小声は「()」で表記します。
追記:17年3月4日、18年12月26日、誤字報告により修正しました。
試合の後は日曜日。
情報を得るなら早い方が良い。善は急げとクローディアとハーマイオニーはハグリッドの家へ向かった。ハリーとロンも来るはずだったが、夜更かしが祟って起きてくる気配すらなかった。
仕方なく、ハーマイオニーは2人に伝言メモを残してきた。
寒さ対策としてクローディアはホッカイロを揉みだす。温かくなったカイロをハーマイオニーに渡し、ポケットからもう1枚取りだす。
ハグリッドの家が視界に入るとハーマイオニーが気付く。
「煙突に煙が上がってないわ。お留守かも」
「行くとしても、無駄足になりそうさ。間が悪いさ」
白い息を吐き、クローディアは忙しなくカイロを揉んだ。
用がないのに凍える外にいたくない。彼女らは、城の中に逃げ込んだ。
「どうするさ?」
「そうね、図書館に行きましょう。あそこなら、マダム・ピンスが温かくしてくれてるし」
間が悪いことは続くもので、図書館に珍しく閉館の文字が宙に浮かぶ。クローディアが無理に入ろうとすれば、鋭い動きの文字から制裁を食らった。
結局、行ける場所は大広間のみ。まばらな上級生の中には課題に勤しみ、昨日の試合を話しあっている。教職員席もスネイプと『天文学』のオーロラ=シニストラを始めとした数人しか座っていない。
スネイプの姿を視界に入れ、クローディアはハーマイオニーと寄り添いながら座る。
「(誰かにハグリッドが何処に行ったか聞いてみるさ?)」
「(スネイプ……先生が見ている前ではやめましょう。ハリー同様、あなたも目の敵にされているんだから)」
不意に聞きなれた重い足音が大広間にやってきた。ハグリッドは自分の身体に匹敵する大きさの木箱を抱えていた。その木箱をシニストラの元に運んで行く。
シニストラが席を立ち、ハグリッドと大広間を後にした。
「ハグリッド、忙しそうさ」
「午後になってから、もう一度、会いに行きましょう。そのくらいになれば、ハリー達も起きているわ」
「ミス・クロックフォード」
闇色の声がかけられ、2人の体温が一気に下がる。先入観はあるのもので、その黒真珠の瞳は、より狡猾な牙に感じられた。
「おはようございます。スネイプ先生」
「手に持っている物を出しなさい」
無駄な抵抗をせず、クローディアはカイロをスネイプに差し出した。
「またこういうものを学校に持ち込むとは、懲りないものだ。レイブンクロー5点減点、明日より週末までの早朝に罰則を言い渡す」
「……はい、わかりました」
異論を口の中で殺し、それが表情に出ないように目を伏せて承諾する。
反論どころか、目も合わせないクローディアを怪訝してから、スネイプは大広間を去った。いなくなったと確信してから、彼女は深く溜息を付き、肩を落とす。
「私も持っていると気付いていたくせに、貴女だけなんて酷いわ」
憤慨したハーマイオニーが扉に向かて「べ~っ」と舌を出す。
間が悪く、クィレルが現れてしまう。ハーマイオニーの舌を見て、彼はひょっとんと目を丸くした。慌てふためいた彼女は素直に謝った。
「ごめんなさい、違うんです。こ、これはスネイプ先生にやっていたんです」
「あ……、ああ。な、なるほど。ま、また、減点でも、されたのかな?」
痙攣したような笑い方で、クィレルは寒そうに自分の腕を擦る。それを見てハーマイオニーはカイロを差し出した。
「これ、マグルの道具ですけど、すごく温かくなります」
「そ、それは、君が使い、たまえ。ミス・グレンジャー」
必死に断るクィレルの手を取り、ハーマイオニーはカイロを握らせた。
カイロの温度に驚きながらも、クィレルの表情に感嘆が浮かぶ。その反応にハーマイオニーは満足そうに、クローディアを振り返る。
「これ、クローディアのご実家から送られてきたんです。ホッカイロというものなんですよ」
「す、すごいな。わ……、私もマグルの防寒具はいくつか知っているが、こ、これは初めてだ。おもしろいっ」
語尾に含まれた穏やかな声を耳にし、クローディアは気付く。
極僅かだが、クィレルから普段の緊張した笑みが消えている。例えるなら、これが自然な笑顔だという印象を受けた。
もしかすると、普段は神経質な態度を演じている役者かもしれない。確か、彼には『おかしなまやかし』が使えるはずだ。それは、絶対に話さないゾンビの撃退法にあるのではないか?うかつに広めては、スネイプのような闇の魔術に興味がある者に悪用されるのを防ぐ為ではないか?そこまでの算段があるなら、成程、防衛術の教授に相応しい限りだ。
