こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます
「憂いの篩」に頭を突っ込んだので、記憶から始まります。

追記:20年4月26日、誤字報告により修正しました。


13.使い魔の一生

 ――岩石の家、火をくべた暖炉の前に幼い子供が絨毯で胡坐を掻く。その両手で4㎝の卵を抱え、飽きずに眺めていた。

「ボニフェース、寝ろよ。お祖母さまに叱られるぞ」

「もうちょっと」

 寝巻の少年に声をかけられ、ボニフェースは振り向かずに答える。途端に卵は胎動し、割れた。

 現われたのは薄らと赤い鱗の蛇だ。

「おお、産まれた。ベンジャミン、産まれた」

「へえ……」

 兄弟は産まれたばかりの命に感嘆の息を吐く。

「よーし、名前はアグリッパにしよう! 発音もいいし、カッコイイ!」

「コルネリウス=アグリッパからか、良いんじゃないか?」

 賛成するベンジャミンにボニフェースはキョトンとする。

「マルクス=ウィプサニウス=アグリッパだよ」

 お互いの食い違いに兄弟は「え?」と疑問しつつも、楽しそうに笑いあった。

 

 ――ある朝、目を覚ますとベンジャミンがいなくなっていた。

 両親は咽び泣いたが、厳格そうな老女とベンジャミンによく似た老人は「闇の帝王の為に」としか答えなかった。

 翌年、紅色の蒸気機関車があるホームにてボニフェースは人混みの中を必死に見渡す。

「ベンジャミンは見送りに来てくれないの?」

 せがむボニフェースに両親は困った顔しか見せない。夫妻は厳格な老女の機嫌を窺っている。蛇用の籠に入ったベッロを抱え、彼は兄を求めて泣いた。

 発車の汽笛音が鳴り、ボニフェースは泣きながらホームで見送る両親と老女を眺めた。

「ボニフェース!」

 ホームの屋根の上、ベンジャミンが大きく手を振る。その隣に黒髪の小柄な男が立っていた。

 

 ――その年の冬。今よりも少しだけ若く痩せたスラグホーンにトム=マルヴォーロ=リドルを紹介された。

 何度も『魔法薬学』の授業中に爆発させる問題児を押し付けたと言っても、過言ではない。トムは愛想よく勉強を教えた。

「おまえ、可哀想だな。俺の兄貴にそっくり」

 扱いきれない子供の相手をさせられる。そういう意味で、ボニフェースは呟いた。

 だが、トムは別の意味に捉えて一瞬、表情が強張る。すぐに愛想の良い表情に戻った。

 

 ――トムの誕生に感謝とお祝いの意味を込め、ボニフェースは頬にキスを贈った。

「これからは毎年、キスしてやるよ」

「いらねえよ!」

 ブチ切れしたトムから脳天に分厚い教科書の一撃を食らい、ボニフェースは気絶した。

 

 ――玄関ホールにて、巨体な生徒が待っている。上の階から、ボニフェースとトムは彼を見下ろす。

「ルビウスと森に行こうぜ。トムも来いよ、絶対。楽しいからさ」

「駄目だ、森は立ち入り禁止だ。それに彼は入学してから、問題ばかり起こしている。関わるのはやめておきなよ」

 出来るだけ穏やかに諭しているが、トムの幼い瞳は下級生を見下している。おおげさに肩を竦め、ボニフェースは首を横に振って諦めた。

「じゃあ、いいや。俺は行くぜ」

 トムが驚いて止める間もなく、ボニフェースは軽い身のこなしで窓から飛び降りた。

「お待たせ、ルビウス! 行こうぜ!」

 待ち人の背を押し、そのまま2人は駆けて行く。それをトムは嫉妬と怒りを混ぜ、唇を噛んで見送った。

 

 ――マートルに挨拶しても、無視されているのか、認識されていないのか、返事は来ない。トムやハグリットを含めた学友に恋の悩みを打ち明けていた。

 

 ――マートルの死体。連行されるハグリッド。どちらもただ見送るしかないボニフェースは無力さに打ちひしがれていた。血管がはち切れんばかりに握りしめた拳だけが復讐の決意を教えた。

 

 ――書類に囲まれた事務室。ボニフェースは机に突っ伏し、傍で文字が勝手に動く。【私は ヴォルデモート卿だ】の文字が並び変えられ、【トム=マルヴォーロ=リドル】と何度も、何度も、文字の配列を変えた。

「復讐なんて……考えるもんじゃねえ……。なあ、アグリッパ……」

 自嘲気味に笑い、ボニフェースは涙していた。

 

 ――ボニフェースが若いドリスと白い衣装を纏い、手を取り合う。お互いの両親を呼んだだけの慎ましくも美しい結婚式だ。

 ベンジャミンから【結婚おめでとう】の手紙が宙を舞う。アグリッパはその手紙が逃げぬように追いかけていた。

 

 ――ドリスの抱える赤ん坊にボニフェースや大勢の親戚が感激に涙した。

 

 ――暗い森のような公園を意気揚々とボニフェースは歩く。夜の散歩を楽しむ通行人とすれ違い、時折、アグリッパの姿に驚いた。

「大事な話ってなん……」

 ボニフェースは言い終えれなかった。

 通行人に背中を押される。否、紛れ込んでいた老人に背中の手が届かない位置を刺されたのだ。痛みを自覚するより先にボニフェースは地面に倒れ伏す。傷口から溢れる血の海に手や顔が沈んだ。

