こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。

タイトルが不吉。

追記:18年8月13日、18年10月1日、誤字報告により修正しました。


16.セクタムセンプラ

 ハリーから恐ろしい魔法を教えられた。

 如何に恐ろしいかと言えば、効果が全く分からないというものだ。

「セクタムセンプラ、セクタムセンプラ……あったあったさ。……敵に使う以外に何にも書かれていないさ」

 自分の教科書に書き写した部分を見て、クローディアは怪訝する。

「きっと、本当に身に危険が及んだ時だけなんだ。そうでなければ、わざわざ『敵』なんて書かないだろ?」

「その『敵』は『死喰い人』じゃないさ。元々プリンスの教科書なんだから、『敵』って仲の悪い生徒とかじゃないさ? これをクィレルに使ってキューティーハニーみたいに着てる服が弾けるだけだったりしたら、戦意も殺がれるさ」

 想像しただけで2人は意気消沈である。

「その哀れなハニーが誰のことわからないけど、そんな魔法なら尚の事、『敵』なんて書かないよ。とても強力な魔法だから、相手を傷つける気持ちになった時だけ使えって意味だと思う」

 正体不明の相手に、文章だけでそこまで信頼するハリーに感心を通り越して呆れる。

「そんなおおげさな……?」

 口にしてから、クローディアはプリンスの正体に思い至る。『魔法薬学』に精通し、敵と呼ぶ程に同級生といがみ合い、コンラッドにも魔法を教えられる。

 そんな生徒はスネイプただ1人だ。

 寧ろ、踝を吊し上げる魔法がリーマスの世代で流行ったと聞かされた時点で気付くべきだった。

 『半純血』の意味はまだ不明だが、写真でしか知らないアイリーン=プリンスがスネイプの母親か親族とすれば筋が通る。故に黒衣の教授は話す約束までしてくれた。

 雷に打たれた気分で愕然とし、クローディアは明後日の方向を見るとなしに見つめた。

「クローディア? おーい、起きてる?」

 ハリーに眼前で指を鳴らされ、我に返る。冷静に彼の顔を眺め、深呼吸した。

「ハリー、あんたは本当にプリンスが好きさ。困った程にさ」

「ああ、好きだよ」

 即断され、クローディアは呆ける。しかし、その言葉を向けた相手がスネイプだと再認識した瞬間、爆笑してしまう。

 腹を押さえて床を転がるクローディアへハリーは恥辱に思い、杖を動かして無言呪文で踝から吊り上げた。

「ハリー! 何をやっているの!?」

「ハーマイオニー、見て。僕、無言呪文が一発で成功したよ」

 笑顔だが目の笑っていないハリー、吊り上げたれた状態で笑い続けるクローディアの状態にハーマイオニーは背筋が震える恐怖を覚えた。

 下ろして貰った後もクローディアは笑い続け、ハーマイオニーも呆れた。

「だって……ハリーがプリンス大好きってさ……」

 目に涙を浮かべ、クローディアは必死に言葉を繋ぐ。聞き取ったハーマイオニーは大きく頷いて納得し、苦笑しながら肩で息を吐いた。

「卒業するまで内緒よ、貴女もね」

 口を開くと笑ってしまう為、クローディアは手ぶりで承諾した。

 

 

 毒の事件は保護者にも伝わり、イースター休暇を利用して呼び戻された生徒は多い。マリエッタも実家へ帰省したが、休みが明けても城に戻らなかった。

「あいつなら、家で試験も受けられるしな。しょうがねえよ、ロンも家で試験受けるか?」

「おまえこそ、家で試験受けろ」

 コーマックとロンの睨み合いに談話室にいる他の生徒は「またか」と苦笑する。

「止めなくていいさ、ハーマイオニー?」

「ロンはずっと『姿現わし』が上手く行かなくてイライラしているだけだもの。コーマックの言う事も一理あるし……、私が出張る必要はないわ」

 ハーマイオニーも仲裁に入ったり、あからさまに恋人を贔屓などしなくなった。

「それより、目下の問題はコレだ」

 ハリーは涙で濡れた羊皮紙を出し、唸る。

【クローディア

 アラゴグが昨晩死んだ。静かなもんだった、眠っているみてえだった。

 会えば、きっとおめえさんも好きになっただろうに。

 さっきダンブルドア先生が来て下さって、一緒に埋めてくれると約束したんだあ。大したお方だ。今日の夕方にでも埋めてやろうと思う、あいつの好きな時間だったしな。

 俺のことは心配すんな、出歩くなよ。絶対だからな  ハグリッド】

 似た内容の手紙がハリーにも届いていた。

「来るなって言われたら、行きたくなるさ」

「駄目に決まっているでしょう。校長先生が一緒なら、尚の事、夜にハグリッドを訪ねるなんて許すはずないわ」

 人指し指を突き立て、ハーマイオニーはクローディアに厳しく言いつける。そこにシェーマスがジャスティンとセシルを連れて談話室へ入ってきた。

「2人が話あるってよ」

「やっぱり、クローディアここにいた。ハリー、私の所にこんな手紙が来たの」

 セシルは隠すようにハリーへ濡れた手紙を見せる。

「僕にもね、モラグにも来てた。あいつは安心して行かないって」

 ジャスティンとセシルの目が何かを期待している。

「貴方達まで何を考えているのかしら? ハリーもクローディアも行きませんから」

「僕らもだよ。埋葬なら、校長先生がいるんだぜ」

 ぶっきら棒なロンの態度を見てから、ジャスティンはクローディアに視線で訴えてくる。彼女も行きたい気持ちはある。アラゴグはハグリッドの使い魔、50年を生きた魔法生物だ。

