こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
最初はヘレナ視点です。

追記:19年5月31日、誤字報告により修正しました。


8.託されて

 セブルス=スネイプ校長就任によりホグワーツ魔法魔術学校は、今まで曖昧であった規則をより詳細にし、生徒への周知を徹底。規則を破れば、弁解の余地などなく、校長自ら罰則を命じた。

 学校と呼ぶには剣呑な空気が張り詰め、新入生も勝手知ったる上級生達は寮に戻っても安心できない。

 教職員も『死喰い人』の2人に学校の権限を握られ、悪名高いカロー兄弟が『マグル学』教授ジュリア=ブッシュマンの助手として追従している状態だ。

「スクイブの生徒に関しまして、従来の生徒との間には歴然の差があります。学びようのない『呪文学』、『変身術』、『飛行術』は切り捨てるべきかと進言致します」

 一触触発の雰囲気を常に醸し出す職員室。定例会ではマクゴナガルくらいしか、澱みなく意見が言えない。危惧していたスクイブ達による授業の遅れは想像以上に深刻となり、また純血故に在校を許されたマグル生まれへの陰湿な嫌がらせは後を絶たない。

 スネイプ校長は教授の視線を受け、クィリナス=クィレル教頭へと視線を向ける。

「対象の生徒には就寝時間まで補習を与える。今学期末までの成果によってはマクゴナガル教授の意見を取り入れよう」

 教頭の威厳を持ち、クィレル教頭は答える。かつて、おどおどと目線も碌に合わさなかった頃を知る者には別人にも見える。但し、一切の好意も親しみもない冷徹な態度だ。

 ブッシュマン教授以外、頷く素振りも見せず、反論もない。

 そんな彼らの天井にヘレナは漂う。会議に参加せず、ただ一枚の絵を眺めるようにそこにいるだけだ。今学期初日の定例会に現れた時、クィレル教頭に追い払われかけたが、スネイプ校長が許した。

「これにて、会議を終了とする。各自、対象の生徒への気配りを忘れずに」

 よく通る闇色の宣言され、ヘレナは誰に目を向けるわけでなく、職員室を後にした。

 廊下を進めば、教室の隅で顔を寄せ合う生徒の声が聞こえてくる。

「スネイプは生徒も殺す。情け容赦ない」

 

 ――その生徒は死んでいない。

 

「ダンブルドアが死んだのはスネイプが原因」

 

 ――死んだのは、別人。

 

 ヘレナ達、幽霊は知りながらも声に出せず、伝えない。もっと言うならば、明確に生死を伝えられない。教えられたとしても、伝える気のある幽霊は誰もいない。

 逝くことができなかった幽霊にとって、自らの未練が重要なのだ。決して、生者への助言や歴史の伝道者ではない。ビンズ教授は授業を全うするという未練があるだけだ。

「罰則くらいで泣くな、僕が一緒にいる」

 コリン=クリービーが新入生を励ます声も聞こえる。彼も服で覆われた部分に嫌がらせの痕がいつくもある。マクゴナガルより『首なしニック』が監視と言う名の警護をしているが、隙間は何処にでもあるのだ。

 いっそ、他のマグル生まれ達と同様に逃げればよかったのではという声も聞こえる。

(貴女は何処にいるの?)

 窓の外、千年近く変わらぬ景色を眺めて、死んだ事になっている生徒へ問う。彼女の人生を見届けたい。その未練を持って、ヘレナは此処にいる。

(貴女は必ず、ここへ来る)

 魔法省からの『命令』がなければ、城を離れて彼女に着いて行く事も出来ただろう。それをしたところで、ヘレナは何の役にも立たない。だから、このホグワーツにて待つ。

 再会の折には願い出よう。

 

 ――貴女の残りの人生に憑いていっても良いか、と――

 

☈☈☈☈☈☈☈

 旅と言えば、歩く。

 時代劇の水戸黄門を視聴している時、ほんの少しだけ憧れた。

 実際は途中で遭遇した『人さらい』や逃亡中の『マグル生まれ』の方々、人里付近を巡回する『吸魂鬼』と一戦交えるなど、助さん、格さんも思うまい。

 この3か月、ウォーリーとロンは目的地のゴドリックの丘を只管、目指した。

 『ポケベル』を修理し終えても、連絡は出来なかった。しかし、『ポッターウォッチ』の情報を元にし、ロンはヴォルデモートの名が『禁句』だと推測までした。

「名を口にすると保護呪文が乱れて、それを奴らは察知するか……。名前そのものに呪いをかけるとか、貞子も真っ青だな」

「これは相当に恐ろしい魔法だよ、本当にね。だから、絶対、言わないでね……さだこって誰?」

 ロンに念を押されなくても、ウォーリーは承知した。

 食料は現地調達、基本は焼いて食う。味に限界がくれば、ビルの持たせてくれたリュックにあったマグル通貨で町へ買い出しに行った。

 魚や兎の捕獲、買い出しはウォーリーの役割、ロンは野草やキノコを調達して料理だ。

 野宿の際は交代で見張り、しかも、まるで行く手を遮るような妨害に何度も遭い、『姿くらまし』で逃走しては目的地が遠退く。途中でハリー達の衣服を見つけては、無事の報せだと安堵した。

 

