こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
ホグワーツのクリスマス行ってみたいです。

追記:16年4月11日、17年3月5日、18年5月16日、誤字報告により修正入りました。


8.クリスマス

 ジャスティン=フィンチ‐フレッチリーと『ほとんど首なしニック』の襲撃事件が知れ渡り、幽霊でさえ被害に遭う事態は尋常ではない。誰もが、『継承者』や『秘密の部屋の怪物』を詮索する余裕をなくしていた。

 少しでもホグワーツを離れたい。クリスマスに居残るはずだったレイブンクロー生の何人かは、予定を変えて帰宅を選ぶ始末だ。

 リサも帰ろうとしたが、『楽団部』の部員が減りすぎてしまい、フリットウィックに残るように頼まれた。ロジャーやチョウのクィディッチ選手は寮対抗試合の練習をして不安を消すと意気込んだ。

 だからといって、ハリーの疑いが晴れるはずはない。

 生徒達は廊下でハリーを見かければ、物陰に隠れてやり過ごし、声を顰めて何かを話している。彼が睨むと生徒達は慌てて逃げていく。

「そこのけ~そこのけ~」

「『継承者』様のおでましだぞ~」

 フレッド、ジョージが遊び半分でハリーを『継承者』扱いした為、流石のジニーも号泣した。

「やめて、やめて、そんなことしないで」

「大丈夫だよ、ジニー。2人は本気じゃないって」

 泣き喚くジニーをロンは必死に慰めた。

 段々、ハリーは本当に自分がサラザール=スリザリンの末裔であり、自分でも気が付かない内に人を襲ったのではないかと悩み始めてしまった。

「そんなに気になるなら、家系図を調べてもらえばいいさ。魔法省とかに置いてないさ? そういう戸籍みたいものさ」

「千年も前だと、遡り切れないんじゃないかしら?」

 クローディアとハーマイオニー、ロンの3人がどれだけハリーを慰めたところで、彼の気鬱な状態は休暇に入っても続いた。 

 クローディアにも問題は起こった。仲の良い友達であるパドマと衝突してしまったのだ。

 ジャスティンと『魔法薬学』で隣同士だったパドマは酷く憔悴し、ベッロが再び没収されたことに憤慨した。憂さを晴らすようにクローディアを責め立てた。

「これでも、ハリー=ポッターが『継承者』じゃないなんて言える!? 結局、あいつが悪いんだわ!」

 リサが仲介し、何時間も話し合った。だが和解できず、パドマはパーバティと帰郷した。

「パドマは貴女と少し距離を置いて、考えたいのですわ」

「うん、そうだろうさ」

 パドマはベッロを恐れず親しくしてくれた最初の友達だといっても良い。

 亀裂の修復に、クローディアは思い悩んだ。

 

 休暇に入り、少数の生徒しか残らないホグワーツ城は賛美歌を合唱する幽霊達と絵画達の囁きのほうが騒がしかった。

 チョウは次こそ勝利を掴むとクィディッチの練習に励み、リサは間近に迫ったクリスマスパーティーに緊張し、ペネロピーは監督生として城を見回る名目で談話室に残らなかった。

 図書館でクローディアが『石化』と『蛇』に関する怪物の本を探している時、3年生マーカス=ベルヴィが興味津々に近寄って来た。

「さっきから、怪物の本ばかり探しているだろ? もしかして『秘密の部屋』の怪物を調べているのか?」

「いいえ、ちょっと『蛇』に関する怪物を調べているんです。ただし趣味です」

 期待外れだと、マーカス=ベルヴィは溜息をつく。

「それなら、バジリスクなんてどうだ? この本に書いてあるぜ」

 本棚から【幻の動物とその生息地】を渡され、クローディアは礼を述べた。

(バジリスクって、トカゲじゃないのさ?)