 事態に気づいたアグリッパは悲鳴を上げ、犯人の老人と思えぬ速さで走り去っていた。

 駆け付けたのはトム。惨劇に崩れ落ち、ボニフェースの手を必死に掴んだ。

 

 ――ベンジャミンが老人に鬼気迫る表情で、喚いた。

「弟を返せ! くそ野郎!」

 懐から拳銃を取り出し、ベンジャミンは迷いなく自分である老人へ突き付けた。

「これが何かわかるか! 銃だ! 成人した時、トトがくれた! 貰った時にさっさと撃ってしまえばよかったんだ! 俺は貴様みたいにはならない!!」

 引き金に手をかけた瞬間、銃口は自分のコメカミへ向けられた。

「「え?」」

 困惑する二つの声が重なった。

「ご、ご主人さま!」

 縋るように老人が周囲を見渡し、ベンジャミンの意思に反して引き金は引かれた。

 ベンジャミンの死を教えるように、老人は比喩的ではなく消えた。

 

 ――喋り始めた幼児に大人達は色々と語りかける。アグリッパが顔を出せば、幼児は「ベー」と発音した。

「コンラッドったら、アグリッパよ。お父さんの大事な使い魔なんだから」

「ドリス。コンラッドが呼びたい名前に変えてもいいの。ベッロなんて、いいんじゃない? コンラッドも呼びやすいでしょう」

 ボニフェースの母親は優しく諭し、アグリッパはベッロになった。

 

 ――青褪めた顔でドリスは暖炉の炎を眺める。後ろにいる数人が彼女を励まし続ける。突如、開け放たれた扉にいたのは、衰弱したコンラッドを抱き抱えたマンダンガス。小さな腕には『闇の印』があった。

 半狂乱でドリスはマンダンガスから、コンラッドを受け取った。

「ありがとう! ありがとう! ダング!」

 ドリスと一緒に居間にいた人々もマンダンガスへ感謝の言葉を述べた。

 

 ――紅色の蒸気機関車。プラットホームをベッロは悠々と進む。

「……ごめんなさい。チュニー」

 半べその赤髪の少女が黒髪の少女の手をしっかりと掴んでいる。他を見渡せば、アイリーン=プリンスの姿が見える。彼女に肩を抱かれた少年はセブルス=スネイプだ。

「私がそんな、ばかばかしい城になんか行きたいわけないでしょ」

 少女2人の会話から、赤髪の子だけがホグワーツに行ける。彼女の瞳が見慣れた緑。ハリーの母親リリーと叔母ペニュニアだと察した。

「セブルスが封筒を見たの。それでマグルがホグワーツに接触できるなんて……」

 口調から、この姉妹とセブルスは昔馴染みだ。

 

 ――ベッロは荷物と一緒に並べられる。新入生は大広間の隣にある小さな部屋へと案内されていく。コンラッド、セブルス、リリーも一緒に吸い込まれるように入った。

「お帰り、アグリッパ」

 こっそりとやってきたハグリッドが優しく、歓迎の笑みを浮かべた。

 

 ――ルシウス=マルフォイがベッロを興味深そうに眺め、コンラッドに色々と話しかける。それを基本的な礼儀だけで終わらせる。逃げるように図書館へ行けば、セブルスが独りで本を読み漁る姿を発見した。

「あいつ、気味悪いよな……」

「『闇の魔術』の本ばっかり、読んでんだって……」

 上級生がセブルスを気味悪がる声が聞こえ、コンラッドは自然と彼の隣へ座った。

「それ何が書いてあるの?」

 視線だけ動かしセブルスはコンラッドの質問に仕方なく、答える。

「気になるなら、読み終わった後に渡すよ」

「君の言葉で聞きたい。君の声、すごく耳に入ってくるよ。教え方が上手なんだね」

 機械的な口調だが、セブルスは純粋に誉められて耳まで真っ赤に染まった。

 

 ――ハロウィンの日。寮の談話室でスラグホーンが硝子瓶から七色の光を放つ魔法を披露してくれた。

「君にもあれ、出来る?」

「……出来るよ。いつか……」

 皆から離れた場所でコンラッドとセブルスは囁き合った。

 

 ――セブルスの隣に座ったコンラッドへリリーが親しみを込めて挨拶してくる。

「ありがとう、コンラッド。マルシベール達に言ってくれたのね。メリーへの嫌がらせは本当になくなったわ」

「別に……またメリー=マクドナルドとデートするかもって言っただけだ」

 興味なさげに答えるコンラッドをセブルスは本を読むフリをし、横目で睨むような視線を送った。

「最近、後輩の面倒も見ているんですってね? なんて言ったっけ、レイブンクローの子」

「クィリナス=クィレル」

 即答したのはセブルス。それを殊更、おかしそうにリリーは笑う。

「おもしろい子だよ。セブルスが一年生だった頃に選んだ本ばっかり読んでいるんだ。ね、セブルス」

「……さあね」

 楽しげに声に抑揚をつけ、コンラッドは話を振る。セブルスは素気なく答えた。

「それより、特訓している魔法は使えるようになったのかい? 僕らはまだだ」

 話を変えたセブルスにリリーは得意げに杖を振った。

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ!)」

 淡い銀色の牝鹿が3人の周りを走り抜け、輝きは霧散した。

「どう? 形になって来たでしょう?」

 

