こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:16年11月19日、18年1月8日、誤字報告により修正しました。


5.笑って泣いて怒って

 十分な睡眠を取れたクローディアは身だしなみを整え、談話室へ下りる。

 魔法学校での生活に期待と緊張を膨らませる新入生、卒業に人生を賭けた上級生。その違いが一目でわかる。ついでに進路に対して気持ちの余裕を持っている生徒も区別が付く。

 同じ学年ではモラグが一番、余裕を見せていた。

「おはようございます。クローディア」

 丁寧な口調で挨拶してきたのは、シーサーだ。その胸に監督生の証たる【P】のバッチがあった。意外すぎてクローディアは、二度見してしまった。

 驚きを隠さずにシーサーを祝福した。

「シーサー。監督生就任、おめでとうさ」

「ありがとうございます。まあ、学年で僕以外にいないと思っていました。女子はルーナ以外の子です。ご存じでしょうけど、これを機に今年はクィディッチにも参戦しようと考えています」

 得意げなシーザーを微笑ましく眺め、クローディアはレイブンクローのキャプテンが気になる。昨年度チェイサーだったエディが談話室を出ようとしていたので声をかけた。

「エディ、新しいキャプテンが誰か知っているさ?」

「……僕だ」

 口にした途端、責任を自覚したエディの顔色が青ざめた。

「君が選手に立候補するなら、歓迎するよ。無理なら、『銀の矢』貸して下さい。お願いします。監督生も首席も逃したんで、せめてキャプテンとしてチームを優勝に導いた実績が欲しいんです」

 いきなり低姿勢のエディから、彼の肩にかかった重みが伝わってきた。

「私の箒については、シーカーが決まってから話し合うさ。ちなみに私はバスケ部の活動があるのでクィディッチは観戦のみさ」

「だよなー。けど、『銀の矢』を貸してくれる約束してくれてありがとう」

 エディは感謝の意味でクローディアの肩に手を置いてから、談話室を出て行く。その背を見ながら、部活動について顧問のバーベッジと話さねばらない。

 

 大広間の天井は青い空を見せ、天気の良さを教えてくれる。だが、フクロウ便の数が激減し、警戒態勢の影響さえも教えた。

「希望授業を見ていたら、その人の進路が丸分かりね」

「サリーは予測もつかない時間割……」

 セシルの申込書を見ながら、サリーは呟く。

「アンソニー、自分に無理のないように授業を組めよ?」

「組んでいるよ。モラグは少なすぎだろ、『魔法生物飼育学』だけで卒業できると思っているのか?」

 しかし、学生である自分達の目下の心配は6年生の時間割配分だ。希望するNEWT授業がOWL合格点を超えていない場合、それまでの授業態度や勉強姿勢などを含めて判断されるそうだ。

「ミス・パークス、問題ありません。継続を許可します」

「ミスタ・ブート……よろしい」

 フリットウィックはサリー、テリー、マンディ、セシルと次々に時間割を決めていく。満足そうな者もいれば、諦め顔の者もいた。皆を眺めているうち、クローディアに順番が巡ってきた。

「さて、ミス・クロックフォード。『魔法薬学』、『薬草学』、『変身術』、『呪文学』、『闇の魔術への防衛術』、『古代ルーン文字』……結構。二時限目が終わりましたら、バーベッジ先生の事務所へ。部活についてお話したいそうです」

 優しく教えて頂き、クローディアはフリットウィックへ感謝する。バーベッジも同じ思惑だった事が嬉しかった。教員席を盗み見たが、彼女は既にいなかった。

 

 クローディア用の時間割表をもらい、一時限目の『古代ルーン文字学』へと急いだ。二重扉でグリフィンドール席を振り返ってみたが、ハーマイオニーの姿はない。ネビルがマクゴナガルと真剣に話し合っているところだった。

 次に視界へ入り込んだのは、ドラコだ。時間割配分を終えたらしく、手には彼用の時間割表が握られていた。睨むわけではないが、不確かな感情を込めた眼差しを向けてくる。

 クローディアは驚いていた。何故なら、ドラコは全く気配を感じさせず、吐息がかかる距離まで迫っていたのだ。

「おまえの次の授業はなんだ?」

「……え、あ、『古代ルーン文字学』さ」

 呆けていたので、ドラコの質問に反応が遅れる。彼は自分の授業を言うわけでもなく、無言を貫いて廊下へと行ってしまう。

(……え? マルフォイ。いつの間に気配断ちみたいな真似を……)

 ドラコが神経を尖らせている状態だと理解しているが、まさか気配まで消せる域まで自分を追い詰めているなどと予想だにしない。

(本当に……彼は『死喰い人』で、何か役割を与えられているさ?)

 憶測と推測を脳内で行おうとしたが、リサの指先が肩を突く。

「授業に遅れますわよ。クローディアと同じ授業ですから、一緒に参りましょう」

 リサとお互いの時間割を見せながら、『古代ルーン文字学』の教室へ着く。ハーマイオニー、マンディがそこにいた。

 ハーマイオニーが嬉しそうにこちらへ手を振ってくれた。彼女と同じ授業でクローディアは心の底から嬉しく、思わず頬が緩んでしまう。

「クローディア、癒者を目指すのに『古代ルーン文字学』を受けるの?」

「古代ルーンは魔法界なら何処にでもあるからさ」

 ここで初めてハーマイオニーの進路について触れた事がなかったと気づく。ついでながら聞いておく。

「NEWT試験に合格してから決めるわ」

 清々しいまでの予定に感心した。始業開始の鐘が鳴ろうとした瞬間、アンソニーが飛び込んできた。

 

