こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。

自分が遡って、ハリー達と分かれて北の塔へ到着した頃です。

残酷な描写があります。ご注意ください。


16.繰り返して

 『占い学』の教室は北塔の階段を駆け上がり、用意された梯子を昇って部屋に入る。その梯子はトレローニーによって外され、先客のリサとラベンダーは天井にある戸口を見上げる。足元に木屑が大量に落ちていた。

 階段の壁に連なる絵の住人達も梯子に最も近い絵へと集まり、考え込む仕草を繰り返した。

「ルーナ! お元気そうで何よりですわ。捕まったと聞いた時は凄く心配いたしましたわ。なのに、私……。何も出来ませんで……そちらは?」

 パドマから初対面扱いされた時も堪えたが、リサも同じくらい胸が痛む。ウォーリーに慣れたと思っていたが、ハーマイオニーやルーナのようにクローディアだと見抜かれたかった。

 そんな願望に気づき、自分に幻滅した。

「……ウォーリーだ。宜しく……、それより……」

《僕はハリー=ポッター》

 ウォーリーの質問はハリーの宣言に動揺し、止まる。

「トレローニー先生を待って欲しかったな」

「決闘って……ハリーは学校を圧政から解放するのではなく、根本である『例の人』を迎え撃ちに来たのですね?」

 性急なハリーにウォーリーは溜息を口の中で殺す。リサは頬を赤く染め、興奮を抑えていた。

「ネビルが言った通りね! ちょっと、『カドガン卿』。貴方達だけでも教室に入れないの?」

「生憎、招いて下さる絵がない故に」

 ラベンダーに『カドガン卿』と呼ばれた鎧の男は残念無念と頭を垂れる。

 どうやら、ホグワーツを『死喰い人』の圧政から解放する為に召集された。DAの仲間もそれ以外も、それを胸に抱えて城に来た。

 ヴォルデモートが倒れれば、結果的にホグワーツは解放される。間違いではないが、それにはハリーの命が本当にかかっているのだ。

(ダンブルドアは……何か対策しているはずだ……。それを信じる)

 ナギニと同様に生きた『分霊箱』のハリーが死なない限り、ヴォルデモートは滅びない。故に闇の帝王の手によって殺されなければならない。

(……ハリーにベッロの『憂い』を見せたほうが早かったかもしれんな)

