主人公の名前はクローディアからウォーリーになりました。
ハリー視点から始まります。
追記:18年11月7日、誤字報告により修正しました。
バーノン=ダーズリーは上機嫌、ご自慢の会社が念願の海外進出を果たしたのだ。
「ドイツだ、小僧! 貴様にわかるか、この名誉が! オフィスも都内! どうぞと住まいまで提供された!」
事業開拓が決まった晩、アーサーとキングズリーにヴォルデモートの脅威について説明され、空港まで護衛する旨を伝えられた。
聞くに堪えない魔法界の話を聞かされるバーノンの姿は正直、愉快だった。
だが、ダドリーはこの話に乗り気になり、護衛にシリウスを指名してしまう。その為、ハリーは一気に落ち込んだ。
一家が去る日の晩、ハリーも『不死鳥の騎士団』の団員と共に出発する。シリウスとは行けない。『分霊箱』探しに出発する前の大切な時間を削られた。
「その人じゃないと僕、護衛はいらない」
「ダッダーちゃん、なんて良い子なの……」
ペチュニアは魔法族の話を受け入れる息子の姿勢に感動し、バーノンは元指名手配犯と一時的とは言え行動を共にする現実に青褪めた。
大方の家具は業者に依頼し、後は簡単な荷物を車に積めば引っ越し準備完了だ。
「20年もここで暮らしたのに……、出て行かなければならないなんて」
「まだ言うか、ペチュニア。ちゃんと信頼できる留守番サービス業者に留守中の掃除を頼んである。数年の辛抱だ」
浮かれ喜ぶバーノンと違い、ペチュニアは住み慣れたプリベット通りを惜しんでいる。今日までもずっと難色を示していた。
「ドイツにこの家を移築すれば?」
ハリーの意見を不快に思い、バーノンの拳が飛んできたが避けた。
「ブラックのおじさんはまだ?」
筋肉隆々のレザージャケットはよく似あう。しかし、ダドリーの表情は幼子のように輝く。どうやら、以前に駅で紹介してから、すっかりシリウスのファンになっていた様子だ。
誇りに思うよりも、腹立ちが勝る。
今朝届いた【日刊預言者新聞】には、リータ=スキータがダンブルドアの伝記を出版するとあった。一年間の強制謹慎に全く答えておらず、死者に鞭打つ行動はハリーの苛立ちを更に募らせた。
だが、あと少しで彼らとは永遠の別れだ。
いくら、ハリーの命を守る為にこの家に置くしかなかったと言えど、微かな感謝以外は虐げられた恨みのような感情は消えない。その雰囲気を察し、籠にいるヘドウィッグは大人しかった。
玄関の呼び鈴が鳴り、ダドリーは真っ先に出迎えてシリウスを驚かせた。
「見て!」
「……ああ、パスポートか。そちらの準備万端のようだね」
ダドリーはジャケットのチャックを開き、首にかけたパスケースを見せつける。シリウスに褒められたと思い、満足して自慢げにチャックを閉めた。
「時間通りに来たはずですが、私は遅かったようですね」
居間で待機している夫婦を見渡し、シリウスは渾身の作り笑顔を向ける。本当なら、ハリーも彼に抱き付いて挨拶したいが、ダドリーの巨体が邪魔で無理だ。
「行くぞ、新天地だ!」
碌に挨拶もせず、バーノンはズカズカと足音を立てる。ペチュニアは名残惜しそうに居間を見渡しながら、ダドリーの肩を押すように玄関へ向かう。ハリーは伯母の背だけにでも、別れを告げようと身構えた。
「ハリー、少し予定に変更があった。迎えが来るまで、ここにいてくれ」
「どうして? マッド‐アイと『姿くらまし』するんじゃないの?」
その言葉を聞いた途端、ダドリーは動きを止めて緩慢にハリーを振り返ってくる。まさか別れの挨拶かと可愛くない円らな瞳を見つめ返した。
「わかんない」
あまりにも小声で呟き、聞き逃しそうになった。
「かわい子ちゃん、何がわからないの?」
ペチュニアも不思議そうに見上げるが、ダドリーはハリーだけを見ていた。
「どうして、おまえは一緒に行かない?」
今度はバーノンが硬直して玄関の戸に頭をぶつけ、ペチュニアは驚愕して目を丸めた。
「今、なんと?」
「どうして、ハリーは一緒じゃないの?」
バーノンの呻きにダドリーは力強く繰り返した。
「そりゃあ、他に行く場所があるんだ。そうだろう、小僧」
シリウスの目がある為、バーノンは極力言葉を選んだ。
「ああ、そうだね。皆のところだよ、魔法族のね」
ハリーは遠慮なく、皮肉を込めて言い放つ。益々、ダドリーは疑問を強くして追及してきた。
「どうして? 俺達はいつも一緒だろ? 学校は違っても、住む家は一緒だった」
大人3人は呆気に取られ、言葉を失う。ハリーは何故、ダドリーがそんな事を言い出すのかわからなかった。
「ドイツの家に、僕の住むスペースなんてないよ。粗大ゴミのように邪魔なんだから」
シリウスがハリーの自虐を咎めるより先に、ダドリーは声を出した。
「おまえは粗大ゴミじゃないと思う」
今度こそ、ハリーは自分の時間も止まった気がした。でも、ダドリーの照れた顔は動いている。反応に困り、取りあえず口を動かす。
「……あーありがとう」
ダドリーは名作を生み出す作家のように言葉を考え、ようやく呟いた。
「おまえは俺を助けてくれた」
急に思い出したように手提げ鞄を探り、ハリーへ包みを差し出す。きちんとラッピングされた贈り物だった。
