こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
新年号・令和でもよろしくお願いします。

後半から視点が分かれます。

追記:19年5月12日、20年4月26日、誤字報告により修正しました。


7.バラバラに

 魔法省から無事に脱出した際、『ポリジュース薬』の効果が切れてハーマイオニーは元に戻る。変身が解けた瞬間、自身へ『目くらましの術』をかけた。

 入れ違いにウォーリーは影から姿を現し、困惑する魔法省職員達の様子を窺いながら堂々と抜け出した。

「緊急事態だ! 封鎖されて中へ入れない」

 後からやってくる職員の喚き声が遠のいても、追手がいないか注意を払う。

「ロンが連れて行った私は誰なの!?」

 姿を隠したまま、ハーマイオニーは錯乱して奇怪な疑問をウォーリーへ投げかけた。

 確かにハーマイオニーの偽物は想定外すぎる。目的は不明だが、結果的に彼女への危険も増した。

 ウォーリーはこの旅も誰かに対して危険を招いている事は棚に上げ、本気で腹立つ。

「少なくとも、『死喰い人』じゃない。トンクスのお父さんがアンブリッジに会いたがっていた事と関係があるだろう」

 集合場所の防火扉を目指しながら、ウォーリーは冷静に答える。

「騎士団の誰かだとしても、もうちょっとブラシで髪を解いてくれてもいいじゃない……後ろから見るとすごく毛先が跳ねてて……」

(……問題はそこじゃない!)

 こんな緊迫した状況で髪型を気にするハーマイオニーに呆れたが、ウォーリーは胸中でツッコんだ。

 防火扉には既に変身の解けたハリーとロンが本物のランコーンに服を返していた。

「私は何処に行ったの?」

 『目くらましの術』を解き、ハーマイオニーはロンへ問う。彼は肩を竦め、偽物のハーマイオニーは男性用トイレに着いた途端、『姿現わし』されて別れたと告げた。

「誰かは検討もつかないって言うの?」

「そこまで気は回らないよ!」

 マファルダに服を返しながら、ハーマイオニーは不満を隠さない。ロンはすぐにでもこの場を脱したい為、乱暴な口調で答えた。

 まだ気を失っている2人を防火扉の外へ運び出す際、ウォーリーは鞄をハーマイオニーへ預ける。すぐに見つけられそうな所へ放置して、周囲を警戒を怠らずに4人は『姿くらまし』した。

 

 その先はクィディッチ・ワールドカップで『死喰い人』に襲撃され、ハリー達が逃げ込んだ森。クローディアだったウォーリーはルシウスに追い回され、ここへ来る事はなかった。

 ロンドンから離れたという安心から、ロンはあの夏を思い出す。最初は懐かしんでいたが、段々と渋い顔になった。

「随分と昔に思えるよ……」

「考えたら、マルフォイの親父さんがワールドカップで騒動を起こした事にヴォルデモートは関係なかったんだったな。あれがなけりゃ……」

 懐かしさで感傷に浸り、ウォーリーは何気なく呟いた。

 瞬間より短い刹那に、『姿現わし』の音が弾けた。

 追いかけて来た3人に見覚えはないが、敵と認識するには十分な狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 しかも、ウォーリーとロン、ハーマイオニーとハリーを分断するような立ち位置に現れる。3人の『死喰い人』は既に杖を抜いた状態、4人の姿を目にした瞬間、問答無用に攻撃して来た。

 しかも、後から『姿現わし』してきた4人目はロンのすぐ背後に現れ、彼の肩を掴む。ほぼ条件反射でウォーリーは彼の腕を掴んだ。

 風景が加速する感覚から、『姿くらまし』されたとすぐにわかった。

 

 現わされた場所を脳髄が理解した時、ロンは自分の肩を掴んでいた男を乱暴に払う。瞬きの間ですぐ『姿くらまし』した。

 そこから視界は二転三転し、辿り着いた先は建物の屋根。取り付けられた奇抜な看板から『W・W・W』だ。

 またロンドンに戻ってしまった。

 その理由を問いただそうとロンを視界に入れ、全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。

 ロンの肩が『バラけ』たのだ。

 生きたまま筋肉と骨が露になれば、どれだけの激痛になるかは知っている。ロンはそんな文字通り、身を削る激痛に悲鳴を上げぬように手を銜えた。

 汗だくの皮膚と小刻みの痙攣が彼の痛みを伝え、充血した目は何度も店内へと向けられた。

 仲間の安否を優先し、痛みに耐える様子は脳髄の奥を熱くさせ、現実味を帯びない状態になる。だが、体は対応に動き出す。常備している薬をロンの傷に塗りたくり、自分の服で一番清潔な部分を千切って、仮の包帯を作って傷を覆った。

