こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。

残虐な表現があります。苦手な方はご注意ください。


18.死神の去った後

 暗雲を晴らさんばかりにルーナの実況は観客を愉快にさせ、白熱した試合は盛り上がりを見せる。そんな活気溢れた競技場に吸魂鬼が現れた時、記憶にある者はハリーが3年生の折に起こった乱入事件を思い出しただろう。

 初めて目にする生徒も、自然と沈黙してしまう。観客の異変に気づき、ハリーを含めた選手も空を見上げた。

 2体、3体、4体と数えるのも億劫になる数が集まり出した時、マクゴナガルはマイクに向かって命じた。

《試合は中止です。生徒はすぐに寮へ戻りなさい!! 皆、騒がずに監督生の指示に従いなさい。寮監のフリットウィック先生、スプラウト先生は誘導の手伝いを! スリザリンはスラグホーン先生お願いします。残りの先生方は防御態勢を取りなさい!》

 適切な指示だ。

 フリットウィックは手すりを滑り、レイブンクロー席に移動する。元々、ハッフルパフ席にいたスプラウトは監督生と目配せして避難を開始した。

「ドラコがいないんです!」

 スリザリン席ではスラグホーンは混乱したパンジーに捕まり、もたついていた。

「さあ、皆、監督生に続くんだ!」

 グリフィンドール席にいるハグリッドが生徒を下へ進めていく。

 

 ――パリパリ、パキン。

 

 防護魔法が破られる瞬間を目の当たりにしてしまった。

 押し寄せてくる吸魂鬼の群れにどうして悲鳴が抑えられようか、あちこちから男女関係なく金切り声が上がった。

 外へ避難しかけた生徒は身を隠そうと、座席下の空間へ逃げ込んだ。

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ!)」

 ハリーは『ファイヤボルト』で飛んだまま杖を突き出す。『フェリックス・フェリシス』を盗まれ、密かに杖を持っていて良かった。

 空を駆ける銀の牡鹿は吸魂鬼を避けさせる。ジニー、チョウ、ミムも友人から杖を借り、彼に倣って守護霊を創り出す。それを見て、観客席にいるネビル、アーミーやアンソニー、パドマ、ザビニまで『守護霊の呪文』を放った。

 そこまでの魔法が扱えないシェーマス達も『盾の呪文』を用い、戦うだけでなくハグリッドやハンナのように怯える生徒を励ます者もいた。

 銀に輝く動物達が宙を走り回る。あまりにも美しい光景に恐怖とは違う感情を募らせた。

《見て見て、踊っている》

 まだマイクを握っていたルーナの呑気な声は皆を安心させかけた。

 吸魂鬼の群に紛れ、仮面と外套を身に纏った『死喰い人』がタイヤの無いバイクに乗って降りてくる。その後ろにいた灰色の外套を被った男が芝生へ降り立ち、挑発するように顔を晒した。

「「グレイバックだ!?」」

 グラッブ、ゴイルの悲鳴に別の動揺が走り、ハーマイオニーも息を飲む。自ら人狼の名を冠したフェンリール=グレイバックは尖った歯を見せて笑った。

 『死喰い人』が降りたバイクは競技場の外へ走りだす。その跡にはハグリッドの身の丈より巨大な炎が燃え上がり、出入り口を塞いだ。

 そこに観衆から黒犬が飛び出し、グレイバックに飛びかかる。ハリーにはその犬がシリウスだとすぐにわかった。

「アグアメンティ(水よ!)」

 芝生へ降りていたコーマックの杖から滝のような放水が『死喰い人』へ放たれる。その反対側から、エディやデレク、ナイジェルも加勢しとうと放水した。

 空から新たな『死喰い人』が2人、箒に乗ってくる。しかし、黒犬がグレイバックを地面に叩き伏せたところだった。

「だから、前に出るなと言ったろ!」

「何しに来た!?」

 『死喰い人』達が悪態を吐き、箒を乗り回して『磔の呪文』を何度も放つ。右往左往していたザカリアスに命中し、まるで断末魔のような悲鳴を上げてもがき苦しんだ。

 この状況下でルーナは唐突に叫んだ。

《ハリー、行って! 『暴れ柳』でクローディアが待っているもン》

 一瞬、意味不明だったが、ルーナは金貨を見せつけるように手に振るう。それはDAの連絡手段に使った偽金貨だ。彼女はいつでもDAの集まりに気づけるように持っていたのだ。

 しかし、ルーナに促されたがまだ吸魂鬼は何体も迫ってくる。それに『死喰い人』の応援も来るかもしれない。

「ここは任せて、皆いるから」

 チョウ達の視線を受けても、ハリーは皆を置いて行けずに悩む。

《ポッター、お行きなさい! 彼女を頼みます》

 最後のひと押しはマクゴナガルだ。寮監にして教頭の命ならば、断る理由はない。ハリーは笑顔で皆を振り返り、この場を託して飛び去った。

 

 ――それなのに守れなかった。

 

 スネイプとクィレルは抵抗するドラコを引き摺り、満身創痍の『死喰い人』2人を連れて『暗黒の森』へと向かう。防衛魔法が破られても『『姿くらまし防止術』が張られていたままなのだ。

 脳髄に様々な情報が行き交いながら、冷静な部分がそんな推測を立てた。

 スネイプを力の限り罵りたい、あんな男が『半純血のプリンス』だなんてあえりえない。目の前のクローディアへ縋りつき、問い質したくても出来ない。

 最初、クローディアへ辿り着いたのはベッロだ。心配しているのだろう。彼女の体に鼻をつけ、探っている。ひとしきり、探り終えたベッロは感情を爆発させた。

[どうして、こんなことになった!? 何故だ!?]