 その生涯に敬意を払いたい。しかし、ただでさえピリピリとした緊張状態の中、日暮れに堂々と出歩くのは罰則がなくても危険すぎる。

 そう、歩くのは――。

「人に姿を見られるわけに行かないさ」

 ジャスティンにそう答えれば、彼はにやりと口元を曲げる。セシルも似たような顔をした。

 

 授業を終え、夕食を摂る前にフィレンツェのいる教室を訪れる。床に上質な芝生が敷き詰められており、机や椅子はおろか教壇もない。

「天井が星空になってて、占星術みたいに星を眺めながら教えてくれるんだ」

「わー、プラネタリウムさ」

 魔法学校らしい雰囲気の教室に久しぶりの感動を覚えた。

「こういった機会でもなければ、惑星について教えられないだろう。しかし、言語では正確に伝え切れないのが残念だ。出来るだけ、誤解を生まずに授業していくつもりだ」

「フィレンツィ先生、私達は授業を受けに来てません」

 今にもフィレンツェを解剖しそうな目つきなセシルが怖い。

「実は先生にご相談がありまして」

 ジャスティンはアラゴグの埋葬について話す。

「あれか……、我々の領域より奥地に棲み生きているとは言え、いつの間に森に棲みつかれたのだろうか? 惑星さえ教えてくれぬ。あれを諌めらるのは、ルビウス=ハグリッドのみ。彼がいてくれて本当に良かった」

 森にアクロマンチュラを放したのはハグリッドである。それはフィレンツェだけでなく、他のケンタウルスにも黙っておこう。

「しかし、よく知らせてくれた。追放された身だが、我々を代表して蜘蛛の王の最後に立ち合おう」

 律儀に礼を述べ、フィレンツェが廊下へ出た。

 瞬間、ハリーは教室の隅へ行き『透明マント』を被る。クローディアは影に変身し、セシルは『目くらましの術』を用いたお手製『透明マント』をジャスティンと被った。

 フィレンツェの後ろをつかず離れず歩き、ハグリッドの小屋へと到着した。

「アラゴグの為に来てくれたのか!?」

 予期せぬ来客にハグリッドは驚き、歓迎してフィレンツェを招き入れる。クローディア達も閉められぬ内に中へ入った。

「どこに埋める? まさか、森か?」

「とんでもねえ、アラゴグが死んじまって、他の蜘蛛達は俺を巣に近づけさせねのなんの。子供達が俺を食わんかったんは、アラゴクの命令があったからだと! フィレンツェ、信じられっか?」

 襲われないだけでも、アラゴグの子供達は十分ハグリッドに敬意を払っている。

 ハグリッドは種族を越えた絆の力だと思っていた様子だ。彼の欠点はアクロマンチュラのような危険とされた魔法生物さえも簡単に仲良しこよしになれると信じ切っているところだ。

 フィレンツェでさえ、同胞から暴力を受けてまで追放されたという事実が抜けているらしい。

「俺が森で入れねえ場所なんてなかったってえのに、アラゴグの骸を運ぶだけでも、並たいていじゃあなかっぞ。連中は死んだ奴でも食っちまう」

「それが彼らの別れの儀式、責めてはならぬ。だが、……アラゴグも優しき森の番人に見送られたほうがその魂も惑星へと還れるだろう」

 アラゴクの名を呼ぶフィレンツェの口調が普段よりも重々しい。相当の覚悟や我慢を感じ取った。

 ハグリッドが感激のあまり、涙を溢した時にダンブルドアも到着した。

「遅くなってすまぬ、まことにご愁傷様で。おや、フィレンツェも大勢連れて来てくれたようじゃのう」

 ダンブルドアは部屋を見渡し、誰もいないはずの場所を見つめる。あっさりと降参したハリーが姿を見せ、次いでセシルとジャスティンが現れ、仕方なくクローディアは変身を解いた。

 4人の生徒にハグリッドは驚いて変な声を上げた。

「てっきり、ハグリッドが招いたとばかり」

 フィレンツェは彼独特の感覚で気付いていた様子だ。

「どうしてもアラゴグを見送りたくてさ。他の皆もにも来たがったけどさ」

 言葉よりもハグリッドは困惑と心配でワナワナと唇を震わせ、生徒達を城へ帰そうと手を伸ばした。

「ハグリッド、ワシが許そう。それよりも、日が完全に沈んでしまうぞい」

「子供達を許してくれて、ありがてえことです」

 ダンブルドアの声にハグリッドは我に返り、4人にも礼を述べて裏庭へ出る。カボチャ畑の傍に作り物を疑う程に巨大な蜘蛛の亡骸がある。蜘蛛特有のひっくり返り手が絡む体勢だ。

(眠っているよう……なのさ?)