 授業内容はこれまでの倍濃く、全員、知識を詰め込み過ぎて意識が朦朧としていた。しかも、エッセイと翻訳2つ、指定された分厚い本の読み込みという宿題を水曜までに提出。

 ハーマイオニーは小声で理不尽を訴えていたが、これがNEWT授業なのだ。

「私も次は自由時間ですので、すぐに取りかかりますわ」

「同じく」

 リサとアンソニーは頭から知識が零れ落ちない内に寮へと帰って行く。

「クローディアとハーマイオニーも『闇の魔術への防衛術』なんでしょう。一緒に行っていい?」

 マンディと連れだって、2人は次の教室を目指す。

 教室は開いておらず、ネビルやディーン、シェーマス、アーニーが既に並ぶ。マルフォイもいたが並ばず、反対側の窓辺で佇んでいた。

「やあ、クローディア。君もこの授業取ってたんだね」

「ディーンもさ。ところで何で中に入らないさ?」

 クローディアの素朴な疑問にシェーマスが呆れ声で肩を竦める。

「教授はスネイプだぞ。あいつは授業が始まるまで、教室を開けないじゃん」

「先生は付けるべきだ。シェーマス」

 アーニーに鋭く注意され、シェーマスは渋々、片手で了解を示した。

 時間ギリギリにハリーとロンが億劫そうな態度で現れる。早速、ハーマイオニーは2人に宿題の多さについて愚痴った。

「遅かったけど、2人とも前の授業なんだったさ?」

「僕らは自由時間だよ。クローディアも授業だったんだ。ご愁傷様」

 余裕のあるロンの態度にマンディが噴き出して笑う。

「ロンの進路って何だっけさ? そういえば……」

「……NEWT試験に合格してから決める……」

 固い表情で目逸らしたロンの発言は、ハーマイオニーと全く同じだ。しかし、サボリの理由に聞こえてしまうのは何故だろうかと呆れる。

 ハーマイオニーは失笑していた。

 パーバティが到着した途端、見計らったように教室の扉が開く。スネイプの存在を意識し、廊下の私語が自然となくなる。入室を促され、生徒は強制されたわけでもないのに整列して順番に入っていく。

 洋風のお化け屋敷。内装の感想は、まさにそれだ。

 暗いカーテンで閉め切った窓、灯りの為の蠟燭、不気味な絵画が壁という壁に飾られていた。研究室とは違う不気味な雰囲気だが、ブラック家の以前の様に比べれば怖くない。

 しかし、教壇の上には何故かベッロが当たり前のように鎮座していた。あまりにも自然とそこにいるので、剥製かと思った。

 生徒の視線が自然とクローディアに集まるが、無視して席に座る。一先ず、教科書を出そうと鞄に手を入れた。

「我輩はまだ教科書を出せとは頼んでおらん」

 闇色の声に鞄に入れた手を引っ込める。教科書は必要ないのだと理解し、皆も倣って鞄を足元か椅子の下へと置いた。

「我輩が話をする。十分傾聴するのだ」

 黒真珠の瞳が生徒をひとりひとり、見つめてから語りだした。

「諸君らはこの学科にて4人の教師を持った。それぞれの授業方針に統一性がないにも関わらず、これだけの人数がOWL合格点を取ったことを我輩は驚いておる。NEWTはより高度であるからして、諸君らが全員それについてくるようなことがあれば、我輩はさらに驚くであろう」

 何処となく、1年生の頃の演説を思い出す。

 新たな領域に来たという緊張感が生まれ、鼓動が若干速くなる。

「闇の魔術は……多種多様、千差万別、流動にして永遠なるものだ。それと戦うという事は、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しい。首をひとつ切り落としたところで致命傷にならず、前よりも獰猛かつ賢い首が相手となろう」

 闇のへの誘いであるような優しい口調は、その力を称賛しているように聞こえる。

「諸君の防衛術は、それ故に破ろうとする相手の術と同じく柔軟にして創意的でなければならぬ」

 現実に引き戻す強い口調に、半分寝ぼけていたロンが我に返る。気にせず、スネイプは壁にかけた絵を何枚か指差す。

「これらの絵は術にかかった者達がどうなるか正しく表現している」

 苦しみ悶えた魔女の絵は『磔の呪文』。壁にぐったりと寄りかかり虚ろな目をしてうずくまる魔法使いは『吸魂鬼のキス』。地上に血だらけの塊は『亡者』を攻撃した者。

 この三つは、ヴォルデモートの陣営に揃っている。こうしている間にも、これらの犠牲になっている人は確実にいるのだ。

 クローディアが絵を網膜に焼き付けんばかりに睨んでいると、スネイプが教壇を指先でコンコンッと叩く。

「……諸君は我輩が見るところ、無言呪文の使用に関してはずぶの素人のはずだ。無言呪文の利点は何か?」

 スネイプの言葉が終わると同時に、ハーマイオニーが手を挙げ、クローディアも何気なく続いた。他は誰も手を挙げない。教授の視線が2人以外の生徒を見渡す。

(マンディ……あんたも説明くらいは出来るだろうさ。手を挙げろ!)

 無言呪文ばりにマンディへ意識を送り、圧力を感じた彼女はゾッと身震いしてから手を挙げた。

「ではミス・ブルックルハート」

「こちらの魔法が相手に知られない事で、先手を取れます」

 速攻で当てられたマンディは胸中でクローディアへ悪態を付き、若干、上ずった声だが要点は言い切った。

「説明が短すぎるが、概ね正解だ。【基本呪文集・6学年用】を開いてすらいない者は、熟読したまえ。これは驚きという要素の利点を得る。言うまでもなく、すべての魔法使いが使える術ではない。集中と意思、この二つの力が問題であり、絶対的本質といえよう」

 スネイプの視線がクローディアに向けられる。無言呪文を確実に会得せよと言わんばかりの圧力を感じた。そんな迫力があり、堪らずにそっと目を逸らす。

(そういえば、DAでも無言呪文の話題が出なかったさ。相当、難しいんだろうさ。私も杖なし状態なら、幾分か自信あるけど、無言呪文はどうなんだろうさ?)

