こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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更新の遅い中、見てくださる皆様に感謝です。

追記:18年9月3日、18年10月1日の誤字報告にて修正しました。


12.辿り着く憶測

 

 昨夜は泥のように眠った。

 目を覚ませば、パドマとリサの寝息が聞こえる。彼女達だけなく、2人分の寝息が追加されている。クローディアの耳元で聞こえ、両腕が重い。

 ハーマイオニーとルーナ、人の腕を枕にして寝ている。

「……朝からハーレム……」

 勝手に進入してきた客人を起こさぬように、クローディアはそっと2人の頭から腕を抜く。長い時間、枕にされていたのだろう腕が痛い。

「おはよう、ベッロ……シヴァ、キュリー」

 ベッロと猫2匹は既に起きており、顔を寄せ合う。クローディアに気づき、それぞれ違う泣き声で挨拶した。

「クルックシャンクス、ご飯足りないの!?」

 勿論、クルックシャンクスはいない。しかし、猫の声を誤解したハーマイオニーは勢いよく起き上がる。それにつられて布団が捲り上がり、突然の寒さでルーナも起きた。「クローディア、起きたんだ」

「おはようさ、ルーナ。ハーマイオニーも……なんで2人とも私の寝台にいるさ? 後、クルックシャンクスはいないさ」

 寝言を聞かれた恥ずかしさも含め、ハーマイオニーは作り笑顔で迫ってきた。

「あら、帰ってきたのに私に挨拶せず、寝ちゃったのは誰? ロンから聞いたわよ。お墓参り行ったんですって? しかも、誰かさんと鉢合わせしかけたとか? そもそもマンダンガスからの提案だっていうのが怪しいのよね」

「やっぱり、ハーマイオニーの声は生で聞くのが一番さ」

 ハーマイオニーに叱られているというのに、クローディアは嬉しさでほくそ笑む。予想外の反応に呆れられ、叱責の声が聞こえた。

「ハーマイオニー、おはよう。新学期から元気ね」

「クローディア、今度は何をなさったんですの?」

 騒がしい声でパドマとリサはもぞもぞと起きる。

「それでルーナはどうしてここにいるさ? コリンと何かあったさ?」

「コリンは優しいよ。それじゃなくて、パパが家を出たんだ。……ちょっと厳しくて……」

 一瞬で理解はしたが、唐突すぎて反応に困る。ルーナの父ゼノフィリス=ラブグッドが家を出なければならない事態など、想像できない。

「クィブラーは売れすぎたってパパは言ってた。必要としていない人の手にも渡るようになっちゃった……。そいつらから、パパは隠れないといけなくなったんだもン。居場所は分かるけど、もう家にパパはいない……」

 瞬きもせず、ルーナは普段の浮ついた口調に寂しさを混ぜる。必要としない人とは『死喰い人』やその支持者に違いない。奴らの手がゼノフィリスにも伸びてしまった。

 パパラッチのスキーターでさえ忌避していた雑誌だが、クローディア達や騎士団はあまりにも【ザ・クィブラー】を活用しすぎた。

「それは気の毒に」

 パドマがルーナの背を撫で、リサは彼女の手を握る。ハーマイオニーも責任を感じ、真っ青になって彼女の頭を撫でた。

「ルーナのお父さんさえ良ければ、私、会いたいさ。今までのお礼を言いたいさ」

「うん……伝えとく」

 クローディアの膝に頭を乗せ、ルーナは静かに目を伏せる。その細く長い睫毛は滲んだ涙で濡れていた。

 

 談話室に降りてみれば、掲示板に生徒が群がっている。『姿現わし』練習コースの告知が張り出されていた。

 ハーマイオニーはそれを見て、急いで自分の寮へ帰る。他寮の掲示板からでは申し込めない。

「こんな状況でも講師は来てくれるのね」

 掲示板を見つめ、チョウは何気なく呟く。

「こんな状況だから、普段通りで問題ないってことをアピールしたいのよ」

「なら『N・E・W・T試験』も通常通りってわけか」

 マリエッタの説明にミムは妙に安心していた。

「ねえねえ、クローディアが受けた時の講師ってどんな人? 男の人? 独身?」

「男性です。結婚歴は知らないさ」

 目を輝かせるサリーから露骨な質問を受け、クローディアはドン引きした。

 毎年のように受講者は多く、クローディアの馴染みであるアンソニー、マイケル、テリー、モラグ、マンディ、サリー、セシル、そして、パドマとリサは無事に申込できた。

 去年に受講したはずのマリエッタがもう一度、申し込んでいる姿を見て見ぬ振りした。

「おはようございます」

「おはよう」

 背後からべーカーに声をかけられても驚かず、クローディアは出来るだけ自然に挨拶を返す。彼の母メリー=ロバースがコンラッドと同窓だと知り、妙な心地になる。ただの同窓か、それ以上だったか気になってしょうがない。

