こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
ウィズリーの家に、行かせてあげたい!そんな気持ちで書きました。

追記:16年9月24日、誤字報告により修正しました。


3.新学期早々

 叩き起こしてくる動く洗面器を封じ込めることに成功し、昼近くまで熟睡することができた。

 遅い朝食、早い昼食を摂っていたクローディアを行儀が悪いとドリスは小さく非難した。

 そして、今夜の予定を告げる。

「今日は、ウィーズリー家の夕食に招かれています。さあ、支度なさい」

 昨日の今日で、ハリー達に会うことになるのは、嬉しい。その反面、ハーマイオニーとは会えないことを残念に思えた。

 お気に入りの黒のワンピースに着替え、髪を整える。ドリスも昨日程ではないが、お洒落に着込んだ。しかし、コンラッドは準備など一切せず、白い部屋着のままだった。

「私自身が招かれたわけじゃないからね。遠慮するよ」

 相変わらずの笑顔で、コンラッドは拒んだ。

「ポッターは、会いたがってるさ」

 ハリーの名を聞き、コンラッドの口元が一瞬、嫌そうに痙攣した。

「会わなければならない理由もないだろう? さあ、お友達と楽しんでおいで」

 ゆったりとした動きで椅子に腰掛けたコンラッドは、窓の外を見やる。これで話は終わったという合図だ。胸中で嘆息し、視線でドリスに伝えた。

 既に承知しているドリスは困ったように微笑み、クローディアを暖炉の前に立たせた。

「ハリーは、コンラッドをご存知なの?」

 暖炉に置いてある鉢から、煙突飛行粉を摘んだドリスが問いかけた。隠すこともないので、素直に頷く。

「学校のトロフィー室にお父さんの名前が彫られた盾を見つけたさ。それでポッターと少し話したさ」

「あの盾を見つけましたのね。納得しました」

 何故かクローディアと目を合わせず、ドリスは用意された台詞を口にするように淡々と述べた。

 

☈☈ 

 『隠れ穴』では、朝からモリーが子供達(パーシー、ハリーを除く)を叩き起こし居間の掃除を入念にやらせた。

 掃除をしている様子を見たハリーが、ロンを手伝いながら、何事かと尋ねた。

「ママの友達が来るんだって、夕食まで時間があるのに」

 文句を垂れるロンに、モリーが一喝した。

「今度は自分達のお部屋ですよ!」

 夕食より早い時間に、モリーは全員の服装を厳しく確認した。普段の服なのだから何を確認するのかとフレッドとジョージが呆れ果て、わざと服装を乱して何度もモリーに注意を受けた。

 ハリーは持ち物の衣服の中で、ドリスから贈られた服を着ることにした。後はダドリーからのお下がりで古臭くブカブカだからだ。

 モリーが床を指差し、フレッドを怒鳴っていた。

「フレッド! どうして片付けたはずのあなたのパンツがここにあるの!」

 モリーが金切り声を上げるのを合図にしたかのように、居間の暖炉から緑の炎が燃え上がった。『煙突飛行術』の炎だと知る全員の視線が、暖炉に向けられた。

「ドリス!」

 モリーが炎に呼びかけると、少し着飾ったドリスが帽子を押さえながら現れた。来客にハリーは少なからず、驚いた。

「ドリスさん?」

 ハリーに気づいたドリスは、丁寧に会釈し微笑んだ。

「まあ、ハリー。こんにちは、ああモリーさん、本日はお招き下さり、ありがとうございます」

 続いて緑の炎から姿を現したのは、真っ黒いワンピースに身を包み、黒髪をポニーテールにした東洋人特有の丸みのある整った顔立ちを持つ、クローディアであった。

「クローディア?」

「昨日ぶりさ、ポッター」

 丁寧に挨拶してくるクローディアに、ハリーは困惑した。彼女はハリー達を一瞥し、居間を見渡して感嘆の声を上げる。

「あの時計、なにさ? ん……。時計?」

 居間に掛けられた9本の針を見つめ、クローディアは百面相を繰り返す。一見すれば時計だが、時間の代わりに家族全員の居場所が書かれている。はじめて見れば、誰でも不思議に思う。

