こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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UA8万越えました。嬉しいです。
これで締めです。

追記:16年5月24日、17年3月11日、誤字報告により修正入りました


22.警告を思い出せ

 トム=マルヴォーロ=リドルは12月31日を以て、17歳だ。

 成人という特別な誕生日である為、スリザリン寮生からの誕生祝いの貢物は数知れない。勿論、自分を優秀な生徒として贔屓してくれる教師陣からもだ。

 こんな日でも、トムは独りで廊下を歩く。正しくは自称友人達は少し離れて勝手に着いてくる。

 中庭のベンチに見慣れた生徒が寝転んでいた。

 陶器人形のような滑らかな肌をし、絹と間違えんばかりの髪は太陽の光で金色に輝いている。見目麗しい顔立ちなのに、阿呆面で口を開ける。

 その胸元には、真っ赤な蛇がトグロを巻いてトムを警戒している。

「ボニフェース、折角の年末に寝るのは勿体ない。僕と話さないか? そうだな、まずはアグリッパの将来についてだ」

「トム、俺はどうしてもわからん事がある……」

 話を遮られ、若干イラッとしたが、トムは得意の作り笑顔で押さえこんだ。

「最近、ヴォルデモートって名前を聞いたんだが、これって何だろう? 人か物……、気になって夜も眠れず、昼寝する毎日だ」

 

 ――ヴォルデモート。

 

 その名に背筋がひやりとする。それはスリザリン生でも親しくも近しい者にしか教えていない。他寮の生徒であるボニフェースの耳に入るはずがないのだ。

 動揺せぬように、トムは愛想よく微笑んだ。

「さあ、僕にもさっぱりだ。調べておくよ。なんとなく、人の名前のように思える」

 トムの解答を受け、ボニフェースの赤い瞳が驚愕に見開く。

「おいおい、だとしたら『死の飛翔』だぞ。『死の飛翔』! 大事な事だから2回言うぞ、なんか……心が痛いわ。どんな気持ちで、親は子に『死の飛翔』なんて名前を付けたんだろうな。……痛い」