「……クリスマスはどうだったさ?」

 真っ向から聞くわけに行かず、言葉を濁す。

「家族と過ごしました。……、貴女はどうしました?」

「……家族と過ごしたさ」

 将来を誓った家族――という部分はわざと伏せて置く。『隠れ穴』にいる姿をスクリムジョールに見られていないのだから、問題ない。

「……メリー=マクドナルドという女性をご存じですか?」

 まさか、そちらから話題を振ってくるとは思わなかった。

 休暇中にベーカーもメリーから何かを聞き、クローディアと心地になっている。憶測でしかないが、ほぼ当たっているだろう。

「名前だけなら……聞いたさ」

 嘘は言っていない。それだけ聞き、ベーカーは追及もせず恥ずかしそうに寮を出て行った。

 

 大広間に行く途中、フィルチを見かけて新年の挨拶をした。

「律儀に挨拶してくるもんだ。まあ、よろしくな」

 不審そうな顔つきだが、きちんと挨拶を返して貰えたのは初めてだ。

「部活は……まだやっているのか? あの玉入れ遊び……、魔女がマグルの遊びなんざあな……」

「フィルチさんも見に来てください。実践してみれば、真剣にやらないと難しい遊びだとわかります」

 フィルチがバスケを侮辱しようとしているのは、すぐに理解した。

 それに腹が立たないと言えば嘘になる。しかし、この場でムキになって反論しても余計にバスケを毛嫌いされる。だから、知る機会を与える。誘いを受けるかはフィルチ次第だ。

 クローディアの誘いをフィルチは面倒そうに断った。

 大広間に視線を向けると、相変わらず立派な腹をしたスラグホーンが上機嫌な態度でハリーを捕まえていた。

 いつもは逃げ腰どころか、脱兎の如く逃げ出すはずのハリーが珍しく真正面から相手をしている。彼の目が一瞬、クローディアを見ていた。

「今月、バスケ部の試合を見に行くんですが、一緒にどうですか?」

 自分の誘いを跳ね除け、誘いをかけるハリーにスラグホーンは目を丸くした。

「……バスケ……とは何だったかな? 君もその部活に参加しているのかね?」

「クローディアが起こした部です。先生も一緒に見ましょう。見ていて、とても楽しいんです」

 穏やかに笑うハリーと違い、スラグホーンはハッキリと興味のない顔つきだ。

「ハリー、君はクィディッチの選手だ。グリフィンドールの試合は今月じゃないかね? そちらなら……」

「退屈だと思ったら、すぐ帰って貰って構いません。一緒に見ましょう。クローディアの試合を」

 再度、ハリーは強い口調で進める。彼の態度にスラグホーンは瞬きしてから、困ったように笑う。

「わかったとも、その代わりと言ってはなんだが、次の晩餐会は出ておくれよ」

 ハリーの肩を勢いよくバンバンと叩き、スラグホーンは口を大きくして笑う。腹を揺らして大広間へ行くセイウチ姿を見送り、クローディアはそおっとハリーに歩み寄る。

「ハリー、そんな事している場合さ? 宿題があるんじゃないさ?」

「大丈夫、君の試合は先生の気持ちを動かしてくれるって信じているから」

 自分の試合が重大な宿題の助けになる。

 そんな事を外でもないハリーに言われ、照れくささで胸が熱くなる。否、照れではなく頼りにされている嬉しさだ。

「お、煽てたって何にも出ないさ」

「今まで色々と出して貰ったよ。……それに君は僕の心配をしている場合じゃない。自分の身を守ってくれ」

 ハリーの視線の先にはドラコがいる。スリザリン席に座り、仲間達と話しているがクローディアを意識している。彼女を見ていないはずだが、彼の視線を感じる。

 ドラコの目的も企みもわからないが、クローディアは彼の考えに従う義理も必要もないのだ。

「……お互い、上手くやるさ」

 頷き合いながら、クローディアとハリーは内心の緊張を笑顔で誤魔化す。そんな2人にネビルが陽気な笑顔で話しかけてきた。

「クローディア、おはよう。君は『姿現わし』の練習コースを受ける? 僕は受けるよ」

「おはようさ、ネビル。私はもう試験合格しているから、受けないさ」

「……そっか! クローディア、成人してんだっけ!? 俺達と変わんないくらい子供っぽいから忘れるんだよなあ」

 ネビルの横にいたシェーマスがわざわざ大声で言い放つ。

 自身が年齢より未熟だという自覚はあるが、シェーマスに指摘されると腹立しい気分になる。彼の屈託のない笑顔に向け、クローディアは杖を構えようとするがハリーとネビルによって止められた。