 クローディアの当たり前の反応がハリーには嬉しかった。

 その隙にフレッドが、そっと床にあった自分の下着を回収した。

「なんだよ! お客さんってクロックフォードのことだったんだ」

「それなら言ってくれれば、もっと派手にお出迎えできたのに!」

 ブーイングする双子にロンは呆れる。モリーはドリスの前であることを意識して、怒りを含めた笑みを見せた。

「そうでしょうから、黙っていたんです。クローディア、よく来てくれたわね。歓迎するわ」

 惚けていたクローディアは、モリーに優しい声をかけられて我に返った。

「お招きくださりまして、ありがとうございます。素敵なお家ですね」

 お辞儀するクローディアにモリーは感心しながら、双子に厳しい視線を送る。

「フレッドとジョージにも見習わせたいものです」

 視線を無視し、双子はわざとらしく口笛を吹く。そしてクローディアのワンピースを何度も見つめて、わざとらしく声を上げて抗議した。

「僕らがあげた服はいつ着てくれるんだ!」

「2人で必死に作ったのに!」

 クローディアは笑みを崩さず、双子の頬を小さく摘んで捻った。

「あんな恥ずかしい服、着れないさ!」

 流石に痛がる双子を助けるために、ロンが仲裁に入るまでクローディアは捻る手を一切緩めなかった。

 モリーとドリスが協力して夕食作りに励み、クローディアとジニーがそれを手伝い、料理が出来た頃を見計らってアーサーが帰宅した。

 

☈☈

 居間にはアーサー、モリー、パーシー、フレッド、ジョージ、ロン、ジニー、ハリー、ドリス、そしてクローディアという顔ぶれでテーブルを囲んでいた。狭苦しいせいで何処を見ても誰かの顔があった。

 だが、狭さなどは関係なく、この家は暖かい雰囲気に満ち足りていた。

 テーブルに座るクローディアの両脇を双子に固められたのが、息苦しさの原因だ。

「さあ、食べて食べて♪」

 モリーが皿にサラダやスパゲティを盛りつけて寄越した。

 しばらく食事を楽しむために黙っていたが、ドリスとモリーがお互いの家庭魔法について話し出し、アーサーがクローディアとハリーにマグルについていくつも質問してきた。

 アーサーのマグルに対する的確な疑問は、答えずらいものも多い。

「そういえば、クローディアのパパは来れないの?」

 ハリーの呟きを聞き取ったドリスが驚きのあまり、口に含んでいた飲み物を噴出しそうになった。

「……いえ、お気になさらず……」

 すぐにドリスは、モリーと人気歌手の魔女について話し出した。

 ハリーの視線を受け、クローディアは苦笑する。

「お父さんはベッロとカサブランカの面倒見るからって、留守番さ」

 ロンが納得したように頷く。

「僕は大丈夫だけど、ジニーがベッロを見たら、逃げ出すもんな」

 意地悪そうに笑うロンに、ジニーは髪の色のように顔が真っ赤に染まる。

「ロン、ちゃんと説明するんだ。ジニー、ベッロはね、蛇なんだ。おまえは蛇が苦手だろ?」

 パーシーが窘めるとジニーはきょとんと目を丸くし、クローディアを不思議そうに見つめた。

「蛇を飼ってるの?」

「正確には、お父さんのお下がりさ。大丈夫、すごく聞き分けのいい子さ」

 素直に答えると、ジニーは益々顔を顰めた。

「ああ、それは僕も保証するよ。ベッロはただの蛇じゃない。すごく賢いんだ」

 ハリーに声をかけられたジニーは、手にしていた取り分け皿をひっくり返してしまう。

(そんなに驚くことないさ)

 ジニーの様子にベッロを留守番させたのが正解、当然といえば当然だ。しかし、会わせてもいない相手にここまで驚かれたのは、クローディアにも予想外であった。

 夕食が終わり、食器の片づけを自主的に手伝っているクローディアを他所に男性陣は、満腹だと階段を登り自室に引きこもった。ハリーは手伝おうとしたが、ドリスとモリーに部屋に戻された。

 片付けの最中、クローディアは痛々しい視線を受け続けた。食器を運ぶジニーからだ。本当に、彼女はただ黙って見続けた。

 既視感を覚える視線に耐え切れなくなり、クローディアは愛想良く微笑み返す。しかし、ジニーは素っ気なく顔を背けるだけであった。

 食器の片づけが終わり、お暇しようとすると、男性陣が部屋から現れた。またもやフレッドとジョージがわざとらしく喚きだした。

「泊まって行けよ~」

「僕らの部屋で寝ればいいから」

 クローディアの肩に顎を乗せる双子を、モリーは荒々しい手つきで引き離した。

「いい加減にしなさい! 年頃のお嬢さんをあんたたちの部屋で寝させるなんて、お母さんは許しませんよ!」

 わざとらしく拗ねた双子の姿に、クローディアは笑いを堪える。ジニーと視線を合うが、やはり目を逸らされた。

 

