こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:17年3月11日、誤字報告により修正しました。


4.緊迫は解けぬ

 荷物に不備なく、クローディア達は屋敷を出発した。 無表情ではあるが、クリーチャーは見送ってくれた。

 コンラッド、シリウス、トト、アーサー、ジョーンズの4人が不自然にならないように周囲を警戒する。勿論、シリウスは犬の姿だ。その首に繋がった縄は、トトの手に預けられた。

 昨晩、クローディアが余計な情報を伝えたのでトトのシリウスを見る目が恐い。

 キングズ・クロス駅には、屈強な体格をした『闇払い』の男がいた。映画に出てきそうな黒服を着込み、髭面と虎狩り頭に顔の傷が裏社会の人間を連想させる。偏見としりつつも、関わりたくない容貌だ。

「……え? 馬鹿な……」

 『闇払い』を目にしたアーサーが吃驚仰天している。

「どうしたの、パパ?」

「彼は……ガウェイン=ロバースだ……。『闇払い』局の局長だ」

 ジニーの質問に答えるアーサーは呻く。昨晩、トンクスから聞いた名のを持つ局長の登場に驚きと疑問で困惑し、無意識にクローディアはハリーと目を合わせる。

「自己紹介は必要ないな、ハリー=ポッター。そして、クローディア=クロックフォード」

「はじめまして」

「どうも」

 意味深な口調と視線で挨拶され、2人は愛想笑いも忘れて見上げた。

「ガウェイン、君自ら警護を?」

「アーサー、俺……ごほん。私1人ではない。駅にはマグルに変装した部下を何名か配置している。さあ、行こう。時間がなくなる」

 ロバースはアーサーにだけ挨拶し、他の面子を一瞥しただけで声をかけなかった。

 

 柵の向こうの9と3/4番線には光沢の良い紅の列車が停車し、乗客である生徒達は良い席を確保しようと躍起だ。

 人混みからハーマイオニーが両手を振って存在を示す。ようやく会えた彼女にクローディアは胸が弾んだ。

「クローディアも一緒だったのね、良かった。ロン、もう数分しかないわ。急いで監督生の私達が乗り遅れたら、洒落にならないわ」

 挨拶もそこそこにハーマイオニーはロンを急かす。

「ああ、そうか。忘れてた」

 今、気が付いたと言わんばかりにハリーは声を上げた。ハーマイオニーとロンはさっさと乗り込んでいく。

 その間、彼女の両親はトトの手を握り締めて挨拶していた。周囲を見れば、ジャスティンの父親ハンスも彼に気づいて挨拶しに来た。

「じゃあな、ハリー。手紙にはヘドウィックを使ってもいいが出来るだけ羽の色を変えたりするんだぞ」

「うん、シリウスも鏡を無くさないでね」

 ハリーは人の姿に戻ったシリウスに手伝われながら、トランクや鳥籠を列車に乗せる。ジニーもアーサーとジョーンズに手伝って貰っていた。

「クローディア、ネビルがコンパートメントを占領していたよ。荷物も放り込んでおいたからね」

「久しぶり、クローディア」

 機械的な笑顔でコンラッドは告げ、顎で窓を指す。その窓からネビルが満面の笑顔で挨拶してきた。純粋な彼の笑顔が眩しい。

 汽笛の音にクローディアは急いで列車へ飛び込む。

「お父さん、手紙はモリーさん宛さ?」

「ああ、そうだよ。お義父さん、列車が……」

 別れの挨拶をさせようとコンラッドがトトを振り返るが、彼は多くの保護者に囲まれたせいで見失っていた。

「警戒を忘れないように」

 走り始めた汽車を追いながら、ジョーンズが叫んだ。

「ジニー、ロンを頼んだよ!」

 アーサーも必死に手を振った。

 見送りの中には、トトの提案を受けて外国に行く者もいる。言い知れぬ緊張感が窓に貼り付くマグル出身の生徒達に伝染していた。今生の別れを勝手に予感して涙を流す生徒もいた。よく見ると、デニスだった。兄のコリンに慰められ、兄弟はコンパートメント探しに歩きだした。