 冬に季節が変わり、魔法で枝や葉っぱを防寒具に変えてはいるが、寒さを防ぎ切れない。脱色した髪も根元から地毛の黒が生えてきた。

 碌な衣食住のない生活とウォーリーとロンだけのマトモな会話は神経をすり減らす。

《キングズリーはまだ無事に逃走中です。西のほうでマッド‐アイがハリー=ポッターと共に目撃されています》

「いいぞ、マッド‐アイ。そのまま、そのまま」

 ロンは『ポッターウォッチ』のキャスターに話しかける事でどうにか、心の平静を保っていたが、余裕は目に見えて減って行った。

「くっそ、アーキー=アルダートン! 今度会ったら、ただじゃおかないぞ!」

「不用意に話しかけるからだ。マッド‐アイが聞けば、油断大敵どころの話ではないな」

 独りで森を彷徨っているアルダートンを不憫に思い、堪らずロンが声をかけた。

 しかし、ウォーリーとロンを勝手に追手だと勘違いて攻撃し、しかも本物の『人さらい』に襲われて囮にされる。こちらが先手必勝で影を操って隙を作り、『失神呪文』と『武装解除の術』を仕掛け、『姿くらまし』で逃げ切った。

「そうだね! 君に比べれば、僕は我慢が足りないんだろう! ロケットも預けっぱなし! 保護呪文も君に任せっきり!」

 雪もろとも地面を蹴り上げ、ロンは怒鳴った。

「何を怒っている。調理はあんたに任せているだろう。私じゃ、魚も丸焦げだ」

「僕を置いて行けば良かったんだ! 君1人なら、とっくに丘に着いていた!」

 ウォーリーの言葉など聞こえぬようにロンは吐き捨てる。その内容はあしらうには重く、無視もできない。1人なら良かったなど微塵もない。侮辱された気がして、頭に血が上った。

「私達は一緒にいるべきだ」

 出来るだけ冷静なつもりだが、ウォーリーも先の進まぬ状況に欝憤は溜まっており、口調は乱暴になる。それをロンは笑みを歪め、鼻で笑った。

「ハーマイオニーが言ったからだろ? 君の意見じゃない、君の意思なんか何処にもない。君は独りで出来るんだ! 君には誰も必要じゃない!」

 ロンが言い終えるより先にウォーリーの拳が彼の顔面へ叩きつけられる。吹き飛んだ彼は雪をクッションにして地面へ仰向けになり、馬乗りになった。

 唇を切って血を流すロンの胸倉を掴んで、更に拳をお見舞いする。自分の行動なのに、ウォーリーは他人事のように見ていた。

 体格だけなら、ロンが勝っている。しかし、彼は抵抗しない。されるがまま、ウォーリーの拳を何発も食らう。拳が頬に触れる度、知らずと彼女の目尻から涙が溢れた。

 

 ――自分の判断で此処にいる。だが、本当に自分の意見であり、意思と言い切れるか?

 

 ――どうして、ロンを殴っている?

 

 そんな自問自答がるつぼとなって、脳髄を支配している。

 冷たい風に負けず、涙がロンの顔にもかかる。その頃には視界が沈んで、ウォーリーの拳はとまった。

「……なんで、私、泣いてる?」

「……ごほっ、僕の言葉に傷ついたんだよ」

 傷心というには胸に痛みがない。しかし、ロンの悲しそうな表情からウォーリーは納得した。痛みを感じられない程、傷ついた。

 顔の痛みに気を付けながら、ロンは上体だけ起こす。そして、手を差し出してきた。

 ウォーリーがその手を見返している間に腕を掴まれ、一先ず、木の洞の空間を広げ、身を隠せる場所を魔法で作り上げた。

 保護呪文で敵への対策を終え、ランプを灯してからロンは告げた。

「ロケット、僕が預かるよ。渡して」

「……私が持っている」

 乾いた涙を拭い、ウォーリーは拒む。しかし、ロンは彼女のポケットを探って小箱を手に入れた。

「こいつを持っていて、平気なのはアンブリッジだけだ。君のお母さんでさえ、一か月も持たなかった。僕、思うよ。ロケットは逃げ出したんだじゃない。コンラッドさん、君の母さんが唆される前に、わざとジュリアに持たせるように仕組んだんじゃないかって」