 自問自答を繰り返しているうちに、スネイプは続ける。

「これから諸君は、2人一組となる。1人が『無言』で相手に呪いをかけようとする。相手も同じく『無言』でその呪いを跳ね返そうとする。始めたまえ」

 言われるがまま各々、立ち上がって勝手に組みになっていく。クローディアはハーマイオニーと組もうとしたが、ネビルに取られた。

 マンディと組もうとしたが、反対側からクローディアの腕は掴まれた。

「こっちだ」

 拒否を許さぬ口調でドラコはクローディアの腕を更に強く掴む。驚いて、スネイプへと視線を送る。教授は目を伏せて返答を拒んだ。ハリーやロンは多数の組の向こう側にいたので、こちらに気づけない。

 仕方なく、マンディには手ぶりで大丈夫だと伝える。クローディアよりも彼女のほうが驚いて真っ青になっていたからだ。そのまま、彼女はパーバティと組んだ。

 ドラコと正面から相対し、クローディアは呪文を待つ。呪いをかけるなら、彼からだと勝手に思い先手を譲った。しかし、悪意でも敵意でもない視線を向け続けただけで杖さえ構えない。

 周囲は無言呪文が出来ぬ為に、極力小声で呪文を呟くなどしてこの場を乗り切ろうとした。

「……マルフォイ、何もしてこないなら私がやってもいいさ?」

 このままでは授業にならない。そんな気持で提案してみたが、ドラコからの返事はない。無言を承諾と受け取り、クローディアは杖を構える。

(ステューピファイ!(麻痺せよ!))

 胸中で叫んだ呪文は杖から光線を放ち、無防備なドラコへと命中して彼をそのまま倒れさせた。本当に何の抵抗もなく倒れたので、クローディアが焦る。

 ドラコの倒れ伏した姿にディーンとシェーマスが気付いて、小さく驚きの声を上げる。耳敏く聞き取ったスネイプが早足でドラコへと駆け寄る。

「防衛術の教室で防衛せんでなんとする。無言呪文が出来ずとも、恥ではないのだぞ」

 ドラコの肩を抱き、スネイプの強く叱責が飛ぶ。

 スネイプの杖がドラコに向けられ、彼は我に返ったように目を覚ました。おそらく、教授が無言呪文で起こしたのだ。

「異常はないかね、ドラコ……」

「ありません」

 寮監に心配されたというのに、ドラコは素気なく言い放って起き上がる。

「諸君、一度、呪文を中止したまえ。組みを変える。目の前の相手とは違う者を選ぶのだ。特にポッター、暇そうにウィーズリーの呪文を待つでない」

 唐突に悪意を持って注意されたハリーは露骨に口元を曲げ、嫌そうな顔をする。ロンは耳まで真っ赤に染まり、俯いた。

 クローディアは今度こそ、ハーマイオニーと組もうとしたが襟を掴まれて引き留められた。

「ミス・クロックフォード。君は我輩と組みたまえ。またドラコのような犠牲者を出されては堪らん」

 無言呪文をやってのけた生徒に対して、この仕打ちである。ハーマイオニーから同情の視線を貰った。

「もう一度、実践して貰う前に諸君らへ我輩が手本を見せよう」

 言い終えるより先にスネイプは杖を構え、クローディアは咄嗟に構える。互いの構えが整った時、教授の杖から光線が放たれる。それと同時に、彼女は『妨害の呪文』で応戦した。

(インペディメンタ!(妨害せよ!))

 刹那の差でスネイプの魔法はクローディアに命中し、足が勝手に踊り出す。一分程、踊らされてからスネイプは魔法を解いた。

「僅かではあるが、これが一瞬の先手だ。一瞬の遅れはミス・クロックフォードのように魔法の餌食となる。始めたまえ」

 本当に無言だった攻撃と防御。お手本を示されても、出来ない。また誤魔化しが始まる。術の難しさに生徒が何人も表情で「お手上げ」だと訴えた。

 タップダンスまで披露させられたクローディアは、先ほどの遅れに危機感を覚えた。もしスネイプが本当に敵なら今の攻撃で全て終わっていた。

 終業の時間が迫り、スネイプは呪文をやめさせた。何人かが隠さずに安堵の息を吐く。

 結局、無言呪文の成功者はクローディアとハーマイオニーの2人だけだった。2人もいたのは上々の出来だ。それだけ難易度が高い術といえる。しかし、スネイプはそれぞれの寮に点数を与えない。

「授業を終える前に、ここにいる蛇に注目して貰いたい」

 教壇にいるベッロを示され、皆、注目する。

「諸君らは何故、この蛇に対し何の警戒も抱かなかったのかね? ……ミス・グレンジャー」

 質問と受け取ったハーマイオニーが手をあげたので、回答を許可した。

「その蛇はクローディアの使い魔だからです。ベッロは無意味に人を襲いません」

「そう、諸君らには見慣れた存在。だから、油断したのだ」

 スネイプが一音下げ、冷徹に告げた。

 その瞬間、ベッロは牙を剥いて獰猛さを露にする。何事かとネビルやディーンが目を見合し、悲鳴を上げる女生徒もいた。

「……そいつ、ベッロじゃない」

 険しい表情でハリーが言い放つ。

 蛇は紅い鱗を見る見る剝していき、シマヘビからアナコンダへと変貌した。教壇から飛び降りてきたので、攻撃を予感してクローディアやハーマイオニー達は咄嗟に杖を構える。しかし、アナコンダはそのままスネイプの後ろへと引っ込んで行った。