 家に帰ってみれば、コンラッドがクローディアの知らぬ客人と話をしていた。歳の頃はドリスと変わらぬ老人ながら、生き生きとした表情で「老人」と呼ばせぬ雰囲気を纏っている。

 手にある紫のシルクハットが如何にも、英国紳士らしい。

「こんばんは、お邪魔しているよ。お嬢ちゃん、わしはディーダラス=ディグルというもんだ。ドリスの友達だよ」

「はじめまして、クローディアです。祖母がいつもお世話になっています」

 背を九の字に折り、クローディアは頭を下げて挨拶した。

「こんな時間にどうしたの? ディーダラス」

 怪訝するドリスは、クローディアを一瞥する。込み入った話が始まると予感し、2階に上がろうと皆に背を向けた。

「クローディアも聞いておきなさい」

 驚いたことにコンラッドがクローディアを呼びとめた。こういう時、コンラッドは彼女に話すら聞かせない。珍しい状況に目を丸くする。ドリスも動揺して一瞬だけ、目を見開いた。

 椅子が勝手に動き、クローディアに座るよう促す。躊躇いつつも素直に、座る。椅子が動き出し、コンラッドの隣に移動した。

 どんな話になるのか、クローディアは緊張しつつも胸の鼓動が高鳴る。

 ディグルはシルクハットを玩ぶような手つきで、神妙にドリスを見やる。何かに気付いて、彼女も黙って椅子に腰かける。

「バーサ=ジョーキンズが色々と嗅ぎまわっておるぞ。ドリスに孫がいるとか」

「ああ、やっぱり! もう私に聞かず他を当たろうとしたのね!」

 嫌悪丸出しでドリスは、悪態付いた。

 昨日、偶々出会った魔女を思い返し、クローディアは胸中で溜息をつく。

「わしのように事情を知る者は、おらんから良かったが……。魔法省のマッジコムがホグワーツでの出来事をジョーキンズに話してしまったようだ。お嬢ちゃんがハリー=ポッターと『例のあの人』から『賢者の石』を守り、寮対抗をレイブンクローとグリフィンドールで引き分けたとかな」

「やはり、あれが目立ってしまったか」

 機械的な笑みを浮かべたままコンラッドの口から、溜息が吐かれる。

 その溜息にクローディアは少々イラッときた。寮対抗の結果は、クィレルの感謝によって齎されたものだ。まるで、コンラッドは彼女の行動を否定しているかのように感じ取れた。

 文句を口で殺しても、不満がクローディアの顔に出ている。彼女の心情を読み取ったコンラッドは、やんわりと否定した。

「クローディアのしたことを責めているんじゃないよ。バーサ=ジョーキンズの行動に困っているんだ。あの魔女は、私の学生時代からゴシップが好物でね。人の秘密を嗅ぎまわっていたが、その分、しっぺ返しも受けていた。それなのに、その性格は相変わらずだ。このままでは、いつか命を落とすだろうね」

「危険も顧みない方ですからね。度胸があるんでしょうが、道徳や危機感が足りないんです。相手のことを重んじれば、それが知られたくない情報だと察することもできるでしょうに」