 看板が大きく、2人の姿を隠すには打ってつけだった。しかし、発見されぬ保証はない為に手早くそれでも慌てずに応急処置を済ませた。

 ある程度の痛みが無くなり、ロンは銜えた手を離す。そのまま、ウォーリーにもたれかかってきた。

 意識が限界なのだ。

 肩を枕代わりに差し出し、ロンの背に手を回す。安心したのか、不格好な体勢で彼は落ち着いた寝息を立てた。

 ハリーから連絡を期待し、『ポケベル』を見やる。しかし、腕輪を掲げた時にヒビが入って崩れ落ちてしまう。一瞬、目の前で起こった現象に今度こそ頭が真っ白になった。

 脳髄の冷静な部分が腕輪で『吸魂鬼』の手を払った事を思い返す。急速に凍らされ、ここまでかけて解凍された結果、壊れた部分が形を成せなくて崩れたのだ。

 状況を整理して原因を解明し、肩のロンを見下ろした。

 魔法で直したとしても、『ポケベル』の効果は失われているだろう。今から作り直すとしても、ハリーの腕時計と連動できる保証はない。

 持ち物と言えば、お互いの杖、薬入れ、『灯消しライター』、『分霊箱』のロケット。旅の道具さえない。この状況下にウォーリーは頭を抱えた。

(『漏れ鍋』でトムさんに……いや、私自身とは初対面か……ハーマイオニーなら、何処へ逃げる? ロンドン以外の場所……、それよりもロンの治療が先だ。また病院に行くか?)

 考えを巡らせている最中、空をフクロウの大群が一斉に飛び交う。ダイアゴン横町の家々へと赤い封筒を届けては飛び去って行った。

(『吠えメール』……魔法省からの通達か?)

 この店にも開いている窓から一羽が封筒を放り込み、お礼の餌も貰わずに逃げた。

 耳を澄ませ、会話を盗み聞く。

〈魔法省大臣として命じる。緊急事態により、本日の営業を中止とする。 魔法省大臣パイアス=シックネス〉

 抑揚のない声が淡々と告げた。

「今日の営業は中止ってどういう意味だ!」

「落ちつけよ、フレッド。べリティ、今日はもう帰ってくれ、明日が営業できるかは俺達で確認してから、伝えるよ」

 怒り狂うフレッドを宥め、ジョージはべリティに帰宅を頼む。『吠えメール』と窓から見えるフクロウの大群に異常事態を察したのだろう。

 それだけでなく、開いている窓を閉めにこちらへ来ている。窓から見える位置ではないが、声を出せば気付かれる。自分は影に変身できるが、意識のないロンは無理だ。

 『目くらましの術』をかけようにも、重傷を負った状態ではどんな異常が出るかはわからない。最後の手段に取っておきたい。

 緊張したウォーリーは口を閉じ、ロンの顔を肩へ更に埋めた。

 するりとポケットに入れていたロケットが滑り落ちる。視界の隅で捉え、足を動かして靴先でチェーンを引っかける。ロンの体重を受け、片足で支えて立つ体勢は長く保てない。

 冷や汗でロンの背に回していた衣服が湿る。

 

 ――バタンッ

 

 何事のなく、窓が閉められた音を聞く。体勢が崩れぬように安堵の息を吐いた。

「何してんだ?」

 すぐ横の屋根が戸口として外れ、顔を出したフレッドにあっさりと見つかる。油断し切っていた場所から出てきた為、ウォーリーは体勢を崩して派手な音を立てて、尻もちをついた。

 ロケットを落とさなかったのは、自分で自分を褒めたい所だ。

 

 フレッドはロンの状態に厳しい表情になり、有無を言わさず店へ引き摺りこむ。丁度べリティを店先まで見送ってきたジョージも弟の容体を知り、青褪めた。

「何があったんだ? 他の2人は一緒じゃないのか?」

 心配したジョージに事情説明を求められたが、言うべきではない。

 即席包帯の巻き方と衣服に付いた血糊、ほどんど治り切った傷にまっさらな包帯を巻きながら、フレッドは無言を貫くウォーリーにキレていた。

「こいつは『バラけ』たんだな。一度、家へ連れて帰ろう。ここだと体を休めれない」

「それは駄目だ。『隠れ穴』は見張られている。ロンを帰してしまったら、二度と出る事は出来ない」

 フレッドの提案を即座に断り、彼は鋭い眼光をウォーリーに返す。ジョージは急にこの場を離れた。

「君ねえ、ロンを聖マンゴに連れて行ったろ? 魔法省から確認が来た時、ママが機転を利かせて誤魔化してくれたけど、こっちは本当に肝が冷えたんだぞ! それなのに、君はロンをこんな状態にしておいて何も話さない! ロンの意思は尊重するよ、旅に着いて行くって言う意思は! ああ、するとも! けど、もう駄目だ! 僕は連れて帰る!」

 その気迫はロンによく似ている。弟を心底、心配するフレッドの気持ちも嫌という程に伝わってきた。

 だが、絆されてはいけない。今、ハーマイオニーとハリーの居所はわからない。しかし、確実に向かう場所ゴドリックに行けば、必ず合流できるのだ。

「私達は一緒にいるべきだ」

 魔法省でのハーマイオニーが口にした言葉だ。

 フレッドは不満そうに顔を歪め、また口を開こうとしたが戻ってきたジョージに宥められた。

「君の言うとおり、ロンは帰らないだろう。けど、体は休めないといけない。ここまでの『バラけ』を経験したら、後遺症でしばらく『姿現わし』が出来なくなる。……あくまで、失敗する確率が増えるという意味だよ。そこでだ。ビルの家に連れて行く。あそこは州外だから、『隠れ穴』よりは見張りも厳重じゃないはずだ。さっき、連絡したから、休憩時間にでも来てくれるよ」

