こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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ヒロインの母親・祈沙視点です。7年間を一気に駆け巡ります。


砂が如く祈る最中

 ホグワーツ魔法魔術学校での寮生活と外を繋ぐのは、フクロウ便だけと表向きはそうなっている。『父』は裏向きの手段を取ろうとしたが、校長アルバス=ダンブルドアに邪魔された。

「というわけでフクロウを狩って来たぞい。祈沙が名付けてやれ」

 灰色の羽根が綺麗なフクロウを連れ、『父』は私に名付を任せた。写真付き動物辞典でフクロウの種類を調べれば、絶滅危惧種だとわかった。

「すぐに返してらっしゃい!!」

 院長も青褪めた。

「今更、遅いわい。まあ……役目が終えたら、返してやらん事もない」

 『父』のとんでもない開き直りに恐れ入り、シマフクロウには又三郎と名付けた。

〈クローディアは母が駅へ連れて行ったよ〉

「入学式に親が出ないって、妙な感じさ」

 コンラッドは来織が学校へ行ってからも、出来る限り電話で声を聞かせてくれた。

 国境を越える旅を繰り返し、又三郎は来織の手紙を運ぶ。私だけじゃなく、ご近所や元同級生への分もある。私には魔法学校が如何に楽しく、仲良しのグレンジャーさんやルームメイトの話題が尽きない。

 だが、来織の語らぬ苦労も文章から読み取れた。

 国と言語だけでなく、魔法界という垣根も違う場所。しかも、2学年遅れの入学。万事上手く行くはずはない。その部分には決して触れず、当たり障りのない返事を書いては送った。

 『父』の伝達手段にて、コンラッドからも報告は来る。魔法界は基本的に闇の帝王は滅んだ姿勢を取っており、ダンブルドアが組織した『不死鳥の騎士団』の関係者は警戒に余念がない。ただ、10年の歳月で気の緩みを感じるという。

 ハリー=ポッターの魔法界帰還とグリンゴッツ銀行へ金庫破り事件が警戒を強める切っ掛けになったが、あくまでも騎士団関係者だけで、魔法省などの公式を扱う機関は平和ボケの領域だそうだ。

 

 ――そして、ヴォルデモートは現われた。

 

 来織とハリーという子供は双方の予定通りに闇の帝王と相対した。

「ダンブルドアに用意させた逃げ道も使わんかったか……、……来織め……」

 『父』は残念そうに告げ、改めて闇の帝王への戦いに覚悟を決めていた。

 私は手紙に何を書けばよいか、悩む。無事に生き残った娘を褒めるのは「何も知らぬマグルの母親」としては奇妙に思えるだろう。素直な感想として、危険な目に遭った点を叱った。

 【日刊預言者新聞】と一緒に分厚くも格式ばった封筒が届いた。

「ほお、これは異な事……」

 手紙の主に『父』は意外そうに驚いていた。

「誰からさ?」

「魔法省大臣じゃよ。ブルガリアのな」

 何故にその国からだろうか、私も吃驚した。

「学徒の折、ワシを認めてくれとった奴じゃよ。何度も盟約を結ぼうとしたが、相手が相手故に返事も貰えんかった。……若造の動きが奴の耳にでも入ったのじゃろう。それとも……ダンブルドアか……まあ良い。政治的に良い相手を得たわい」

 懐かしむ『父』は政治とは関係なく、嬉しそうだった。

 

 半年後、院長は世代交代を言い渡す。長男さんが全てを引き継いだ。

「盟約とは常に薄氷の上で成り立っております。私の役目は氷が解けぬよう計らうのです」

 ずっと親切で親身に接してくれた方なだけに、少しだけ寂しかった。これを機に病院では大きな人事異動(リストラ)が発生し、『父』も勤務時間を大幅に減らされた。

 同じ時期、ゲルルフ=ブッシュマン氏から『父』へ執拗に連絡が来るようになった。ベンジャミン=アロンダイト生誕80年記念展覧会に向けての協力要請であった。

「ヴァルターならまだしも、あのガキは好かん。大方、ワシが日本人国籍じゃから、話題作りに持って来いと思ったんじゃろ。住所を教えるんじゃなかったわい」

 物凄く非協力的で嫌そうに答えた。

「協力しないなら、アロンダイトさんが話題作りに魔法族だったとかバラしたりしないさ? 開示しちゃいけない情報とか、お父さんしか確認できないんじゃないさ?」

 私の素朴な意見に『父』は唸り声を上げつつも、情報の確認のみという条件で協力を引き受けた。

 パンフレットに『父』の若い頃の写真が勝手に使われ、「約束が違う」と半ギレだった。

「祈沙は魔法界のワールドカップに興味はあるか?」

「……ワールドカップ?」

 再来年の夏、イギリスでクィディッチ・ワールドカップが開催される。魔法界にもそんなスポーツイベントがある事に驚いた。

「私、イギリスに行ってもいいさ?」

「その前にワシが安全を確認してからじゃ、行くなら手を回す為に日本を離れるが……どうするね?」

 勿論、了承した。

 来織と一緒にワールドカップを観に行ける。けれども、当日までは娘には内緒の楽しみだ。

 