 ジョーキンズを非難しながら、ドリスは彼女の身を案じていた。

「ルシウス=マルフォイの耳に入るのも時間の問題だが、どうするね? 学校には、奴の息子がいるはずだ。何か探ってくるかもしれん」

「放っておけばいい。学校には……スネイプ教授がいらっしゃる。クローディアのことは彼の教授がマルフォイ氏から必ず守ってくれる」

 信頼し切った声でコンラッドは、ティグルに微笑み返した。

 スネイプへの信頼はさて置くとして、コンラッドはあまりにもマルフォイを恐れていない。その態度は、ドリスがジョーキンズを嫌悪するそれと同じだ。

 ドリスはマルフォイの名を聞くだけで、不安を露わにしている。

「マルフォイのお父さんも……スリザリンの人さ? もしかして、お父さんの友達だった人さ?」

 何気なくクローディアが呟くと、コンラッドが苦虫を噛み潰したように口元を歪ませる。それでも、目元は笑ったままだ。ドリスとティグルは露骨に嫌そうな顔を見せた。

 コンラッドは一呼吸、間を置いてから口を動かした。

「偶然、同じ国に生まれ、偶然、同じ学校に通い、偶然、同じ寮だった。赤の他人だ」

 少なくとも、友好的ではないことがハッキリと理解できた。何故だが、クローディアは近い将来、この名台詞を知る予感がした。

 必死に笑いを堪えるティグルが咳き込んで誤魔化す。

「赤の他人は……ともかく。マルフォイは、ホグワーツの理事を務めておる。その地位を利用して来ないとも限らないから、お嬢ちゃん、くれぐれも気をつけるんだよ」

 衝撃の事実を知り、クローディアはげんなりした。理事会は学校運営に意見する機関だ。つまり、マルフォイはホグワーツに干渉できる権限を持っている。

 そんなマルフォイから、一介の教師に過ぎないスネイプがただの生徒を守りきれるか不安だ。

「何も恐れることはない。スネイプ教授を信じていればいい」

「……はい、お父さん」

 クローディアは、マルフォイを面倒な相手だと思っているが、恐れてはいない。ただ、コンラッドが自分を気にかけ、安心できるように言葉をくれることが嬉しい。

 それを想えば、スネイプからの憎悪も耐えられるのだ。

 

 残りの夏休みは、新学期の授業範囲を予習する日々に追われた。特に『魔法薬学』をコンラッドが講義の元、4年生の範囲まで念入りに勉強した。しかし、クローディアに知識を詰め込もうとしても、頭がそれを拒絶し、大切な休暇の最終日は熱に浮かされて倒れた。

「成績発表が待ち遠しいね」

 家を出る前にコンラッドに向けられた笑顔が異様に殺伐としていた。クローディアは敢えて、それを無視してドリスとキングズ・クロス駅を目指した。

 

 去年のことを踏まえ、早めに出発したため、9と3/4番線に1時間前に到着した。

 時間が時間なだけに、プラネットホームにいる人たちは疎らで、紅の機関車ホグワーツ特急も駅員達が清掃の最終確認を終えた所である。

 カートを押しながらプラネットホームを見渡す。監督生の威厳を持とうとするペネロピーを発見したので、クローディアはすぐに駆け寄って挨拶した。

「おはようさ、ペネロピー!」

「あら、おはよう。私達が一番乗りよ。……あそこのスリザリン生もだけど」

 ペネロピーの視線の先には、見覚えのある男子生徒が退屈そうに汽車に乗れるのを待っていた。

「……マーカス=フリントさ?」

「そうよ。もう少し人が集まってからウッドが来て欲しいわよ。去年もこの時間で、スゴイ気まずかったんだから」

 だが、ペネロピーが言い終えた瞬間、願い空しく柵の向こうからカートを押したオリバーが両親と共に姿を現した。宿敵を発見し合ったオリバーとマーカスはお互いの両親がいる手前、何もしなかったが視線を絡め、見えない火花を散らせて睨み合っていた。

(今年のクィディッチも楽しそうさ)

 クローディアが胸中で皮肉を込める。そうこうしている内に、漸く駅員が汽車を開放した。待ち惚けをくらっていた生徒達は、さっさとコンパートメントに乗り込んだ。

「私は監督生の車両に行くから、ここでね」

 胸に『監督生』のバッチを付けたペネロピーが監督生専用のコンパートメントに向かうと、同じように進むバーナードと遭遇していた。彼の胸にも『監督生』のバッチがある。

「……あら、マンチ。あなたが監督生なのね。きっとあなただと思っていたわ」

「俺もなんとなく、クリアウォーターが監督生だと予感したな」

 クローディアは運転席に近い車両で適当なコンパートメントを見つけ、トランクや虫籠を荷物棚に詰め込んだ。窓から身を乗り出してドリスに席が取れたことを報告しようとした。そのドリスは、クリアウォーター夫妻と監督生制度について話していた。