 親ではなく、このトム=マルヴォーロ=リドルが己自身に名付けた名だ。この名は魔法界にて誰も知らぬ者はなく、口出すのも恐ろしい名となる。

 それをこいつは「痛い」と言い放った。今すぐ『磔の呪文』をかけて拷問したくなる衝動を抑えて、必死に笑顔を取り繕う。それでも口元が知れずに痙攣する。

「そういうえば誕生日じゃん。成人、おめでとう」

 寝転がった体勢のまま、ボニフェースは大口を開けて快活に笑う。話を逸らされ、どうにか怒りは治まった。

 ボニフェースを自然に起こして、隣を座る。

「出来れば、朝一番にその言葉が聞きたかったな。僕達は友達だろ?」

 本心であるように、僅かな悲哀を込めて残念がる。これだけで大抵の人はトムに詫びるが、ボニフェースはそうはいなかない。

「……おまえの寮に行ったら、後ろのお友達の視線が滅茶苦茶怖いじゃねえか。それにさ、俺からの祝いなんていらねえだろ? そんな高そうな指輪まで貰ってよ」

 確かにトムの指には宝石を埋め込んだ金の指輪がはまっている。

「これは貰ったんじゃない。正当な手段で手に入れたんだ。それにここのところ、ずっと着けているよ」

「そうだっけ? 今、知った! ……なあ、ちょっと見せてくれよ。俺ン家に金の指輪とかないから、触ってみたいんだ」

 好奇心のあらわれか手つきを怪しく動かし、ボニフェースは指輪に触れようとした。失礼のないように手を払う。

「汚されたくないんでね」

「手は洗っているって! まあ、いいや。見るだけ! な?」

 返事もしていないのに、ボニフェースは遠慮なく指輪を覗き込む。大切な指輪なので顔も近付けて欲しくないが、これくらいは許容してやらないと怪しまれる。

「……へー……」

 繁々と見つめた後、満足して顔を上げてくれた。

「俺、ルビウスと約束があるから、もう行くわ」

 唐突に立ち上がり、ボニフェースは去ろうとした。彼の口から出た名にトムの身体中の血液が沸騰しそうな程、憤る。

 今日はこのトムの成人を祝うべき日だ。それなのに森番見習いのルビウス=ハグリッドに会いに行くという。

「あんな奴と付き合うのはやめろ! 何度も言っただろ! あいつのせいで、クィディッチチームを外された事を忘れたのか!?」

 意図せず叫んでしまい、偶々周囲にいた生徒も吃驚してこちらに注目してしまう。ボニフェースはトムを振り返らず、わざとらしい大きな息を吐いた。

 息の意味はわからない。

 そのまま何も言わず、ボニフェースは歩いて行ってしまった。一瞬、追いかけようとしたが視界の隅でダンブルドアを見つけた。

 差し障りのない言い争いだと周囲に説明し、ボニフェースとは反対方向に歩いた。

 

 ――決別であるかのように、これが生涯最後の会話となった。

 

 月日は流れ、ヴォルデモート卿は奇妙な老人と出会った。自らをベンジャミン=アロンダイトと名乗り、奇天烈な夢物語を聞かせた。

 『逆転時計』により、数十年の逆行はそれなりに興味をそそられる。しかし、ボニフェースが未来から運ばれた『ホムンクルス』で、あまつさえヴォルデモート卿の為に産まれたなどと言われた時点で聞く価値を失った。

 何故なら、今のボニフェースは配下どころか駒の価値すらない。

 最後まで話を聞かず、老人を適当に追い払う。殺さなかったのは気まぐれに過ぎない。

 月のない夜、ヴォルデモート卿はロンドンに来ていた。

 ベンジャミン=アロンダイトに会う為だ。

 あの老人の話が真実であるか、確認する。ヴォルデモート卿自ら赴くのは、貴重な『ホムンクルス』の存在を他に広めない為だ。真実なら、自分の体を造らせるという素晴らしい計画が立てられる。

 付き纏ってくる配下を煙に巻く為、既に捨て去っていたトムの姿へと変身した。配下のほとんどは変貌した顔を認識しているので簡単に逃げ切った。

 ベンジャミンの自宅を訪ね、外出中だと教えられた。ハイド・パーク王立公園が待ち合わせらしく、ヴォルデモート卿も向かった。

 人気も疎らな静かな時間は心地よかった。そこで、ヴォルデモート卿は蛇の悲鳴を聞いた。

 聞き覚えのある声に駆けつけてみれば、アグリッパがいる。背を丸めて倒れ伏した男の傍で泣いていた。

 血生臭い匂いが充満し、杖先を光で照らす。男はボニフェースだ。

 16年振りでも、すぐに判断できる。端正な顔が血の海に沈み、虫の息だ。

 アグリッパはヴォルデモート卿に気づくなり、烈火の如く叫んだ。

[貴様が命じた! 貴様が唆した! 大嘘吐きめ!]

 否定よりも、ゾッと寒気がした。

 ボニフェースが死ぬ。

「誰の仕業だ……?」

 その場で崩れ落ち、知らずと口走る。自分の声にも動揺が混じっている。

 か細い声で何か呟き、ボニフェースは血に濡れた手で空気を掴む。出血のせいで視力を失っていたのだ。

 迷わず、その手を取った。

「……ダンブルドアに伝えて……、ベンジャミンが……」

 言い終える事も出来ず、ボニフェースは息絶えた。

「ボニフェース?」

 ヴォルデモート卿は彼を呼んだ。返事はない。

[貴様が殺した! 貴様が殺させた! もう1人に殺させた!]

 代わりに蛇の罵詈雑言が耳に流れた。流れても頭に入って来ない。激しい感情が胸中に渦巻き、脳髄に達していた。

 

 ――逝かないで!

 ――置いて逝かないで!

 ――独りにしないで!

 

 相手への執着を示す魂の嘆きは、ヴォルデモート卿を驚愕させる。そして、恥じた。それは自分に合ってはならない感情だ。

 

 ――ヴォルデモート卿は誰の死も悼まない!