 予想外の申し出にウォーリーは驚きすぎて、目を丸くする。フラーが話してくれたビルとの新居だ。

「それって『伸び耳』を改良したアレだろ? 使い心地どうだった?」

 眉間にシワを寄せ、フレッドは興奮状態の口調まま問う。2人の会話が耳に入らない程、ウォーリーはジョージの提案に悩む。

 新婚の家庭にこんな形で訪問する複雑さとビルから警戒されている身の為、手放しで喜べない。何より、結局はウィーズリー家を巻き込む事に賛成出来ない。

 返答を渋るウォーリーの態度から、ジョージはあからさまに溜息を吐いた。

「頼むよ、これくらいは聞き分けてくれ」

 ジョージもロンを家に帰し、本当に養生して貰いたいのだ。

 自覚して瞬いた。

 騎士団のビルと一緒にいれば、ハーマイオニーとハリーの情報も入る。何か道具を分けて貰えれば、『ポケベル』の修理も出来るのだ。

「わかった、ビルとフラーには迷惑をかける」

「本当にな!」

 神妙な顔つきで受け入れるウォーリーへフレッドは容赦なく嫌味を言い放つ。少しだけ、胸が痛んだ。

 しかし、フレッドの文句を言葉する態度はまだ優しかった。

 時間通りに現われたビルからの無言の圧力は双子の比ではない。眼光の鋭さは今にも魔法を仕掛けて来るのではないかと錯覚させられた。

「僕らは家族全員、見張られている……。僕を連れて行く姿を見られてたら……」

「ロン、言い訳なんていくらでも立つ。そこは僕らに任せてくれ」

 ようやく意識を取り戻したロンへ向ける眼差しは長兄としての慈愛に満ちている。態度の差にウォーリーはビルから本当に信頼されておらず、それでも弟の為に新居へ迎え入れてくれる事を感謝と共に詫びた。

「僕の家には『移動キー』で帰る。帰宅時間にならないと作動しないから、もう少しここにいてくれ」

 そのまま連れて行かれるかと思ったが、ビルは一度、銀行業務へ戻る。その間、食事を分けて貰いながら、フレッドから再び『隠れ穴』へ帰るように説得される。ジョージは庇わず、また兄の小言へロンは一切も反論せずに受け入れていた。

「俺達の服だ。これで顔を隠して、ビルに着いて行ってくれ」

 勤務時間の終わりが迫り、ウォーリーとロンは双子の着替えを一つ貰う。外套で顔を隠した時、ビルは帰宅の身支度を整えて店へ戻ってきた。

 フレッドとジョージに手振りで挨拶してから、ビルへ付き従う。着いて行った先はオリバンダーの店。その前には誰が散らかしたか知れない空き瓶や缶が粗末に置かれていた。

 その内のひとつ、空き瓶をビルを掴む。2人もそれを掴んだ。

 全身を持ち上げられるように引っ張られ、『移動キー』は問題なく作動した。

 

 久しぶりの『移動キー』に目が回る。手で体の無事を確認してから、周囲に気を配る。頬を打ったのは潮風、耳に入ったのは静かなそれでいて心地よい波音だ。

 目の前には家があった。

 『隠れ穴』とは違う穏やかな雰囲気の白い壁と貝殻が美しく調和を取り、まるで風景画。

「ようこそ、『貝殻の家』へ」

 出迎えたフラーから見た目通りの名称を聞き、ウォーリーは状況を忘れて思わず感嘆の声を上げる。お洒落な玄関ホールから居間まで物色し、柔らかい色調に合わせた家具の配置はフラーの趣味だと察した。

「ビル、銀行の出勤に『煙突飛行術』じゃなくて、『移動キー』だったのは『血を裏切る者』と関係あるんじゃないの?」

 フラーとの挨拶もそこそこにロンは弱弱しくソファーへ座り、詰問する。

「さあて、どうかな?」

 軽くあしらったビルはラジオのスイッチを入れる。小声で何かを呟きながら、周波数を合わせる。彼の動きに見入っていると、ウォーリーはフラーからバスタオルと彼女の物であろう部屋着を渡された。

「シャワー、浴びて下さーい」

「私よりもロンを……」

 言い終えるのも許さず、笑顔のフラーは杖を優雅に振るう。その動きに合わせ、ウォーリーはバスルームに文字通り放り込まれた。

 勝手に動くボディブラシとスポンジに体を洗われ、これまた勝手に動くドライヤーに髪を乾かされた。

 背丈の合わない部屋着は手足の裾を折り、ウォーリーは不格好な姿で居間へ戻る。用意された夕食を不自然な程に無言な空気で頂く。ビルが食器を片づけている間、2人はフラーに部屋へ案内された。

