追記:16年9月28日、18年9月20日、誤字報告により修正しました。
今学期最初の週末の土曜。
クローディアは、ハーマイオニー達とハグリッドに会う約束があり、早めに目を覚まして私服に着替えた。就寝中のパドマとリサを起こさぬよう、慎重に虫籠を抱えて部屋を出た。
「あんた、起きたんだ」
談話室でルーナが暖炉の前に座り込んでいたので、クローディアは簡単に挨拶する。ルーナも挨拶以上の会話を望まず、瞬きをせず見送ってくれた。
大広間では、休日と朝方のせいか、疎らな生徒が朝食を摂っていた。クローディアが適当にベーコンを齧っていると、ハーマイオニーとロンが私服姿で現れる。
「ハリーが競技場に行っちゃった。朝から特訓らしいよ」
「朝御飯も食べずさ?」
「そうみたいよ、何か摘めるモノを持っていってあげましょう」
早々に朝食を済ませた3人と1匹は、ハリーにママレード・トーストと牛乳瓶を手に競技場へと赴いた。
しかし、観客席にハリーファンのコリンが1人で座るだけで、競技場に選手の姿はなかった。コリンはクローディア達を目にすると、足を弾ませて近寄ってきた。
「あの、あなたが蛇女のクローディア=クロックフォード? 僕、コリン=グリーピーです。それで、あなたがハリーと『例のあの人』から学校を守ったときの話を聞かせてください」
色々と突っ込み所の多いコリンに、クローディアは呆れた。
「グリーピー、誰が蛇女なわけさ? それに学校は先生達も含めて皆で守ったさ」
意外な反論に、コリンはきょとんとする。
「でも、あなたの寮のシーサー=ディビーズが話してくれました。あ! ハリー!!」
話の途中だというにも構わず、コリンは黄色い声を上げた。更衣室からユニフォームを着込んだ選手が不満げに歩いてくる。キャプテンのオリバーだけが意気揚々である。
「まだ終わってないのかい?」
「始まってすらないよ」
怪訝そうに声を上げるロンに、ハリーはトーストを物欲しそうに見つめる。
「飲むだけでもしたら、どうさ?」
クローディアがハリーに牛乳瓶を差し出した。彼が手を伸ばす前に、余程喉が渇いていたのか、オリバーが横から手に取り飲み干した。
「おまえが飲むんかい」
思わず、ロンがツッコんだ。
練習を開始すると眠そうな選手の目が覚め、活き活きと箒に跨り、空中を飛び回った。
適当な観客席で腰を据え、クローディア達は選手達の練習を見学する。
「楽しそうさ」
「なんだかんだで、皆さんクィディッチが大好きですもの」
苦々しく呟くハーマイオニーは、息を吐く。
「クローディアは、選手にならないのかい?」
ロンがシャッターを押し捲るコリンを尻目に、尋ねてくる。クローディアは顔を顰め、否定する。
「うう~、嫌さ。箒に乗るもの恐いさ、自転車でバスケならやれるさ」
「一輪車でバスケのほうが安全じゃない?」
自転車と一輪車で行うバスケについて、クローディアとハーマイオニーが論議を交わす。話についていけないロンが怪訝そうに目を泳がせる。
「バスケって何?」
しばらくすると、競技場にスリザリン・ユニフォームを着込んだ選手が現れ、ハリー達と揉めていた。
「ゲッ、マルフォイだ!」
見慣れた金髪に気持ち悪そうに顔を歪め、ロンが立ち上がった。それに続いてクローディアとハーマイオニーも芝生に下りた。
何故か、コリンも急いで着いてくる。
「おはようさ、マルフォイ。それに選手の皆さん」
愛想よくクローディアが会釈するが、スリザリン生は誰も返さない。ロンが不快そうにハリーに事情を尋ねるが、それより先にドラコが尊大な態度で自慢する。
「僕は新しいシーカーだ。父上がチーム全員に箒を贈ってね。……おや、クロックフォード、蛇を連れてきたな。なんなら、君にも贈ろうか? その蛇と引き換えにね」
クローディアの首に寄り添うベッロを指差しながら、ドラコは『ニンバス2001』の銘書かれた箒を見せ付ける。
「いらねえさ」
ぶっきらぼうに呟くクローディアに、大した反応が来ないことを不満に感じたドラコは、ハリー達を見渡した。