「去年、ダンブルドアが言っていた。魔法族は17歳で成人するって」
つまり、ダドリーはハリーの為に用意した。バーノンは息子の行動に吃驚仰天し、呼吸の仕方を忘れて喘いだ。
それを見ながら、ダドリーが護衛にシリウスを選んだのは名付け親と別れて国を離れるハリーを不憫に思い、気遣ったのではないかと思い付いた。
「ありがとう……」
胸が暖かく、口もほとんど動かなかったが受け取る。感極まったペチュニアは号泣して、ダドリーに縋り付いた。
「ダディちゃん、なんて良い子なの……ありがとう……って言うなんて」
「ありがとうと言ったのは、ハリーだ! ただ、粗大ゴミじゃないって言っただけだろ!」
呆然と成り行きを見守っていたシリウスはペチュニアの泣き声に我に返り、怒鳴った。
「シリウスおじさん、ダドリーがそう言う時は「君が大好きだ」って言ったようなもんなんだ」
ハリーの解説にもシリウスは納得できず、ドン引きする。ペチュニアの泣き声が治まり始めた時、冷静さを取り戻したバーノンは珍しく内ポケットからハンカチを出し、妻へ渡す。
「さあ、もう行こう! 飛行機の時間に遅れる!」
バーノンは絶対に振り返らない意思を見せ、玄関を開け放ち出て行った。
「またな、ハリー」
「元気でな、ビックD」
緊張して強張った握手を交わす。いつもハリーを脅していた手が逞しい従兄弟の手になった。
「どうぞ、ご婦人」
シリウスに声をかけられ、しゃくり上げたペチュニアは夫のハンカチを手持ちの鞄へしまう。ハリーを見ようともしない横顔に向け、挨拶した。
「さようなら、おばさん。気を付けて」
ペチュニアの慄くように見開かれた目がハリーへ向けられる。今までと違う奇妙な視線だった。
この叔母もハリーの意表を突く何かを聞かせる気かと思ったが、躊躇いの果てに唇は動かず目礼もなく、彼女もこの家を出た。
急に空気が広く感じた。
「ハリー」
2人っきりになれたシリウスはハリーを愛情深く抱きしめ、複雑そうに笑った。
「君は私が思うよりも父親に似ていない。あれがジェームズだったら、決して受け取らなかった……」
つい先日、ハリーがロンとハーマイオニーと共に出発する話をした時でさえ、「その行動力は父親似だ」と誉め称えた。
ジェームズに似ていると褒められた時、ハリーはいつも誇りたかった。しかし、若かりし頃の父が本当に傲慢で褒められない性格だった知り、素直に喜べなかった。
だが、似ていないというのは非常に反応に困る。惜しむ顔をされて言われれば、尚の事だ。
「父さんは問題児だったけど、母さんと付き合って変わった」
「……ああ、そうだ。そして、君の叔母さんはリリーの妹だ。リリーから妹とは疎遠だとは聞いていた……。多分だが、彼女は私と似ている」
心底、意外な発言に驚く。
「話した事あったかな? 私はずっと、弟のレギュラスと比べられて育った。やれレギュラス、そらレギュラス、……今だから言うが、嫉妬しなかった時期がなかったわけじゃない」
「……それとペチュニア叔母さんがどう関係するの?」
ペチュニアはリリーの話をしない。話してくれたのは、ハグリッドが迎えに来た晩だけだ。それでも「奇人」などと言って罵っていた。
「……君のご祖父母と一度だけ話した事がある。……リリーの話題しか、しなかったよ」
顔も知らないハリーの祖父母、ブラック兄弟程ではないにしろ姉妹への愛情に格差を与えていたのかもしれない。
車のブザー音が聞こえ、急かされる。
「ハリー、すぐに会えるからな」
任務を思い出し、シリウスは外へ飛び出す。窓から車に乗り込む姿が見えた。
ハリーは見送り、車にいるダドリーもこちらを見返す。お互いが見えなくなるまで、窓から動かなかった。
ハリーと一羽しかいなくなり、本当にこの家から去る実感が今更ながら湧いて来る。ペチュニアのように惜しんでいるはずはないのに、ヘドウィッグを籠越しに家中を連れ回した。
一通り歩いて元の位置に戻り、ヘドウィッグの傍へ座る。握りしめていた贈り物を開封する。意外にも万年筆。バーノンが使うよりは安物だが、確かに万年筆なのだ。
「なんで……こういうことするかなあ……」
驚きから出た言葉は捻くれている。
初めて入学前にフクロウ便が届いた時、バーノンは抵抗の為にハリーを物置からダドリーの部屋のひとつへ移した。それを必死で嫌だ嫌だと駄々をこねた姿が懐かしい。
これを買う為にダドリーはお小遣いを節約したのだろうか、わざわざ百貨店まで出向き店員に包装を頼んだのだろうか、どんな姿も想像できない。
ダンブルドアがいれば「愛じゃよ、愛」と言われそうだ。
「ヘドウィッグ……信じられるかい? あいつ、僕に感謝していたんだよ」
万年筆を翳しながら、ハリーは穏やかな気持ちで笑った。
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人は3日もすれば、習慣に適応できる。ウォーリーの名にも3日もすれば慣れた。
「あら、貴女もこういう鞄を持っているのね。私もよ」
