こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
ちらりと、原作キャラが出てきます。
回想台詞は〝〟と表記します。

追記:17年9月29日、18年9月20日、誤字報告により修正しました。


1.不思議

 ハリーからこれまで手紙を出さなかった非礼を詫びる手紙が届いた。

「『屋敷しもべ妖精』の仕業ですって! 妖精が手紙を邪魔していたなんて、可哀そうなハリー! さぞ心細い思いをしたことでしょう……」

 憤慨したドリスは、興奮して手紙を破きそうな勢いだ。

「『屋敷しもべ妖精』って何さ?」

「読んで字のごとくだよ。彼らは屋敷に住みつき、その住人のしもべになる。彼らの強大な魔力を用いて魔法族に奉仕している素晴らしい種族だね」

 コンラッドの説明を聞き、『屋敷しもべ妖精』という種族がクローディアは腑に落ちない。

「強大な魔力があるならさ、なんで魔法族に仕えるさ? 自分達の為に使えばいいさ」

「それが彼らの悲しい性なんだよ。自分の幸せではなく、他人の幸せを望んでいる。奉仕し尽くすことが種族の誇りと思っているね。だが、全ての『屋敷しもべ妖精』がそうではない。中には、主人に不満を覚えている者もいる。だけど、一度主人になった相手を変えることは出来ない。主人が死ぬか自分が死ぬか……または着る物を与えられない限り、自由はない」

 一瞬、コンラッドの瞳に深い憐れみを感じた。相手は誰かわからないが、確かに彼は誰かを憐れんだ。それが『屋敷しもべ妖精』全体なのか、それとも1人の妖精に対してかどうかはわからない。

「でも、なんで妖精さんがそんなことしたさ? 誰かの命令さ?」

 クローディアの素朴な疑問をドリスは否定する。

「自分の意思でやったそうよ。なんでも、これから学校で良くないことから、ハリーを行かせたくないとか。このドビーという妖精は詳しいことは教えてくれなかったみたい」

「騒がしい新学期になりそうだね」

 煩わしそうにコンラッドは呟く。

「新学期と言えば、宿題終わったかしら?」

 唐突なドリスの質問に、クローディアは素早く目を逸らした。

 

 学校から黄色味がかった羊皮紙が送られてきた。新学期用の新しい教科書の一覧を目にし、クローディアは本の多さに驚きを隠せなかった。

 ドリスに教科書の一覧を渡すと、嫌そうに顔を顰める。

「……きっと、『闇の魔術への防衛術』の新しい担当の方は、ロックハートのファンなのでしょうね」

 ドリスにしては珍しく、ゴキブリを見るような目つきでその名を口にする。

 先日、ダーズリー家を訪問(奇襲)したときでさえ、ここまで悪態付いていなかった。

「評判の悪い人さ?」

 ベーコンエッグを口に含みながら、何気なくクローディアが問う。眉間にシワを寄せたドリスは、口元を引き締め、首を横に振る。

「とても良い方ですよ。ハンサムで、紳士的、ファンサービスは折り紙つきです。ロックハートは自身の体験さなった冒険を出版しておられるのよ。これが、爆発的に人気でね。老若男女問わず! すばらしいんじゃありませんこと?」

 称賛が嫌味に聞こえる。寧ろ、罵倒に近い。

 クローディアは曖昧に返事をしながら、コンラッドに目をやる。学校からの手紙に抜かりがないか確認するフリをし、ドリスの話に加わらないようにしている。

「お祖母ちゃん、このロブハーツが嫌いさ?」

「とんでもない! 自意識過剰、大いに結構! ええ、いいですとも! でもね、クローディア。ハリー=ポッターを見て御覧なさい。有名を鼻にかけずに、礼儀を忘れていません。それに比べてこのロックハートは全く! ハリーの爪の垢でも煎じて飲めばよろしい!!」