 杖の先で切れた口の中を治しながら、ロンの唐突な意見に驚く。

「お父さんは……ロケットをジュリアに押し付けた? それだと再び手に入れるのは難しくなるんだぞ?」

「理由は分からないし、コンラッドさんの責任にしたいんじゃない。ただ、あの人の優先順位は僕らが考えているのとは違うと思う」

 否定できん。

 ダンブルドアはヴォルデモートを滅ぼす為の様々な手段として、自分を殺せる。ハリーはその意思を継ぎ、学校から去れる。それらは傍から見れば、愚かな行為に見える。

 コンラッドの優先順位、彼の決着の形をウォーリーは知らない。余計な考えを振り払い、洞へ手をかけた。

「外を見張ってくる。何かあれば、些細な事でも言ってくれ。ロケットは身に付けるなよ、箱からも出すな」

 不意に気づいてロンを振り返る。

「殴って、悪かった」

「痛かった……僕も、言いすぎた」

 ロケットが離れた為か、素直な気持ちを言えた為か、少しだけウォーリーの心は晴れていた。

 外はやはり、冷たい。

 雪景色の美しさに見惚れ、感嘆の息を吐いた。

「冬の休暇までまだある……、大丈夫」

 学校にいるセシルが実家へ帰るクリスマス休暇、それまでにハリー達と合流して彼女を説得する手立てを話し合わなければならない。

 木々の隙間から見える雪雲を見上げ、浮かぶのは日本での約束。

〔あんたの結婚式までに全て終わらせる〕

 独りごこち、ウォーリーは改めて決意した瞬間、景色に違和感を覚えた。

 手が届きそうな程の距離に光の球が浮かぶ。光の反射ではなく、それは球体として光の強弱を付けていた。

 敵襲かと杖を構えたが、後ろから切羽詰ったロンが慌てて出て来た。

「き、聞こえた。ハーマイオニーの声! それで……」

 『灯消しライター』を見せつけたロンは浮かんだ青い光の球体に注目し、言葉を飲み込む。ゆっくりとした動作で球体を指差した。

「……ライターを使ったら、出て来たということ?」

 じっくり光を観察し、その青さに見覚えがある。三校対抗試合の優勝杯もこのような輝きを放っていた。

「これは……『移動キー』か?」

「光が消えないように見てて! 荷物取ってくる!」

 ロンは急いで洞へ戻り、解いた荷物を纏める。ウォーリーは光が消えかけても、何も対応できない。早く、速くと逸る気持ちに寒気の中で米神や背に汗が伝う。

 同じように汗だくのロンが隣に立つまで、時間にして数分だが、ウォーリーには何時間にも体感だった。

 お互いの顔は見ず、無意識に手を取り合う。

 まるで準備が整うのを待ち侘びたように、青い光の球体はロンの胸へと入り込む。刹那の後、彼はウォーリーを握る手を強くして『姿くらまし』した。

 

 着いた先も雪に覆われ、2人は足を取られた。

 周囲を見渡せば、視界に寂れた人里がある。遠目からでも、『吸魂鬼』の姿が3体は確認できた。

 今の立ち位置は奴らに気付かれない距離の外だ。

 肝心のハーマイオニーの姿は見えない。

「きっと、保護呪文が効いているんだ」

 ロンの声に悲観はなく、絶対の確信を持つ。ウォーリーは遠くの『吸魂鬼』を警戒しつつ、閃いた。

「私が呼ぶ。あんたは『目くらましの術』で身を隠せ。もしも、彼女達じゃないなら、私を掴んで逃げてくれ」

 この提案をロンに眉を顰める。フードで顔を隠しても、ウォーリーにはわかる。危険な行動だと言いたいのだ。

「……わかった」

 納得していない口調で答えた瞬間、ロンは大きく息を吸った。

「水着の女性のポスター!!!」

 人里とは反対方向へロンは盛大に叫ぶ。内容に呆気に取られていたウォーリーは声量の振動により近くの木の枝から雪が落ちる音で我に返った。

「水着の女性のポスター!!!」

 ウォーリーが止める入る先に、ロンはもう少しだけ駈け出しもう一度、叫んだ。

 2人以外の雪を踏む足音と気配を感じ、ウォーリーは勢いよく杖を構えて振り返る。先程、雪が落ちた木の傍で目を見開いたハリーが立っていた。

「水槽に……蛙が一匹……」

 ハリーは呼吸を忘れたように口を開け、一言一言を掠れた声で言い放つ。水槽に蛙という言葉から必死に記憶を呼び覚ます。学校での出来事か、それとも、誰かの家にいた時か、ようやく辿り着いたのはロンの部屋だ。

「ロンの部屋の窓際、トレバーみたいにデカイ蛙か!」

 結婚式まで『隠れ穴』にいた時、ウォーリーはロンの部屋に行っていないが、そう判断した。

 正解だったらしく、ハリーは目に涙を浮かべてこちらへ駆け出す。ロンも必死の形相で戻り、彼へと飛び付く。2人はお互いを抱きしめ合い、雪の上をくるくる回りながら倒れた。

「水着の女性って……シリウスの部屋か……」

 やっとの再会に胸が溢れ、ウォーリーは知らずと足の力が抜けて座り込む。気づけば、ハリーが現れた場所に、今度はハーマイオニーがいた。

「なんでここにいたの?」

「ここはバドリー・ババ―トンっていう町でね。スラグホーン先生を訪ねに来た事があるんだ」

 男同士の笑ったような泣き声を聞き、ハーマイオニーは幻に手を伸ばすようにウォーリーの頬へ慎重に触れた。

「どうやって……?」

「ダンブルドアだ」

 ほとんど反射的に答え、自分の言葉から重要な事に気付かされる。その事実にウォーリーは瞼を閉じ、トトの顔をしたダンブルドアを思い浮かべて舌打ちした。

 

