こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
ドラゴンをペットにしたら、必要なのは餌と土地。

追記:17年3月4日、誤字報告により修正しました。


13.ノーバート

 無事に迎えたかと思われた復活祭の休暇は、これまで見たことない量の宿題が出された。

 食事以外は談話室、図書館で勉強三昧になり、クローディアはハーマイオニーとの時間が完全に断たれた。

 クィディッチ選手は練習もあるため、チョウやロジャーは更に時間を削られている。

 今日は今日とて、図書館に入り浸りクローディアはパドマ、リサと宿題をひとつずつ片付けていく。しかし、宿題の数に目を向ければ終わる気がしない。それに、この時期は図書館が凄まじく混む。長時間の利用は出来ない。参考書や辞典も重要な書物は数があるので、貸出争奪戦だ。

 今日の分に目途を立て、クローディアは各棚から拝借した本を返しに行く。パドマとリサも急いで机の筆記用具を片付けた。

 魔法生物の棚を通る時、ハグリッドがクローディアに声をかけてきた。何故か彼は【ドラゴンの基本飼育】などの本を数冊抱えていた。

「ちょいと、頼みがあるんだが。ベッロを虫籠ごと貸しちゃくれねえか?」

「ベッロを預かりたいさ?」

 ハグリッドからの珍しい頼み事に一瞬、クローディアは思案する。この頃、ベッロを散歩にも碌に行かせていない。そのせいで、ベッロが勝手に抜け出して何処かに行ってしまうことが相次いだ。酷い時は、クィレルの事務所に侵入しようとしたところをスネイプに見られ、罰則を受けるはめになった。

 別に引き渡すのでなく、一時的に預けるだけなら、問題はない。

「うん、ハグリッド。ベッロと遊んであげて欲しいさ」

「よっしゃ。後で俺んところ、来い」

 浮かれた足取りでハグリッドが去る姿を偶然、勉強していたハリーとロンが見ていた。

 寮への帰り道、パドマとリサにハグリッドの提案を伝えた。パドマはすごく嫌そうな顔をしたが、リサに説得されて仕方なく納得した。

 

 ベッロを虫籠に入れたクローディアは、ハグリッドの家を訪れてみて驚く。夜でもないのにカーテンが締め切られていた。約束を間違えたかと考え込んでいると誰かに肩を叩かれた。

「クローディア、僕たちだよ」

 突然、後ろからハリーの声がした。しかし、クローディアが振り返っても姿がない。気のせいかと思った時、ハーマイオニー、ハリー、ロンが布を捲ったように現れた。見えない布の裏面は、色彩の良い銀色で毛布のように大きい。

「もしかしなくて、それって布さ? それで隠れてたさ?」

「そうだよ。これ『透明マント』っていうんだよ。クリスマスの時に貰ったんだ」

「すげえ珍しいものなんだぜ」

 ハリーの代わりにロンが『透明マント』を自慢した。誰だか知らないが、随分と良い物を贈られたものだ。『ニンバス2000』の時といい、大人はハリーに甘過ぎる。

 しかし、『透明マント』を彼に与えては危険だ。微かな胸騒ぎが起こり、クローディアはハリーを睨まない程度に見つめる。

「次から私の了解を得てから、そのマントを使って欲しいさ」

「ハリーのマントなのに、なんで君の許可がいるの?」

 文句を言うロンにクローディアは説明しようとした。しかし、家の前が騒がし過ぎたのかハグリッドは慌てて、4人を引き込んだ。

 この国では、初夏の季節に入ろうという時期に暖炉に薪が焚かれ、室内はサウナのように蒸されていた。あまりの空気に4人は、ローブを脱いだ。耐えられないのは、ベッロも同じなのか虫籠が揺れている。