 ウォーリーの気づけぬダンブルドアの意図にハリーは気づけたかもしれない。

「防衛の準備は整っている!」

「ハリー=ポッターは玄関ホールにいる!」

 緊急事態に絵の住人達は右往左往し、他の絵を通って下へと駆け抜けていった。

「トレローニー先生、いい加減にしてください! 他の場所では皆、戦いに備えているんですよ。ここも私達が防衛しますから、教室に入れて下さい!」

 ラベンダーがどれだけ叫んでも、天井の戸は物音ひとつしない。

「魔法で戸を開けられないのか?」

「とっくに何度もやったわ。梯子を作って、登ろうとしてもすぐに壊れちゃうの。多分、先生の持っている梯子以外は掛けられないようにしているんだわ」

 余程、立て篭もりたい事情があるのだろう。知った事ではない。

「実力行使だ。皆、後で先生に謝ってくれるか?」

 苛立ってきたウォーリーにルーナ、リサ、ラベンダーはお互いの顔を見合せる。親指を立てて承諾の意を示した。

 その場に座り、拳を床に付ける。ウォーリーは深呼吸してその体勢のまま飛び上がり、拳を戸へと叩きつけた。

 跳躍と飛行術を合わせ、戸は控え目な破壊音を立てて壊れる。勢いを殺さず、ウォーリーは教室へと乱入した。

 如何にも占い師風の装飾があり、水晶を手にしたトレローニーもいる。窓辺から外の様子を窺っていたのだろうが、乱入者へ絶句して大きなレンズの眼鏡が目元からズレていた。

「どちら様?」

「この顔でお会いするのは初めてですね」

 完全な不審者たるウォーリーはそう答え、見つけた梯子を掛ける。ルーナ達は順番を譲り合って教室へ入ってきた。

「ごめんなさい、トレローニー先生。緊急事態なんだ」

「申し訳ございません。時間がないもので……」

「先生、そこから何が見えますか?」

 ルーナとリサは謝ったが、ラベンダーはさっさと窓辺に立つ。

「この日が来る事はわかっていました。私が杖を持ち、戦う姿が見えました」

「その話……長くなりますか? ハリーが呼んでいます。一緒に来て下さい」

 遠慮なくウォーリーはトレローニーの熱弁を遮り、失礼のないようにその細腕を掴んだ。

「いいえ、私は此処から動けません。まだ、此処を動いてはいけません」

 トンボが如く細い体からは想像もつかぬ力で抵抗され、トレローニーは頑なに教室を出ようとしない。

「ハリーが呼んでるなら、来て貰ったほうが早いわよ」

 ラベンダーに諭され、深呼吸したウォーリーは一先ず、トレローニーの腕を離した。

「一時間以内に『例のあの人』は来るのでしょか?」

「ヴォルデモートは来れないよ。来るなら、もう来ているもの」

 リサに答えるルーナはまるでハリーの考えを見抜いているように思え、ウォーリーは畏れ慄いた。

「では、トレローニー先生。ハリーの代わ……」

 ウォーリーはカップの居場所について問おうとした瞬間、ドラゴンの咆哮が建物、人へと轟く。城の敷地を覆っていた保護呪文が解けていくとわかった。

 窓から周囲を見渡し、『天文学』のオーロラ=シニストラが杖を振るって呪文を唱える。マクゴナガルの指示で護りを解いているのだ。

 その動きに気づいていないラベンダーは見慣れた『銀の矢64』にて空を旋回するマダム・フーチへ叫ぶ。

「マダム・フーチ、何事ですか!?」

「ドラゴンの抑えが利かなくて、炎を吹いてしまったんです! 保護呪文に穴が開いてしまいました。この隙をついて、奴らが乗り込んでくるかも……」

 マダム・フーチが言い終える前にルーナはラベンダーの服の襟を掴み、奥へと引っ込める。代わりに杖を隣の塔へ向けて閃光を放った。

 『姿現わし』してきたトラバースに命中し、彼は屋根に倒れ込む。

「『死喰い人』が来たぞ!」

 叫んだマダム・フーチの乗る箒、その端へ無遠慮に降り立ったのはクラウチJr.だ。無防備な背中へ蹴りを入れようとした。

 それより先にウォーリーは窓から跳び、クラウチJr.へ杖を向ける。相手も介入者へ切り替え、お互いの杖から放たれた閃光が打ち消しあった。

「おまえ……屋敷にいた女だな」

 ほとんど興味なさげにクラウチJr.は言い放ち、箒から蹴り飛ぶ。彼も何も持たない『飛行術』を会得している。ウォーリーと空中を飛びながら、杖から閃光を放ち合った。

 ルーナ達とマダム・フーチも『死喰い人』と応戦する。途中から、キングズリーが参戦した。それより、余裕が出来たトレローニーは水晶を手の平に乗せ、バッティングが如く飛ばした。

 水晶はクラウチJr.のコメカミへ見事。油断した衝撃に眩暈を起こし、彼は飛行する力を失う。いつの間にか現れたスネイプが受け止めた。

(スネイプ先生)