 ――『太った婦人』の肖像画の前、必死に許しを乞うセブルスを冷淡な態度でリリーはさも他人事のように眺めていた。

「貴方がここで夜明かしすると脅しているって、メリーが言うから来ただけよ」

「その通りだ。そうしたかもしれない。決して君を『穢れた血』と呼ぶつもりはなかった」

 どんなに弁解しても、リリーから放たれる雰囲気は拒否だけだ。

「貴方が私を『穢れた血』と呼ぶつもりがあろうがなかろうが、呼んだのよ。それにね、貴方は私と同じ生まれの人を全部、そう呼んでいるわ。どうして、私だけ違うと言えるの?」

 空気を求めてもがく様にセブルスは口を開くだけで答えない。更に冷たく眉を寄せ、リリーは顔を逸らした。

「少しはコンラッドを見習えばいい」

 突然の名にセブルスは口の動きをやめ、視線で問いかける。

「彼は誰の事も『穢れた血』と呼ばないわ。何故だが、わかる? 呼ぶつもりがないからよ」

 肖像画の穴へ入って行くリリーをセブルスは引き止めなかった。

 

 ――物が散乱した室内。コンラッドは驚いて、寝台に腰掛けるセブルスへ近寄ろうろした。

「何処に行っていた?」

「スラグホーン先生に呼ばれていたんだ……。母さんが来てたから、もう帰ったよ。どうしたの? セブルス」

 一歩近づく度にセブルスは髪の隙間から、コンラッドを睨んだ。

「奇麗だよな……おまえ。ちょっと笑えば、男も女も関係なく、おまえが好意的だと勘違いする。蝙蝠のようにあっちこっちフラフラしているくせに、皆、おまえが蝶だとか……」

「セブルス」

 睨みを利かせて嘲笑うセブルスを物ともせず、コンラッドは機械的に微笑んだ。

「いなくなって欲しいなら、僕は消える」

 我に返ったようにセブルスはハッとなり、目に涙を浮かべる。

「……ここにいてくれ……。僕から、離れないで……」

 言葉通りにコンラッドはセブルスの隣へ腰かけ、震える肩にもたれかかった。

「僕はずっと、君の傍にいるよ」

 

 ――校長室。椅子にも座らず、コンラッドは『憂いの篩』を覗き込むダンブルドアを見守る。彼だけでなく、ドリスやボニフェースの母もいた。2人とも落ち着きがなく、不安そうに待っていた。

 やがて顔を上げたダンブルドアは厳かに3人を1人1人、優しい眼差しで見つめた。

「遺言の中身はベッロも見ておらん。従って、今わかるのはコンラッドが読み取った部分だけじゃ。ビアンカ、君の息子は何か話しておらんかったかの?」

 コンラッドは無表情だが、ドリスと同じように絶望している。ビアンカは慄いた状態で首を横に振った。

「……いいえ、……ルクレースなら、もっと知っていたでしょう……。あの息子は……ルクレースに忠実でした……」

 一瞬の沈黙の後。コンラッドは機械的に口を開く。

「……なれば……遺言を読み取りましょう。もう一体の『ホムンクルス』を使って……」

 その提案にダンブルドア以外が息を飲んだ。

 

 ――暖炉の炎へ手紙を放り込み、ドリスは怒り狂っていた。

「培養器を寄こせですって! 今まで散々、放っておいたくせに!」

「ドリス、そう短気を起こすな。ダンブルドアはフラメル氏よりも、ノウハウを持つその……誰っけ、トート? に頼んだほうがいいと判断したんだろう? むしろ、マルフォイの連中から遠ざけられるじゃないか」

 ディーダラスに諌められても、ドリスは鼻息を荒くしている。

「僕もその国へ行く。『ホムンクルス』を他人に任せっきりには出来ない」

「コンラッド、この国を出るつもり!? それなら、セブルスも連れて……」

 慌てるドリスにコンラッドは静かに頭を振う。

「僕と行くにはセブルスは『死喰い人』として闇の帝王に忠誠を誓いすぎている。説得するにしても……彼は僕と行くよりも……なんでもない」

 最後だけ言葉を濁したコンラッドに、ドリスとディーダラスは何も言えなかった。

 

 ――ホグズミード村への道。リリーとジェームズが手を取り、歩いている。

「リリー」

 コンラッドに呼ばれたリリーは振り返り、ジェームズはあからさまに嫌な顔をした。

「後から行くわ。先に行ってて」

 ジェームズを宥め、リリーはわざわざコンラッドまで駆け寄った。

「ひとつ、頼まれて欲しいんだ。あの男と結婚するな」

 囁かれた頼みにリリーは驚きすぎて声を失う。

「どうして……」

「君が死ぬからだ」

 淡々と告げられ、青褪めたリリーはコンラッドの考えを読み解こうと凝視する。

 この時には、コンラッドはヴォルデモートを滅ばす「ポッター」とは、リリーとジェームズの間に生まれる子供だと絶対的な確信を持っていた。

「勘違いしないで貰いたいが、僕らじゃない。だが、あの男と結婚すれば、もう君を助けられない」

 曖昧だが、リリーは言葉に込められた意味を理解した様子だ。困惑も迷いもなく、真っ直ぐ、コンラッドを見返した。

「それでも私が選んだ道だもの」

「――残念だ。君の事は出すぎなければ、嫌いではなかったよ」

 覚悟を決めた緑の瞳へ紫の瞳は確かな憎悪を向けた。

 