 

 自らに言い聞かせ、ボニフェースの身体を抱えて『姿くらまし』した。

 

 人の手入れがされていない川原は、無骨な岩場が目立つ。

 適当に腰かけたヴォルデモート卿は川のせせらぎを聞きながら、ボニフェースを抱きしめ続けた。死後硬直も終わり、その身体は柔らかい。

 ボニフェースを惜しんでいるのではない。彼の人生とは、何の為に存在したのかを自分なりに纏めていた。

 ヴォルデモート卿の為に生まれながら、何の役にも立たなかった。煩わせ、手間取らせ、ただ迷惑をかけ続けた。

 非常に無駄な人生だった。

 己に課せられた宿命を果たせずして死ぬなど、無駄以外ない。

 死んだ者は決して蘇れない。後悔、無念があっても死んでしまえばやり直せない。死とは、かくも残酷な人生の終着点。

 故にヴォルデモート卿は死ねぬ。如何なる犠牲を払っても、生き続けるのだ。

「すぐに貴様の兄にも後を追わせてやる……、俺様の許可なく……貴様を殺した老いぼれ……。光栄に思え、ボニフェース。貴様の為に俺様自ら手をかけてやる」

 宣言してから、ヴォルデモート卿は物言わぬボニフェースを植物で包んだ。不自然で歪な生え方をした木はマグルには見えない。

 植物の隙間を覗けば、ボニフェースの顔が見える。もう二度と、彼とは話す事は出来ない。湧き起る感情が胸を打ち、涙が零れた。

「ハリー、それはおまえの感情じゃない」

 ボニフェースの口が不自然に動いた。

 

 ――――もう貴方に会えないの?

 

 縋りつく質問を赤い瞳が優しく微笑んだ。

「そうだ、……けど、間違えるな。俺はとっくに死んでんだよ……。さあ、起きなよ。皆がおまえを待っている」

 ハリーの意識は覚醒した。

 

 何度もお世話になる医務室の天井。

 眼鏡のないボヤけた視界でも、場所の区別はつく。ホグワーツにいる実感を持ち、ハリーは頬を濡らす涙を拭った。

 上体を起こしながら、周囲を見渡す。ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニー、ジャスティン、パドマ、リサ、ルーナ、セドリック、クララ、そしてクローディアが寝台にいた。

 深夜に起きていたのは、クローディアだけで動物図鑑を読み耽っている。首と腕に巻かれた包帯は痛々しいが健康的な顔色に、ハリーは心の底から安心した。一年近く纏わりついていた敵愾心はもうない。

 ハリーの視線に気づいて、クローディアに笑顔で振り向かれる。

「ヴォルデモートがボニフェースを喪したよ」

 挨拶より先に出た言葉。

 クローディアの笑顔は一瞬、固まったがすぐに大きめの息を吐く。その息遣いが夢で見たボニフェースと同じだった。

「……怒る気力も湧かないさ……」

 クローディアの言うとおり、今更ヴォルデモートが人1人を喪したところで何が変わるわけでもない。ボニフェースへの未練なく、彼女も排除すべき存在として再認識したに過ぎない。

 再認識と考えた時、人数が足りないと気づいた。

「そういえば、君のお母さんは?」

「さっき、お祖父ちゃんと帰ったさ。ちなみに私達が入院してから丸一日は経っているさ。……退院したら、アンジェリーナに謝るといいさ」

 後半、クローディアは心底、気まずそうに提案した。

 アンジェリーナの名を聞き、ハリーの全身の毛穴から嫌な汗が噴き出る。今日はクィディッチの最終決戦だった。

 ハリー、ロンを欠いた状態で行われたに違いない。しかも、シーカーの補欠のジニーもいない。結果を想像しただけで、アンジェリーナの怒りが伝わってきた。

 ヴォルデモート絡みで試合を欠席するなど、1年生以来だ。懐かしむ余裕はなく、ハリーはアンジェリーナに如何なる謝罪を述べるべきかで悩み、両手で顔を覆う。

 それはある種の心に余裕が戻った証拠だと感じ、ハリーは少しだけ嬉しかった。

 