 机に座ったクローディアはバジリスクの項目を見つけ出す。

 『毒蛇の王』バジリスク。

 緑色の大蛇にして、牙の猛毒は死に到る。また黄色の眼を直視した者は即死する。闇の魔法により鶏の卵から孵化する創造魔法生物。蜘蛛種族の天敵であり、蜘蛛が逃げるのはその前触れである。また鶏の卵から孵った影響か雄鶏が時をつくる声からは逃げ出す習性を持つ。

 『腐ったハーポ』が創造したバジリスクは、900年生き続けたのを最後に近年でも目撃例はない。

(トカゲじゃないさ。しかも、即死の眼とか恐……。でも、死んでないし……)

 蜘蛛が逃げる場所に近づかない。そんな警告がコンラッドから来ていたことを思い返す。

(こいつかもしれないさ)

 マダム・ピンスに【幻の動物とその生息地】を貸出してもらい、クローディアは急いでハーマイオニーに合流した。

 

 普段通り、薬を調合していたハーマイオニーはバジリスクなる怪物に強く関心を示した。

「その可能性は十分、ありえるわ。いえ、ほとんど、状況に合っているわ。いつも蜘蛛は現場から逃げていたし、ここ最近、雄鶏が殺されるってハグリッドも言っていたらしいわ」

「誰も死んでいない理由がわかれば、怪物はバジリスクで確定ってことさ?」

 すぐにハリーとロンに知らせた。

 ロンは怪物の正体に驚いていたが、創造魔法生物の存在に興奮もしていた。

「これで、『継承者』がわかれば、解決したのも同じだよ!」

「もうすぐわかるよ。そうだろハーマイオニー?」

 嬉しそうな声でハリーは『ポリジュース薬』を指差す。3人は彼の笑顔が何より嬉しかった。

 

 クリスマス。

 寒さで目が覚め、クローディアは枕元に積まれた贈り物を確認する。ハーマイオニー、ハリー、ロン、リサ、チョウ、ペネロピーへの包みを見つけ出す。

 クリスマスプレゼント交換の為、チョウとペネロピーを部屋に招く。リサとの4人で贈り物を交換し、自分達に贈られた品を開封し、喜び合った。

 コンラッドは黒いシックなワンピース、ドリスから手袋、モリーは手編みのマフラー、パドマはインドに伝わる魔除け人形だった。まだ2人の関係は壊れていないことを確認し、クローディアは思わず表情を綻ばせた。

 最後の包みは、なんと祖父からだ。中身は進学するはずであった公立中学の制服であった。

〔お祖父ちゃん?〕

 祖父の趣味にクローディアは苦笑し、私服にも着ようと決めた。

 リサとペネロピー、チョウは日本の学校制服に興味をもち、しばらく2人に観察された。

「なんでセーラー服が元なのよ。普通はブレザーでしょうよ?」

 ペネロピーはカルチャーショックを受けていた。

 『楽団部』本番前の予行練習に向かうリサを見送りにクローディアは寮を出る。そのついでに、ハーマイオニーに贈り物を渡すことにした。

 螺旋階段を登りきると、ハーマイオニーがクローディアとリサへのお贈り物を携えていた。

 リサを見送った後。周囲に幽霊がいないか警戒し、2人は顔を寄せ合う。

「やっと、完成したわ。今夜に行動から、私が声をかけるまで、普通に過ごしていて」

 『ポリジュース薬』を確認し、頷く。満足したハーマイオニーは自寮に戻った。クローディアは贈り物くれた人々に感謝の手紙を出しに、フクロウ小屋へ向かった。

 