 ハグリッドなど髭や髪が、汗で一回り縮んでいた。普段と違い森番は、ハリーをあしらうような態度で叱った。

「俺はクローディアに用があったんだぞ。なんで着いてきた? さあ、帰れ」

「どうしたの、ハグリッド? そんなに怒ることなの?」

 切なげに眉を寄せるハリーが疑問を小さく口にする。ハーマイオニーも知りたそうに首を伸ばしてハグリッドを見上げた。

「ベッロを預けるだけなんだからさ。皆で来てもいいさ」

 クローディアに窘められ、不服そうにハグリットは髭の中で溜息をつく。

「仕方ねえ。本当はクローディアにだけ教えるつもりだったが……」

 ハグリッドが暖炉に火をくべた時、ロンが炎の中にある黒い卵に気付いた。

「ハグリッド……それ……、まさか……」

 まるでこれから誰かに叱られそうな表情でロンが呻く。反対にハグリッドは満面の笑みで頷いた。

「こいつは、パブで旅人から貰ったドラゴンの卵だ」

「「「えええええええええ!!」」」

 仰天した3人は、ドラゴンの卵を近くで見ようと暖炉に近寄る。

「本で見る限りじゃ、この卵はノルウェー・リッジバックという種類らしい。この種は特に珍しいだ」

 ダチョウの卵より大きく、ガラスよりも光沢のある殻。この中に雄々しくも猛々しいことで有名なドラゴンの生命が宿っている。

 感動する3人と違い、ロンは激しく首を横に振る。

「ドラゴンを飼っちゃいけないんだ! 見つかったら、学校を辞めさせられちゃうぞ!」

「見つかんねえよ。その為のあの虫籠だ」

 クローディアの手にある虫籠をハグリッドが指差した時、暑さに耐えかねたベッロが飛びだした。吐き気を抑え込むようなベッロは、涼しさを求めて戸口の外へと逃げて行った。

 ハーマイオニーが顔を顰めた。

「あの虫籠にドラゴンを隠す気なの?」

「ドラゴンって、すぐ大きくなるよ。あんな虫籠じゃ無理だよ」

 ロンが呟くと、ハグリッドが得意げに虫籠を手にした。おもむろに虫籠の蓋を開き、ハグリッドの巨体がすっぽりと納まり、内側から蓋をした。勿論、虫籠は壊れるどころか、当たり前のようにそこにある。

〔ありゃりゃ〕

 4人とも、驚きすぎて反応で出来ない。

 やがて、虫籠から物音がする。蓋が開き、ハグリッドがさも当然と出てきた。

「その様子じゃ、誰も知らんかったのか? こいつの中は入る奴の大きさに合わせられるっていう代物だ」

 珍しく悪戯っぽく笑うハグリッドにクローディアは、苦笑を返す以外思いつかなかった。

 

 心痛のあまりロンは、中庭のベンチに座り込んだ。

「石といいドラゴンといい、規則破りなことばっかりだ」

 魔法界において、個人によるドラゴンの飼育は法律違反である。彼らの気性は荒く、巨大な体躯に成長する。ひとつの家庭では確実に手に負えなくなる。そして、そんなドラゴンがマグルの目から隠しきれるはずもない。

「ハグリッドは、前々からドラゴンを飼いたいって言ってたもん。後は僕らで上手く隠すしかないね」

 優しくハリーがロンの肩を撫でる。

「あの虫籠って蛇用じゃなかったのね」

「入学のときにも、何も言われなかったさ」

 ハーマイオニーに答えてから、クローディアは空を見上げる。

 短い春が終わり、初夏の訪れを報せるために雲を晴らせていた。

(日本だと、入学とかなんだろうさ)

 不意に去年の小学校の卒業式が脳裏を掠める。懐かしく、恋しい気持ちが胸に湧く。

 小学校の頃。バスケ大好き人間のクローディアは、放課後に日が暮れても男友達を巻き込んで試合していた。その度に、帰宅が遅いと叱責を受けた。どれだけ責められてもその習慣は抜けなかった。努力の甲斐あって、小学校生の地区大会では、常連で優勝した。