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 クローディアは目覚めた視界をトトの渋い顔が締めている。傍には五体満足の祈沙がいた。

 久しく見るに祖父、嬉しさよりも音信不通だった怒りが湧く。一言、文句を述べようとしたが、祈沙に止められた。

〔お祖父ちゃんも色々とあるさ。ここで責めないで欲しいさ〕

 滅多に見ぬ真剣な眼差しに、クローディアは渋々納得した。

「若造風情が祈沙に目を付けるとな……。生徒だけで乗り込むのは感心せんが……、まあ、良くやった……。良い友達を持ったな」

 てっきり雷が落ちると身構えていたので、予想外の称賛に拍子抜けだ。不意に視線を落とし、トトの左手を視界に入れた。

 シワだらけの老いてもそれなりに逞しい手が黒ずんでいる。火傷とは確実に違う。左手だけ生気を失っている。まるで、石炭を着けている印象を受けた。

「その手……どうしたさ?」

「スリル満点の逸話がある。じゃが、また今度にしようぞ。祈沙のパスポートやら、再発行の手続きがあるのでな」

 適当にあしらわれたが、それだけの惨事がトトを襲ったのだと察した。

 そこへダンブルドアまで現れた。

「お二方、馬車の用意が出来ましたぞ。見送りましょう」

 校長直々の見送りに、トトと祈沙は感謝して深々と頭を下げた。

「校長先生、……ジュリアが裏切っていました。……ロケットも彼女が盗んだんです。ブラックの鏡を隠し、ハリーとの連絡を」

 逸る気持で捲くし立てたせいで、包帯の下に痛みが走る。ダンブルドアは優しく、ゆっくり休息するように勧めてくれた。上体を起こすのも億劫なので、有難く布団に身体を沈める。

「それについて、聞きに来た。ディーダラスやエメリーンはジュリアの手引きで建物に招かれ、『死喰い人』に襲われたそうじゃ」

 展覧会で得られた情報を出来るだけ鮮明に思い出し、焦らず順番に話して聞かせた。ダンブルドアとトトは眉ひとつ動かさなかったが、祈沙は顔を顰めて下唇を噛んでいた。

 全てを聞き終え、ダンブルドアは悲しげに眉を寄せる。

「おそらくジュリアは初めから、わしらの行動を可能な限り、ヴォルデモート卿に流しておったのじゃろう。実に残念な事じゃ……」

「ジュリアは、どうしてヴォルデモートに与したんでしょう」

 どれだけ思考を巡らせても、ジュリアの心情は全く理解できない。

「理解する必要はないぞ。理解したところで、同情の余地もないのじゃ」

 忌々しげに、トトは吐き捨てた。 

 これで話は終わったと、トトは先に医務室を出て行く。祈沙は沈痛な表情でクローディアの手を握る。

〔来織、私は日本に帰るけど……これからは、もう手紙のやりとりも出来ないさ……。クラウチJrが私を執拗に狙うなら、足手纏いになるさ〕

 家族との繋がりが無理やり、千切られた気分になった。突然、祈沙はクローディアの頭を両手で掴み、額と額をくっ付けた。

〔……来織、私にとっての娘はあんただけさ。声が聞けなくても、手紙が読めなくても、お母さんは来織の無事を祈っているさ〕

 涙声は精一杯の強がりだ。

 母の辛さが伝わり、クローディアも涙が目に浮かぶ。言葉を口にすれば、より涙は零れてしまう。無言で頷くしなかった。

「さあ、これでも読んで気持ちを落ち着かせておりなさい」

 ダンブルドアに渡されたのは、何故か動物図鑑だった。この図鑑で初めてアルマジロの姿を認識した。

 その1時間後に、ハリーは起きた。

 