 フクロウ小屋の前で、ハグリッドは階段の手摺りに凍りついた氷を削げ落していた。クリスマスの日はフクロウを休ませたいとして、使用を断られた。

「皆、寒さでまいっちょる。この時期は、フクロウ便は大忙しでな」

 城に着くまでクローディアはハグリッドと雑談した。彼が今、愛用している雪落しの道具は今朝、ドリスが贈ってきたもので、とても使い心地が良いという。

「お祖母ちゃんと仲良いさ、ハグリッド?」

 急にハグリットは咳き込み、空を指差して天候の話に移した。その態度にクローディアは悪戯心が芽生え、口元が緩む。

「話逸らせてないさ、私はハグリッドがお祖母ちゃんと仲良いのは嬉しいさ。ハグリッドのことお祖父ちゃんって呼んでいいさ?」

「大人をからかうな!」

 ハグリッドは顔を真っ赤に染め、激しく首を横に振る。

「だいたい、俺とドリスはそんなんじゃねえ! ボニフェースに悪い!」

 聞き覚えのない名に首を傾げるクローディアに、ハグリッドは肩を揺らして口を噤んだ。

「いけね、言っちゃいかんかった」

 全身から息を抜くようなため息をついたハグリットは、少し萎んで見える。慰めには、相手の肩が一番良い表現だが、必死に手を伸ばしてもクローディアの手が届くはずがない。

 仕方なく、クローディアはハグリッドの足に手を当てる。

「聞かなかったことにするさ」

 余程意外だったのか、ハグリッドはその場を跳ねた。着地の瞬間、反動で地面が揺れたので、クローディアは倒れそうになった。

「気にならねえのか? おまえの祖父さんだぞ!?」

「私のお祖父ちゃんさ?」

「ああ、そうだとも。ドリスには、時が来るまで黙っていろって言われた。いけね、これも内緒だった」

 失態を責め、ハグリッドは自身の頬を叩いた。それを見たクローディアは笑いが込み上げ、思わず噴出した。

「だから、聞かなかったことにするさ」

 ハグリッドの先を弾ませて歩くクローディアは、足跡のない雪の塊を必死に踏みつける。

「本当にいいのか? ボニフェースの話、聞かんでも」

「いいさ。お祖母ちゃんが私に教えてくれるまで、そうするさ」

 納得いかないように、ハグリッドは髭の中で唸った。

 興味がないのではなく、実感がないからだ。祖父は、母の父親のみ。これまで、クローディアはコンラッドにも父なる存在がいたことを気にしたことはない。

 理由などない。

 周囲の新鮮な雪の塊を踏み終え、クローディアは満足げに胸を張った。

「ボニフェースは俺が学生だったときの友達だ」

 クローディアがハグリッドを振り返る。彼は、昔を懐かしむように空を仰いでいた。

「すげえ、面倒見のいいヤツでな、監督生にも選ばれたんだぞ。ただ、成績は悪くてな。よく補習を受けてやがった。いろんなヤツがアイツの勉強をみてやってた。俺は見てもらうほうだった。俺が…退学になっても友達でいてくれた。アイツはよく俺を褒めてくれた。俺がいろんな動物と仲良くなれるのは、才能だって……。アイツは俺がトロールと相撲して勝ったと知ったら、自分もやると言い出して……トロールに半殺しにされた。あの時は、俺も流石に焦った。けど、ボニフェースのヤツ、俺の心配を余所に『コツを掴んだ、次は負けない』って笑いやがった。そしたら、次は本当に勝っちまった」

 過ぎ去った思い出、ハグリッドの口から漏れてくる。

「その人も、グリフィンドール生だった?」

 ただの問いかけに、ハグリッドはクローディアと視線を合わせるために屈んだ。

「アイツはハッフルパフだった。寮が違うが、ボニフェースは俺の大事な友達だった。もしかしたら、俺はアイツを親父のように感じてたのかもしれねえ。俺だけじゃねえ、アイツを知る奴は、きっとそう思っただろうな」

 クローディアは、ハグリッドが全て過去形で話していることに気づいた。

「良い人だったさ、その人」

 遠慮がちに声を出すクローディアの頭に、ハグリッドの優しく大きな掌が乗せられた。

「こんなに気持ちよく、アイツの話をしたのは、初めてだ。コンラッドは、アイツに瓜二つだ。生き写しといっていい。コンラッドが入学した日、顔を見てすぐにわかった。ただ、目だけは違ってたな。目なら、クローディアのほうが似てる」

 ハグリッドの眼差しはとても暖かく、クローディアは少し安心した。

「アイツの瞳は赤かった。そんでもって火のように暖かだった。ボニフェース=アロンダイト、それがおまえの祖父さんだ」

 立ち上がったハグリッドは、クローディアに背を向けて自分の家に急ぐ。

「歳をとるとな。独り言が多くなるんだ! すまねえ」

 背を向けたまま、ハグリッドはクローディアに軽く手を振る。彼女はその巨大な背中へ向かって大きく手を振った。

 

 大広間の魔法による装飾に感激し、『楽団部』による演奏は素晴らしかった。教職員と生徒達は襲撃の恐怖も忘れてクリスマスパーティーを大いに味わった。演奏を終えて、全神経の集中力を使い切ったリサがレイブンクロー席に倒れこんできた。クローディア達は労いと称賛で彼女を迎えた。