 肩を叩かれて振り返ると、ハリーだ。

「クローディア、コンパートメントを探しに行かないか?」

「それなら、ネビルのところに行こうさ。ジニーはどうしたさ?」

 ジニーの名にハリーは口元を歪ませて残念がる。

「ディーンと約束してるからって行っちゃったよ……、あの2人、今付き合っているんだって」

「いつの間に!?」

 嬉しい驚きにクローディアは思わず大きな声が出てしまう。

 ネビルの待つコンパートメントまで行く途中、様々な視線が2人に注がれた。理由は言わずも知れたハリーだが、彼の顔には「迷惑」以外読み取れない。

「クローディア、ハリー、こっちよ」

 コンパートメントから身を乗り出し、ルーナがのんびりとした動きで手を振る。その顔には奇怪な眼鏡がかけられていた。度のせいか、フクロウのような顔になる楽しそうな眼鏡だ。

「ルーナだ」

「俺の家族も読んでいるぜ。【ザ・クィブラー】」

 ルーナのお陰でハリーへのヒソヒソ声が彼女への賞賛や敬意にすり替わった。

「やあ、ルーナ。元気? 人気者だね、君」

「元気だよ、ありがとう。最近は【ザ・クィブラー】への情報を他の雑誌にも共有させろって、うちにたくさん来たもン。そのせいでパパがキレちゃった。出版社のお偉いさん達、皆、震えあがって逃げたよ」

 声に愉快さを含ませ、ルーナに挨拶して2人を中へ入る。先に荷物として放り込まれていたベッロはトグロを巻き、カエルのトレバーを乗せていた。

「ネビルの家は【日刊予言者新聞】を読まなくなったって聞いたけど、最近の情報はどうやって知っているさ?」

「ふふふ、その新聞を読んだ人達からの手紙だよ。僕の名が載ってなくても、噂はあるからね。手紙を見るまで、祖母ちゃんは僕が魔法省で何をしたか知らなくてね。今まで見た事ないくらい、とっても喜んでた。父さんに恥じない魔法使いになりつつあるって言うんだ。新しい杖も買ってくれたんだよ」

 誇らしげにネビルは杖を取り出し、見せつける。

「桜とユニコーンの毛、オリバンダーが売った最後の一本だと思う。次の日にいなくなったんだもの」

 桜。

 ホグワーツに入学してから、一度も桜を見ていない。唐突に来る懐かしさに記憶を辿る。

「桜の花言葉は……確か、心の美しさ。……ネビルにピッタリな杖さ」

「本当だ、ネビルにピッタリ」

 クローディアとルーナからの予想外の褒め言葉にネビルは照れくさそうに笑う。

 急にハリーの緊張が伝わり、クローディアは思わず廊下を見る。女子生徒の群れが窓にべったりと貼りついていた。

「レイブンクローでは見ない顔さ」

「グリフィンドールだよ。あの子、4年生のロミルダ=ベイン」

 感情なくハリーが告げ、戸が開く。紹介されたロミルダだ。

「こんにちは、ハリー。私の名前が聞こえたわ。覚えてくれてたのね。ねえ、私達のコンパートメントに来ない? 勿論、ネビル、貴方もどうかしら?」

「僕!?」

 予想外のお誘いにネビルは席から飛び上がる程、驚く。

「僕達は友達とここにいるよ。どうぞ、君も友達と戻ってくれ」

 一切の親しみもない冷たい声を出すハリーにロミルダは怯まず、やれやれと肩を竦める。

「そう、いいわ。でも、気が向いたら来て頂戴」

 挨拶もなく、ロミルダはあっさりと引き下がった。

「みんなは、あんたにあたし達よりもっとカッコイイ友達を期待するんだ。でも、あの子には期待に添えなくても、それなりに見えたみたいだね」

 ルーナの観察眼は適格だ。

「私達よりカッコイイ友達なんていないさ。ねえ、ハリー?」

「勿論だ、君達はカッコイイよ」

 嘘偽りのない口調にネビルが唐突に項垂れる。

「僕、カッコ良くないよ。OWL試験、『変身術』が『可』だった……、祖母ちゃんから絶対に授業を履修しろって言われているのに……。マクゴナガル先生、考慮してくれるかな?」

 いきなり現実の話になり、クローディアはコントのように席からズリ落ちた。

 