 急ごしらえで用意したとは思えぬ丁寧な寝台がふたつ。

「一緒にいるべきだと思いまーした」

 ウォーリーはフラーに深く感謝し、胸中でハーマイオニーに謝罪した。

 2人きりにされても、久しぶりの太陽の匂いがする布団を楽しむような余裕はない。ウォーリーは念の為に『耳塞ぎ呪文』をかけた。

 疲労困憊の中でロンは持ち物を全て確認し、『ポケベル』が壊れた事実を絶望めいた表情で静かに聞いていた。

「腕輪は魔法で直すんじゃなく、修理が必要だ。ビルから色々と道具を分けて貰いたい」

 ロンは息を飲んだが、『バラけ』た肩を掴んで深呼吸する。すぐにでも発ちたい衝動を抑えているのだ。

「わかった。修理が終わるまで待つよ。それで連絡が取れなくても、行こう」

 最大の譲歩だ。

「さっき、ビルに『血を裏切る者』と『移動キー』の関係を聞いていたが、どういう意味だ?」

「純血の家系でも、マグル贔屓は『血を裏切る者』なんだよ。パパがよく言っていた。僕らはその中でも代表的な一家だ。アンブリッジも『問題分子ナンバーワン』ファイルを作っていたよ。だから、グリンゴッツ勤務のビルを『移動キー』で行動制限されているんじゃないかと思ったんだ。病気の僕と学校にいるジニー以外は見張られているんだ」

 的確な指摘にウォーリーは感心した。

 その身に激痛を味わいながらも、ロンは冷静に状況を分析している。

「頼もしいな、ロン」

 素直な感想を言葉にした途端、ロンは布団に倒れ込む。慌てて近寄れば、寝息を立てていた。

 当座の目的を定め、一先ずの安心を得たのだろう。

 ロンの寝息を聞きながら、ウォーリーはロケットの鎖を指先で摘んで【S】の文字を睨む。ただの装飾品としてみるなら、逸話など無関係に美しいという印象を受けた。

(触りたくないな、けど……ロンに渡すとジニーの二の舞になりそう)

 若干、失礼な事を考えウォーリーは空になった薬入れを小箱へと変え、ロケットを放り込んだ。

〔臭い物には蓋を〕

 日本語で呟いてから、ウォーリーは小箱を枕の下へ押し込む。不意に脳裏を掠めたのは、クィレル宛に書いた手紙を入れた箱だ。

 そこから、クィレル、スネイプ、学校にいる皆を思い浮かべながら、眠りに落ちていた。

 

 翌朝、ウォーリーは『ポケベル』の修理に取り掛かる。ビルに必要な材料をお願いした時、嫌味のひとつも覚悟したが、視線だけの抗議を貰った。

 ロンはリハビリがてらに杖を振い、家の中で『姿現わし』の練習をした。やはり、体に『バラけ』の後遺症が残っており、使う寸前に無意識に躊躇ってしまう様子だ。

 しかも、『灯消しライター』を見つめては「ハーマイオニーが呼んでる」と呟き出す。勿論、ウォーリーもライターに耳を当ててみたが、何も聞こえない。ロケットの仕業かと小箱も開けたが、異常はなかった。

(ロンにしか、聞こえない魔法か?)

 ダンブルドア自らが手掛けた『灯消しライター』なら、ありえない話ではない。

「ロン、次に聞こえたら、また教えてくれ」

 ウォーリーが頼んだ後はハーマイオニーの声は聞こえなくなったそうだ。

 

 3日目の夕食の折、ロンは神妙な顔つきでフラーを見つめる。あまりにも、堂々とした視線にウォーリーは彼の心情が理解できずに肝が冷えた。

「結婚式でフラーが着けていたティアラ、ゴブリン製だって言ってたよね? ミョリエル大叔母さんから借りた……」

「そうだよ、まだ返せていないんだ。色々とゴタついたから」

 ただの質問にウォーリーは安心し、ビルも穏やかに答える。

「ママがよくゴブリン製は錆や汚れを寄せ付けず、魔法族には再現できないゴブリンならではの技術が込められているから、とても貴重だって……そういうのって、武器もあるかな?」

 ロンの疑問にウォーリーはビルの返事を待つ。長兄は目を丸くし、一瞬だけ躊躇ってから答えた。

「……おまえも知っているだろう。グリフィンドールの剣だよ。スクリムジョールがハリーに渡したがらなかったのは、ゴブリン製だからというものあるんだと僕は思う」

 校長室で硝子ケースに納められた鞘のない剣。

 あれがゴブリン製などと思った事すらない。ウォーリーとロンは意外すぎて、驚きを通り越して反応できない。

「バジリスクを倒せたのはそういう……」

 確認するように独り言を述べたロンは最後まで言い切らずに視線を手元のフォークへ向けた。

「セシル!!」

 かと思えば、椅子から立ち上がって同級生の名を叫んだ。  

「浮気ですか?」

 フラーの悪意のない質問を受け、ロンは我に返る。

「違う! ビル、ちょっと頼まれて欲しいんだ!」

 まだ食事中だというのに、ロンはビルを無理やり立たせて部屋の隅で耳打ちする。唐突過ぎる行動にウォーリーは呆気に取られ、フラーと首を傾げ合うしなかった。

 布団に入る前、ロンは今まで違い表情を明るくして説明した。

「セシル=ムーンはバジリスクの牙を持っている! ビルに彼女が銀行に牙を預けていないか、確認して貰う。もしないなら、牙は彼女が持っている。ジニーに連絡して牙を寄こして貰おう」