 呼ぼうと唇が動く前にマダム・フーチが容赦なく、スネイプを攻撃する。その光線をウォーリーは防いだ。

「待ってくれ、マダム・フーチ! スネイプ先生、クィレルは何処ですか!?」

 一瞬、動揺したマダム・フーチは質問を聞き、『死喰い人』の企みを暴かんとしていると勝手に解釈してくれた。すぐに他の『死喰い人』との交戦に入った。

 スネイプは味方だと叫びたい。しかし、この状況で訴えれば、真実がどうであれ、『死喰い人』側からも狙われてしまう。

「答える必要はない」

 スネイプは返答を拒み、トレローニーの放った水晶を杖からの光線で粉々に砕いた。

「水晶なら、どんどんあります!」

 臆せず、トレローニーは次々と水晶を放つ。『死喰い人』の仲間と共に『姿現わし』してきたグレイバックの後頭部にも直撃し、気絶させた。

 しかし、それ以上に『死喰い人』が城内へと侵入し、あちこちで乱戦が起こる。予想はしていたが、戦場にいる自覚に今更、戦慄に臓物が震えた。

 スネイプは校長室の屋根に下り、意識を取り戻したクラウチJr.を下ろす。

「ちっ、余計な事を……」

「セブルス!」

 叫び声の主は6階の割れた窓から、ドロホフ相手に抗戦するスラグホーン。フリットウィックが助っ人に入り、改めてこちらを見上げて叫んだ。

「戦いをやめさせてくれ! コンラッドが来ておる! もう、やめさせてくれ!」

 コンラッドが来るとは思わず、ウォーリーは焦る。スネイプの眉もピクッと痙攣した。

「へえ……ようやく、やる気が出て来たぜ」

 クラウチJr.は好戦的に微笑んだ。

「ハリー=ポッターを差し出すのだ! そうすれば、すぐにでも終わる!」

 それでも務めて動揺を顔を出さず、スネイプはスラグホーンに告げる。

「また繰り返すのか! クローディアのように! セブルス! コンラッドとリリーに対し、詫びる気持ちが少しであるなら、こんな事はやめさせておくれ!!」

 必死の訴えを聞き、ウォーリーはホグワーツを巻き込んだ事を酷く後悔した。

 仮にハリーが1人で降服しようとすれば、それこそ、城が崩壊しようともマクゴナガル達は彼を護る為に戦ったに違いないのだ。

 スラグホーンは後から来た『死喰い人』と交戦し、スネイプとクラウチJr.はディーダラスとポドモアに応戦し始めた。

 不意に奇妙な音が耳に入る。プロペラの回転音だ。

 音の方角を振り向けば、月明かりで戦闘機が2機も視認できる。かと思えば、ウォーリーの横を通り過ぎる。その直後、北塔の屋根に降り立ったのはビクトールだ。

《皆さーん、応援が来ましたよー》

 雑音の多いバーベッジの声に呆気に取られ、ウォーリーはビクトールの隣へ降りる。

 戦闘機の形状、イギリス産とは違う。必死に記憶を手繰り寄せ、思い出した。

「あれは零戦だろ! 国旗の部分がホグワーツの校章になっているが……本物じゃないだろうな! 国境問題に発展するぞ」

 バーベッジの操縦する零戦は鎧像を薙ぎ払う巨人やトロールに向け、連射し出した。

「トトが準備していたぁ。麻酔銃の設置に手間取ったとか……スタニスラフも一緒だが……あっちに落ちた」

 温室を向き、ビクトールは呟くがウォーリーには見えない。いろんな意味で臓物が震え、背筋が凍った。

「そのトトは何処だ?」

「あっちで凄い数の吸魂鬼を相手にしていたぁ。トワイクロスが助けに行ったぁ」

 零戦が向かってきた方角を指差し、ビクトールは勇敢な戦士への称賛を込めて告げた。

 まだ吸魂鬼と戦っている。『姿くらまし』の達人たるトロイクロスなら、すぐに脱出できる。しかし、それでは城へと群がるだろう。トトの目的は陽動にして時間稼ぎだ。

 話している間も『死喰い人』は攻撃し、ウォーリーはビクトールに背を預けて撃退した。

 校庭では巨人に襲われるグロウブを助けるように、自らもアクロマンチュラに纏わりつかれているドラゴンは尻尾を振り回す。尻尾に当たった蜘蛛の何匹がか、巨人の顔面へぶつけられた。

(あの蜘蛛ってアラゴグの……)

 胸中で呟いた時、5階で強烈な爆裂音と共に4階を巻き込んで崩壊した。窓や壁の破片がウォーリーとビクトールにも襲いかかった。

 それでも『死喰い人』は加減せず、必然と挟み打ちになる。ウォーリーは破片を影で防いで真正面の相手へ『失神呪文』を放つ。

「ウォーリー、降りて来て」

 ルーナの声に応じ、ビクトールと一緒に窓から『占い学の教室』へと入り込む。意外な助っ人にリサとラベンダーは嬉しそうに驚いた。

「あれから、チャリティの声がしました。何がどうなっているんですか?」

 水晶での攻撃を緩めず、トレローニーは確認の意味で問う。飛行機どころか戦闘機にも慣れていない彼女には、まだドラゴンの存在が有り難いだろう。

「零戦と呼ばれる昔の戦闘機です。複製だと思いたいのですが……一機はバーベッジ先生だとしても、もう一機の操縦は誰が……」

「ペネロピー=クリアウォーター」

 ビクトールの返事に、トレローニーとキングズリー以外は硬直した。

「キングズリー、コンラッドが来ていると聞いたが見たか?」

「本当だ。彼とはこの塔の下で別れた」

 応戦の手を休めず、キンズリーが答える。

 唐突にルーナの肩がビクッと痙攣し、窓の下の壁に背を預けて座り込む。瞬きしない瞳が更に見開かれた。

「ルーナ、どうした?」

 戦場に臆すはずないが、戦闘機、崩れた城壁、巨人、死を望む光線。この惨状に耐えきれなくっても不思議はない。

 心配になったウォーリーがルーナの隣へ座った瞬間、首筋が冷たい感触に襲われる。リサも同じ感覚を味わい、反射的に自分の後ろを振り返った。無論、そこには誰もいない。

《おまえ達は勇敢に戦った》

 ヴォルデモートの囁くようで一語一句、聞き逃しを許さない迫力。

 城にいる『死喰い人』は撤退するが、ヴォルデモートの与えた時間は『分霊箱』を持ったクィレルを逃がす為だ。

 自らを囮にする。それはハリーと同じだった。ただ違うのは、何を目的としているかだろう。

「トレローニー先生! 私の探し物は何処にありますか!?」

 湧き起る焦りに従い、大声になる。トレローニーはキョトンとしたが、ウォーリーは畳みかけた。

「私が探している物は何処へ行けば、見つかりますか? 貴女の考えを聞かせて下さい」

「……私の考え……」

 水晶を窓際に置いたトレローニーは両手を組み、瞑想のつもりか目を閉じる。ラベンダーが口を挟もうとしたが、リサが止めてくれた。

 ビクトールとキングズリーも黙り、トレローニーを待つ。

「最初に戻りなさい」

 思わず、疑問を返しそうになる。しかし、脳髄は雷を打たれたように触発された。

 クィレルとの最初。

 クローディアとクィレルの始まりの場所。『禁じられた廊下』の下、もっとも奥の部屋だ。

「4階だ! ありがとう、トレローニー先生!」

 感謝を込め、トレローニーを抱きしめた。呆気に取られた皆を置き去りに、ウォーリーは4階を目指す。ルーナだけが着いて来た。

 北塔は絵が外れたり、窓が割れた程度。損傷が激しく、石畳は捲り上げられ、散らばった瓦礫には血糊もあった。

 足の折れたモラグ=マクドゥガルへの応急処置にオーガスタ=ロングボトムが杖を振るい、気絶したマンディ=ブルックルハーストはネビルに背負われていた。

「ルーナ、無理をするな。皆といろ」

「駄目、一緒に行く」

 真っ青な顔色で告げられても、ルーナは休憩が必要だ。ハリーの決闘にウォーリーは立ち会えない。むしろ、始まる前にあの部屋へ着かねばならない。

「今……学校にかけられている『姿くらまし防止術』は解けているよな?」

 呟いた瞬間、ルーナはウォーリーの腕にしがみ付く。置いて行かれると悟ったのだ。

「わかった……私に付き合ってくれ」

 ルーナの決意を汲み取り、その手を掴んでウォーリーは『姿くらまし』した。

 