 昼食の時間帯になり、車内販売のカートより先にハーマイオニーとロンが現れた。

「ハリー、ネビル。そこでナタリーって子から受け取ったよ」

 ロンは紫のリボンで結ばれた羊皮紙の巻紙を2人へ投げ渡す。ハリーはうまく取れたが、ネビルは落としてしまい席の下へ転がってしまう。それをベッロが尻尾で取って上げた。

「招待状だ、スラグホーン先生からだ」

「あの人、この列車に乗っているさ」

 ハリーは羊皮紙を読み上げ、クローディアは何気なく呟く。この名を初めて知るネビルは招待状を開かず、ハリーの羊皮紙を覗き見る。

「スラグホーン教授って誰なの? クローディアの知り合い?」

「お父さんの恩師さ。……悪い人じゃないってだけ言っておくさ」

「そう、それよ。クローディア、スラグホーン先生を知っているなら私にも教えて! 私、手紙で先生が復職するって教えたのに」

 唇を尖らせたハーマイオニーの可愛い顔に見惚れ、クローディアは返事を忘れた。

 コンラッドの恩師。これがネビルをより不安にさせた。スリザリン寮の関係者と容易く連想できるからだ。ハリーと顔を見合せて考え込みながら、行くと決めた。

 ハリーはついでにドラコの様子を偵察する為に『透明マント』を持って行った。

「マルフォイは監督生の仕事もせず、コンパートメントに引きこもっていたけど……それだけだし……」

「車内で杖を振るわないといいけど……」

 ロンとハーマイオニーはハリーの身を案じ、クローディアはベッロに視線で命じる。視線の意味を理解し、ベッロはスルスルとハリーとネビルを追いかけた。

 入れ替わるように車内販売のカートがやってきた。適当にお菓子や飲み物を買い、食事をして腹を満たす。

「クローディア、スラグホーン先生と会ったことあるんだ」

「うん、初めて会ったのは2年前だけどさ。なんか、ちょくちょく会うさ」

 それだけ聞くとルーナは【ザ・クィブラー】を開こうとした。

「ルーナ、他の監督生もその眼鏡を持っていたわ。お父様の様子はいかが? 忙しくて倒れていないかしら?」

「うん、倒れてはないけど、ご機嫌ナナメだよ。でも、大丈夫。この前、解消したもン」

 ハーマイオニーとルーナの会話を聞きながら、クローディアはトレバーを撫でる。ロンに話題を振ろうにも、彼は満腹で眠りこんでいた。

 

 景色を見れば、終着駅までの時間は自然と測れる。4人が着替え終えた時、ジニーとネビルが戻ってきた。

「あれ? ハリー、ジニーに変身したの?」

「そんなわけないでしょう。私は着替えないといけないから、行くわ」

 ロンの冗談にジニーは苦笑して行った。ネビルは急いで制服に着替える。

「スラグホーン先生と何があったの? ハリーはどうしたの?」

「ハリーは後で会おうって『透明マント』を被って行ったよ。スラグホーン先生は有名人やその身内を集めたみたい。DAで一緒だったザビニ、バスケ部で何度も会ったコーマック=マクラーゲン、レイブンクローのマーカス=ベルヴィ、ジニーは先生の前で凄い呪いをやってのけたから、気に入られたらしいよ」

 ハーマイオニーの質問に急かされた口調でネビルは説明する。その面子が魔法界の著名人に繋がりがあるように思えない。

「ジニーが呪いをかけた? 相手誰?」

「ザカリアス=スミス」

 ロンに答えるネビルは、ちょっと苦笑いだ。名前だけで、この場にいる誰もが自業自得と納得した。

 そして、スラグホーンとの昼食会はひたすら著名人の逸話を話すだけでだったという。失礼ながら、年寄りの長無駄話に付き合う程、辛くて惨い時間はない。

「先生が話すだけなら、まだいいけど、僕らにも話させようとするんだもん。でも、真面目に喋っていたのは、ザビニとコーマックだけ。他人の家庭環境とか、知りたくなかった……」

 げんなりしたネビルは、やっと着替え終えた。

 