 確かに『逆転時計』を借りる交換条件として、バジリスクの牙を求められた。成程、セシルから借りられれば破壊の手段を一つ得られるのだ。

 まるで『フェリックス・フェリシス』を飲んだように喋り続けるロンの考えはたった今、閃いたにしては大雑把ではあるが綺麗に整っている。ウォーリーの心も躍ってきた。

「計画、変更だ。ジニーからどんな返事が来ても、出発しよう。『ポケベル』は行きながらでも修理する」

「わかった、僕もそのつもりで準備するよ」

 希望の道筋が見えた。

「目指すのは、やはり、ハリーが行きたがったゴドリックの丘か? 私はそこに行った事ないが、ロンはどうだ?」

「僕もない。けど、場所は知っているよ。有名だからね、歩いてでも行くよ」

 自分の脚を叩き、ロンは前向きだ。

「近いのか?」

「いいや。勿論、ここからだと距離はあるよ。けど、流石にパパの車はもう使えない。『夜の騎士バス』は絶対駄目だ……一番近いところまで『姿現わし』して、そこから歩こう」

 合流を急ぎたくても、安全な方法を取らなければ2人にも危険が及ぶ。本当にロンは現状を理解している。『ポケベル』が壊れたくらいで慌てふためいた我が身が恥ずかしい限りだ。

 

 それからビルに調べて貰い、セシルは銀行に預けた記録はない。そして、ジニーから学校の検閲が厳しく、個人的な代物は持ち込めないという返事が来るまで5日かかった

「ジニーの奴。グリフィンドールの剣を持ち出そうとして、罰則を受けたんだ」

 ロンがジニーからの手紙を読み耽っている時、ウォーリーはビルに耳打ちされた。

「ジニーの手紙にはそんな事、書いてなかったが?」

「ジョージから連絡が来た。親父宛にスネイプ校長から、ジニーへの罰則報告が来たとか」

 ウォーリーにだけ伝え、ロンの耳に入れないのはジニーを心配する気持ちを知っているからだ。それ以外にも含みは感じるが、無視しておく。

 

 今夜で発つ。

 別れを惜しむ為か、ロンは普段より饒舌にフラーとリータ=スキータが著書【アルバス=ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘】の内容について何度も盛り上がった。

「スキータがグリンデルバルドに取材したなら、敬意を込めて読もう」

「いくらなんでも、スキータが可哀想でーす」

 言葉とは裏腹にフラーは同意して笑っている。ウォーリーはそれ以上の話を拒んだ。

 部屋に戻った2人は持ち物を確認しながら、今後の行動を決める。

「セシルの牙はご実家にある。もしも、彼女に頼むならばクリスマス休暇しかない。セシルの家には行った事がある。そこは問題ない……ただ」

「休暇までにハリー達と合流して、セシルを説得する手立てを考えなきゃな。今の僕達だけじゃ、無理だ」

 『ポケベル』の修理は間に合わず、騎士団の誰かに会う事はなかった。

《ガリオン金貨を御守りに持っているわ》

《製造年月日は重要です》

 いきなり、ラジオから偽名を名乗るクララと懐かしのリー=ジョーダンの声が聞こえた時は驚いた。

 聞けば、『ポッターウォッチ』という有力な情報ラジオ番組。ビルがラジオの周波数を合わせる際に呟いていたのは、番組を繋げる為の合言葉だった。

 その番組でハリーの居所は掴めていない。つまり、無事ということだ。

「思うんだが、ティアラをロケットに叩きつけたら、壊れないだろうか? 剣と同じゴブリン製だろ?」

「ミョリエル大叔母さんに殺されたいなら、やってみるといいよ。大体、牙じゃないのに剣でロケットが壊せるの? バジリスクは倒せたけど、『分霊箱』は別物だろ?」

 お互いの疑問を口にしてから、ひっかかりを覚える。

「ダンブルドアはグリフィンドールの剣で、指輪を破壊したって……話を聞いていないか?」

 恐る恐る確認すれば、ロンの眉間が痙攣して目が据わる。

「聞いてないけど?」

「では今、言いました」

 ウォーリーが棒読みで返せば、怒ったロンは枕を投げつける。自業自得なので、顔面で受け止めた。

 時計を見れば、そろそろ新婚夫婦が眠りに入る時間だ。

 そして、どちらともなく動き出す。

 借りていた部屋着を脱いで丁寧に畳み、寝台も出来るだけ整える。双子から借りた外套に身を包み、世話になったビルとフラーに何も言わず、台所から食料を失敬しようとした。

 食卓にリュックサックがひとつ、置かれていた。

【ラジオを持って行け、簡単な物は入れてある】

 簡潔に書かれた文字を見て、ロンは困ったように笑う。

「兄貴には叶わないな」

 ビルの代わりにロンへ感謝の意味を込め、ウォーリーは肩を叩いた。

 地上の光が『貝殻の家』しかなく、今にも降り注ぎそうな星々が空に散りばめられ、反対にさざ波の音しか聞こえぬ海は世界の果てのように闇しかない。

「少し離れた場所で『姿くらまし』しよう」

 魔法の痕跡は残る。

 ビルとフラーに配慮し、ウォーリーとロンは歩き出す。足取りは軽かったが、浮かれてはいなかった。

 

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 ロンとウォーリーが追手と共に『姿くらまし』させられた瞬間、反射的にハリーはハーマイオニーへと飛び付くように抱きしめて『付き添い姿くらまし』した。