 夜明けを迎え、医務室に陽射しが入り込む。全員の目覚めを確認してから、クローディア達はお互いの情報交換を行った。

 『予言』はコンラッドに壊され、『死喰い人』はベラトリックスを除いて逮捕された。ペティグリューの死は予想外だ。しかも、シリウスを庇ったという。

 ジュリアの裏切りに、クララは涙した。在学中は彼女が一番、ジュリアと親しかったのだから、無理もない。今、思えば2人が鉢合せなくて良かった。

「……展覧会に行けば良かったわ! 私が引導を渡してやれたのに!」

 興奮するクララに、益々、連れて行かなかったのは正解だ。

「しかしさあ、クララといいセドリックといい。どうして、ハリーに付き合ってくれたんだ? 僕はハリーの友達だし、力になりたいからだけど……」

 元気よく寝台の上で跳ねたロンの質問をセドリックは、穏やかにそれでいて気恥しそうに答えた。

「自分の選択を信じたいからだよ。僕は去年、『例のあの人』の復活に立ち会わず済んだ。でも、目撃者がハリーとクローディアだけだったから、父を含めた多くの魔法省役人を説得する材料には足りなかった。……その場にいれば良かったんじゃないかなって……、そんな馬鹿な事を考えてたんだ……」

「セドリック、そんなに責任を感じてくれたの?」

 感激しているハリーを余所に、ロンは少し仏頂面になる。

「もしかして、ロンったら妬いているの?」

 ジニーのからかいに、ロンは顔を見られまいと布団を被った

「僕もよく着いて行ったよね……。まさか、『例のあの人』をこの目で見るなんて……」

 戦いの場を思い返し、ジャスティンは今頃、恐怖で身震いした。

「あら、ハンナ!」

 リサの声に振り返れば、ハンナが【日刊予言者新聞】を手に見舞客として現れる。彼女は号泣しながら、生還を喜んだ。

「皆! 無事で良かったあ!! スプラウト先生にメチャクチャ怒られた甲斐はあったあ!」

 どのように怒られたのか、想像したくない。

「皆、本当にありがとう。助かりました」

 クローディアのお礼を言っている最中に、ハンナは騒いだせいでマダム・ポンフリーに追い出された。持ち込まれた新聞は、バグマンの退任とスクリムジョールの大臣就任という2つの大見出し記事で賑わっていた。

 しかも、バグマンは体調不良で長期入院とまで載っていた。

「バグマンじゃなければ、誰でもいいわ。しかし、闇払い局長! ハリーを囮にしたのは頂けないけど、行動派ではあるわね」

「でも、大がかりな事した割には成果がカロー兄弟? の逮捕だけじゃ、先行き不安よ」

 パドマとハーマイオニーはスクリムジョールについて自分の意見を述べ合う。

 昼頃、ロン、リサ、セドリック、ルーナは退院していく。元々4人は軽傷だったので、念の為の入院だった。

「皆と寝るの好き、ラックパートも寄って来ないもン」

 残念そうにルーナは、夕方になり見舞に来てくれた。退院した者は、4人の寮監から同時に叱られるという有難くない報せを頂いた。

「クィディッチ戦はレイブンクローが勝ったって言ってたよ。開始と同時にチョウがス二ッチを掴んだって! 後ね、あたし達がした事は秘密になっているんだ! あたしに色んな質問してきたよ!」

 早速、『死喰い人』との戦いは公然の秘密として広まっていた。情報の早さにクローディアとハリーはげんなりする。

「ハリーが退院するまでには、また校長先生が「何も聞くな」って言い含めてくれるよ」

 ネビルの気遣いが嬉しかった。

 

 更に一晩経ち、朝方にネビル、パドマとジャスティンは退院。クローディアとハーマイオニー、ハリーは夕方になった。

 ジニーとクララは重症らしく、まだまだ治療と検査を必要とした。

 クローディア達はマクゴナガル直々の迎えによって、そのまま地下牢に連行される。途中の廊下でフィルチがアンブリッジの肖像画を丁寧に取り外していた。

「元尋問官殿の肖像画はどうされるんですか?」

「親衛隊もなくなりましたで、もう不要です。ルシウス=マルフォイが逮捕され、理事会もドラコ=マルフォイ達に余計な権限を与える危険性を理解したのでしょう」

 こっそりとマクゴナガルは朗報を伝えてくれた。

 『魔法薬学』の教室として馴染み深い場所。

 4人の寮監という顔ぶれに、クローディアは敵と相対するより緊張した。ハーマイオニーはまだ叱責も受けていない段階で落ち込んでいた。ハリーに至っては、堂々とスネイプとは目を合わさない。