 一瞬騒然となった生徒を置き去りに、スネイプはまるで冒頭の演説に付け加えるような口調で言い放つ。

「『闇の魔術』は親しき友人のように諸君らへと歩み寄ってくる。しかと、肝に銘じておきたまえ」

 スネイプの視線は完全にハリーへと向けられ、嘲笑っているように見えた。

 宿題を言い渡され、この授業は終わった。

 

 誰も教室に残らず、クローディアはバーベッジに呼ばれているので事務所を目指す。ご機嫌斜めのマンディが追い付いてきた。

「思っていたより実りのある授業だったけど、よくも私を生贄した!」

「マンディ、先輩達から予習を受けているレイブンクロー生として嘘でも手をあげるもんさ」

「その割には、他のレイブンクロー生は誰も手をあげなかったね」

 腹立たしい様子のハリーまで追い付き、吐き捨てる。ご立腹の原因は手をあげなかった生徒ではなく、スネイプだと丸分かりだ。

「あら、ハリー。スネイプ先生の授業、結構、おもしろかったじゃない」

「あいつは、僕が蛇を見抜けないと見越していたんだ。予想通りになって僕を馬鹿にして……」

「馬鹿にされただけよ。あれが敵との遭遇だったら……って考えたら良い授業だったわ」

 マンディどころか、追いついたハーマイオニーもスネイプを擁護するような口調だったので、ハリーは益々、顔を歪めた。

「それにしてもよ、マルフォイが倒れた瞬間を見逃したのは惜しかったなあ」

「今から無言呪文の練習するさ? 勿論、標的はロンさ」

 ハリーがスネイプに馬鹿にされたと憤慨しているにも関わらず、ロンはドラコを嘲笑う。場の空気が読めていない彼に、クローディアは真剣な態度で杖を構えた。

「ろ、廊下で魔法を使うなよ」

 ビクッと肩を揺らしたロンはハリーを盾にして、逃げた。

「ぷぷっ。ロン、おもしろい! 私、このまま『数占い』の教室に行くけど、誰か一緒じゃない?」

「私も『数占い』よ、マンディ。クローディアは?」

 ロンの狼狽っぷりを一通り笑ったマンディの提案にハーマイオニーが答える。ハリーとロンのそっぽ向く態度から、彼らは自由時間だと察した。

「私は自由時間さ。バーベッジ先生に呼ばれているから、事務所へ行くさ」

「クローディア、バーベッジ先生の話が終わったらグリフィンドールの談話室へ来て欲しいんだ。合言葉はベッロに持たせるから」

 ハリーに手ぶりで承諾を伝え、それぞれの教室又は談話室へと散って行った。

 

 『マグル学』の教室に着くと、入れ違い見知った生徒が出て来た。

「ジャック、授業だったさ?」

「うん、先生に質問があったからな。君は先生と部活の話をするんだろ? 俺も楽しみにしているから、予定が決まったら教えてくれ」

 挨拶程度の会話をしながら、クローディアは気づく。

「ジャック……、聞いちゃいけない気がするけどさ。あんた、卒業したんじゃなかったさ?」

 出来るだけ遠慮がちに尚且つ、こちらの記憶違いであったような口調で尋ねる。ジャックはわざとらしく瞬きしてから、生気のない笑顔を見せる。

「NEWT試験を全部、落としたんだ。……両親や親戚は怒り狂うし、マクゴナガル先生は妙に優しく『もう一度7年生をやってごらんなさい』って勧めてくるし……。ケイティ達は大いに馬鹿にしてくれたのは、救いかなあ。気を遣われないのが、こんなに嬉しいと思わなかったぜ」

「欝憤は部活で晴らすさ。予定が決まったら、ベッロに伝言させるさ」

 淡々と述べるジャックの肩を優しく叩き、互いに部活を楽しむ約束を交わした。

 『マグル学』の教室に足を踏み入れるのは、本当に初めてだ。

 壁には世界地図、イギリス地図、ロンドン市地図が飾られ、窓際には車や自転車、バイクなどの模型が飾られている。この模型は何の仕掛けもないマグル式だ。

「クローディア、ちょっと待っててね。後は、資料を片付けるだけなので……」

 バーベッジは笑顔で挨拶し、分厚い辞典を数冊、宙に浮かべて棚へ陳列していく。その棚には武器関係の本が並び、【銃の歴史】と題されている本もあった。

「先生、授業で銃を教えているんですか?」

「ええ、身の安全の為にね。魔法界では銃の危険性を伝える機会は少なくて、卒業した生徒が事件に巻き込まれる事も時々、銃規制が欧州一厳しいとされるこの国も、銃器事件の発生率は日本の4倍と……、……こういう物騒な話じゃなかったわね」

 一瞬、教授の顔になったバーベッジは我に返り、悪戯っぽく笑った。

「確かに、バスケ部の話があると思って来ました」

「そう言ってくれるという事は、今年も部を続ける気ね。良かった! あのガマガエル婆がいなくなっても、ちっとも部活は出来ないから諦められちゃったのかと、不安だったの」

 一教師が堂々と魔法省役人を婆呼ばわりである。そこにツッコミを入れず、クローディアは鞄から白紙の用紙とペンを取り出す。

 そこへ今年度の部活動に関する予定を書き込んでいく。文章とトーナメント表が書かれる様をバーベッジは楽しそうに見つめる。クローディアは誤字や線引の間違いに気を使いながら、一気にペンを走らせた。

「人数にもよりますが、トーナメント式の試合を予定しています。そして、次の部長を決めたいと思います」

「部長を決める……今から?」

 予想外の言葉を聞き、バーベッジは驚愕する。

「私が7年生のクリスマス休暇までに、つまりは来年の冬には後任となる生徒を決めたいんです。その生徒には私が知っている限りのバスケに関する知識と自分で予定表を立てられる計画性を身につけて貰いたいのです」

 部活動において重要なのは知識は大事だが、問題なのは目標に向けてチームを指導力にある。部によってはそれは顧問や監督に求められるが、部として年数がない故に部長にもその力を求める。