 切羽詰った状況で思い付けたのは、ヴォルデモートがボニフェースを弔った川原だ。

 光の向こうに視界が開け、そこは記憶で見せられた場所そのもの。ただ、ボニフェースを埋めたはずの木がない。

 お互いの無事を確認し、ハーマイオニーは慌てて周囲を見渡す。

「ここは何処? 2人は?」

「連れて行かれた」

 隠さず、話す。ハーマイオニーは驚愕し、それでも2人を探そうと無骨な岩場へと飛び乗った。

「ああ……ハリー、見て」

 ハーマイオニーの困惑した呻きに導かれ、ハリーも岩場へと飛び移る。彼女の視線の先を見た。

 目と鼻の先に町がある。耳を澄ませば、微かだがバスのエンジン音も聞こえた。

「ここが何処だか、知っているの?」

「ハリー、ここにはドリスさんの家がある町よ。あの公衆電話、バス停の位置、間違いないわ。『透明マント』を被って行ってみましょう」

 こんな傍に川原があるなど、知らなかった。

「僕はヴォルデモートがボニフェースを埋めた場所だから、思い付いただけなんだ。あいつは……」

 言い終える前にハリーは空気の変化に気づく。

 ハーマイオニーもビーズバッグから取り出した『透明マント』で急いでハリーもろとも、身を隠した。

 先程の追手とは違う面子が3人、『姿現わし』してきた。

 彼らは周囲を見渡し、誰の姿もない様子に疑問していた。

「スカビオール、誰もいないぞ」

 面倒そうに1人がスカビオールへ声をかけ、呼ばれた彼は杖を掲げる。

「ホメナム レベリオ!(人 現れよ!)」

 スカビオールが叫ぶ。発見されてしまう恐れに2人は唇を噛んで、呼吸さえ止める。見えない何かが自分の上を低く飛び、それの影の中へハリ―の体を取り込むような奇妙な感覚を味わった。

「確かに誰かいるな」

 『透明マント』にいるハリーとハーマイオニーが見えていないはずだが、スカビオールの視線はこちらに向けられている。3人は迷いなく、岩場を歩いてくる。騒がしい心臓の音で気付かれそうな程、近付かれた。

 一か八か、ハリーは杖を握り締めてもう一度、覚悟を決めた。

「おやおや、『人さらい』どもが何の用だい?」

 3人に後ろから、丸腰のコンラッドは迷い込んだ動物に声をかけるような口調で挨拶してきた。

 いつの間に現れたのかはハリーにもわからない。少なくとも、『姿現わし』の音はしなかった。唐突に現れたコンラッドをスカビオールは仲間と顔を見合わせ、一先ず、杖を向けた。

 だが、それを合図にしたようにスカビオール達は踝から吊るし上げられる。驚いた拍子に彼らは杖を落とした。

「初めに言っておこう。私に懸賞金はかかっていない。魔法省も闇の帝王からもね。私を逃がしたからと言っても、誰も責めないよ」

 機械的な笑顔で親切な口調なのに、コンラッドから無垢な残酷さを感じる。例えるなら、蛇が蛙を戯れに睨んでいる雰囲気だ。

 いつ、こちらが捕食されてもおかしくない緊張感に苛まれ、ハリーの頬は冷や汗を流した。

 スカビオール達も同じ感覚なのだろう、ゾッとするあまりに静まり返っていた。

「だ、旦那。誰もあんたに用なんてねえ。お、俺達、『穢れた血』を探していただけだ。下ろしてくれたら、すぐに別の場所を探す」

 恐怖に強張った表情で滝のように汗を流し、それでもスカビオールは必死に声を出した。

 コンラッドは目を細め、更に微笑む。

 同時にスカビオール達は解放され、吊るされた体勢から地面に叩き落とされる。荒事には慣れているらしく、体が地面に触れた瞬間に体勢を起こす。彼らは自分の杖を手にした順番に『姿くらまし』した。

 入れ替わるようにスタニスラフが姿を見せる。彼は川原に近寄らず、周囲を警戒している様子だ。

「よろしいのですか? 何も聞き出せませんでしたが……」

 スタニスラフの声はほとんど聞こえない。必死に聴覚を働かせた。

「『人さらい』は金で動く雇われ、『闇の印』も貰えない使い走りだよ。ここでら彼を殺せば、他が雇われるだけだ」

 コンラッドから機械的な笑みを向けられ、スタニスラフは彼の耳元まで顔を寄せて囁く。

「しかし、『人さらい』がここ来た理由は何でしょう? この町はトトが知りうる限りの保護魔法を施されております。例え、国そのものが落とされても、ここだけは護られるはずでは?」

「この川原が境界線でね、近寄るだけなら出来るんだ。まあ、放っておいても町には入って来れなかっただろうけどね。一応、私の家には『忠誠の呪文』をかけておくか……」

 スカビオールが立っていた場所へしゃがみこみ、コンラッドは『透明マント』で身を隠すハリーとハーマイオニーに気づいているかのように一瞥した。

 今、声を出してはならない。見られてはならない。そんな勘が働き、ハリーは震える手先を地面に無理やり置いた。

「行きましょう、奴らが『死喰い人』の誰かに知らせないとも限りません」

「はいはい。君、ちょっと神経質だね」

 スタニスラフの心配されても、コンラッドは笑みを消さずに冗談っぽく返す。もう一度、周囲を見渡してから文字通りに消え去った。

 それでもハリーは緊張を解かず、身動きひとつしない。ハーマイオニーも同じだ。

 風が吹き、太陽の位置が傾いてから『透明マント』を脱いだ。

 『ポケベル』には何の報せもない。すぐに先程までいた森へと『姿くらまし』した。だが、ロンとウォーリーが戻ってきた形跡はなかった。

 