 興奮しきったベッロの尻尾は乱暴に地面へ何度も叩きつけられ、土が削れる音する。今すぐ駆け寄ってやりたいにも、まだハリーの体は動けない。

 駆け付けたのはダンブルドアだ。ハリーは藁に縋る思いで助けを乞う。校長は慎重な手つきでクローディアの首元に手を触れ、目を瞑って眉を寄せた。

[どうしてだ! しなければならないのか!?]

 体を鞭のようにしならせ、ベッロはダンブルドアに怒鳴る。胸で嫌なざわめきが起こり、動かなければならない必死な気持ちで魔法に抗った。

「ベッロ……、待って、落ち着いて」

 どうにか口が動かせたが、ベッロの耳には届いていない。しかし、ダンブルドアには聞こえていたらしく視線が絡んだ。

「ハリー!」

 遠くからチョウの声がして、ハリーの意識をそちらへ向けた。

「ベッロ、頼む」

 その間、ダンブルドアは重い口調で嘆願した。

 ベッロは瞬きより短い刹那、沈黙した後。ダンブルドアへ飛びかかり、喉笛を噛みつく。ただ噛んだだけでは飽き足らず、喉そのものを食い千切った。

 その証拠として、胴体から離れたダンブルドアの首が音を立てて地面へ落ちる。外れた半月の眼鏡も壊れた。

 血飛沫がクローディア諸共汚し、それでもベッロの怒りは治まらない。あろうことかダンブルドアの首を丸飲みしていく。蛇の胴体が膨らんでいる部分に大切な人の首が入っている。そう認識した時、ハリーを縛っていた魔法は解けた。

「何故だ!!?」

[するべきことをしただけだ]

 鎌首をもたげたベッロはまるで、トレローニーのカードの死神に見えた。

 ハリーが杖を構えても、ベッロは動じない。

「アバダ……」

 口に出した瞬間、感情の高まったハリーの目に涙が浮かぶ。そして今までのベッロとの思い出も勝手に蘇る。一緒に笑い、驚き、楽しんだ日々。種族を越えた友情は確かにあった。

「ヴィペラ・イヴァネスカ(蛇よ、消えよ!)」

 ジャスティンの声に我に返った時、ベッロの体は塵のように消え去る。感傷に捉われ、仇を討つ機会を失ってしまった。

 残ったのは血塗れの2人。

「ハリー、ハリー」

 唇まで青ざめたジャスティンは震えた声でハリーの肩に頭を置く。直視できるはずがない。自分も目が背けらないだけだ。

「ダンブルドア?」

 来てくれたリーマスは首を無くしたダンブルドアに呼びかけた後、足の力を無くして膝から座り込む。黒い犬から人へと変じたシリウスは沈痛な表情でクローディアを一瞥してから、親友の肩へ手を置いた。

 ハグリッドは凄惨な光景を目の当たりにし、受け入れるまで時間がかかった。

 2人の犠牲者を見たロンは倒れたジョージに飛びつき、急いで心音を確認する。兄の無事に感情が追い付かず、涙していた。

「トト……コンラッド」

 シリウスに呼ばれた2人は遅すぎる援軍だった。

 状況を理解したトトはダンブルドアに駆け寄り、血の噴き出す首を押さえる。すぐに血は止まった。

「止血出来たぞ、コンラッド。手術の準備じゃ、わしが何とかする」

 首を無くしたダンブルドアを丁寧に地面へ置き、トトはコンラッドを呼ぶ。でも、その声に答えない。

「はようせんかい!!」

 命令のような嘆願は泣き声に聞こえる。それに対し、コンラッドは機械的に告げた。

「お義父さん」

「……――ああああ」

 呼ばれただけで、トトはダンブルドアを見下ろして沈んだ深い息を吐いた。

 そして血に塗れたクローディアの顔を拭う。壮年でも若々しい陽気な人が、今では一気に老けこんでしまった。

 コンラッドは外套を脱ぎ、クローディアの顔を隠すように覆うと抱き上げた。

「何処へ行く?」

「このままにしておけない、清めておくんだ。お義父さん、行きますよ」

 シリウスの質問にコンラッドは答え、トトはダンブルドアの前から動かない。それ以上何も言わずクローディアを抱えて城の中へ入って行った。

 座り込んでいたリーマスも頼りない動きで上着を脱ぎ、ダンブルドアの体を隠した。

「ハリー……」

 ハーマイオニーの声に振り返る。ジニーとルーナは気絶したチョウを支えていた。

「トンクスは?」

「他の『闇払い』達と話しているわ」

 ジニーは義務的に答える。こんな光景を見て、チョウのように気絶出来たらまだ気が楽になれるかもしれない。ルーナは一言も喋らず、ダンブルドアへ近寄り落ちた半月眼鏡を拾う。それをトトへ突き出した。