「皆さんも資金集めして新品を買ってはどうですか? クリーンスイープ5号を慈善事業の競売にかければ、博物館が買い入れるだろうよ」
「グリフィンドールの選手はお金じゃなく、純粋に才能で選ばれているわ」
自身の誇りを宣言するかのように胸を張るハーマイオニーに、クローディアは満足げに微笑みかける。
「レイブンクローもそれに同意するさ」
ドラコの笑顔が崩れ、クローディアを無視し、ハーマイオニーを睨む。
「おまえの意見なんか聞いてない! 生まれそこないの『穢れた……」
ドラコは最後まで言い切れず、突然、転倒した。
それもそのはず、ハーマイオニーとドラコに皆の視線が集中していた。故に、彼のユニフォームをベッロが強く引いたところを誰も見ていない。
無様に芝生に仰向けになったドラコをハリー達は喉を鳴らして笑い、クローディアも笑いを堪えようと顔を背ける。
激怒したドラコは、仲間に起こされながら、そのままの体勢で喉が裂けんばかりの大声を張り上げた。
「グリフィンドールもレイブンクローも『穢れた血』の味方か!!」
ハリー達から、笑顔が消える。
「よくも言ったな、マルフォイ! なめくじ食らえ!」
杖を取り出したロンがドラコに向けて叫ぶ。しかし閃光は逆噴射を起こし、ロンが芝生に尻餅をついた。しかも、口から見事なナメクジが吐き出される。
慌てながら、ハーマイオニーとハリーが即座に駆け寄り、ロンの腕を掴んで起こした。
その様子にドラコ達は腹を抱えて笑ったが、急にドラコの視界だけが空に向けられた。
クローディアがドラコに馬乗りになり、地面に押し付けたのだ。
ドラコやスリザリン生が口を開く前に、彼女は無表情に胸ぐらを掴んで、渾身の力を込めて限り振り下ろした。
――ガツッ。
地面を殴る鈍い音がした。
クローディアの拳は、ドラコの顔面から逸れて芝生に叩きつけられていた。
完全に殴られることを予期していたドラコは破裂するような激しい動悸を全身で感じ、目の前のクローディアを凝視する。彼女の茶色い瞳が、炎を燃やすように赤い印象を受けた。
クローディアは彼の耳元に深く重い声で囁く。
「次は、当てる」
恐怖とは、違う畏怖がドラコを襲い、既にクローディアは体を離して去っていたにも関わらず、耳に入るのは仲間の声ではなく、自身の呼吸のみであった。
ハグリッドの家で、ロンは水汲みバケツを借り、即座に顔を突っ込んだ。彼の口からナメクジが吐きだされ続けた。
「こういうのは、自然にとまるのを待つしかねえからな。遠慮せずに出しちまえ」
まるで車酔いをした子供を慰めるように簡単な対応だ。だが、ハグリッドの態度から、ロンの症状は重症ではないと判断できた。クローディアとハーマイオニー、ハリーは胸を撫で下ろした。
勝手知ったる他人の家で、ベッロは茶の用意をする。
「全く、あのロックハート。俺の家に来て、あ~だこ~だと言いやがって」
ハグリッドは迷惑そうに、この小屋を訪れたロックハートを批判する。
教師ならば、スネイプのような依怙贔屓でも批判しないハグリッドが珍しい。クローディアとハリーは少なからず驚いた。勿論、2人はロックハートを擁護する気はまるでない。
「あの人は、親切なのよ」
ハーマイオニーだけがハグリッドに反論するが、彼は聞く耳を持たない。糖蜜ヌガーを4人に勧めながら、話題を変えた。
「それで、誰を呪うつもりだった?」
「マルフォイだよ。あいつハーマイオニーを……わからないけど、酷い呼び方してた」
ハリーがロンの背を撫でながら答えると、ハーマイオニーも頷いた。先ほどから、一切怒りが治まらないクローディアは腕組みをし、窓辺まで歩いて吐き捨てる。
「『穢れた血』さ」
ハグリットは大きく目を見開き、咄嗟にハーマイオニーを見やる。
「どういう意味、クローディア?」
深刻な顔つきでハーマイオニーに尋ねられ、クローディアは間を置いて口を開く。