 蜘蛛の睡眠時体勢は知らないが、ハグリッドが言うならそうなのだろう。 

「あ、あ、アクロマンチュラ……」

 貴重なお宝を見つけた眼差しでセシルは胸が高鳴り、不気味な笑顔になる。喪主より先に近寄り、じっくり眺めているかと思えば、試験管を取り出して採取していた。

「なんか、縮んでる?」

「え!? あれ以上、大きかった!?」

 以前、三大魔法学校対抗試合の試練にて見た蜘蛛より確実にデカイ。しかし、ハリーに言わせればまだ大きい。ジャスティンは怯えた悲鳴を上げた。

「そうだろう、ハリー。こーんなに痩せちまって」

 ハグリッド曰く、病気で痩せ細った結果だという。フィレンツェは彼の背を撫で、慰めた。

「ここに埋めるのかね。いつも傍に君がいるなら、アラゴグも嬉しいじゃろう」

 亡骸で隠れて見えない位置に既に掘られた穴があり、ダンブルドアは覗き込む。

「僭越ながら、ワシがお別れの言葉を」

「勿論ですとも」

 感謝感激とハグリッドは目に涙を浮かべる。ダンブルドアは厳かにアラゴグの人生を讃えた。

「貴方は孤独より産まれ、その身をかけて一族を繁栄させたもうた」

 今更ながら、クローディアは葬式が嫌だ。

 あの時を思い出すから――。

 しかし、形式の違いか思ったより息苦しさはない。ダンブルドアの言葉がクローディアにはお経のように聞こえ、自然に瞑想して蜘蛛の王の冥福を祈った。

「貴方は役目を終え、旅人とならん。願わくば、旅先にて会いまみえよう」

 ダンブルドアの口上が終わり、ハグリッドとフィレンツェは協力して亡骸を穴底へと放り込む。意外と雑な入れ方にセシルが惜しむ。校長が指を動かすと、魔法をかけられた盛り土が穴へと流れ込み、滑らかな塚になった。

 埋葬を終え、アラゴグとの完全な別れにハグリッドは塚へ顔を埋めて泣き喚く。ジャスティンも貰い泣き、顔を歪めて顔を手で覆う。そんな彼の背をハリーは撫でて慰めた。

「今宵はワシが付き添う、ハグリッド。フィレンツェ、皆を頼む」

「ほんに……すまんです。お戻りになられたばかりですに」

 涙でほとんど聞こえないが、ハグリッドはゆっくりと立ちダンブルドアを抱きしめる、。校長の身体からミシッと不安な音がした。

「承知した、ダンブルドア。おやすみ、ハグリッド」

 フィレンツェの引率で帰りながら、ハリーは問う。

「校長先生は何処かに出かけていたんですか?」

「うむ、今朝方戻られた。行先までは私も知らない」

 答えを聞き、ハリーは深刻な表情になる。ダンブルドアの外出は『分霊箱』絡みではないかと勘繰っているのだ。

「スラグホーン先生も連れてくればよかったかな? なーんて」

 ジャスティンの冗談を皮切りにフィレンツェと色々と話し込んでいる内に城へ着き、4人はフィルチに見つかった。

「私の用を手伝って貰っていた」

 フィルチが声を出す前にフィレンツェが庇う。色々と世話をかけてしまった彼に礼を述べ、4人はそれぞれの寮へ帰った。

「やった、アクロマンチュラの唾液……やった」

 レイブンクロー寮の談話室に入った瞬間、唾液入りの試験管を見せつけて自慢する。不謹慎と言いたかったが、確実に得られる機会はあの場しかない。

「スラグホーン先生に見つからないように気をつけるさ」

「……そうか、これと交換して貰うって手もある……」

 誰と何と交換して貰うのかは聞かないでおこう。

「お帰り、上手く行ったんだ? どうだった?」

 わざわざソファーの死角にいたルーナがひょっこりと顔を出す。

「ルーナもハグリッドから手紙が来ていたさ?」

「うん、あたしは遠慮したんだ。アラゴグは照れ屋だから、大勢は嫌がるんだもン」

 アラゴクが人見知りとは露とも思わず、クローディアとセシルは目配せし、ルーナに埋葬の様子を聞かせようとした。

「何処に行っていたの!?」

 それより先にパドマへの弁解が先だ。

 

 『姿現わし』の試験日が掲示板に告知されたのは、翌日。

「4月21日、追加練習も申し込めるんだな。よしよし」

「……今月じゃないか……」

 掲示板を眺め、アンソニーは喜ぶ。モラグは文章を読んだだけで本番さながらに硬直した。

「私の誕生日、5月なのよ。試験も受けられないじゃない」

 サリーは不機嫌に掲示板を指で弾く。

「学校で受けられない生徒はどうするだっけ?」

 パドマに聞かれ、クローディアは答える。

「魔法省まで出向いて、試験を受けるか……来年のこの時期まで待つかさ。私は待ったさ」

「それまで『姿現わし』が自由にできないのよねえ。クローディアは辛抱強いわ」

 マンディに感心されたが、クローディアの気持ちの問題もあった為に遅くなっただけだ。

 7月生まれのハリーにも来年の試験について話してみる。

「わざわざ魔法省に出向かなくていいなら、僕も来年にしようかな」

「きっと、我慢できなくなるわ。人の周りで『姿現わし』をこれみよがしにやる人がいるから、ロンとか」

 ジニーはじっとロンの顔を見つめ、ニッコリと意味深に笑う。

「僕はどっかの2人みたいにやらないってば!」

「その前に受かれ」

 話に割り込んだコーマックのツッコミにハーマイオニーは噴き出して笑った。

 