 保護呪文の効いたテントへ入り、別れた後の出来事をお互いに報告し合う。

「僕も何度も話しかけたけど、『ポケベル』はずっと動かなかった」

「やっぱりか、一緒に直さないと駄目だな。貸してくれ、直しておく」

 承知したハリーは腕時計を外す。その間、ロンは『灯消しライター』による導きを伝え、ハーマイオニーを驚かせた。

「私……、ロンを呼んだわ。これから私達、ゴドリックの丘に行こうって話をしていて……貴方達もきっとそこを目指すからって……」

 これを聞き、ウォーリーは確信を持つ。だが、まだ言うべきではない。

 『ポッターウォッチ』により情報を得ていたように、ハリー達も肖像画ナイジェラスからある程度の情報を得て、ウォーリー達の無事を信じていた。

 興味深いのは学校にあるグリフィンドールの剣は偽物。そして、その偽物は盗難騒動によりグリンゴッツへ預けられた。

 ダーク=クレスウェルと一緒に逃げていたグリップフックとの会話から盗み聞いた情報だそうだ。

「成る程、剣が模造刀だと『死喰い人』に伝えない。銀行に残った者達も……ゴブリン達の復讐か……」

「ええ、『死喰い人』は彼らの尊厳を重んじなかった。報いよ」

 ハーマイオニーの言葉に誰もが同意した。

 ジニー達は学校で問題行動ばかり繰り返し、罰則を受けている。それを聞いてロンは憤りと共に妹を誇りに思った。

「ジニーは間違った事なんてしていない。だから、あいつらには問題なんだ。それよりも君達は『禁句』にいつ気づいたんだ?」

 ロンはすぐに話題を変え、『禁句』の話になる。ハーマイオニーは3度の体験からと答えた。

「ダンブルドアも気づかなかったのにロン、凄いわ」

「いいや、あの人は知っていた。その証拠に『灯消しライター』は『禁句』と同じ魔法だ」

 即座にウォーリーは述べる。穏やかな雰囲気が一気に下がり、3人は呆然と聞き違いを望んだ。

「ハーマイオニーにも言ったけど、それなら僕に伝えたはずだ。けど、ダンブルドアはいつも名を恐れるなって言っていた」

 躊躇いつつも、ハリーは確かめて来た。彼自身も本当にダンブルドアが『禁句』を知らなかった点に疑問を抱いていたのかもしれない。

「伝えなかった理由は今言っていたようにあのハゲの名を恐れさせない為だ。ハリーがあいつと戦うなら、名前を口に出す事を怖がられては話にならない」

「けど、追手もかかってくるんだよ。実際に何度も襲われたじゃん」

 驚きすぎたロンは目を見開き、上擦った声を上げる。眉間のシワを解し、ウォーリーは胸を不快な渦が襲い、一度、深い溜息を吐いた。

「……ハリーは追手などにやられはしない。そう信じているんだ。そのハリーには一緒に行く仲間もいる。なら、たかだが追手なんぞにはやられない」

 口にしてから、ウォーリーは心底、嫌そうに眉を寄せる。3人も似たように顔を顰めていた。

「……正直、重い」

 課せられた使命、乗せられた期待。残された謎解き。

 ダンブルドアを疑う気持ちは通り越し、うんざりした様子でハリーは素直な気持ちを吐露した。

「理に叶っているわ。『禁句』が公になれば、仲違いも同士討ちも起こりえる……ダンブルドアは皆の気持ちもわかっているのよ」

 ハーマイオニーは溜息と共に吐く。余計に空気が重くなった。

「……僕らは丘を目指していたけど、君達はどうしていたの? 丘を目指すって決めたのはついさっきだって言ったよね?」

 場の空気を変えようとロンは問う。

「私達は他の『分霊箱』を探していたわ。いざとなったら、『分霊箱』同士で壊せると思ったの」

「……それはいい考えだ。そうだ、ロン。セシルの話を……」

 ウォーリーに促され、一瞬、呆けたロンは慌ててセシルの件を話す。ハーマイオニーとハリーはすっかり忘れていた牙の存在に驚きながら感心した。

「グリフィンドールの剣……ゴブリン製の刃は自らを強化する力のみを吸収する。だから、ダンブルドアは剣を遺した。そもそものバジリスクの牙があれば、十分よ!」

((ゴブリン製の剣にそんな力があったんだ……))

 先の見えた興奮に心躍らせるハーマイオニーの説明を聞き、ウォーリーとロンは目配せして質問を控える。そして、ティアラで試さなくて良かったと心底、思った。

「セシルなんだけど……彼女はセドリックと違う。クローディアならまだしも、ウォーリーの君に説得されて牙を渡してくれるかな?」

 ハリーだけは慎重だ。牙の力を説明すれば、セシルはきっと渡す。しかし、それは旅の目的を話すのも同じだ。

「説得するのはハリー、あんただ。駄目なら、取引を持ちかけろ。セシルは取引には応じてくれる」

「何と交換するんだ?」

 ロンの質問にウォーリーは久しぶりに触る自分の鞄ではなく、ハーマイオニーのビーズバッグから布に包まれた壊れた髪飾りを取り出した。

「セシルはずっとレイブンクローの髪飾りを欲しがっていた。これと牙を交換するんだ」

 4人で髪飾りを見下ろし、それからお互いの目を見合わせる。

「だったら、私が行くわ。遺品の話はセシルにも聞こえているでしょう。クリスマスまでまだ日があるわ。先にゴドリックの丘へ行って、バチルダ=バグショットに会いましょう。但し!」

 早速、立ち上がろうとしたロンをハーマイオニーはズボンの裾を引っ張って止める。

「『透明マント』を被ったまま、『姿くらまし』できるようになってからよ」

 どうにか身を寄せても、3人がギリギリだ。

「ウォーリーは影の状態で『姿くらまし』できるようにね!」

 有無を言わさぬ迫力に肯定した。

「その前にひとつ、聞いて欲しい。ヴォ……グレゴロビッチが殺された」

 自分達がはぐれた後、ハリーはヴォルデモートを通じ、グレゴロビッチの死を知る。そして、外国の杖作りに会ってまで求めているのは『ニワトコの杖』だと憶測を述べた。

「それで? グリンデルバルドの持っていた杖、今は何処にあるの?」

 ロンは英雄譚でも聞くように胸を弾ませ、ハーマイオニーに問う。彼女はまるで先程のウォーリーと同じように重い溜息を吐いた。

「……ダンブルドアが持っていた杖よ。一緒に埋葬されるのを私達は見たわ」

 葬儀はホグワーツで行われ、墓地も建てられた。それは【日刊預言者新聞】にも載っていた。

「学校には行けない……危険すぎる」

 青褪めたハリーは長い沈黙の後にそう漏らす。ほとんど、独り言であった。

「……校長先生の杖が……伝説の杖……」

 呟きながら、妙な違和感が胸にシコリとなり消化不良の感覚に陥る。魔法界の伝説、これまで実感したのは正直、バジリスクに襲われた事件だけだ。

 『透明マント』は使い慣れて、伝説の代物という価値を感じない。『賢者の石』はこの目で見ていない為、数に含めない。

 不意にロンの顔を見て、記憶が刺激される。彼の前の杖はチャーリーからのお下がりで、2年生の時に壊れた。一度、壊れた杖は買い直すしかない。確か、ペネロピーは諦めさせる意味で卓越した魔法使いなら、直せるかもしれないと述べた。