「血が穢れてるってさ、マグル生まれの魔法使いを蔑む呼び方さ! 両親とも魔法族じゃないってさ!」
興奮が増すクローディアは、自身を諌めるために、口を噤んだ。
「教養のあるヤツなら、絶対口にしないよ」
ナメクジを吐きながら、ロンは呟く。
「つまりな。マルフォイ一家みたいに、自分達は純潔だから偉いって思っとる連中がいるってことだ」
諭すような厳しい口調でハグリッドは、ハーマイオニーとハリーを交互に見つめた。
「反吐が出るよ」
またナメクジを吐いたロンが弱弱しく言葉を紡いだ。
「全く、くだらねえ、何が血だ! 今時の魔法使いは、ほとんどマグルの血がはいっちょる! 大体、俺達のハーマイオニーに使えない魔法はひとつもねえ!」
「そうさ、本当に許せないさ。スプラウト先生に、減点されてたのに懲りてないさ!」
「どうして、スプラウト先生が減点したの?」
ハグリットの怒りに乗ったクローディアに、ハリーが気付く。
「ああ、『薬草学』の授業の後、マルフォイは私をそうやって罵ったさ。スプラウト先生は超怒っていたさ。その時は、意味はわからなかったけどさ。その後にスネイプ先生の罰則を受けた時に教えてもらったさ。スネイプ先生もその言葉は好きそうじゃなかったさ」
「そうだろうとも、先生方もそんな言葉を嫌っているとも。な、ハーマイオニー。だから、そんな顔をするな」
ハグリッドの優しい口調に、クローディアは慌てて窓からハーマイオニーに視線を戻す。彼女は傷ついた表情で、唇を震わせていた。
ハグリッドがハーマイオニーを優しく抱きしめ、励ましてくれた。お陰で、彼女は自然に笑うことが出来た。
誰の口からも『穢れた血』など、言わせたくない。
クローディアはハリーと視線が絡む。彼も同じ気持ちを抱いている様子だった。
ロンのナメクジが一通り治まった頃、陽は傾いていた。
城に向けて歩くクローディアは、ロンに魔法族でマルフォイ一族のような名家がどれほど存在しているのかも尋ねた。そういった名家が純血主義の可能性は高い。しかし、偏見を持つためではなく、知識として知っておくべきだと考えた。
「そうだな。有名なのは、嫌だけどマルフォイ家だよ。ブラック家に、レストレンジ家……ネビルの家もそうだよ。これはパーシーが言ってたけど、うちのウィーズリー家だって、マルフォイ家に負けない歴代の純血らしいよ」
(前に見たアニメで、ウィーズリーって苗字が合った気がするさ)
思い返そうとするクローディアをハーマイオニーは見つめる。
「私の近所にもクロックフォードって家族がいるけど、よくなる苗字なのかしら?」
ハーマイオニーに話を振られ、ロンは頷く。
「うん、クロックフォードは一般的だよ。魔法省にも、クロックフォードって人はいるぜ。パパと部署は違うけど」
(田中とか、佐藤みたいなもんさ?)
自分の家系に興味はないが、クローディアは納得した。スネイプがコンラッドと親子であることに気づけなかったのは、よくある姓だったからだ。
「ミスタ・ポッター、ミスタ・ウィーズリー、何処に行っていたのです?」
玄関ホールで偶然出くわしたマクゴナガルにハリーとロンは、罰則内容を告げられた。罰則があることを忘れていた彼らは、呻いてから気を落とした。ハーマイオニーは自業自得だと頷き、クローディアは他人事として応援だけして見せた。
夕食を終え、クローディアとハーマイオニーは寮への分かれ道で、ジニーがルーナと話をしているのを目撃する。
「それは、捨てたほうがいいよ。危ないもン」
ルーナはジニーが抱えるいくつかの書物を指差し、浮ついた足取りで階段を下りていく。ジニーは深刻な表情で自分の口元を押さえ、動く階段を四苦八苦しながら、登っていった。
「ジニーも友達が出来たみたい、あの子レイブンクローよね。まるで、私達みたい」
微笑ましく見守るハーマイオニーに、クローディアは同意したように頷いた。しかし、ルーナはジニーに交流よりも警告を発しているように見えた。
(ジニー、お兄ちゃんたちが多いから学校に慣れないさ?)
