追記:18年1月8日、誤字報告により修正しました。
冬季休暇をロンの家『隠れ穴』で過ごすクローディアは、ハリー、ロン、ジニーと共に馬車へ乗り込む。ハーマイオニーやジャスティンのように居残り組は玄関ホールまで見送りに来た。
「おばさまによろしく言ってね、メリークリスマス」
「「「「メリー・クリスマス」」」」
何故かコリンは弟のデニスに見送られ、馬車へ乗り込んでいる。
「コリンは何処に行く気さ?」
「ルーナの家でバイトするって聞いたわ。もうそのままお婿に行けばいいのに」
クローディアの疑問に答えたジニーは皮肉っぽく笑い、首のマフラーで口元まで覆う。
「ディーンの姿が見えねえなー、城に残るって聞いたのになー、どうしてかなージニー?」
「ロン、ジニーの呪いが飛ぶ前にやめなよ」
半笑いで見送り生徒を見渡し、ロンは皮肉たっぷりにジニーをからかう。ハリーの窘めも聞かず、馬車の窓から顔を出した瞬間、セストラルは走り出す。座っていなかった為、赤髪の後頭部を窓枠にブツけて悶絶した。
「これが……ジニーの呪いか」
「人のせいにしないで」
ロンは妹の破局に朝から機嫌が良い。それが非常にうっとおしく、ジニーの機嫌は悪い。
(まさか……ジニーとディーンが別れるとは……)
先日のクリスマス・パーティーにて混雑した会場で誰もがバラバラとなり、ディーンはパートナーであるジニーを探さず、さっさと帰った。
その件を決めてとして、2人の関係は終わった。
「あ、あれさ! ロンの家まで誰が護衛してくれるか、誰か聞いているさ? いろんな人に会えるから、今回は誰が来るのか楽しみさ!」
正反対の機嫌状態である兄妹のせいで微妙な空気に耐えきれず、クローディアはわざと明るく振舞って確認する。
「ハグリッドじゃない事だけは確かだね。一番の可能性はトトさんだと思う」
――ドガッ
冷静に推理するハリーが言い終える前に馬車が外の力から揺らされる。馬車の上に何かが乗ってきた揺れ方だ。
敵襲と思い、4人はすぐに杖を手に構えて背中を預け合う。
「正解じゃ、ハリー」
風や馬車の走る音よりも、聞きなれた渋い声がよく通る。何故、窓も閉め切った車内に声が届くのかは考えない。
緊張を解いたクローディアは上を見上げ、安堵の息を吐く。
「お祖父ちゃん、脅かしっこなしさ」
「安心するのはちと早いのう。ワシが本物じゃと言い切れるか?」
からかう口調にジニーは杖を下ろし、ひょうきんに肩を竦める。
「まだ先生の助けは届く範囲だし、あなたは『死喰い人』に真似されるのを許すはずがないわ」
「ほお、己が師とワシを信じての事か……。まあ、よかろうて」
トトが言い終えた瞬間、馬車は速度を上げる。車内の振動が激しくなり、4人は座席や取っ手を掴んだ。
「急いでおるので、このまま『隠れ穴』に向かうぞ。舌を噛まぬように歯を食いしばれ」
「このままって!?」
ロンの驚きの混ざった質問に答えず、トトは胡坐を掻いた姿勢のまま両手をかざす。
〔開け、ゴマ〕
よく知る日本語を聞き、クローディアは窓ガラスに顔を張りつけて外を見る。
降り注ぐ雪が収束され、馬車の通れる両扉へ形を成す。雪の扉が開いたかと思えば、馬車は吸い込まれるように中へと飛び込んだ。
「ぎゃあああ!」
混乱したロンの叫びを聞きながら、雪の扉を通り抜ける。そこは勿論、ロンとジニーの家であり、クローディアとハリーは何度もお世話になった『隠れ穴』の敷地だ。
飛び込んだ勢いと違いは静かに停止し、ほっと胸を撫で下ろす。束の間、突然に戸が開いて4人は馬車から放り出される。クローディアとハリー、ジニーは受け身を取って着地したが、ロンは無様に顔面から転がった。
〔閉じよ、ゴマ〕
既に地面へ降りていたトトは馬車を雪の扉へ戻してから、また日本語で呟く。音もなく閉じた扉は本物の雪として霧散した。
「なんでこんなに乱暴なの?」
嘆くロンにハリーは手を貸して起こす。家から血相を変えたモリーは飛び出す。
「ロニー坊ったら、泥だらけに! ハリー、ジニー、クローディアも皆、無事ね。寒いでしょう、温かいスープを用意しているわ。さあ、入って!」
ハリーとロンの腕を掴み、半ば強引にモリーは中へ連れ込む。自分達が偽物かもしれないという疑いを持たないあたり、この到着は予定通りのようだ。
「私もゆっくり帰って来たかったわ」
フラーに皮肉っぽく答えるジニーはさっさと家に入る。クローディアもトトと着いて行く。
「この魔法、アーサーさんに知られたら厄介とか言ってなかったさ?」
「文句を付けられたら、厄介じゃと言ったんじゃよ。今はそうも言うてられんしな」
使えるモノはどんな魔法でも何でも使う。そんな状況だ。
モリーに見守られながら、クローディアは家の中に足を踏み入れた。
「おまえはこのまま家におれ。いいか、家の敷地から出るでないぞ」
「お祖父ちゃんは何処へ……いねえさ……」
振り返った時にトトはおらず、モリーは唐突に視界から人が消えたというのに気にせず扉を閉める。年配に礼儀正しいはずの彼女が挨拶どころか、トトの顔も見ていなかった。
コンラッドのよく使う認識をズラす魔法だ。
(私も身に付けたい、影に変身しても気配断ちまでは出来ない……もう『死喰い人』には通じないし……)
この家に来たのは久しぶり、ドリスが亡くなった日以来。
クローディアは物思いに耽る。家庭的で温かい雰囲気は以前と変わらないが、家族の存在を示す柱時計は「命が危ない」を指していた。
【予言者新聞】や【ザ・クィブラー】を読むよりも、危険を身近に感じる。
モリーは毎日、この柱時計を見ながら過ごす。確実に安否の確認ができる安心よりも、いつ最悪の知らせを受ける恐怖のほうが大きいだろう。
「さあ、クローディアもどうぞ」
モリーは穏やかな笑顔でスープを差し出してくれる。ハリー達はさっさと飲んで体を温める。クローディアも一口のみ、カボチャの味が臓物に沁み渡る。