 ――池の上に浮かんだ家、コンラッドの家と全く同じ建築。元はそうやって森に護られていたのだろう。

「貴方は連れて行けない。でも、必ず、私達と連絡の取れる場所にいて頂戴。さようなら、ベッロ」

 荷造りを済ませたドリスはベッロに惜しむように別れを告げる。家に向け大きく杖を振るい、『姿くらまし』した。

 ベッロはそのまま、居座る。この葉や木の枝で作った心地よい寝床で過ごしながら、幾日か経った頃だろう。家が燃え始めた。

 家そのものを炎に包まれた瞬間、『姿現わし』の音が次々と弾けた。

「コンラッド!?」

 若きマルフォイ夫妻とレストレンジ夫妻、そして、セブルスだ。惨状に驚き、ナルシッサは平静を失って燃え盛る家へ突入して行った。

「おやめ、シシー!?」

 血相を変えたベラトリックスとルシウスも彼女へ続き、セブルスとロドルファスは杖から放水して消火活動に当たったが、火の勢いは消えなかった。

 ナルシッサは衣服を少し焦がした状態で助け出されたが、家の残骸は魔法を失ったように池の中へと沈んで行った。

「まさかと思うが、ベラトリックス……」

「私を疑うかえ! いくらなんでも、シシーのお気に入りに手を出すもんか!!」

 3人の男から疑いの眼差しを向けられたベラトリックスは心底、心外だと怒鳴り散らした。

「これだけしか……持ち出せなかった。……皆、燃えてしまった……」

 夫の腕に抱かれたナルシッサは大事そうに一枚の写真を抱えていた。

 

 ――夜更けの丘にセブルスとダンブルドアは立つ。敵を見る目つきの相手に地面へ両手と膝を付いてまで、懇願していた。

「あの方はリリー=エバンズだとお考えだ!」

「予言は女性には触れておらぬ。7月末に生まれる男の子の話じゃ」

 ダンブルドアはヴォルデモートにリリーの身だけでも救うように頼んでみてはと皮肉っぽく言い放つ。セブルスが既に願って、断られたと正直に話せば、侮蔑を返した。

「お願いです。彼女を隠して下さい」

「リリーの夫と子供が死んでもいいと言うのか?」

 降り注ぐ冷たい声にセブルスは身を竦ませ、平伏した。

「それでは、全員を隠して下さい。彼女を安全に」

「良かろう。その代わり、君はわしに何をくれるんじゃ、セブルス?」

 予想外だったらしく、セブルスは呆気に取られてダンブルドアを見上げる。長いようで短い沈黙の後、顔を逸らさず、覚悟を決めて答えた。

「何なりと」

 

 ――寝台の上に横たわるビアンカは痩せ細り、病に倒れていると一目瞭然。サイドテーブルには赤ん坊、自転車に曲がり、ランドセルを背負う数々のクローディアの写真がいくつも並べられている。

 ハグリッドが泣きながら、ドリスと部屋を後にする。入れ違いでとダンブルドアが現れた。

「貴方に全て、任せてしまう……」

「ビアンカ、君は成すべき事を全て果たした。もう休んで良いのじゃ」

 弱り切った病人にダンブルドアは優しい声色で答えた。

「……ハリー=ポッターに伝えて……ごめんなさいと」

「伝えようぞ。必ず」

 ダンブルドアが骨のように細い手を握り、約束した瞬間、ビアンカは息絶えた。

 

 ――『漏れ鍋』の客室、クローディアはベッロと出会った。

 

 ――荷物と一緒に待つベッロを『太った修道士』や『血みどろ男爵』達がそろりと近寄る。

「お帰り、ベッロ」

 

 ――連行されるクィレルを先生方が見送り、やがて、ダンブルドアとスネイプの2人だけになる。

「校長。最近、コンラッドからは便りありましたか?」

「いいや、何一つとして。君にはあったのかね?」

 その質問に首を振って答えた。

 

 ――『秘密の部屋』。ボニフェースの死を聞き、トムは哀惜の涙を流した。

 

 ――コンラッドは椅子に座り、トトはキレ気味だ。

「人狼に『解呪薬』を与えよと? オリジナルでないにせよ、それでも手間暇がかかるんじゃよ。ワシは嫌じゃ」

「彼に会ってから、決めるといい。それでも嫌なら、諦めよう」

 

 ――湖の中を祈沙ははしゃぎながら、歩く。しかし、墓標の代わりの魚を感慨深い面持ちで眺めた。

「やはり……石化中の成長は完全に止まっていました。その分、遺言を読むのは遅くなります」

 そんな妻を見ながら、コンラッドは口元を隠してダンブルドアへ耳打ちする。

「クローディアが石化された時から、分かっておった事じゃ。ホラスに調べさせるまでもなかったじゃろうに」

 全く動じぬダンブルドアに対し、コンラッドの口元が皮肉っぽく曲がる。

「随分と余裕でいらっしゃいますね、ダンブルドア。私はずっと、待ち続けたというのに」

「可愛らしい奥方じゃな。君にしては良き縁に恵まれたのお」

 そちらのほうが重要と言わんばかりにダンブルドアは目元を優しく細めた。

「……お養父さんが闇の帝王を倒させろとせがんでおります。任されて見ますか?」

「冗談にしては笑えんわい。トトの役目は決まっておる。それ以上は決して望まぬ。そうお伝え下され」

 表情も口調も変わらないのに、強い警告に聞こえた。

 

 ――クリーチャーから差し出されたロケットをコンラッドは受け取る。横から覗き込んだ祈沙が深刻そうに『分霊箱』を眺めて、口を開いた。

〔なんだが、生きているみたいさ。本当に意思があるなら、私が説得したいさ〕

〔……意思どころか、魂がある。説得どころか、君の体を乗っ取られるのがオチだよ〕

 冷やかに言い放つコンラッドは薄ら笑う。それでも、祈沙は真剣な顔つきでロケットを指で突いた。

〔だったら、勝負さ。私が勝ったら、ジャンプ方式で仲間になってもらうさ。私が負けたら、私の体をあげるさ〕

 てっきり、コンラッドは引き留めるだろうと思った。

〔……わかった。そこまで言うなら、君に任せよう〕

 任された祈沙は笑顔でロケットを受け取った。

「破壊の方法がわかるまで、妻に預けておく」

 本心かわからぬ建前をクリーチャーに告げた。

 