 『姿現わし』の追加練習は週末に行われ、外出には持って来いの快晴だ。ハーマイオニーとロン、アンソニー、ドラコ達6年生はホグズミード村へ出かけた。

 友人達を城の窓から見送り、クローディアとハリーは『必要の部屋』へ向かう。

「僕、ロンに『フェニックス・フェリシス』を渡そうと思う」

「……それは勿体ないんじゃないさ?」

 驚いて悲鳴を上げそうになったが、堪えた。

「僕ね、ロンに色々と助けられた。昨日のことなんだけど、やっと僕とジニーとの事を認めてくれたんだ。僕が渡せる物があるなら、今は幸運だけだから」

「ハリー、何も贈らなくてもロンは気持ちだけで十分、嬉しいさ」

 2人が『必要の部屋』の前に来た瞬間、壁を必死に探るトレローニーを目撃してしまった。

「先生?」

 思わず声をかけてしまい、気づいたトレローニーは本気で驚いて壁から離れた。

「あ、あたくし、考え事をしながら歩き回っておりましたの」

「先生、『必要の部屋』に入ろうとしたのですか?」

 ハリーの質問に更にトレローニーは目を泳がせ、動揺している。もしかしたら、隠しているつもりかもしれない。

「あたくし、生徒が知っているとは存じませんでしたわ」

「ええ、私も先生が知っているとは思いませんでした」

 クローディアも驚きを声に出し、トレローニーを見つめる。セシルから彼女の機嫌が悪いと聞かされていたが、原因が部屋とは多少の罪悪感が生まれる。あくまで多少だ。

「でも、校長先生も知っています」

「ええ、そうでしょうとも」

 ハリーの言葉にトレローニーは急に背筋を伸ばして毅然とした態度になる。

「校長先生は何でもご存じと思い込んでおられます。あたくしのように『内なる眼』も持ち合わせておりませんのに」

 この話は長くなる。

 そう察した2人は適当な挨拶して去ろうとしたが、トレローニーはハリーの腕を掴んで引き留める。一瞬、また彼女が霊媒状態とやらになったのかと警戒した。

「何度も、何度もどんな並べ方をしても、……死神」

 仰々しく取り出した1枚のカードは確かに鎌を持った『死神』だ。

 少々、ガッカリしたクローディアは取りあえず、カードを見やる。

「ええ、確かに不吉です」

「ケイティ=ベルとラベンダー=ブラウンは終わりではありません。まだ、始まってすらいないのです。なのに、校長先生はあたくしの警告を無視なさる!」

 それは普段の占いは当てずっぽうより酷く、いつも不吉な予言ばかりで信用を得られないからだ。

「校長先生はトレローニー先生を大事に思ってますよ。アンブリッジにクビされた時だって、城に居てくれるように取り計らってくれたじゃありませんか」

 内心の苛立ちを押さえ、ハリーは出来るだけ丁寧にトレローニーを宥める。それを慰めと受け取り、彼の腕を掴んだ手に更に添えた。

「ハリー、貴方がクラスにいないと寂しいですわ」

 本当に寂しげな表情でトレローニーはハリーの腕を離す。

「貴方は大した『予見者』ではありませんでしたが、でも、素晴らしい『対象者』でしたわ」

 安心したのも束の間、長い話は始まる。段々とフィレンツェの話になり、駄馬と呼んで侮辱したかと思えば、言葉の節々に曾々祖母たるカッサンドラ=トレローニーへの憧憬と自分への劣等感を織り交ぜて語り出した。

「ダンブルドアとの面接はよく覚えていましてよ。あの方に感心しましたわ。古くて汚い、臭い、ホッグズ・ヘッドの宿屋、そんなところまでわざわざ訪ねて面接して下さったのです。ここだけの話、あそこは絶対にお勧めしません」

 話半分に聞いていたクローディアに合図を送って逃げる画策を立てる。しかし、ハリーの真面目に耳を傾けていた。

「あたくし、その日はあまり食べていませんでしたの。なんだが、変な気分になって、それでも必死に面接に挑みましたわ。それをセブルス=スネイプが無礼にも邪魔をしたのです!」