「美味しいです」
「そう、我が家の味よ。貴女にも覚えて貰うわ」
スープの感想を述べた時、モリーは優しい声とは裏腹に血走った笑顔を見せた。
「私は荷物の整頓してくるわ」
己の母の表情の意味を察し、ジニーはこの場を離脱する。
「僕も……」
「ロンは芽キャベツを剥いて頂戴」
モリーは有無も言わさぬ口調で流しの芽キャベツの山を指差す。逆らわず、ロンはすごすごと流しへ座り込んだ。
「僕もやるよ」
ハリーも身を屈め、ロンの隣で芽キャベツを編み籠へ移す。
「私も芽キャベツ……」
「クローディア、お昼まで時間があるわ。ちょっとお話しましょうね」
眉間に皺を寄せ、口元を痙攣させた笑顔は怒っているとしか言いようがない。まさにどうしようもない我が子を叱る親の顔だ。
「こんな状況だと不安になって結婚に走りたがるって言ったわよね? わざわざ例まで出して早まった真似はしないように忠告したわよね? 貴女達の関係を疑っているわけじゃないわ。けどね、順序というものがあるのよ。貴女は卒業すらしていないじゃない。しかも癒者を目指しているんでしょう? 癒者は悪くないわよ、勿論。けど、正式に資格を得るまで何年もかかるって途中で挫折するのよねえ。私の同期でもいたわねえ、今は何をしているかしら?」
段々と主体がなくなってきたが、モリーはくどくどと小言を述べる。弁解の余地などないクローディアは正座してしっかりと聞き入る。
「もうこんな時間ね、やだ御飯の支度しなくちゃ」
一時間以上も続き、モリーは我に返ったように小言をやめる。椅子の上で足を崩し、クローディアは気づかれぬように息を吐く。
(この程度で良かったさ)
げっそり痩せた気分だが、トトの反応よりマシだ。
(そういえば、学校にはグリフィンドールの剣があったさ)
魔法界に伝わる名剣でも持ち出され、モリーから決闘でも申し込まれては始末に負えない。また剣を振り回して襲ってくる姿を想像し、寒気で身震いした。
「お昼は私とベッロで用意したわ。ママったら、何度呼んでも喋るの終わらないんだもの」
椅子で高さを得たベッロは尻尾でお玉を器用に使い、ジニーと手分けして皿へポテトサラダをよそっている。
「僕らの剥いた芽キャベツが無駄になったよ!」
「それは夕食に使うの。ありがとう、ジニー。お客さんのベッロまでお手伝いしてくれるなんて」
愛娘と蛇に感謝のこもった笑みを向ける。切り替えの早さに誰も何も言わない。
食事を終え、クローディア達はクリスマス・イブの為も装飾や料理の準備に勤しむ。
「それじゃあ、分担を決めましょうか? ロン、ハリーは引き続き芽キャベツ。ジニーとクローディアは飾りつけて。ベッロは私と料理」
「少しは休みたいな、帰ってから働かされっぱなしだ」
「早く終われば、その分休めるよ」
おおげさにロンは溜息をつき、ハリーは優しく励ます。
「折角だから、家具も動かしましょう。クローディアはそっち持って」
ジニーの指示で椅子を取っ払い、暖炉を囲むようにソファーを置く。それが済めば、装飾用の紙細工にかかる。クローディアは雪結晶作りに取り掛かった。
台所にいたはずのハリーがこっそり寄り添い、自然と密接して囁くように尋ねてくる。
「クローディア、マルフォイとキスしたの?」
手が滑った勢いで指にハサミが食い込む。意外に深く切り込み、血が滴るよりも動揺すべきは他にある。
「誰に聞いたさ?」
この寒い日に冷汗で背中がぐっしょり濡れ、目がキョドキョドと泳ぐ。
「たっだいまー、クローディア! 俺が帰って来たよー」
「やあやあ、我が妹と弟とハリー、そして我が義理の妹よ。ようこそ!」
双子は陽気な決めポーズを構え、『姿現わし』にて参じた。
再会の嬉しさより、クローディアは間の悪さで青褪める。
「お帰りなさい。貴方達、ちょうどいいわ。庭から人参を取ってきて」
挨拶もそこそこにモリーはさっさと指示を出す。慣れ切った双子は簡単に返事をし、『姿くらまし』して自室へ消えた。
かと思えば、庭から笑い声が聞こえてくる。
ジョージが外にいる確認をし、指先を舐めて治癒の魔法で治す。作業しながら、ハリーへと肩を寄せた。
「(それで……私とマルフォイが何さ?)」
「(……パーティーの時、君達と合流する前にスネイプとマルフォイが2人でいたから、ちょっと聞き耳を立てたんだ。君、マルフォイ相手に油断しすぎだよ。唇じゃなくて、命を奪われたらどうするんだい?)」
静かな声は怒りを含む。
「……反省してます」
「本当、反省して。まあ、今回は犬に噛まれたと思って忘れなよ」
途端に慰めてくるハリーの態度が傷口に沁み、羞恥心で体温が上がってくる。段々と耳元まで真っ赤になる程、体温は上昇した。
「ジョージは勿論、ハーマイオニーに言わないでさ……」
「言い触らす趣味はないから」
確かにハリーは口も堅いし、秘密も守る。彼への信頼を思い出し、深呼吸した。
「もう少しどうにかならないかな……」
クリスマス・ツリーを豪華に飾りつけても、ジニーは不満そうに上から下を眺める。
「我が妹よ。これはお役に立つかな?」
庭から帰ってきたフレッドがジニーに何か渡し、彼女は閃きに笑みを浮かべる。クローディアの作業が終えてツリーの天辺を何気なく見上げた時には、付け加えられた天使に睨まれた。
あまりに不細工な天使が庭小人だと気づいても、ジニーの満足そうな表情からクローディアは余計なツッコミを控えた。
全ての支度が整った頃、アーサーはシリウスとリーマスを連れて帰宅した。
「お帰りなさい、アーサー!」
モリーからの抱擁を受けても、勤務疲れ丸出しのアーサーは笑みさえ返せていない。夫の心労を理解し、妻もそれ以上の反応は求めない。
シリウスも疲れ切った顔でハリーを抱きしめる。彼も負けじと抱擁を返す。
(ブラックが……王子……白タイツ……ぷぷ!)