 絵も飾られていない廊下は壁に亀裂はあるが、ほとんど無事だ。最低限の灯りは常に照らされ、頑丈な木造の扉がある。あの日以来、一度も此処には来なかった。

 懐かしさよりも、緊張感に心臓は引き攣った。

 一歩一歩、扉へ近く。あの晩、連れて来てくれたベッロはもういない。深呼吸してから、ノブに手をかけた。

「ここは何?」

 ルーナの普段の口調を聞き、彼女はこの場所を知らないと気づいた。

「……ここは『禁じられた廊下』だ。私が1年生の時、『賢者の石』を隠した。先生達が最も得意とする防衛対策を用いてな」

 意外にも鍵はかかっておらず、開いていた。

「ルーナ=ラブグッド」

 後ろから声をかけられ、正直にビビった。

「ルーナ、お久しぶりですね。どちらへ行かれるのですか? 他の者は大広間を目指しています」

 ようやく会えたヘレナはルーナにだけ話しかける。お互い、半年も会えなかったのだ。

「あたし、彼女と行かなきゃ……」

 ウォーリーの腕を更に掴み、ルーナは離れない。

「ヘレナ……私達は行くところがあるんだ」

 ヘレナはウォーリーに対し、無礼を批難する視線を向ける。冷たい眼差しに、彼女もまたクローディアだと見抜いていない。

「ヘレナ……そんな顔をするなよ。そう呼んでくれって、私に言ってくれたのは……あんたさ」

 媚びるつもりは毛頭なく、自然と口から出た言葉。ヘレナは目を丸くし、顔を寄せて触れられぬ手で頬を撫でた。

「なんてこと……クローディア……。やはり、来てくれたのですね」

「ごめん……ヘレナ。急いでいる。行きながら、話してもいいか?」

 扉を開いた先、薄暗くても床にある戸は見える。ただ、フラフィーはいなかった。

 ヘレナは扉ごしに室内を見渡し、頭を振う。

「入れません。幽霊避けが施されています。他にも、魔法が仕掛けられていると考えていいでしょう」

「わかった、ヘレナはここで待っていれくれ」

 部屋に足を踏み入れ、杖を灯す。外の廊下さえ、亀裂があったにも拘らず、不自然なまでに傷一つない。あれだけの戦いに耐えられるなら、相当強力な保護呪文がかけられている。念の為、奥の部屋へ『姿現わし』しようとしたが、出来ない。『飛行術』は行えた。

「……寮と同じ、城の護りとは別にかけられているんだもン」

「寮と同じ……、合言葉でもいるのかな?」

 床の戸を引けば、あっさり開く。下は何も見えぬ暗闇。以前は落ちても、『悪魔の罠』がクッション代わりになってくれた。

「さっき、『禁じられた廊下』って言ったでしょう。あれ、合言葉だったんだもン」

「この場所を覚えている者いだけが通れるってわけか……、ますます、クィレルは奥にいる可能性があるな」

 自ら口にし、緊張は強まって心臓が強く縛られる感覚に襲われた。

 冷え切った空気の中、知らぬ間に頬を汗が伝う。

「私から離れるなよ」

 ウォーリーはルーナを片腕で抱いて、暗闇に落ちる。『飛行術』で浮かびつつも落ち、一本道の廊下へ降り立った。

 扉の向こうに箒と飛ぶ鍵の群れはなく、チェス盤は片付けられ、トロールがいない、薬瓶と謎かけも置いておらず、扉を守る炎はない。

 額どころか、掌も汗で濡れる。それでも、ルーナは腕を離さない。どの部屋を通る時も何も言わず、黙ってついて来てくれた。

 あの晩のように、クィレルはいるだろう。

 話し合えるだろうか? それとも、問答無用の戦いになるだろうか? 望んでいた決着とは今なのだろうか?

 スラグホーンの悲痛な叫びが蘇り、戦慄に心臓が引っくり返る。自問自答に脳髄が痛い。

 急に頬を冷たさが襲う。驚きすぎて目を丸くするしか、反応できない。ルーナが冷えた水筒を押し付けて来ていた。

「鞄に入ってた。飲んどきなよ」

 言われるまでガマグチ鞄にあった水筒の存在も忘れていた。

 ルーナの口元に水滴があり、彼女はいつの間にか先に飲んでいる。ウォーリーは飲みながら、冷静に頭を働かせる。急に浮かんだのは、ハリーの顔。時間的にも決闘は始まっているだろう。優先すべきはカップの破壊だ。

「ルーナ、頼みがある」

 ガマグチ鞄から、ハーマイオニーとロンが先程、『秘密の部屋』から取ってきたバジリスクの牙を取り出す。それをルーナに差し出した。

 破壊するのはウォーリーでなくてもよいのだ。

「クィレルがパッフルパフのカップを持っている。それに突き刺してくれ」

「……カップに……」

 何の説明もなく、ルーナは承諾して牙を受け取った。

「ありがとう……一緒に来てくれて」

「帰る時も一緒だもン」

 既に帰還の姿を想像しているルーナに慄いていた心臓の震えはようやく、止まった。

 