 1人5分の合計20分に渡る説教を受け、3人は精神的に痛かった。

「『ポリジュース薬』でハンナを身代わりにするとは!」

 スプラウトはこの部分に激怒していた。調合したハーマイオニーは益々、落ち込んで地面に座り込んだ。

「先生、話の腰を折るわけではありませんが、他人に変身する方法は『ポリジュース薬』以外、本当にないのでしょうか?」

 クローディアの素朴な疑問に、マクゴナガルの冷たい視線が突き刺さる。

「……顔を変えるくらいなら、出来ます。眉の形、目の大きさなどです。しかし、他人そのものに変じる事は私の知る限りできません」

 つまり簡単な変装なら、出来る。次があるなら、そちらにしようと不謹慎な事を考えた。

 スネイプの闇色の声に、思考は妨害された。

「寮監としての説法はここまで致しましょうかな? ミス・グレンジャー、君はもう帰って良い。さて、ミス・クロックフォード、ミスタ・ポッター。我輩から、別件で君達に話がある」

 嫌味な笑顔でスネイプは懐から、【ザ・クィブラー】の雑誌を取り出す。そして、爽快な手つきで2人のインタビュー記事を見せつけた。

「諸君らは覚えておらんかもしれんが我輩は去年、警告したはずだ。『リータ=スキータのインタビューに答えた生徒は罰則では済まさん』……と」

 記憶を掘り返すのに、1分弱かかった。

 ハーマイオニーはすぐに思い出したらしく、小さく「あっ」と悲鳴を上げる。ハリーも事の重大さに表情を強張らせて、痙攣し出した。

「確か……スリザリン生でも、例外ではないとか……そんな話を聞いたかもしれません」

 知らずと声が震えてしまう。

(マルフォイどもが何も言って来なかったのは、これを覚えていたからか!? もしかして、ノットに嵌められたさ!?)

 困惑したクローディアは頭を抱えて、真っ青になる。

「部外者の私達は、お暇しましょう。セブルス、どうぞお好きに」

 いそいそと退室するマクゴナガルに、スプラウト、フリットウィック、ハーマイオニーまで従う。

「残念ですが、私にも庇い切れません。しっかりなさい。スネイプ先生の罰則慣れをしている貴女なら、大丈夫です」

 フリットウィックの慰めにもなれない応援に、クローディアは反応に困った。

 3人だけになり、スネイプは意気揚々と教壇に雑誌を置く。見た事もない満面の笑みを浮かべた。

 コウモリに笑みがあるとすれば、今の彼と同じ表情だろう。つまり、不気味を通り越して怖い笑顔である。

「時間はある。じっくり、受けるがよい」

 戦慄のあまり、クローディアとハリーは声にならない悲鳴を上げた。

 たった一晩とはいえ、凄惨かつグロテスクな内容はこれまでのどの試練より気力と体力を奪われた。

 精神に作用する魔法をかけられた気がするが、おそらく気のせいだ。

「僕、スネイプが嫌いだ」

 改めて宣言したハリーは疲労困憊で嗤っていた。

 寮に帰ったハリーの様子を見て、アンジェリーナは小言ひとつ言わなかったそうだ。

 

 クローディアも寮で誰も質問して来なかったが、視線が強烈に突き刺さった。

「去年と同じ、校長先生が言い含めていたわ。箒、ありがとう。これが勝敗を決したようなものだもの」

 『銀の矢64』を返してくれたチョウに教えられた。

「クローディア、休暇の事だけど家に来て! リサが魔法省の『神秘部』で見た物を教えてくれるの。勿論、パドマに……ルーナも一緒よ」

 ウィンクしてくるセシルの瞳が輝いている。

 休暇中の予定は不明だが、同級生の誘いを断りたくない。コンラッドを説得してでも、リサの家を訪問すると決めた。

 