「つまり、錬金術は『ゴルパロットの第三の法則』を是として……」

「それだと万病に効く魔法薬は作れないんじゃ……」

「その法則があるから万病薬は出来るってことよ」

 レイブンクロー席に行けば、ハーマイオニーは着席してマンディ、セシルと一緒に【上級魔法薬】を開いて論議していた。

「セシルは『魔法薬学』を選んでないのに、勉強しているさ?」

「選んでないから、こうして勉強する。ハーマイオニーの教え方、上手だから」

 セシルに褒められ、ハーマイオニーは得意げに微笑む。

「私にも勉強になるから、それにセシルは覚えがいいわ」

「……セシル、私もいるんだけど……」

 わざとらしく淋しそうな顔つきでマンディはミートパイを頬張った。

「クローディア、最初は授業ないよね。部室行く? 行くなら、俺も行っていい?」

 目を輝かせるモラグにどこなく、『課題見せて』という雰囲気を放つ。レポートの提出期限は今日中だ。

「行かないさ。今日の授業分の予習するさ」

 即断され、モラグは哀れな程にがっかりする。

「モラグ。次は私も授業ないし、休暇中にやってきたレポート見せて御覧なさい」

「パドマ……、ジャスティンがすごい目で睨んでくるから遠慮するよ」

 モラグを励ますパドマに対し恋愛的誤解をしないか、パッフルパフ席からジャスティンが見張ってきた。

「いや、今すぐ見せろ。俺は『数占い』があるから、速攻で持って来い。ちなみにレポートの内容によっては監督生権限で部活禁止な」

「監督生にそんな権限ないよ、アンソニー!?」

 新学期早々、キレ気味のアンソニーにモラグは涙目になった。

 

 授業のない面子が落ち着いてお喋りしながら、勉強の出来る場所といえば『必要の部屋』である。まるで教室のように黒板と教壇が用意され、図書館のように高い本棚が整然と並ぶ。