勝手な想像を思い出してしまい、クローディアは咄嗟に両手で口を押さえる。
「もしかして笑ってる?」
「シリウス、どこかおかしい?」
「なんでも……ぷぷ、ない……本当……」
興味津々な双子の追及を受けても、必死に笑いを堪える。一度、笑いのツボに入ってしまえば止めようにも止められない。シリウスを見ぬようにしたいが、想像が目の裏に焼き付いて離れない。
「駄目……、本当、勘弁」
原因に背を向け、クローディアはジョージに優しく背を撫でて貰う。それでようやく笑いが治まる。その間に
ジニーとロンはリーマスと挨拶を交わす。
「わお、大所帯だな」
暖炉からビルとフラーが帰る。喜んだモリーは息子にだけ飛びつく。
「本当にフラーさ」
「ええ、残念ながらね」
フラーの姿に懐かしむクローディアへジニーは露骨に顔を歪める。
「やあ、ジニー。クローディア、ジョージとの婚約おめでとう。君も俺の義妹だな」
「久しぶりさ、ビル。デラクール」
気軽に挨拶するクローディアの手をとり、フラーは穏やかに微笑む。
「ご無沙汰しております、クローディア。どうか、名前で呼んでください。私と貴女、親戚になります。私の家族もとっても歓迎しています♪」
手から背へと回り、フラーはクローディアを抱きしめる。香水とは違う香りが鼻についたが、人を安心させる匂いに少し心臓が高鳴った。
「俺もまだクローディアを抱きしめてない! フラーちょっと待って!」
失礼のないようにジョージはクローディアからフラーを引き離し、自分が抱き締める。彼の匂いは『愛の妙薬』で嗅いだモノと同じだった。
「なあ、ジニー。……ディーンは呼ばなくていいわけ?」
「そっちもアンジェリーナは?」
フレッドとジニーはお互いの質問に答えず、やれやれと肩を竦める。ロンは興味津々に目を輝かせるが、2人からの冷たい視線を向けられ、口を閉じた。
合図も挨拶もなく、各々は食卓に並ぶ料理や飲み物を手に取る。ロンやジョージ、フレッドのように立ち食いし、ハリー達のようにソファーへ腰掛けた。
ベッロが給仕係となって食事を運ぶ。
「ベッロったら、働き者ね。貴方も食べていいのよ」
せかせかと動くベッロに感心し、モリーは満面な笑みを浮かべる。アーサーはソファーへもたれかかり、意識が半分も溶けかけている。
「ねえ、何を笑っていたの?」
「本当になんでもないさ」
ジニーに問われ、クローディアは笑って誤魔化す。
「ふーん、絶対、シリウス絡みでしょう?」
見抜かれている。また白いタイツのシリウスが浮かび、必死に振り払う。
「……『聖28一族』? それによるとブラック家は王族って本当?」
ベッロと目を合わせたハリーはシリウスに問う。昨晩、ベッロも一緒に話を聞いていた事を今、思い出した。
寝ぼけ眼だったアーサーが背筋を伸ばし、ハリーを且目する。
「よく知っているね、ハリー。随分と昔、話題になった本だよ。あれは様々な方面から批判を浴びていた。今では持っている人の話さえ聞かない。そういう本は忘れなさい」
それだけ告げ、アーサーはソファーにもたれこむ。
「あれは私の母さえ、持たなかった」
苦々しく吐き捨て、シリウスはハリーの頭を撫でる。
「それじゃあ、シリウスは王子なの? もしかして……『半純血のプリンス』もシリウス!?」
期待に胸を膨らませたハリーの問いにクローディアは気づかされる。一晩かけて写した文章がシリウスの物だと思えば、奇妙な敗北感を味わう。
「何の事だがわからない……、そもそも魔法界に王子はいない。ブラック家が王族のような立ち位置だと勝手に思っている連中がいただけだ」
「そっか……、学校の古い教科書にその名が書かれていたんだ。いろんな呪文の書き込みがされてて、……その人が自分で発明した呪文の中に『レビコーパス(身体浮上)』もあったから」
ハリーは急に声を細め、シリウスも気まずそうに視線を上へ向けた。
「その呪文は私達が学徒の頃、大流行したから誰が知ってても不思議じゃないな。なあ、リーマス」
「ああ、そうだね」
暖炉を呆然と眺めていたリーマスは話を振られても、炎から目を離さず答える。
「それとクローディアが私を笑うのとどういう関係があるんだ」
唐突にシリウスから真顔で返され、クローディアの笑い防壁が壊れた。
「駄目、無理、王子の格好、あははは」
腹を抱えて笑うクローディアの姿にシリウスは呆然と眺める。笑いながら聞こえる単語を聞き、ハリーは考え込む。
「シリウスの王子姿を想像して、笑っているんだと思う」
「やめ、ハリー。白タイツ、ぷはははは」
「なんだ、勝手な想像で笑っていただけか……。それにしても、よく笑うな。この子がここまで笑うのを初めて見た気がする」
クローディアはベッロから尻尾攻撃を受けるまで笑い続けた。そんな彼女に構わず、ロンはジョージやフレッドと爆発スナップで遊ぶ。
「一応言っておくが、ジェームズも何とかプリンスじゃない。あいつは純血だ。というか『半純血』って何だよ。混血じゃダメなのか?」
「その人についてはハーマイオニーが目星を付けているよ。けど、卒業まで教えてくれないんだ」