 目的地に到着した列車は、速度を落としてプラットホームへ停車する。それなのに、ハリーは戻らない。

 クローディアは鞄から『説明書』を取り出し、ベッロの虫籠を持つ。

「私はハリーを探してくるさ。ロン、ネビル。荷物を頼んでいいさ?」

 2人の了承を確認し、クローディアは影に変じた。

 下車にごった返した通路を難なく通り抜け、ベッロの姿を探す。勘の良い使い魔は人混みに踏まれないように注意し、クローディアの視界へ現れた。

 主の位置を察したベッロは進み出す。

 やがて、ブラインドの下りたコンパートメントへ案内された。そこからドラコが1人で出てきた。ベッロを怪訝そうに見つめ、周囲を警戒する。

「おまえの主人もいるな」

 目だけ動かし、ドラコは影に紛れているはずのクローディアを睨みつけた。彼は影に変じているなど、知らないはずだ。否、クラウチJrから聞いた可能性がある。

「おまえもコソコソと行儀が悪い。ベトリフィカス トタルス!(石になれ!)」

 軽蔑した口調でドラコはベッロに魔法を放つ。使い魔は逃げる間もなく、硬直した。クローディアも彼がベッロを攻撃するなど思いも寄らず、驚いた。

 まだ他の生徒がいる前で変身を解くのは危険だ。

「おまえは姿を消せると聞いた……。……『目くらましの術』じゃない。今、影が不自然に動いたな……。まさか『七変化』か『動物もどき』で極端に小さい生き物に変じているのか……」

 鋭い眼光と共にドラコは杖を影のクローディアへ向けた。

「ラックスパートが飛んでいるんだ?」

 夢見心地の声が発せられ、ドラコは杖を一先ず下す。視線の先にはルーナだ。彼女は硬直したベッロを見て、目を釣り上げた。

「あんたの仕業だね。それで、今度はあたし?」

 それに答えず、ドラコはルーナを無視して下りた。彼が下りたのを確認し、クローディアは変化を解く。唐突に現れた彼女を気にかける生徒はいなかった。下車して次に行くので意識が回らないのだ。

 すぐに懐から杖を出し、ベッロの硬直を解した。自由を確かめるようにベッロは身を捩らせる。

「ありがとう、ルーナ。ベッロは大丈夫さ」

「うん、彼に傷つける気はない。きっと、ラックスパートにやられたんだね。頭がぼーっとしていると、普段しない事をするんだ」

 ラックスパートについては後ほど聞くとして、ベッロはドラコが出てきたコンパートメントへと飛び込んだ。中には誰もいないように見えた。

 しかし、確かな気配を感じる。その疑問に答えるようにベッロは見えない布を捲り上げた。血塗れの顔面で目を見開いたハリーがいた。

 一瞬、最悪の事態を想定したが、ベッロと同じと判断し、硬直を解かす。ハリーはベッロと同じように我が身の自由を確かめ、鼻血を拭った。

「クローディア、ベッロ、ルーナ。ありがとう……」

 一気に汗を流し、ハリーは急いで立ち上がる。

「何があったのか、宴の後にでも全部聞くさ」

 クローディアもベッロを虫籠に入れ、ルーナと汽車を飛び降りた。

 ホームにいた生徒達は10人にも満たなかったが、置いてけぼりは免れた。生徒のほどんどが見知った顔だ。4年生ハッフルパフのデレク、ペロプス。レイブンクローのネイサン。3年生レイブンクローのスチュワート、エマ、オーラ、6年生監督生のアンソニーとアーミーだ。

「ハリー、その血、どした?」

 血塗れのハリーを心配し、アーミーは彼の傷を癒そうとしている間、デレクが嬉しそうにクローディアへ話しかけてきた

「クローディアさん、ハリー、ルーナ。まだ残っていたんですか?」

「デレク……久しぶり、ちょっともたついたさ。あれ、背、伸びたさ?」

 2ケ月前に見た時はクローディアとほとんど変わらぬ背丈だったデレクが、頭一つ分、背が高い。

「休み中もペロプスとかナイジェルを誘ってバスケをしていたら、こんなに背が伸びちゃいました」

 照れくさそうに頬を掻くデレクが14歳の少年に見える。

「部活が楽しみさ」

「はい、僕もです」

 今までも同級生や下級生に背は抜かれてきた。しかし、デレクに背を抜かれた事だけは悔しいという気持ちが強く、それしか言えなかった。無意識に彼にはいつまでも幼く可愛い後輩を求めていたのかもしれない。

「どう、上手くいった? 実は鼻を治すのは初めてなんだ」

「うん、触っている感じだと問題ない。ありがとう」

 アーミーによって鼻を治して貰い、ハリーは彼に感謝していた。

 馬なし……否、セストラルの引く馬車は3頭残っていた。クローディア達はアンソニー、アーミーと一緒に馬車を乗る。アンソニーがハリーの制服を呼び寄せ、馬車の中で着替えが行われた。

 

