえさんたちもだぞ」

 簡単に警告し、ハグリッドは廊下を突き進んで行った。その背を4人は、居た堪れない気持ちで見送った。

 

 トロフィー室。4人以外誰もいないことを確認し、ハーマイオニーは日記帳が見せた記憶を詳細に説明した。その中で、クローディアはボニフェースの存在に着目する。

「ボニフェースってさ、ボニフェース=アロンダイト?」

「知り合い?」

 ハリーが食いつくように反応する。

「ハグリッドの友達だってさ、すごく……仲が良かったらしいさ。ハグリッドが退学されてからも友達だったってさ」

 クローディアの父方の祖父であることは伏せた。十分、意外だったのか、ハリーは目を丸くする。

「きっと、ハグリットが犯人だと知らないんだよ」

 ハリーは自分で結論づけたが、クローディアは疑問点を上げる。

「でもさ、怪物は蛇さ。でもポッター達の見たのは毛むくじゃらさ。蛇に毛が生えるなんて、うう……怖いさ」

「僕もリドルはやな感じがする」

 ロンが口を尖らせ、何故かパーシーの物まねをする。

 沈黙していたハーマイオニーが突如、奇声を上げた。

「ベンジャミン! ベンジャミン=アロンダイト! 同じ姓だわ、何か繋がりがあるかもしれない! アロンダイトなんて、そうそういないもの!」

 ハーマイオニーの肩を押さえ、クローディアは尋ねる。

「アロンダイトって珍しいさ? というか、その人……随分前に亡くなったさ?」

「だから、これに聞くのよ」

 ハーマイオニーは日記帳を指差す。

「リドルをこれなんて、言わないでくれよ」

 不満そうにハリーは、クローディアからボールペンを借り適当なページに質問を綴る。

「ボニフェース=アロンダイトとベンジャミン=アロンダイトを知っていますか?」

 文字は吸収され、別の文章が浮かぶ。

【勿論です。ボニフェースは僕の無二の親友です。ベンジャミンはボニフェースの歳離れた兄です。ベンジャミンはスクイブで、ボニフェースが幼い頃に家を飛び出したそうです。ボニフェースはいつか兄弟の再会を果たすことを夢見ていました。しかし僕たちが在学中に、ベンジャミンはマグルの世界で有名人になりました。ボニフェースは兄の成功を喜ぶ反面、二度と会えない、会ってはいけないと自分を戒めていました】

 文章はそこで終わり、ページは白紙に戻った。

「素晴らしい発見だわ、ベンジャミンに兄弟がいたなんて、パパとママに教えなきゃ」

 体を弾ませ喜ぶハーマイオニーはすぐに冷静さを取り戻し、疑問を口にする。

「でも変だわ。ハグリッドもボニフェースを友達だって、いうなら、この人…」

 ロンが噛み付くように、言葉を出す。

「友達を密告したも同じだよ、信じられない! 嫌な奴だよ」

 白紙になったページを指先で軽く叩き、ハリーは思考する。

「このボニフェースって人に会えれば、何かわかるかもしれない。けど……ハグリッドに聞くわけにも……」

 項垂れるハリーに、クローディアは不意に閃き、拳で自らの手の平を強いた。少し強めだったため、乾いた音がトロフィー室に響いた。

「ボニフェースはハッフルパフ生さ。なら、もっといい人がいるさ」

「まさか、スプラウト先生? 50年前はいないよ。いくらなんでも」

 否定の意味で、ロンは苦虫を噛み潰したように、顔を顰める。

「もっと、適した人さ」

 自信満々のクローディアは、イタズラっぽくウィンクした。

 トロフィー室を出たクローディアは、天井を注意深く見上げながら廊下を進んだ。その後ろを理解不可能といわんばかりの3人は、ひたすら着いていく。

 

 突然、クローディアは足を止めた。足を止めそこなったハリーがその背中にモロに顔面をブツける。すぐにハリーは彼女へ謝罪した。当の本人は3人を振り向き、にんまりと口を綻ばせた。

 クローディアが見上げる天井付近には、幽霊達が寄り集まり、談笑していた。その内の1人、修道服のふくよかな体形の男へ彼女は呼びかける。

「『太った修道士』、お時間よろしいでしょうか?」

 ハッフパフ憑き幽霊『太った修道士』。

 そこでハーマイオニーは、クローディアの言葉を理解した。何百年とこの城に住まう幽霊。しかもハッフルパフ憑きなら、ボニフェースのことを訊ねるのに、最も適任だ。

 『太った修道士』は他の幽霊に会釈し、4人の元へと舞い降りた。穏やかな微笑で4人を見渡す。

「迷える生徒達、懺悔かね?」

「いいえ、修道士。お聞きしたことがあります。これまでのハッフルパフ生をどれだけ、覚えていますか?」

 出来るだけ丁寧に質問するクローディアに『太った修道士』は眉を寄せる。悲哀を込めた表情を見せる。

「長い歳月、わしはここにおるのでのう。印象のある生徒しか思い出せんのだ」

 クローディアは一旦、3人を振り返る。ハーマイオニーが先を促す意味で頷いた。彼女も頷き返し『太った修道士』を見上げる。

「ボニフェース=アロンダイトという生徒をご存知ありませんか?」

 これに『太った修道士』は瞑想するように瞼を閉じる。目を伏したまま、彼は答えた。

「何か特徴はないかの? どの時代、どのような品性、どのような使い魔だったか…」

 クローディアは素直に話した。

「彼は、50年前の生徒です。監督生で、トロールと相撲をして半殺しにあったそうです」

 内容に、ハリーとロンは寒気のようなモノを覚えた。1年生の折にトロールと対峙したときのことを思い出したのだ。あの時は、魔法で気絶させることに成功した。それでも、命からがらだった。そのトロールと相撲の相手など、正気ではない。