ガマグチ鞄の中身を整頓している時、ハーマイオニーは繁々と物色してからビーズのバッグを見せてくる。以前、クローディアとして渡した鞄ではない事に少々、ガッカリした。
「奇麗なバッグだ。自分で作ったのか?」
「ええ、そうよ。結構、難しい呪文よね……この本は?」
寝袋等に混ざった【吟遊詩人ビートルの物語】にハーマイオニーは興味津々だ。
「トトから貰った本だ。どっかの魔法使いが子供の頃から読んでいたとか……」
「これは……図書館にはなかったわ。ちょっと読んでいい?」
目を輝かせ、許可が出るまで読むのを堪える姿は可愛らしい。貸した後、読書に夢中で口を利いて貰えなかったのは残念だ。
その朝、埃まみれの姿でコンラッドは現われる。挨拶もそこそこに、ディーンだけを連れてさっさと行ってしまった。
〔助手はいらないとか言っていたくせに〕
〔ディーンが無事に仕事をこなした。その働きを認めたんじゃよ〕
トトに宥められるウォーリーをハーマイオニーは興味深そうに眺めてくる。
「貴女はコンラッドさんと仲が悪いの?」
「……頼りにはしている。向こうも多分、同じだろう」
曖昧に答えた時、シリウスは帰ってきた。
「ただいま、クリーチャー。客人の相手をありがとう」
「お帰りなさいませ、シリウス坊ちゃま」
極力笑顔でシリウスはクリーチャーを労うが、まだお互いにぎこちなさを感じる。彼は屋敷にいる見慣れない顔に気づいた。
「こちらはシリウス=ブラック、この屋敷の持ち主じゃ。こちらはわしの弟子、ウォーリーと呼んでやっておくれ」
「弟子か……よろしく、ウォーリー。シリウスだ」
凄い期待に満ちた目で見つめられ、握手を求められた。
「こちらこそ、ブラックさん」
不思議な物で別人として会ってしまえば、以前感じていた嫌悪が浮かばない。記憶は弄られていないはず、クローディアだった頃から本当にシリウスという存在を受け入れ始めていたと知った。
「ハーマイオニー、親元に帰ると聞いていたぞ」
「ええ、気が変わったの。ビルとフラーの結婚式にも出なくちゃ」
結婚の話題はしばらく避けたい。ジョージを思い出し、感傷に浸って目に涙が滲む。欠伸のフリで乗り越えた。
厨房に集まり、クリーチャーが紅茶とお茶受けを用意する。
「ハーマイオニーはハリーの話を聞いているか?」
「いいえ、何か問題でもあったの?」
急に億劫そうにシリウスは顎を上げた。
「ダーズリー一家の護衛を任された。しかも、ダドリーからのご指名だ」
予想外の事態、ウォーリーとハーマイオニーは飲みかけた紅茶を噴き出した。
「まーだ、文句を言っておるのか。たかだか、飛行機が空域を出るまでではないか」
「嫌だ……ハリーを迎えに行きたい……。魔法族嫌いの護衛とか、何の罰ゲームだ」
シリウスは見苦しく喚き出し、トトは心底、呆れた。
「空港とは何処かへ家族旅行?」
「バーノンの仕事で海外に移住するんじゃ。本人の性格はともかく、経営の能力があって良かったわい」
「会社経営? ハリーの叔父さんって経営責任者だったの?」
ハーマイオニーの質問にトトは「社長」と答え、ウォーリーは吃驚した。
「トトが仕事の斡旋を?」
「まさか、施しなどせん。機会は与えたかもしれんが、掴んだのはバーノン自身じゃ」
きっとワンマンで横暴な社長なんだろうなと勝手な想像をした。
「まあ、それ以上の問題が起こった。それについて話し合うから、すぐに人が集まるだろう」
シリウスが肩を竦めたのを見計らったように、騒がしいムーディが現れた。
義眼を忙しなくグルグル回しながら、ウォーリー以外の3人に合言葉と本人達にしか知らない確認を行った。
「そいつは?」
不躾な質問を受け、ウォーリーは素直に自己紹介した。
「ひよっこ臭い顔だな、ウォーリー」
魔法による変身や姿隠しを見抜く義眼。青い眼を出し抜く為、クィレルは魔法を用いずに覆面を用意した。
今回の整形技術も見抜けないと証明された。
「なんなら、赤と白の縞模様に着替えましょうか?」
ウォーリーのちょっとした嫌味の意味がわからず、ムーディは義眼で傾げる。ハーマイオニーは笑いを堪えていた為、シリウスに意味を訊ねられた。
「それで、どんな問題が起こったのかね?」
「貴様らにも説明する。集まるまで居間におれ。シリウスはさっさと行け、時間がない」
慣れた義足で階段を駆け上がり、ムーディは杖で居間の床を叩いて部屋を広げる。渋々とシリウスは護衛任務の為に出発した。
一時間も経たず、次々と騎士団員が集まってきた。
「スタニスラフ=ペレツです。よろしく、お弟子さん」
彼のようにウォーリーへ丁寧に挨拶する者もいれば、気にする余裕のない者もいる。リーマスやマンダンガスがその代表だ。
「リーマス=ルーピンとニンファドーラは夫婦なの。けど、ニンファドーラって呼ばれたくないから、私達は彼女を旧姓のトンクスで呼ぶわ」
ハーマイオニーの人物紹介を聞きながら、見慣れた人々の他人行儀な態度を達観して眺める。否、感情を込めてしまえば、気づかれる恐れがある。何故なら、『開心術』という記憶を視る魔法もあるのだ。
「こんにちは僕、ロン=ウィーズリー。あそこの赤毛は全員、僕の家族だよ」