「……は?」

 初めてハリーが無機質に声を出す。そこでクローディアはこの愚痴が彼の人生を左右した予言を告げた日の出来事だと思い出した。

「そうです、扉の外が騒がしいので見に行ってみれば、バーテンとスネイプが揉めておりましたの。階段を間違えて上がってきたとか、白々しい嘘をついて」

 状況と共に怒りを思い出すトレローニーと違い、クローディアとハリーの血の気が引いて行く。

「あたくしはスネイプが盗み聞きして、面接のコツを掴んだとすぐにわかりましたわ。その後、あたくしは採用され、スネイプも……?」

 トレローニーはようやく尋常ではない2人の様子に気づいた。

 スネイプはハリーの両親の仇に相当する。それ以上、クローディアは何も考えが纏まらなくなり、指先に力を入れて全身の神経を確かめた。

「ハリー……」

 掠れた声でクローディアはハリーの肩に手を置く。それが切欠になり、彼は何も言わずに走り出した。

「ハリー、どうしましたか?」

「ダンブルドア先生か、ハグリッドを呼んで下さい! でなければ、男の先生なら誰でもいいんで!」 

 事態の飲み込めぬトレローニーが狼狽し、クローディアは怒鳴り声で頼んでから駈け出した。

 ハリーはスネイプの事務所へ向かうだろう。出なければ、今だ教授が出入りする地下の研究室だ。

 予想通りに地下への階段を降りようとしている。クローディアは必死にハリーへしがみ付いて床へ叩きつけた。

 彼は憤怒の表情で呻きながら、彼女を振り払おうとする。それ以上の力で抑え込んだ。

「離せ、離してくれ!」

 怒声と共に暴れるが、出来ない。

「あいつだったんだ! 全部、あいつが! あいつのせいなんだ!」

 本当はもっと罵倒したいが、上手く言葉に出来ない。そんなハリーの感情が伝わってくる。

「ハリー、今は駄目だ。今は」

「嫌だ!」

 暴れるハリーは後頭部でクローディアを打とうともがく。幽霊達が興味津々に集まってきた。

「今はやめてあげて、あの人を責めるのは……お願い」

 落ち着かせる建前などではない。スネイプの嘆きを聞いてしまったからこそ、本心から懇願する。しかし、ハリーはギロッとクローディアを睨んだ。

「ドリスさんのことだって、あいつのせいだ! あいつが招かれなければ、ドリスさんは死ななかった!」

「え……?」

 あの日、スネイプが招かれていたなどハリーに話していない。そもそも、それとドリスの死は無関係だ。

「僕は聞いた! 屋敷で、あいつを招こうとしていた話を! 去年のクリスマス、家の護りは切ったんじゃなく、切られていたって! ドリスさんは『死喰い人』のあいつを招く為に護りを切ったんだ! 僕はずっとわかっていた!」

 ハリーに知られる機会があるとすれば、グリモールド・プレイスの屋敷だけだ。

 本当にわかっていたなら、ハリーはスネイプに対してもっと早く怒りのままに行動していただろう。先程のトレローニーの話を聞き、今、思いついたのだ。

 信じられぬ驚愕の事実に血の気が引いても、脳髄の一部は冷静に推理する。しかし、動揺は態度に現れ、クローディアは手の力が抜けてハリーを離した。

 しかも、そこへ騒ぎを聞きつけたスネイプが階段を上がってきてしまう。ハリーはすぐに杖を抜く。反射的にクローディアも杖を抜いて彼へ向けた。

 一触触発。絵画の住人も唾を飲んで、黙り込む。

「ハリー、杖を下ろして」

 歯を食いしばってハリーはスネイプに杖を向ける。突然、向けられても黒衣の教授は動じない。クローディアは必死に考えを巡らせ、彼が使う呪文を想定した。

 今、敵を目の前にしている。

「ハリー、杖を下ろさないなら、私はやる」

 横顔のまま、ハリーはスネイプから目を離さない。口元を緩めてから、彼は杖を下ろす。だが、その唇は呪文を紡ごうとしていた。

 ハリーは杖なしでスネイプへの挑む。そう察知したクローディアは叫んだ。

「セク……」

「セクタムセンプラ!」

 早口で捲くし立て、クローディアが僅かに早く言い終える。ハリーの呪文は間に合わなかった。

 正しくは腕が刃物で斬り取られたように飛んで行き、ハリーは激痛で悲鳴すら声も出せなくなった。

 腕だけでなく、肩や頬も斬られ、血が噴き出す。

 呪文を聞いた辺りから、スネイプは土色に怒りを混ぜて倒れていくハリーを抱きとめる。同時に飛んだ腕は壁に叩きつけられた。

 血は床を汚し、スネイプの腕の中でハリーは虚ろな目を見開く。痛みに耐えきれず、気絶していた。

 悲惨な光景にクローディアは杖を構えた手が震え、歯が痙攣してカチカチと音を立てる。自分の視覚なのに他人事のように遠い。

「ヴァルネラ・サネントール(傷よ癒えよ)」

 スネイプの杖がハリーの傷をなぞり、傷を塞いでいく。その間に現れたベッロは落ちていた腕を銜えて拾い、黒衣の教授へ渡した。

 それも癒して貰えたが何度も呪文を唱えて、ようやくハリーと繋げられた。

 ここまで一分も経たず、スネイプは適切な処置を取る。怯えたクローディアの体感時間は何倍にも感じ取れる。しかも、耳障りな声が止まらない。目撃してしまった絵の住人か幽霊が悲鳴を上げているのだろう。