 クローディアも今年度の目標に向け、行動していく。

 気迫が伝わり、バーベッジは背筋を伸ばして天井を仰ぐ。

「……来年の冬……。貴女はもうそこまで見据えているのか……、でも、目の前の授業の事も忘れないでね。フリットウィック先生から聞いたけど、癒者を目指しているんですってね」

 優しさと厳しさを絡めた視線をクローディアは真剣に笑顔で返した。

「勿論、部活を言い訳に勉強を疎かにする気はありません」

 クローディアの意思を確認できたバーベッジは、両手を合わせたかと思えば一発大きな音を立てる。音と共に、彼女の前へ衣服が現れた。

 魔法での呼び出しだと瞬時に理解し、衣服を眺める。それはホグワーツの紋章を元にデザインされたバスケットのユニフォームだった。

 小学校の頃は当たり前のように着ていた。ここでは既定のユニフォームがないので、適当な運動服で代用だ。それが今になって用意されたユニフォームに心が高鳴る。

「動きやすい服装なら何でも良いけど、でも、形に拘っても良いと思うわ。……気に入ってくれたみたいね」

 サプライズが成功したと言わんばかりの口調に対し礼を言おうとしたが、クローディアは高ぶっていく感情を抑えきれず、涙が零れた。

 部を立ち上げても、妨害にあったりした。それらが報われた気持ちになれた。

「……あ、ありがとうございます。嬉しいです……」

 涙でしゃくり上げ、表情を歪めるクローディアへバーベッジは困った表情でハンカチを押し付ける。乱暴だが、涙を拭いてくれた。

 

 部活の話し合いは涙で終わってしまった。

 教室の前で待っていたベッロは、グリフィンドールの談話室へ入る為の合言葉を書いた紙を渡された。終業時間まで10分もないが、そのまま昼食の時間になるので問題はない。

 急いで談話室に行ってみれば、ハリーとロンは『闇の魔術への防衛術』の宿題と睨めっこしていた。

「クローディア。宿題終わってないなら、ここでやって行きなよ」

「私は夕食後に片付けるから、大丈夫さ。ありがとうさ、ロン」

 クローディアの答えに残念そうな顔をするロンを置いて、ハリーは彼女を手招きする。顔が近い距離まで詰め、話は始まる。

「今朝、マクゴナガル先生が時間割をくれた時に、校長先生からの伝言を受け取ったんだ。土曜日に個人授業をしたいって」

「それって前みたいに『閉心術』が正常に作用しているか、確認する為さ?」

「僕と同じ事言っている」

 茶化すロンの頭をベッロの尻尾がパシッと音を立てて叩く。気にせず、ハリーも否定した。

「多分、違うと思う。休暇中に会った時、ヴォルデモートは僕と繋がりを持つのは、自分の身が危ないと感じているだろうって、校長先生は言っていたよ」

「……いつも思うけど、校長先生って言い切るさ。特にヴォルデモートに関して……」

 憶測のようでいて、強い確信を持つダンブルドアにクローディアは反論などない。ヴォルデモートの心情を最も正確に把握できるのは、彼の校長以外いないのだ。

「君達も『例のあの人』の名前を簡単に言うよね。……ヴォ、ル。やっぱり……無理。それで校長先生が教える事って何だと思う? 僕はさ、『死喰い人』でも知らないような、すっげえ呪文か何かじゃないかな?」

 胸を弾ませて主張するロンと違い、ハリーは深刻な目つきでクローディアを見ていた。

「僕は、君が教えてくれた魂を分裂させる魔法の話だと思ってる」

 確かに『分霊箱』の可能性は高い。ダンブルドアしか知らない対処法があるのかもしれない。

「それでその魔法について……」

 ハリーの質問が終わる前に終業の鐘が鳴る。

「ここまでにしようぜ。その魔法ってあんまり人に話していいもんじゃないんだろ?」

 ロンの言うとおり、他の生徒が談話室に戻ってくる事や昼食もあるので、クローディアは2人と別れた。

 

 大広間へ行きながら、教室から出てくるルーナを見つけた。他の生徒に詰め寄られている様子だが、クローディアが近寄ると生徒達はそそくさと散って行く。

「ルーナ、何か問題さ?」

「【ザ・クィブラー】の催促だよ。新しい号はまだかって……、朝からずっと……。こういうのは嬉しくないもン」

 疲労感を漂わせるルーナと大広間に着くと、奇妙な視線が確かに彼女へ付き纏う。おそらく、雑誌の催促を願う生徒だ。しかし、クローディアがいるせいか誰も声をかけて来なかった。

 寮席に座っても視線が襲うので、うっとおしくなったクローディアはわざとらしく咳払いした。その咳払いと共に視線は消えた。やっと落ち着けたルーナは安堵の息を吐く。

「なんだか、逆転したな。昔はクローディアに質問がある連中をラブグッドが遠ざけてたようなもんだったのに」

 2人の正面に座るテリーに何気なく言われ、クローディアはルーナと仲良くなれた頃を思い出す。昨日のようでいて、随分、古い記憶にも思える。

「マイケル、よくそんなこと覚えているさ。昔からルーナは頼りがいがあるさ。そんなルーナの役に立てて、嬉しいさ」

「うん、どんどんあたしに頼っていいよ。その分、クローディアも頼るから」

 夢見心地の口調に嬉しさを含ませ、ルーナは瞬きせずにカステラを齧りだした。

 

 午後の授業まで『古代ルーン文字学』の宿題で過ごす。就寝前にとりかかっても良かったが、『闇の魔術への防衛術』の宿題が難問の為に時間がかかると予想したのだ。

 先に始めていたリサのお陰で捗り、昼休み中に終える事ができた。彼女に感謝しながら、サリーとマンディ、テリーとマイケルで『魔法薬学』の地下教室を目指した。

 教室はスネイプの頃とは違い、既に魔法薬に満たされた大鍋がいくつか用意されている。そこから溢れ出る蒸気や臭いによって、地下牢よりも愉快な実験室という印象を受けた。

(同じ教科も教授によって違う……か)