 2年生を終える時期、『父』は深刻に慌てふためいた。

「これはいかん、流石にいかん。一度、連れ戻すぞ。コンラッドめ、危機感がないにも程があるわい」

 出発する『父』を見送った時は知らなかったが、来織はバジリスクの魔眼にて2月半も石化していた。本当に血の気が引いた。

 横幅に大きくなった来織へ再会の挨拶を簡単に済ませ、私は心から叱りつけた。

 口を開けば幾万と言葉が溢れ出そうになったが、空港で待っている間に言うべき要点のみを纏めていた為に短く済んだ。

 それでも来織には十分なお灸になった様子だ。まだ私の声が届いて良かった。

「お母さん、あのさ……。学校の友達と電話番号を交換したんだけど、電話していいさ?」

 こちらの様子を窺いながら、お願いしてくる来織にイエスしか言えない。しかし、魔法族の家にも電話があるとは思わなかった。

 詳しく聞けば、例のポッターくんはマグルの叔母さん家に住んでいる。そこまで聞いてから、彼の家庭環境を思い出した。

 来織が寝静まった夜、コンラッドから闇の帝王が遺したトム=リドルの日記による『秘密の部屋』事件の顛末、本体は今だアルバニアにいると聞かされた。

「日記に魂が宿ったわけさ?」

「……日記を魂の入れ物にしたんだ。危険な魔法だよ。惨いね」

 危険というよりは軽蔑しているように見えた。

「その魔法は……えーと使い魔の蛇くんに遺言を入れたのと、どんな違いがあるさ?」

「……全く違うよ。ベッロにはカセットテープのように伝言を入れただけだからね」

 簡単そうに言ってのけるが、そちらの魔法も十分危険だ。

 

 来織はダイエットという名のシゴキに耐え、体重を元に戻した。

「付け焼刃ではあるが、これでそこいらの奴らには負けはせんぞ」

 ダイエットと称し、『父』はある程度の特訓させたと自慢する。

「そういう特訓は入学前にしておくもんじゃないさ?」

「ワシとは学校が違う上に今ではほぼ日本式じゃ。ワシの癖が付いておっては、悪目立ちするでの。師とは自分の教え方で成長する弟子は可愛いが、最初から型が決まっておる者など、教え甲斐もないんじゃよ。それに流石のワシもバジリスクは想定外。あんなモンがおると知っておれば、ワシが始末しといたわい」

 バジリスクの1件があり、『父』は来織を手元に行かせようと目論み出す。けれども、その案を出すのはもう遅いと私は思う。何故なら、娘は一度も「学校を辞めたい」と愚痴さえ溢さない。

 それに誕生日に国境を越えてまで、贈り物を渡してくれる友達もいるのだ。 

 

 シリウス=ブラックの脱獄、その報せはコンラッドとの別れを早めた。

「その男が若造の為にハリー=ポッターを狙うとおまえも考えるか?」

「いいえ、そもそもブラックは冤罪です。闇の帝王に与するぐらいなら、死を選ぶ。そんな矜持の持ち主です。問題は何故、今になって脱獄したかという事です。おそらくは……ペティグリューが関係しているでしょう」

 知らぬ名にコンラッドは搔い摘んで説明し、ペティグリューは既に亡くなっているが、死体は小指一本だけだった。

「つまり……シリウス=ブラックはペティグリューが生きている何かを見つけたか、思い付いた。それを確認……もしくは今度こそと? ……にわかにか信じ難い話じゃ。じゃが……、ダンブルドアもそれをわかっておるんじゃな?」

「ダンブルドアは常に様々な可能性を見出しておいでです。ですが、確証を得られないものばかり、他人に証明する術がないものがほとんどです。ですから、ダンブルドアもブラックを泳がせておくでしょう。私もそれに従います」

 淡々と語るコンラッドは話し合いが終わると同時に発った。不安を感じ、私は泣いてしまった。

 私が悲しねば、来織に伝わる。出来るだけ、笑って過ごした。

「どうやって、お父さんと出会ったさ?」

 来織からの問いかけ、答えられない程に忘れてしまっていた。覚えているのは培養器に入った小さな命、それをこの手に抱いた感動だけだ。

 『父』は後ろ髪を引かれつつも、来織と出発した。

 

 この家で初めて1人で過ごす。静かで寂しいくらいに広く感じた。

 仕事中は何も感じないが、夜は独りだ。休日は町内会の用事もあれば、ご近所さんとお出かけもある。けど、何もなければ本当に独りだ。

 そんな私を気遣い、お店の店長さんはある提案をした。

「出張散髪……?」

「そうそう、老人ホームとか、そういう施設にいる人の髪をね。大体は職員が切っているんだけど、やっぱり、美容師さんに切って貰いたいだろうからってね。勿論、断ってもいいんだよ」

 店長さんは定休日に可能な限り、施設まで出向いて散髪を行っていた。

 今思えば、断っておけば良かった。

 店長さんに連れられ、訪れた施設に私の過去が待っていたなど誰が予想出来ようか―ー。

「では、日無斐さんはこちらの方をお願いします」

 職員さんに案内された部屋にいたのは、集落の長だ。

 車椅子に座り、背もたれにもたれかかって口を呆然と開けた様子は痴呆だと察した。

(……長が……集落を出た?)

 久しぶりに心臓が煩く騒ぐ。職員さんの紹介を受け、長はほとんど視力のない白く濁った目で私を見上げる。

「おまえは――――か?」

 口に出した名は祖母の名だ。青褪める私に職員さんは慣れた様子で笑う。

「気を悪くしないで下さい。初めて見る人には誰にでもそう聞くんですよ」

 私は必死に笑みを作り、その場を取り繕った。

 どうやって長の髪を切り、シャンプーで仕上げたのか記憶にない。

「すまねえ、――――、すまねえ」

 部屋を去るまで、長は祖母の名を何度も呼び、詫びる。私は必死に聞こえない振りをした。その謝罪には何の意味もない。死んだ者の代わりに聞く義務もないのだ。

 他の方も任され、店長さんと合流した時、私の顔色を心配された。初めての経験で緊張したと誤魔化した。

 職員さんに礼を言われ、私達は施設を出ようとした。

「すみません、父の髪を切って下さったのは貴方ですか?」

 聞きなれた懐かしい声、母の声だ。驚いて振り返った先にいたのは、記憶よりも幾分か歳を重ねた母だった。

「突然、すみません。私、――――の身内でございます。この度は散髪していただきまして」

 母は私に全く気付かず、ただお礼を述べる。しかも、長の身内と名乗った。着こなす服もお洒落を重視した上等な品と素人目でわかった。

「これはご丁寧にどうも、こちらも仕事ですから」

 私は店長さんと一緒に頭を下げる。それしかなかった。

 

