たくさんの方に見て頂けて、本当にうれしいです。
視点が何名か変わります。
追記:16年8月2日、18年11月28日、誤字報告により修正しました。
序章
本部に母がいるかもしれない。
そんな私の淡い期待は簡単に打ち砕かれた。クラウチJrに奪われていた母のパスポートなどの荷物がスネイプ先生を通じて返却され、とっくに日本へ帰国したらしい。
「再発行手続きが無駄になったわい。おちょくりおって、若造風情が」
憤怒の形相で祖父は文句を述べていた。その怒りは『不死鳥の騎士団』の本部であるブラック家により強固な護りの魔法をかける事である程度、治まったそうだ。ジュリアの裏切りもあるので、私は幾分か安心した。
他にも安心する事はある。祖父の手を覆っていた石炭状態がなくなっていた。
「スリル満点の逸話はどうしたさ?」
「逸話は旅に出たんじゃよ」
祖父の適当な返しが私の気分を愉快にさせてくれた。だが、翌日には祖父はいなくなっていた。誰にも行き先も告げず、父さえも居所を把握していない。
だが、私は心配していない。また会えるのは、わかりきっている。
そんな中に行われたお泊まり会、小学校以来の心弾むお出かけだった。
しかし、護衛としてへスチア=ジョーンズさんが姿を消して着いてきた。セシルの家に行くだけだと言っても、道中が危険だと誰も納得してくれなかった。
ハーマイオニーも誘われていたらしいが、休みの最初は両親の傍にいたいと断った。
集合場所のキングズ・クロス駅には既にパドマやリサ、ルーナ、そしてハンナがいた。私が到着してから、セシルは自らの母親を伴ってひょっこり現れた。
「可愛い子達だこと、あたしがセシルの母親だよ。トールって呼んでおくれ。雷が鳴った夜に産まれたから、トールっていうのさ」
セシルそっくりのトール=ムーンさんは勇ましい印象を受けた。トールさんの登場で、私の後ろにいたジョーンズさんの気配が遠ざかった。
私達はトールさんの空飛ぶ車で出発した。透明の魔法にて隠され、マグルには見えないが何度も建物にブツかりそうになり、私達は肝が冷えた。
「空飛ぶ絨毯って知ってる? 私、あれに乗ってみたい」
ルーナは運転よりも、風景を楽しんでいた。
映画に出てきそうな田舎町にセシルの家はあり、傍から見れば周囲の民家と変わらない作りだ。しかし、敷地内に入れば、本物のお菓子で出来た家だったのだ。
「童話に出て来るお菓子の家の魔女って、セシルのご先祖様さ?」
「……違う。私もグリム童話を見せて読ませて貰った時は、正直ビビったけどね」
苦笑いするセシルの部屋は、綿アメで出来ていた。何も家具まで、お菓子にしなくても良いと思う。しかも、衣服などがベタつかないように魔法を施すくらいなら、普通の家具を用意すればいい。
「これは誰の趣味?」
「おばあ様の趣味よ。成人したら、私も自分で家具を作る。いい加減、子供っぽいもの」
呆気に取られたパドマの質問に、セシルは勉強机を面倒そうに睨んだ。
「うん、子供っぽいのは嫌よね……」
「自分の好きな物を使いたいって、わかるよ」
ハンナは差し障りのない言葉を選び、珍しくルーナもセシルと目を合わせず呟いた。
「成人まででしたら、もうすぐじゃありませんか! カーテンやベッドのデザインを皆さんで考えませんか?」
リサの提案で、私達は大いに盛り上がった。
学校の宿題、世間に広がる恐怖と脅威、それを忘れて楽しんだ。ルーナが思った以上に奇抜なデザインを描き起こしたので、セシルは是非、参考にしたいと喜んでいた。
ルーナも自分のデザインを褒めて貰い、嬉しそうだ。
楽しい時間は瞬く間に過ぎ、私達は夕食とお風呂を頂く。
寝物語として、リサから魔法省の神秘部で見た出来事を話して貰った。
釣鐘型の水晶が置かれた部屋の話に触れた時、パドマが不意に疑問を呟く。
「新聞にさ、神秘部のいくつかが破壊されたってあったじゃない? その部屋も壊されたのかしら?」
「うん、ジニーがそうだろうって言ってたよ」
ルーナが答え、セシルは青褪める。貴重品や珍品を好む彼女には耳を塞ぎたくなるような話だから仕方ない。
楽しい話をしている内に、いつの間にか眠っていた。
私が起きたのは、柔らかすぎる綿アメの感触のせいだ。ルーナは感触に関係なく、起きており、窓際に腰掛けて愉快そうに私達を眺めていた。