 食事が終わると数少ない女性陣で校庭に走り、雪と戯れた。

「あの演奏、誰が選曲したのかしら?」

 雪だるまを作っていたハーマイオニーがリサに問いかけると、彼女はダンブルドアだと答えた。

「校長先生のお気に入りだそうです。私は知りませんが、マグルの曲らしいですよ」

 ハーマイオニーは自信満々に納得する。

「聞いたことある曲だと思ったもの、英国でも有名よ。いえ、ヨーロッパかしら? うちのパパとママも好きなのよ」

 女性陣の近くで雪合戦していたハリーがハーマイオニーの言葉を聞き取り、苦虫を噛み潰した顔で舌を出した。

「思い出した。あの曲……バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんの結婚記念日に必ず流す曲だった……。どおりで寒気がすると思った」

 体を震わせるハリーの油断した背にへフレッドが雪玉を投げつけたので、彼はそのままの体勢で雪の地面に倒れた。

 自分の雪だるまを完成させたクローディアは話し続けるハーマイオニーの言葉を漏らさず、聞いていた。

「ベンジャミン=アロンダイト、無名でアマチュアだったオーケストラ楽団を自らが作曲したその一曲だけでのし上がらせた天才よ。驚くべきことに彼の楽器は、ハーモニカ。その優雅にして繊細な指使いによって奏でられる調べは、まさに神の使者。彼が路上ライブを行おうものなら、車も止めて大渋滞が起こる程、聞き惚れるそうよ」

 酔いしれて淡いため息をつくハーマイオニーを目にし、クローディアは胸の中で煙が立ち込めるように息苦しく不快になった。

「あの曲だけさ? 他に曲は?」

「勿論あるわ。彼が作曲を手掛けたのは、たったの4つ! でもね、天才であるが故の苦悩なの。彼はそれ以上の新曲を書き上げられずに、30代という若さで銃によって自殺したそうよ」

「じゅう?」

 疑問するリサやチョウ、ハンナ、ジニーの為、ハーマイオニーは丁寧に銃の解説を行った。

 作曲家などに一切興味のないクローディアは不意に何かがひっかかった。

(ベンジャミン=アロンダイト? アロンダイト。ああ、お祖父ちゃんと同じ姓さ。これで、兄弟だったらおもしろいさ)

 自分の思いつきに勝手に笑うクローディアは口元を緩ませる。雪だるまを見つめてニヤけている姿、傍から見れば、なんとも不気味だ。

「そんなに雪だるまが好きかい?」

 雪だるまの向こうから、ロジャーが満面の笑顔で顔を出す。しかも、雪だるまに触れるクローディアの手にわざとらしく手を重ね、反射的に彼女は手を引っ込めた。

 ロジャーは残念そうに口を八の字にし、肩を竦める。

「手ぐらいいいだろ? あんまり堅いと……俺、強硬手段に出ちゃうよ?」

 意味深な笑みに、クローディアの全身に雪の寒さとは違う寒気が走り去る。沈黙している彼女に代わり、ジョージがロジャーの後頭部に雪玉(石入り)を乱暴に投げつけた。

 痛みに悶えたロジャーは仕返しとジョージの周囲を猛吹雪にする魔法をかけ、ジョージがロジャーに抱きつき、猛吹雪に巻き込んだ。暴れて、必死にしがみ付く。そんな2人に全員、腹を抱えて笑った。

 

 夕食前に服を着替えようと各々、自室に帰ろうとした。

 地下教室への階段から、ドラコがクラッブ、ゴイル、セオドールを連れて現れた。諍いを避ける為、クローディア達は小走りで廊下を進んでいく。

 だが、ドラコはクローディアを見つけて意地悪な声を出す。

「良いご身分だな。クロックフォード、ベッロを放って皆と仲良く雪遊びか?」

「あんたも引きこもってないで、外で遊ぶさ」

 適当に返事をするクローディアにドラコは不愉快そうに「べ~」っと舌を出す。そのまま、彼らは大広間へと歩いていった。

「余裕ぶっていられるのも、今のうちだわ」

 ドラコを背にハーマイオニーも負けずと「べ~」っと舌を出した。

 

 シックのワンピースに着替え、クローディアは鏡の前で髪を梳く。その後ろで、上品且つ清楚な印象を与える衣服に着替えたリサが手を振った。

「もうお腹、ペコペコですわ。私、先に行っていますね」

「すぐに追いかけるさ」

 リボンで髪を縛り、クローディアは鏡越しにリサを見送った。

 髪を整えても、鏡に映る自身の姿に納得できず唸る。

(もうちょい、セーラームーンみたいなお団子にしたいさ。難しいさ)