 ――感動の再会とは程遠い、ただ私の心を抉った。

 

 帰宅後、居間の畳に倒れ伏す。

 動揺は治まってきたが、ずっと放置していた過去が蓋を開けたように飛び散る。無邪気に幼かった日々、集落を訪れた私達親子にも親切だった時の長、学校の同級生達。

 壊れたTV画面のように何度も何度も繰り返される映像。

 それは電話の音で終わった。

 我に返り、もう深夜の時間だと気付かされる。音を立てて、畳から顔を上げる。重い手足を引きずりながら、受話器を取った。

〈祈沙? 私だ、コンラッドだよ〉

 委縮していた心臓が暖かく脈打つ。

「ああ……どうしたさ? こんな時間になって……」

〈……クローディアは無事に出発したから、電話したんだよ〉

 言われて、壁掛けのカレンダーを見上げる。まだ新しい月に捲っていなかった。

〈祈沙、何かあったかい?〉

 私の変化に気づいている。そして、気遣ってくれる。それは堪らなく、嬉しい。

「何にもない……何にもない……」

 嬉しさで溢れた言葉は、コンラッドの声を聞けた事で安心したと伝える為だ。

〈……わかった。切るよ〉

「うん……」

 これ以上は動揺さえも流れ出る。私はコンラッドより先に受話器を下ろした。

 眠れる気がしないが、布団を敷こうと部屋に向かう。その前に雨戸も閉めなければいけない。そう思い、庭が見える廊下へ足を踏み入れる。

「祈沙」

 土蔵の前にコンラッドが立っていた。

 吃驚仰天し、目の錯覚だと思った。

 だって、今、ほとんど地球の反対側にいる彼と電話したばかりだ。

 普段のきっちりと整えた身だしなみではなく、起きたてでボタンも掛け違い、寝癖すらある。具合が悪いのも明らかで、辛そうに頭を押さえている。

「何があったさ?」

「こちらの台詞だよ」

 足音もせず、私の傍へ寄ってから肩を抱いて来た。触れられる体温が暖かい。

「私は別に……何にもないさ」

「わかっている。ちゃんとわかっているから……」

 狼狽する私に構わず、コンラッドは軒下へ倒れ込むように座った。

「何にもない……何もね。私は……ただの二日酔いだ」

 金色の髪から漂う甘い匂いはお酒だった。新年の甘酒さえ断るコンラッドにしては本当に珍しい。酒を煽りたくなる心境だったのだろう。

 私も急に飲みたくなった。けど、飲めないから酒を煽る自分を想像しただけで終わる。それだけで「何にもない」気分になった。

「お布団敷くから、寝ていくさ」

「そうだね、そうするよ」

 二組の布団を敷き、戸閉まりを済ませてから不意に気付く。本当の意味で2人で過ごすのは、初めてだった。

 

 夜明け頃、『父』も着の身着のまま状態で帰って来た。

「貴様ら……昨夜はお楽しみでしたね?」

 凄まじい低音な敬語は青筋を立てて、怒る。

「おはよう、お父さん。確かにコンラッドと2人っきりは楽しいと言えば、楽しかったさ」

 照れる私に『父』は毒気が抜かれたように目を丸くする。コンラッドに耳打ちしたかと思えば、彼からの返事にまた目が飛び出さんばかりに驚いていた。

「それよりも、どうでした? 例の件」

 コンラッドからの問いに『父』の目つきは厳しく細くなり、わざとらしく鼻を鳴らす。

「……ああ、引き受けたとも」

 後から聞けば、新任の教師に厄介な体質の持ち主であり、その対抗策に『父』は力添えをするという話だった。

 

 来織の手紙にも時折、その新任リーマス=J=ルーピン人の存在が書かれる。色々と文句を言ってはいるが授業を心底、楽しんでいると伝わった。

 『バスケ部』を創設し、寮対抗のクィディッチ選手にもなった。

 学校生活が充実していく手紙を読む度、来織に訪れる長く苦しい戦いがこのまま先延ばしになってくれる事を願った。

 

 『父』とコンラッドは多忙な上に私の身も案じ、何度も家に帰って来てくれた。

 暇つぶしではないが、魔法界の雑誌も何冊も置いていき、その中にある【ザ・クィブラー】は奇天烈すぎて意味不明なのに寂しさが吹き飛ぶ程、おもしろかった。

 ベンジャミン=アロンダイトの記事がある号だけ、『父』はよく読み耽っていた。

 

 中学生の進路が定まる時期。

 ワールド・カップの見学に行く手回しは整った。

 コンラッドの母ドリスの友人マデリーン=ディビーズのご家族に招待される形だ。無論、マデリーンさん本人もそのご家族も『父』の手回しは知らない。

 

 シリウス=ブラックとピーター=ペティグリューの件は片付き、私は一安心した。しかし、妙な悪寒が止まらない。理由はすぐにわかった。

「クィリナス=クィレルが行方を眩ましたよ」

 コンラッドの口から出た名が誰か、一瞬、考える。それは『賢者の石』を廻り、来織と戦った相手だ。

「……また闇の帝王に力を貸そうとするっていうのさ?」

「するね、彼なら……」

 淡々と語るコンラッドの口元が「予定通り」と歪んでいた。

 