ロンがデカイ。更に伸びたかと思ったが、来織は背を縮めていたと思い出した。
ウィーズリー一家はモリーとビル、フレッドもいる。ジョージの姿を目にし、心臓が緊張で跳ねた。
正体を明かしたい、知られてはいけない。矛盾した思いに臓物が一気に締め付けられる。人に酔ったフリしてを手で口元を覆い、俯いた。
ハグリッドがズカズカと現われ、居間の扉を閉めた。
「これで全員か?」
ムーディの呼びかけに応じ、集まった人々を見渡す。ディーダラス、ポドモアも自分達のリーダーとなったマッド‐アイに注目した。
まずはハリーを連れ出す計画Aは中止。パイアス=シックネスという高官が寝返り、ダーズリー家に『煙突飛行ネットワーク』、『移動キー』、『姿現わし』を禁じた。
しかも、表向きの理由はハリーをヴォルデモートから守る為とだという。
「そこにコイツが実に良い案を持って来てくれた」
「……適当に浮かんだだけだあ」
『ポリジュース薬』にて6人をハリーに変身させ、四方に散らばって出発するのだ。
「ハリーは絶対に駄目って言うわ! 自分の身代わりに納得できる人なら、私だって苦労しないわ」
ハーマイオニーの意見は最もだ。
「逆は駄目なのか? ハリーが誰かに変身して家を出るとか」
ウォーリーの意見にムーディは「油断大敵!」と叫んだ。
「ハリーはまだ未成年で『臭い』をつけておる! 仮にわしに変身して魔法を使えば、忽ちシックネスに知られ『死喰い人』に伝わるぞ! ちなみに教えてやろう、『死喰い人』どもは万一に備え、プリベット通りには常に2人の見張りを付けておる。ハリーが買い物にでも出かけるのを今か今かと待ち構えておるわ!」
『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』、本人が使わずとも、成人の使う魔法でも察知する厄介な呪文だ。これのせいでハリーは2年生の折、ドビーが使った魔法の責任を押し付けられて警告を受けた。
「……つまり、シックネスさんとやらはハリーはおろか、護衛に来るであろう騎士団員も、誕生日までは八方塞がりに陥っていると思い込んでいるから、連れ出すなら今と?」
ウォーリーはそれなら尚、ハリーを鞄にでも閉じ込めて連れ出したほうが安全な気がする。彼の身を案じるモリーからの強い視線を受け、口を閉じた。
「その6人は決まっていますか?」
スタニスラフの疑問にムーディは遠慮がちに「まだだが、ほとんど決まっている」と答えた。
突然、我こそはと次々と身代わりを買って出る。騒がしくなり、ムーディは杖を床に叩きつけ、静粛を求めた。
「まず、スタニスラフは駄目だ。そちらの大臣との繋ぎとしての自覚を持たんか」
ムーディの採決により、スタニスラフは外されてブーイングにて抗議する。
「俺は足手纏いになるだろ? 帰っていいか?」
「ダング、この件が終わるまでは何処にも行くんじゃあねえぞ」
ハグリッドが念押ししてマンダンガスを引き止める。まさか情報を売ったりはしないだろうが、漏洩の危険は少しでも減らしたいのだ。
話し合いの末、身代わりはハーマイオニー、ロン、フレッド、ジョージ、ポドモア、マンダンガスになった。
「私、薬でちゃんと変身した事ないもの。良い経験になるわ」
異性に変身するというのにハーマイオニーは楽しそうだ。
「ここからは先は遠慮して貰おうか?」
ムーディはようやくトトへ視線を向ける。それを待っていたように彼はいきなり、皆に見える位置へウォーリーを押し出した。
「わしの弟子、ウォーリーじゃ。代わりとして置いて行くので好きに使うが良い。というわけで、わしは退散しようぞ」
〔え、ちょ……お……あんたは何処に行くんだ?〕
注目を浴びて慌てるウォーリーを余所に、トトは既に廊下へと体を半分出していた。
「皆、幸運を祈るぞい」
誰の返事も待たず、愛嬌良くウィンクだけしてトトは去った。
置き去りにされ、変な空気にウォーリーは冷や汗を掻きながら頭を押さえてペコリと会釈する。すぐにハーマイオニーの隣へ逃げた。
「彼女、ちょっと引っ込み思案なの」
クスクス笑うハーマイオニーの解釈は有り難かった。
「僕も失礼しましょう。作戦に参加できないのでしたら、これ以上の情報は危険です。では、式にてお会いしましょう」
ビルへ恭しく再会を誓い、スタニスラフも居間を出た。
「ハーミー……、式って?」
ここで質問しないと怪しまれる。そう思い、ハーマイオニーへ耳打ちする。
「ロンの一番上のお兄さんビルがフラー=デラクールっていうフランス人と結婚するの。さっきの彼も招待客として招かれているわ」
耳打ちで返してくれたハーマイオニーに感謝した。
ムーディは咳払いし、計画の続きを話す。7人のハリーにはそれぞれ護衛をつけ、また避難先にはダミーも含めた12軒を構え、保護呪文をかけた。
更にその家々には『隠れ穴』に繋げた『移動キー』を用意。『移動キー』の名目はビルとフラーの結婚式へ参加するための安全対策としているそうだ。
その護衛にはムーディを筆頭にリーマス、トンクス、ビル、ハグリッド。この場にいないアーサーとキングズリーだ。
「なんでこの場にいない親父とキングズリー? ディーダラスがいるじゃん」