 その活躍で、男友達の何人かは中学のバスケ部でレギュラーに選抜され、それに見合う活躍をしていると、母から知らされている。

(バスケもやめたから、髪も切ってないさ)

 肩に流れる髪に触り、長さを確かめる。

(この学校にも、バスケ部があればいいさ。そうすれば、もっと勉強頑張れるさ)

 元々、勤勉ではないクローディアはこの環境に疲労の色が見えてきた。楽しい反面、辛いこともある。『魔法薬学』の授業が最もそうだ。スネイプの態度は日を増す毎に厳しくなっていく。

「髪がどうかしたの?」

 心配そうに覗きこんでくるハーマイオニーを見た途端、クローディアは安らかな気持ちになる。彼女と一緒ならば、頑張れる。

「髪切ろうかと思っただけさ」

「勿体な~い。伸ばせばいいのに」

 そんな他愛ない会話をしている間、ロンの体調が僅かに良くなった。

「いざとなれば、チャーリー兄さんに頼もうかな? ルーマニアでドラゴンの研究をしているから」

 きっと、ハグリッドは承知しないと誰もが思った。

 

 

 休暇を終えても容赦なく出される宿題と、試験の勉強を繰り返す。

 スネイプの脅迫を退けてきたクィレルは、日に日に体調を崩していく。授業中も、ほとんど自習にして椅子に座るだけだ。

 事情を知るクローディア達以外の生徒はただでさえ肩透かしの授業が更に面白みをなくしたとしか思っていなかった。ハリーとロンは授業の度にクィレルを励ます言葉を送っているらしい。

 授業の後、クローディアは生徒が帰ったにも関わらず、椅子から離れないクィレルを眺める。色白い肌は、血色が悪く青ざめていた。

「クィレル先生。ちゃんとご飯、食べてます?」

 クローディアが不安げに問いかける。頭を押さえたクィレルは、無気力な笑みを返した。

「クィレル先生。誰かに相談しては、どうですか? 悩みが……あるなら」

 危うくスネイプのことを口走りそうになり、クローディアはさし触りのない程度に提案する。

「……だ、大丈夫だとも、も、もう行きたまえ」

 眉が僅かに下がったクィレルは、絞るように声を出した。

 それ以上、かけられる言葉が見つからない。クローディアは憐れむ視線を送り、会釈して教室を出ていく。もしも、振り返っていたならば、クィレルが別人の表情で彼女を睨んでいることに気付けただろう。

 

 昼食前のお手洗いに向かうと、浮かない顔をしたハーマイオニーがいた。

「さっき、卵が孵ったわ」

「うそ、マジさ! 見たかったさ!」

 期待に胸を躍らせるクローディアの耳元にハーマイオニーが囁いた。

「ドラゴンが生まれるところ、マルフォイに見られちゃったの」

 ハリー達をこっそり尾行し、ドラコは窓から様子を見ていた。ハグリットが気付いた時、彼は逃げ去った後だという。誕生を喜ぶ気持ちが消え、一気に不安が募る。あのドラコに知られたなら、周囲にバレるのは時間の問題だ。