 突然、腹から豪快な音がしたので、髪型のことは諦めた。

 大広間を目指し、廊下を小走りで歩く。絵画の住人達は既に酔っ払い、何処が自分の絵か迷う者もいた。

「ミス・クロックフォード」

 背後からかかる闇色の声、クローディアは硬直したように足を止める。ゆっくりと振り返ると、スネイプが怪訝そうに見下ろしてきた。

「1人で出歩くのは、いささか無用心ではないか? 君の大事な使い魔は、傍におらんのだぞ?」

 確かにそうだ。昼間が楽しすぎたクローディアは警戒心が薄れていた。素直に反省し、スネイプに頭を下げる。

「すみません、以後気をつけます。ご心配頂き、ありがとうございます。スネイプ先生」

「以後ではない。すぐに気をつけたまえ」

 仏頂面のスネイプが乱暴に吐き捨てたので、クローディアは竦んだ。

(この怒られる感じ、何かに似てるさ)

 当てはめる前に、スネイプが歩くように促す。クローディアは沈黙したまま、彼と大広間までの道のりを共にした。

 緊張しすぎたのと空腹で胃が痛かった。

 

 クリスマス・ディナーは昼間に負けず劣らず、生徒達を楽しませた。

 パーシーの『監督生』バッジをフレッドのイタズラで『劣等生』に変えられていることも笑いのひとつの理由であった。全く気付かぬ本人に、教えに行くものはいない。

「全然、おまえに似合わないな。みっともない」

 ドラコがクローディアとハリーの服装を指差し、不似合いだと罵ってきた。ロンが不機嫌に睨んだが、これから『ポリジュース薬』で真相を暴くことを思えば、普段より比較的大人しくなれた。

「クローディアのその服、大人ぽい。もっと、そういう服着ればいいのに」

 ハーマイオニーがクローディアの服装を褒めたので、ドラコのことなど眼中になかった。

「ジニーもそう思わない?」

 ハーマイオニーが隣に座るジニーにも声をかけた。彼女はクローディアをじっくり見つめた後、素っ気なくするだけで服の感想はくれなかった。

「「その服だと、体の曲線が丸分かりだぞ」」

 聞いてもいないのに、フレッドとジョージが感想をくれた。勿論、クローディアは喜ばなかった。

 満腹になるまでデザートを平らげた所で、クローディアはハーマイオニーがハリーとロンを連れて大広間を出るのを見かけた。周囲に適当な言い訳をして彼女達の後を追った。

 

 首尾は上々。

 ハーマイオニーは洗濯置場からクラッブ、ゴイル、ミリセント=ブルストロードの制服を拝借した。

 ハリーとロンは彼らの髪を抜き、眠り薬で眠らせて物置に閉じ込めてきた。

 クローディアは鍋に煮込まれた黒に近い泥を3つのタンブラー・グラスに注ぐ。各々制服に着替え終え、3人はブカブカ姿であった。

 グラスを受け取ったハーマイオニーは、ハリーとロンに念を押す。

「きっかり1時間で元に戻ってしまうわ。クローディアは、私が戻すから心配しないで」

「大丈夫さ。ちゃんと3人の影についてくさ」

 3人は自分のグラスに変身する相手の髪を入れる。飲んでもいない状態で、ロンが吐き気を訴えた。

「うえークラップのエキスだ……」

 そのせいで、場の空気が嫌な意味で重くなり、飲むのを躊躇いだした。

「乾杯」

 気力のないハーマイオニーの合図で、3人は一気に飲み干す。顔を歪めて泥を飲む様子に、クローディアは合掌した。

「なんだか、僕、吐きそう!」

「私も!」

 ハーマイオニーとロンは本気の吐き気を訴え、グラスを放り投げて個室に飛び込む。クローディアはグラスが床に下りる前に受け止めた。

 吐き気に悶えるハリーは、蛇口にもたれた。クローディアが彼の背を擦ろうとした。しかし、その皮膚が膨張し、岩のようにボコボコになったかと思えば、その体は一回り大きくなった。