 ――校長室。ダンブルドアは椅子に座り、セブルスはただ立ち尽くす。

「貴方が一年以内に死ぬとは……どういう意味でしょう?」

 それは質問と言うより、確認に聞こえた。

「ヴォルデモート卿がわしの周りに巡らしておる計画のことじゃ。哀れなマルフォイ少年に命じた計画」

「狙われているのはコンラッドの娘です。貴方ではない」

 これも否定よりも確認だ。

「あの子が死ねば、ベッロは怒り狂うじゃろう。その怒りを受けるのは他ならぬ、わしでなければならない」

 耳を疑う計画に愕然とし、セブルスは足の力を失って椅子へ座り込んだ。

「貴方は……あの子を見殺しにするおつもりですか? コンラッドは……あの子の母親は……」

「コンラッドは別の問題を抱えておる。あの子に関し、全てわしに任されておる」

 セブルスは火が付いたように顔を上げ、机に拳を叩きつけた。

「娘が殺されようとしている以上の問題があるものか!」

 この場にいないコンラッドにセブルスは怒っている。感情を爆発させた後、殴った机に両手を置き、その額を押し付けた。

「隠して下さい……あの子を……。どうか……」

 その懇願はかつての姿によく似ていた。

「あの子が隠れれば、任務失敗と見做されるじゃろう」

「……ドラコは……あの子を殺せません」

 ダンブルドアは頷く。

「君がやるんじゃ」

 鼓動の仕方を忘れたようにセブルスは静かに呼吸すらも微弱になった。

「君がやらなければ、クローディアは惨たらしい死を迎えてしまう。君以外にあの子を苦しませないという選択をする者はいまい」

 石化したように沈黙したセブルスは糸が切れたようにガクンッと項垂れ、頭の上で祈るように手を組んだ。

「君はヴォルデモート卿に示さなければなるまい。かつての親友の娘すら、手にかけられる忠誠を」

 言葉の追い討ちをかけるダンブルドアこそが辛そうに目を細めていた。

 

 ――校長室を後にするハリ―をダンブルドアは満足げ見送り、ベッロは校長の机の下から這い出て来た。

「待たせたのう、ベッロ。今日の授業はだけどうしても、君に聞いていて貰いたかったのじゃ」

 屈んでベッロを抱き上げ、ダンブドアは椅子へ座る。

「わしの死後、君にはこれまで以上の苦労をかけるじゃろう。それにひとつ、ハリーへの伝言を加えさせておくれ。ただし、最後の最後まで教えてはならん」

 首を傾げても、ベッロはダンブルドアから顔を逸らさない。『蛇語』を使わないのは、この記憶を第三者へ見せる為だ。

「少なくとも、ハリーのほうから君の前に現れた時じゃ。その頃なら、おそらく、大丈夫だじゃろう」

 ダンブルドアの深呼吸から緊張を感じ、ベッロも身を固くした。

 推察通り、ハリーはヴォルデモートの『分霊箱』であった。

 彼の魂に付着したままでは、闇の帝王は滅ぼせない。ヴォルデモートの手によって、ハリーは殺されなければならない。

「この事はわしの知る限り、君とセブルスしか知らん。ハリーは彼を憎むじゃろう。その姿を見るだけで湧き起る衝動を止められはせん。故に君が伝えておくれ」

 ベッロは不安そうに俯き加減になる。ハリーから現われる確信がないからだ。

「ヴォルデモート卿は己が手にした杖に満足できず、本領を発揮させんと以前の所有者であったわしを殺した者を求める。つまり、君じゃ。その感覚は必ず、ハリーも気づかぬ内に流れ込むじゃろう。そして、どんなに時間がかかろうと君へと導く」

 鳴き声がした。宿り木のフォークスがいたと今更、気づいた。

「君へと導かれたなら、ハリーは順調という事じゃよ」

 

 ――地下の研究室。薄く消えそうな牝鹿が銀色に輝き、セブルスに寄り添う。ベッロの立てた音に杖を振って、輝きを消した。

 蛇の登場に驚かず、また勝手に膝へ乗るのも許した。

「いよいよ、明日だ。ベッロ……お互い……酷い主人を持ったものだ……」

 沈痛な面持ちで、セブルスは目を伏せる。ベッロはその瞼を慰めるように尻尾の先で撫でた。

 

 ――孔雀の納屋、ドラコは服の汚れも気にせず、地べたへ座り込む。その隣にいるベッロは口に製造年月日が動く偽金貨を銜えていた。

「ルーナ=ラブグッドを捕まえた。地下室にいる」

 動じて痙攣するベッロの鱗に触れ、ドラコは何気なく呟いた。

「あいつと逃げたいなら、行けよ。僕は止めない」

 鱗に触れた手へベッロの尻尾は重ねて置く。まだ此処を離れないと返事をしているように見えた。

 

 ウォーリーは体の浮かぶような感覚に襲われた。

 かと思いきや、視界に波紋が広がる。その波紋は今まで見て来た光景を逆再生していく。ウォーリーが困惑するより先に、倒れ伏したボニフェースの手をトムが握った場面で一時停止した。