 『みぞの鏡』はなく、クィレルもターバンを付けていない。

「セブルスが来ると思っていたよ。まさか、ラブグッドとはな……」

 胡坐を掻いて頬杖を付いたクィレルは面倒そうに予想外の客人を睨む。一瞬で室内を見渡し、目に映る個所にはカップはないと確認した。

「どうして、スネイプ先生が来ると思った?」

 ウォーリーが問うた時、クィレルは目を丸くした。そして、口が裂けんばかりに開き、手を叩いてまで愉快な声を上げた。

「コンラッド、そうか! やはり、娘を生かせる手段を取っていたか! 会えて嬉しいよ、ミス・クロックフォード!」

 ひょいっと起き上ったクィレルは外套の懐から、カップを取り出す。ハッフルパフの刻印も偽物と同じ、本物のカップだ。

「君の狙いはこれだろう? ただ、『賢者の石』と違って……君はこれを破壊しに来た」

 懐かしむクィレルは不気味な印象を受ける。何故、自分をクローディアと見抜いたなどどうでも良くなる程だ。

「それが何なのか……知っているのか?」

「ヴォルデモート卿の秘密だ。君達はその秘密を突き止めた。ヴォルデモート卿も私がそれを知る故にカップを任されたのだ! 他の誰でもない、この私に!」

 レギュラスのようにクィレルも『分霊箱』の名称は知らずとも、ヴォルデモートが命に秘密を抱えていると推測していた。

「渡してくれ」

 言いたい事が多くある中、出てきた頼みに自分でも驚く。ルーナとクィレルもキョトンとしていた。

「……嫌だね」

 クィレルから笑顔が消えたが、睨んでいない。その瞳に狂気を含ませ、カップを懐へ戻した。かと思えば、無言で杖を突き出す。ウォーリーは素早く鞄を脱ぎ、ルーナに持たせる形で下がらせた。

 外へ続く扉は炎が燃え上がり、塞いだ。

「あの日の再戦だ! さあ、杖を出せ。ミス・クロックフォード!」

 芝居がかった口調で告げ、クィレルは杖を振るう。無数の縄が出現し、ルーナへ襲いかかる。杖で応戦してくれたが、勢いに容赦がない。ウォーリーも加わろうとしたが、彼女は視線で拒んだ。

「懐かしいだろう? 君はあっさり、縄に捕らわれたがね」

 からかう口調から、記憶は刺激される。この部屋で縄に縛られたのだ。

 本当にクィレルは再戦を望んでいる。最早、避けられない。

「まだ話し合いたいか?」

 殺気立ったクィレルは、隙だらけのウォーリーが構えるのを待つ。

「いいや、謝らせるさ。ルーナに対してな!」

 応じたウォーリーは自分の杖を出す。フラメル氏が自分にと用意してくれた杖だ。

 先手必勝と無言呪文で『武装解除の呪文』を放つが、クィレルに防がれる。

「決闘のルールを知らんのか!?」

「これは決闘じゃないだろ!」

 初めて焦った声を出し、クィレルは文句を述べる。それに答えながら、次いで影を使って動きを封じようとした。見抜かれ、強い光を放たれて影が無理やり追い払われた。

「あの日、セブルスが用意した炎を防ぐ魔法薬は1人分しかなかった……。それなのに、君も一緒に炎を通り抜けた。バーティから、君がおもしろい術を使うと聞いた時、ピンと来たよ」

 止む負えず、ウォーリーはクィレルと距離を詰めようしたが、階段を駆け降りる。奥へと後退された。

 カップを奪われまいと彼も必死だ。

 せめて、バジリスクの牙を刺せる位置まで近寄れれば、一気に片を付けられる。カップは『分霊箱』の力に護られ、呼び寄せられない。

 決して呪文の手を緩めず、ウォーリーはその位置へクィレルを導く方法を模索する。時間はかけられない。ルーナの忍耐力は信じるが、ヴォルデモートが倒されるまでに終わらせる。

 不意に僅かな振動が襲った。

 護りの施された部屋でも伝わる振動の正体をウォーリーは知っている。間もなく、グリフィンドールの剣がパイプを通るだろう。

(剣を……通す!)

 閃いた瞬間、迷わずウォーリーは隠し持っていた剣として加工されたバジリスクの牙を取り出す。それを投げ放った。

 牙に気づき、クィレルは弾く。宙を舞う牙は彼とウォーリーを挟む形になった。

「アクシオ! (来い!)」

 バジリスクの牙を呼び寄せた時、そのままクィレルの背中を通過しようと迫る。彼も対応し、咄嗟に牙を弾く。弾かれた拍子に鞘の部分と分離した隙をウォーリーは見逃さず、次いで、無言呪文にて鞘の部分を呼び寄せた。

 クィレルは牙が天井まで弾かれて刺さった光景に気を取られ、懐を通り抜ける鞘がカップを巻き込むのを止められなかった。

 懐を吹き抜け、カップが鞘と共にウォーリーの手へ届こうとする。彼女はカップにも、鞘にも手を伸ばさず、杖を構えた。

「アレスト・モメンタム! (動きよ、止まれ!)」

 同時に足元の影もクィレルに伸び、届く。彼は二重の力で文字通りに身動き一つ出来なくなった。

 カップはウォーリーを通り過ぎ、ルーナを襲う縄の群れへと突入する。縄はカップを警戒するように動きを止める仕草をした。

 ルーナはその隙をつき、防衛を止める。渡されたばかりのバジリスクの牙を手にし、呪文で弾いた。

 猛毒の先端がカップへブチ当てる。その反対から鞘がカップを押し、確実に刺した。

 それを証明するように悪あがきとして、傷口から黒い霧の塊が溢れ出す。おぞましい悲鳴を聞き、ウォーリーは視覚を最大限まで働かせ、クィレルの瞳を鏡代わりに後ろの光景を見た。

 そして、もう一本――ドリスの杖を取り出す。顔をクィレルに向けたまま、杖を後ろに向けて鞭のように振るい、鞘越しにカップへの衝撃を与えた。

 より深く刺さった牙はカップを貫いた。

 意味不明な断末魔はルーナを襲っていた縄を巻き込み、天井すらも通り抜けずに霧散した。

 