ハリーはやれやれと肩を竦める。
「それより学校のほうはどうだ? ハリーは勿論だが、クローディアも学校から抜け出していないか?」
「僕達、そんなに抜け出してなんかないよ。それどころじゃないしね。授業は勿論だけど……ドラコの事もあるからね……。シリウス、本当にクリーチャーをありがとう。彼のお陰で僕の身は安泰だよ」
色々とツッコミたいシリウスだが、詮索せずに一先ず頷いておく。
「クリーチャーは学校に置いて来たのか?」
「うん、ドビーに頼んできた」
他愛もない話を続け、時間が経つ。何処からか歌が聞こえると思いきや、フラーだ。
「寝る時間になると、彼女は歌うの」
正直、眠気も来ない。
しかし、モリーは表情だけで眠りを促している。男性陣は渋々と宛がわれた寝室へ向かう。クローディアとジニー、フラーは片付けの為に残った。
とはいえ、皆が楽しんでいる間にベッロがほとんど片付けてくれた為、クローディア達は食器の片付け程度で済んだ。
「いつも思うけど、男どもも片付けるべきじゃないさ?」
「ベッロも男よ」
「ビルに頼られています。任されて、幸せです」
フラーはとても穏やかな表情を見せている。見方を変えれば、眠そうにも見える。
「ありがとう、早く片付いたわ。貴女達、もう寝なさい」
モリーは目を擦りながら、クローディア達を上へ行かせる。ジニーの寝室には3台の寝台が詰め込んだように用意され、隅にはクローディアとフラーの荷物も運ばれていた。
「いつも、フラーはここで寝ているさ?」
「いいえ、いつもビルと2人きりです」
「ビルの部屋はリーマスとシリウスが使うの。ビルはフレッドとジョージの部屋、ロンとハリーは屋根裏。チャーリーは帰って来なくて正解ね。大所帯だもの」
そこにパーシーの名は出て来ない。モリーの為に子供達だけになっても、彼の名は出さないように気遣っている。
「モリーさんはまだ起きているさ?」
「パパかビルが後から代わるわ。最近、交代で夜も見張っているの。勿論、あの2人もね」
自分の兄を「あの2人」と纏めた。
「私は見張った事ありません」
「貴女は気にせず、寝て」
フラーが数に入っていないのは、さっさと寝て欲しいというジニーとモリーの希望だろう。
「さて、クローディア。今夜、寝かせません。いっぱい、お喋りしましょう」
満面の笑みでフラーから手を握られ、クローディアは暖かいはずの部屋で一気に青褪める。
「今夜はゆっくり寝られそう。お休みなさーい」
上機嫌なジニーはさっさと寝巻きに着替え、布団に潜り込む。
「ジョージをいつからの好きになったのですか? どちらから告白したのですか? クローディアもここに住みますか? もしかして、既に新居をお持ちですか? 国内ですか?」
フラーの好奇心や探究心を満たす質問に答えつつ、交わしつつ、夜は更けて行く。
「夜明けまで続けられませんでしたね、おやすみなさい」
大満足のフラーが眠りについても、クローディアは眠気を通り越して目が乾燥状態だ。
(眠れない……)
穏やかな寝息を立てる2人が憎らしく思いながら、飲み物を求めて台所へ下りる。
「リーマスは普通の魔法使いだ! ただ、ちょっと問題を抱えているだけだ」
暖炉にはハリーとリーマスが話し、それを遠巻きに見るコンラッドがいた。到着し立てらしく、コートはおろかマフラーも取らない。
予測できない組み合わせに瞬きし、眉間を解す。もう一度、彼らを見たが面子は変わらない。3人とも、クローディアに気づいて振り返る。
「お父さん、メリー・クリスマス。いつ来たさ?」
クローディアの挨拶にハリーとリーマスは驚いてコンラッドを振り返る。2人は今、気づいた様子だ。
「グレイバックの名が出たところからだよ」
「……グレイバック? あの……人狼」
人狼の生きる象徴、フェンリール=グレイバック。
リーマスとは対照的な男。例えるなら満月に人を襲わぬように身を隠すのが彼なら、人を襲えるようにわざと人前に出るのがグレイバックだ。
しかも幼い子供を襲い、攫っては自分好みに洗脳教育を施す。育てられた子供はグレイバックのように残酷な考えを持って、人を襲う。
「クローディア、グレイバックを知っているの?」
感心するようにハリーは問う。
「会った事はないけど、良い噂は聞かないさ。……お父さん、あいつに会ったさ?」
「私だよ、今は人狼の仲間と棲んでいる。彼らのように地下に潜っているんだ」
緊迫するクローディアにリーマスは穏やかな口調に似合わぬ大事を教えた。
「私にはお誂え向きだ」
ハグリッドが巨人の集落を訪ねたように、リーマスも人狼達を相手に奮闘しているのだ。しかし、任務を誇りに思っているというより、自分自身もグレイバックと変わらぬ獣だと言いたげだ。クローディアにではなく、別の誰かに言い聞かせている口調だ。
「そう思うなら、お連中の前でも堂々としていたまえ。それでも、一時の気の迷いとはいえ、クローディアに好かれた男かい?」
コンラッドは慰めもなく、機械的な笑みで冷たく言い放つ。
「気の迷いって何さ!? 私は本気だったさ!!」
恥ずかしさと腹立だしさで思わず声を荒げ、クローディアはコンラッドのマフラーに掴みかかる。