「クローディア、しっかりおし。クローディア」

 ダンブルドアの声と共に暖かい手が肩を揺さぶる。眼前に校長がいても、認識していなかった。

 答えたくても、口が動かない。

「ワシの声を聞け、ワシの声だけを聞くんじゃ」

 ようやく、耳障りな声の発信源はクローディア自身だと知る。呼吸を求めて喉を動かし、声は止まった。

「医務室に行く必要があります。トレローニー教授、手を貸して頂きたい」

 スネイプに声をかけられ、青ざめて口元を押さえていたトレローニーは必死に頷く。2人でハリーを支えた時、ダンブルドアも手を貸した

「ワシが連れて行こう。セブルス、彼女を頼む。シビル、ワシと来て詳しい話を聞かせておくれ」

 2人が答えるより先にダンブルドアはハリーを背負い、1人で歩きだす。慌ててトレローニーは後を着いて行った。

「クロックフォード、来たまえ」

 命令されているが体は動かず、廊下を濡らす血へ勝手に目がいく。仕方なく、スネイプはクローディアの腕を掴み、階段を下りた。

 研究室の適当な椅子へクローディアは座らせられ、スネイプは立つ。見下される黒真珠の瞳がかつてのアメジストの瞳を彷彿させる。

〝MURDER〟

 教授の唇がそう動く気がして、脳髄に痙攣のような振動が襲う。

「あの呪文を誰に習った?」

 怒気を含んだ声に聞かれ、クローディアは杖を見やる。使わないのだから、片付けなればならない。しかし、指が杖から離れない。

 逆手で指を外そうとしたが、その前にスネイプが杖を持つ手を握る。連れて来られた時と違い、包むような優しさを感じた。

「手の力を抜け、ゆっくりだ」

 手の甲にスネイプの体温を感じ、硬直が解かれて杖が落ちる。寸でのところで逆手で受け止められた。

「我輩はコンラッドではない。呪文を誰に習ったか、順番に話してみろ」

 闇色の声はクローディアを落ち着かるに十分な音程だ。

 深呼吸してから、ハリーの事は省いて正直に答える。

「古い教科書を見つけました……。たくさんの書き込みがしてあって、ベッロやお祖父ちゃんに危険はないか判断して貰い、私は自分の教科書へ書き写しました。父から教わった『耳塞ぎの呪文』もありましたが、あの呪文は知りませんでした。効果もわからず、でも学生の書き込みだから、同級生へ使える程度の呪文だと思っていました」

 スネイプの口元が痙攣する。

「嘘を吐くな。大方、ポッターがその教科書を見つけたのだろう? 君はポッターがどんな魔法を覚えてもわかるように書き込みを写しておいたのではないか?」

 赤茶色の瞳を覗きこまれ、スネイプの『開心術』に気づく。

「……ハリーとはあの呪文について話しました。彼は効果を書いていないのは、それだけ危険故だと」

「あくまでも、ポッターを庇うか……」

 失望したような落胆に満ちた声はクローディアを竦ませた。

「君は余計な事をしたぞ。ポッターがどんな呪文で我輩を攻撃しようが、我輩には対抗策はあったのだ」

 確かに今のスネイプは『闇の魔術への防衛術』の教授。クローディアの手助けなど不要だ。

 ハリーを傷つける必要は本当になく、無意味だった。

「クロックフォード、君はこれからの土曜日に罰則を与える。今学期、全てのだ。それから、部活動も禁止する」

 退部の強要への絶望と退学にならない疑問の驚きに反論も出来ない。

「君が書き写した教科書をすぐに提出したまえ」

 背を向けて扉に向かうスネイプへクローディアは縋る思いで手を伸ばした。

「先生! どこまで聞いていましたか?」

 切羽詰った声に動じたようにスネイプは一瞬、動きを止める。

「我輩は確かにドリスに招かれていた」

 振り返らず告げたスネイプは外へ出て、後ろ手で静かに扉を閉めた。

 たった一枚の扉により、クローディアはスネイプの信用を失った現実を突きつけられる。床を這いずる音に振り返れば、ベッロがいた。

 椅子を伝い、クローディアの首へと絡みつく。冷たい鱗が肌に触れて心地よい。その心地よさにより、こんな状況でハリーの身を案じるよりも、あの時と同じように心が傷つく事を恐れている自分に気づいた。

 あまりに身勝手な自分自身を恥じた。

 

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 腕が飛んだと理解した瞬間、痛覚が限界を迎えて意識を失った。

 目を覚ませば、見慣れた天井。

 瞼は重いが意識はハッキリとしている。トレローニーの必死の訴えが聞こえ、気分はより一層重い。

「あたくしが面接の日の話をしたばっかりに、ハリーは小賢しいスネイプに怒りを覚えたに違いありません」

「教職員の同士の諍いに生徒を巻き込むのは関心せんぞ、シビル」

 努めて冷静なダンブルドアの声は怒っている。トレローニーは小馬鹿にした声を上げた。

「それもこれもダンブルドア! 貴方があたくしに取り合って下さらないからですわ。あの駄馬の事も、この死神のカードの事も!」

 起き上がりたいが、ハリーの体は重く口も開けない。体の向きを変えて薄ら目を開ける。劣った視力でボヤケけているが、ダンブルドアはカードを手にする様子はどうにか窺える。

「あたくし、今学期に入ってから何度も占いましたわ。でも、このカードしか現れなかったのです! ダンブルドア、あたくしの『内なる眼』は危険を感じ続けております。それがご理解頂けないのでしたら、先日も申し上げましたように、辞めさせて頂きたいですわ」