「クローディア!」

 視界の隅に綺麗な栗色の髪が映り、聞きなれた高く声が耳に入る。ハーマイオニーがカートを押しながら、クローディアに手を振ってくる。

 夏の休暇で何度も顔を合わせたというのに、新鮮な気持ちで胸が高鳴りだした。

「ここは、僕が先に目をつけたんだぞ!」

「荷物を置いたのは、こっちが先だ!」

 クローディアの胸中を暖かいモノで満たされていたが、通路からオリバーとマーカスの怒鳴り声のせいで雰囲気が壊された。

 ハーマイオニーはすぐにクローディアのいるコンパートメントに現れて、荷物棚にトランクを詰めた。

「ハーマイオニーはいつもこの時間さ?」

「いいえ、去年は後尾のほうだったから、前のほうに座りたくてね」

 残りの休暇をどのように過ごしたのかを話しているうちにホームは大勢の人で溢れ返り、騒がしくなってきた。パドマ、パーバティー、リサ、ハンナを見かけ、ハーマイオニーがコンパートメントに招いたので、2人だけでなくなったことをクローディアは少し残念に思いながらも、皆に挨拶した。

 

 時計の針が11時になり、汽車は煙を吐き上げて出発した。

 生徒全員が窓から顔を出し、見送りの家族に暫しの別れを告げる。

 クローディアもドリスに手を振り合った。ウィーズリー夫妻とグレンジャー夫妻がいて同じように手を振っている。

「「グレンジャー、クロックフォード! ここにいたのか!?」」

 汽車がホームを離れた頃、コンパートメントにフレッドとジョージが息を切らして乱入してきたので、リサが驚いて軽く悲鳴を上げた。

「ロンを見てないか?」

「ハリーもいないんだ」

「ここには、来てないわ。ジニーと一緒じゃないの?」

 頭を振りながらハーマイオニーが答えた。しかし、同じようにフレッドとジョージは首を横に振る。その場にいた全員が、お互いの顔を見合わせた。

 事態を重く見たクローディアは、ハーマイオニーと手分けして汽車の車両という車両を調べた。荷台や椅子の下を探してもハリーとロンの姿は何処にもなく、焦りは募っていく。

 ハリーの不在はすぐに汽車中に知れ渡り、ドラコが意気揚々と通路を闊歩した。

「ハリー=ポッターは退学になった! 間抜けなウィーズリーも一緒だ!」

 事態が掴めない他の生徒も口々に勝手な憶測を飛ばしていた。

「いい加減なことを言わない!」

 ペネロピーが早速、監督生として憶測を口にする生徒を厳しく注意していた。

 そんな様子を尻目に、クローディアは最後尾の車両を念入りに探した。

 覗いたコンパートメントに数人の新入生がいた。ハリーとロンのことを聞こうと、挨拶してから戸を開いた。しかし、そこにいる1人の少女を見て、クローディアは思わず表情を引きつらせた。

 グリンゴッツ銀行の階段でクローディアの口癖を「ダサい」と告げた少女だ。あの日とは違い、髪を下ろしていたが、耳には本物のスモモを付け、首には何故かビール瓶の蓋を繋げた首飾りをつけていた。

 しかも、窓のほうを食い入るように見つめ、ブツブツと呟いている。

「車が飛んでる」

 注意深く聞き取ると少女が空を車が飛んでいるのだと主張した。

(どうするさ、ここはなんていうさ?)

 焦りのあまり、クローディアは目を泳がせて悩んだ。

「あ、車が飛んでるよ! ほらほら!」

 薄茶色の髪をした男の子が窓の外を指さした。

 通路からジョージがおおげさに喚いて、コンパーメントに乱入してきた。

「うちの車が空を飛んでる! クロックフォード、見てみろ!」

 ジョージに腕を掴まれ、クローディアは新入生を押すような形で窓から外を見やる。

 太陽と雲の横にトルコ色の車がふらふらと右往左往しながら、確かに飛んでいる。しかし、車の下しか見えないので、誰が乗っているのかはわからない。

「箒だけじゃなくて、車でも飛べるんだ! すごい、すごい!」

 男の子が椅子の上で弾けながら、叫んでいた。

 すぐにクローディアはコンパートメントに戻り、ハーマイオニーに車のことを報せた。

「まさか、それにハリーとロンが乗っているとでも言うのかしら?」

「きっと、ウィーズリーおじさんが飛ばしているさ。あの2人が汽車に乗り遅れたとかでさ」

 パドマ達も窓から車を見上げたが、場所が悪いらしく見えなかった。

 