「ええ……、クローディア……そうだったんだ……」
何故か、ハリーは電撃を食らったように驚いた。
「そうだね、一時の本気だったね」
よくやく普段の機械的な笑みを見せたが、今まで感じた事のない苛立ちを覚える。
「お父さんを殴りたいと思ったのは、生まれて初めてさ」
「殴っていいよ、返り打ちにするから」
眉間にしわを寄せ、クローディアは口元を引き攣らせる。彼女の手を失礼のないように振り払い、コンラッドはマフラーを整える。
親子の戯れに、リーマスは思わず小さく笑う。彼の笑顔を見てハリーは安堵の息を吐く。
「コンラッドさん、少し相談いいですか?」
今度はコンラッドが衝撃を受け、口元を手で覆いハリーを凝視する。クローディアも本当に相談するとは思わなかった。
「……まあ、いいよ。しかし、ルーピンではなく私が君の役に立てるかな?」
「スラグホーン先生の事です」
「ああ、あの先生なら私は役に立たないな」
驚いて言葉を無くしていたリーマスは納得する。
ハリーはダンブルドアの宿題に関しては伏せ、スラグホーンから話を聞き出す手段について問うた。
「好物や貴重な品を渡せば、気を良くして何でも喋る……と言いたいが、それくらいで聞き出せる程度の内容ではないんだろう?」
するすると現れたベッロはお盆に乗せたマグカップを4つテーブルへ置く。
「はい、絶対に隠し通すと決めている話です」
「ふうん……私自身、先生には隠し事をされるんだがね」
言い終えた時、コンラッドは紅茶を飲み干した。
「ただ、その聞き出したい話が君に必要だと、先生が納得されれば……口を割るんじゃないかな?」
それで話は終わりと言わんばかりに、コンラッドは空になったマグカップを流しへ持って行く。
「クローディアの顔を見に来ただけだから、もう行くよ。時間が惜しいんでんね」
裏の戸口へ向かい、コンラッドは3人に背を向ける。
「コンラッド。今夜くらい一緒にいたら、どうだ?」
ソファーから立ち上がり、リーマスは厳しい表情で強く引き留める。彼の態度にクローディアとハリーは驚いた。
「頼りになる君達がいるんだ。余計な私は必要ない」
振り返らず、コンラッドは機械的な笑みで返す。信頼と皮肉が混ざる言葉から、本心を読み取るのは難しい。
リーマスが口を開く前に、クローディアは深呼吸する。
「お父さん、行ってらっしゃい」
背に声をかけられ、コンラッドは笑みを消して振り返る。対してクローディアは穏やかに微笑む。向かう目的も場所も知らないが、彼女は仕事に赴く父親を見送る気持ちだ。
「ここにいる間は、決して外へ出てはいけないよ」
戸の開閉音もなく、コンラッドの姿は消えた。
「ハリー、相談はあれで良かったさ?」
「うん、説得じゃなくて納得させる……。参考になったよ。君は良かったの? 一緒に居て貰わなくても」
リーマスも無言でハリーと同じ疑問を抱く。
「夏の間もいろんなところに連れて行かれて、いろんな人に預けられたさ。けど、必ず帰って来てくれたさ。今はそれでいいさ」
素直な気持ちを述べ、2人は穏やかに納得してくれた。
「ところでハリーは何で起きているさ?」
「……ちょっと、ロンがうるさくてね。眠れないんだ」
階段を下りる音で振り返れば、寝ぼけた面構えのジョージが降りてきた。
「ジョージ、見張りに来たさ?」
「うん、クビ引きで当てちゃって……あれ? クローディア、ハリーも見張り?」
欠伸をしながら、ジョージはリーマスとバトンタッチを交わす。
「そろそろ交代の時間らしい。私は寝るよ、そうだ……。遅れたけどクローディア、ジョージ、婚約おめでとう」
リーマスから祝われ、クローディアはただ感謝しか浮かばない。もう自分の中で彼への想いは恩師としての感情のみと実感した。
「僕も寝るね、おやすみ」
ハリーなりに気を遣ったらしく、ウィンクしてリーマスの後に着いて行った。
2人を見送りクローディアはソファーに座る。彼女へもたれかかる体勢でジョージも座り込む。肩に乗りかかる重さは心地よい。
ベッロはジョージ分の紅茶を用意し、スルスルと階段を上って行く。
「気を遣わせたな」
ハッキリとした口調でジョージに呟かれ、クローディアはようやく2人きりになれたと気づく。婚約した身とはいえ、急に恥ずかしさがこみ上げる。
(店のほうは……いや、こんな時に仕事の話は……)
恋人の時間を知らぬ故、気の利いた話題が出て来ない。ツリーの天辺に無理やり飾られた庭小人を見ても笑いは起きない。
「クローディアはどんな家に住みたい?」
「家って……どの家さ?」
クローディアが「家」と呼べる場所はふたつある。しかし、ジョージのいう「家」はそういう意味ではない。
「フラーがビルと結婚したら、家を建てるって自慢してたさ」
「そうか、フラーとそこまで話したか」
ケラケラと快活に笑い、ジョージはクローディアの手を取る。
「それでクローディアはどんな家に住みたい?」
「……どんな家かは、まだ思いつかないけど……住むならロンドンさ」
理想とかではなく、『W・W・W』や聖マンゴ病院へ通勤しやすいなどの立地条件だ。