 ガマグチ鞄から、本来のウォーリーの杖を取り出す。柳にグリフォンの羽根、フラメルが誂えてくれた杖でさも『分霊箱』を一つしか壊せなかった。

「杖は脆い……」

 急に自分の杖を見つめて呟くウォーリーを3人は心配した。

「……確かに僕の前の杖も壊れたけど、それはお下がりだったからだよ」

 ロンが思い出すとハーマイオニーはハリーを見やる。

「つまり、ウォーリー。『ニワトコの杖』は存在しないと? 最強の魔法使いが使っていた杖を知らずにそう呼ばれているだけだって? だったら、今で言えば……あの人を退けたハリーの杖がそれに当てはまるんじゃないかしら?」

 それが現実的だと言わんばかりにハーマイオニーは納得していた。

「違うよ、僕の場合は杖が護ってくれただけだ」

「そうよ、ハリー。持ち主を護ってくれる杖なんて、まさに奇跡の代物じゃない。現に貴方は本物の『透明マント』を持っているわ。もしかしたら、マントを持っている魔法使いの杖をそう呼ぶのかも。お伽話だもの、解釈は人それぞれ違うわ」

 必死に否定するハリーをハーマイオニーは説得する。彼女は自分の仮説が正しいと思いたいし、『ニワトコの杖』は彼が所持しているなら、奪われる心配はもうないと教えたいのだ。

「……そもそもさ、グレゴロビッチが『ニワトコの杖』を持っているって、グリンデルバルドはどうして知っていたんだろう? 『例のあの人』も外国の杖作りが持っているなんて」

 ロンの疑問に3人は注目した。

「……あいつにはオリバンダーさんが教えたんだ……。僕の杖に対抗できる手段として……、グレゴロビッチはわからない。他の杖作りに教えて貰ったのかも……」

「成る程ね、その杖作りの業界では有名な話なのかもな。この話はもう、お終いだ。僕らの旅は秘宝探しじゃない。『分霊箱』探しだ」

 一喝したロンに締めくくられる。確かに話が脱線してしまった。

 伝説として語り継がれる歳月まで、1本の杖が無事に存在していようがいまいが、今の自分達には然程、問題はないとウォーリーは思った。

 

 変身状態での『姿くらまし』は控え目に言っても難題。何度も、影の一部を置き去りにしては元の姿で激痛に耐え忍ぶ。提案者のハーマイオニーはいつも後悔の表情で『バラけ』た部分を治してくれた。

「トム=リドルがいた孤児院はなくなっていた。一応、父親の住んでいた屋敷も見て来たよ」

 一方、訓練の終わったハリーとロンは残りの『分霊箱』の在り処について相談していた。

 結局、実りは生まれず、ウォーリーは一度も成功せぬ状態のままにイブの前日を迎えた。

「計画を変更するわ」

 朝食を済ませたハーマイオニーは断腸の思いで告げる。

「セシルを先に訪ねましょう。私とウォーリーで行くわ。2人はバチルダ=バグショットをお願い」

「僕らは一緒にいるべきだ!」

 ハーマイオニーの提案にロンは反論した。

「一緒にいるも同然よ、ロンは私の後を追えるもの。それにね。今日までに考えたんだけど、丘にはやっぱり見張りがいると思うの。ハリ―と同級生、もしくはクローディアと同学年で特に親しかった生徒の家もね。どちらを先にしても、私達の訪問が知られたら、人質にされるかもしれないわ。だったら、同時に済ませたほうが危険も少ない」

 これにロンは言いたげだが、口を噤んだ。

「そのまま、ロケットを破壊するか?」

 『分霊箱』入りの小箱を弄ぶウォーリーから、ハリーは取り上げた。

「いいや、牙が手に入れば、いつでも壊せる。ロケットは僕が持っておく。もしも、行った先で『分霊箱』を見つけられたら、こいつでぶつけ合って破壊できるか、試してみるよ」

 小箱を握りしめ、ハリーが締めた。

 

 日が暮れてから、ハリーとロンは『ポリジュース薬』を飲む。『透明マント』を被って『姿くらまし』した。

 見届けた刹那、即席で用意した『目くらましの術』仕込みのマントを被る。ウォーリーはハーマイオニーの手を取り、『姿くらまし』した。

 以前、夏に訪れた時と冬は雪に埋もれて印象も違う。雪かきにより確保された道と建物の構図でどうにかセシルの家へと辿り着いた。

「脱いでおこう」

 マントを鞄に入れ、家の様子を窺う。窓からはクリスマスの飾りしか見えず、住人の姿は見えない。夕食の時間であり、他の家からは賑やかな笑い声がする。セシルの家だけ、誰もいないはずはない。