 イギリスへ行く為、私はいくつか荷物を纏める。夫の実家を初めて訪問するという事で、親しくしてくれる皆さんは別の意味で心配してくれた。

「お土産はチョコレートが良いですよ。それとも、この芋けんぴ! 芋のお菓子に国境はないから!」

「嫁イビリに気を付けて下さい」

「その前に胃薬を持って行くといい。食が合わなかったら、辛い」

 空港で見送られながら、私は初めての飛行機にビビってしまう。襲い来る浮遊感は、箒とは違うのだと思い知った。

 ホテルの一室にて、コンラッドは私の左手の薬指へ銀の指輪を嵌め込んだ。

「これを渡しておく」

 ずっと意識していなかった結婚指輪だ。

「この指輪は、君に悪意を持つ者から遠ざけてくれる。この国にいる間は決して外さないようにね」

「……ああ、そういう意味」

 つまり、文字通りにお護りなのだ。

「ワールド・カップに行く時は、トトが引率する。けど、ルシウス=マルフォイにだけは関わらないようにするんだよ。見つかると結構、面倒くさい奴でね」

 コンラッドが一緒ではない。ガッカリしたが、重要事項をしっかりと聞き入れた。

「……危険とかじゃなくて、面倒くさい?」

 今までと違い、個人的な意見が混ざっている。

「ルシウスの父親が私に余計な事をしてくれてね……。……私にとってのそれが全ての始まりかもしれない……、まあ、それを抜きにしても奴自身が面倒くさい」

 言葉を濁す部分はコンラッドも口に出したくない言い知れぬ感情を読み取った。

 

 ドリスさんとの対面より、使いの魔の蛇が思った以上に蛇で正直、恐かった。

「コンラッドをありがとう」

 コンラッドと同じ藤の瞳、心から私を受けて入れて貰えて嬉しい。しかし、『父』がやたらとドリスと張り合っていた。

 

 ワールド・カップは本当に楽しかった。

 ようやく、来織の友達に会えた。ハリー=ポッターは何処にでもいる普通の男の子に見えた。

 大家族ウィーズリー一家には驚いたし、ブッシュマンの身内に会えるとは思わなかった。

 マデリーンさんの2人の息子さんが来織と同じ魔法学校だから、話は弾んだ。そして、魔法族ならではの進路への不安や指摘は大変、勉強になった。

「なんとも可愛いらしい娘さんだ! 何処で拾ったんだ!」

 イリアン=ワイセンベルク魔法省大臣はブルガリア語でそんな感じに私を褒めた。

 マルフォイ一家に見つかった時、はしゃぎ過ぎたと反省した。動揺を来織に悟られないように必死だった。

 『死喰い人』に追い回され、妖精のウィンキーに助けて貰った。それなのに、雇い主のバーテミウス=クラウチの横暴さに頭に血が昇った。

 コンラッドは指輪の力が通じなかった原因は、ルシウス=マルフォイに私の存在を知られたからだと推測した。

「悪意がなかった……というのもあります。しかし、祈沙に会って、探せるようになってしまったというべきでしょう」

「……すまぬ……。少々、見くびっておったわい」

 詫びる『父』にコンラッドは聞いた事もないわざとらしい溜息を吐いた。

「純血主義は血統を大事にしますが、無能に従う程、盲信ではありませんよ」

 幼子に言い聞かせる口調までされ、『父』は顔を真っ赤にして悔しがった。不謹慎ながら、ちょっとだけおもしろかった。

 

 コンラッドに連れられ、サーペンタイン湖の霊園を訪れた。

 イギリスでも有名なハイド・パークの下に魔法族の共同墓地がある。これには色々と興奮した。魚の墓標に感動しつつ、そこに待っていたのは立派な白い鬚の魔法使いだ。

「サンタクロース!?」

 赤い服など着てないのに、私は反射的に叫んだ。

「違う。ホグワーツの校長をしているダンブルドアだよ。こちらが妻の祈沙です、キ・サと発音して下さい」

 勝手に間違え、すごく恥ずかしかった。

「サンタクロースでも構わんとも、キサ」

 喉を鳴らして笑うダンブルドアは随分と穏やかで、コンラッドから話されていた印象とは大分、違った。

「クローディアには本当に助けられておる。いつだって、逃げようと思えば、あの子は逃げ出せた。しかし、クローディアは決して逃げぬ。わしらこそ、見習わなければなるまいて」

 一時間もしない会合だったが、『父』とは違う形で子供達の身を案じていた。ダンブルドアもまた「自分が倒せば済む話でない」と身に沁みて理解しているのだろう。

 

 来織の見送りが終われば、私も日本に帰る。

「今度は日本に行きたいわ。貴女が言う、藤の花。見せて頂戴ね」

 ドリスさんとの約束が果たされないなんて、思いもよらずに承諾してしまった。

 

 『父』と日本に帰り、手紙と報告、【日刊預言者新聞】などの魔法界雑誌で情報を得て過ごした。

 年が明け、今日の営業を終了した際に店長さんは出張散髪の話を持ち出した。

「前に一緒に行った施設なんだけど、どうかな? 覚えているかしら、――――さん。私を見ると貴女を探すのよ」

「……ごめんなさい」

 素直に断ると店長さんは困り顔で再度、頼んできた。

「その人は……私の祖母と同じ集落なんです。ずっと、縁を切っていたので……もう関わりたくないんです」

 冷酷だと言われてもいい。私の本音に店長さんは納得してくれた。

「……そう、なら……この話はおしまい!」

 店長さんの言い草に私はきっと、それを言わせてしまう程に露骨な態度を見せていたと理解した。

 しばらくして、施設にいた長が亡くなったと店長さんが報せた。遺体は母だけで引き取りに来たそうだ。

 何気なく集落があった場所を地図で調べてみれば、なんとトンネルになっていた。

 

 ――私は彼らを恨んでなどいなかった。だけど、この解放感はなんだろう?