 特撮モノで怪物が変身する場を目撃する気分だと、クローディアは思う。

「ポッター?」

 ゴイルの姿になったハリーは、自身の体に触れ感嘆の息を吐く。

「どう? 僕、ちゃんと変わってる」

「ゴイルの声、初めて聞いたさ」

 ゴイルの姿のハリーが噴出す。普段のゴイルでは、不可能な愛嬌がある。

「ハリー……」

 個室から、唸る低音のクラッブの声がした。戸が開くと、変身に驚き口を開いたクラッブ姿のロンが出てきた。ハリーとロンはお互いを見やり、瞬きを繰り返した。

「おっどろいたあ」

 2人を余所に、クローディアはハーマイオニーのいる個室をノックする。

「ハーマイオニーはどうさ?」

 個室からは普段のハーマイオニーの甲高い声がした。

「私行けそうにないわ、行って! 時間がなくなっちゃう!」

 3人で顔を見合わせ、肩を竦める。

 いよいよ、自分の番だ。深呼吸したクローディアは自分に杖を向け、2人を見やる。

「一応、合言葉で『純血』って言ってみてさ。まあ、変わってたら、おしまいさ」

「大丈夫。その時は忘れたフリをするよ」

 眼鏡を外し、淀みなく答えるゴイルは貴重だ。いっそ、ビデオカメラで撮影してやりたい。クローディアとクラッブ姿のロンは、呆気にとられた。

 すぐに気を取り直したクローディアが影に変身し、ハリーの影へと寄り添った。周囲を確認し、ハーマイオニーを残した2人はお手洗いを出る。

 

 大広間へ戻り、そこからスリザリン寮を目指した。

「スリザリンの談話室はこっちだ」

 地下への石段を降り、角を曲がり、太陽が当たらず湿り剥き出しの石壁の前で立ち止まる。

 ハリーとロンはお互いを見やり、目的の場所に着いたことをクローディアに報せる。ハリーは自分の影を軽く蹴る。すると、腕を引っ張られた感触がした。

 クローディアがハリーの影を引っ張ったのだ。感覚の確認も終え、合言葉を叫んだ。

「純血!」

 壁の石が扉のように開く。安堵した2人は緊張しつつスリザリンの談話室へと足を踏み入れた。

 談話室は、細長く何処か高貴な印象を受ける造りだった。天井にかかっているのは、シャンデリアではなく、丸いランプで異様に部屋を明るくしている。

「見ろよ!」

 ロンが前方の壮大な暖炉の前にある嫌味な程、上等な机を指差した。そこには、ベッロの入った硝子箱が置かれていた。

「ベッロ……」

 驚いたハリーとロンは硝子箱に駆け寄る。ハリーが小声でベッロに声をかけ、眠っていた瞼は開眼して周囲を見渡した。

「僕だよ」

 声を顰めるとハリーを目にし、ベッロは不思議そうに首を傾げた。

「皆、蛇が起きてるわ!」

 ダフネ=グリーングラスが歓声を上げて駆け寄ってきた。

「本当だ。珍しい!」

 男子女子問わず、生徒は硝子箱に張り付く。自分達が変身していることを気づかれないように、ハリーとロンは硝子箱から遠退いた。

 適当な場所でドラコを待とうとした。すぐに談話室の扉から、【日刊予言者新聞】を握り締めた目的が入ってきた。

「クラッブ、ゴイル! いつの間に戻ってきたんだ。……自分で合言葉を言えたのか?」

 信じられないとドラコはハリーを凝視し、引き攣ったように頷くと、彼は怪しまずに感心した。一体、普段のゴイルはどれだけ、頼りないのか想像も出来ない。

 ドラコは談話室を見渡し、ベッロが生徒達に囲まれていることに気付く。

「なんだ、ベッロが起きてるじゃないか」

 無邪気な声を出し、ドラコもベッロに駆け寄る。視線が集中し、煙たそうに体を動かして胴体で頭を隠した。途端に生徒達は残念がった。

「ちぇ、スネイプ先生が今日だけ置かしてくれるっていうから、いまのうちに僕に懐かせようと思ったのに、手堅いな。まあ、そこが可愛いんだけど」

 愛らしい生物がそこにいるようにドラコは、ベッロを眺めた。その姿だけ見れば、年相応の純粋な少年に思える。

「ほら、父上がおもしろい記事をくれたぞ。読んで聞かせてやろう」

 途端に意地悪っぽく、ドラコはハリーとロンを空いた席に座らせる。

 【日刊予言者新聞】の切り抜き、ロンが車を乗り回したことについてマルフォイが熱弁する記事があった。アーサーのようなマグル賛成派は魔法界に相応しくないと中傷もしている。