「何これ……?」

 ようやく口が動かせる。周囲を見渡しても、風もなく、木の葉すら動かない。一枚の写真に閉じ込められた気分だ。

 背後で動き気配を感じ、背筋が凍りつく。そこには2人と一匹しかいないはずだ。

 竦んだ心臓が慄いて脈打ちを速くし、必死に体へ命令してゆっくりと振り返る。ボニフェースが両手足を地面につけ、眠りから覚めたように起き上ったのだ。

 場面が動いたのではない。トムもベッロも身動き一つしない。死んだはずの彼だけがウォーリーに笑いかけた。

「よお、俺の孫! 初めまして!」

 血濡れた姿でボニフェースは快活に笑い、手を振って挨拶した。

 死体が喋ったとしか言いようのない光景に一瞬、ゾッとする。だが、脳髄の一部は冷静に働く。ウォーリーはこれまでの経験から直感的に閃いた。

「あんた、幽霊か……。ずっと、ベッロの中に……」

「ぶー、残念でした。俺は幽霊じゃありませんー。そもそも、挨拶されたのに返さないのは礼儀に反するんじゃありませんかねえ?」

 声の怯えを誤魔化さず、必死に出した結論をボニフェースは即決に否定した。

 両腕を交差させて「×」を作り、いじけた口調に湧き起っていた恐怖や僅かな感動も何も吹き飛んだ。

 むしろ、イラッとした。

「初めまして……ウォー……、クローディアです。お祖父ちゃん」

 ここではあえて、クローディアと名乗る。ボニフェースが孫と呼ぶならば、コンラッドの付けた名を教えたかった。

 途端にボニフェースは目を輝かせ、感激に口元を手で大げさに覆う。

「お祖父ちゃんだって……俺、お祖父ちゃんって呼ばれた……」

「話、進めろ。あんたが幽霊じゃないなら、前にハリーが会ったっていうヴォルデモートの未練か?」

 埒が明かず、ウォーリーは失礼を承知で冷淡に告げる。一刻も早く、ハリーと合流したいのだ。

 わざとらしく目を瞬いたボニフェースは動かないトムを一瞥し、自分の体を触る。瑞々しく着いていた血を消した。

 ウォーリーが血に怯えていると察したのだろう。

「似たようなもんかな。あいつが生み出した俺も今の俺も、肖像画みたいなもんだ。本人みたいに喋っているだけだ」

 つまり、肖像画のようにベッロを額縁にして、死んだ後から今までの出来事も全てを見ていた。だから、生前にも会えなかった孫の存在もわかる。名乗りの意味はなかった。

 けど、名乗れて良かったという達成感がじわじわと胸に滲んでくる。ウォーリーは彼に会いたかったと気づいた。

 ハグリッドにその存在を教えて貰った冬の日から、ずっと会いたかった。

「んで、俺がなんで出て来たかっていうとだな。クローディア、おまえの……いや俺とおまえの魂の話をする為だ」

 自分もまた肉体は『ホムンクルス』だが、魂は目の前にいる彼の『分霊箱』かと勝手に思い、ゾッとした。

「まずは考えて欲しい。俺が何故、幽霊としてこの世に残らなかったのか」

 深刻な表情になり、ボニフェースは自らの胸元に手を置く。

「……ダンブルドアやお父さんに後を任せられると思ったんだろう。少なくとも、死んだ直後は……だから、逝ってしまえたんだろう?」

 年老いたベンジャミンが自分を殺しに来る。その瞬間がいつ訪れてもいいように、様々な形で情報や絆を遺して行った。

 ボニフェースは眉ひとつ動かさず、胸元に当てた指先だけを動かす。何の躊躇いも迷いもなく、答えた。

「俺に魂はない。だから、選びようがなかった」

 脳髄の奥が焼ける感覚、視界の現実味を遠退かせた。

「……未来から来たからか? あのベンジャミンもそうだって?」

 可能性を言葉にするウォーリーは何とも言えぬ感情に声が震え、ボニフェースは頭を振って深刻に否定した。

「ベンジャミンは死んだじゃない。消されたんだ。そもそも、スクイブは残れない。魔法を持つ者なら、マグル生まれでも選べる。だが、魔法族でもスクイブは選ぶ権利もなくす。これは確かだ」

 初めてボニフェースは悲しげに眉を寄せ、背の傷に触れる。彼は自分を殺した相手も憐れんでいた。

「俺に魂はなかった。これが『ホムンクルス』だからなのか、時間を超えて来た異物だからか、俺にもわからない。きっと、俺は自意識を確立した肖像画なんだ。オリジナルの御先祖さまより、悪質だろうぜ」

 御先祖じゃなく、大伯父だろうというツッコミを入れる余裕はない。

「違う、あるんだ。ないはずない! もしも、自分が物だって言うなら、余計にある! 九十九神って言って、物にも魂は宿るんだ! だから、何が言いたいかって言うと……」

 空気を求め、ウォーリーは必死に訴える。自分の魂の有無よりも、祖父の魂の存在を信じるが故にだ。

 ボニフェースは訴えの意味を理解し、身を屈めて目線を合わせる。何も言わず、続きを待ってくれた。

 ガーネットとは違う輝きのある赤い瞳は、ハグリッドの言う通りに太陽のように暖かい。

「きっと、逝ってしまえたんだ」

 それは願いだ。

 逝こうが残ろうが、大事なのは自分の意思で選択する。ずっと、ウォーリーが自分の意思を貫き通して来たように、ボニフェースもまた選んだのだ。

 選んだ先に後悔があっても、嘆くのはその時でいい。

「おまえの魂に関しては、死ぬ時でないとわからない。俺はそれを教えたかっただけだ。いつか、おまえはアグリッパの記憶を見に来るだろうからよ。この状況は予想外だった……もっと先だと思ってたぜ」