 見慣れたはずの門が只ならぬ雰囲気を放ち、ここで停車させられた。普段なら、城の階段まで進むはずだ。思わず、杖に手をかけ様子を窺う。

 戸が勝手に開き、フリットウィックが覗き込んだので安心した。

「やあ、貴方達で最後です。さて、ぞれぞれ名前を言ってもらいましょう」

「フリットウィック先生、僕、監督生ですよ?」

 寮監であるフリットウィックに名を名乗れと言われ、アンソニーは仰天した。

「どうかしたかね、フリットウィック先生」

 闇色の声を耳にし、違う緊張が走る。手早く済ませる為に、アーミーはすぐに名乗る。つられてアンソニー、ルーナ、ハリーにクローディアの順番に名乗る。

 確認したフリットウィックは、馬車を走らせようと戸を閉めにかかるが、案の定、スネイプが顔を見せた。暗い外に馬車のランプで照らされて影の明暗がハッキリとした顔は、ぞっとしない。

「遅かったですな、ミスタ・ポッター。ミス・クロックフォード、これから宴だというのに使い魔を持つ必要はないでしょう。我輩が預かっておこう」

 差し出された手をハリーは警戒したが、クローディアにスネイプを疑う理由はないのでは渡した。

 馬車が走りだすと、門の閉まる音が聞こえた。ルーナは窓を開けて堂々と後ろを見て見れば、フリットウィックの杖から白い光が放たれて門への防護魔法を更に強化していた。

 本来の停車位置では、フィルチが生徒の荷物をひとつひとつ丁寧に検査中だ。【廃棄】と書かれた箱には見覚えのある悪戯道具が山のように積まれていた。

 

 当たり前のようにある二重扉の向こうは、新学期で盛り上がる生徒の声だ。

 人数が減っているという印象を受けた。まだ新入生がいないのだから人数が少なく感じても仕方ない。教員席の前には例年通りの椅子が置かれている。

 そして、スラグホーンが本当にいた。セイウチのような体格が教員席にいるのは何とも不思議な感覚だ。

 ハリー、アーミーと別れ、アンソニーとルーナと共にクローディアはレイブンクロー席へと着席した。パドマとリサの間に挟まれた。真正面には、偶然にもマーカスだ。彼の胸には首席バッチが着いていた。

「遅かったわね、心配したわ」

「ありがとう、パドマ」

 簡単に挨拶した後、全生徒の集合を確認したように二重扉は開き、マクゴナガルが新入生を引率して入場だ。

 組み分け帽子は去年のように歓迎と警告を交えた歌を披露し、新学期の雰囲気を少々、重くした。

 それでもマクゴナガルは儀式を続ける。

「メリンダ=ボビン!」

《ハッフルパフ!》

「ヘスティア=カロー!」

《スリザリン!》

「フローラ=カロー!」

《スリザリン!》

「クラーク=ハーキス!」

《ハッフルパフ!》

「ベーカー=ロバース!」

《レイブンクロー!》

「テイラー=ウィダーシン!」

《グリフィンドール!》

 全ての生徒を読み上げ、新入生歓迎の儀式は終わった。そうなれば、待ちに待った豪華な夕食である。

 チキンを齧りながら、生徒を見渡す。やはり、人数が少ない。

「なんか、人が少ない気がするさ」

「気のせいではありません。学校を去った生徒はいます」

 頭上を漂っていた『灰色のレディ』が嘆くような口調で答える。

「エロイーズは学校を辞めましたわ。私も両親にこの国を出ようと言われましたが、学校に戻りたかったので残りました」

 マグル生まれの家族ばかり気にしていたが、スーザンのように身を隠す事を選んだ魔法族もいたのだ。

「私もね、残りたかったから残ったわ。折角、OWL試験を乗り越えたんですもの」

 パドマは得意げに述べ、ミートパイに食らいついた。

 スラグホーンの昼食会に呼ばれていたマーカスは、あちこちから質問を受けていた。

「雉肉が美味かった。あれだけでも行った甲斐はあったわ」

「食い物の話しないで、何の目的で呼ばれたのよ?」

 マリエッタが不機嫌に聞けば、マーカスはカボチャジュースを飲み込む。

「教授は有名人と繋がるのある生徒を集めたんだよ。俺の叔父が『トリカブト薬』を発明したからな。けど、父と叔父は仲悪いし俺自身、会った記憶もない。すっげえ、ガッカリされた」