兄弟のいないクローディアには、わからない。それに、ジニー自身の問題だ。きっと、時が解決してくれると思っていた。
談話室では、チョウがクィディッチチーム・キャプテンと話し込んでいた。
「スリザリンの新しいシーカーは、マルフォイだったさ。それにチーム全員『ニンバス2001』の箒だったさ」
クローディアが教えた情報を重く見たキャプテンは、クィディッチ選手を集合させ、スリザリンに対する小さな作戦会議を行い出した。
我関せずと、クローディアは談話室を後にする。自室に入れば、リサが動く譜面の楽譜と格闘しながら、フルートの練習をしていた。聞けば、フリットウィックが顧問の『楽団部』に入部し、寮対抗試合やクリスマスの演奏に向けて特訓していることを説明してくれた。
(……ああ、試合で先生が指揮してるのは、応援団じゃなくて……『楽団部』さ)
1年生の頃は、環境と文化の違い、授業の把握に追われて、部活動など眼中になかった。
だが、クローディアの得意なバスケ部が存在しない。そんな魔法学校で、部活動に取り組むつもりは毛頭ない。勉強以外に興味を見つけたリサを応援した。
日付が変わるまで後僅かになる頃、クローディアは既に就寝していた。しかし、急に意識が覚醒し、頭を振って起き上がり部屋を見渡す。パドマとリサが穏やかな寝息を立てている。
不意に扉が開いていることに気づいた。まどろんだ意識のまま、クローディアは扉を閉めるため、ノブに手をかける。談話室に続く階段をベッロが這い下りていく姿を目にする。
(珍しいさ……)
虫籠に戻そうとクローディアは、追いかける。
談話室には誰もおらず、ベッロはひたすら何かに向かい、威嚇していた。
「危ないことがある」
急に後ろから声がしたので、クローディアは反射的に肩をビクッと揺らした。
「ラブグッド……、夜更かしさ」
人の気配を感じ、談話室の暖炉に勝手に火がついた。
「アイツは、危ないことから守ってるもン」
ゆったりとした動作でルーナは興奮するベッロに歩み寄り、手を伸ばした。クローディアは彼女を引きとめようとした。
なんと、ベッロはルーナの手を見て威嚇をやめたのだ。細く小さい指が、ベッロの頭をなぞる様に撫でる。
クローディアの記憶が確かなら、その撫で方はベッロが最も不快に感じるはずである。しかし、ベッロは瞼を閉じ、指の感触を味わっている。
暖炉の炎が、紅い蛇と戯れる少女を照らす。
巨匠が描いた絵画を思わせる光景。神秘的な印象を受けさせられたクローディアは、感嘆の息を吐く。
――ルーナ。その名は、夜空に淡い光を放つ月を意味している。
(なんて……綺麗)
声には出さず、クローディアは唇だけ動かす。ルーナは口元に弧を描いた。それは、初めて目にする彼女の笑顔であった。
「これは、ナーグルの仕業じゃないよ」
「ナーグルって?」
自然と問い返すクローディアに、ルーナは人差し指で口を押さえる。
「駄目、ナーグルに聞かれるもン」
「そう、わかったさ」
魅入られたクローディアは、ゆっくりとルーナの頭に手を乗せる。何故、そうしたのかわからない。
ルーナは驚いたように、口を開く。しかし、安心したように瞼と口を閉じ、クローディアの手の感触を味わっていた。
気が付けば、何故かクローディアは自室の床で大の字になり、朝を迎えた。ベッロも虫籠でトグロを巻き、普段と変わりはない。
ルーナに昨晩のことを聞こうにも、彼女は変わらずクローディアを瞬きせずに凝視するだけなので、夢を見たのだと結論づけた。
しかし、クローディアの中で、ルーナに対する苦手意識が緩和されていることに、この時は気づけずにいた。
☈☈
【クィレル教授へ
ごきげんいかがですか?