「いざとなればさ、虫籠、私が預かるさ。小屋を調べられても大丈夫さ」

「でも、ドラゴンは火を噴くのよ。虫籠を燃やされたら、一貫の終わりよ」

 意外な反論に、クローディアは言葉が詰まった。

 クィレルの容態より、目の前のドラゴンを解決しなければならない。ようやくロンの気持を理解したクローディアは、溜息を口の中で殺した。

「なあ、誰にも言わないから教えてくれ。クロックフォードはクィレルが好きか?」

 昼から豪勢にビーフシチューを食べようとしたクローディアは、興味津々の双子の片割れを睨む。

「お~、こわ。なんで俺に対して、そんなに冷たいかねえ」

 苦悩するクィレル、ハグリットのドラゴン、いつ告げ口するかわからないドラコ、次々と問題が起こり、解決の糸口さえ見えない。

 そんな時に聞きたくない質問をされては、愛想も忘れる。

「その前に、どっちか名乗って欲しいさ。フレッド? ジョージ?」

「ジョージだよ。それで? クィレルのこと、どう思っているんだ?」

 クローディアの隣に座り、ジョージの顔が近くなる。

「どうってただの先生さ。優しいところはあるけどさ。『好き』じゃないさ」

 まさか、スネイプに脅されているクィレルが可哀そうだから気にかけているなど言えない。

 煮え切らない答えに、真意を探ろうとジョージはクローディアの顔を覗き込んでくる。負けまいとは彼女、彼とメンチを切りあう。

「クィレルのこと好きだろ? 吐いちまえよ」

「なんで、私がクィレル先生みたいなオジサンを好きになるさ。歳を考えるさ。歳を」

 笑うように鼻から息を吐いたジョージは、舌を鳴らす。

「オジサンは酷いな。俺らと一回りしか変わらねえよ。あの教授」

「一回りも離れたら、立派なオッサンさ。……ん、一回り?」

 きょとんと声をとめたクローディアに、ジョージは頷く。

「そお、俺が4月で14歳だから、そこから考えて28くらい」

 驚いたクローディアは、口の中で噛んでいた肉を吐きそうになった。

(クィレル先生のこと……35前後だと思ってたさ)

 思えば、幼馴染の田沢がクローディアに『おまえの父ちゃん、老け顔!』と喧嘩を売ってきたことがある。欧州人は、アジア系と比べて成長が早いと祖父が教えてくれた。

 まだ同級生や上級生は、個々に成長の差があるので驚かない。しかし、大人の年齢を考えていなかった。

 不意に恐ろしい考えがクローディアの脳裏で主張してくる。

「スネイプ先生って、いくつか知ってるさ?」

「う~ん、確か今年で32歳くらいだったと思うけどな」

 聞いてしまった瞬間、血の気を失いクローディアはスプーンを落とした。

(お父さんと変わんないさ! てっきり40歳ぐらいだと思ってたさ)

 今だけは、とてつもなくスネイプに申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。

「お~い、平気か? もしも~し」

 声をかけてもクローディアは返事をしない。ジョージは溜息をつき、机の向かいに隠れている連中を呼んだ。ひょっこと顔を出したフレッドやリー、グリフィンドール3年生ジャック=スローパーが手を振る。

「とりあえず、『嫌い』ってことにしとく?」

「いやいや、優しい人って言ってるから、『好き』だろ?」

「オッサン呼ばわりしてるから、『嫌い』だって」

「『好き』ではないは、『好き』ってことじゃん」

 色々落胆しているクローディアの頭上で、男子達が口論を始めた。聞くとはなしに聞いていると、彼女がクィレルに好意か嫌悪かで賭けをしている様子だ。

「あんたら、言いたいことはそれだけさ?」

 ドスの効いた低い声を発し、クローディアは杖から火花を散らせる。

 その後、この忙しい時期に4人の男子生徒が医務室に入院した。

 

 クローディアはドラゴンを見るため、時間を無理やり作り、ハグリッドの小屋を訪れるようにした。

 生まれたドラゴンは、ノーバートと名付けられた。コウモリの翼とトカゲに骨が付いたような形で、ミセス・ノリスに負けない出目金だ。ハリーは可愛くないと感想を述べたが、クローディアは心から美しいと思った。

 しかし、それは最初。一週間しか経たないうちに、ノーバートは3倍に成長していた。しかも、ハグリッドはドラゴンに感けて、家畜の面倒を怠りだした。

「ノーバート。よちよち、良い子だなあ」

 初めてペットを飼い、浮かれ喜ぶ子供がそこにいる。三頭犬のフラッフィーと番犬のファングを飼っているはずだし、ハグリッドは十分大人だ。

 小屋の中の片づけは、ベッロがしていた。身体を器用に動かし、散乱した空き瓶を整然と並べ、手箒を銜え、尻尾の先で塵取りを掴んでは、鶏の羽を集める姿は家政婦そのものである。