 

「来織に会いたい」

 私は『父』を通さず、自分でダンブルドア校長に手紙を出す。あっさりと面会の許可は下りた。

 学校の敷地外であるホグズミード村、コンラッドに事情を話して着いてきて貰った。

 二度目に会ったバーテミウス=クラウチが偽物などと全く気付かなかった。ウィンキーさんと仲直りした事ばかり喜んでいた。

 イギリスの空港でコンラッドと別れ、日本の空港に着いた時では『父』が待っていてくれた。

「ちょいと案内したい所がある」

 深刻な表情で連れて行かれたのは、市内の霊園だ。町内の方の多くはここに埋葬する。あのオバサンもそうだ。

「余計とは思ったが、遺骨を移させて貰ったぞ」

 新しく出来た墓石、そこには父と祖母の姓が刻まれていた。

 

 ――ずっと、放っておいた。忘れて生きて来た。でも、こうしてあの集落から出されて嬉しい。

 

「余計な事をしてくれて……ありがとう」

「……ああ、うん」

 私自身、自分の言葉が意味不明だった。『父』も戸惑った。

 

 ――ヴォルデモートは帰って来た。

 

 『父』は盟約の為を実行せんと発った。

 本当に後戻りできない戦いが目に見える形となったのだ。

「母が死んだ」

 訃報よりもコンラッドにゾッとした。その嗤い顔が自嘲だと気づくまで時間がかかった。 

「クローディアは無事だよ」

 来織の無事に安堵したくても、余裕がない。それだけ目の前のコンラッドは怖い。哀惜、悔恨、慙愧の念、どれとも違う。私が手を触れようともして、拒むように避ける。

 その態度から、コンラッドに私は見えていないと感じた。話しているように見えても、それらは全て独り言。

「……独りになりたいなら、いなくなるさ……」

 対応に困り、私はとにかく問う。ようやく、藤の瞳が私に向けられた。

「……一緒にいて……」

 必要とされ、私の胸は高鳴る。心が少しでも安定すれば、来織の身が心配になった。

「クローディアは『不死鳥の騎士団』にいる。準備を整えたら、行こう」

 そう言って、コンラッドは私が身に着ける物を全て、護りを施した。上着から、それこそ下着まで何もかもだ。その作業に時間がかかったというべきだろう。

 

 グリモールド・プレイス十二番地の屋敷は、シャーロック・ホームズの自宅ベイカー街221Bに似ている。多分、建物の構造が同じだ。

 来織の泣き顔に胸が苦しい。せめて、私がいれば指輪の護りで少しでも凌げた。もしくは、戦力にならない私を差し出せたに違いない。

 屋敷内で偶々遭遇した『真似妖怪』は、私をあらん限りの言葉で罵る来織だった。

「おまえなんか、お母さんじゃない! お祖母ちゃんの代わりにおまえが死ねば良かった!」

 私が今、最も恐れる『モノ』。夫と娘、『父』の死ですらなく、私の存在否定だ。

 あまりにも情けなかった。

 だから、私はロケットを預かった。

 ロケットは四六時中、私に語りかけて来る。時には耳に聞こえるように声を出し、脳髄へ忍び寄ってくる雰囲気が私の不安を増長させる。けれども、決して不安に飲み込まれる事はなかった。

 それは単に屋敷で出会う人々との触れ合いのお陰だ。

「コンラッド……結婚していたのか!? クローディアはてっきり養子だと……」

「……それ、流行っているんですか?」

 ディーダラス=ディグルは大袈裟に驚いていた。しかも、コンラッドと関わりのある人のほとんどが同じ反応だった。

 ルビウス=ハグリッドに至っては号泣し、私の手が折れんばかりに握ってくれた。

「娘がいるのにぃ……結婚をそこまで驚きますかぁ?」

「私はクローディアからアルバムを見せてもらっていたので、貴女の存在を知っていた。知らなかったら、死ぬ程、驚いたでしょうね。……ハグリッドも写真を見たはずなんだが……」

 ルーピン先生は元気溌剌に教えてくれた。

 既に面識のあるアーサー=ウィーズリー以外で驚かなかったのは、セブルス=スネイプだけだ。

 鴉。

 私がセブルス=スネイプに抱いた感想。人を気遣う物腰はコンラッドが好きなるとよくわかった。

 屋敷の主であるシリウス=ブラックは私によく顔を近づける。来織に指摘された時は親切なだけだと思ったが、考えなおしてみれば、異様に近かった。

 ロケットは思ったより、粘り強い。ついには語りかけもやめ、無言の威圧感で私と根競べし出した。危険を承知で私から何度も話しかけたが、無視された。

 仕方なく、勝負そのものを日本に持って帰ろう思った矢先に無くなった。無くしたと焦る私にコンラッドはロケットが自ら逃げたと解釈した。

「試合放棄で私の勝ちさ?」

「逃げたもん勝ちだね」

 結局、私は何の役にも立たなかった。

 

 ――10月、来織は全てを知った。

 

 『真似妖怪』のような反応などあるはずもなく、来織にとっての私達夫婦は両親である事に変わりなかった。

「正直、姿形は違っても私の父だと思っていたね。私は……根本的な接し方を間違えていた」

 そう告げるコンラッドはとても穏やかに笑う。抱えていた物が吹っ切れたとも言える。

「家族だと思っていたってなら、同じさ」

 私は逆に抱え込んだ。

 手紙を書こうと鉛筆を手に、便箋と何度も睨めっこした。けど、文章が浮かばない。ずっと騙してきたに等しい私がいけしゃあしゃあと何を言えば良いのか、わからなかった。

 そんな中、営業中に瑠璃ちゃんのお母さんは乗り込んできた。

「日無斐さん、最近、娘が美容師になりたいと申しますの。お宅の方からなるべきではないと説得して戴けません? あの子には良い大学を出て、一流企業に勤めて貰いたいという親心がわかっていないんですよ」

 進路での意見が合わず、揉める母と子の様子が今の私には羨ましかった。

「瑠璃ちゃんのやりたいようにさせて上げてください。それで瑠璃ちゃんが失敗したなら、それ見たことか自分の言う通りにしないからだ――と、溜飲が下がるのではないでしょうか?」