「ルーナも眠れないさ?」
「うん、もっと見ていたいもン。あたしがセシルの家に呼ばれたって、長く覚えていたいんだ」
普段の夢見がちの口調も弾んでいる。
ルーナの隣に腰を置く。私は湧き起った質問を一瞬、躊躇いつつも口にした。
「セストラルが見える条件を聞いたさ。……それで、ルーナが見えるのはどうしてか、聞いてもいいさ?」
「あたしのママ、とってもすごい魔女だったんだよ。魔法の実験が好きでね、失敗しちゃった。あたし、9歳だった」
淡々と答えるルーナの言葉に私の口元が麻痺したような感覚に襲われる。たった9歳で母親を失った彼女を勝手に憐れんだ。
返事をしない私の表情を見て、ルーナは続けた。
「でも、あたしにはパパがいる。それに二度とママに会えないっていうんじゃないもン」
亡くなった人に会う。それは遺品や思い出から来る精神的な再会だ。しかし、ルーナの言い分はもっと直接的な印象を受ける。
魔法族にしか知り得ぬ方法か、魔法族さえ信じない方法、あるいはそのどちらでもない。
思考に耽っていると、しなだれるようにルーナがもたれかかってきた。
「あたしもクローディアに聞きたいんだ。クローディアのパパは……、本当にパパなの?」
その質問は父コンラッドが本当の父親かという意味ではない。ルーナはそんな単純な質問をしない。彼女の考えを自分なりに推測し、思い到った。
一呼吸置き、私はルーナの耳元に顔を寄せる。
「……私の父は……遺伝上では私の息子になるさ」
目を瞬いた後、ルーナは一欠片の否定も見せずに納得して見せた。
「ずっと、……クローディアのお父さんにしてはチグハグしているって思ってたんだ。そうか、息子かあ」
愉快そうだが、控え目に声を上げてルーナは微笑んだ。疑問を抱きながらも、私に質問しなかったのは時機を計っていたのだろう。
(ルーナといると、私の器が小さすぎて恥ずかしいさ)
初対面の折、私はルーナが苦手だった。それは私の器量の狭さが浮き彫りになるのを恐れていたのかも、なんて事を思った。
「ルーナのお母さんがどんな実験をしていたか、教えて欲しいさ」
「うん!」
ようやく出た言葉をルーナは喜んでくれた。それから、お互いが眠りこけるまで実験の話は続いた。
実験の内容は、私でも荒唐無稽と言えるような突拍子もない魔法ばかりだ。だが、心を弾ませる愉快なモノだった。
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ヴォルデモートと一戦交えた『ノスタルジックホール』跡地、マグル側では浮浪者によるガス爆発事故として処理された。その場所に大勢の見物客が訪れていた。
無残に崩壊された建物を嘆く人々、その中にハリーの叔父バーノン氏もいた。己の叔父を遠巻きに見つめるハリーを発見するが、挨拶するには遠すぎる。
「ジャスティンに……ディーンも……コリンとデニス」
学校の面子がチラホラと見受けられる。皆、崩壊したホールを惜しんでいた。私が此処に来た理由は、無くなったロケットを探す為だ。既に大人達により捜索し終わっているが、見落としの可能性もある。
『呼び寄せ呪文』などの魔法ではない方法で探したい。しかし、予想以上に人が多くて現場に入れないのが現状だ。
ジャスティンが私に気づいて、挨拶しに来た。
「やあ、ハーマイオニー。元気?」
「試験結果が発表されるまで、不安よ」
私の返事にジャスティンは苦笑した。彼は周囲を見渡してから、顔を寄せてきた。
「僕の家にクローディアのお祖父さんが来たよ。ニューヨークへの転勤を紹介された。父は大喜びだった。ディーンのところにも来たって」
「私の家にも来たわ。こっちはオーストラリアよ。そう、お祖父様は……マグル生まれの家庭を渡り歩いていらっしゃるのね」
私は粗方の事情を察した。
クローディアの祖父・十悟人はこれから起こる戦いに備え、マグル生まれとその家族を国外へ避難させようとしているのだ。魔法族同士でも防犯活動は行われているが、中途半端な嘘情報などですぐに疑心暗鬼になる。マグルなどは『死喰い人』にしてみれば丸腰同然だ。
――だから、戦えない者は逃がす。
もしかしたら、彼の役割とは逃亡の手助けかもしれない。その為に他国の魔法使い達と盟約を交わしている。そう推測できた。