(ちょっと考え過ぎたさ)
これでは、クィレルを過大評価しすぎている。
さっきから何も言わずに凝視してくるクローディアから、クィレルは顔を逸らす。顔を背けられ、無駄に見つめてしまったと反省した。
「クィレル先生。ゾンビの倒し方について、ヒントを下さい。有効な魔法で倒したのか、物理的な方法で倒したのか、それだけ教えてください」
クローディアは礼儀正しく頭を下げる。
「私も知りたいです。全部が無理なら、クローディアの言うとおりヒントだけ、お願いします」
クローディアに倣い、ハーマイオニーも頭を下げる。
いきなり頭を下げる2人を交互に見つめ、遂にクィレルは観念した。震える指先で口元を押さえながら、彼は2人の耳元に囁く。
「(物理的にゾンビを押しつぶしたんだ)」
か細くて聞き取りづらいが、確かに聞こえた。
「「ありがとうございます」」
クローディアとハーマイオニーが礼を述べ、クィレルは照れ臭そうに笑う。カイロを持ったまま彼は、教職員席へ座った。
得した気分で微笑んだ2人はこの場だけの秘密にしようと誓った。
☈
昼が過ぎた頃、ハリーは起き上る。メモに気付き、ロンを叩き起して大広間に急いだ。本当は、すぐにでもハグリッドの元へ行きたかったが、空腹には勝てない。渡ろうとした階段が動き出したので、2人は向こう側へと跨ぎ飛んだ。
薄暗い廊下を突き抜けようとした時、ハリーは何かを踏んだ。砂のような感触に気付き、足元を見下ろす。誰かが廊下に砂をぶちまけたらしい。よく周囲を見れば、紙も細かく破かれて捨てられていた。
「フィルチの奴、ちゃんと掃除しろよな」
ロンはそう呟き、ハリーも特に気にすることもなく、その場を後にした。
☈
ハグリッドの家に4人で訪ねたのは結局、日が傾きかけた時になった。家の前でファングに櫛を入れていた彼は、突然の来訪を喜んでくれた。
『赤ずきん』に出てくる狩人の家という印象を受け、クローディアは物色する。ボーガンや桑などの道具や立派な角の飾りが雑然と置かれていた。どれもこれも、ハグリッドの持ち物なので、デカイ。彼が客人用として出した椅子は、ひとつだ。クローディア、ハーマイオニー、ハリー、ロンが座っても余る。
「4人だから、これを4つと……ん? 4人!?」
茶の用意をしていたハグリッドは、口にしてから驚く。手にあるコップを落としかけ、勢いよくクローディアとハリーの2人を交互に凝視した。
ハグリッドの目が飛び出そうな程、見開く。
「おめえさんたち、知り合いなのか?」
不躾な質問を受けたが、ハグリッドは4人が集まった時を今日、初めて見た。クローディアとハリーはお互いを見てから肯定する。
「そうだよ、ハグリッド。僕と彼女は友達なんだ。寮が違うけど」
「そうじゃなかったら、ここにいないさ」
ハリーが答えると、ハグリッドは柔らかく目を細めて髭の中で口元に孤を描く。今まで見た中で、一番暖かい笑顔だった。機嫌良く彼は机に分厚いサンドイッチを取り出した。
「そうか、そうか、それならええ。俺は嬉しい。ほれ、イタチサンドがあるぞ」
お言葉に甘えてひとつクローディアは貰おうとしたが、ハーマイオニーに阻止された。
わざとしく咳き込んだロンは3人に視線を送る。ロンはすぐにでも、本題に入ろうとしていた。クローディアが頷くと、ハリーが深呼吸してから口を開く。
「僕達、仕掛け扉に『賢者の石』があることを知ったんだ」
「なんだと!? なんで、そのことを!?」
ハグリッドは驚いた拍子にヤカンのお茶を自分の足にかけてしまった。熱くないらしく、そこには動じない。
「それで、クローディアがどうして石を学校で守るのかって不思議に思っているんだ」
「ホグワーツが一番安全だからって、言ったんだけど。クローディアったら、全然納得してくれないの。だから、ハグリッドが教えてあげて。どれだけ安全な方法で守られているのか」
ロンとハーマイオニーを一瞥し、ハグリッドはクローディアに信じられないという眼差しを向けた。彼女は少々、意地悪い笑みを見せてひと押しする。
「グリンゴッツのような万が一ってことも、有り得るさ」
それが効いたらしく、ハグリッドは髭の中で低く呻き声を上げた。