 ハグリッドが学校に帰ってきたのは、学期末だ。

 積もる話もあり、クローディア達はハグリッドの小屋を訪問する。先客にブランクがいた。ベッロもいたが住人面していたので、客ではない。

「私は今日で退職するんでね。ハグリッドに色々と引き継ぎをしていたところだ」

 キセルを吹かし、ブランクは事務的に話してくれた。つまり、新学期からハグリッドが返り咲くのだ。

「夏の間に、グロウプに助手が出来るように教え込むんだあ。楽しみにしとれ」

 楽しげなハグリッドに、少々、罪悪感が湧く。

「ハグリッド。私、癒者を目指すさ。だから、折角だけどハグリッドの授業は受けられないさ」

 残念ながら、限られた時間割を考えると『魔法生物飼育学』は組み込めない。ここでハリーも気まずい顔をする。

「ごめん、……僕も『闇払い』を目指すから……厳しいと思う」

 申し訳なさそうにハリーは俯いた。

 ハーマイオニーとロンは言葉を探して目を泳がせる。子供達の様子を見て、ハグリッドは明らかに残念そうな顔をしたが、納得してくれた。

「6年生からは、将来の準備だ。自分にとって必要な授業に専念すればいい」

 ブランクは愉快げに笑った。

「担当替えと言えば、『占い学』のトレローニー先生とフィレンツェ先生はどうなるんだ?」

「フィレンツェはもう仲間の群れに帰れねえ。学年別に担当させると校長先生はおっしゃっていたなあ」

 必死に話を逸らしたロンに、ハグリッドは再び溜息を吐いた。

 

 宴の席は予想通り、スリザリン寮の横断幕に彩られていた。

 レイブンクロー51点、グリフィンドール51点、ハッフルパフ176点、スリザリン274点。

 見るも無残な結果にスリザリン席以外、言葉少ない。特に先日のクィディッチ戦で大敗したグリフィンドールは言葉を失って私語すらない。

 ダンブルドアが恒例の寮杯の祝辞を述べようとした瞬間、聞いた事もない声が大広間によく通った。

「少し宜しいでしょうか?」

 教員席のダートからだ。口が効けないのでないかと噂もあっただけに生徒・教職員に衝撃が走った。

「勿論、良いとも。ダート先生、さあ、どうぞ」

 ダンブルドアに促され、ダートは席を立つ。

「いくつか、駆け込み点を勘定に入れたい」

 その発言には、聞き覚えがあった。クローディアが1年生の折だ。その経験のある生徒は必死に首を伸ばして、ダートに期待の眼差しを送る。

「まずはセドリック=ディゴリー、ジャスティン=フィンチ‐フレッチリー。セストラルという魔法界でも扱いの難しい生き物を見事、騎乗した。よって、2人に50点ずつ、与える」