 全員が制服に着替え終えた頃には、汽車が速度を落とし暗闇に包まれた駅に到着した。クローディアは、遊んでいたベッロを虫籠に戻し、荷物を置いて下車する。

「ハグリッドさ!」

 森番が愛犬のファングと生徒達を見回している。喜んだクローディアは、ハーマイオニーと一緒に駆け寄った。

「よお、クローディア。ハーマイオニー、……ハリーはどうした?」

「それが汽車に乗っていなかったの。ロンも一緒よ」

 ハーマイオニーが遠慮がちに説明すると、ハグリッドは潰れた悲鳴を上げて慄いた。その悲鳴に周囲の生徒は驚いて、森番を振り返った。

 生徒の視線を浴び、ハグリッドは狼狽しながらも自身の役目を思い出す。

「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」

 ランタンを片手にハグリッドは、新入生を引率しだした。興奮と期待と緊張に胸を躍らせた新入生は、カモの子供のように森番に着いて行く。

「じゃあな、ジニー、後でな」

「ロンは大丈夫だよ」

 フレッドとジョージがジニーに優しく声をかけて、ハグリットの元へと送り出した。

 あの濁った金髪の少女は、真っ先にハグリットに張り付くように着いて行った。ただ、彼の呼びかけがあるまで、やはりクローディアを凝視してきていた。

 あの少女に対する苦手意識が益々、酷くなった。

 冷たい空気の中、生徒達は互いに身を寄せ合いながら駅の外まで歩く。100台近くの馬なし馬車が並ぶ所に出た。。

 適当に順番待ちをしていると、ネビルが深刻な表情で馬車を見つめている。体調が悪いのかと心配したクローディアが何気なくネビルに声をかけた。

「ネビル、どうしたさ?」

「やあ、クローディア。ううん、なんでもないよ。ハリーとロンは、やっぱりいないみたいだね」

 ネビルにしては、動揺をうまく隠していた。普段の彼なら、自らが感じた恐怖や動揺を正直に話すはずだ。

「この辺は、寒いさ。早く城に行きたいさ」

「うん、本当に楽しみだね」

 クローディアが深く質問しないことを彼は、喜んでいた。やがて、順番の来たネビルはシューマスやディーンと同じ馬車に乗り込んだ。

 順番を待とうと周囲を見渡したクローディアは、スリザリン生セオドール=ノットもネビルと同じような顔つきで馬車を凝視していることに気付いた。

「セオドール、行くぞ」

 ドラコに声をかけられ、セオドールも馬車に乗り込んだ。

 その直後、クローディアの順番が回ってきた。4人乗りのため、クローディア、ハーマイオニー、ハンナ、スーザンで馬車に乗り込み、戸を閉めると独りでに走り出したのだ。

 馬車からは微かな藁の匂いが充満している。

「きっと、透明にされた馬がいるんだわ」

「どうして、透明にするのかしらねえ」

 ハンナとスーザンが馬車の仕組みについて話し、ハーマイオニーはロックハートの自伝【私はマジックだ!】を読み耽っていた。

 馬車は雄大な鋳鉄の門を緩やかに抜けて、長い上り坂で速度を上げて登っていった。揺れの感触に酔い始めたクローディアはハンナの意見通り、馬を透明にしていることに賛成した。

 

 ホグワーツ城への石段の手前で馬車は止まり、4人は譲り合いながら降りた。

 既に到着している生徒達に続いて石段を登り、正面玄関の巨大で頑丈な印象を受ける樫の扉を通り過ぎ、松明に照らされた玄関ホールに入った。

 生徒達は大広間へと流れ、クローディア達も自然に足を向ける。

 広間は去年と同様に、神秘さを醸し出した雰囲気。新鮮な気持ちで興奮した。各寮の席では、着席した寮生が雑談をしているため、賑わっていた。

 クローディアは、寮の違うハーマイオニー、ハンナ、スーザンと別れた。適当な席に座ると、向かいに座っていたサリーは黄緑の瞳を輝かせていた。

「あれって、ロックハートよね?」

 隠す気もなく、サリーは上座の教員席を堂々と指差している。彼女の言葉通り、スリザリン寮監のスネイプの隣に、上等な淡い水色のローブを優雅に着こなしたギルテロイ=ロックハートが満面の笑みで座っている。