夏も終わり、紅葉の季節となって参りました。
お陰さまで私は無事に2年生になりました。
このたび、新学期から『闇の魔術への防衛術』の教授はギルテロイ=ロックハート氏が勤めておりますが、正直、おもしろくありません。
クィレル先生の授業が待ち遠しいです。
追伸、ハリー=ポッターは新学期早々、スネイプ先生に叱られました。 クローディアより】
手紙を読み終えた男は、口元で小さく弧を描いた。
☈☈
10月に入れば、急激な気温の変化で城中に風邪が蔓延し、校医のマダム・ポンフリーは多忙を極めた。
クローディアも風邪に倒れ、『元気爆発薬』によって数時間は耳から煙を出すはめになった。その場に同じく風邪を引いたフレッドとジョージが居合わせ、無理やり汽車ゴッコに付き合わされた。
ただでさえ、多忙なマダム・ポンフリーは、悪ふざけに激怒した。クローディアは双子共々、医務室から追い出された。
双子から逃げる意味でも、クローディアは自室に引きこもった。
しばらくの間、廊下で耳から煙りだした生徒が汽車ゴッコするのが流行となった。
だが、風邪を引いている状態で身体に無理をさせたので、医務室に運び込まれる生徒は後を絶たなかった。
勿論、フレッド、ジョージも廊下で高熱に倒れているのを発見された。
「自業自得さ」
悪ふざけに付き合わされたクローディアも風邪が再発し、フレッド、ジョージと並んで入院した。その間、彼女は双子と一切口を利かなかった。
ハロウィンの朝。
ダンブルドアが余興として『骸骨舞踏団』を招いたという噂で、期待に胸を躍らせた生徒達は朝から落ち着きがなかった。
『ホグズミード村』に外出する3年生からの上級生も上機嫌で、気前良く土産を買ってきた程であり、ペネロピー、チョウがクローディアに『三本箒』の定番バター・ビールという飲み物を持ち帰ってくれた。
甘さを抑えられていると前置きはあったが、クローディアには甘すぎであり、吐くのを堪えながら飲み干した。
時間になり、生徒達は興奮を抑えきれず早足で大広間に向かう。
だが、そこにハーマイオニー、ハリー、ロンの姿はない。
(絶命日パーティー、行ってみたかったさ)
ハリーが『ほとんど首なしニック』と約束し、死者を祝う宴に赴くことになったのだ。クローディアは宴に興味はないが、ハーマイオニーが一緒だと知り行こうとした。
しかし、何処から聞きつけたのか、ペネロピーに止められてしまった。
「あなたは去年、ハロウィンを見てないじゃない!」
渋々ハーマイオニー達と別行動になり、クローディアは気分が滅入った。
しかし、皆が待ち焦がれた『骸骨舞踏団』が大広間へ入場し、演奏が始まるとクローディアは他の生徒同様、大いに胸を弾ませ高揚した。
パーティーが終われば、不思議な満足感を得て、生徒達は大広間を後にした。
「素晴らしい……の一言ですわ……」
夢見心地のリサが惚けて自分の頬を押さえる。
「カッコいいよなあ……」
テリーが感動で震える手を握り締める。
「早く、進めよ」
「前がつかえてんだよ」
前方を歩く生徒が足を止めたせいで、後方にいるクローディア達は動けなくなった。前にいたサリーが差し迫った顔つきで人を掻き分けてくる。
「ミセス・ノリスが……、そこに……ハリーが…」
焦燥し耳を疑うが、すぐにクローディアは乱暴に人を押しのけて前に進む。
床には水溜りがあり、ミセス・ノリスが恐怖に目を見開いて硬直していた。しかも、松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている。
傍には、小刻みに頭を振るハーマイオニー、目を泳がすハリー、真っ青に唇を噛み締めるロンにミセス・ノリスを凝視するベッロの姿があり、壁には鮮血で文字が塗りつけられていた。
【秘密の部屋は暴かれた! 継承者の敵よ、気を付けよ!】
「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はおまえたちの番だぞ、『穢れ……」
その場の沈黙を破ったドラコは、クローディアを目にし、慌てて口を閉じた。
「なんだ、この騒ぎは、どけどけ!」
フィルチが人垣を掻き分けて現れたので、何人かは息を呑んだ。