フレッドの質問にムーディは煩わしそうに眉間へシワを寄せる。
「……理由がある。だが言わん」
「俺は……、護衛側にしてくれ」
自分から外れようとするマンダンガスにムーディは更に溜息を吐く。
「いいか、ダンブルドアが言っておったが『例のあの人』はハリーは自分の手で殺す事に執着しておる。つまりは護衛は遠慮なく殺すということだ」
マッド‐アイの眼力に凄まれても、マンダンガスは不満を消さない。そんな彼を黙りこんでいたリーマスが瞬きを忘れて眺めた。
不気味な視線にマンダンガスは後ずさる。
「マッド‐アイ、ダングの護衛は誰にするつもりだ?」
「わしだ、コイツは目が離せん」
ムーディの答えにトンクスは深刻な表情になる。
「ダングは外そう」
まさかのリーマスの意見にムーディは反対しようとしたが、トンクスがすぐに宥める。
「リーマスの話を聞いて」
トンクスがくれた間を無駄にせぬよう、リーマスは哀愁を漂わせて目を伏せる。
「……もう、無理強いはさせたくないんだ……。それをすれば、悪い結果に転ぶ」
「そうだろう? 俺はリーマスに賛成だ!」
表情を明るくし、マンダンガスは喜ぶ。リーマスはそれに答えない。
「では、コイツの分はどうする?」
「ウォーリーに任せよう」
「うえ!?」
突然の指名、ウォーリーは反射的に変な声が出る。驚いたのはリーマス以外の全員だ。
「正直に言うと、君が奴らのスパイじゃないかと疑っているよ。他にも、私達が置かれている状況を体験してもらいたい。途中で投げ出されては敵わないからね」
ウォーリーの知らないリーマスの態度。随分と冷徹な言い方は余裕のなさを窺える。信用がない。トトの代わりなら、それくらいこなせと目が語っていた。
「わかった、やろう」
「無茶だ! 弟子のおまえさんに何かあったら、トトはどれだけ悲しむか!?」
ハグリッドが悲鳴を上げてから、リーマスを睨む。トンクスは確認するような目つきでマッド‐アイを一瞥してから、夫の腕を労わるように撫でた。
「ここでどんな答えを出そうが、私への疑いは晴れない。だったら、行動で示すだけだ」
敢えて、皆の胸中に僅かでもある疑いを言葉にする。リーマスは一切、動じない。
「彼女は逃げたりしない、置いて行かれたのに残ったんだ。それで十分だろ?」
フレッドの言い分にロンも同意し、ハーマイオニーがウォーリーとリーマスの前に立ってくれた。
「では、次にだが……」
会議が乱れると思ったのか、この場でウォーリーを最も疑っているであろうマッド‐アイは続けた。
「箒、セストラル、バイクを用意してある。だが、バイクはハグリッドが運転するからな。箒やセストラルに乗れん奴はいるか? おまえはどうだ?」
どれも経験がある。バイクではなく、原付だが乗れと言われて問題ない。
「私は全部乗れるし、身一つで飛べる。トトから訓練された」
素直に答えたら、ムーディは胡散臭そうな感心したような目つきになる。
「それから、7人にはお揃いの服に着替えて貰う。鳥籠とフクロウのぬいぐるみも用意してある」
「……それもダングの考えなわけ?」
ロンは感心してマンダンガスを見やる。突然、思いついた割には随分と綿密だ。
「ぬいぐるみでも、セストラルは鳥が傍にいたら落ち着かないんじゃないか? ヘドウィッグこそ、隠して連れ出したほうがいい」
「確かにな、荒っぽい運転になる。俺はウォーリーに賛成だあ」
ハグリッドの発言から、本物のハリーは彼が護衛すると察した。
「いいだろう……。ハグリッド、バイクにちょいと魔法を足すぞ。ヘドウィッグを隠すからな」
ムーディはハグリッドに向けて語り、義眼はウォーリーだけを狙っていた。
「ハーマイオニー、持っていって欲しい荷物があるなら先に運んでおくわ」
「ありがとう、これもお願い」
ハーマイオニーは自分の荷物にウォーリーの鞄を混ぜて渡す。杖と塗り薬は常に持ち歩いているが、一言、言って欲しいものだ。
「フレッド、ジョージ。『デラックス大爆発』持ってる? 万一に備えて分けて欲しいんだけど」
「ツケにしておいてやるよ」
懐から『デラックス大爆発』を取り出し、フレッドはロンへ真面目な冗談を言い渡す。
「君の分だ、投げればいいから」
「ありがとう……」
ロンから渡され、ウォーリーはフレッドとジョージにも礼を述べる。フレッドは笑顔を返してくれたが、ジョージは目礼だけで答えた。
「トンクスはモリーの叔母御ミュリエルの家……ディーダラスは」
誰がどの家を目指すか、細かく指示している。そうこうしていれば刻々と時間は流れ、日が傾いた。
「貴様は『隠れ穴』にいろ、いいか? わしが行っていなかったら、その首、ないものと思え!」
「へーい」
作戦に参加せず澄んだ為か、お調子者の態度に戻った。
ディーダラスに肩を叩かれ、一瞬、ビビる。
「ウォーリー、……トトの代わりに残ってくれてありがとう。健闘を祈るよ」
「……ええ、貴方も……えと、ディーダラスさん」
ほとんど部外者で余所者でしかないウォーリーをディーダラスは本気で心配している。それでも作戦参加を反対しないのは彼自身も別の任務があり、深刻な人手不足も関わっているのだろう。