「ロンドン……そうだな。ダイアゴン横町に家を構えれば……通勤は楽になる」
「住むならって話だから、家は私が癒者になってからでもさ!」
顎を擦りながら、ジョージは頭の中でロンドンの土地価格相場を計算し出す。ただ口に出しただけで本気にされ、クローディアのほうが焦りだす。
「ジョージはどんな家に住みたいさ?」
「俺からの希望はひとつ、商品開発の部屋がある家だ」
急に深刻な顔で頼んでくる。確かに店を繁盛させるには、更なる商品開発は絶対である。
「子供が勝手に試作品と遊んだら、危ないさ」
クローディアは何気なく呟き、ジョージに同意を求めようとした。彼は深刻な顔から弛み切った笑顔へと変わっている。
「ああ! 子供の為に作ろうぜ!」
ジョージの台詞と表情から、2人の子供を期待されている。一気に羞恥心で耳まで赤くなる。
「あらージョージちゃん、見張りご苦労様」
足音も気配もなく、モリーは明るく挨拶してきた。口元と違い、その眼光は今にも呪い殺しそうな雰囲気を醸し出す。何故に背後から忍び寄ってくるのだ。
怖れよりも呆れが勝る。
「皆のお陰でゆっくり眠れたわ。ちょっとごめんなさい」
2人の間をお尻で強引に割り込み、モリーはソファーへ座り込む。
「クローディア、目が血走っているわよ。寝てないんじゃない? ここは私とジョージちゃんがいるから寝てなさい」
誰が見ても、モリーの目が色々と血走っている。
「なんか寝付けなくて……」
「だったら、私が眠れるようにお話してあげましょうか?」
クローディアはそれに答えず、寝室へ逃げる。ジョージも便乗して逃げようとしたが、モリーの魔法で足止めされた。
窓から朝日の気配を感じた時、クローディアはようやく眠りに着く。そのせいで最後に起きた。
枕元にはクリスマスプレゼントがひとつ、置かれている。例年なら同級生から心の籠った贈り物でいっぱいだが、こんなご時世だ。郵便物の強奪やクリスマスに便乗した危険物を警戒し、今年は贈らないと皆で決めた。
ハーマイオニーへのクリスマスプレゼント交換は学校できちんと済ませておいた。だから、彼女ではない。
ベッロに見て貰いながら、包装を解く。ジョージから、アイマスクだ。目に装着してみれば、眠気を誘う暖かさと匂いを感じる。しかも、マスクの向こう側が見える。寝ていると油断させておいて、周囲の様子も見れる。
本当に眠りそうになった為、ベッロから尻尾の一撃を貰った。
「ロン、愛しているわ」
皆のいる暖炉へ行くと、何故かハーマイオニーの声がする。しかし、姿はない。
「クローディア、起きるの遅いじゃん。見て見て、ハーマイオニーからのプレゼント」
手編みのセーターを着たロンの手には一見すればオルゴールがある。
「この手を離さないで」
「愛の言葉をハーマイオニーが僕の為に言ってくれるんだ。ほら、ここに解説文も付けてくれたんだ」
満足そうな彼の眼の下にはクマが出来ており、クローディアは色々と引く。愛の言葉に解説がいるなど、ロンの理解力まで気遣っている。
「ロンがそれでいいなら、いいんじゃないさ? というか……もしかいて寝てないさ? 一晩中、聞いていたさ?」
「うふふ、よくわかったね。ハリーったら、うるさそうに他の部屋に行ったんだよ。酷くない?」
確かにロンは五月蠅い。これはハリーも逃げだすはずだ。
「僕、犬を抱きしめて寝るの。夢だったんだよねー」
棒読みのハリーはあの後、犬に変身したシリウスと寝たらしい。確かにシリウスも上機嫌だ。
「ハーマイオニー、イカしたプレゼントだな」
「あのハーマイオニーが……頭のいい奴の考える事はわかんねえ」
双子さえもハーマイオニーにドン引きだ。
クリスマス・ランチも豪華だ。
クローディアとフラー、そしてモリーを除いた全員がセーターを着ている。彼女は新しい帽子と金のネックレスを身に付けている。
「素敵でしょう、フレッドとジョージがくれたの。ビルも仕事を始めた頃はよく贈り物をくれたわ」
あからさま過ぎだが、フラーは全くものともしない。代わりにジョージとビルが母の大人げなさに目元を手で覆う。
(そういえば、ハリーと噂された時もモリーさん怒っていたさ……)
これが噂に聞く嫁イビリ、地味に精神的に来る。チマチマと攻撃されるくらいなら、トトのように真っ向から反対してくれたほうがマシだ。
「シリウス、クリーチャーからプディングを貰ったんだ。デザートに皆で食べよう」
嬉しそうにハリーは箱に詰め込まれたプディングを見せる。おそらく、クリーチャーの手作りだ。『屋敷妖精』でさえ贈り物を用意している。
「ハーマイオニーは今頃、クリーチャーとプレゼント交換しているんでしょうね」
「こっちでお菓子でも作ってクリーチャーに渡すさ?」
「いいね、それ。モリーさん、材料分けて貰えますか?」
「優しいのね、ハリー。ジニー、お手伝いしてあげなさい」
ハリーとジニーにだけ語りかけ、クローディアは無視される。
「優しいと言えば、かわいいトンクスも招待したのに来ないわねえ……。シリウス、リーマス、あの子と話した?」
「いいや、私は誰ともあまり接触してない」