「他に誰がいたの?」

 チョウの質問にマーカスはターキーに食らいついてから、答える。

「ハリー=ポッターは勿論、なんでかネビル=ロングボトム。ブレーズ=ザビニに、コーマック=マクラーゲン。後、ジニー=ウィーズリー」

「コーマックは魔法省に顔の効く親戚がいるから、まあ当然か。ブレーズ=ザビニ!?何、あいつ、すごい人脈でも持ってんの?」

 ミムの喰いつきにマーカスは苦笑した。

「あいつのお母さんが相当の美人らしい。しかも、7回結婚して相手は謎の死を遂げたんだってさ。遺産だけで一財産あるってよ」

 全部、聞こえたクローディアはげんなりする。他人の家庭の深い事情など、知りたくない。ネビルの気持ちを深く理解した。

 デザートを終え、大広間は校長ダンブルドアの言葉を聞く為、静かになる。

 改めて教員席を眺めてみれば、珍しくトレローニーを発見した。彼女の服装は教師陣と比べても奇抜だった。ケンタウルスのフィレンツェと幽霊のビンズは相変わらずいない。

 そして、スラグホーン以外の教師が増えていないと今、気づく。

「皆さん、素晴らしい夜じゃ」

 仰々しい椅子から立ち上がったダンブルドアは包容力のある笑顔で、新入生を歓迎し在校生の帰りを喜んだ。

 例年の禁止事項、『暗黒の森』への侵入禁止、フィルチからのお願いに『W・W・W』の道具を使用禁止が追加されていた。その部分だけ、笑い要素と言わんばかりにクスクスと小さな笑いが起きた。

 クィディッチの試合解説者を募集する話になり、ずっと解説だったリー=ジョーダンが卒業したのだと実感した。

(うちの寮のキャプテンって誰だろうさ)

 クローディアがぼんやりと考えている間に、スラグホーンの紹介がなされた。彼はダンブルドアに名を呼ばれ、腹を揺さぶりながら椅子から立つ。

「先生はかつてはわしの同輩であり、過去に『魔法薬学』を教えておられた。この度も『魔法薬学』の教授として復帰される」

「魔法薬?」

 生徒の間で困惑の声がいくつか上がり、ダンブルドアはそれに負けぬよく通る声で続けた。

「従って、スネイプ先生には『闇の魔術への防衛術』を担当して頂く」

 刹那、クローディアは状況を整理した。

「なん……だと?」

 衝撃のあまり呻いたが、コンラッドの笑顔の意味を存分に理解できた。グリフィンドール席からの熱い視線を複数感じたが、敢えて無視した。

 スネイプが長年、この教科への着任を切望していたと新入生以外は知っている。故にスリザリン席では寮監に拍手喝采が湧き起る。教え子からの祝福にスネイプは片手を挙げて応える。

 その表情は勝ち誇っていた。

「過去に教授をしていたという事は、きっと珍しい事も知っているはず」

 セシルは嬉しそうに小さくガッツポーズをとる。

 少々、騒がしくなったが、ダンブルドアの静かな視線に気づき、段々と生徒の口が閉じていく。それを待っていたらしく、校長は続けた。

「さて、皆に1人の魔法使いについて話さねばならぬ。その者はかつて、こう呼ばれておった。トム=リドル」

 誰の事かはわかる。ヴォルデモートを連想できずとも、誰かの張り詰めた空気が緊張を伝える。

「彼の者は様々な方法で諸君らを誘惑する。皆が一人一人、十分注意すべき状況であるということは、言葉だけでは伝えきれぬ。この夏、城の防衛を強化し、『闇払い』の配属も以前より多くなっておる。しかし、油断は禁物じゃ。決して、軽率な行動はせぬように慎重な行動を諸君らに求めなければならない。それは互いの安全の為である。どんな些細なことでも怪しげなもの、また不審なものは教職員に報告するよう願いたい」

 学校も万全ではない。

 クローディアが胸に刻んだ瞬間、ダンブルドアは穏やかに微笑む。就寝の挨拶と共に、解散を宣言した。

 まずは監督生が新入生を引率して大広間を出て行く。在校生は各々の判断で動き出した。スリザリン生の中には教員席まで行き、スネイプに言葉をかける生徒もいた。

 大広間を出ようとした時、ハリーに腕を掴まれた。強引な力にクローディアは先手を打つ。

「待つさ、ハリー。私は何も知らなかったさ。だから、そんな怒った目で見ないで欲しいさ」

「スラグホーン先生が『魔法薬学』の教授って事も知らなかったの?」

 追及するハリーからそっと目を背ける。

 生徒の流れを抜け出し、2人は滅多に現れぬ隠し小部屋へと入り込んだ。

「列車で何があったか聞いていいさ?」

 聞かれたハリーは自分の鼻を触ってから、順を追って説明した。『透明マント』でブレーズを追ってドラコのいるコンパートメントに侵入し、荷物棚へ隠れた。

 ブレーズはドラコとパンジー、クラップ、ゴイルに昼食会での事を話すとさっさとコンパートメントから出て行った。彼はドラコ達とは最低限の情報のやりとりしかしていない様子だった。