 受け取ろうとしないトトの手を掴み、無理やり持たせた。

 壊れた眼鏡をしばらく見つめ、目に活力を戻してトトは立ち上がった。

「ハグリッド、マクゴナガル先生のいる所へ案内しておくれ」

 呆然とした立ち尽くしていたハグリッドは突然の命令に反射的に痙攣し、周囲を見渡す。声の発信源がトトと気づき、心底ガッカリした。

「この場にいる者は医務室へ、後から情報を照らし合わせる。シリウス、ダンブルドアを運べるか?」

「俺が! 運びます」

 泣きそうな声で立候補し、ハグリッドは返事も聞かずにダンブルドアを抱き上げた。

「良かろう。では誰か、わしを案内しておくれ」

 ハーマイオニーが無言で手を挙げた。

 皆が医務室を目指して行く中、ルーナは『闇の印』を見上げる。杖を向けた瞬間、髑髏はただの煙のように霧散した。

 廊下を歩きながら、ジャスティンはぶつぶつと呟いた。

「僕がスネイプを行かせた……、僕が行けばよかった……。僕がダンブルドア先生を行かせた……僕が行けばよかったんだ……」

「ジャスティンの責任じゃないよ」

 ハリーの慰めは今のジャスティンには届かない。

 マダム・ピンスとフィルチが先客として椅子に座る。ロンはマダム・ポンフリー共々、悲報を伝える。3人は受け入れがたい事実に蒼白になり、それでも校医だけは皆を適切に治療した。

「何があったか教える約束だったんだ」

 その最中、目を覚ましたジョージはクローディアを求めて喚く。ロンとジニーがどんなに説得しても、暴れて治療すら拒んだ。

「落ち着けって、背中の骨が折れているんだぞ!」

「寝てなさい」

 仕方なく、マダム・ポンフリーは無理やり落ち着かせる薬を用いた。

 ひとつひとつ状況を確認する為、まずはジニーから喋り出す。 

「『闇の印』が上がって、あいつらは吸魂鬼を盾にし、逃げたわ。吸魂鬼達も退却していく感じだった。先生達も追撃しようとしたけど、あのバイク……? 爆発して炎が狼や蛇の形で生徒達を追い回した。そっちの対処に追われたわ」

「なんじゃそりゃ、きっと『デラックス大爆発』を真似て作ったんだ」

 ロンは悪態吐いた。

 ハリー達の身を案じたシリウスとハグリッドが一番に『闇の印』に急ぎ、次いでルーナは近くを飛んでいたチョウの後ろへと飛び乗り、強引に行かせた。

 ジニーもハーマイオニーを乗せ、マクゴナガルの制止も無視して4人を追いかけた。

「ねえ、壊れてた車ってパパのよね?」

 取りあえず、ロンを見てジニーは訊ねる。

「ずっと……パパの車を修理していた。理由があってね。ジャスティンが授業で森の近くに行くから、その度に部品を呼び寄せて貰った。それを『必要の部屋』に隠していた……。あの日は、車に残っていた古い燃料が……爆発したんだ。でも、車は壊れなかった」

 車を修理していた理由はハーマイオニーとの最高のデートだろう。何も質問する気が起きない。

「リーマスとトンクスがマダム・ピンスとフィルチをここに連れて来て、護りが突破されたって教えてくれた。城そのものにも別の防衛魔法はかけられているけど、城内で残っているのは僕らだけだったから、医務室に集めたんだ。僕は……ハーマイオニーが心配で、箒より車が速いと思って、トンクスと取りに行った。伝言に気づいたのはその時だ」

 知らずとロンはジャスティンへ視線を向けた。

「僕はまだ完治してなかったから、ここに残った。後からダンブルドア先生とスネイプがジョージを連れて来たんだ。ジョージは気絶していて、クローディアは偽物に連れて行かれたって話していた。僕も伝言に気づいて、先生に話したんだ。スネイプが様子を見てくるって言うから……お願いしてしまった。僕が行きたがっているって察してくれたダンブルドア先生が窓からなら見てもいいって……そしたら」

 言い切れず、ジャスティンは過呼吸を起こしてしまい、マダム・ポンフリーの対処を受けた。

「どうして、2人はホグワーツにいたの?」

 率直にジニーはシリウスとリーマスに聞いた。

「ダンブルドアの命だ。クィディッチの試合が終わるまで、警備してくれと……理由は知らない。トンクスは今日が偶々、当番だった」

 そのトンクスは悲痛な気分通りに髪まで真っ黒い髪にしてやってきた。

「ザベッジが『服従の呪文』をかけられていた……。『暴れ柳』の隠し通路を警備していたの。呪文の耐性は私達の中で一番強かったから、……やられた」

 自責の念に駆られ、悔しそうにトンクスは語った。

 後から火傷を負った生徒や教職員が何人も運ばれてくる。まだ悲報は伝わっていない様子だが、楽しい試合から一変して襲撃を受けた為か皆、異様に無口だった。

「一体、何があったの? 『闇の印』は誰が打ち上げたの?」

 体中が煤だらけになったネビルの質問に答えようとすれば、マクゴナガルに呼ばれた。

「ポッター、怪我はありませんか?」

「はい、大丈夫です」

 帽子が焼けたマクゴナガルに比べれば、ハリーは無傷に等しかった。

「私の事務所にお出でなさい。目撃した事を全てお話願えますか?」

「はい。しかし、僕がお話しても良いのですか?」

 ハリーは同じ騎士団のシリウスとリーマスを差し置いて、自分が報告して良いものかという疑問を込めて尋ねた。

「今、話すべきは貴方であると、ミスター・トトは申しておりました」

 連れて来られたのは、校長室。歴代校長に以前はなかったダンブルドアの肖像画が加えられている。眠っている半月眼鏡の魔法使いを見つめ、マクゴナガルはホグワーツの責任を負っていると理解した。