「万が一なんてねえ。何人も先生が魔法の罠をかけてんだ。……スプラウト先生、フリットウィック先生、クィレル先生、マクゴナガル先生、スネイプ先生……」
「スネイプだって?」
思わず、ハリーは不信な声を上げる。クローディアを見てからハリーは、先生」と付け加えた。
そんなハリーに気付かず、彼女は物思いに耽る。何故、誰でも欲しがる『賢者の石』をそこまでして、学校で守るのか理解できない。仮に侵入された場合、厳重な警護が仇になる。
好奇心に目を輝かせたハーマイオニーが机に身を乗り出す。
「どんな罠をかけてるの?」
「そこまでは知らねえが、ま、フラッフィーがいれば十分だな。あいつの宥め方は俺とダンブルドアしか知らねえ。……いけね。これも内緒だった」
嘆息してから、ハグリッドはクローディアに警告するような視線を向ける。
「クローディア、わかったか? ちゃんと先生達で守ってんだ。何の心配もいらねえぞ。だから、この件にはもう関わるな」
「それだけ厳重だと私は絶対、行かないさ」
観念したと両手を上げる姿をハグリッドは何の疑いもなく、満足した。
(スネイプ先生が脅していたのは、こういうことさ)
つまり、それぞれの教師はお互いが如何なる罠を用意したのか知らない。だから、スネイプはクィレルに協力を求めた。午前中にクィレルを過大評価しすぎていた。ゾンビを倒す術を隠匿しているのは、ただの彼の性だ。
最早、クィレルにそれ以上の力はないとクローディアは判断した。
――もっと注意深く……否、真っ向からクィレルと対峙していたなら、その判断を下すべきではなかった。そんな後悔に打ちひしがれる日が来るなど、今のクローディアに知る由もない。
何故だが、この日を境に4人が集まれる機会を失ってしまう。理由は、罰則や試合の練習と様々だ。クローディアとハーマイオニーが『賢者の石』を移動させる言い訳を考えたが、どれも説得力がないものばかりだ。
だからといって、クローディアは焦らなかった。じっくりと考えを纏め、ダンブルドアを説得するべきだ。
根を上げたのは、ハーマイオニーのほうだ。寧ろ、教師達の罠があるから『賢者の石』は安全であり、自分達は手を引くべきだと言いだした。その意見が浸透していくように、授業や勉強を言い訳にして滅多なことがない限り、『賢者の石』について話さなくなった。
スリザリン対レイブンクローとの寮対抗戦。卑劣極まりないスリザリンの戦法により、レイブンクローは抵抗空しく敗北した。
選手達は意気消沈していたが、それを回復させる出来事が待ち受けていた。
2月14日。
起床したクローディアが談話室に下りると、そこは異様な雰囲気に包まれている。男女ともに奇妙に恥じらいを見せ、何処となく落ち着かない。しかも、談話室だけでなく、廊下や大広間でも、その雰囲気は付きまとっていた。
フクロウ便の時間になると、普段以上にフクロウ達がせっせと大量の手紙や包みを運んでいる。大方はクィディッチの選手達に配られる。パドマにも手紙が贈られ、照れくさそうにしていた。ハリーも手紙に埋もれて苦しそうにしていたが、機嫌が良さそうだ。それをロンが羨ましそうに眺めた。
その状況が気にいらないのは、ハーマイオニーも同じだ。レイブンクロー席でクローディアの隣を占領し、彼女は不機嫌にパンを齧る。
「今日は随分と手紙が多いさ。手紙を出さないといけない日さ?」
純粋な疑問を述べるクローディアを見て、ハーマイオニーはつまらなそうな口調で返してきた。
「わかってるくせに、今日はセントバレンタインデーよ。私、この日は喪に伏せるべきだと思うわ。バレンタイン司教が亡くなった日なんですから」
後半は無視し、クローディアに思い出す。小学校の頃、社会の授業で都市伝説を集めた。その中に、『バレンタインデーには女子が好きな男子にチョコを上げる』という項目が確かにあった。
「バレンタインデーって、魔法界の行事だったさ」
納得して呟いたクローディアをハーマイオニーは勢いよく振り返る。凄い形相で凝視され、逆に驚いてしまう。
「何か、おかしいこと言ったさ?」
「マグルにも、バレンタインデーはあるわよ。日本にバレンタインはないの!? うそでしょう!?」
吃驚仰天とハーマイオニーは自分の口元を塞いでから、クローディアの頬を引っ張る。動揺しているのはわかるが、地味に痛い。
「知ってはいたさ。女子が好きな男子にチョコをあげる日だってさ。でも、それって都市伝説でしょうさ? 実際、うちの学校では誰もそんなことしてないさ」