 ウォーリーと視線を絡めても、その瞳は遠くの未来を眺めている。きっと、ヴォルデモートも倒した後、ハリーの髪が白髪になった頃、老いが訪れたベッロから受け取らせるつもりだったのだろう。

 つくづく、彼は先の事を見据えてそれに備え続けた。

「先よりも、今を見てくれ。ハリーは今、苦しんでいる。スネイプ先生も、いろんな人がヴォルデモートのせいで……こんな事になる前に、どうして、トム=リドルを倒さなかったんだ?」

 ウォーリーは自分の口から発せられたで残酷な質問に驚く。何の情はなく、ただ情報を確認しているだけだと実感した。

「いいや、俺はトムを倒した。けど……それは間違いだった。だから、やり直した」

 重い口調は後悔を含め、閉じた瞼は間違いと判断した光景を思い返していた。

「は?」

 しかし、理解の範疇を越えた事実をすんなり受け入れる程、ウォーリーの心は広くない。寧ろ、限界だ。耳を疑い、思わず、変な声が出た。

 やり直したと言う意味が比喩的な意味でないなら、言葉通りならば、ボニフェースもまた時を遡った。

「……やり直したって……。過去に戻るなんて、『逆転時計』でタイムスリップするしかないはずだ」

 ベンジャミンの例を知っていながら、『逆転時計』を使うはずはない。ボニフェースがそんな愚かな決断を下すと思えなかった。

「『逆転時計』は使ってねえよ」

 その一言に安心したのも束の間。

「タイプリープしたんだ」

 急にあっけらかんと言い放つ。箒に乗れないから、飛行機に乗りましたと言わんばかりの軽い口調にウォーリは今度こそ、眩暈を起こした。

「……タイムリープできるなら、何故、殺された?」

「そこが不思議なんだよなあ。一回しか成功しなかったんだぜ。何が違うんだろうなあ?」

 ボニフェースは首を傾げ、本気で悩んでいた。

 彼ならば、『ガンプの元素変容の法則』の5つの主たる例外を無視して食べ物も魔法で作り出せるだろう。脳髄が平静を取り戻さんと思考まで狂って来た。

 眉間のシワをウォーリーは指先で解し、余計な思考を切り捨てる。優先すべき事項を即座に纏めた。

「あんたがヴォルデモートを倒すのは間違い……わかった。あいつはハリーが倒す。それが終わったら、お父さんとお母さんを連れて来る。だから、会ってくれ」

 結局、孫としての我儘が先に出て来た。

「悪い……それは出来ねえ。俺と話せているのはあくまでも、俺達が同じだからだ。この記憶を見ても、誰とも話せないぜ」

 それこそが自らに課した贖罪であるように告げた。

 まだ何も終わっていないのにウォーリーは感傷的になり、心に落ちた悲しみの滴に逆らわず、唇を噛む。この祖父と両親が会う姿を望むのは、当然の権利だ。

 他にも、ボニフェースを紹介したい人々は大勢いる。きっと、ヴォルデモートも会いたいはずだ。

 2人が出会えれば、『分霊箱』の魔法も終わるかもしれない。なのに、叶わない。この出会いさえも魔法による残酷な悪戯に思えて来た。

「これ以上は時間の無駄だ。皆の所へ帰る」

 宣言してから、ウォーリーは『憂いの篩』を顔を上げようとしても、何も起こらない。原因のボニフェースは残念そうに溜息を付いた。

「時間は気にするなって言いたいけど、もうお別れらしい。俺に会いたくなったら、また来いよ」

 また会える。と言いながら、その穏やかな表情に覚えがある。ダンブルドアに扮したトトを最後に見た時とよく似ていた。

 此処から出れば、二度と会えない。ボニフェースは永遠の別れを覚悟しているが、それを口にしたくない様子だ。

「いいや、これで別れだ。さようなら、お祖父ちゃん」

 だから、ウォーリーから別れを告げた。

「……ああ、さようなら」

 目を瞬いたボニフェースはウォーリーに考えを見抜かれていると気づき、申し訳なさそうに眉を寄せて笑い返した。

 掌を見せるように差し出される。きっと、それが校長室へ帰る手段だと思い、迷わずに手を取る。初めて触れた祖父の手は安心させる触り心地だった。

「お祖父ちゃんからの最初で最後の贈り物、『憂いの篩』に顔を入れた時間まで返してやるぜ。それ以上は戻せないからな」

 返事をする前、ウォーリーは自分の体が覆う浮遊感と共に意識を飛ばした。

 

 水盆から顔を離し、周囲を見渡す。確かに『憂い』に触れていたが、顔も髪も濡れていない。

「怖気づいたか?」

 ナイジェラスがせせら笑う。ウォーリーは確かに戻ってきた実感を得て、彼へと振り返った。

「いいえ、お祖父ちゃんがこの時間に返してくれました」

 言葉の意味を理解せんと歴代の校長達がお互い顔を見合わせるが、ダンブルドアだけは微笑む。

「そうか……ボニフェースめ。そういうことであったか……」

 ダンブルドアの肖像画を見上げ、ウォーリーは自然と頷く。床に落ちたグリフィンドールの模造刀を拾い上げた。

「ダンブルドア、ひとつだけ教えてください。本当に貴方からハリーに教える事はないのでしょうか?」

「わしの見込みどおりのハリーならば、わかっているはずじゃ」

 今宵の月は美しいと誉め称えるのと同じ響きだ。その響きの意味を理解し、ウォーリーは偉大なる校長の肖像画へ一礼して、急かす足の命じるままに校長室から飛び出した。

 