 中年女性に変身しているハーマイオニーは失礼にならない程度の光をセシルの部屋の窓へ当てた。

 玄関をノックするより、セシル本人に知らせる良い方法だ。

 5分程経った頃、玄関からお目当てのセシルが周辺を警戒しながら、出てくる。光の元を見つけ、上着を着込んだ体は周囲に溶け込んで見えなくなった。

 『目くらましの術』をかけた外套を羽織ったのだ。

 足音はしっかりと聞こえる。

「私の部屋はどんな家具?」

「本物の綿アメ、あんたのお祖母ちゃんの趣味……そう聞いた」

 後ろから聞こえる声に答え、頷く音が聞こえた。

「私に何の用?」

「これを見て」

 ハーマイオニーはウォーリーに語りかけるように簡潔に話す。ポケットから布に包まれた髪飾りを出した。

「これは学校で見つかった。本物のレイブンクローの髪飾りよ。今は見る影もないけど、貴女なら直せるはずだわ」

 感嘆に息を呑む声がした。

 ハーマイオニーは手探りでセシルの手を掴み、髪飾りを渡した。

「……でも、渡されても返せる物が……」

「校長室に飾られている剣を取ってきて貰えないかしら?」

 今度は恐怖に竦む声に変わる。一分の沈黙が寒気と共に長く感じる。脈の音が足音のように重く聞こえる。

「……剣はもう学校にない。けど、代わりにこれを」

 布が擦れる音がしたかと思えば、ウォーリーの手にジャンビーヤのように湾曲した鞘付きの剣を持たされた。

「以前、ハリーが倒したバジリスクの牙……。剣みたいに柄を付けたわ。けど、牙の先端には本当に気を付けて……」

 てっきり硝子ケースに入れるか、牙を削って研究しているかと思いきや、剣に加工し護身用として持ち歩いているとは恐れ入った。

「私……絶対に直して見せる……何年かかっても……」

 震える声から、セシルは感動とは違う使命感に駆られていた。

 取引は済み、長居は無用。2人は胸中でセシルへの感謝を伝えて去ろうとした。

「待って……、……ルーナが奴らに捕まったの」

 驚愕の報せに2人はセシルのいる方角を振り返った。

「……お願い、逃げて!!」

 セシルが叫んだ瞬間、弾みで彼女の外套が脱げる。泣き腫らした彼女の背後に立っていたのは、手配書でも顔を知るグレイバック。彼女が2人の背に立っていたのは、狼人間の存在を気取られない為だった。

「「アグアメンティ(水よ!)」」

 顔面に水を浴びたグレイバックは急速に冷える皮膚の感覚に逆らい、手で顔を乱暴に拭う。他にもこちらへ魔法を仕掛ける気配があった。

 これ以上の戦闘を避けんとハーマイオニーはウォーリーの手を掴んで『姿くらまし』した。

 

☈☈☈☈☈☈☈

 正体のわからぬ2人が消えてから、セシルは泣きながらグレイバックへ『失神呪文』を掛ける。その行動を『人さらい』は抵抗と見なし、彼女へと『磔の呪文』をかけた。

 抵抗できぬ苦痛、叫んでも和らがない神経の歪み。これが友を売った罰だ。

「やめて! 娘を離して!」

 母親トールの声が遠くに聞こえる。

 永遠に続くと思った拷問は唐突に終わった。

 自分の悲鳴がまともに聞こえ、セシルは倒れ伏した状態で周囲を見渡す。そこには倒れた『人さらい』に杖を向けるコーマック=マクラーゲン、その隣にはマリエッタ=エッジコムだ。

「セシル、私の声、聞こえる?」

 マリエッタの呼びかけにセシルは片手を上げ、応える。その間に家族が急いで『人さらい』達に杖を向けて魔法をかけていた。

「私達、ルーナの行方を探しているの。先週、貴女の家に行ったのを最後に消息を断っている。何か、知らない?」

 マリエッタの目つきは完全にセシルを疑っていた。

 だが、その通りだ。

 セシルの一家はルーナの身柄を売った。他にも誰か接触すれば、報せるように脅かされた。

「仕方なかったんだ! ラブグッドを招いた事あるから、見張られていたんだ。逆らえば、学校にいるセシルが! セシルが!」

 弁解する母親の喚き声を父親が背を撫でて、宥める。他の家族もコーマック達へ批難の目を向けていた。

「俺達は魔法省の依頼でルーナを捜索している。誰に咎められる謂われはねえよ」

 同情の余地もなく、それでも冷静にコーマックは言い放つ。魔法省の依頼は詭弁。きっと彼らも『ポッターウォッチ』で聞く『不死鳥の騎士団』のような活動を行っている。2人の家柄は純血にして『純血主義』。仮に『人さらい』に捕まっても、いくらでも言い訳は立つのだ。

「なあ、セシル。さっきの奴ら……いや、やっぱりいいわ。そんじゃ、メリークリスマス」

 コーマックは手をヒラヒラと動かし、マリエッタと『姿くらまし』した。

 母親に抱き締められ、セシルは考える。彼女に残った僅かな矜持が『ポッター・ウォッチ』とDAの偽金貨については明かさなかった。

(セオドール、これで良かったのよね)

 DAの時間を作る為に『逆転時計』を一緒に使ったセオドール=ノットは助言としてセシルに教えた。

〝全てを教えるんじゃない。情報を一部だけ与えれば、相手は屈服したと勘違いする〟

 その助言をセシルは牙を託した彼女達へ応用した

 髪飾りを見せられた時、どちらかがハーマイオニーであり、また必ず彼女へ通じている。牙は最終的にハリーへと渡れば、それでいい。

 ルーナが捕まった。この情報を元にきっと、彼女を救い出してくれるはずだ。

(ハリーはきっと、やってくれる)

 臆病者と謗られてもセシルに出来るのは、助力のみである。

 

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 逃げた先はハーマイオニーが両親とキャンプした森。

「ディーンの森って、ディーン=トーマスと関係あるかな?」

「ないわね。……ロン……ロン」

 素気なく答えてから、変身の解けたハーマイオニーはロンの名を呼び続けた。

(セシル……私達……ハーマイオニーが来ると知っていた?)