 これまで『闇の魔術への防衛術』で何度も経験したが、教科が違うと心象も変わってくる。

 しかし、今までと違い自分達も含め、僅かな生徒しかいなかった。ハッフルパフはアーミー、ただ1人。スリザリンもドラコにダフネ、ザビニの3人、最後に来たハーマイオニー、ハリー、ロンだけがグリフィンドール生だった。

「うわ、すっくな……」

「難しかったもんねえ、試験」

 テリーの呟きにサリーも頷く。

 ハーマイオニー達で視界が遮られているというのに、向こう側からドラコの視線はクローディアにヒシヒシと感じていた。ここまで来ると、その理由を小一時間程、問い詰めたくなるが我慢した。

「さて、さて、さーてと」

 生徒を見渡し、スラグホーンは愛嬌のある笑顔で授業を始めとしたが、ハリーの手が挙がる。

「先生。僕達、授業の道具を何も持っていません。『魔法薬学』の授業を取れると思っていなかったので、ロンもです」

 言葉を選びながら、ハリーは自らの状況を説明する。確かに彼は教科書すら用意していなかった。しかも、ロンまでとは驚きだ。

 ハリーは『闇払い』を目指す関係からギリギリで授業を受ける事が叶ったとしても、ロンは一体、何しに来たのかわからない。

「マクゴナガル先生からは聞いておるよ。そこの棚に古い教科書があるから使いなさい。材料に秤も2人に貸し出せる。何の問題もない」

 朗らかに言い放ち、スラグホーンは棚を指差す。ハリーとロンはすぐに棚に向かい、中にある教科書を見つけて何やら奪い合っていた。

 構わず、スラグホーンは話を続ける。自分の手元にある小瓶以外の鍋に向かって手を広げ、まるで魔法薬が我が子であるような慈しみを見せる。

「さーてと、いくつか魔法薬を用意した。ここにある薬を説明できる者はいるかね?」

 勿論、ハーマイオニーが手を挙げた。嬉しそうにスラグホーンは彼女へ解答を促す。

「『真実薬』です。無味無臭で飲んだ者に真実を語らせます。こちらは『ポリジュース薬』です。他人への変身に使います。そして、『魅惑万能薬』!世界一強力な愛の妙薬です。その匂いは1人1人、違います」

 ハーマイオニーの説明に間違いはないが、スラグホーンの称賛に満ちた笑顔で正解だとわかる。

「素晴らしい、それぞれを完璧に言い当てている。グリフィンドールに二十点!君の名はなんだったかな?」

 名を聞かれた事を誉れとし、ハーマイオニーは答える。

「ハーマイオニー=グレンジャーです、先生」

「グレンジャー? ひょっとして、ヘクター=ダグワース=グレンジャーと関係はないかな?」

 瞬きする速さで聞き返すスラグホーンにクローディアは思わず、「誰、その人」と呟いてしまう。耳敏く聞き取ったサリーが耳打ちする。

「超一流魔法薬師協会の設立者よ」

 豆知識を教えて貰い、クローディアは手で感謝を伝える。その間、ハーマイオニーはマグル生まれであるので、その人物とは関係ないと答えた。途端にスラグホーンは更に表情を輝かせた。

「ほっほう!マグル生まれの学年で一番とは、彼女の事だね。ハリー」

「そうです、先生」

 素直に答えるハリーに、スラグホーンはハーマイオニーへの関心を強くした。ハーマイオニーは彼が教授に自分を「学年で一番」と紹介している事に感激していた。

「さあて、『魅惑万能薬』について、ひとつ補足しよう。その前にクローディア」

「はいっ」

 唐突に呼ばれても、クローディアはすぐに返事できた。興味深い品を見るような目つきで、スラグホーンは問う。

「君には、この薬がどんな匂いを発しているか聞いてもいいかね?」

 ドラコの視線がより強くなった。

「……私には体育館の壁や床、バスケットボール、洗い立ての体操着」

 隠すことではないので、鼻につく薬品の匂いを話す。その内、満足なプレーをこなした時の達成感が胸に宿る。そして、頭の隅にジョージの姿が過った。

「どれも私の好きな匂いです」

 流石にジョージの事は口に出せず、適当に誤魔化す。気にも留めず、スラグホーンは『魅惑万能薬』の鍋に蓋をした。

「これは実際に愛を創り出すわけではない。愛は創る事は勿論、模倣したりする事は不可能だ。この薬は単に強烈な執着心や強迫観念を引き起こす。おそらく、この教室にある魔法薬の中で一番危険な薬だろう」

 穏やかさの中に真剣さを含め、この薬を他者に使うなと警告しているようにも聞こえた。

「先生、そちらの薬は何ですか?」

「お、目敏い。諸君はこれの説明を待っていたのだろう。そう、これは『フェリックス・フェリシス』じゃ。ミス・グレンジャー、説明をお願いしよう」

 ハーマイオニーの息を呑む表情から、スラグホーンは喜んで彼女に機会を与える。

「『幸運の液体』です。人に幸運をもたらします」

 幸運を呼ぶ。

 この言葉に誰もが食い入るように小瓶を凝視する。やっとドラコの視線がクローディアから離れてくれたので、彼女には幸運だった。

「その通り、グリフィンドールにもう十点あげよう。この薬を飲めば、すべての企てを成功へと傾けてくれる事、まず間違いないと言える。故に調合はおそろしく面倒で難しい。ここにある分で12時間、幸運は訪れる」