 ――2人が捕らえられてしまった。

 

 絶望感に打ちひしがれるよりも、自分達の安全を確保しなければならない。そう判断し、ハーマイオニーは杖を円を描くように走りながら振う。

「プロテゴ トタラム……。テントを用意していて!」

 滑らかな発音で唱えているのは、防火扉の時と同じ保護呪文だ。ここで一夜過ごすつもりだと察し、ハリーはビーズバッグから寝袋やテントを探す。

 このテントは以前、キャンプ場で寝泊まりした物と同じ物で見た目よりも中身は広い。

 ガマグチ鞄から適当な食料を取り出す。この時、ロケットをウォーリーが持って行ったと思い知った。

 カップラーメンが目に付き、読めない日本語の説明文にある挿絵と数字から、どうにか「お湯を注いで3分待つ」と解釈して待った。

 その間、ハーマイオニーはハムを切り分ける。ラーメンの中身を彼女と半分、食べ終わるまで無言、味の感想もない。ハリーは塩味が効いて美味しいと思った。

「名前よ」

 ハーマイオニーは開口一番にそう吐き捨てた。

「あいつらが追いかけて来れたのは、『あの人』の名前を口に出したからだわ」

 早速、ヴォルデモートの名を言いかけて口を噤んだ。

「ずっと、考えていた……。3回、追いつかれた原因は何だろうって……、その共通点が『あの人』の呼んだ時よ。1回目はロン、2回目はウォーリー、さっきはハリー、貴方よ。だから、『名前を言ってはいけないあの人』だったんだわ。恐ろしいからじゃない、『死喰い人』を呼び寄せるのよ」

 文章問題の解釈を間違えたような悔しさに似た言い方だ。

「けど、ダンブルドアはそんな事を言わなかった。いつも、名を恐れるなって」

「ええ、きっとダンブルドアも本当に知らなかったのよ。『あの人』はダンブルドアのように勇敢な人は自分の名を恐れず、口にする。そういう人を真っ先に始末したい。理に叶っているわ。魔法省の『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』以上の効力よ。魔法行為ではなく、名前を察知する! そんな事が可能だなんて、私は思い付かない!」

 怯えたハーマイオニーはヴォルデモートの魔法の力を純粋に怖れ慄いていた。

 ハリーは思う。グリモールド・プレイスの屋敷では何度も、ヴォルデモートの名を口にした。無事だったのは、ブラック家が代々積み重ねた保護魔法、あるいは『忠誠の呪文』による効果なのだと気づいた。

 それだけの強力な護りでもなければ、『死喰い人』、さっきのような雇われ『人さらい』がやってくる。

「ハーマイオニー……」

 正直、ハリーもヴォルデモートの魔法には恐れ入った。恐怖よりもハーマイオニーを落ち着かせる事を優先し、彼女の隣へ座り込んで肩を抱いた。

 ハーマイオニーは逆らわずにハリーの胸へと頭を預けた。

 この役目は本来なら、ロンだ。

「ロンは無事だ。ウォーリーも無事だ。2人は賢い、僕らよりも突破口を見つける。大丈夫だ」

 胸で咽び泣くハーマイオニーの代わりにハリーは呪文のように繰り返す。ヴォルデモートの名が奴を呼び寄せるように、何度も2人の名を呼んだ。

 いつの間にか、眠っていた。

 時間を見れば、深夜帯だ。

 見張りも付けなかったのに疲れを言い訳にしてはいけない。ハリーはハーマイオニーに毛布をかけ、テントの外へ出る。一寝入りした為に頭痛はしても、意識は冴えていた。

 

 ――だから、目に映る光景はヴォルデモートの視界だとすぐにわかった。

 

「持っていない! あれは盗まれたんだ!」

 

 ――探していた杖作り・グレゴロビッチ。恐怖に怯える黒い瞳の奥へ吸い込まれた先には、麗しく若い男が窓から去っていく姿が見える。確かに盗まれていた。盗人の名は今でも知らぬと答えた。

 ブルガリアの杖作りから盗むべき、物とは言えば――。

 

「盗まれたのは……杖だ!」

 頭の天辺から、足のつま先まで指先まで感覚を得たハリーは叫ぶ。閃きは額の痛みも気にならない。ただ、体がテントへ寄りかかって不格好な体勢になっていた。

「ハリー、どうしたの!?」

 冷水をかけられたように覚醒し、ハーマイオニーはハリーを横から抱き起こした。

「あいつだ。あいつはグレゴロビッチを見つけて、多分、殺した。その前にグレゴロビッチの心を視た。杖なんだよ、ハーマイオニー」

 汗だくで訴えかけるハリーに肩を貸し、青筋を立てたハーマイオニーは無言でテントの中へと連れ込んだ。

「あの人の心を覗くのはやめて! 見てしまうっていうなら、ちゃんと『閉心術』を使って頂戴! 成功した時の感覚を思い出して!」

「ハーマイオニー、僕は冷静だ。冷静にあいつが何をしたのか、自分の感覚で見えたんだ。本当だ、傷痕は痛いけど、僕は自分の意識を保っていた。それで思い付いたんだ。あいつがグレゴロビッチを探していた理由を!」