 ドラコはスラグホーンが父親から聞いた程の期待は持てないとガッカリし、何故自分が呼ばれなかったのか怪訝していた。

「多分、スラグホーン先生は『死喰い人』と関わりたくないんだろうさ。去年からあいつらの勧誘を逃げ切っていたさ」

「僕に会った時も、そう言ってたね。それを教えてやりたかったよ」

 せせら笑うハリーは続けた。

 パンジーに慰められたドラコは来年にはホグワーツにおらず、そして、学生より次元の高い何かをしていると語った。彼女はすぐにヴォルデモート関係かと質問したが、勿体ぶった口調で誤魔化した。

「それで忍び込んでいるのがバレて、マルフォイに石化された揚句に蹴られた……と」

 クローディアは最後を勝手に纏めたが、ハリーは怒らず期待の眼差しで彼女の反応を待った。

「……マルフォイは非常に神経質になっているさ。私の変身に気づきつつあったさ。しかも、ベッロも攻撃したさ」

 ベッロがドラコに攻撃された。これにはハリーも驚く。

「マルフォイは自分の事を探られたくないんだ。……ヴォルデモートから何かを命じられているんだ。余裕がないんだよ、そうでないとお気に入りのベッロを攻撃なんてしない! そうでしょう?」

 余裕がないという発言でクローディアの記憶が刺激された。

「しまったさ、肝心な人を忘れていたさ。……レギュラス=ブラック、あの人は16歳で『死喰い人』だったさ」

「ああ、そうだ! でも、それなら……なんで、シリウスやハーマイオニーもマルフォイが『死喰い人』だと考えないんだろう? 前例があるのに」

 怪訝するハリーにクローディアは2人の心情を察す。

「思いつきたくないから、無意識に避けたんじゃないさ? クリーチャーの為にさ。ハーマイオニーは確信を持てないから、滅多な事を言いたくなかったさ。私なら、そういう理由で避けるさ」

 一族繁栄の為に若くして『死喰い人』になったレギュラスはヴォルデモートを裏切り、命を落とした。ドラコの性格が意地悪く、これまでどれだけの悪事を働いたにせよ、二の舞は踏んで欲しくないのだ。

「そっか、僕、シリウスに悪いことを聞いちゃったんだね。……ちょっと、冷静になるよ」

 危険から身を守る為には、警戒は怠ってはならない。しかし、自分の考えを押し付けるのは相手を傷つけるとハリーは気づいた。

 ただ、クローディアはハリーの警戒は間違っていないと思う。

「……いっそ、本人に問いただしたら、早いんだろうさ」

 もやもやした気分に思わず呟くと、それは自分の台詞と言わんばかりにハリーは嘆息した。

「ここにいた! ハリー、僕、散々探したよ」

 怒ったロンが顔を覗かせ、時間的にも寮に帰るべきだと思い2人は廊下を出る。ちょうど教職員の方々も解散して大広間を出るところだった。

「スラグホーン先生」

 クローディアに呼ばれ、スラグホーンはビクッと肩を痙攣させる。何故か、スネイプまで足を止める。

「やあ、クローディア。ハリー、まだ寮に行ってなかったのかね」

 ロンを一瞥してから、スラグホーンは微笑んだだけで彼の名を呼ばない。

「ジニーの兄ですよ」

 クローディアに紹介されても、スラグホーンの態度に変化はなかった。

「先生に聞きたい事があったので、待っていました。どうしてクローディアを招待しなかったんですか? 彼女のお父さんとも旧知の仲ですよね?」

 誤魔化しと確認の為に口にしたハリーの問いをスラグホーンは一瞬だけ、怯えのような痙攣を見せた。それはクローディアだけ見つけられた反応だった。

「ほっほお、なんじゃその事か。クローディアとは何度も食事しているからのお。わしはもっとたくさんの生徒と触れ合いたいんじゃよ。コンラッドの料理を食べた事はあるかな? 舌が蕩けるとは、彼の料理を指すとわしは思うぞ。さあ、もう寝たまえ」