 フォークスは宿り木にいないと意識した瞬間、窓の外から不死鳥の歌声が聞こえてくる。それは耳ではなく、ハリーの内側から響いていた。

 フリットウィック、スプラウト、スラグホーン、ハグリッド、そしてバーベッジ。『マグル学』の教授を見た途端、ハリーの口から彼女へ残酷な悲報を知らせなければならない現実に打ちのめされた。

「トトさんは?」

「他の先生方と一緒に防衛魔法を張り直して下さってます」

 それはフリットウィックこそ託されるべき仕事ではないだろう。出来れば、トトにも傍に居て欲しかった。

 ダンブルドアの肖像画を一瞥し、ハリーは深呼吸してありのままを報せた。

 ジャスティンが魔法でベッロを消し去った部分まで言い終えた時、誰もが愕然としていた。

 それもそうだ、ダンブルドア程の偉大な魔法使いが蛇に噛み殺されたなど直ぐには受け入れられない。自分以外の反応を見ながら、ハリーは気づいた。

 

 自分自身もまだ受け入れて切れていないのだということに――。

 

「ベッロは生きています」

 フリットウィックはまるで授業のように、それでも声を怯えで震わせて話した。

「生物を消失させる呪文は移動させているだけなのです。どこかはわかりませんが、必ず生きています」

 ハリーはベッロの生死について、何も考えぬように努めた。

「何故、スネイプではなかったのですか?」

 瞬きすらしないバーベッジには殺意が込められ、ハリーもゾッと寒気がした。

「スネイプはいなかった。偶々、ダンブルドアは近くに居てしまったんだ! 弁護するつもりはないが、ベッロは主を二度も殺されて、怒りを抑えられなかったに違いない……」

 軽蔑や悲哀が入り混じったスラグホーンの言葉を聞いた瞬間、ハリーは閃いた。

「あいつらの目的は最初からダンブルドアだった……。クローディアを殺す事でベッロは凶器に仕立て上げられたんです」

 スプラウトは悲鳴を上げた。

「しかし、生徒を襲う危険もあった。君もそうです」

「いいえ。万一、僕や他の誰かが襲われたなら、ダンブルドアは自分を盾にしてでも守ろうとしたでしょう。しかも、人を襲ったベッロは報復としてその場で殺されていたかもしれない。そうすれば、ヴォルデモートを深く知る者は更に減る」

 ドラコに拘り、ヴォルデモートの考えを読み切れなかった。

 こんな時の為にダンブルドアから授業を受けていたというのに、それを活かせなかった悔しさに歯を食いしばる。

「だから、なんです! そんなくだらない理由でクローディアはスネイプに殺された!? 結局、スネイプはクィレルと同じ、骨の髄まで『例のあの人』の忠実な下僕だったんです! 何てこと……あの子は2度も先生に裏切られた……」

 興奮したバーベッジの罵りにハグリッドは堪らず、泣きだした。

「あんまりだ……コンラッド……可哀想に」

 ハグリッドの嘆きを聞き、ハリーの背が熱くなる。スラグホーンもビクッと肩を痙攣させる。コンラッドは城の防衛にも手を貸さず、ここにも来ていないが、ずっとクローディアの傍にいる。彼の心情を労わっていない自分を恥じに思った。

「ミネルバ、大臣が間もなく到着するだろう。魔法省から今し方『姿くらまし』した」

「ありがとう、エラバート」

 真っ黒い空間だった肖像画の住人が戻り、報せた。

 マクゴナガルはこの場にいる者だけで意見を求める。学校の存続については理事会に託し、この土地にダンブルドアの埋葬を決めた。

「ハリー、コンラッドに伝えてくれんかね? 彼は葬儀には出まい……もうここを発つ気だろう」

 躊躇いながら、スラグホーンは頼んでくる。コンラッドが発つなら、クローディアの遺体も連れだされる。そう気付いたハリーは6人に退室の許可を得て、急いで校長室を後にした。