 本音を曝したドリスに代わり、コンラッドが説明してくれた。

 以前、ドリスも熱狂的なファンの1人であり、ロックハートの出版物は全て揃えていた。

 ある日、サイン会が催され、意気揚々とドリスも参加した。

 長い行列を並び、ドリスがサインを貰おうとした。偶々、前に並んでいた魔女はドリスの家庭事情を知っていた。その魔女はあろうことか、ロックハートにコンラッドが行方知れず、死亡説が囁かれているので慰めてやって欲しいと申し出た。

 大勢の人の前で息子に死亡説がるなどと触れ回られて、喜ぶ人などいない。ドリスは熱が冷めて蒼白になった。しかも、これにロックハートは止めを刺した。

〝素行の悪い息子さんを持つと、さぞお困りでしょう。しかし、ご安心を、私がサインを書いたと知れば、すぐに戻ってきますよ〟

 たった一言、されど一言。

 ドリスはロックハートの存在そのものを嫌悪した。所持していた書物は、灰も残さず焼き捨てた。

 粗方説明したコンラッドの口を閉じ、クローディアは目頭を押さえる。

 多少主観的要素はあるが、ロックハートから相当無神経な印象を受けた。クローディアは出来れば、そんな人物とは絶対に関わりたくない。そう願っていた。

 

 ――巡り合わせは否が応でもある。

 

 何故なら、ハーマイオニーからの手紙にこう書かれていた。

【クローディアへ

 教科書のリスト見ましたか?

 この前の食事会でクリアウォーター先輩に、この人の本を借りたの。とってもおもしろかったわ。是非、あなたにも薦めるからね。

 それでね、水曜にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店でサイン会が行われるんですって! 新しい教科書も買えて、ロックハートの顔も見られるわ

 一緒に行きましょう  ハーマイオニー】

 クローディアにとって、重要なのはハーマイオニーと同じ時間を過ごすことに他ならない。どれだけロックハートが場の空気も読めない愚か者だとしても、些細なことだ。 ドリスは頑として同行を拒否し、その手紙を読んだコンラッドが提案した。

「前日にダイアゴン横丁に行くとしよう、そうすればクローディア1人でも大丈夫だよ」

「いいわね。頑張りなさい」

 即決でドリスは同意し、水曜はクローディアだけで行くことになった。

(お父さんが着いてくるっていう発想はないさ)

 視線で訴えると、コンラッドはロックハートに興味がないと嘲笑した。

 しかし、月曜の朝に届いたハリーの手紙がドリスを悩ませた。

【クローディア、ドリスさんへ

 僕達、水曜に新しい教科書を買いにロンドンに行くことになりました。よろしければ、ご一緒しませんか?

 追伸、頂きましたズボン、とても穿き心地が良くて、気に入っています ハリー】

 悩みに悩んで、ドリスは書店にさえ行かなければ良いのだと結論に至った。火曜に教科書を揃え、水曜にハーマイオニー達と合流する形を貫くことになった。

 

 初めての『煙突飛行術』、移動酔いに陥った。

 ダイアゴン横丁に優美に聳え立つ大理石のグリンゴッツ銀行。その階段に腰掛けて、クローディアは酔いが醒めるのを待つ。その間、コンラッドは教科書を購入しに行き、ドリスは冷たい飲み物を探しに行った。

 お気に入りの黒のワンピースに砂埃がついても、気にする余裕がない程に億劫だ。

 銀行に出入りする魔法使いや魔女達が、石階段に座り込むクローディアを怪訝そうに見つめながら通り過ぎていった。

 新入生らしき男の子は、マグル生まれなのか子犬よりも甲高い声を上げ、銀行を指差した。

 徐々に気分を取り戻したクローディアは、起き上がる。錆びることを知らない銅製の扉を見上げながら、ワンピースについた土埃を手で叩き落としていた。その土埃を不快に感じた守衛のゴブリンが睨んできた。