 知能が発達した蛇だと、改めて感心させられた。

「こいつ、うちのママに送ってもいい? 絶対、喜ぶよ」

 かなり本気の目で、ロンは冗談を言った。

 小屋の掃除や家畜の世話は別として、ノーバートを飼い続ける危険性を4人はハグリッドに訴えた。

 誤って火を噴いて虫籠を燃やしてしまえば、隠す手段は何もなくなる。しかも、何故だがまだ黙っているドラコが公表してしまえば、ハグリッドの身の上さえ危うくなる。

「だけんど、ほっぽり出すなんてことはできん。どうしてもできん。なあノーバート」

 ノーバートを抱きしめているハグリッドに、ロンは呆れた。

「ほっぽりださないよ。僕の兄貴がルーマニアでドラゴンの研究をしているんだ。そこなら安心できるって」

「そうよ。仲間のドラゴンもいるわ」

「だけど、ルーマニアの水が合わなかったら? 仲間に苛められたらどうするんだ?」

 親バカ状態のハグリッドは、嫌々と首を横に振り続ける。

 構わず、ハリーはクローディアに提案した。

「クローディア、この虫籠と同じものを用意できないかな? これなら、すぐに運べるよ」

「ハグリッドが承知したら、すぐにでもお祖母ちゃんに頼むさ」

 うんざりとクローディアはハグリッドを眺め、ハリーは何度目かわからない溜息をついた。

「チャーリーは、ドラゴンに優しいし、世話もしっかりしてくれよ。ノーバートのことも守ってくれるから」

「チャーリーがドラゴン好きなのは、俺もしっちょるが嫌だ!」

 ロンの必死の説得をハグリッドが拒み続けるので、そろそろクローディアの苛立ちが限界を迎える。

 誰もハグリッドを悲しませたいはずもない。寧ろ、助けたい。それだけのことが、今の彼は理解してくれない。

「そういえばさ、マルフォイが前にドラゴンの皮で出来た鞄が欲しいって言ってたさ。もし、ノーバートをマルフォイの自由にしていいってことになったら、とんでもないことになるさ。スネイプ先生は、マルフォイも味方だから、きっと要望を聞くだろうさ」

 不気味に沈黙した後、ハグリッドはノーバートをじっくりと愛おしく眺める。

「……わかった。皆の言うとおりにする。ノーバート、ルーマニアで生きような~」

 やっと同意を口にし、4人は安堵した。

 含み笑いを見せたハリーがクローディアに囁く。

「(ねえ、マルフォイ。本当にそんなこと言ってたの?)」

「(まさか、私、アイツと話さないさ)」

 そもそもの原因は、ドラコの覗きだ。故にこのくらいの汚名は被っても罰は当たらない。しばらく、ハグリッドがドラコを見かける度に鋭い視線を向けるのも、自業自得というものだ。

 

 ハリーが虫籠を欲しがっている。そんな内容の手紙をドリスに出せば、2日もかからない内に、カサブランカが同じ虫籠を運んできた。ハリーのファンであったことに、この時だけは深く感謝した。

 チャーリーも快くノーバートを引き取ってくれる。直接、ルーマニアにではなく、土曜の真夜中に天文台へ彼の友達2人が出向いてくれることになった。

 つまり、夜中に天文台に赴かなければならないという危険があった。ハリーは『透明マント』で身を隠せる。この時までは何の心配はなかった。

 まさかロンがノーバートを撫でようとして、指を噛まれるなど、誰も想定できない。しかも、その傷が元で一晩の内に彼の手は2倍に膨れ上がり、医務室で療養することになった。しかも、チャーリーの手紙を挟んだ本をドラコに貸してしまい、計画が漏れた恐れまで出た。