「ポッター、おまえ何を……」
変わり果てた愛猫を目にしたフィルチは恐怖と焦燥で、全身を震わせた。
「ミセス・ノリス……。貴様……私の猫を殺したな……」
押し殺した声でハリーに殺意を持って睨んだ。
「殺してやる……」
張り叫ぶ声が廊下に反響し、フィルチの手がハリーに伸びた。
「アーガス! 何事じゃ?」
マクゴガナルとスネイプを従えたダンブルドアが窘めるように制した。
「監督生の諸君、皆を連れてすぐに寮に戻りなさい」
クローディアは咄嗟にハーマイオニー達の背を押して人垣に紛れようとしたが、その前にダンブルドアが引きとめる。
「その3人は残りなさい……それとミス・クロックフォード。ベッロと共に一緒に来なさい」
指されたベッロは興奮しているのか、鼻息を荒くし同じ場所を何度も回っていた。
生徒達は4人を残して自分達の寮を目指した。
「私の部屋が近いです。どうぞ、お使い下さい」
残された一行は、しゃしゃり出たロックハートに勧められ、彼の部屋に連行される。 ロックハートの部屋は彼の写真だらけで、クローディアは別の意味で気分が悪くなった。
ダンブルドア、マクゴナガル、スネイプは硬直したミセス・ノリスを慎重に机の上に置き、調べ始めた。ただ、ロックハートだけはフィルチを慰めるつもりか、自らの冒険を自慢したいだけなのか、喋り続けた。
フィルチの泣き顔がクローディアの胸を苦しくさせた。大切なミセス・ノリスが無残な姿になったのだ。悲しむなと言う方が無理だ。
検分が済み、ダンブルドアは優しい口調でフィルチに告げる。
「ミセス・ノリスは死んでおらん。石になっとるだけじゃ。ただ……どうして石になったのかはわからん」
「思ったとおり! 私が居れば、反対呪文で助けられましたのに!」
空気を読まないロックハートに、ダンブルドアが視線で注意する。
だが、今度はフィルチが涙ながらに喚く。
「あいつです! あいつがやったんです。ヤツの文字をお読みでしょう! あいつは、わたしが出来損ないの『スクイブ』だって知ってるんだ!」
スクイブ、その単語にクローディアとハーマイオニーは真っ青になる。フィルチがスクイブだとは、勿論、知らなかった。
興奮したフィルチは呼吸を荒くし、ハリーを只すら睨む。
「僕……誓って、ミセス・ノリスには触っていません!」
ハリーは、声を震わせながら訴える。
「校長、一言よろしいですかな?」
闇色の声でハリーの緊張は、強い焦燥に変わる。
「彼らは偶然、その場に居合わせただけかもしれません。とはいえ、実に疑わしい。3人とも何故、パーティーの席にいなかったのかね?」
「僕達、サー・ニコラスに誘われて『絶命日パーティー』に出席していました。皆に聞いてみてください。証言してくれます」
反論の好機とし、3人は『絶命日パーティー』の説明をした。
「それでは、何故あそこに? デザートだけも取りにくれば良かったものを、わざわざ行く必要があったのかね?」
嫌味を込めたスネイプの笑みに、呼吸を整えたクローディアは真っ直ぐ挙手する。
「何かね? ミス・クロックフォード」
迷惑そうに視線を投げかけるスネイプに、クローディアは意を決し、口を開いた。
「パーティーの前に、ベッロが部屋からいなくなりました。それで、3人にはベッロを見かけたら、捕まえるようにお願いしていたんです」
瞬間に、ロンの腹から空腹の音色が奏でられ、ハーマイオニーは頭を抱える。クローディアは構わず続ける。
「あの場には、ベッロがいました。おそらく、ベッロを追いかけて、居合わせたのだと思います」
無論、全て嘘である。
ベッロは部屋を出る前は、確かに虫籠にいたのを確認した。しかし、実際ベッロは部屋を抜け出して廊下にいたので、辻褄は合う。
だが、スネイプは納得しない。
「友情ごっこも大概にしたまえ、ミス・クロックフォード。君はそうやって、使い魔にいらぬ罪を着せて、彼らの関心を得るのがそんなに楽しいのかね? ならば、君に罰則を受けさせるとしようかな?」
黒真珠の瞳が暗く揺れ、口元が薄ら笑いを浮かべるスネイプに、クローディアは心臓を鷲掴みにされたような戦慄を覚えた。