 保護呪文をかけながら、ウォーリーはセシルから受け取った牙を見やる。思惑がどうであれ、牙は託された。そして、ルーナの近況も知れた。

(捕まった……何処かに監禁されているはずだ。けど、『ポッターウォッチ』にも報じられていない。つまりは最近か……)

 監禁と言う単語からマルフォイの屋敷が脳裏に浮かぶ。かつて、幼いコンラッドも拐かされた。

 テントの準備が整った時、音が弾けた。

 警戒と期待に杖を構えた先には気絶したハリーを肩に担いだロンがいた。

 ロンも血を流していたが血色が良い分、血の気のないハリーよりはマシだ。

 ハーマイオニーは保護呪文の外に出てロン達を招き入れ、寝台へとハリーを寝かせる。その時、誰からともなく宝石部分を壊したロケットが床へ転がった。

 装飾からそれは確かに『分霊箱』のロケットだ。

 ウォーリーは驚いて壊れたロケットを拾い上げる。肩で息をするロンに気遣いもせず、彼の背を遠慮なく叩いて真相を求めた。

「そうだよ……、やったんだ。蛇に……叩きつけてやった。僕が……蛇に叩きつけたんだ!」

「蛇って、ナギニか!? ダンブルドアの言っていた生きた『分霊箱』……いや、『分霊箱』が生きているから……」

 感激のあまり、ハーマイオニーも負傷のロンを思いっきり抱きしめてその唇へキスした。

 2人の口付けにウォーリーは久々に嫉妬でイラッとした。

「バチルダ=バグショットは?」

 ウォーリーの質問にロンは手で少し待つように促す。腹立だしい接吻の後、余韻に浸る2人へ大きく咳払いした。

「死んだよ、僕の目にはそう見えた。バチルダがハリーを2階に連れて行ってから、僕はリータ=スキータの手紙やあの本が置きっ放しになっていたから拝借した。君がいるかと思ったんだ。それでハリーを追いかけたら、蛇だよ! バチルダの服が落ちていたから……」

 死体はないが殺されたと判断するしかなかった。

「ハリーは蛇に巻きつかれて、その拍子にロケットが小箱から出て来た。僕は咄嗟に思い出した! ハリーが蛇語で『開け』って発音したこと……口真似でやったら、ロケットの蓋が開いて、もう僕、無我夢中にロケットを掴んで蛇に叩きつけた。……そしたら、蛇は苦しんでなんてもんじゃない……死にもがいていた。僕は絶対、ロケットを押し付ける手を緩めなかった。なんか、変な悲鳴が聞こえた……多分、断末魔って奴だよ……蛇は黒ずんで……塵になった。蛇は消えたのにハリーは急にアイツが来るって喚き出したから、君の声を辿って……逃げた」

 一気に捲くし立てロンは急に糸が切れたように床へ座り込んだ。

「……何度、やめようかと思った……」

 肩を痙攣させ、ロンは目を見開いて床を眺めて呟く。散々喚いたが、彼の本音はその一言に尽きる。

 

 ――旅をやめようと、何度も思った。

 

 口で簡単に言ってのける様な体験ではなかったはず、あくまでも説明できる限り、言葉にしただけなのだろう。何かがひとつでも違えば、2人とも死んでいた。

 家族を置きざりにしてでも、体と心が疲弊しても続けた旅が、やっと報われた。

 ハーマイオニーは愛しい彼の頭をその腕で覆う。今度は邪魔をせぬようにウォーリーはスキータの手紙と本を拾い、テントの外へ出た。

 完全に暗い外で、ランプを頼りに刺々しい文字を読む。

「バティさん、お手伝い頂いてありがとざんした……。覚えていないって事は『真実薬』でも使ったのか、それとも痴呆か?」

 一切、読む気のなかった【アルバス=ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘】、ハーマイオニーとロンが落ち着くまでの良い時間潰しになる。ルーナの救出はそれからだ。

 読書感想としては、確認できない憶測だけが綴られた故人への批判。今はトトとして生きるダンブルドアはこの本を読んだのだろうか、目にしても何の反応もしないのだろうかと思いに耽る。

「そういえば、弟のアバーフォースには取材していないようだな……」

 『ホッグズ・ヘッド』の主人、『不死鳥の騎士団』創立メンバー、だというのに雑誌や新聞はおろか、『ポッターウォッチ』でもその名を聞かない。今日までも沈黙を貫いている。

「最も近い身内だから、何も教えられていない?」

 自分の境遇に置き換え、アバーファースの顔を思い浮かべた。

「ウォーリー、見張り交代するわ」

 ハーマイオニーに呼ばれた時、ハリーも呻き声を上げる。しかし、それはただのうわ言だ。苦しみ悶える姿にとても今後を話し合う気になれなかった。

「ナギニが……ナギニが死んだ……」

 喘ぐハリーとは違う怒りの口調、ヴォルデモートの制御の利かぬ感情が無意識に彼と心繋げ、蝕んでいる。このまま、ハーマイオニーはハリーの手を掴み叫ぶ。そうすれば、少しだけ唸りが治まっていた。

「杖はグリンデルバルドが持っている! そう考えて! それだけ考えて!」

 必死なハーマイオニーの態度に2人もハリーが苦しめば、彼女に倣った。

 テントとハリーの見張りを3人で交代し、夜明け近くハリーはようやく目を覚ました。

「バチルダは蛇だった……蛇がバチルダだったんだ。だいぶ前に死んだバチルダの体の中で蛇は僕を待ち伏せていた……ハーマイオニー、君が正しかった……」

「蛇が……? 死体の中にいた?」

 ゾッとした。

「……言われてみれば、あの婆さん、変な臭いしてた……家の中も……」

 思い出したロンは反射的に口を手で覆う。

「蛇が死んだ……あいつは怒っていた……怯えてもいた……どうやって死んだのか……。皆、杖の事を言ってくれたろ? 僕もそれを考えた続けたよ。あいつは杖を優先した……。……ナギニはどうやって死んだの?」