 螺旋階段を下り、廊下へ飛び出す。ガーゴイル像により、校長室への階段が塞がれた。

「こんばんは……貴女が伝言のお仲間ですかな?」

 風に吹かれた煙のように『ほとんど首なしニック』は現れ、見慣れぬウォーリーへ挨拶してきた。

 面倒見の良くどの生徒にも親しみを込めて接するが、今の『ほとんど首なしニック』は正体不明の部外者を笑顔で警戒する。模造刀とはいえ、剣を持つ相手には当然の対応だ。

 ウォーリーは剣を鞄へ片付け、一礼して答えた。

「こんばんは、私の名はウォーリー。サー・ニコラス、ハリーからの伝言をありがとう。計画は順調ですか?」

「勿論ですとも。さあ、私に着いて来て下さい」

 挨拶を欠かさず、礼儀に乗っ取って名乗る。そして、彼をサー・ニコラスと呼んだ事で警戒は解かれた様子だ。

 『ほとんど首なしニック』を追う。外では騒動は治まり、自分の足音以外、聞こえぬ程の不気味な静けさは荒れ狂う嵐の前兆。

 そう意識した途端、脈拍が耳触りに騒ぎ出した。

(早く……ハリーに伝えないと……)

 案内されたのは意外にも『嘆きのマートル』の住処であるお手洗い。手洗い場が設置されているはずの場所に穴が開いていた。

「……早かったね」

 『嘆きのマートル』と話し込んでいたらしく、ハリーは少し驚いて見せる。2人きりを邪魔され、彼女は『ほとんど首なしニック』さえ、邪魔者のような視線をぶつけた。

「コリン達は脱出した」

 ハリーは遠慮せず、成功を伝える。コリン、クラッブ、ゴイルを含めた生徒達は厨房の『屋敷妖精』達と共に『姿くらまし』した。

「クィレルには逃げられたけど、ジュリアは捕まえて『トロフィー室』にいる。ビンズ先生と『灰色のレディ』、それに『太った修道士』が見張ってくれている」

 幽霊に見張られているなら、ジュリアは安全だろう。確認する必要はない。

「それでハーマイオニーとロンは?」

「バジリスクの牙を取りに行ったよ。城に来たなら、もう一本を持っていてもいいだろうってね」

 もう一本という言葉で、ウォーリーはガマグチ鞄から模造刀を取り出す。ハリーは剣に驚いた。

「ドラコが返してくれた」

 ドラコの名を聞き、ハリーは納得して模造刀を受け取った。

「ベッロは何を伝えたかったの?」

 緊張した声はハリーよりもウォーリーの臓物を震わせる。一瞬、目を閉じる。今、見て来たベッロの『憂い』を頭に浮かべた。

「ハリーがわかっている事だ」

 今、伝えるべき事だけを口にする。

 『ほとんど首なしニック』と『嘆きのマートル』は意味不明と首を傾げても、ハリーには十二分に伝わった。

 彼は天井を仰ぐ。自らの気配を断ったように存在感がない。『閉心術』で心を完全に閉じている。自分の正体に対し、これからすべき行動を纏めているのだ。

「……僕はずっと、僕がヴォルデモートを倒さなければと思っていた……。でも、そうじゃない……」

 低く小さい声から、ゾッとする覚悟を感じる。

「ピエルトータム ロコモーター! (すべての石よ、動け!)」

 ウォーリーがハリーへ聞き返す前に、マクゴナガルの叫びを耳にする。声量からして、この階ではない。何かが動き出したらしく、地響きがする。よくよく耳を澄ませば、複数の足音が城のあちこちで聞こえた。

 まさか、城の壁に彫り込まれた甲冑像が動き出したなど、想像もできなかった。

 ジャラジャラとした鎖の音もだ。

「連れて来た」

 『血みどろ男爵』はそう告げ、傍らで怯えるピーブズを指差した。

「ありがとう、男爵。ピーブズ、君はポルターガイストだ。壁の中にあるパイプを動かせる?」

 ピーブズは『血みどろ男爵』の顔色を窺いながら、否定した。

「城に取り付けられた物は動かせない。しかし……パイプを動かしたいなら、壁を取り除けばどうにか……」

 しどろもどろに答えるピーブズを『血みどろ男爵』は無言に威圧し、ハリーは特に落胆も見せず、問題用紙を睨むような表情だった。

「ハリー……クィレルの事務所には行かないのか?」

 口にしながら、ウォーリーは愚問を悟る。ハリーのこれからの作戦にハッフルパフのカップさえも織り込み済みなのだ。

 洗面台の穴から、風を切る音がしたかと思えば、スノーボードに乗ったハーマイオニーとロンが返ってきた。

 2人の手には抜かれたばかりのバジリスクの牙がある。ハリーは待ち焦がれたように、鷹揚に頷いて見せた。

「僕はヴォルデモートに一騎打ちを申し込む」

 用意された台詞を舌に乗せた口調。こんな状況でありえない宣言をされ、ウォーリーは青褪める。吃驚したハーマイオニーはロンをスノーボードから落とした。

 




閲覧ありがとうございました。
ベッロは人に知られず、大切な場面を見つめ続けた。

ベンジャミンは「タイムスリップできなければ、タイムリープすればいい」という思考の持ち主です。

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