「貴女も……私を悪者になさるのね!」

 キレた口調で扉を乱暴に閉め、出て行った。

「あの奥さん、前から来織ちゃんを羨ましがっていたからねえ」

 こっそり塩を撒きながら、店長さんは肩を竦める。信じられない進学校に通い、品行方正で成績も良く、何より傍にいられる瑠璃ちゃんという娘がいるのにだ。

「隣の芝生は青いってヤツよ。来織ちゃんが日本を離れる時、どれだけ泣いたか、知らないのよ。あの奥さんは」

 この時、店長さんに相談でもすれば、どう考えても他人が書いた偽物の手紙に騙されたりしなかっただろう。

 仕事帰りの着の身着のままだから、指輪も付けてなかった。

「本当に結婚していたんだねえ……。あの真面目っ子バーティが冗談を覚えたんだと思っていたよ……」

 指一つ動かせない状態で驚きを隠せない声色が私の耳に吹きかけられる。姿が見えずとも、傍にいる魔女の残酷性を肌で感じた。

「手を出すな、ベラ。俺の女だ」

 何の話だ。

「何故、ここにいる。ルシウスと共に着いて行け」

 別の声に向け、ベラトリックスなる女性は舌打ちした

「その前に、コンラッドの女房を見ておこうと思ってだけさね!」

 空間を弾いた音と共に、わざとらしい溜息が洩れた。

「煩いのがいなくなった」

「ソーフィン……、カルカロフの準備をしろ……。『ポリジュース薬』の数は……」

 2人の声が離れて行く。

「奥様……、しばらくの御辛抱を……貴女は私めが守ります……」

 クラウチJr.の執着に似た好意。私もコンラッド、『父』も知らなかった。

 

 再び目を覚ました時、私はホグワーツの医務室にいた。

「貴女は大丈夫です。ただ眠らされていただけ」

 校医のマダム・ポンフリーは穏やかに微笑む。

 教頭のミネルバ=マクゴナガルに案内されて、廊下を歩いた。洋画の世界に迷い込んだような不思議な建物、娘の学校にこんな形で来るなど思いもよらなかった。

 校長室の素晴らしさよりも、『父』からの威圧感が私を浮かれさせない。

「何故……こっちに来た?」

 私は手紙の話をした。無言で威圧してくる『父』と穏やかに話を聞くダンブルドア、対照的な2人が異常に怖かった。

「ハーマイオニーはジュリア=ブッシュマンが裏で糸を引いておったと……」

「それよりもバーテミウス=クラウチJr.じゃろ、祈沙に惚れておったなど……何故、真っ先にワシに教えんのじゃ。やはり、ワールド・カップに連れて行くんじゃなかったわい」

 『父』がそこまで言うと、ダンブルドアの笑い方が少しだけ優しく変わった。

 そこから深刻な話になった。

 マルヴォーロの指輪、『父』の左手、交換する寿命。1年後には2人のどちらかはいなくなる。しかし、『父』は途中で自分の死を受け入れるだろうと私は直感した。

「来織の命が狙われておる。その為、クローディアとしての戸籍を殺す事にした。そんな顔をするな、来織の命は保証する」

 来織が死ぬ。

 その単語だけしか聞こえず、二重国籍やご近所さんや幼馴染、娘を知る全ての人の記憶を弄る。大事な部分は雑音となって頭に入らず、後に合流したコンラッドから改めて説明され、実感を得た私は謝罪を込めて泣いた。

 

 ――娘の死を嘆き悲しむ人々へ、どうか残酷な嘘を許して欲しい――

 

 来織との連絡も断つ事になった。

 『父』として調停役にダンブルドアの補佐にコンラッドも着いて回る。少しでも時間があれば、私の顔を見に家に帰って来てくれた。

「グリンデルバルドに会って来た。……義父さんの元同級生だよ」

「ワイセンベルク大臣と同じ? どんな人さ?」

 ヌルメンガード監獄にいるただ1人の囚人、罪状は聞かないで置いた。

 

 私の周囲も変わっていく。

 いつまでも幼いだと思っていた子供達は進学・就職と進路について答えを出す時期だ。

 瑠璃ちゃんは美容師の道を無事に勝ち取ったと聞いて安心した。

「藍子が二十歳の誕生日に結婚するって言うのよ。高校を卒業してから、考えろって言ったんだけど……ありゃあ、本気だわ」

 藍子ちゃんのお母さんは嬉しそうな溜息を洩らす。その話の後、狙い済ましたように来織の婚約話も聞いた。これもコンラッドの作戦の内なのだろう。

 

 虫の報せは我が身の臓物を這いずり回る胸騒ぎだ。

「自由にしてやれんかったな」

 偶々顔を見せに来た『父』の腕で又三郎は眠るように息を引き取る。いつも手紙を運んでくれたフクロウ、哀惜の涙が翼を濡らした。

「ワシは……ダンブルドアとして死ぬ事にした。ワシとなるダンブルドアを任せたい。どう扱うかは……任せよう」

 遺言だと思った。

 『父』は私に新しい人生をくれた。以前のままでは知る事もなかった世界も触れられた。

 楽しい贈り物をたくさん頂いた。

「……ひとつだけ言っていい?」

 だからこそ、あえて言える。

「お父さんは酷い人さ」

「……ありがとう。そう言ってくれたのは、おまえで2人目だ」

 『父』は初めて会った時のように、シワひとつない肌と黒い髪へと変貌してから微笑む。私は『父』のその姿よりも歳を重ねたのだとシミジミ思った。

 