「マルフォイの奴さ、こっちのやることを勘づいているさ」

 ハグリットの元へ急ぎながら、ハリーがクローディアとハーマイオニーに小声で話す。

「計画を変えてる暇はない。マルフォイは『透明マント』と虫籠のことをまだ知らないし、危険でもやってみなくちゃ」

「なら、私がやるさ。マルフォイはポッターにしか注意がないさ。もうひとつの虫籠に私が入るさ。ふたつの虫籠はベッロに運んでもらうさ。使い魔なら、フィルチに見つかっても問題ないさ。天文台で私が渡して、虫籠に入って寮に帰るさ。どうさ、これならバッチリさ」

「いいわ、それ! 卵が孵ったとき、クローディアはいなかったから、マルフォイも油断しているわ」

 クローディアの提案にハーマイオニーは賛成したが、ハリーは何処となく難色を示した。

 ノーバートを見納めようと思ったが、家の外でベッロがファングの尻尾に包帯を巻いていた。ベッロの鱗も火傷に近い痕があちこちにある。もう見に行くのは、遠慮した。

 

 待ちに待った土曜日。

 別れを惜しむハグリッドを哀れむ余裕はない。クローディアはノーバートの入った虫籠を確認し、急いで自らも虫籠に入った。ベッロが普段使い、最近はノーバートが使うせいか、異臭が立ち込めていた。

 吐き気に襲われながら、クローディアとノーバートの虫籠は、ベッロによって運ばれていく。

「ママは、決してお前を忘れないよ」

 誰がママだ。

 涙で声を曇らせたハグリッドが遠くなるのが、わかる。

 虫籠での移動は、快適にほど遠い。揺れが激しく、クローディアは酔ってしまった。

 揺れが納まったので、蓋を開いて外を見やる。見慣れた天文台に着いていた。残った精神力を振り絞って虫籠から這い出た。

 ノーバートは虫籠で暴れているが、ハグリッドが頑丈に固定してくれたので心配はない。

 授業以外で、天文台に来たことはないが、興奮している場合ではなかった。全身神経を研ぎ澄ませ、階段から物音が聞こえれば、虫籠に逃げ込んだ。

「罰則です!」

 階段の下からマクゴナガルの大声が響く。一瞬、自分のことだと感じたクローディアの全身が恐怖で痙攣した。

「さらに、スリザリンから20点減点!」

「違うんです! ポッターがドラゴンを連れて来るんです!」

 マクゴナガルはドラコを発見したとわかり、クローディアは安心して力が抜ける。彼の釈明が滑稽に思えた。

(なるほど、現場を押さえようと思ったさ。マルフォイ)

 胸中で嘲笑し、クローディアは虫籠から這い出る。

 今度は、少し晴れた気分で待つことが出来た。こうして眺める夜空は、なんと美しい。

 10分も経った頃。

 夜の闇から、2人分の箒が現れる。チャーリーの友人達は、年下のクローディアに陽気且つ丁寧な物腰で接してくれた。しかも、ベッロを目にしても怯えることなく珍しく美しい蛇だと賞賛してくれた。

「虫籠は、皆さんでお使い下さい」

 ノーバートの入った虫籠を渡すと、どっちが虫籠を持つかで少し揉めた。2人はクローディアと握手し、再び夜の闇へと飛び去った。

 夜に慣れた視界に、2人の姿が見えなくなる。誰もいなくなり、クローディアは胸に溜まった息を吐いた。そして、虫籠に入り込んだ。虫籠を銜えたベッロは何を思ったのか、階段に行かず、壁を下りるように這入っていく。異常な浮遊感に気絶した。

 気がつけば、自室の寝台に倒れていた。

 




閲覧ありがとうございました。
春は、日本では卒業と入学、イギリスでは期末試験。
クィレルの年齢については、ハリーの目から見て「若い男」と表現されているので、推測しました。
●ジャック=スパロー
 原作五巻にて登場。多分、本当は2年生でしょうが、ま、いっか!

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