「もう行かなければならない。埋葬の手続きがあるんだ」

 玄関ホールで待ち伏せようと試みれば、既にコンラッドは足止めを受けている。シリウス、リーマス、アーサーの3人は行く手を遮っていた。

 コンラッドの後ろで浮かんでいる桐の箱は、人1人が入るには十分な大きさだ。あの中にクローディアがいると考えるだけで足が竦んだ。

「頼む、コンラッド。ジョージはまだ動かせないんだ。フレッドもまだ来ていない、もう少しだけ」

 必死なアーサーの態度にも、端正な顔は眉ひとつ動かさない。

「クローディアの私物は後から運んで貰えるようにフリットウィック先生にお願いし……」

「君の娘が死んだんだよ」

 コンラッドの言葉を遮り、リーマスは切ない声を発した。

「殺したのは他の誰でもないスネイプだ! 他に言う事があるだろう!!」

 拳が振りかざされた。

 初めて見たリーマスの乱暴な振舞いにハリーは驚き、心臓が跳ねた。

 シリウスも呆気に取られる行動はコンラッドも避けず、頬への一撃を許す。殴られた反動でよろけたが、彼は倒れずに切れた唇から滲み出た血を舐めた。

「いいや、ないね」

 機械的な声に怒りとは違う感情が入っている。その答えにリーマスは失望していた。

 後ずさりしながら、リーマスはハリーのいる所とは反対方向に行く。シリウスはコンラッドに軽蔑の眼差しを向け、追いかけた。

「コンラッド!」

 アーサーが口を開く前に新たな乱入者であるディグルはコンラッドへ飛びかかり、その手を優しく労わる手つきで包み込む。自慢のシルクハットが床に落ちても気にせず、滝の涙を流した。

「……すまない、私の責任だ……何もかも……私の……」

「いいえ、皆の責任です」

 ディグルの手を握り返し、コンラッドは機械的に告げる。しかし、紫の瞳は確かな感謝を込めていた。

 アーサーだけがハリーに気づき、首を横に振るう。今、こちらに来てほしくない様子だ。

 視線で了解を示し、ハリーは医務室へ戻ろうとする。アーサーがいるなら、モリーも来ている。何が出来るわけでもないが、紅茶を入れようと思った。

 振り返った視線の先にドビーとクリーチャーがおり、吃驚した。

「ウィンキーだったのです。ハリー=ポッター」

 ドビーはまるで自らの罪のように語り出す。ウィンキーはクローディアを恨み、ドラコに加担していた。

 ウィンキーは偶々、ハーマイオニー達を助けたのではない。毒入り酒を見張っていただけ、あわよくばクローディアが飲み干す様子を見届けようとした。

 あまりにも残酷な真実に全神経が怒りで震え、ハリーは唇を噛んだ。

「ウィンキーは何処?」

「もう、この城にはおりません」

 クリーチャーは即答した。

 目的を遂げたウィンキーの行先はわかっている。大好きなクラウチJr.の傍だ。

 きっと、ハーマイオニーがここにいればウィンキーの気持ちを蔑ろにしていた自分達の責任だと自論を述べるだろう。いなくて幸いだ。今は聞きたくない。

「ハリー=ポッター?」

 ハリーの怒りが伝わり、ドビーは心配そうに労わる。クリーチャーもチラチラと視線だけで問う。

「ありがとう、ドビー、クリーチャー。厨房に戻ってくれ」

 2人の返事を聞かず、ハリーはトトを探しに走る。ダンブルドアのおらぬ今、無性に彼に会いたくなった。

 不意にフォークスの歌声が近づき、導かれている感覚を味わう。従えば展望台に辿り着く。空は雲はひとつもなく、傾きかけた太陽も見える。それだけの時間が経っていた。

 歌うフォークスを肩に止め、トトはホグワーツを一望する。何故か隣にはルーナが座っていた。

 ハリーの到着にルーナは何も言わず、フラフラとした足取りで降りて行く。トトはそんな彼女を見送り、手招きしてきた。

「話は纏まったかの?」

 トトはマクゴナガルの決定を伝えに来たと誤解していた。

「はい、学校は理事会に任せて……ダンブルドア先生はここに眠らせようと……」

 質問に答えながら、ハリーはトトの手にある杖を見やる。何度も見たダンブルドアの杖だ。

「少々、借りておる。本人に似ておるせいか、扱いが難しいわい」

 冗談のように言い放ち、トトは杖を指揮棒のように振るう。途端にカボチャジュース入りのゴブレッドが呼び寄せられた。

「飲みなさい」

 渡された瞬間、ハリーは異様な喉の渇きに襲われ遠慮なく飲み干した。

「どうして……護りは破られたのでしょうか?」

「完璧な護りなど存在せぬ、完全なる突破口もな。今回は相手も相当無茶をしたのう。向こうにも犠牲が出ておるはずじゃ」

 口調から犠牲者への同情は微塵も感じられない。

 トトは壊れた半月眼鏡を杖で叩き、それをフォークスの顔にかける。しかし、大きさも合わず引っかける耳もない為に落ちる。仕方なく眼鏡を小さくしてから、また不死鳥の鼻先に置いた。