 気分の悪さでゴブリン族を初めてみる感動が浮かばない。クローディアは守衛の視線に従い、一先ず、階段を下りようと身体の向きを変えた。

 何故か、クローディアのすぐ後ろに気配もなく少女が立っている。全く気付かなかった。驚いて、悲鳴を上げそうになり口元を押さえた。

 しかし、声を抑える必要がない。何故なら、クローディアは唖然としすぎて声を忘れたからだ。

 金髪に少し濁りがかった少女が瞬きを一切せず、凝視してくる。眉毛の薄いその表情から、少女の感情を読み取ることはできない。

 それは些細なことであった。問題は、少女の恰好にあった。

 髪をまるで「サザ○さん」の如く、頭に三つの団子を作り、耳には本物の葡萄を飾り、首にはタンポポの綿を繋げた首飾りを下げていた。

(スゴイ恰好さ!)

 これまで見た魔法使いや魔女の服装がマトモに見えた。

 何の遠慮もなく、少女を穴が空くほど見つめた。傍から見れば、少女2人がお互いを凝視し合っているなど、意味不明である。通行人の嘲笑めいた笑い声を耳にし、クローディアは漸く我に返った。

「すみませんでした」

 クローディアは非礼を詫び、少女に深く頭を下げた。少女の返事を待たずに、慌てて階段を下りていく。少女は通り過ぎようとする動きを一挙一動、見逃さないようにしている。

「あんた、さっき蛇、持って歩いてた」

 寝言のように浮ついた声で話しかけられる。現実味を帯びない少女の口調に、独り言を呟いている気がした。

 段の上にいる少女を見上げ、クローディアは自身を指差す。

「私に言ったさ?」

 途端に少女は、クローディアの元まで段を飛び降りた。しかも、耳を近づけて何度も首を傾げる。聞き取れなかったのかと思い、同じ言葉を繰り返す。

「そのしゃべり方、直したほうがいいよ」

 浮つきの消えたハッキリとした言葉がクローディアの耳を走り去った。頭を鈍器に殴られたのと同じ衝撃が走り、脳内が真っ白になる。

「いま、なんてさ?」

 確認ではなく、ただ呻いて呟く。

 半眼にした少女は、クローディアに哀れむような視線を向けて言い放つ。

「ダサい」

 まさにグサッと心臓に槍が刺さる。

 

 ――――我が人生、口癖を罵倒されたのは、初体験である。

 

 一気に落ち込み、階段の隅に座り込んだ。少女は、沈みきったクローディアに興味を無くしたらしく、片足で階段を登りながら去っていった。

「まだ具合が悪いの?」

 戻ってきたドリスが心配そうにクローディアの背を優しく擦った。酔いは醒めていますと言いたいが、今は口を開きたくない。

 起きあがり、ドリスが教科書を抱えていることに気付く。

「お父さんは、どうしたさ?」

「あの子ねえ、ちょっと人助けに行ったわ」

 『魔法動物ペットショップ』に搬入された大量の蛇が手違いで逃げ出した。その捕り物を手伝いの為、コンラッドは何処かへ消えたらしい。

「大量の蛇ってさ! それ、いつのことさ?」

「ついさっきです。コンラッドがいるからすぐに片付くでしょう。私達は先に家に帰りましょう。この本、重くてしょうがありません」

 忌々しくロックハートの本を睨みながら、ドリスは進む。いくらなんでも、本に罪はない。溜め息をつきつつも、歩く。

 突如、クローディアの背に強い視線を感じ、歩きながら振り返る。

 遠くなったグリンゴッツ銀行の扉から、あの少女が綺麗な銀色の瞳を見開いてこちらを見続けていた。振り返ってしまったので、しっかりと視線が合う。

 敵意や悪意を感じないが、好意的な視線でもない。

(……怖いさ。なんというかさ、本当に妙な子さ)

 出来れば、あの少女がホグワーツの生徒でないことを密かに祈った。

 

 クローディアは『煙突飛行術』で家に戻り、再び酔いと格闘した。

(虫籠のときも、すごく酔ったさ。乗り物酔い……、煙突って乗り物さ?)