 ダンブルドアは1分程、カードを眺めてから口を開いた。

「貴女に『内なる眼』などありはせぬ」

 トレローニーが恥辱に息を飲む声が聞こえた。

「その力は『予言』ではない。『預言』じゃよ、シビル」

「え?」

 思ってもみない返しを聞き、トレローニーは変な声を出す。

「曾々祖母殿には残念ながら、お会いした事はない故に本当に『予見者』だったが、わからぬ。じゃが、貴女の力はまず間違いなく『預言』。このカードがその証拠じゃ。一度でも別のカードが出たというなら、ただの偶然じゃが、毎回、同じカードならば、貴女は内側とは違う外側から啓示を受けておる」

「あたくしの力は……啓示」

 能力を肯定されただけでなく、丁寧に説明されてトレローニーは毒気を抜かれたように大人しくなった。

「ええ、天啓でしたら、何度も受けております。で、ですが、あたくしには『内なる眼』は確かにあります。これまでもあたくしの『予知』が当たった事も」

「それについては『予知』ではあるが、『予測』の領域じゃ。貴女は他人をよく観察し、その性質を見抜くする洞察力が優れておる。だから、対象となったモノの行動をある程度予測できるというもの。どうしても過去の偉人を例えたくば、マグルから英雄と称えられしアグリッパに相当しようぞ」

 能力を否定されても、称賛を受けたトレローニーの価値観が崩れている様子がわかる。ハリーも彼女への評価が覆っているところだ。

「そ、そんな話を今までして下さらなかったではありませんか!? そこまで言っていただけたら、あたくしは……」

「今の『預言』と『予測』は受け売りじゃよ。ワシは『占い学』を学ばなかった故、貴女の能力を根本から誤解しておった。貴女も正しく教えられる師がおらんかった故の勘違いじゃ。じゃがな、シビル」

 途端に語尾が怖ろしい程、低くなる。寝台にいるだけのハリーさえも恐怖に胃が竦む。

「おまえが誰の一族であろうとなかとうと、今は『占い学』の教授であろう? 職場環境に不満があるからと言って、生徒へ同僚の悪口を吹き込むのは範疇外」

 トレローニーは怯えている。トンボ眼鏡のように目を見開き、肩から手先まで震えていた。

「そ、それは駄馬、いえ、フィレンツェ先生はあたくしを……滑稽とだから……」

「滑稽? 『占い学』と『予見』を混同しておれば滑稽であろう。そもそも、占いを絶対の道標と教え広める行為は力への依存。あくまでの先を知りたがる者達への助言程度に留めておくのが、賢明というもの。フィレンツェはそこを弁えておる」

 親に叱れる子のようにトレローニーは目に浮かべ、竦み上がる。

「あたくしは……クビですか?」

 辞職を口にしながら、今のトレローニーは宣告を恐れている。

「ワシからそのように告げるのは、このホグワーツにとって必要ないと判断された時じゃ。シビル、おまえの授業内容はさておき、慕う生徒は何人もおる。彼らの意見を無視するような真似はせん」

 少しも安心できない。次の失態はないと警告されている気がしてならない。

「おまえは責任感が強すぎる故に間違えておる。一族の名に恥じぬように振舞おうとすることばかりに重きを置いてなんになるぞ。これからは肩の力を抜かれるがよろしかろう」

 言い終えた時、呼吸が苦しむ程の威圧感はなくなる。トレローニーは糸が切れたようにその場に座り込んだ。だが、ハリーはそんな彼女を蔑まない。彼も寝台にいるから、倒れないでいるだけだ。

 本気で怒ったダンブルドアは恐いと言ったのは、ハーマイオニーだった気がする。

「ポピー、シビルに気付け薬を……少し休ませておやり」

「は、はい!」

 慌ただしくマダム・ポンフリーはトレローニーに手を貸し、ハリーから離れた寝台へ座らせた。

「ハリー、起きておるな」

「……はい」

 素直に声を出すが、掠れてハリー自身にも聞き取りにくい。

「君がスネイプ先生に杖を向けたのは、トレローニー先生の話に関係あるかね?」

「あります」

 これだけは断言し、声も正確に出る。両親とドリスの死、ハリーの大切な人を死なせたのにはスネイプが関わっていた。

 ダンブルドアは枕元までやってきて、床に膝をつけてまで座り込む。

「ハリー、何も言っても君を納得などさせられんし、その怒りは消えん。じゃが、スネイプ先生は知らなかったんじゃ。己の主に与えた情報によって、誰が狙われるか思いつきすらな。君の一家だと知った時、スネイプ先生がどれだけ自責の念に駆られたか、それを理解するには君は若すぎる」

「あいつは……父さんを憎んでいた」

 絞りだす声とともに怒りが体温を上げていく。

「憎んでいるから、相手の死を望むと? どんなに憎しみ合おうが、そんな惨たらしい目に遭う事を望みはせん」

 浮かんだのは、ハーマイオニーがラベンダーを見舞った時。だが、スネイプが父の為に嘆き、悲しんだりするはずはない。ダンブルドアに言われても絶対に許せない。

「なんで……先生はあいつが自分の味方だと信じられる?」

 ハリーを置いて何処へ行ったのか?