 ――奇しくも、グリフィンドールの刃がヴォルデモートを貫くよりも、刹那だけ早かった。

 

 全神経が高ぶったウォーリーは目的を達しても、興奮が治まらない。クィレルも同じだ。

 2人は睨みあい、無言呪文にてお互いの魔法を打ち消し合う。緊張を肌に感じたルーナは手を出さず、瞬きしないで見守った。

 そこへ唐突な破壊音が介入した。

「クローディア!」

 現われたジョージの叫び声は耳に届き、ウォーリーは動揺してクィレルの動きを解いてしまう。しかし、絶好の機会なのに、彼は攻撃しなかった。

 形容しがたい激情を露にし、ジョージを睨んだ。

「無粋な真似を……ジョージ=ウィーズリー。私達の間に入るな!!」

 クィレルが杖を振った時、ウォーリーの体は引っ張られる。思わず、脚力で踏み止まろうとしたが無意味だ。

 自分の立ち位置がクィレルと変わる。そして、ウォーリーを巻き込んで炎が2人を囲んだ。

「クィレル、違うよ! ジョージはそんなつもりじゃない! ウォーリー……、もうクローディアって呼んでいい? クローディアを返して!」

 ルーナは懇願しながら、杖の先から水を出す。しかし、すぐに蒸発する程の炎だ。

「ウォーリーが……クローディア? 本当に?」

 自分でクローディアの名を叫んだと言うのに、ジョージは思いの外、困惑している。事実を確かめようと、炎に肌が焼けるのも気にせず、彼は向かってくる為、ウォーリーは戦慄して心臓が震え上った。

「来るな、来るんじゃない! ルーナ、ジョージと逃げろ! 行くんだ!」

「嫌! 一緒に帰るんだもン。ジョージ、火を消して!」

 ルーナの声に我に返り、ジョージも水を出す。2人分の水でも炎の勢いは消えない。それそどころか、益々、燃え上がり、天井にまで届いた。

「彼女は私の物だ! 私が先に目を付けたのだ! 二度と貴様に渡さん!」

「……このまま、私と心中しようってわけか……」

 炎の様子を窺っていれば、少しずつ、炎の囲みが縮まっていく。熱気も近づいてくる。

「まさか……誰にも邪魔をされない場所に行くんだ。そこで、私を追い詰めてくれ。なあ、クローディア……約束しただろう?」

 愛しげな口調で呼ばれ、ウォーリーは恐ろしい寒気がする。クィレルの歪んだ笑みがクラウチJr.の祈沙への愛と重なって見えた。

 万が一、この男を逃がせば、ジョージの身が危険だ。クローディアとコンラッドをその手にかけようとしたクラウチJr.と同じ行動を取るだろう。しかも、ヴォルデモートと言うある意味では歯止め役だった主人もいないと本能的が教えてくれる。

 かといって、ウォーリーはクィレルと共倒れする気は毛頭ない。今までやるべき事だけをやってきた。これからはやりたい事をやるのだ。

 そこにはジョージの存在もある。

 瞳を動かさず、ウォーリーは目の端で天井に刺さったバジリスクの牙を強く意識した。

「何処へも行かなくていい」

 瞬きせず、ウォーリーは決意した。

 きっと、望んでいた決着の中で最悪に値する。

「ここで全て終わる!」

 叫んで自分の杖を投げ放つ。クィレルは杖を構え、無言呪文で防いだ刹那の隙。ウォーリーはドリスの杖を構えた。

「エクスペリアームズ! (武器よ去れ)」

 クィレルの杖は手から弾け飛び、ウォーリーの杖と共に炎に巻き込まれた。

 次いで、ウォーリーはクィレルに飛びかかる。胸倉を掴んで地面へ叩き伏せる。彼は肘と腰で地面への衝撃を緩和し、目の前の細い首を掴んだ。

 瞬く間に体勢はひっくり返され、ウォーリーの背は地面に叩き伏せられる。彼女の視界に勝ち誇ったクィレルの笑みが見えた。

 その後ろ、天井に刺さっていた牙が落ちて来るた様子も確認できた。

 空中で回転したバジリスクの牙を無言呪文で呼び寄せる。その勢いのまま、クィレルの背に突き刺さった。

 背の違和感に疑問し、クィレルは笑みを消す。心臓が脈打つ毎に全身へ巡る猛毒の気配を感じ取ったのだろう。額に汗を噴き、目を泳がせて喘ぎ出しだ。

 瞬時に囲っていた炎が消え去り、消火の水音が耳を打った。

 ルーナとジョージが駆け寄ってくる姿に気を取られ、クィレルから目を離した。

「ありがとう……」

 穏やかな声は心からの感謝を証明していた。

「来てくれて……ありがとう」

 重ねた言葉の真意を確かめんと、ウォーリーがクィレルに目を向ける。それより先に彼は首にかけていた手を離し、ぐらりっと揺れた。

 クィレルの倒れ伏す嫌な音が脳髄に響き、虚ろな瞳は見開かれたままだ。

「クィレル先生……?」

 躊躇いつつ、ウォーリーは眠る相手を起こす仕草でクィレルの肩を擦る。触れた部分は死に立ててで、まだ温もりが残るだけだ。

 今度は強く揺さぶってみたが、やはり、起きない。

「クローディア、帰ろう。皆、待ってるもン」

「帰る?」

 ルーナの声に振り返る。自分の体を2人分の腕が抱いていると気づいた。

「クィレル先生も一緒に……帰ろう。起きて下さい、帰りますよ」

 更に強く揺さぶったが、何も起きない。

「俺が……運ぶよ……。クィレルは俺が運ぶから、クローディア」

 涙を流すジョージにウォーリーはそれも自分の名だと今、思い出したような気分に浸る。むしろ、別の名で名乗っていた意味が霞んでいた。

「目を逸らしても、厳しいのは変わらないよ」

 ウォーリーの手を優しく掴まれ、ルーナは淡々と告げる。言葉の意味は理解できない。

「でも……まだ……クィレル先生に謝らせてない……。ルーナに……」

 続きを言う前に無理やり、起こされる。ルーナに手を引かれ、歩かされた。

 