 ハリーは日記で見たボニフェースの姿と話の内容に、衝撃を覚えた。

「思い出したぞ! トロールと格闘し生徒で監督生になったのは、後にも先にもあの子だけじゃろう。おうおう、懐かしい。あの子は、成績が最悪。落第しないのが不思議であったとも」

 開眼した『太った修道士』は、天井を仰いだ。少し安心したクローディアは、脳内で質問を選ぶ。何故なら、この質問が『秘密の部屋』に関することに繋がると知れば、幽霊達は口を閉ざしてしまう。レイブンクローの監督生が『灰色のレディ』に伝説の真偽を問おうとすれば、しばらく雲隠れしてしまった。

「どのような生徒……」

「わしが知る限りでは、ヘルガ=ハッフルパフにもっとも近い生徒であった。あの全てを分け隔てなく包み込む優しさ……、いや、そんな簡単な言葉では表しきれん。ハッフルパフの生徒としては、まさに最高であった」

 思い出に浸る『太った修道士』は、クローディアが訊ね終わる前にべらべらと喋りだした。しかも、段々と話の方向性がズレていく。

 堪り兼ねたハリーが声を出した。

「では、トム=マルヴォーロ=リドルという生徒については、知りませんか?何処の寮かはわかりませんが、彼も監督生でした」

 急に『太った修道士』は、酔いが醒めたようにハリーを見下ろす。

「わしは、これから用があるので失礼するとしよう。死んだ身でも予定はあるのでのう」

 『太った修道士』の態度に、ハリーは自らの失言を認める。クローディアは背を向けて去ろうとする『太った修道士』に慌てて声をかける。

「最後に、ひとつ。ボニフェース=アロンダイトが卒業した後のことを知りませんか?」

 緊張を含ませるクローディアの声に、『太った修道士』は首だけ振り返る。

「わしよりも詳しいものに聞くとよい。そうハリー=ポッター。噂が本当なら、彼の者が全てを語るだろう」

 謎かけの一種に思える。クローディアが追求しようとした。

 瞬間に、ロンの腹から豪快な音が発せられた。羞恥のあまり、耳まで赤くなったロンは自らの腹を撫でる。

「若者よ。生あるものには、食すことが必要じゃよ」

 『太った修道士』は廊下を漂い、壁の向こうへとすり抜けていった。

 残った4人は、お互いの顔を見合わせ、『太った修道士』から得た情報を推測する。

「ハリーの噂って、『継承者』かな? だとしたら、ダンブルドアが教えてくれるってこと?」

「だとしても、ボニフェースのことをどうやって聞き出すの?」

 ロンがハリーに肩を寄せ、出来るだけ言葉を選んで口にした。しかし、ハリーは校長室でのやりとりを思い出し、気鬱な表情を見せた。

 クローディアは、大した情報が得られなかったことに、ため息をつく。

「あんまり、わかんなかったさ」

「ひとつだけね。成績が悪くても、素行の善し悪しで監督生が決まるってこと」

(そこ……?)

 活き活きとした表情で、ハーマイオニーは気取ったように胸を張った。クローディアは、彼女らしい感想だと、苦笑いした。それに、ロンは噛み付く。

「なら、僕にも可能性はあるな。……言っとくけど、なりたいわけじゃないからな」

 日記帳を眺め、ハリーは呻く。

「ハグリッドのこと、どうしよう?」

「次の犠牲者が出るまで、聞かないってことにしましょう。例え、ハグリッドが犯人じゃなくても何か知っているはずだわ」

「『継承者』の件は保留さ。怪物はどうするさ? いくら、ハグリッドでもバジリスクをペットにしようとなんてしないさ」

 クローディアは、何処かの姫様のようにハグリッドがバジリスクを庇い「何にもいないったら」と叫んでいる様子が目に浮かんだ。その姿がよく似合っている。

「ほとんどバジリスクが怪物といっていいわ。だから、対処法として手鏡を持ちましょう。危ない気配を感じたら、鏡で周囲を見るのよ」

「鏡に呪いが反射してバジリスク自身が石化しないさ?」

 まさか、この部分を物陰にいたフレッドとジョージが聞いていたなど、4人は気付かなかった。

 

 その日のうちに、怪物が鏡に封印できる。怪物は鏡を嫌う。とにかく、鏡が怪物に効果的だと言う噂が城中に広まった。結果、生徒の間でも手鏡が大流行した。絵の住人でさえ、額縁の中で鏡を構えていた。とくに、ネビルは手鏡を繋ぎ合わせてベストを作った。鏡に光が反射し、ネビルは違う意味で輝いていた。

「いっそのこと、全身鏡を背負ったらどうさ?」

 冗談半分でクローディアが提案し、ネビルは本当に全身鏡を身に着けていた。恥ずかしさのあまり、ハリーとロンが必死に彼をとめた。

 




閲覧ありがとうございました。

『太った修道士』は良いキャラだと思うのに出番ないですね。
日記帳の記憶の見せ方は『憂いの篩』の仕様を参考にしました。つまり、トム=リドルは学生の身で『憂いの篩』が作れたということ…(絶句)。

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