「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」
穏やかな声に、張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。
「私の猫が石にされたんだ! 罰を与えなきゃおさまらん!」
ハリーへの殺意を緩ませないフィルチをダンブルドアが窘める。
「君の猫は治せますぞ。ちょうど、ポモーナがマンドレイクをお持ちじゃ、成長すれば、蘇生させる薬を作ることができる。それまでの辛抱じゃ」
「私がそれをお作りしましょう。なーに、目を瞑っても作れますよ」
〔ウザイさ〕
自己主張するロックハートに、思わずクローディアは日本語で悪態を付く。
スネイプもロックハートを一瞥し、冷たく吐き捨てる。
「この学校では、我輩が『魔法薬学』の教授のはずですぞ」
流石に失言を感じたロックハートが沈黙したせいで、嫌な空気になってしまった。
「蘇生薬が出来るまで、君たち……、くれぐれも用心することじゃ」
警告を受けた後、4人と1匹は解放された。
階段を登り、4人は誰もいない部屋に入る。暗がりの中、状況を説明し合う。
『絶命日パーティー』は幽霊の為の宴であり、料理も満足に用意されていなかった。空腹のあまり宴を去った後、ハリーが2つの声を耳にし、その声を追いかけた先であの場所に辿り着いた。その時点でミセス・ノリスは石にされ、ベッロがそれを見上げていたという。
「ポッターにしか、聞こえない声さ?」
「うん、『殺してやる』と『あいつが来た』って……、なんか……声が声を追いかけてる感じだった」
声だけしか聞こえないなら、姿を隠している可能性がある。しかし、ハリーだけにしか聞こえなかったというのは解せない。
「そういう声って、これまで聞いたことあるさ?」
「……罰則でロックハートのサインを手伝っていた晩にも、似たような声を聞いたかもしれないんだ。僕には聞こえてて、ロックハートには聞こえなかったみたい。そういう声が聞こえていたこと校長先生に言うべきかな?」
深刻そうなハリーに、ロン焦りの声を上げる。
「おい、馬鹿言うなよ!」
「ダメよ、ハリー。ロックハート先生にも聞こえない声が聞こえるなんて、魔法界でも変よ」
言葉通り、魔法族はマグルから見れば、異常である。その魔法族も特殊な魔法使いは更なる偏見と差別の対象になって冷遇される。
「変と言えばさ、……スネイプ先生もそうだけどさ。校長先生もフィルチもベッロを疑わなかったさ。なんでさ?」
4人の視線がベッロに集まる。肝心のベッロは、クローディアのローブに顔を突っ込んでいた。
「そりゃあ、ベッロは蛇だぜ。蛇は文字が書けないもの……」
「そんな簡単な理由かしら?」
能天気に答えるロンに、クローディアとハーマイオニーは納得しなかった。
(お父さんの蛇だからさ?)
だが、ハリーはベッロよりも気になる疑問を口にする。
「フィルチと言えば……、出来損ないの『スクイブ』って何?」
「魔法族から生まれたマグルのことをそう呼ぶのよ」
ハリーの問いに、ハーマイオニーが簡潔に答える。クローディアは杖の前の持ち主が『スクイブ』であり、一度も使わずにこの世を去ったことを思い出した。
何故か、ロンが嘲笑を噛み殺していた。
「笑い事じゃないけど……相手がフィルチだから……、滅多にいないんだけどな。あいつ自分が『スクイブ』だから、僕らが妬ましいんだ」
フィルチが魔法を使う様子を一度も見ていない。それを疑問にも思わなかった。
「……つまり、フィルチさんのようなスクイブが継承者の敵ってことなのかな? ミセス・ノリスが狙われたのは、自分のせいみたいにフィルチさん言っていたし」
ハリーがフィルチを憐れむように口開く。
「ん~、でも、マルフォイの奴がなんかほざいてたしなあ」
「ということは、マルフォイは継承者に心当たりがあるってことさ」
「もう図書館、閉まっているから調べられないわ」
ハーマイオニーの発言に、ハリーは目を丸くする。
「え? 開いてたら、調べるの? 今から?」
鐘の音が静かに響く。消灯時間が迫っていると知り、4人は急ぎ自分の寮に戻った。
閲覧ありがとうございました。
幽霊のパーティなんて、怖くて行けないです。