「ハンナ、今日の予習やっていくさ?」

「ええ、どうしてもアグアメンティの呪文が杖を振いながら言えないの」

 クローディアはハンナと今日の予習し、ハリー、ロン、モラグ、ジャスティンのレポートはパドマが見ることになった。

「ハリーとロンも来たんだ。君達はハーマイオニーにレポートを見てもらえるだろう?」

「僕らも自分たちで出来るところを見せないと……ジャスティンならわかるだろ?」

「ロン、言いたくないけどハリーの丸写ししたでしょう? やり直し」

 パドマは厳しく宣言し、ロンへ白紙の羊皮紙を叩きつけた。

「ロンは監督生もやって、クィディッチの選手だ。ちょっとくらい楽をさせてやりなよ」

「良いこと言うな、モラグ」

 2人にしかわからない感覚で意気投合し、ロンとモラグは抱きしめあう。そんな彼らへクローディアとパドマは哀れな視線を向けた。

「ロンにはハーマイオニーもいるし、勉強は大丈夫よ。自分の得意な分に専念したらいいわ」

「何でもそつなくこなすより、一点の長所を持つと他も自然と伸びるよ」

 ハンナとジャスティンが眩しく、何だか論を応援する話で盛り上がりだした。

「流石はハリーの一番の親友、人望も厚いさ」

「うん、自慢の親友だよ」

 クローディアの皮肉をハリーは本心でかわした。

「ハリーはこれでいいわ。……ただ、『魔法薬学』がハーマイオニーより目立っているって聞いたけど……レポートの内容は……ハッキリ言ってパッとしないわね」

「パドマって本当にハッキリ言うよね。ハーマイオニーには勝てないよ、今はただ調子が良いだけだ」

 恥ずかしそうにハリーは返されたレポートを鞄に入れる。彼の秘密を知るクローディアとロンは一瞬だけ目配せしてから、モラグのレポートを手伝った。

「明日は土曜日なのに、どうして今日から授業なんだろう? いっそ、来週からにすればいいのに」

「私なら、今週からにするわよ」

 ぶつくさ五月蠅いモラグへパドマは批難の目を向けた。

 急にハリーが目だけで周囲を見渡す。彼の仕草にクローディアは気づき、同じように視線を巡らせる。部屋の隅にクリーチャーがいた。

 目立たないように影へと身を潜ませ、こちらの様子を窺う姿はちょっと恐怖を覚える。

 ハリーは部屋の参考書を本棚に戻す振りをしてクリーチャーへ近づく。二言、三言、交わせば『屋敷妖精』は文字通りに消えた。

「クローディア、『説明書』を開いてくれる?」

「うん、いいさ」

 何もなかったように戻ってきたハリーは『説明書』を出すように頼んでくる。蛇語で知らせたい事があると察し、早速、鞄から出す。開いた瞬間に文章が浮かぶ。

【部屋の外にドラコ=マルフォイがいる。部屋が使えないから、様子を探っているだけだ】

 ゾッとした。

 ついに『必要な部屋』の存在を知られた恐怖に震えつつ、何故、ドラコに知られているのか推測する。一番はダフネとブレーズだが、教えるつもりがあったならDAを始めた時期に教えるだろう。

【ブレーズ=ザビニとダフネ=グリーンダラスは違う。おそらく、セオドール=ノットだ。あいつとは親を通じてだが、連絡を取り合っている】

 よりにもよって、セオドール。

 否、本人に確認せず責めるわけには行かない。しかし、八つ当たりしたい。セオドールの代わりに『説明書』を乱暴に閉じ、クローディアは頭を抱えた。

 正面で律義に待つドラコは無視し、鐘が鳴る時間いっぱい勉強に励む。途中で諦めたのか、彼はいなくなっていたとクリーチャーは教えてくれた。

「しばらく、僕らはこの部屋に来ないほうがいいね。勿論、使わせないようにしたいのが本音だけど」

「部屋を見つける条件を私達に限定するってことさ?」

 クローディアの呟きにロンが吃驚して厳しい顔つきになる。

「それは危険だ。いいかい? 脳味噌がどこにあるのか見えないのに1人で勝手に考えることができるものをこちらから弄っちゃいけない。住み慣れているから忘れているかもしれないけど、ここはそういう場所なんだ」

 先程までの陽気な雰囲気ではなく、言葉の重みを感じる。クローディアは素直に失言を認めた。

「あのロンが監督生らしいことを言っているわ」

「ハーマイオニーと付き合っているから、良い影響受けているね」

「ロン、かっこいいよ」

「今の言葉、下級生を諌める時に使っていい?」

 彼に驚いたのは、クローディアとハリーだけでなく話を半分も聞いていなかったパドマ、ハンナ、モラグ、ジャスティンも同様だ。

「君達が僕をどう思っているのか、よくわかった。歯を食いしばれ」

 杖を構えるロンから逃げようと皆、一目散に逃げ出した。

 先頭を走りながら、クローディアは考える。

 ホグワーツ城は創設者達の魔法によって様々な仕掛けがなされている。『必要の部屋』は己の持つ技をすべて出し、悪戯心も含めて創り出したのだろう。

 ハリーの持つ『忍びの地図』は以前、合言葉を知らないスネイプが無理やり使おうとすれば罵倒を返したという。彼の教授だから、罵倒で済んだのかもしれない。

(だったら、魔法そのものに触れないよう……あの扉をどうにかする……)

 城の魔法に干渉すれば、報いを受ける。しかし、実行せずに考えるだけなら問題ない。自分の中でそう締めくくった時、『呪文学』の教室に着いた。

 パドマは『マグル学』へ向かう為に途中で別れていたが、他の面子は一緒に来る。追いかけていたはずのロンは、ハリーとモラグ、ジャスティンの3人で競争に発展。彼らに置いて行かれぬよう、ハンナは必死の形相で走っていた。

 『呪文学』の授業、ハンナはクローディアの予習の甲斐もあり、美しい噴水を創り上げる。ハリーも噴水を噴水を作り、フリットウィックは一人一人の動きに満足していた。

 しかし、シェーマスだけは噴水どころか散水ホースのように放水し、フリットウィックを弾き飛ばしてしまう。『姿現わし』の講義を受けられる喜びから、浮かれていましたなどという言い訳さえ聞いてもらえなかった。

「……僕は魔法使いです。棒振り回す……猿ではありません……」

 罰則書き取りの内容にリサが口元と腹を押さえ、笑いを堪えている。他の女子の中に肩を震わせてまで我慢していた。

「いいよ、笑えば?」

 バツが悪そうに言い放ち、シェーマスから話題をそらす為、ロンはにんまりとハリーへ笑いかける。

「ハリーは何人もの人と何度も『付き添い姿現わし』した」

「え、うん。うんしたよ、『付き添い姿現わし』

 いきなり、ロンから話題を振られたハリーは思わず素直に答える。途端にシューマスはわざとらしい口笛を鳴らして興奮気味に『姿現わし』の感覚を訊ねてきた。

「僕よりもクローディアに聞いたら……」

 生贄にされる。

 直感したクローディアはすぐに逃げ出した。

 