 神秘的な不死鳥は親しみのある賢い鳥の印象を与える。もしも、ダンブルドアが『動物もどき』なら、今のフォークスと同じ風貌だろう。

「行くが良い、フォークス」

 旅立ちを促され、フォークスは歌を止める。惜しむようにトトを見つめてから、空へと翼を広げた。

 ホグワーツを見守っていた不死鳥が去り、ハリーは寂しい気持ちに駆られた。

「コンラッドさんも……行きました。トトさんは……どうしますか?」

「葬儀が終わるまではここにおるよ。ハーマイオニー達とも話し合わねばあるまい」

 それを聞き、トトはマグル生まれ生徒の後見人を務めを思い出す。託された子供達の安全を最優先に考えている。つまり、彼は孫の死に涙する余裕がないのだ。

 クローディアを思い浮かべ、現実に戻されたようにウィンキーへの怒りが湧く。

「ウィンキーが……『屋敷妖精』の……彼女が裏切っていました……。マルフォイに協力して……」

「お主の怒りは正しい、今は怒るが良い」

 ハリーの怒りを肯定され、遠慮なく喚いた。

 どいつもこいつも皆、勝手すぎる。

 着ていたユニファームもグローブもかなぐり捨て、天体望遠鏡を蹴り上げる。屋根を支える柱へ何度も拳を叩きつける。感情のままに殴り、拳から鈍い音がしても無視した。

 急に足の力が抜けて床へ転ぶ。頭で体を支えて起き上がろうと這いつく張る。それも叶わないと思い知り、ハリーは仰向けに寝転がって全身の力を抜いた。

「何かして欲しい事はあるかね?」

 自分の視界が坂さまなのに、ハリーはトトが別世界の住人のように見えた。

「……独りにして下さい」

 勝手にここへ来て置きながら、ハリーは血を吐くように頼む。トトは音もなく姿を消す。自分1人の呼吸音を聞き、例えようのない虚無感に包まれた。

 そこへ足音が近づいて来た。

「ハリー?」

 声の主はセドリック、意外すぎる人物に驚いて声も出ない。

「ルーナがここだって教えてくれた。ごめんね、伝言を受け取ったのに……間に合わなかった」

 悲報は伝えられている。詫びるセドリックは傷だらけのハリーの手を取り、呪文で傷を癒してくれた。

「ハリー、辛かったね」

 慰めの言葉はハリーの心情を最も端的に表していた。

(辛い……)

 大事な人を亡くし、ハリーは辛かったのだ。

 ハリーはその言葉が思い浮かばない内は、まだ辛くないのだと思っていた。しかし、そうではない。そこに考えを至らせられる気力すらなかった。

 先程のコンラッドがしていたように、ハリーもセドリックの手を握り返した。

「辛いのは、皆一緒だよ」

 真摯な態度でセドリックも頷き返し、ハリーを起こす。以前もこうして彼の手を借りた。その後、彼自身が優勝杯を手にしないと決断し、墓場行きを逃れた。

 感情による選択、道徳的な選択。

 風を頬で受けながら、ハリーは不死鳥が飛んで行った方向を眺める。ダンブルドアがいなくても遺した宿題があるのだ。

 何年かかっても、『分霊箱』を探す。

 まずはダーズリー家に帰って、ペチュニアに別れを告げよう。ダードリーが襲われても、家に居ていいと言ってくれた人だから――。

 

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 ハリーとマクゴナガルがいなくなり、ネビルの質問は変わる。

「何を話す気だろう?」

「学校の閉鎖について話すんだろうね」

 リーマスが淡々と答え、ネビルは二重に驚く。競技場が襲われただけで閉鎖するなどとは、彼もかんがえない。つまり、誰かが亡くなったと理解したのだ。

「お待ちなさい、ここで話すべきではありません。皆に動揺が広がります。遅かれ早かれ、先生方から知らされるでしょう。それまでは休んでください」

 問いつけようとしたネビルにマダム・ポンフリーは頼んでくる。確かに廊下にまで怪我人は溢れ、マダム・ピンスまで治療を手伝っている状態だ。話せば、場は一気に混乱が訪れるだろう。

 校医と司書の魔法により医務室は広がり、負傷者分の清潔な寝台が揃う。軽傷で治療を終えた生徒や教職員はすぐに帰された。

 ロンは勿論、シリウスとトンクスも切り傷程度だが治療を受ける。それが終わった頃にハーマイオニーはモリーとアーサーを連れてきた。

「ジョージちゃん!」

 悲鳴を上げ、モリーは寝台に伏したジョージへと縋りついた。

「ママ、ジョージは骨が折れただけよ。すぐ治せるわ」

「そう、すぐ良くなるのね。ありがとう、ジニー」

 出遅れたアーサーはロンとジニーの肩に手を置き、ジョージの顔を覗き込んで安心した。

「クローディアは何処なの? ジョージちゃんがこんな時に……」

 その名に全員の体温が一気に氷点下まで下がる心地だ。

「スネイプが殺した」

 瞼を閉じたまま、ジョージが抑揚のない声で答える。静まり返った室内に響くには十分だ。

 アーサーとモリーは瞬きし、お互いの顔を見合わせた。

「ジョージ、何を言っているの? ロン、この子ったら『錯乱の呪文』にでもかかったの?」

 引き攣った笑顔のモリーからロンは顔を背け、答えを渋る。それだけでアーサーは事情を把握した。

「本当だ」

 下を向いたまま、リーマスも感情を込めずに教える。それでも信じられず、モリーは周囲にいる皆の顔を1人1人、見やる。

「ジニー? シリウス、トンクス、ハーマイオニー……」

 名前を呼びながら、モリーは否定の反応を求める。しかし、名を呼ばれた誰もが顔を伏せて口を噤んだ。

「本当です。僕、見ました」

 起き上ったジャスティンに呼応し、隣の寝台にいたチョウが弾けたように泣き出す。何事かと皆の視線が彼女に集まり、急いでマダム・ポンフリーは駆け寄った。

 眼球が飛び出るでそうな程に目を見開き、モリーは青褪めた表情でガクガクと震え出す。足の力が抜けて床へ座りこもうとしたところをジニーとトンクスが支え、椅子に座らせた。