「「「おやすみなさい、スラグホーン先生。……スネイプ先生」」」

 3人はオマケ程度にスネイプにも挨拶して、一目散に走りだした。

「2人で何を話してたんだ?」

「後で話すよ」

 走りながら、クローディアはスラグホーンが自分を呼ばなかったのか本当の理由を考えていた。

 十中八九、分霊箱だ。『ホムンクルス』さえ敬遠しない彼の教授は、一度でもソレを話題にした者を避けている。殺人を必要とする為か、ヴォルデモートが関係している為か、全く別の要因かはわからない。

 それよりも、ドラコの動向が気になる。本当に『死喰い人』ならば、手を打たなければならない。

「マルフォイに悟られないように見張る方法を考えないといけないさ」

 その呟きはハリーにも聞こえていた。

 

 寮に帰ってみると、談話室では寝間着姿のパドマが仁王立ちしていた。

「何処を歩いていたの! 新学期早々、心臓に悪いことしないで頂戴」

 慣れた内装を懐かしむ間もなく、クローディアはパドマに首根っこを掴まれて連行される。

「……パドマ、なんだかペネロピーに似てきたさ」

「責任のある立場だと、皆、似てくるんです!」

 半ギレ状態のパドマは何故か敬語で返す。男子寮の扉から、こちらを覗く気配を察した。

「誰かいるさ?」

 クローディアの声に応じて扉が開き、新入生のベーカー=ロバースが顔を見せた。

「あら、こんばんは。貴方はロバースね、疲れたでしょう。もう寝なさい」

 急に上品になるパドマに、ベーカーは小さく頷く。

「貴女がクローディア=クロックフォード?」

 か細い声に聞き逃しそうになる。

「そうさ、私さ」

「僕の伯父はガウェイン=ロバース、知ってますよね? 今朝、会ったはずです」

 覚えている。

 しかし、ベーカーは伯父ガウェインとは似ても似つかない。とても気弱な印象を受けた。

「……貴女の行動は、僕から伯父に伝わります。それだけ言いたかったんです。後、僕が誰の甥なのかは内密にお願いします」

 警告とも取れる言葉を残し、ベーカーは扉を閉めた。

 部屋に戻れば、パドマは猫被りをやめてベーカーの態度に怒り心頭であった。

「何、あの態度! クローディア、ガウェイン=ロバースって誰?」

「落ち着いて下さい、パドマ。そして、私にもわかるように説明して下さい」

 寝台に腰かけたリサは櫛で梳くのをやめ、クローディアを見上げる。2人の視線に話すべき内容を頭で纏めた。

「スクリムジョール大臣は私達親子を疑っているさ。ヴォルデモートの下僕だから、あいつの復活に加担したんじゃないかってさ。『闇払い』ロバース局長もおそらく、そうなんだろうさ。あのベーカーは、入学のついでに私を見張るように言われたんだろうさ。生徒の視点から……」

 推測と憶測を交えて説明し、パドマとリサは呆れていた。

「信じられない……、好戦的なスクリムジョールに政権が代わって、やっとまともに事態が動くと思ったのに……」

「ベーカー=ロバースはあくまでも視るだけでしょう。それだけで貴女にプレッシャーを与えたいんですわ」

 それぞれの言葉を聞き、クローディアは寝間着に着替える。

「私は普段通りにするさ。ロバース局長に知られて困る生活はしてないさ。それにスクリムジョール大臣が私を法廷に出すのはヴォルデモートが倒れた後の後始末の時だろうさ。ある意味、大臣との戦いはそこから始まるさ」

「私、貴女のそういう前向きなところ好きよ」

 今度は親しみを込めて呆れ、パドマはクローディアを抱きつく。倣うようにリサも2人とも抱きしめる。

「また学校を抜け出さないと行けない時は協力しますわ。私も戦いへ連れて行って下さいまし」

「……わかったさ、その時は命を貰うさ」

 遭ってはならない申し出だが、その気持ちが嬉しかった。

 




閲覧ありがとうございました。
ロバース局長の風貌は想像です。
映画のドラコは、彼の葛藤がきれいに表現されていてすごく好きです。

●ベーカー=ロバース
 穴埋めオリキャラ、ロバース局長の甥。
 

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