 スネイプは、ロックハートをガン無視している。

「教科書通りの笑顔さ」

「でしょう! 素敵よねえ!」

 クローディアの皮肉は、サリーに効果がない。

 もしやと、グリフィンドール席にいるハーマイオニーを見やる。彼女は嬌声を抑えることに必死になり、笑顔で悶えていた。

 途端に、クローディアの胸の奥底からドス黒い渦が起こり、ロックハートに対する感情は嫌悪以外なくなった。元々ドリスの影響で多少の先入観は持っていたが、最早、関係ない。こんな話を他人に聞かせれば、「醜い嫉妬」と呼ばれようとも厭わない。

「まあ! ロックハートですわ」

 リサは教員席に目をやった瞬間、興奮のあまり隣にいたマンディの肩を思いっきり叩いていた。

「見ればわかるから、やめて!」

 カンカンになったマンディに、リサは非礼を詫びた。

「あの人、雪男の毛皮とか持ってないかな?」

「気前良さそうだし、聞いてみればいいわ」

 声だけ弾ませたセシルがパドマに相談していた。

「絶対、『闇の魔術への防衛術』の先生だよな?」

「それしかないって、ママが喜ぶよ」

 テリーとアンソニーが手を叩き合い、喜びを分かち合った。

「どうりで教科書がアイツの本のはずだぜ。すっげえ高かったから、お袋が親父の小遣い減らすって。親父が悲鳴を上げてたわ」

「こっちは、クリスマスのプレゼントなしにされた」

 マイケルとモラグがぶつぶつと文句を述べた。

 確かに、ロックハートの書物は通常の教科書より格段に高い。

(絶対、印税だけで暮らしているさ)

 恨みがましくクローディアが教員席を視界に映すと、先ほどまで座っていたスネイプの姿が消えていた。

「クララ、スネイプ先生はどうしたさ?」

 クローディアの隣にいたクララは、ロックハートに向けていた熱い視線を消し、瞬きを繰りかえす。

「後ろの戸から出て行ったわ。お手洗いかしら?」

 簡単に答え、クララは再びロックハートに夢中の視線を向ける。

(もしかして、スネイプ先生……。ポッターとロンを探しに行ったさ?)

 クローディアが空席を見つめているうちに、大広間の二重扉が開く。途端に、全員の口は一斉に閉じられた。

 教頭マクゴナガルの後ろを一列に並んだ1年生が、緊張と期待を胸に入場する。誰もが懐かしい気持ちに駆られる。

(そういえば、この学校で何の練習もしないさ。ある意味行き当たりバッタリさ?)

 呟きを口にせず、クローディアは新入生を見つめる。

 マクゴナガルは去年と同じように教員席と生徒席の間に、1年生を一列に並ばせた。

 組分け帽子が登場すれば、全員が新たな新学期を目の当たりにし胸が高鳴る。視線を受け、帽子は生命を与えられたように、去年と一切違う歌詞を歌いだした。歌い終わると、緊張の1年生以外は理解不可能な感動で拍手を送った。

「去年と歌が違うさ?」

「そのようですね」

 拍手しながら、クローディアはリサと確認の意味で笑いあった。

「エドマンド=ハーパー!」

《スリザリン!》

 マクゴナガルに順番に呼ばれ、1年生達が緊張な面持ちで帽子を被り、各寮に組分けされていく。

「コリン=クリービー!」

 薄茶色の髪をした男子生徒が強張った表情で、椅子に座り帽子を被る。汽車ではしゃいでいた男の子だと、クローディアはわかった。

 見るとはなしに、クローディアは教員席を見やった。奥にある戸が少し開いている気がした。コリンはグリフィンドールに配され、喜びのあまり何度も万歳していた。

「シーサー=ディビーズ!」

「(あの子、ロジャーの弟よ)」

 嬉しそうにクララが、クローディアに耳打ちする。

 椅子に座る男子生徒は、何処となくロジャーの面影がある。正直、クローディアには興味がない話だ。そして彼は、レイブンクローになった。

「ルーナ=ラブグッド!」

 その名で呼ばれた女子生徒に、クローディアの背筋が粟立った。

 あの濁りみの金髪少女だ。大切な組分け儀式だというのに、彼女の意識は他にある気がする。

(せめて、違う寮に行って欲しいさ)