「アーサーとキンズリーとは現地集合だ。ビル、双子を連れて先に行け」
プリベット通りに『姿現わし』できない。見張りの『死喰い人』に見つからぬように『目くらましの術』を使うとお互いに姿が見えなくなる。そんな状態で大勢が移動すれば、何所かで衝突事故を起こしかねない。
「いいか、到着は合わせろ。もし、誰か欠けても止まらんぞ」
続いてムーディに外へと追いやられる。薄暗くなりかけた外でハグリッドが宙に向かい、宥めるような動きをしている。
「パントマイム?」
「きっと、セストラルよ。特定の経験をしないと視えない魔法生物なの。私も視えないわ。でも、騎乗は出来るから」
セストラルの感触は知っている。しかし、騎乗経験があっても宙に浮いたビルの姿は滑稽である。ハーマイオニーもハグリッドの手を借り、セストラルに跨った。
(この状況、ドラえもんの映画にもあったような……)
思い出しながら、ウォーリーもハーマイオニーの招きに応じて遠慮なく占領した。
「ジョージに興味があるの?」
油断していた質問に思考が止まり、返答が遅れた。
「一卵性の割には……見分けやすかったからな」
「そうね、今は……とても見分けやすいわ」
兄弟が話しているというのに、ジョージは心此処にあらずだ。ただ、反応しないだけだで話は聞いているだろう。しかし、以前の愉快な彼ではない。自意識過剰でも、クローディアの死が原因だ。
〔ごめんね……〕
ゆっくりとした歩調でセストラルは進み出し、ウォーリーはジョージへの想いから唇だけを動かした。
最後になったハグリッドは黒いサイドカー付きのオートバイへ跨る。彼の体格に合わせた機体が轟音を立て、騒がしかった。
順調にリトルウィンジングへ入り、橙色の空と闇夜が混じり合う。逢魔が辻を通るような不吉な色合いだ。通りを照らすべき街灯も魔法使い達を隠すように点かない。
待ち侘びていたハリーは、見知らぬウォーリーさえも歓迎して居間へ皆を招き入れる。家具が一切なく、完全に空き家状態。シリウスの任務は遂行されたか、その最中だ。
ハグリッドが狭そうに出来るだけ縮こまる。
「君は……誰だったかな? マンダンガスが来る者と思っていたけど」
「初めまして、ウォーリーです。ダングは『隠れ穴』で待機しています」
困惑しているアーサーと挨拶し、キングズリーとも名乗り合おう。黒人の魔法使いとはほとんど話した事がないせいか、ウォーリーにとってもほぼ初対面だ。
トンクスは挨拶がてら、結婚報告をしてハリーを喜ばせた。
「積もる話は後にしろ!」
袋を2つ抱えたムーディから作戦変更とその理由について説明され、ハリーは不安そうだが質問せずに辛抱強く聞き入る。彼の母親が施した護りの魔法はダーズリー親子がいなくなった今では、家の敷地を出た瞬間にでも切れる。その点を知らなかった為、ウォーリーは緊張を強くした。
案の定、本題の囮について触れた時、ハリーは大声で反対した。
予想通りの反応にハーマイオニーは得意げだ。
「僕が協力しなかったらできないぞ。僕の髪の毛が……」
言い終える前にハーマイオニーは遠慮なく、ハリーの髪を毟った。
「議論している時間はないの。前にも言ったでしょう? 遠慮なく、皆に護られて」
油断して変な声を上げたハリーはハーマイオニーの言葉で何かに気づく。それは以前、セオドールとの密会が決まった時にジニーが言ってくれた言葉そのままだ。
「……わかったよ」
承諾してくれたハリーに皆が安心した。
「失敗すりゃあ、僕達、永久に眼鏡の痩せっぽっちのままだぜ」
真面目な顔で冗談を言い放つフレッドにジョージは曖昧に微笑んでいた。
ムーディはポケットから携帯瓶の蓋を外し、ハーマイオニーに髪を入れてもらう。煙が上がり、『ポリジュース薬』の完成を教える。今度はそれをゆで卵サイズのグラス、6つへ注いで分けた。
ウォーリー、ハーマイオニー、ロン、フレッド、ジョージ、ポドモアは一列になり、『ポリジュース薬』を渡される。今更、男の子へ変身する恥ずかしさで背筋が熱くなった。
「言っておくが、こいつはゴブリンのションベンより臭いぞ」
「ここにいる誰もゴブリンのションベンを飲んだ事ない」
汚い例えにウォーリーが嫌悪感から思わず反論したが、5人ともキョットンとした顔で見返してきた。
「え……あるのか?」
5人を見渡してから、不安でロンへ問う。
「そいつは言えないぜ、兄弟」
意地の悪い笑い方はからかわれたと察し、ウォーリーは頬を膨らませて怒りを示した。
「それでは一緒に……」
苦笑したポドモアが号令し、6人は飲む。味わわないように息を止め、どろりとした塊を無理やり喉の力で食道へ押し込んだ。
全身の皮膚や筋肉、視神経に至るまで変身の命令が下る。胸やけと共に嘔吐感が起こり、腹に力を入れても何も喉へ上がってこない。代わりに喘息のように呼吸が乱れた。
影に変身するのとは全く違う感覚が終わった時、視界には自分を含めた7人のハリーがいる。視力が一気に下がり、ボヤけているが目を凝らせばギリギリ顔の判断は出来た。
「「わお、俺達そっくりだぜ!」」