 もっと色々と詰問したいのに、呼吸が上手く出来ない為に言葉が難しい。

「ワシもまた、スネイプ先生と似たような経験があるからじゃよ」

 意味不明と怒鳴りそうになったが、複数の足音が入ってきた。

 マクゴナガルとフリットウィック、そしてスネイプだ。ダンブルドアは迎えの為に立ち上がる。

「ミス・クロックフォードはまだ落ち着きませんので、地下に居させております。現場を目撃した我輩としては、部活の退部と毎週土曜日の罰則が相当と考えます」

「アルバス、事の次第はセブルスから聞きました。彼女への罰則はセブルスに任せようと思います」

「寮監としても、ミス・クロックフォードのした事は退学に比べれば生易しいものです」

 3人の寮監の報告を聞き、ハリーはクローディアが罰則を受ける事態に愕然とした。

「か、彼女は、知らなかった、こんな、ことに、なるなんて」

「大人しくなさい。無理にでも眠ってもらいますよ」

 起き上がりたいのに手足をバタつかせるだけで精一杯で歯痒い。マダム・ポンフリーに安静を強要されて動きを止めた。

「退学……それも視野に入れておかねばならんな」

 ダンブルドアの口から出た言葉とは思えなかった。

 驚いたのはハリーだけではなく、スネイプとマクナガル、フリットウィック、マダム・ポンフリーも息を飲んだ。

「アルバス、それは……」

「退学になさるには時期が悪すぎます。生徒達にも動揺は広がるでしょう!」

 マクゴナガルとフリットウィックが声を上げ、ダンブルドアはしばらく考えてから息を吐いた。

「クィディッチの試合はいつじゃったかな?」

「5月の最後の土曜日です」

 咄嗟に教えたマクゴナガルの日付は遅く伝えられている。ダンブルドアも知ってか、教頭を一瞥する。

「では、クローディアの退学に関しては試合の日に改めて答えを出そう」

「どうせ退学なら、学期末試験まで待たれては?」

 スネイプの一言にフリットウィックは睨む。

「それでは遅すぎる。良いかね、如何なる理由があろうとも人を傷つける者が傍にいるというのは脅威なのじゃよ。じゃが、先生方の手で確実に御せるならば、脅威は自然と消えゆくというもの」

「わかりました……ミス・クロックフォードには私から伝えましょう」

 深刻な面持ちでフリットウィックは急ぎ足で医務室を出て行く。

「それでポッターは?」

 スネイプの声の方角を聞き、ハリーは怒りを堪える。眼鏡のない視界でも、皮肉に微笑む顔は想像できた。

「既に罰は受けておる。あれ程の闇の魔術、ハリーにはいくつか傷を残すであろう」

 そっとダンブルドアはハリーの腕に触れる。手袋が触れた部分に違和感が出て気持ち悪い。この感覚も傷のひとつなのだろう。

「良いか、ハリー。闇の魔術は何らかの印を残す。強力であれば、ある程じゃ」

 言い終えたダンブルドアはそれ以上の会話を望まず、2人の寮監を連れて行ってしまった。

 

 ロンとハーマイオニーが見舞いに来たのは、夕方。

「それ見たことか! なんて言わないわよ」

 怒り狂った表情でハーマイオニーは椅子へ座りこむ。

「ハーマイオニー、やめてやれよ」

「退学よ! ハリー、貴方がスネイプを攻撃しようとしたからよ! よりにもよって……」

 口を噤んだハーマイオニーにハリーは溜息を吐いて、先を促す。

「プリンスの魔法でなんて……」

 感情の制御ができぬハーマイオニーは鞄から、投げやりに【上級魔法薬】を取り出す。

「彼女は教科書を先生に渡したわ。貴方の分は黙っておいたわ。どうする?」

 教科書の処遇について、聞かれている。

 正直、ハリーは愛しきペットに噛まれたような衝撃を受けていた。

 この身を切り裂いた呪文、プリンスの意図は知れない。彼の開発した呪文ではなく、敵にかけられた呪文を書き留めただけかもしれない。悪戯程度から便利な十分な呪文もあり、危険な呪文には相手を限定させた。

 プリンスを弁護する気持ちに溢れたが、ここにある教科書はクローディアの心情を訴えていた。

 

 ――もうプリンスに頼るのはやめよう。

 

「ハーマイオニーに任せるよ」

 ハリーの言葉を聞き、ハーマイオニーは目に涙を浮かべて抱きついてきた。

「わかっているわ。貴方がこんな目に遭うなんて、誰も望んでなかった……」

 ロンも悲痛な表情でハーマイオニーの背を撫でて、ハリーの肩を触れない程度に置く。

「ジニーも来たがったけど、僕が甘やかすなって言って来させなかった」

 そういう気遣いはいらない。不満を露に下唇を出す。

「そんな顔が出来るなら、もう元気じゃん。じゃあ、僕らは行くからな。退院はいつ?」

「明後日の朝だよ」

 迎えに来ると約束し、2人は寮へ帰った。

「ハリー、死にそうな目に遭ったって?」

 基本、水の流れるパイプしか辿れないはずのマートルが現れ、ハリーは作り笑顔のまま布団を深く被った。

 




閲覧ありがとうございます。

フィレンツェはアラゴグをどう思っていたのか気になるところです。

トレローニーのカードは原作では「稲妻に撃たれた塔」です。
先生の力は『預言』の類だと思います。原作でも自分で天啓やらなんやらと言ってます。

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