「親子揃って、魔法界の恥さらしだ」

 ロンがキレそうになったが、自分の力で堪えた。

 突然、ドラコはコリンの物まねを繰り返す。しかし、ハリーとロンが反応しないので怪訝そうにした。慌てて2人が引き攣って笑うと、満足した。

 普段からこれがお互いの日常らしい。

「大体、ダンブルドアもダンブルドアだ。これまでの事件も表ざたに出来ないように隠している。父上がいつも、おっしゃっていた。ダンブルドアはこれまでで最悪の校長だって!」

「それは違う!」

 堪り兼ねたハリーが反論し、場の空気が凍った。

「なんだ、ダンブルドアより悪い奴がいるっていうのか?」

 鋭く睨むドラコに詰め寄られ、ハリーは目を泳がせながらも口を開いた。

「ハリー=ポッター」

 その通りだと、ロンも頷く。

「なるほどな」

 上機嫌になったドラコはほくそ笑んだ。ハリーとロンは気づかれないように小さく安堵した。

「良いこと言うじゃないか。お偉いポッター、皆、奴がスリザリンの『継承者』だと思っている。『パーセルマウス』だからとか、それがなんだって言うんだ! 偶々、『蛇語』に似た発音で喋っただけだろう。ちょっと考えれば、ポッターなんかが『継承者』じゃないってなんでわからないんだか、どいつもこいつも何処に頭をつけている」

 驚いたことに、ドラコはハリーが『パーセルマウス』どころか『継承者』ではないという確信を持っている。尚の事、真犯人に心当たりがありそうだ。

「誰が糸を引いているか、知ってるんだろ?」

 ハリーが尋ねると、ドラコは面倒に手を振る。

「昨日も言っただろ。僕は知らないったら、何度も同じこと言わせるな」

 クッションの効いた椅子に腰掛けたドラコは【日刊予言者新聞】の切り抜きを机に投げた。

「父上の話では、『秘密の部屋』が開かれたのは50年前。そのときにも『穢れた血』が1人死んだそうだ。だから、今度もあいつらの中の誰かが殺される。僕としては、グレンジャーかクロックフォードがいいな。そしたら、ベッロを僕のモノにしてやる」

 喉を鳴らして笑うドラコに、怒ったロンは椅子から跳ね上がろうとした。クローディアは必死に彼の影を押さえた。

「『秘密の部屋』の怪物って何だと思う?」

「そんなの知るもんか、父上だってご存じじゃない。それも何度も言っただろ」

 即座にハリーは次の質問をする。

「50年前の『継承者』は、どうなったんだろう?」

「あ……、それは」

 どうやら、初めてされた質問らしい。ドラコは思い返すように天井へ視線を向ける。

「公表はされてないが、追放はされたそうだ。多分、まだアズカバンにいるんじゃないか?」

「アズカバン?」

 キョトンとハリーが問い返す。すると、驚いたドラコは飛び上がるようにソファーから立ちあがった。

「おいおい、ゴイル。アズカバンが監獄だって忘れたとか言うなよ。こりゃあ、常識から教え直したほうがいいな。全く」

 何に驚けばよいのかと、ドラコは動揺する。

「今回の『継承者』は、君の予想では誰だい?」

 ロンが的を射た質問をした。

「……予想か……、そうだな。……50年前に追放された犯人を父上は惜しがっておられなかった。もしかしたら『継承者』自身もこの学校に相応しくないのかもしれないな……。理由はなんであれ、人が死ねば、アズカバン行きは決定だ。これで本当にポッターが『継承者』なら、あいつはアズカバン行きだ」

 それが本望とドラコは薄ら笑う。

「君の父上は、犯人を知らないのか?」

 ハリーの質問にドラコは唸る。

「可能性はあるな。そうだ。父上は『継承者』のやりたいようにさせておけとおっしゃられた。父上もお忙しいからな。あのウィーズリーのくそ親父が館を家宅捜索だとかで、押し寄せて来たことがあった。まあ、何も見つけられなかったよ。だって大切な品は広間の隠し扉に保管してある」