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 ジュリアは最期まで笑っていた。

 フレッドに覆い被さったジュリアの姿が網膜から離れない。それでも足は指示された通りに惨劇のあった4階へ歩く。ハーマイオニーの告げた『禁じられた廊下』の正確な場所は思い出せない。『賢者の石』を隠す為に寮監達が魔法の罠を仕掛けた場所、武勇伝として他人に語る時は誰もが覚えていた。

 クローディアとハーマイオニーが作った【改訂ホグワーツの歴史】ならば、載っているだろう。そんな考えが脳裏を過った時、目の前に『灰色のレディ』が現れた。

「ジョージ=ウィーズリー?」

 口を効いた事もない気位の高い淑女は切羽詰った態度で問う。素直に頷いた。

「こちらへ来て下さい」

 『灰色のレディ』に従い、案内されたのは右側の廊下。開きかけの頑丈な扉の前だ。

「彼女は行ってしまった。幽霊の私は着いて行けません」

「ウォーリーとルーナはこの部屋の中か?」

 傷一つない部屋の床には開かれた戸がある。

「気を付けてください。幽霊避けがある以上、他の仕掛けもあるでしょう」

「ありがとう、レディ。俺は彼女達を追いかける」

 不安そうな『灰色のレディ』に礼を述べ、ジョージは床の戸へ飛び込む。足が床に着かず、何も持たぬ『飛行術』で降りた。

 一度も来た事ない場所なのに記憶が刺激され、ハリー達が如何に寮監の仕掛けを進んだがという噂の内容を思い返す。

 クローディアもここを歩いた。

 まるで彼女に案内されているような錯覚に陥り、ジョージは進む。ロンがマクゴナガルのチェスに勝利したと思われる部屋に着いた時、地響きが襲ってきた。

 ドラゴンとは違う壁から伝わってくる揺れだ。

 ハリーの決闘は終わったに違いない。疑う事のない彼の勝利を確信し、ジョージは進んだ。

 炎によって包まれた扉を目にし、ここが最後の部屋だと理解した。

 戦いが行われている。そう察し、朧げだったジョージの五感が目を覚ます。迷いなく、杖を構えた。

「コンフリンゴ! (爆発せよ!)」

 扉を破壊した爆風は炎さえ、搔き消した。

 クィレルと相対する彼女がジョージの知るクローディアの姿に幻影となって映る。感情のままに愛しい人の名を叫んだ。

「クローディア!」

 振り返った彼女はウォーリーだ。

「無粋な真似を……ジョージ=ウィーズリー。私達の間に入るな!」

 クィレルの怒りが肌に伝わる。まるで恋人との語らいを邪魔されたような激しさだ。

 ルーナがウォーリーをクローディアと呼んだのは、ジョージに感化されたからだと一瞬、考える。しかし、こんな状況でクィレルに「先生」と付けるのは、婚約者の彼女だけなのだ。

 その彼女は息のないクィレルを起こそうと必死になる。ジョージには覚えがある光景だ。

 ドリスを亡くした後だ。

 悼みから逃げ、その事実を消す。それが彼女の防衛本能だと理解し、ジョージは何も出来なかった。いつだって、残酷な現実を教えられなかった。

 あの時、彼女を現実に引き戻したのはクィレルだ。ヴォルデモートの命令で杖を返しに来たと述べたそうだが、その本心を確かめるすべはないだろう。

 何も語れなくなったクィレルの遺体を背負い、ジョージは2人の後を歩いた。

 姿形と名が変わっただけで、ウォーリーは確かにクローディアだ。今、思い返せば、スネイプに耳を刻まれた時に見せた怒りが証明のひとつだったのに、ジョージは微塵も気づかなかった。

 しかし、生きていてくれて良かったと手放しで喜べない。

 何故、自分にだけでも打ち明けてくれなかったのかと悲観する気持ちも存在するからだ。

 チェスの部屋まで戻れた時、向こう側の扉から駆けて来る足音が聞こえる。肩で息をしてまで、現れたドラコはジョージとルーナに目もくれず、ただ彼女1人の無事を喜んだ。

「……コンラッドが……」

 喜びを苦悶に変え、ドラコは悲痛に告げる。ジョージの心臓に氷が刺したようにゾッと寒気が走った。

「見ていたよ」

 ルーナも瞬きせず、ハッキリとした口調で教えた。

 ドラコとルーナの声は確かに彼女の耳に届いている。その証拠にまどろむような瞳に活力が宿った。

「……わかった。ありがとう、ドラコ」

 ドラコの肩に触れ、感謝する言葉は力強い。彼女は完全に現実へ戻ってきた。

 