「大量に飲み続けるとどうなりますか?」

 興味津々のダフネに、スラグホーンはその質問を待っていたように微笑む。

「飲み過ぎると有頂天になったり、向こう見ずに陥るからだ。どんな薬も飲み過ぎれば、毒性も高くなる。これも同じ……、しかし、ちびちびとほんのときどきならば、程よくラッキーになれる」

 酒のような言い方に思えて、クローディアは笑いがこみ上げたが堪えた。

「これを今日の授業で一番上手く調合出来た生徒に、褒美として提供する」

 スラグホーン程の魔法使いでも難しい調合の魔法薬を生徒に与える。衝撃的な発言にざわめきも起きない。聞き違いか、高等な冗談だと思った。

「【上級魔法薬】の十ページ、『生ける屍の水薬』を時間内に完成させたまえ。さあ、始め!」

 スラグホーンの本気が伝わり、皆、急ぎながらも慌てずに作業に取り掛かる。試験よりも真剣に慎重な動きを見せ、私語さえ許さぬ雰囲気にクローディアは圧倒された。

 しかし、無言になるのはご褒美のせいだけではない。『生ける屍の水薬』の調合は今まで一番、難しかった。『催眠豆』から汁を出す為に銀のナイフで切ろうとしても、滑りが良すぎて手元から何度も飛ぶ。苦労して切っても、微量な汁しか出ない。そのせいで鍋の液体は教科書通りにならない。

 段々、腹の立ってきたクローディアは豆を指先で握り潰す。多くの汁が出るには出たが、周囲に飛び散ってしまう。彼女の手もベタベタな感触に襲われた。

 結局、クローディアの調合は失敗に終わった。

 完成させられた生徒はハーマイオニーではなく、ハリーだけだった。彼の笑みを隠しきれない表情は、勝利者のそれだった。

「素晴らしい、ハリー! さあ、これを約束の『フェリックス・フェリシス』だよ。上手に使いなさい」

 満面の笑みでスラグホーンはハリーに小瓶を渡し、惜しみない拍手を彼に送る。ドラコ以外の皆も、授業の勝者たるハリーに拍手で祝福した。

「セシルが聞いたら、卒倒しそう」

 サリーの言葉にクローディアは同意である。

 

 談話室に帰って来た時、セシルに会えた。早速、『フェリックス・フェリシス』の話をしてみれば、彼女は呼吸困難に陥らんばかりに喘ぎ出す。

「あ、あ、フェリッ……クス・フェリシ、ス。あ、あ~、『魔法薬学』を取っておけば良かった~」

 絨毯の上を転がりながら、セシルは頭を抱える。予想通りのようで予想以上の反応に、こちらが困る。

「セシルの授業なんだったさ?」

「俺と同じ『魔法生物飼育学』、他はハッフルパフのジャスティンって奴だけ。今日の授業、おもしろかったぞ。グロウプの肩に乗ったんだぜ」

 元気溌剌なモラグからの返事に一応、礼を述べる。クローディアは身を屈めて、セシルに耳打ちする。

「……セシル、あの例の時計はどうしたさ?」

「……複製作業に使うから、貸出出来ないって……」

 魔法省に保管されていた『逆転時計』は、先日の戦いで犠牲になった。破壊を免れたのは、ホグワーツの生徒や誰かに貸し出された分だけだろう。貸し出されたなら、セシルは『魔法薬学』も取っていたに違いない。

 かける言葉も見つからず、クローディアはセシルの背を慰める意味で撫でた。

「しかし、ハリーがクィディッチとかでアレを飲んだら、試合になるのかね?」

「それは大丈夫。フェリックス・フェリシスは組織的な競技や競争事では禁止されているもの。スラグホーンが伝え抜かっても、ハーマイオニーならちゃんとハリーに教えるはずよ」

 テリーの心配事に、起き上がったセシルは真顔で説明してくれた。気持ちを切り替えたかと思えば、言い終えた途端、彼女は再び、絨毯に顔を埋めた。

(しかし、幸運を呼ぶか……。マルフォイの手に渡らなくて良かったさ。あいつが何を考えているのか、本当にわからないし……)

 見張りを命じられているにしても、視線が奇妙だ。

 視界の隅にベーカーが映る。クローディアを見てはいないが、意識していると察した。

 

 大広間へ着くなり、ハーマイオニーに拉致られた。

「この本なんだけどね」

 納得できない不完全燃焼な顔つきで、ハーマイオニーはボロボロの【上級魔法薬】を見せる。この教科書は地下教室の棚にあった古本であり、そこに書き込まれた指示でハリーは従って調合した。彼が『生ける屍薬』を完璧に仕上げたのは、そのせいだという。