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 ハリーは憤慨した。

 『姿現わし』の質問攻めに遭った事ではなく、『屋敷妖精』ホキーの『記憶』。主人の魔女ヘプジバ=スミス、驚いた事にホグワーツの創立者ヘルガ=ハッフルパフの末裔らしいが、派手な見た目からは想像もできない。

 そんな彼女は『ボージン・アンド・バークス』の上客で店員だったトム=リドルがお気に入りだった。

 ヘプジバはトムに誰にも明かしていない秘密の品ハッフルパフのカップ、彼の雇い主バークから買い取ったスリザリンのロケットを見せた。その二日後に毒殺された。

 前回同様、今度はホキーが罪を被せられた。しかし、モーフィンとは違い、ホキーには前科もなかった。だが、年老いた『屋敷妖精』に対する公平な捜査がそもそも行われず、過失による殺人として判決が下された。

 まさかの種族差別による理不尽、身が震える程に怒り狂う。

 この一件がある為、ヴォルデモートはロケットを隠す際にクリーチャーを犠牲にした。魔法族の『屋敷妖精』への無関心さは、洞窟の秘密を守ると踏んだのだ。

「どうして、カップまで持っていったのでしょう?」

「ヴォルデモートはホグワーツに強く惹かれており、その歴史がたっぷり滲み込んだ品物を己の手中に納めたかったのじゃろう。他にも理由はあるが、具体的な説明はまだじゃ」

 ハリーの脳髄が怒りで沸騰してしまわぬよう、ダンブルドアは状況と推測と憶測をひとつずつ、丁寧に説明してくれた。

「さて次は、わしが所有しておる記憶としては君に見せる最後の物じゃ。少なくとも、スラグホーン先生の記憶を君が首尾よく回収するまではじゃが」

 それはダンブルドア自らの『記憶』で、ホキーの件から10年は経っていた。この間、ヴォルデモートの行動については想像しかないという。

 但し、ヴォルデモートにとっては実のある歳月だったのだろう。『記憶』の彼は奇妙に変形した顔を誇っているようにも見える。そんな彼がダンブルドアに職を求めて学校を訪れるなど、ハリーには不自然極まりない。『記憶』のダンブルドアも同じ考えだった。

 結局、ヴォルデモートは自分の意に沿わぬダンブルドアへ攻撃する意思を僅かに見せただけで、去って行った。一触即発の雰囲気に一番、緊張した記憶だった。

「ヴォルデモートはこの時も『闇の魔術への防衛術』を求めていたんですか? さっきの会話では科目までは言ってませんでした」

「おお、間違いなくその科目じゃとも。わしが拒んで以来、この学校で『闇の魔術への防衛術』を一年超えて留まれたのは、リーマス=J=ルーピンただ1人での」

 意外な名前にハリーは靄のようにかかった疑問が吹き飛ぶ程、驚く。かつて、誰かが『闇の魔術への防衛術』は呪われていると教えてくれた。

 その呪いを身近な人物が打ち破ってくれた事をハリーは誇りに思い、ようやく、怒りが治まる。不意に冷静になった事で隠れていた疑問が浮上した。

「……科目、ダンブルドア先生は『変身術』でした」

「如何にも、わしは『変身術』の教授であった」

 質問を明確にしようと、一瞬、ハリーは口ごもる。そんな彼の行動にダンブルドアも慎重に言葉を待ってくれた。

「クローディアから口頭で聞いただけですが、彼の遺言にはダンブルドア先生は『変身術』の教授と書かれていました。ボニフェースが亡くなったのは、校長になられた後のはずです。遺言を作った時がその前だとしても、何故、最初から先生に相談しなかったのでしょう?」

 気のせいかもしれない一瞬よりも短い刹那、ダンブルドアから後悔の感情を感じ取る。ベッロも校長に呼応するように鎌首をもたげた。

「スラグホーン先生の記憶を得てくれれば、答えよう」

 普段の雰囲気に戻ったダンブルドアへそれ以上の質問は控えた。

 