隠す必要もないので、クローディアは正直に話す。
理解しがたいハーマイオニーは、それでも無理やり納得してクローディアから手を離した。
「いいこと、バレンタインデーっていうのは男女関係なく、親しい人や恋人に贈り物を渡すの。チョコレートを贈るという習慣については……ちょっと聞いてるの!?」
「聞いてます。聞いてます」
椅子に正座してクローディアは、ハーマイオニーの講義を受ける。
バレンタインデーの由来を聞けば聞くほど、クローディアにはお歳暮やお中元の印象しか受けない。そんなことを言えるはずもなく、ハーマイオニーの話を授業が始まるギリギリまで真面目に聞き入った。
『魔法薬学』には習慣日など関係ない。生徒は全員、普段のまま緊張した。調合が1人だけ成功しなかったクローディアはスネイプから罰則を申し渡された。
「ある意味、スネイプ先生からのバレンタインプレゼントですね」
リサの冗談に、クローディアはげんなりした。
罰則の時間が迫り、地下教室を目指すと空き教室から話し声が聞こえた。
どうせ、ロジャーの仕業かと思いながらも、教室の扉を見やったと同時に扉が開いた。現れたのは幸せそうなに笑うパーシーと優位な笑みを見せるペネロピーだ。
ペネロピーが桃色の包みを手にしていた。パーシーから彼女へのバレンタインプレゼントだと、すぐに察した。
クローディアとペネロピーの目が合い、人差し指を唇に当て口外無用を訴えてきた。承諾の意味で、親指を立てた。
睨みつける監視の元、クローディアはようやく罰則を終えた。重い荷物を運ばされ、手や肩が痛い。早く部屋で休みたかったにも関わらず、螺旋階段の手前でフレッドとジョージが待ちかまえていた。
気力と体力が疲弊したクローディアは、双子から逃げだせず、呆気なく捕まった。
「「なあ、誰かにバレンタインカードを上げたか? 誰かに貰ったか?」」
何の期待をしているのか、双子はすごく目を輝かせている。
「ハーマイオニーに書いて渡したさ、ハーマイオニーも私にくれたさ」
解放されたいクローディアは、面倒そうに答える。回答が気に入らなかったらしく、双子は期待外れだと鼻で笑った。
「おまえ、本当。つまんねえな」
吐き捨てたジョージの足を蹴ろうとしたら、避けられた。
甘い男女の祭りが終わると、レイブンクロー生には厳しい現実が待ち構えていた。学年末試験に向けての勉強に取り組むことになったからだ。
この時期は、復活祭の休暇までに6年生が監督する模擬試験を行うのが、レイブンクロー特色の行事である。唐突な説明をされ、多くの1年生は悲鳴を上げた。
6年生がこれまで実際に出された試験を羊皮紙に綴り、7・5年生以外の学年それぞれに配られ、毎週末には『呪文学』の教室を借り、学年別で本番さながらの試験を行う。
実技などは呪文の詠唱、杖の振り方を注意され、筆記試験は自分の答えをメモし、学年別に自己採点する。総合点の低い生徒は、7年生が監督する補習試験を受けるはめになる。7年生は卒業を控えた『N・E・W・T試験』があり、殊更、神経質で恐ろしく誰も受けたくない。
模擬試験の話を聞きつけたハーマイオニーは、熱意に参加を希望した。クローディアが監督生に相談すると希望者は他寮でも受け入れると、喜ばしい返答を貰った
ハーマイオニーがハリーとロンにも参加を勧めたが、彼らは矢の如くに逃げ去ってしまった。
模擬試験の結果、クローディアの実技は良いが、筆記がボロボロだ。よって、7年生が神経を張り詰めた教室で補習試験を受けてしまった。
「どうして『動物もどき』と『人狼』の特徴が混じっている! 書き直せ!」
補習を受けた顔触れに、ジュリアもいた。何度も7年生に注意され、彼女は半泣き状態だった。
ハーマイオニーは見事、模擬試験を通ることに成功していた。監督生は、彼女がレイブンクローでないことを非常に残念がっていた。
褒美として、監督生はハーマイオニーに上級生の試験範囲を教えた。これを彼女は非常に喜んだ。
「呪文への反対呪文があるのね。すごいわ。これは何年生になったら、学ぶの?」
「最低でも、4年生になってからだ」
まだ学期末試験も終わっていないにも、関わらず、ハーマイオニーは4年生の授業が今から待ち遠しかった。
閲覧ありがとうございました。
バレンタインにチョコを渡すのは、チョコレート会社の陰謀だと教わりました。
模擬試験は、勤勉な寮ならやりそうだと思ってつけました。