 帽子がクローディアの心を察するはずもなく、彼女はレイブンクローに配された。

「デメルザ=ロビンズ!」

《グリフィンドール!》

 組分けの後は、豪華な食事だ。

 クローディアがステーキを平らげるため、フォークとナイフで格闘する。急にスネイプが教員席の奥の戸から姿を現し、ダンブルドアとマクゴナガルに耳打ちした。

 マクゴナガルはすぐに席を立った。ダンブルドアは、全員に食事を続けるように指示し、スネイプと戸の向こうに消えた。

「なんだろうさ?」

 ステーキを頬張り、クローディアが呟く。

「ハリーのことでしょうか?」

 リサが口を開くと、皆も次々と話題をハリーに切り替える。

「やっぱり、汽車から見えた車に乗ってたんだ」

「墜落したのかも」

 大広間は、この話題で持ちきりになり、しばらくしてダンブルドア、マクゴナガル、スネイプの3人が戻ってきた。

 憶測は終わることを知らず、スリザリン席からは嘲笑が小鳥の囀りのように起こる。それを快く思わないグリフィンドール生との間で微妙な睨み合いが続いた。

 しかし、クローディアはそれどころではなかった。

 監督生の向こうから、ルーナの視線を絶えず感じ取っていた。一度は気になり、ルーナに視線を返すと、彼女は一切瞬きをしていなかった。

 視線を忘れるために、クローディアは夢中でデザートに食らいついた。

 ダンブルドアから1年生への注意事項と『闇の魔術への防衛術』にロックハートが就任したこと告げる。大多数の女子生徒から黄色い声援と拍手が送られた。最後の歌唱バラバラの校歌斉唱をもって、宴は終わった。

 各寮の1年生は監督生に導かれて先に大広間を出る。1年生が出終わってから、クローディア達も寮を目指して大広間を出ようした。

 十二分に腹が満たされて完全に油断した腕をハーマイオニーが乱暴に掴んだ。

「一緒にハリーとロンを探しに行きましょう!」

「了解さ」

 反論なく、クローディアはハーマイオニーと生徒の流れを無視して進んだ。

「最初は医務室さ?」

「そうね。そこにいなかったら、職員室に行きましょう」

 医務室の様子を探ろうとした2人は、若干、不機嫌なマクゴナガルに見つかった。

「ハリー=ポッターとロナルド=ウィーズリーの無事は確認しました!あなた達も寮へお帰りなさい」

 折角のハーマイオニーとのささやかな時間が終わってしまい、クローディアは嘆く。螺旋階段を下り、壁に取り付けられた胴製の鷲型ドアノッカーの前に立つ。

 彼女の存在を察知したように、ドアノッカーの鷲の口が開かれた。

「絶えず変わるがいつも存在し、今日与えられても明日は禁じられ、初めは皆が従うがすぐに嘲笑されるもの」

 合言葉代わりの謎かけに、クローディアは呻く。

(存在して、与えられる?)

「……富?」

 静寂で微かに風の音が耳に入る。

「……法律? 名誉? 命? 校則? ……習慣?」

「答えを吟味してから口にしろ」

 鷲の口が皮肉っぽく曲がり、壁が開けた。

(習慣さ……)

 組分け帽子やドアノッカーは、何処から知識を搾り出しているのかとクローディアは首を傾げる。

 談話室に足を踏み入れると、人影はなく暖炉の火が燻っていた。久しぶりの談話室の空気に安心すると、急に眠気がクローディアを襲う。自分の部屋に向かって、女子寮の戸に手をかけて開いた。

 何故か、ルーナが螺旋階段に腰掛けていた。吃驚して、悲鳴を上げかけた。代わりに、音程のズレた呻き声が出た。

「え……と、ラブグッドさ? 入学おめでとうさ」

 クローディアが必死に笑顔を取り繕う。しかし、ルーナは答えない。

 沈黙が続き、暖炉の音が消えてルーナの唇が動く。

「ダサい」

 以前よりも重く、クローディアの胸に突き刺さった。

 理由がわからぬ苛立ちに頭を掻いていると、ルーナは夢遊病を思わせる足取りで階段を登っていった。

 




閲覧ありがとうございました。
コンラッドが言っていた「偶然、同じ国…」の下りは、少女漫画のフルー○バスケッ○にあります。本当に名言だと思います。
●ディーダラス=ディグル
 原作にて幼かったハリーに手を振ったり、『漏れ鍋』で握手したり、ちらちらと出てくる魔法使い。
●セオドール=ノット
 原作六巻にて、いつの間にか登場していたスリザリン生。あんまりドラコとつるんでないよね。

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