「こういう日は、自分の家族と過ごしているだろう。トンクスは仕事柄、ほとんど家に帰らないしな」
2人の解答にモリーは不満を隠さない。
「私、あの子は今日は独りで過ごしている気がしたのよ」
モリーの八当たり口調から、トンクスをビルに宛がおうとしている。ジニーと同じ発想、やはり親子だ。
不意に脳裏にはトンクスの両親が浮かぶ。
「トンクスのお父さんの腹は、スラグホーン先生並に立派だったさ」
「クローディア、それ全然褒めてないわよね。え、トンクスのお父さんに会ったの? 良いなあ、私も会ってみたい」
羨ましがるジニーに期待する分、テッド=トンクスに出会った時の反応が楽しみだ。
「昨晩はクローディアと打ち解けあいました。私の質問に一個一個、丁寧に答えてくれました」
フラーは昨晩の一方的な追及に関し、ビルに報告する。愛おしい人の話を彼は相槌を打つ。
「起きる前にキスをして」
各々の談笑が弾む中、ロンはまだオルゴールでハーマイオニーの囁きを聞いていた。
「アーサー!」
悲鳴と驚きを全力で声に出し、モリーは椅子から立ち上がる。彼女の視線は流しの窓の向こうだ。
「パーシーよ、あの子が!」
数年振りの再会と言わんばかりにモリーは歓喜の悲鳴を上げ、それを合図に皆が窓へ集中する。
「大臣と一緒だわ!」
その叫びを聞いた瞬間、クローディアは影に変じて食卓の下へ隠れる。察したベッロも急いで虫籠へ飛び込む。この家にいる姿を見られてはいけない。そんな勘が働いた。
主従の奇妙な動きに気付かず、皆は裏口に現れたパーシーから目を離さない。
「お母さん、メリー・クリスマス」
パーシーの表情と共に堅い挨拶を聞き、モリーは感激のあまり抱きついた。
「突然お邪魔しまして、申し訳ありません」
スクリムジョールの声を初めて聞き、愛想の良すぎる声に緊張がより高まる。
「昇進しました。今は上級次官です」
一言一言、力を込めてパーシーは告げる。誇らしげというより、皆の反応を窺っている。モリーは息を飲んで喜ぶ。彼女以外は警戒心を伝えぬように表情を強張らせただけだ。
「よくやったわ、パース。貴方は誇りよ」
息子の頬を両手で包み、モリーは感涙に目尻を濡らす。
「お仕事で近くを通りまして、パーシーがどうしても昇進を伝えたいと申しましてね」
(嘘臭い……)
いくら元闇払いといっても、護衛も付けずに移動するなど危険極まりない。ムーディーがいれば『油断大敵!』とブチ切れるだろう。
「だ、大臣、どうぞ中へ」
緊張でガッチガチに固まったモリーだけが必死にスクリムジョールを招く。
「この後も仕事がありますので、5分程で発ちます。皆さんのお邪魔になってはいけませんので、庭でも見学させて頂きます。どなたか食事を終えられた……ああ、貴方。お手数ですが、庭を案内して頂けますか?」
穏やかに指名されたのは、ハリーだ。
「ええ、いいですよ」
冷静かつ慎重にハリーは引き受け、シリウス達は心配して助け舟を出そうとするが彼は丁寧に断った。
「……クローディアは来ていないのか」
2人が庭に消え、声に緊張を残してパーシーは顔触れを順番に見やる。そこで初めてクローディアが姿を消した事に気づき、アーサーは咄嗟にモリーの口へ七面鳥を突っ込む。
「昨晩、コンラッドが挨拶に来てくれたよ」
「え? いつの間に……コソコソしやがって」
リーマスは嘘を言わず、まるでクローディアの姿を見ていないと印象付ける言い方をする。正直に悪態吐く、シリウスのお陰で際立った。
「……そのほうがいい、彼女の為……!!」
パーシーは含みを込めたが、言い終わる前にすりつぶしたパース二ップが飛んできた。咄嗟の事に避けられず、眼鏡に命中した。
「パース!」
口に突っ込まれた七面鳥を吐きだし、モリーは悲鳴を上げる。腰に巻いたエプロンで拭こうとしたが、口元を痙攣させたパーシーに払われた。
怒り爆発を堪え、パーシーは乱暴に裏口を閉めて出て行った。
足音が完全に遠ざかってから、モリーは無表情にアーサー以外を見渡す。皆、わざとらしく口笛を吹いて誤魔化した。
程無くしてハリーは戻り、こちらも噴火寸前で留まっている。その雰囲気からシリウスは質問を止めておいた。
「ハリー、こっちの食べましょう」
ジニーに誘われ、ハリーは頷いて座った。
クローディアも変身を解くが、食卓の下にいた為に頭が直撃した。
「あれ、こっちにいたの。なんで隠れたわけ?」
「いろんな意味で身の危険を感じたさ」
衝撃音にロンは顔を覗かせ、クローディアは頭を撫でながら這い出る。ジョージの手を取り、起き上がった。
「彼が上級次官になったなら、噂のアンブリッジは解雇でしょうか?」
一切の空気を読まず、フラーは疑問を口にする。
「そうなったら、魔法省は悩みの種をひとつ無くすってことだ」
「けど、アンブリッジは闇払いでもあるんだろう? そうそうクビになんてするか?」
親指を立てて喜ぶフレッドと違い、ジョージは考え込む。
「その件は私が調べておくから、さあ、皆は遠慮せずにおかわりしなさい」
アーサーに話を締めくくられ、食事は続く。フラーは細い体に見合わず、誰よりも多く平らげた。