 寮に戻ったハリーはとにかく、話したかった。談話室で課題を言い訳に身を寄せ合うロンとハーマイオニーを捕まえ、すぐに耳塞ぎの呪文で他の生徒から雑音で守る。

 ホキーの冤罪を聞いてハーマイオニーは批判の声を上げ、ロンが宥めてくれる。そして、ハリーはダンブルドアにした問いを2人にも投げかけた。

 しばらく沈黙していたハーマイオニーは何かに気づく。何故なら、彼女もダンブルドアと同じように後悔に似た雰囲気を放ち出したからだ。

「……クローディアの意見も聞きたいわ。遺言の内容は彼女しか知らないし、お父様から聞いている事情もあるだろうし」

「そうだな、今夜はもう寝よう。ハリーも……課題の内容を纏めたいだろう?」

 ロンの口ぶりから、ハーマイオニーと同じ事に気づいている。それに確信を持ちたくて、一晩時間が欲しいのだと察した。

 しかし、ハリーの脳髄は興奮して眠れぬ。寝息を立てるロンに正直、腹が立つ。彼に勧められた通り、ふたつの『記憶』と自分の疑問を整理する。

 マートルが殺され、アラゴグが疑われて飼い主のハグリッドが逮捕された。

 片思いとはいえ、愛しい人を殺されたのにボニフェースは何も行動を起こさなかったのは何故だろう。

 犯人が太古の怪物バジリスクだと、同じ蛇のベッロしか知らない。ダンブルドアは独学で得た『蛇語』が使えるが、トム=リドルに脅されて『パーセルマウス』とは口を利けなかった。

(でも……ボニフェースは『スリザリンの継承者』がトム=リドルだと気づいていたけど、友達だったから……何もできなかった? したくなかった?)

 ペティグリューは親友だった人々を裏切った。シリウスもずっと、彼を恨んでいた。

(……ボニフェースはトム=リドルを恨んでいた? だから、ヴォルデモートを倒そうと……思った?)

 相手は魔法使いとして有能であり、頭脳明晰、人望も人脈もある。真っ向から挑んでも、太刀打ち出来ない。だから、協力してくれる強い魔法使いが必要だった。

(それがダンブルドア? でも、協力どころか、復讐を止めようとした? なら、別の人……トトさんが……)

 ここまで思い返してから、ハリーは脳髄が刺激され、記憶が蘇る。

 『秘密の部屋』でベッロは2人が同一人物だと気づいたのは、ボニフェースが死んだ後と教えてくれた。

 夢の中でボニフェースは在学中にヴォルデモートの名を聞き、それが人の名前なのかもわからないと言っていた。彼も後から、『スリザリンの継承者』とヴォルデモートが同一人物だと気づいたのではないだろうかと推測する。

 しかし、未来人のベンジャミンがいたはずだ。

(ベンジャミンも……知らなかった? 知らずに過去へ遡ってきた? ……そうか、『死喰い人』全員がヴォルデモートの素性を知っているわけじゃない。あるいは知っているものだと思って……未来の人たちは彼に教え損ねた? でも、知らなかったなら、尚更、ダンブルドア先生に相談しそうだけど)

 自分の憶測を確認したい気持ちに駆られ、ハリーは更に脳髄が活発化する。眼球は渇きを訴えているのに、眠れぬまま夜明けを迎えた。

 

 『必要の部屋』の前に集合してみれば、ハリーと同じく一睡もしていない様子のクローディアが杖を振る。

「この部屋を隠す方法を思いついたさ。扉をどうにもできないなら、隠してしまえばいいじゃないのさ!」

 有頂天な程に明るい声で言い放ち、クローディアと扉の間に別の壁が作られる。自信満々に自らの作った魔法の壁を指す。何とも大胆な思いつきにハリー達3人と一匹は声も出ない。

「その壁は何か仕掛けがあるの?」

「も・ち・ろ・ん、私が通行を認めた生徒しか通さないさ。マルフォイから隠すには最適さ」

「……そうね、まさか『秘密の部屋』に入れなくなりました……なんて、スネイプ先生にも言わないでしょうね」

「けど、この部屋を知っているのって僕らだけとは限らないだろう? クローディアが把握していない生徒はどうするの? 校長先生は確実にこの部屋を知っているよ?」

 ハリーの素朴な疑問にクローディアは笑みを消し、真剣に答えた。

「その人達には犠牲になって貰うさ」

 早く本題に移りたいハリーは、何も言わなかった。

 部屋の中は、雑魚寝ができるように毛並みの良い絨毯と大きめのクッションと毛布まで置いていた。

 大広間から拝借した朝食を摂りながら、ハリーは昨晩の出来事を全て話す。話が進むにつれ、サンドイッチを齧っていたクローディアの口が段々と動かなくなる。ロンとハーマイオニーはカボチャジュースを一口飲んだだけで、話に聞き入っていた。