 コンラッドは施術後のダンブルドアを家に連れ帰った。彼は変わり果てた自分の姿に動揺し、先ず、自分の名前も碌に言えず、言語も不安定だった。

 時折、鴨居に当たらないように気を遣い、頭を下げる動作を繰り返した。

「クローディア……ああ、違う。君は母親のほうだね……」

「何をしているさ?」

 ダンブルドアは神棚に向け、必死に手を伸ばす。何故、届かないか不思議がっていた。

「榊を代えようと思ったんだが……、掴めなくてのお」

「お父さんの背だと届かないさ」

 私はダンブルドアから榊を受け取り、榊台にある昨日の分と交換した。

「そうじゃった……慣れんもんじゃわい。……クローディア、授業はどうしたね?」

 ダンブルドアの脳内は過去を行ったり来たり、脳髄に激痛が走り、何度も嘔吐を繰り返した。新しい院長は小まめに診察に訪れ、コンラッドと私で交代して看病した。

 5月に入り、ダンブルドアは自分の身体に馴染んだ。

「急ぎ、ホグワーツに行かねばならん。クローディアの身もそうじゃが、トトが心配じゃ」

「……お供しますよ」

 意気込んだダンブルドアはコンラッドと共に発ったが、ホグワーツに到着した頃には全てが終わっていた。

 

 来織も顔を変え、帰って来た。

「来織ちゃん、ようやく帰って来たんですって? 酷い事故にあったんですもの。ゆっくり休めたらいいわ」

 店長さんや木本さん達に心配され、コンラッドの用意した設定が記憶に刷り込まれているとわかった。

 しかし、来織が脱色するとは思わなかった。これにはコンラッドも吃驚仰天であった。

「お義父さんの体はホグワーツに埋葬された。誰も気づいていない」

 【日刊預言者新聞】の見出しを見せ、コンラッドから説明された。不思議と涙は出なかった。

 

 教習所に通わされ、来織は居間で参考書と睨んで唸っていた。

「アクセル……右のミラー……路肩……」

 免許証を見せつけ、満面の笑みを浮かべる来織が愛おしい。行かないで欲しいという感情が浮かんだが、必死で堪えた。

 来織にハンドルを握らせ、空港へ向かう。いろんな意味で口から心臓が飛び出すかと思った。

「うう……酔ったさ……」

「君の運転もあまり変わらないよ」

「次はわしが運転しようかのお」

 目が笑っていないコンラッドにダンブルドアは愉快にそう告げる。

「日無斐先生、優しくなりましたね。前は俺が来織と喋っただけですんげえ睨まれてたのに」

 田沢くんは不思議そうにダンブルドアを眺め、私は彼の鋭さに冷や汗を掻いた。

 

 もう手紙を運ぶ又三郎もおらず、連絡はコンラッドからの電話のみ。

〈結婚式はおもしろかったね、君にも見せたかった〉

「来年には藍子ちゃんが結婚するさ。それに一緒に行くさ」

 私は一緒に行けると本気で思っていた。

 

 ――年が変わった3月。

 

 いつもの連絡かと思えば、イギリスへ来るように頼みこまれた。

 前回の件で偽者かと疑ったが、現役院長自ら空港で送った為に本物だと確信した。

「初めまして、キンサさん? コンラッドに言われてきたわ。私はアンドロメダ=トンクスよ。……本当に結婚していたのね」

 空港で迎えに来てくれたアンドロメダは親しみやすい笑みだが、常に周囲を警戒していた。

 しかも、招かれた家には『マッド‐アイ』の異名で知られるアラスター=ムーディもいた。本部で何度も顔を合わせ、彼も私を覚えていた。

 長い夜だった。

 アンドロメダが用意してくれた食事の最中、ムーディはラジオのダイヤルを何度も弄るだけで席にも座らない。

 夜が更けても、誰も眠ろうとしない。私も眠れない為、ずっと3人は押し黙ったまま時計の音を聞いた。

 何の前触れもなく、ムーディは椅子から勢いよく立ち上がる。廊下に出たかと思えば、玄関の扉が激しく叩かれた。

「ドロメダ! 私だ、テッドだ! 勝ったぞ! ハリー=ポッターが勝ったんだ!」

「油断大敵、合言葉は!?」

 テッド=トンクスはムーディに詫びた後、合言葉を交わして扉を開けて貰った。

 久方ぶりの再会に夫婦は抱擁を交わし、床に座り込んでまで涙声で喜びを伝えあう。その光景に私の胸騒ぎは頂点に達した。

「わしはホグワーツに行く。おまえ達はリーマスのところへ行け。さて、ミセス……一緒に来るかね?」

 青い義眼を見つめ返し、私は傷だらけの逞しい手を取った。

 

 二度目のホグワーツ城、訪問。

 ほとんどの建物は原形を留めず崩壊し、されども人々の歓声があちこちで響く。仏頂面のムーディに誰も彼も抱擁を求めたが、彼は杖で追い払った。

「モリー! コンラッドは何処だ?」

 声をかけられたモリー=ウィーズリーとは面識があり、私の存在に気付いて表情を強張らせた。

「こっちよ……、ええ……こっちにいるわ」

 私の肩に優しく触れ、必死の笑みでモリーは大きな瞳から涙を溢す。涙の意味を瞬時に理解してしまった。

 2度と起き上らない人々と共にコンラッドも横たわっている。綺麗な頬に触ってみれば、もう生きていた頃の体温はない。

「本当に眠っているみたいです」

「コンラッドは此処に来るべきではなかった。……どうか……我々を許さないで頂きたい……」

 本気で頭を下げるスネイプは私を心配し、罰を受けようとしている。私の言葉がこれからの彼の人生を決めるだろう。

 コンラッドの望みは親友が自分の人生を取り戻す。その為に自分自身も犠牲にしてしまった。

「夫は……貴方が大好きでした。私はそんな夫は好きでした。だから、泣かないで上げて下さい。貴方に泣かれたら、夫は困ってしまいます」

 鴉のように円らな瞳に涙は見えない。しかし、涙が流れないスネイプは泣いているとわかった。

 来織は自分こそがクローディア=クロックフォードだと名乗った。もう娘は自分を偽る必要はない。ジョージ=ウィーズリーとドラコ=マルフォイを連れて何処かへ行った。

「奥様、貴女は何をご存じ……ごふう……」

「今はその話をするな。……スタニスラフに確認すればいい」

 私に質問しようとするアーサーをシリウスは止めた。

「少し眠ってはどうかな? 眠れずとも、体を休めたほうが良い」

 ホラス=スラグホーンの提案に従い、シリウスの案内で私は別の部屋に案内された。大広間の喧騒が聞こえ、簡易で作られたいくつもの寝台には既に何人かが眠る。そこをマダム・ポンフリーと何人かが巡回するように何度も様子を見ていた。