クリーチャーへの贈り物としてクッキーを作っている時もハリーは終始黙りこくっていた。
「パースの顔、ハリーにも見せてやりたかった。俺が投げたパース二ップがかかるところ……」
「僕が投げたんだ。無言呪文でていっとな」
「いいや、僕が0.1秒早く魔法を使ったね」
わざわざ、ハリーの後ろでジョージ、フレッド、ビルは揉める。
「私の魔法よ」
ぼそっと呟くジニーは笑っていた。
ハリーが固い口を開いてくれたのは、眠る頃。
フレッドを見張りの当番とし、ウィーズリー夫妻は早々に眠りにつく。
「僕を反ヴォルデモートのマスコットキャラクターになれっていう提案だった。時々、大臣のいる魔法省を訪れてくれるだけでいいんだ。見返りに闇払いへの口利きをしてやるって……」
「成程、戦力ではなく……魔法省がハリーと友好関係にあると知らしめたいわけか……」
ハリーの話を聞く為、ロンは勿論、シリウスとジニーも屋根裏部屋に集まる。クローディアもいるが、影になって隠れている。他も聞きたがったが、大人数で押し寄せて床が抜けては大変だ。
後、モリーに隠れてコソコソ内緒話しているのがバレる。
「僕はダンブルドアに忠実らしいよ、うん、その通りだ。僕はダンブルドアがそうしろというなら、やる。だって、僕ならやれると信じて任せてくれたんだから」
ここにはいないスクリムジョールへ向けて言い放つ。怒りも込めても、ハリーの緑の瞳はエメラルドのように澄み切っている。
「どうしてパースは昇進したのかしら? アンブリッジの秘書だったのに……あいつは闇払いとしての任務でも与えられたとか?」
「スクリムジョールにとってはアーサー……ダンブルドアの情報を得る手段のひとつだろう。こうして、この家に近づく理由を取り繕えた。どうも好きなれんな、あの大臣」
ジニーの疑問にシリウスは頭を乱暴に搔く。
「バーテミウス=クラウチと同じなんだ。『魔法執行部』だった頃のね。……やり方が根本的に間違っているっ」
溜まっていた欝憤が晴れたらしくハリーの表情がようやく綻ぶ。シリウスは誉めるように彼の髪を撫でた。嬉しさと恥ずかしさで俯いているが、抵抗はしていない。
「パーシーと同じで優先順位が僕達とは違うんだろ」
兄の愚行を嘆くようにロンは呟く。
「ハリー、君達が眠ったら私とリーマスは出発する。私は出来るだけ手紙を出すが、ビルとフラーの結婚式まで会えないだろう」
ハリーはシリウスとの別れよりも、ジニーの何とも言えぬ表情に目が行ってしまった。
「そこまで嫌ってやるな。あの子は自信家なんだ」
「その分、見下されてるけどね」
苦笑するシリウスにジニーは辛辣に返した。
話が終わったと悟り、クローディアは影のまま屋根裏から降りる。そのまま寝室へ行こうとしたが、ビルがフラーのいる部屋へ入って行くのが見えた。
今なら、ジョージは1人だ。人の姿へ戻り、彼らの部屋を覗き込む。ここはロンと双子の3人部屋。予想通りに彼だけ、寝台に腰かけて何かの名簿にモノクル(片眼鏡)を当てて、眺める。
「話は終わった?」
クローディアに気づき、自分の隣を叩く。誘いに乗り、彼の隣へと腰掛ける。
「顧客名簿さ?」
「ああ、主に通販を利用している客達だ。クラウチJrが偽名だなんだって言ってからな。警戒しているんだ。これ、マクゴナガルから貰ったモノクル。偽名は勿論、文章に込められた悪意や敵意も看破できるぜ」
便利な道具だ。様々な客が『W・W・W』に集まり、必要な商品を購入する。どんな使い方をされるかまでは、把握しようがない。
不意にジョージは杖を振るい、窓のカーテンを開ける。外はまだ雪が振り続け、見るからに寒そうだ。
「月が奇麗ですね」
月どころか、夜空も見えない。何かのギャグかと思い、続きを求めてジョージを見上げる。彼は口元を緩めたまま、咳払いした。
「月が奇麗ですね……。ハーマイオニーのオルゴールがそう喋ってね、ロンに聞いたら……ご丁寧に解説してくれた。クローディア、前に言ってくれたよな?」
記憶が刺激され、思い返す。
ジョージに決して知られぬと思い、この口から出せる精一杯の言葉だった。それを知られたと悟り、恥ずかしさでクローディアは体中の血液が蒸発しそうな程、体温が上昇した。
真っ赤に染まった耳をジョージは遠慮なく触れる。耳から頬まで包み込み、鼻が触れそうな程に顔が迫る。
「もういいよな……、俺、結構、我慢したよな」
何をされるかなど、分かり切っている。クローディアは鼻息を気にし、息を止めた。
「ビル、どうしてジニーの部屋にいるの!? ジョージちゃんはどうしたの!! ジニー、クローディア! ちゃんとフラーといなさい!」
モリーの怒声が家中に響き、動揺したクローディアは咄嗟にジョージへ頭突きしてしまった。
閲覧ありがとうございました。
モリーの嫁イビリって結構、あからさまだけど男性陣は何とも思わないのでしょうか?
●フェンリール=グレイバック
子供専門ということでペ○と誤解されている人狼。幼いリーマスを噛み、人狼化させた。
昔から名の通った人狼という事でかなりの高齢、そのせいか原作ではかなりボコボコにされている。