「クローディアは癒者になって、ジョージと結婚する……。その為に勉強して……」

 そう呟いたっきり、モリーは膝で自分の手を握り締めて大粒の涙を溢したまま黙った。

「コンラッドは?」

 アーサーの疑問にリーマスは返事の代わりに何かに気づく。シリウスと顔を見合わせ、2人は急いで廊下へ飛び出した。

「私が行くから、トンクスはここにいてくれ。君もだ、ハーマイオニー」

 後を追おうとしたトンクスとハーマイオニーを引き止め、アーサーも出て行った。

 入れ違いに壁をすり抜け、ビンズが現れる。『魔法史』の教室から出た姿をロンは初めて見たが、驚きよりも嫌な予感に襲われた。

「諸君、大変な目に遭われた。しかし、悲しい報せを告げねばなん。奴らの襲撃により、諸君らの仲間であったクローディア=クロックフォード並びに我らのアルバス=ダンブルドア校長先生が学校を去った。犯人は既に逃亡しておる。これにより、学校の存続は理事会に委ねられる。閉鎖も覚悟してもらいたい。後日、ダンブルドアの葬儀を執り行う。場所は言わずと知れたホグワーツである。――以上だ」

 授業でも聞いた事ない滑舌で伝え、ビンズは誰の質問も受けずに壁の向こうに消えた。

 DAの仲間だったネビル達が寝台から起き上がり、ロンへ詰め寄ろうとしたがマダム・ピンスに止められた。

「貴方は完治しています。退院して結構、寮へ戻りなさい」

 まるで図書館で騒ぐ生徒を見る目つきで睨み、ロンは追い出される。モリーを一瞥したが、ジョージの手を握り締めていた為に声はかけなかった。

「退院を言い渡されたんじゃ、しょうがないわね」

 ハーマイオニーも一緒に出て来て、ロンの手を握る。彼女の手の温もりを味わい、お互いが生きていることを確認し合えた。

 寮へ帰るフリをし、玄関ホールを目指す。途中でアーサーと出くわした。

「コンラッドさんには会えた? シリウスとリーマスは……」

「彼はディーダラスと行った。クローディアも一緒にね、……2人は城内だ。ハリーを探しているかもな」

 最後の別れさえさせて貰えず、コンラッドは連れて行ってしまった。

「どうしてだ……ジョージは? あの人、人の気持ちをなんだと……」

 勝手が過ぎるコンラッドに怒り、ロンの声は知らずと震えた。

「ドリスの時もそうだったらしい。一刻も早い埋葬がコンラッドなりの敬意だと私は思う。ジョージには私達が付いている。そうだろう?」

 笑顔とは違う優しい諭し方をされ、ロンは何も言えない。

「騎士団はどうなるの?」

「マッド‐アイに任される。誰が決めたわけじゃないが、そうなる」

 ダンブルドアの後釜としては最適だ。正直、ハリーに任されるのではと予想していた。

 しかし、ハリーには役割がある。残りの『分霊箱』を見つけ出す。2人だけの授業で明確に託された話は聞いていないが、彼はダンブルドアの意志を継いだ行動に出るだろう。

「寮に戻っておいで、直にビルとフレッドも来る」

 ロンの肩を叩き、アーサーは促してから去った。

「ハーマイオニー、ロン!」

 呼び声の主はアンジェリーナとクララだ。

「門にフレンツェがいて、皆は医務室か寮だろうって、ここで会えて良かった」

「セドリックは先に来ているはずよ、もう会った? リーも後から来るわ。それで何があったの? 『暴れ柳』で問題が?」

 偽金貨に気づき、集まってくれたのだ。

 ロンは何も知らぬ2人を見ていると、顎が硬直したように動かなくなる。彼の手を更に強く握ったハーマイオニーが毅然とした態度で告げた。

「クローディアとダンブルドアが死んだの」

 2人は笑顔のまま青褪め、言葉を無くした。

 頭上を幽霊が通り過ぎる。『灰色のレディ』がこちらを見下ろしていた。

「……レディ……、クローディアは?」

 消え去りそうなクララの問いに『灰色のレディ』は顔を背け、答えを渋ったが口を開いた。

「あの子は既に学校から連れ出されました」

 返事に驚愕し、アンジェリーナは口元を手で覆う。クララは足の力を無くし、座り込む。『灰色のレディ』はそれ以上の事は何も言わず、廊下を漂って壁の向こうに消えた。

「誰がそんな酷い事を……」

「スネイプが……やった」

 ロンは簡潔にスネイプに殺されたクローディアを見て、怒り狂ったベッロにダンブルドアが殺されたと説明した。

「わけわかんないわよ」

 アンジェリーナはクララに手を貸しながら、困惑した。

 正直、ロンもまだ混乱している。しかし、事実は変えられない。起こった出来事を感情を持って受け入れるしかない。スネイプへの激しい憎悪だ。

 クローディアはドラコを助けんとスネイプを頼り、殺された。

 もっとハリーの意見に耳を傾け、細かい点にまで対処していれば何もかも防げたかもしれない。クリーチャー達の協力もあり、ドラコの企みは阻止できるという傲慢があった。

 自分達が積極的に動かなければ、解決どころか阻止もできないのだ。

〝褒められることが問題じゃない! あいつが復活したら、また大勢殺されるんだ! 僕のパパとママみたいに! そうなる前にどうにかしないといけないんだ!〟