「ほ~、広間に隠し扉」

 ロンが嬉しそうに声を上げたとき、ドラコは硝子箱に触れるセオドールに気づいた。

「セオドール! 箱を開けるな」

 驚いたセオドールは、反射的に硝子箱から手を離す。ドラコはハリーとロンを放り、硝子箱に駆け寄った。

「スネイプ先生から開けないように言われたろ? 阿呆のロックハートがしゃしゃりでないように入れてるんだ。授業でも始末し損ねたとか自慢してたろ?」

「あのスクイブもどきが、始末するとか騒いでくれたおかげで、こうして近くで見れるんだ。一応は感謝してやるか?」

 皮肉っぽく笑うセオドールに、ドラコはわざとらしく肩を竦める。

「クロックフォードにはベッロの素晴らしさがわかっていない。手に余っているんだ! 年上なだけの『穢れた血』め! 僕がベッロの主人なら絶対守りきってやるのに! こんな狭いところに入れられて、可哀そうだ。なあ、ベッロ。僕のところに来いよ」

 硝子箱を見つめるドラコとセオドールを尻目に、ハリーとロンは慎重に談話室を後にした。

 

 お手洗いに戻った所で、薬の効果は切れた。

「まあ、まったく時間の無駄にはならなかったよな。明日はパパに手紙を書こう。絶対、喜ぶぞ」

 機嫌良く微笑むロンとハリーは、ハーマイオニーのいる個室をノックした。

「ハーマイオニー、話があるんだ。クローディアも元に戻さないと」

「あっちへ行って……」

 気の沈んだ声が響き、焦ったハリーは激しく戸を叩いた。

 急に足元が盛り上がってくる違和感を覚えた。確かめる前に、ハリーの視界は反転した。体がお手洗いの床に倒れ伏したからだ。

「ハーマイオニー、どうしたさ!」

 代わりに影から元の姿に変じたクローディアが個室の戸を激しく叩いていた。

「どうやって戻ったの?」

「戻りたいって思ったら、できたさ」

 起き上がるハリーをクローディアは適当に流した。

 有頂天になって飛び回る『嘆きのマートル』が機嫌良く笑い出す。

「見てごらん、酷いから♪」

 戸が自然に開き、現れたのは二本足で立つ服を着た猫であった。クローディアがこれまでに見た特撮や映画に現れる猫人間のほうがマシだ。それだけ、目の前の猫には、何の愛嬌もない。ある意味、珍しい猫だ。

「手紙に書いてあったわ。動物の変身に使っちゃいけないって、ミリセントのローブに着いていたのは猫の毛だったの…」

 すすり泣きながら、ハーマイオニーはローブで顔を覆った。

(おもしろいから、写真に取りたいさ)

 胸中で呟いたクローディアは、しばらくローブ越しにハーマイオニーを見つめる。

「クローディア、あの薬持ってない? あれなら、ハーマイオニーの変身が解けるかもしれない」

 ハリーの声で我に返ったクローディアは、慌てて服のポケットに手を入れる。念のために入れていた印籠を取り出し、掌に丸薬を一粒溢す。

「ハーマイオニー、これ飲んでみるさ」

 肉球のついた手を取り、クローディアは丸薬を渡す。

「これ、クローディアを影の変身から解いた薬だよ。クィレルからヴォルデモートを引き剥がすことも出来たんだよ」

「それが、あの薬!?」

 ロンは驚いて薬を見つめる。ハーマイオニーはローブの隙間から丸薬を目にすると、躊躇いもせずに飲み込んだ。

 5分近く、ハーマイオニーは便座に顔を突っ込んで嘔吐した。やがて、猫の要素を全てなくし、元の姿を取り戻した。少し、頬がこけている気がした。

 『嘆きのマートル』が残念そうに舌打ちし、ロンは仏頂面で不満を口にする。

「その薬で僕のナメクジも治ったんじゃない?」

 突き刺さる視線に、クローディアはわざとらしく肩を竦める。

「勿体なかったからさ」

 ブチ切れたロンの拳がクローディアを襲った。

 




閲覧ありがとうございました。
なんだが、ドラコが蛇フェチになってしまいました。決して後悔はしてません。
●マーカス=ベルヴィ
 原作六巻にて、登場。
●ダフネ=グリーングラス
 スリザリン生の同級生なのに、名前しか出番のない。惜しい!
●ボニフェース=アロンダイト
 やっぱり、祖父世代が欲しいですよね。
●ベンジャミン=アロンダイト
 こういうキャラがいればいいというだけのオリキャラ。

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