 ヘレナに出迎えられ、廊下を抜ける。城中に喧騒が響いていた。

 大広間までの歓声に満ち、魔法使い、『屋敷しもべ妖精』、ケンタウロス、幽霊と種族も関係なく、絵の住人も取りあり、肩を並べて笑い合っていた。

 久しぶりに見る心からの笑顔を振りまくジニーはルーナを捕まえ、同級生の波へ連れて行った。

「サー・ニコラス、スネイプ先生は何処にいる?」

 彼女は大広間を一瞥し、ヘレナへ集まってきた幽霊の中から『ほとんど首なしニック』へ問う。問いかけに言葉ではなく、案内と言う形で答えた。

 僅かに残った無事な部屋、そこに横たわる人々。列の端に寝かされたコンラッドにスネイプは付き添う。大広間で見かけなかったマルフォイ夫婦、シリウス、ハグリッド、スラグホーンは沈痛の面持ちで沈黙していた。

 ハグリッドはクィレルの遺体を受け取り、慎重にコンラッドの隣へ置いてくれた。

 彼女は表情も変えず、遺体を1人1人の顔を見遣る。ジュリアだけでも辛く、更にコンラッドの死に顔まで見ていられないジョージは目を逸らしたくなるが、彼女の手を握って耐えた。

 ドラコも反対側から、彼女の手を握る。彼の母親ナルシッサは息子を呼んだが、返事しない。ルシウスに諭され、妻は口を閉じた。

「トトは何処に?」

「マダム・ポンフリーとジャスティンが治療している最中だ。命に別条はないだろう。他の怪我人もそこだ」

 シリウスに答えられ、彼女はもう一度、コンラッドを見やる。

「ハリーなら、多分、ロンとハーマイオニーが一緒だ。君を探しに行ったかもしれない」

「いいや、おそらく……校長室だ。ベッロの『憂い』を見に行ったんだろうな」

 コンラッドから目を離さず、彼女はシリウスに答える。

 慌ただしい複数の足音に振り返れば、ジョージは反射的に肩が痙攣した。

 無言で泣くモリーとムーディに連れられ、彼女の母親であり、コンラッドの妻・祈沙がそこにいる。スネイプは出迎えるように立ちあがり、スラグホーンの肩を叩いた。

「コンラッドの妻です……」

 囁かれた言葉にスラグホーンはすぐに顔を上げ、マルフォイ夫婦も立ち上った。

 祈沙は自分の娘にさえ目を向けず、コンラッドへと歩み寄る。その頬に触れ、口を開いた。

「本当に眠っているみたいです」

 流暢な英語で穏やかに述べ、ジョージの胸は打たれる。祈沙は夫の死を覚悟し、それを受け入れている。だが、クローディアのようにまだ実感がない印象を強く受けた。

 スネイプは祈沙へ詫びるように頭を下げた。

「コンラッドは此処に来るべきではなかった。……どうか……我々を許さないで頂きたい……」

「夫は……貴方が大好きでした。私はそんな夫は好きでした。だから、泣かないで上げて下さい。貴方に泣かれたら、夫は困ってしまいます」

 スネイプは泣いてなどいない。しかし、その表情はコンラッドの死に悼み嘆く。

 沈痛の中、ムーディは後から来たアーサー、ディーダラスと声を潜めて情報を確認し合う。

「パイアス=シックネスは『服従の呪文』が解け、一切の政権を放棄しています。暫定的にキンズリーを魔法大臣に据えようと……」

「政治に関しては任せる。それよりも、クラウチJr.はどうした? 『例のあの人』の死は確実か?」

「『例のあの人』はシャックボルドと彼に応じた『闇払い』達が見張っている。クラウチJr.は既に逃げた」

「その話、ここでする必要があるのか?」

 シリウスは低い声で告げ、ムーディの青い義眼が睨む。アーサーはジョージも見なれぬ憎悪を込めた厳しい表情になり、スネイプとルシウスへ詰め寄った。

「……司法取引だ。ヴォル、デモートの腹心だった君達なら、逃げた『死喰い人』の情報があるだろう。渡してくれ」

 ルシウスはナルシッサの手を握り、ドラコを見やる。

「息子はハリー=ポッターに協力し、闇の帝王へ反旗を翻した。そして、セオドール=ノットは『不死鳥の騎士団』に加担し、城へ来た。2人への配慮を約束するならば、応じよう」

 強い口調は以前の迫力はなく、それでも尊大な態度は崩さない。

「降伏する者をすべからく受け入れるならば……」

「スネイプ先生は最初からダンブルドアの味方です。今もそうです」

 彼女は自信を持ち、声を上げる。ジョージとドラコ、そして祈沙以外は驚愕した。

「ウォーリー。スネイプは他の誰でもないコンラッドの娘を……」

「それはダンブルドアの命令であり、コンラッドの意思です。ヴォルデモートの信頼を得る為の作戦でした。私がそれを証言します」

 アーサーが言いえる前にウォーリーは宣言した。

 スネイプは初めて彼女の存在に気づき、愕然とした。

「おまえは……」

「私は……」

 スネイプに問われ、彼女は返答を躊躇う。ジョージは握る手を力を強め、ドラコも励ましを込めた。両手の温もりを握り返し、彼女は感情が高ぶり、目に涙を浮かべて名乗った。

「私はクローディア=クロックフォードです」

 




閲覧ありがとうございました。

二人にとっての始まりの場所は、終わりの場所。
さようなら、クィレル先生。

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