 疑問に思いながら、氷で冷やしたタオルで額を拭う。

 体調が万全になり、教科書を整頓した。噂のロックハートの本を睨み、予習を兼ねて読み漁る。内容は想像していたものより、しっかりと書き込まれていた。展開も良く、冒険心を掻き立てられる。怪物達との遭遇や、その対処法は感心させられるものばかりであった。段々と明日のサイン会が楽しみになった。

 そう考えると、表紙のロックハートがウィンクしてくるのも愛嬌だ。

(この人……、全部の教科書に自分の写真があるさ。ちょっと気持ち悪いさ)

 写真という単語に、思いつく。

〔ペネロピーがくれたアルバムに、写真を貼っとくさ〕

 クローディアは、空のアルバムに1年生時の写真(フレッド、ジョージのも含む)を差し込んでいく。何故か写真の人物達は、配置によって文句を述べる仕草を見せた。全ての写真を整え、懐かしむ気持ちでページを捲る。

(スネイプ先生との写真が、ないさ?)

 コンラッドに見せた後、写真は全て机の引き出しに入れたままにしていた。クローディアはドリスに呼ばれるまで、机の中を隈なく捜した。結局、写真は見つからなかった。

 

 夕食時に、コンラッドは帰ってきた。

「何処かの屋敷で何種類も蛇を買い込んだそうだよ。しかし、どの蛇もお気に召さなかったようでね。返品だってさ」

 ベッロの顎を撫でながら、コンラッドは興味なさげに報せた。迅速な対応でケガ人は出ずに済んだことにドリスは安堵していた。

「あれ……? 蛇は『闇の魔術の象徴』じゃなかったさ? 飼えるさ?」

 お茶漬けを平らげたクローディアは、ベッロに視線を向ける。ベッロを撫でる手を休めたコンラッドが、口元に小さく弧を描いた。

「大分、慣れただろう? クィレル教授の時は、おまえにベッロを任せて大丈夫かと思ったが、それ以外はちゃんと面倒見ていたようだしね。ベッロは並みの蛇より賢いから、それ程扱いには困らなかったはずだ」

 クローディアの肩がビクッと痙攣する。

 確かに、ベッロは賢い。何度も、その細い体に助けられた。

 しかし、寮生活を難なくこなせたかといえば、そうではない。入学したての頃は、パドマ以外はベッロに触れようともしなかった。あのハーマイオニーも称賛こそすれ、態度そのものは他の生徒と変わらなかった。理由があったにせよ、クィレルを襲ったことでフリットウィックは、ベッロを獰猛で危険だと誤解した。

 スネイプの姿が脳裏を掠めたが、無視した。

「そうそうさ。試験勉強の時、ハグリッドに預けてたさ。ハグリッドが預かりたいからってさ」

 まさか、虫籠にドラゴンのノーバートを隠すためだったとは言えない。

 興味深そうにコンラッドは頷く。

「ハグリッドが……そんなことを。それは良い判断だね。彼はおまえに良くしてくれたかな?」

「うん、すっごく良い人さ。ベッロは危険が迫ると機嫌が悪いって教えてくれたさ」

 微かにコンラッドの眉が跳ねる。

「ああ、言い忘れていたね。まあ、知らせなくて良かったかもしれない」

 男にしては華奢でそれでも逞しさもあるコンラッドの指が、ベッロの喉を這う。ベッロはその指の動きに、何か信頼を寄せている表情だった。

 今のクローディアには、ベッロにそんな表情をさせられない。

 当然だ。ベッロのことを疎ましいと感じ、その行動の意味も考えなかった。今では、自分には勿体ない使い魔だと十分、承知している。

(本当に『動物もどき』とかじゃないさ?)

 寧ろ、そちらの疑いが今は強い。

 クローディアの心情を読み取ったのか、ベッロがくすりと笑った。

 




閲覧ありがとうございました。
金髪に少し濁りがかった少女は、誰か、おわかり頂けたでしょうか?
はい、ルーナ=ラブグッドです。彼女に「ダサい」なんて言われたら、いろんな意味でへこみます。

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