「……来たか、祈沙」

 青白い顔で生気のないダンブルドアもおり、水が喋るように気配がなかった為に違う意味で吃驚した。

「無事だったんですね、お父さん」

 皮肉めいた口調に我が事ながら、驚いた。

「そうじゃな……すまない」

 そう告げたダンブルドアは瞼を閉じ、寝息を立てた。

「やっと眠った。……すみませんが、傍にいて上げて下さい。何か異変があれば教えて下さい」

 セドリック=ディゴリーは優しく私に頼み、他の方へ向かいあう。シリウスも一緒にいてくれた。

 

 ハグリッドに付き纏い、戦いの後始末を行う。スタニスラフと一緒にコンラッドの埋葬へ着いて行かないのかと何度も聞かれたが、私には目的があった。

 『父』の墓参りだ。

 生存者の確認を終え、復興作業にかかる前に私はハグリッドにお願いして、ダンブルドアの墓へ連れて行って貰えた。

 まるで記念碑のように白く壮大な墓は『父』が眠るには派手すぎる。供える花も線香もない。こちらの祈り方を知らない為、とりあえず合掌した。

 何故だろう。元気溌剌に笑う『父』の顔が浮かんだ。

「コンラッドは良い嫁さんを選んだ。俺も嬉しい」

 私が顔を上げた時、ハグリッドは感激の涙を流し、また驚かされた。

「ここは楽しいところです」

 素直な感想にハグリッドは照れ、私を来織と合流させる為に形を無くした門へと案内する。

「いつでもホグワーツに来ると良いぞお、ここは来たい者は誰であれ歓迎するんだあ」

 涙を拭いたハグリッドは元気良く、まるで周囲に教えるように大声を張り上げた。

 

 多くの魔法使いの卵が過ごし、巣立って行った魔法学校。

 魔法族で言うなら、マグルの私には縁がない場所だ。この先の生涯、ホグワーツ城を訪れないだろう。それはマグルとしての本能が教えてくれた。

 




閲覧ありがとうございます。
 トトがクローディアを魔女として鍛えなかったのは、可愛い孫にマグルとしての平穏な生活を過ごして欲しかったのと同時に、ホグワーツ教師陣から反感を買わせない為(経験談)。
 学校を辞めさせるように勧めたのは想像以上にホグワーツでの暮らしが危険であった為、バジリスクは想定外。
 コンラッドはずっとクローディアを「娘」ではなく、形を変えても「父親」として認識していた。母が愛した父ならば、どんな苦難も問題ないと勝手に思っていた。

●又三郎
 フクロウ便しか受け付けないホグワーツへの配達係。慣れない労働が負担になり、6年生の中盤にて倒れた巻き込まれフクロウ。 

●ヴァルター=ブッシュマン、ゲルルフ=ブッシュマン
 ジュリアの大叔父、その長男。彼女が『死喰い人』になったと知り、早々に英国から去った。それにより、後の『死喰い人』によるマグル狩りから逃れた。
 ドイツにてヴァルターだけはジュリアの身を案じ、コンラッドと連絡が取れるようにしてあった。ホグワーツ戦後、スタニフラフからの連絡でジュリアの遺体を引き取った。

●店長さん
 祈沙の勤め先の店長。
 仕事が大好き、定休日もボランティアとしていろんな施設へ出張散髪する程。家庭の事情には突っ込まない主義。 

●集落の長
 祈沙の母親を養子にし、トンネル開発の話に飛びついて土地を売却。集落を出た彼を長年の習慣による犠牲者達が怨念となって付き纏った。その死に顔は苦しみ抜いていたと言われる。

●ルシウス=マルフォイ
 父が病床の際、コンラッドの秘密を知る。『死喰い人』の枠抜きで、その身を案じていた。コンラッドにとっては面倒臭い事、この上なかった。
 
●ドリス=クロックフォード、アルバス=ダンブルドア
 正直、コンラッドが結婚するとは思わなかった。

●イリアン=ワイセンベルク
 トトからの連絡は受けていたが、秘書官たる存在が勝手に除外していた。賢者の石事件後にて、ダンブルドアから「トトからの手紙は届いていますか?」という連絡にて発覚する。

●ディーダラス=ディグル、マデリーン=ディビーズ、ルビウス=ハグリッド
 ドリスから「孫が出来た」と聞き、「ああ、養子を取ったのか」と思っていた。

●べラトリックス=レストレンジ
 コンラッドの結婚に一番驚いた『死喰い人』。

●ホラス=スラグホーン
 寮生が闇の帝王になったり、お互いに殺しあったりと精神的心労が絶えない。コンラッドからクローディアの体を調査して欲しいという依頼を受け、大体の事情を察した。
 ホグワーツ戦後、クローディアはボニフェースの寿命について相談しに来た。その折、彼女が先に死んだ場合、その遺体を貰い受ける約束を交わした。

●バーテミウス=クラウチJr.
 祈沙が何気なく渡したジュースを切欠に恋に落ちる。愛する人の大切な夫と娘を殺し、自分しか考えられないようにするという屈折した愛情を抱えていた。
 ホグワーツ戦後、心から忠誠を誓っていたヴォルデモートの死を目の当たりにした事で、全てのしがらみから解放された気分に浸って逃亡する。



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