 ダンブルドアの授業、自分の疑問、一晩中抱えた憶測も全て言い終える。異常に喉が渇いたハリーはカボチャジュースを飲む。クローディアも口の中のサンドイッチを流し込まんとミルクを飲んだ。

「遺言書を作ったのは、トムが店から消えた後だろう。その頃なら、ダンブルドア先生はまだ校長じゃない」

 クローディアの口調が普段と違う。彼女は度々、勇ましい口調になる。これはハリーの突拍子もない意見を受け入れている証拠だ。

「それにダンブルドア先生に相談しなかった理由は『記憶』を渡さなかった件で頼るわけには行かなかった。そんなとこだろう」

「ボニフェースが『記憶』を渡さなかった? でも、先生が『記憶』を集めた出したのはホキーの事件の後じゃないの?」

「マートルの事件よ。ベッロは口を閉ざしていた。だから、『記憶』を求めたんだと思うわ。ベッロにしか知らないことがないか」

 急に怯えた声を出してハーマイオニーが口を挿む。

「そうだとしたら、ハグリッドの無実を証明する機会を不意にした!」

「生徒に使うには『憂いの篩』は強すぎる力だ。卒業するまで待ったんだ」

 今度はロンまで口を挿む。確かに『真実薬』も生徒への使用を禁止している。正直、殺人の証拠を探すのに生徒も未成年もないが、渋々、納得した。

「ボニフェースはどうして拒んだんだろう?」

 ハリーが改まって問いかければ、3人はクッションで眠るベッロを一瞥する。やはり、同じ事に気付いている。問題が解けぬ苛立ち、更に強く問い詰めようとした。

「お祖父ちゃんはマートルの仇を討つ為に、ヴォルデモートの協力を得ようとした」

 ハリーが口を開く前にクローディアは罪を告白するように答えた。

「え!?」

 何故か、ロンが驚いている。勿論、ハリーも度肝を抜かれた。

「ロンは仇討を企んでいたところまで思いついたのか」

「うん、ダンブルドアが知ったら、復讐なんて馬鹿な真似はやめろって絶対、とめる。ボニフェースは先生はあくまで学校で起こった事件解決の為って思ったんだ。それよりも復讐を優先した」

 クローディアの確認にロンは自分の考えを述べ、今度はハーマイオニーが驚いた。

「ロン、頭良いわね。私は先生が欲しがった『記憶』にはトム=リドルへの明確な殺意を露にした部分だったって思ったの。彼の気持ちまでは汲み取れなかったわ」

 それを褒め言葉と受け取り、ロンは照れた。

「ボニフェースはいつ頃、気づいたのかな? ……ヴォ、トム=リドルのこと……」

 わざわざ言い直したロンを見ず、クローディアは白紙の羊皮紙とペンを取り出した。

「考えられるのは指輪の元持ち主を調べ、ゴートン家に行き当たった時だな。彼は『日刊預言者新聞』社に勤めていたから、事件を起こしたマルヴォーロとモーフィンについては簡単にわかっただろう。それで彼らの名前を書く時にトム=マールヴォロ=リドルの綴りを間違えたか、何かで気付いた」

「……そんな単純な事で? どうして綴りを間違えたなんて」

 拍子抜けするハリーが聞き返した時、羊皮紙に【トム=リドル=マールヴォロ】と書かれていた。

「お祖父ちゃんの遺言書にはこう書かれていた。悪く言うつもりはないけど、正直、頭は良くなかった。人の名前は勿論、文章も何度も書き直す癖が付いていたと思う。……それで気づいた……そして、復讐をやめた。諦めたと言っていい。だが、見つけ出そうとしていた。ヴォルデモートが職を求めて学校に現れるまでの間も、それからも探していた。周囲には借金の金策に走っていると思わせて」

「借金? ボニフェースは……ヴォ、トム=リドルを探す為に借金したの?」

 ロンの余計な追及にクローディアは失言と認め、恥ずかしそうに口元を押さえる。

「そこまで聞いても、どうしてヴォル、デモートの力を借りようとしたのかわからないわ。先生は駄目でも、トトさんがいるでしょう?」

「……トトのお祖父ちゃんはその頃、イギリスにいなかった。以前、世界中を旅していたアルバムを見せてもらったが、ちょうど、ボニフェースのお祖父ちゃんが卒業した頃からの写真が多かった。それにスラグホーン先生に自分の体質を調べてもらったこともある。製造者に見てもらわなかったのは、連絡が取れない場所にいたからだ」