息ぴったりに双子は変身の感想を述べる。
「ウォーリー!?」
しかし、ハグリッドは目を見開いて声を上げる。リーマスとトンクスは愕然とし、ムーディも身構えて、キングリーはハリーの前に立つ。アーサーはビルと息子達を背にした。
「え? 何なに? どこがおかしい?」
ボヤけた視界でも手足は自分のではなく、男の手。胸もないし、股間にも違和感がある。髪も脱色した金髪ではなく、黒い髪だ。
「眼鏡よ、それとグラスに映っているから見て」
トンクスは声に警戒を含め、どこからか取り出した眼鏡を渡してくれる。手探りで眼鏡をかけ、ようやく普段の視界になり、グラスに映るハリーの瞳は赤かった。
「えええ!?」
元の瞳も普通の赤みがかった茶色のはずが、ガーネットのような色彩で赤い。記憶が刺激され、思い返す。ハリーがヴォルデモートに意識を乗っ取られた時、瞳は赤くなっていた。
(……ただでさえ体を変えているからか?)
「失敗なの?」
ハーマイオニーの服装のまま、眼鏡をかけて深刻そうにウォーリーを覗き込んでくる。
「もう薬はない。夜なら近付かんと目はわからんだろう! 皆、さっさと着替えろ」
失敗を予感してか、ムーディは唇をわなわなと震わせて命じる。床へバラ撒かれた7人分の服をハリー本人も手に取って着替えた。
眼鏡をかけた状態で服を脱ぎ、ハリーの右肩にある痛々しい傷に一瞬、手をとめる。セクタムセンプラの痕。あの事件から数か月経つし、傷痕になっていても凄惨さを伝えるには十分だ。
罪悪感にチクチクと苛まれながら、着替える。ズボンのチャックを上げる時に股間を食ってしまい、味わったことのない痛みに悶えた。
「ジニーの奴、刺青のことやっぱり嘘ついていたぜ」
ロンが自分の胸を見ながら、そう呟いた。
「元々、魔法薬に強い体質か……拒絶反応の可能性もある」
「あるいは薬の量が足りなかったかもな」
キングズリーは本物のハリーをウォーリーから隠すように立ち、アーサーと相談している。
脱いだ服をキチンと畳んで、服の入っていた袋に入れる。もうひとつ置かれた袋には同じリュックサックが、7つだ。
「ヘドウィッグは俺のバイクに隠しておく、わかったかハリー」
「「「「「「「はい」」」」」」」
7人同時に返事され、ハグリッドは目を丸くして「本物のハリー!」と呼ぶ。本物は照れ臭そうに鳥籠を彼へ託した。
「もうこうなったら、トコトンやるよ。ロン、僕の『ファイアボルト』に乗ってくれる?」
「すまん、私はスタージスだ」
ハリーの隣にいたポドモアが詫びた時、今度はロンが照れた様子で『ファイアボルト』を受け取った。
「では2人一組だ。アーサーはフレッド、リーマスはジョージ。ビルはポドモア、キングズリーはハーマイオニー、トンクスはロン、おまえはわし」
「わお! 私、『ファイアボルト』に乗れるんだわ!」
何故かウォーリーは呼ばれない。事前に知っていたからいいが、腹立つ。
「つまり、ハリーは俺ってこった。俺が小さなおめえをここに連れてきた。それを今度も俺が発たせるんだ」
感傷に浸るハグリッドは誇らしげに微笑んだ。
「ああ、そうだね。今度もまたバイクで、頼りにしているよ」
「泣かせるね、もういいだろ」
急かすムーディは服の入った袋を背負って、外へ出た。
「奴らはスネイプから、ハリーの性格について本人も気づかぬ部分を話しておるだろう。だから、箒の乗り手は真っ先に狙われる。逆にバイクは奴らにとっても盲点だ」
「それでアーサーが色々といじっちょる」
ハグリッドはバイクのシートを上げ、そこへヘドウィッグを入れる。ハリーが不安そうに中を覗き込む前に閉められた。
それぞれの箒、セストラルに2人乗り状態。
トンクスは楽しそうに『ファイアボルト』へ跨り、今か今かと疼いている。ハリーの顔をしたロンは残念そうに彼女の腹に手を回す。
ウォーリーはムーディと別の箒、『銀の矢』とは違う箒は久しぶりだ。彼の箒は背もたれがあり、奇抜すぎる。暗闇で飛んでも目立つだろう。
「全員、無事でな。一時間後に会おう! 3つ数える! ……1、2、3」
ムーディの叫びに応じ、オートバイが轟音と共に発進する。頬に風を受けながら、ウォーリーは飛び去って行く皆を見送った。
不意にダーズリー家の向かいを見やる。フィッグがいるはずの家には暗く、誰の気配も感じなかった。
「ぼやぼやするな!」
その直後、ムーディも飛び立つ。その後ろをウォーリーも着いて飛ぶ。彼の箒は速く、最後に飛んだはずが一気に先頭になった。
予想よりも冷たい風が体にぶつかる。眼鏡があっても、ウォーリーもハグリッドのようにゴーグルが欲しかった。そのほうが速度も出やすい。
雲よりも高度まで上がった時、鳥の群れのように30人の一団が待ち構えていた。
「ポッターは何処だ!?」
甲高い叫びは敵の動揺を教え、ムーディは顔色一つ変えずに群れへ突っ込む。遅れずにウォーリーも続く。容赦なく、敵の杖から緑の閃光……つまりは『死の呪文』が放たれた。
包囲網を突破した時、後方から追ってくる味方の気配を感じる。ビルとポドモアも一緒、同じ方角である北を目指していたのは、この2組だ。
(――なのに、なんで……!?)