「ジャスティンもニューヨークに行くの?」
「……いいや、俺は残るよ。あのホールでの戦いが国中で起ころうとしているんだ。微力ながら、何かしたい。……両親は反対するだろうけど、どうにか説得するつもりだ」
若干、怯えのような震えを声に混ぜていたが、決意は固い。
クローディアは逃げられないと言っていた。私もそう思う。そして、ジャスティンもまた悟っているのだろう。
それを主張するように、翌日の【日刊予言者新聞】に魔法法執行部部長・アメリア=ボーンズの訃報が載った。
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私は幼馴染のジュリアの事は理解しているつもりだった。自尊心が高く意地っ張りだが、自然と人望の集まる不思議な魅力を持っていた。
ジュリアの裏切りを知った彼女の家族は嘆き、祖父ヴァルター=ブッシュマン氏は心労に倒れた。『ノスタルジック・ホール』の件でマグルのマスコミからも質問攻めに遭い、彼女の一家は母国のドイツへと去ってしまった。
向かいの家には、もう誰もいない空き屋だ。もうジュリアの帰りさえ待っていない。クリスマスを共に過ごした時点で、彼女は『死喰い人』だったのだ。
私のジュリアに対する感情は、淋しさと寂しさと激しい怒りだ。
大学でも、ジュリアの行為は魔法使い・魔女の生徒の間で広がっていた。食堂にいても、彼女の話題は尽きない。私は我関せずと魔法省公報から配布された紫のパンフレットを眺める。
「よお、ペニー。公報からのパンフレット、役に立っているか?」
「こんにちは、ロジャー。基本的な確認ね。でも、私のようなマグル出身者には有難いわ」
先日、ホグワーツを卒業したロジャー=ディービーズは秋からの入学が決定している。以前よりは逞しい表情になっていた。彼は私の正面に座り、パンフレットの指針の一項目を指差した。
「1人で外出するなって、1人暮らしの奴には酷だよ。お陰でバーナードと同居する羽目になったんだ。ペニーはいいな。家が近いんだろ?」
「あら、貴方がバーナードと? 面白い事になっているわね。彼はお元気?」
ずっと辛気臭い話題ばかりだったので、私は学友の話を続けようとした。
――――ドオン。
一瞬、建物が揺さぶられるような振動に襲われた。
地震の類かと思ったが、テーブルにあるコップは全く動いていない。振動に気づいたのは、魔法使いの生徒だけだ。ならば連想されるのは建物そのものではなく、敷地内を覆っている魔法の護りに衝撃が襲ったのだ。
何事か確認したい。
不安と恐怖に駆られながら、私やロジャー、他の生徒も窓へと飛びついた。事態に気づかないマグルの生徒まで驚いて、それに倣ってしまう。
一分前まで青空だったはずが、雷雲に覆われていた。それは勿論、雷雲ではなく吸魂鬼の集まりだと私達には瞬時に理解できた。理解してしまった。
「今のは……奴らの仕業か……」
確認で呟くロジャーは奥歯を鳴らして震えていた。それを臆病などと、私は決して思わない。私も恐怖で手先の震えが止まらない。
「遊んでいるんだわ……。あいつら……」
遊ぶように私達の生活は脅かされる。
弁護士である両親にフランスで事務所を持つ話が持ち上がっている。一刻も早く、実行して貰うように説得する。私はすぐに敷地内の公衆電話へ走った。
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履き古した靴が擦れている。
私は足元を見ながら、そんな感想を抱いた。15歳の頃に新調してから、一度も買い替えていなかったのだから、当然と言えば当然である。
生活魔法で靴の手入れをしても、物は確実に廃れていくのだ。
そんな私の苛立ちを知らず、スネイプは唐突に現れた客人ドラコ=マルフォイと無言の時間を過ごしていた。ドラコに付き添ってきた母親のナルシッサ=マルフォイも不安そうに指先を弄んでいるが、だんまりだ。
私がわざわざ入れてあげたワインやカボチャジュースも口にしようとしない。
「ジュリア、部屋に行っていろ」
「貴方達が秘密のお喋りをしないと言い切れるかしら?」
私の顔を見ず、スネイプは命じたが拒んだ。
闇の帝王の下僕である私がスピナーズ・エンドなどという寂れた町におり、尚且つ、スネイプと同じ屋根の下で暮らしているのはクィレルの指示だ。