「スラグホーン先生に……それもっと早く言って欲しかった」

 驚きすぎて、ハリーは眩暈に襲われる。

「それじゃあ、ボニフェースはどうしてヴォルデモートの素性を誰にも言わなかったんだと思う? ベッロは遺言を読めないし、彼が誰かに話したとは思えないけど」

 深刻なロンの質問にクローディアは口元を歪め、手で髪を梳く。

「ベンジャミンに知られないためだ。老人のほうのな。遺言にはベンジャミンに殺される事を想定していたから、同じ時期に彼らが完全に袂を分かったんだ。ホグワーツでは、秘密は周囲に知れ渡っているという意味。そんな環境にいたお祖父ちゃんはベンジャミンに決して知られぬように黙った。あの老人に知られれば、『逆転時計』や『ホムンクルス』をヴォルデモートにペラペラ喋られる。そうなれば、家族の身に危険が及ぶ」

 クローディアから家族を守りたい意思が伝わり、ハリーは急に夢の内容が鮮明に浮かぶ。確かにベンジャミンはヴォルデモートを訪ね、彼も若いベンジャミンに会おうとした。

「……本当にベンジャミンは知らなかったんだ……」

 夢の中の彼はみすぼらしかった。ヴォルデモートに会う為、ベンジャミンは名を知る『死喰い人』を訪ね歩いた事だろう。しかし、スクイブである彼を誰も助けなかった。やっと探し当てたご主人にも殺されずとも、捨てられた。

 自分の推測が当たっていても、これ程、嬉しくない事はない。ベンジャミンの心情を考え、ハリーは彼を憐れんだ。

 言われるがまま、現在を捨てて過去に来た男。ベンジャミンが来てくれなければ、クローディアに会えなかった。コンラッドも生まれなかった。この親子はそれに感謝をしない。誰も彼を誉めないし、その死を嘆く者もいない。

 ふと、思いついた。

「クローディア、全部終わったら……ボニフェースとベンジャミンの墓を作ろう。あの霊園に……魔法省に申請すれば通るはずだよ。親族として、君が申請するんだ。君にしかで出来ない」

 3人と一匹が驚きの視線をハリーに向ける。しばらく、沈黙してからベッロがすり寄ってきた。

[やはり、ハリーは奴と違う]

 嬉しそうな声だったので、ハリーは安心した。

「……ハリーは本当に偉大な魔法使いさ。心からそう思うさ」

 普段の口調に戻ったクローディアは感謝の意味で、ハリーの手を取る。彼より柔らかい感触は自身の体が逞しくなったと教えた。

 ロンがハリーの肩に腕を回し、はにかむ。

「墓ができたら、4人で一緒に参ろう。出来れば、その……移動遊園地で遊びたい」

「いいわよ、行列を覚悟してね」

 少しだけ呆れたハーマイオニーはクローディアの肩に頭を置き、そのまま寝息を立てる。どうやら、彼女も眠れなかった様子だ。

 ハリーがハーマイオニーの顔に見とれていると、クローディアも座ったまま寝ている。そんな2人にロンは毛布をかけた。

 瞬間にハリーの意識も飛んだ。

 

 どのくらい眠ったのか、喋り声が耳に入り目を覚ます。クローディアとハーマイオニーは起き、今度はロンが寝ていた。

「ハリー、起きたさ。もう昼さ」

「厨房から分けて貰ったわ」

 ハーマイオニーはハリーの前にサンドイッチ、ケバブなどの手で掴む食事を勧める。クローディアはその間、手紙を書いていた。

「ジョージにかい?」

「残念、お父さんさ」

 冗談っぽく聞いたハリーへクローディアは殊更可笑しそうに笑う。

「スネイプ先生に会ってもらおうと思ってさ」

 食事へのびた手が動揺で止まる。

「ずっと、考えていたさ。お父さんはスネイプ先生とちゃんと話すべきだってさ。お父さんが話さないなら、私が話すって脅し文句をつけたさ」

 手紙の文章を見せつけながら、クローディアは明るく笑う。その笑い方はボニフェースによく似ている。

「そういえばスネイプ、先生はコンラッドさんを憎んでいたね。……どんな結果になっても、話せたらいいね」

 ハリーもスラグホーンと話さなければならない。クローディアのバスケの試合はその助けとなってくれる。試合の日が待ち遠しくて堪らなかった。

 




閲覧ありがとうございました。

ロンのセリフを書きながら、父アーサーの言いつけを守っている子っていたっけ?って考えながら笑ってしまいました。

ボニフェースが在学中に何もしなかった理由がやっと書けました。

原作ではダンブルドアの授業の翌日も平常授業ですが、こちらでは休みにしました。

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