「その書き込みって、白紙から浮かんできたってことさ?」

「クローディアもそう疑うでしょう」

 トムの日記や『忍びの地図』のような魔法を疑ったハーマイオニーが杖で確かめてみても、本当にただの教科書だったそうだ。

「前の持ち主が書き込んだだけの古い教科書だよ。もういいだろう、返してくれ」

 2人の間に割って入ってきたハリーが仏頂面に返却を求める。それをジニーまでやってきて拒んだ。

「駄目よ、ベッロに見て貰ってないわ」

 噂をすればなんとやらで、ベッロはクローディアの足元へとやってきた。ハーマイオニーは屈んで教科書を見せる。

「さあ、ベッロ。この本に怪しいところはない?」

 突きつけれた本を見つめ、ベッロは笑うような仕草をした。それを見て安全を確信したハリーは得意げになる。

「ほら、ベッロも心配ないって」

「ベッロの感覚って当てになんの?」

 カボチャジュースを飲みながら、ロンの余計な一言を零す。納得しかけたハーマイオニーはハリーではなく、教科書をクローディアへ渡した。

「この本はクローディアが預かっていて、ハリーが持っているより安全だわ」

「僕の教科書だよ!」

 ハーマイオニーの提案にハリーは憤慨した。

「おい、ハリー。僕らの教科書がフクロウ便で来るまで借りているだけ……」

 今度こそ、ハリーはロンを睨んだ。

 そのやりとりの間、クローディアは何気なく裏表紙の下にある文字を読み取る。

「……半純血のプリンス蔵書?」

 クローディアの呟きを聞き取り、ハリーも文字を見やる。

「本当だ、プリンス……。前の持ち主の名前かな?」

 プリンスという名。

 クローディアは1人の女子生徒を思い返す。写真でしか知らぬトトの想い人。

 沸々と高揚感が湧き起る。もし、この本が彼女の持ち物だったなら、不思議な巡り合わせだ。

「ハリー、私に預けて欲しいさ。お祖父ちゃんに見てもらいたからさ」

 唐突にトトの名を出し、ハリーは怪訝しながらロンと目を合わせる。

「なんで、トトさん?」

「お祖父ちゃんの知り合いにプリンスって魔女がいたさ。この学校の卒業生のはずだから、何か知っているかもしれないさ」

「そういうことなら……、何の心配もないわ」

 ハーマイオニーとジニーはようやく満足そうに笑い、ロンも不満はなかった。しかし、ハリーは身を切るような苦渋の決断を迫られた表情を見せる。

「何をそんなに嫌がっているさ?」

「本の書き込みを惜しんでいるんだろう? いいじゃん、今日の授業で良い思いしたんだから」

 ロンに諭されても、ハリーは返答を渋った。

 本を奪い返す程、拒むならクローディアもハリーに味方する。しかし、煮え切らない彼の態度に知らずと溜息が出てしまう。

「わかったさ。私の教科書に書き込みを丸ごと写してハリーに渡すさ。インクも私が用意するから、何の問題もないさ」

「教科書に書き込みなんて、著者の方に失礼だわ」

 この場で最良と思えるクローディアの提案に、今度はハーマイオニーが渋る。そんな彼女の言葉を無視し、ハリーは素朴な疑問を投げかけてきた。

「クローディア、木曜までにそれが出来るの?」

 確かに次の授業は木曜日だ。それまでに授業はある。今日の分の宿題も終わっていない。

 だが、しかしハリーの言い方にカチンッと来た。

「明日の朝までにやってやるさ!」

 本を掲げ、怒り狂った口調で宣言した。

 

 

 朝日が部屋に差し込み、クローディアはペンについたインクを拭う。そして、最後の力を振り絞って『半純血のプリンス』の本を閉じた。

 

 ――やり切った。

 

 徹夜作業は慣れたモノだと思っていたが、癖字の強い文字のせいで難航した。それでも難解の文字をひとつ残らず、書き写した。

「……もう、今日の授業でなくていいさ?」

 窓の外を見てみれば、丸太を運ぶハグリッドとそれに従うファングが見える。今、彼の柔らかい鬚に顔を埋めてしまうと確実に爆睡だ。

(そういえば、アイリーン=プリンスはハグリッドに近い世代かもしれないさ)

 このまま眠れば、丸一日眠りこけてしまいそうだ。

 朝食までの時間を潰す意味でも、ハグリッドを訪ねる事にした。ハリー達より先にアイリーンの話を聞きたかったのもある。徹夜で頑張ったのだ、それくらいは許して欲しい。

 寝台で眠っていたベッロを叩き起こし、教科書を託した。

 

 朝方は涼しい。眠気がなければ、きっと快適だ。

 玄関ホールを抜けようとした時、クローディアに近づく気配は感じ取る。臆する事なく振り返り、スネイプに早朝の挨拶を交わす。

「おはようございます、スネイプ先生」

「独りでの行動は感心できんな、ミス・クロックフォード。こんな早くから、どちらにお出かけかな? 方角からしてハグリッドに何の用がある? 彼が城に来るまで待てないのか?」

 厳しい口調でお小言を頂き、クローディアは正直に答える。

「アイリーン=プリンスという生徒の事を聞きに行こうと思ったんです」

 言い終えた途端、スネイプは一瞬だけ毒気を抜かれたように表情が緩む。しかし、すぐの冷徹な雰囲気へ変わる。

「……誰の事を聞こうと?」

 眉を寄せたスネイプは普段より冷静な口調で問いを重ねた。目の前の教授に聞ける機会だと気づき、クローディアは眠気を飛ばし、正確に答える。

「アイリーン=プリンスです。祖父の知り合いだったと……私も写真でしか、知りません」

 一瞬の沈黙が異様に長く感じた。

「……その生徒について、本当に興味があるなら……我輩が話してしんぜよう」

 思ってもいない回答にクローディアは変な声を上げてしまう。

「ただし、君が癒者になった時だ」

 そう口にしたスネイプの目つきは、普段と変わらない。されど、雰囲気はどことなく哀愁を漂わせる。

「――癒者になれ、クローディア」

 この瞬間、クローディアの時は止まった。

 実際には脳髄の奥から熱が爆発した感覚に襲われ、一瞬、意識が飛んだのだ。時が止まるとすれば今のような感覚なのだと、頭の隅で納得していた。

 クローディアと呼ばれた。コンラッドの娘ではなく、一生徒でもなく、個人として認められた。

 全身に行き交う緊張は喜びとスネイプの期待に応えたいという願望の表れだ。

「はい、先生。必ず、なってみせます。何年、かかっても――」

 今出来る最高の笑顔でクローディアは宣言した。

 




閲覧ありがとうございました。
ジャックは本来、ハリー達と一学年上です。初登場時に二学年上にしてしまったので、留年させました。ごめんよ、ジャック。

魔法薬学はスリザリン生はセオドールを含めて4人ですが、彼はいないので3人にしました。

魔法生物飼育学はセシル、モラグ、ジャスティンの3人が受講しています。やったね、ハグリッド!

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