 早口で捲くし立てるハリーをハーマイオニーは胡散臭い目つきで返す。ヤカンに水を入れ、火を熾して紅茶の用意をしてから彼女は溜息を吐いた。

「聞きましょう」

「前にグリンデルバルドが『ニワトコの杖』を持っているんじゃないかって話をしただろう? ヌルメンガードにいるなら、彼の杖は今、何処だ? 僕なら、そんな杖は杖作りに託す。つまり、グレゴロビッチだ。あいつは杖を作って欲しいんじゃない。お伽話で最強の杖と謳われた杖が欲しいんだ!」

 言い終えたハリーは若干、冷めきった表情のハーマイオニーに紅茶を勧められ、有り難く飲み干した。

「一理あるわ。貴方の杖、あの人と対峙した時に貴方の意思とは無関係に助けてくれたんでしょう? あの人もそれをわかっているんだわ。手持ちの……並みの杖作りの杖じゃ、貴方を殺せないって」

 顔を顰めるハーマイオニーはハリーの無防備な心を責めていた。

 

 ――全てはハリーを自らの手で殺す為。

 

 理解していたはずなのに、改めて叩きつけられた現実。途端に傷跡の痛みを強烈にした。

「あの人は杖を手に入れた?」

「いいや、盗まれていた。ずっと昔に……相手の名前もグレゴロビッチは知らなかった」

 盗まれた部分を聞き、ハーマイオニーは考え込む仕草を取る。ガマグチ鞄から【吟遊詩人ビートルの物語】を取り出し、グリンデルバルド、もとい『死の秘宝』の印を細い指でなぞった。

「逆なんじゃないかしら?」

 額の傷痕を無意識に手で押さえ、ハリーは変な声を上げて返す。

「グリンデルバルドは『死の秘宝』の印を自分の印にしていたわ。多分、彼はグレゴロビッチが所持していると知って盗んだ。その後も『ニワトコの杖』だと触れ回らなかったんじゃないかしら? 盗みを知られたくないんじゃなくて、伝説の力を秘匿にしておきたかったと思うわ」

 ハーマイオニーにしては感傷的な答えだ。

「だったら、杖は何処にあるんだ?」

 少しずつ痛みは引いてきたが、ハリーは粗雑な言い方で問う。深刻に見開かれたハーマイオニーの目は解答を拒む。口に出したくないが、その答えにしか行きつかなかった時の心境だ。

「それはロンとウォーリーに合流出来てから、話すわ。見張りは私がやるから、お願いだから眠って頂戴」

 長い沈黙の中、ようやくハーマイオニーはそれだけ告げた。

 ヴォルデモートの目的は『ニワトコの杖』、ダンブルドアはそう伝えたかった。

 それがわかっただけでも、良しとした。

 前向きに考え、ガマグチ鞄から寝袋を取り出している内に痛みは消えた。

 

 夜が明け、今後の方針を決める為に荷物を広げる。ハーマイオニーは新しいメモ書きへ魔法省で見聞きした事柄を詳細に書いて行く。物音を聞けば、彼女は思わず、ロンの名を呼んだ。

 ナイジェラスの肖像画を見つけ、額縁に姿はない。自尊心の強い、元校長は無理やり鞄に詰めた事を怒っているだろう。とりあえず、手拭いで絵そのものを覆った。

「もうひとつ、『分霊箱』を探し出しておこう。条件を満たせば、『分霊箱』同士で破壊できる。最悪、それでやるしかない」

 一度、分断した魂の繋がりは強烈な苦痛を伴う。勝算は十分にあるのだ。

「どうして、アンブリッジは無事だったのかしら? 元が邪悪と言っても、あれは多分、持っているだけでその人の心を乱すわ」

 ハーマイオニーと疑問にハリーはある種の確信があったを。

「ウォーリーのお母さんは夏の間、ずっと持っていたはずだ。それなのに無事だった。ジュリアを唆してまで、逃げなければならなかった。理由は言葉の壁だ。アンブリッジの場合は自己中心。あいつは話が通じない……正しくは自分の影響を受けない人が苦手なんだ。ウォーリーは影響されないように出来るだけ対策して持っておくはずだ。彼女は心配ない」

 ハリーは至極、真剣に答える。答えの内容が意表を突いたらしく、ハーマイオニーは肩を痙攣させてまで笑った。

「……話が通じない人……、ええ、そうね。私も苦手よ……ふふ」

 ようやく見れた笑顔にハリーは安堵した。

「ねえ、ハリー。私の上着を置いて行っていいかしら? ロン達がここに来た時に私達の無事が伝えられるように」

「そうだね、この木に縛っておくのがいいかも」

 そうして、ハリーはハーマイオニーの上着を木の幹に縛り付ける。『姿現わし』した先で次に移動する時に、目印としてこの作業を加えた。

 幾分か安心したハーマイオニーはロンと再会するまで彼の名を口に出さない方針を固めた。

 

 その為に合流が遅くなるとは、露とも知らず――。

 




閲覧ありがとうございました。

ロンにはバラけてもらいました。ごめんね

ティアラで『分霊箱』は壊せません、皆さんは真似しないでください。

ヴォルデモートの名を呼ぶと保護呪文が乱れてそれを感知する。どれだけ凄いかよくわかる魔法、流石は天才、恐ろしいです。

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