ヴォルデモートは他に目もくれず、ウォーリーの組へとまっすぐ飛んでくる。道具も魔法生物もなく、黒い外套が羽根のように見えるがあれは身一つだ。
「決して特別じゃない」
風に声は消されたが、ウォーリーは呟く。ヴォルデモートの『飛行術』を恐れていない。問題は何故、ビル達を無視しているのかだ。彼らにも『死喰い人』が6人も張り付き、必死に応戦していた。
そういえば、護衛の面子にも理由があると言っていた。
ムーディが先手必勝でヴォルデモートへ仕掛ける。相手は防ぎ、返しに緑の閃光が放つがマッド‐アイは難なく避けた。
加勢すべきか、懐の『デラックス大爆発』で撹乱すべきか、この判断を間違えばムーディの邪魔になってしまう。極限の緊張に感覚が箒と視界だけに集中し、音が消えた。
脳髄と心臓から衝動が襲う。体の奥から、発せられた直感。
一瞬より短い刹那の差でヴォルデモートの杖がムーディの眉間へ向けられた時、ウォーリーは腹の底から叫んだ。
「トム、やめろおぉ!!」
ハリーの声だが、ウォーリーの言葉は確かにヴォルデモートの耳へに届く。獰猛な笑みは驚愕へ変わった。
ふたつの赤い瞳の視線が絡み、まるで世界に2人しかいない感覚に支配される。思考や意識の乗っ取りかと思ったが、優勢なのはウォーリー自身だと理解できた。
ヴォルデモートの口が声を出さずに動いた。
「――ボニフェース」
呼ばれた瞬間、ヴォルデモートはウォーリーとの距離を額が触れる程に縮める。蛇のように細い目は垂れ下がり、唇のない口が弧を描く。嬉しそうに嗤っていた。
「ようやく、俺様の前に現れたか……」
ゾッとした。恐怖とは違う寒気だ。
「待っていろ、ハリーの後は貴様だ」
愉快そうに宣告しているが、友好的な雰囲気はない。嬲る価値のある玩具を見つけた残酷さが伝わってきた。
風のようにヴォルデモートは素早く離れ、他の方角へ向かう。点程に遠い距離には、セストラルに乗ったキングズリーと偽物ハリーに切り替えたのだ。
「ハーマイオニー!」
まだ動機は治まらないが、箒を握り締めて加勢に向かおうとした。
「油断大敵!!」
ムーディは血相変え、ウォーリーの後ろへ杖を向けて閃光を放つ。迫っていた『死喰い人』の仮面は剥がれ落ち、嫉妬に狂ったクィレルの顔を見せた。
ウォーリーが反応するよりも先に箒が音を立てて、折れる。どうやら、ムーディより先にクィレルの攻撃は成功していた。
反射的にムーディの箒へと足を絡ませる。身一つで飛べるが、今、ここでそれを証明するのは危険すぎる。ウォーリーは懐から『デラックス大爆発』をクィレルの眼前へ投げつけた。
「そのまま、踏ん張れ!」
眩い光と激しい音に紛れ、ムーディは箒の速度を上げる。『銀の矢』よりも速く、鋭い動きはあっと言う間に爆発音から遠ざかった。
後方にいた仲間へ手を伸ばしたが、届くはずがなかった。
閲覧ありがとうございます。
バーノンさん、社長なんですよね。すっかり忘れてましたけど(笑)
ダドリーとの打ち解けシーン、映画館のスクリーンで見たかった(涙
なんで未公開シーンに収録やねん
シリウスとペチュニアは似たような境遇だと思っています。
原作ではダーズリー一家の護衛はディーダラスとヘスチア。
護衛の6人はロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、フラー、マンダンガスです。
6巻で『死喰い人』ギボンの死を目撃し、ハーマイオニー達はセストラルが見えるようになっています。この物語の現時点では死を見ていない為、今も見えません。
映画ではハリーとハグリッド、ビルとフラー以外はそれぞれの箒に乗っています。護衛の意味ないよね。
マントを羽ばたかせて追いかけてくるヴォルデモート、怖い。