クィレルの指示はヴォルデモート卿の命令。どんな屈辱にも耐えてみせる。
私はベンジャミン=アロンダイトに恥じぬ特別な魔女である。他の奴らがブロックデール橋を破壊したり、魔法省の高官を殺害したりと暗躍しているが、私の任務は重要だ。
「スネイプ先生。……以前、僕が答えを見つけた時、それがどんな答えでも僕の味方でいてくれると言ったことを覚えていますか?」
私の存在を無視するように、ようやくドラコの口が開いた。一体何の話なのか、見当もつかない。弱弱しくも確かめてくる口調にスネイプは焦らず、まっすぐ彼を見つめている。
「覚えているとも」
「それは今も変わりませんか?」
間を置かないドラコは額に汗を滲ませ、口元を歪める。縋りつきたい衝動を抑える様子がただならぬ緊張感を私に教えた。
「勿論だ。君はその答えを見つけたからこそ、我輩に確認しに来たのかね?」
表情は変わらないが、スネイプの声が一段と低くなった。
「どういう意味? 私にもわかるように……」
「答えはまだ出てません。でも、きっと、僕は出せないままなんだと思います」
声を絞り出し、ドラコは勢いよく椅子から立ち上がる。勢いのまま帰ろうとした彼をマルフォイ夫人が急いで引き留めた。
「ドラコ、セブルスに助けて貰いましょう! 貴方には危険すぎる任務だわ! ……闇の帝王を説得して下さるように、お願いするのです」
「言ってはなりません! 母上! それ以上は!」
煩わしい母親を一喝するドラコは振り切ろうとした。その2人の仲裁に入り、スネイプは夫人にワイン入りのグラスを渡す。
「これを飲んで落ち着きなさい、ナルシッサ。まずは貴女が冷静にならねばならん」
座らされた夫人は呼吸を忘れたように鼻から息を溢れさせ、ワインを一口含む。
「闇の帝王は誰にも説得できない。ご存じのはずだ」
「……内容を知れば、きっと貴方も闇の帝王を説得しなければならないとお思いになる」
一縷の希望に縋りつく夫人の言葉に対し、スネイプは頭を振るう。
「我輩はたまたま闇の帝王がドラコに命じた任務を知っている。知っているからこそ、我輩は決して闇の帝王を説得できぬと判断し、説得しようとも思わん」
スネイプの言葉にドラコの表情が更に青ざめ、夫人は絶望した。
「……どうして、こんな事に……ルシウス……」
目を見開いて顔を覆う夫人から、ドラコは気まずそうに顔を背ける。
全く意味のわからない会話に私はただ苛々する。全てがわからないのではない。ドラコは闇の帝王から任務を与えられた。その内容は夫人が絶望視する程、彼の手では成功しない危険なものだ。
「そんなに難しいなら、スネイプ。代わりに貴方がやればいいでしょう。闇の帝王はお怒りにならないわ」
吐き捨てる私にスネイプは射殺さんばかりの眼光で睨んできた。
「口を挟むな。貴様如きが闇の帝王のお考えを勝手に読み解こうとなどと、おこがましいぞ!」
「だったら、ここでメソメソしていれば任務は終わるのかしら?」
心臓が取り出されそうな恐怖を感じたが、どうにか取り繕って私は堪えた。震えつつも反論した。
ドラコの目が初めて私を見た。
小蠅を見るような目つきだが、しっかりと私を見ていた。
「……僕の任務だ。僕が果たす……。誰の助けもいらない。……母上、僕はやり遂げます」
今にも気絶しそうな表情で言い放ち、ドラコは玄関にかけてあった自らの箒を手に取って外へ飛び出した。今度は息子を追わず、夫人は麗しい髪を鷲掴みにして呻き声を上げた。
「……あの様子ではドラコは嫌がるだろうが、我輩も出来るだけの事はしよう」
厳格さを残したスネイプの言葉に夫人は呻き声を止め、彼を憐れむような視線を向ける。そして、ゆっくりと椅子から降り、膝を床に立てて跪いた。
「……セブルス、どうか……、助けて……あの子を……」
何故だが、スネイプは返事しなかった。それでも、夫人は感謝の口づけを彼の手に押し付けていた。
私を無視して見せつけられた光景に、胸がざわめいた。
何かの兆候なのは確かだが、それが何なのか私には知りたくなかった。
閲覧ありがとうございました。
さようならボーンズさん、出番を書けずにすみまんでした。
スネイプとナルシッサの間に『破れぬ誓い』はありません。
●トール=ムーン
セシルの母親、穴埋めキャラ。