「ロンがやってくれたわ!」

 ハーマイオニーは壊れたロケットをハリーに見せつけた。

 汗だくで虚ろな瞳に活力が蘇る。目を見開いたハリーは若干、震える手つきでロケットを両手で受け取った。

「……両親の墓を見て来た……僕の住んでいた家も……」

 感極まったハリーは啼く。涙一つなく、啼いた。啼き声から伝わってくる感情、ウォーリーは彼の頭に手を置く。ロンは背彼の背を撫で、ハーマイオニーは彼の手の上に重ねた。

 自分を守って両親が死んだ場所、そこへ赴き、かつ宿敵の一部を破壊せしめた。でも、まだ終わりではない。だが、確実の一歩を進めた。

 

 ハーマイオニーにハリーの治療を任せ、ウォーリーは自分達の報告を済ませる。ルーナの件にロンは牙を得て浮かれていた気分が吹き飛んだ。 

「ルーナを助けに行きたい。お願いだ、力を貸して欲しい」

 ウォーリーは床に鎮座し、3人に向かって頭を下げた。

 この状況での優先順位は理解している。囚われたオリバンダーや学校にいる皆、戦い続けるムーディやキングズリー、理不尽に追われるクレスウェル達を置き去りにし『分霊箱』を破壊尽してヴォルデモートを滅ぼすのだ。

 だが、ルーナを放って置けない。

 見える部分の治療を済ませたハリーは眼鏡の縁を押さえ、息を吐く。

「ルーナは大丈夫だ。僕らよりもずっとタフだ」

 予想通りの答えだ。確かにルーナは自分達以上に困難を乗り越えられるだろう。諦めの汗を掻き、ウォーリーは頭を上げようとした。

「だから、ちゃんと時間をかけて居場所を突き止めよう。助けるのはそれからだ」

 驚いて顔を上げたウォーリーはハリーの意見に賛成し、笑みを浮かべるハーマイオニーとロンを見た。

「……ありがとう。それについてなんだが、コンラッドに聞こう。……あの人なら、何かを知っていると思う」

 ウィーリーは自然と声が弾んでいた。

「コンラッドさんは、きっとドリスさんの家よ。町そのものに保護呪文がかけられていて、あの家にも『忠誠の呪文』をかけるって話をしていたわ」

「え? 町そのもの?」

 ドリスの家と聞き、ウォーリーの心臓が騒ぎ出す。血液の流れが滞るような不快感に息苦しい。祖母が死んだ場所、それを目の辺りにする恐怖だと頭で理解した。

「……日が暮れてから行こう。見張りは僕がするから、皆は休んでいて」

 ウォーリーの様子に気づき、ハリーは時間の余裕をくれる。彼は適当に置かれた【アルバス=ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘】を持って外へ出た。

「『死の秘宝』の3兄弟の墓を見つけたよ。イグノタスって書かれた。墓石にあの印が刻まれていたから、間違いないね。勿論、ダンブルドアの家族の墓も……母親と妹」

 ロンはハーマイオニーにゴドリックの丘での発見した事を只管、話し続ける。その間、ウォーリーはずっと疎かにしていた『ポケベル』を直しにかかった。

「ハリーの両親の墓に『最後の敵なる死もまた亡ぼされん』って刻まれていた。どういう意味だと思う? ハリーは『死喰い人』の考えだって言っていたけど」

「なんですって?」

 ハーマイオニーに聞き返され、ロンは繰り返す。ウォーリーにはハリーの言うような『死喰い人』の考えには感じない。死者へ涙し、哀惜するもいいだろう。しかし、死者を憐れみすぎて生きるのを辞めてはいけない。そういう残された人々、つまりは遺児であるハリーへの励ましの言葉。

(次男も……この言葉を理解していれば、死んだ想い人を生き返らせようなんて思わなかっただろう)

 ウォーリーにはその次男を批判も嘲笑も出来ない。今まさに親しき祖母への死に怯え、震えているのだ。

「『最後の敵なる死もまた亡ぼされん』」

 呪文のように唱え、一字一句の意味を噛み締める。耳に聞こえた言の葉が全神経を漂う。胸の心臓を泉とし、葉はゆっくりと舞い降りた。

「それは……そうね、死を越えて生きる。死後に生きること……」

 ハーマイオニーの優しい声がロンに説明し終えた時、ウォーリーの心臓は落ち着いていた。

 そろそろ、日が沈むのにハリーはいつまでも戻ってこない。心配になり、外を覗けば彼は本を開いたまま、昏倒していた。

「グリンデルバルドだった……。ハーマイオニーの言うとおり、本当に杖を盗んでいた……」

「いいから、寝ろ! 具合が悪いなら、ちゃんと言え! 今度、隠したら、旅をやめるからな!」

 本の挿絵にされている若かりしダンブルドアとグリンデルバルドの写真を必死に指差す。そんなハリーにロンは激怒した。

 結局、ハリーの看病に時間を要し、出発まで丸2日にかかった。




閲覧ありがとうございます
無事に合流、影に変身したままの『姿くらまし』は難しい課題です。
バジリスクの牙を手に入れました。
ナギニよ、さらば!
 
●バチルダ=バグショット
 魔法史の研究家。グリンデルバルドの大おば(マジ!?)
 映画のあのシーン、怖かった。
●アーキー=アルダートン
 アンブリッジの尋問により、何処かへ連行された自称『半純血』。この話では逃亡中。
●グリップフック
 銀行員のゴブリン。ハリーが最初に銀行を訪れた際に対応した。

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