 まだ11歳だったハリーの言葉が今、あの頃より深く胸に突き刺さった。

「僕達、寮に帰る。2人もどうだい?」

「いいえ、医務室に行く。セドリックともそこで待ち合わせているから」

 アンジェリーナはクララを支え、ロンとハーマイオニーも途中まで手伝って歩いた。

 静まり返った廊下や階段の絵には住人はおらず、『灰色のレディ』を最後に幽霊にすら会わなかった。

 『太った婦人』の肖像画には誰もおらず、入口は不用心に開いたままだ。

 談話室には生徒が犇めき合い、机にはサンドイッチなどの料理が並べられている。ほとんど、誰も手に付けておらず、瞬きしないコーマックの咀嚼音が響いた。

「マクゴナガル先生がさっき来て、ダンブルドアの葬儀があるって。2人はクローディアを見送って来た?」

 げっそりした顔のジャックに問われ、ハーマイオニーは首を横に振るう。

「誰にも会わせず、彼女のお父さんは連れて行ってしまったわ」

「そう……そのほうがいいかもな、ありがとう」

 ジャックはロンの肩を叩き、人が最も集まっている暖炉の前に蹲る。その中にディーンとシェーマスの姿もあった。

 部屋にハリーが帰ってきている直感し、ハーマイオニーと急ぐ。案の定、彼は寝台に腰かけてクルックシャンクスを抱えながら、撫でていた。

「マクゴナガルとは何を話したんだ?」

「僕が見たことと、学校の閉鎖についてだよ」

 優しい手つきでクルックシャンクスを床に下ろし、ハリーはハーマイオニーの前に立つ。

「……ハーマイオニー、辛いかもしれないけどドラコに協力していたのはウィンキーだったんだ」

 『屋敷妖精』の動機を告げられ、ハーマイオニーは唇を噛む。

「……私、おかしいって思っていたわ。いくら、ラベンダーが危なかったって言っても、ウィンキーの対応は迅速すぎる……。けど、その疑問を無視してしまった……。裏があるはずないって……、どれだけ……クラウチさんが大切だったか……理解してあげられなかった……。でも、そういう不満があるなら、言って欲しかった……」

 涙が零れるハーマイオニーの頬へロンはハンカチで拭う。

「追い討ちをかけるようで悪いけど、プリンスの事なんだ」

 全く関係ない話を出されたが、今、ハリーが確認したい気持ちを尊重して黙る。

「ハーマイオニーはスネイプだってわかっていたんだね」

 予想していなかった人物にロンは思わず、変な声が出た。

「ええ、教科書をトトさんに見せた時、自分の知り合いの魔女は関係って返事が来たでしょう? だから、彼女の家族じゃないかと思って調べたわ。名前はアイリーン=プリンス、マグルのトビアス=スネイプと結婚して子供を産んだって【日刊予言者新聞】に載っていて……」

 鞄から記事の切れ端を取り出し、引っ込み思案な少女の写真を見せる。ハリーの顔色が変わった。

「……僕がスネイプから『開心術』を受けた時、あいつの記憶の断片も見た事がある。母親らしい女性がいたんだ」

 その女性の顔がアイリーンと同じなのだろう。

「クローディアが教えてくれた。……スネイプが信じられないなら、プリンスを信じろって……」

 淡々としているが押し込まれた激情を感じ、ロンはハリーの肩を抱いた。

「騎士団はマッド‐アイが引き継ぐ。君も引き継ぐんだろ? 『分霊箱』探し、僕も行くよ。嫌だと言っても駄目だ。絶対に一緒だ」

 目に涙を浮かべ、涙声でロンは問う。ハリーは我に返ったように目を見開き、段々と優しい目つきに変わる。

「1人でも、僕は行くつもりだった。けど本当はね、そうなったらいいなってちょっとだけ思っていたんだ。ありがとう、ロン。入学の時、コンパートメントを一緒にしたのが君で良かった」

 誰からのどんな称賛よりも嬉しく、胸が弾む。今日という日でなければ、もっと喜べたが、こんな時だからこそハリーは言葉に出来たのだ。

「あら、私は仲間外れ?」

 わざとらしくむくれるハーマイオニーをハリーは笑みを向けて抱きしめた。

「ハーマイオニー、ネビルのカエルを探しに来てくれたのが君で良かった。本当だ」

「ええ、そうね。ハリー、だから私も一緒に行くわ。いいわよね?」

 ハリーは返事しなかったが、嬉しそうな顔に答えは書かれていた。

 クローディアがここにいれば、一緒に行くだろう。しかし、もう彼女にも頼れない。魂が残ると決めた瞬間を知らないが、彼女は逝ってしまった。

 3人だけでやるしかない。

 全て終わったら、彼女の墓を訪問しよう。3人一緒に――。

 




閲覧ありがとうございました。
人死にのシーンは書くのも、その死を悼む人々の心情も考えるのも辛いです。小説家の先生方は尊敬します。

「私の責任だ」
「皆の責任です」
とあるディズニー映画にある私の中の名セリフです。誰も悪くないよりも、相手を慰める言葉だと思います。

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