 ハッフルパフに100点追加、これでスリザリンより超えた。下級生が騒ごうとしたが、アーミーとハンナの監督生達が黙らせる。

「次にハーマイオニー=グレンジャー、ロナルド=ウィーズリー、ハリー=ポッター、ネビル=ロングボトム、ジニー=ウィーズリー。同じ理由で5人に50点ずつ、与える」

 グリフィンドールに一気に250点追加された。だが、皆は叫びを堪えて自ら手を押さえる。

「次はクララ=オグデン、クローディア=クロックフォード、リサ=ターピン、パドマ=パチル、ルーナ=ラブグッド。同じ理由で以下省略」

 レイブンクローにも250点の追加にクララが声を殺して咽び泣く。誰もが今こそ、喜びに叫ぼうとした瞬間、ダートは続けた。

「次はハンナ=アボット。自らの降りかかる危険も顧みず、その身を差し出す自己犠牲の精神を私は大いに称賛する。よって、25点を与える」

 まさかのハンナへの得点。当の本人は聞き違いかと周囲を見渡したが、注目を浴びていると気づく。嬉しさのあまり、彼女は歓声を上げた。

 それを切っ掛けとしてスリザリン以外の生徒が騒ぎ出した。

「そして! セオドール=ノット!」

 一喝。

 予想外のスリザリン生の名が呼ばれる。すっかり陰鬱になっていた席では、一斉にセオドールへ視線が集まる。唐突に目立ってしまい、彼は動揺してガタガタと震えた。

「優秀な成績により、ダームストラング専門学校への転校が決まった。ホグワーツからの編入はここ100年の間にはない。誉れ高き教え子に27点を与える」

 水を打ったように静かになった。

 つまり、4つの寮が同点という結果になったのだ。この事態に歓喜より、困惑が生徒に伝染していく。

「私は本日をもって『闇の魔術への防衛術』教授の任を解かれ、『闇払い』としての職務を全うする。知っての通り、『例のあの人』は帰ってきた。この場にいる生徒の家族にも闇の誘いがあった者もいるだろう。私の本来の任は、それらを取締、必要ならば命を奪う」

 語尾に強い意志を感じた。

「吸魂鬼がアズカバンの任を放棄した。もはや、魔法省では彼らを制御できぬ。これの意味がわからぬ者はおるまい」

 その気迫に誰かが唾を飲み込む音が聞こえる程、生徒は静かだ。

「学校にいる間は、誰かが護ってくれる。だが、外では自分しかいない。ここは自分を鍛える為にある。競い合うのは、大いに結構。しかし、組分け帽子の警告を思い出したまえ。今、何が必要なのかを……」

 言い終えたダートは着席した。無表情な顔つきには、満足感もない。ただ、今までと違う威圧感を覚えた。

「さあ得点に従い、飾りを変えねばならん」

 普段通り、穏やかなダンブルドアの指鳴らしに、4つの寮の動物、配色の横断幕が整然と並んだ。

 引き分けであるが、4つが共に優勝した。

 セドリックが立ち上がって拍手する。クララも立ち、ザヴィアーなども7年生も続いた。上級生に従うように次々と起立と拍手が湧き起った。

 クローディアも立ち上がり、スリザリン席を見ながら拍手した。偶々、ドラコと目が合う。彼はビクッと痙攣したが、決して起立も拍手もしなかった。

 

 翌日の汽車では、DAの存続について相談し合う。とはいっても、コンパーメントに全員入れない。クローディア、ハリー、ハーマイオニー、ロン、ネビル、ジニー、ルーナ、セドリック、クララと限界まで詰め込んだ状態で話す。

「アンブリッジはもういないし、後はハリーの判断じゃないかな?」

 セドリックは希望通り、聖マンゴ魔法疾患傷害病院で癒学生として勤務だ。

「金貨は記念として貰っておくわ。何かあったら、連絡してね。飛んでくるからね」

 クララは残念ながら、『闇払い』になれなかった。しかし、魔法省の勤務は決まった。配属される部署は未定らしい。

「『闇払い』は魔法省の陰謀だもン。クララ、命拾いしたね」

 夢見心地のルーナは慰めらしい言葉を吐く。クララは噴き出して笑った。

 結局、DA存続は保留だ。ただ、『必要の部屋』は各々好き勝手に使っていいと結論した。

「後は試験結果を待つばかりだね。……胃が痛くなってきた……」

 『O・W・L試験』の結果は7月中にフクロウ便にて届けられる。ネビルは現実に戻された気分で腹を押さえた。

「ネビル、モラグを見習うさ。あいつはもう達観して、悩むのをやめたさ」

 偶々通りかかったモラグは、解放感に満ちた表情で廊下を踊り歩いていた。

 

 キングズ・クロス駅へ到着し、クローディア達は荷物と共に下車して行く。降りる直前、ロジャーとぶつかりかける。

「ロジャー、色々とありがとう」

「……元気でな」

 笑顔ではないが、ロジャーの目つきは優しかった。人混みに消えていく彼を見送り、ジニーは興味深く微笑んだ。

「悪い男じゃなかったわ、ロジャーはね。潔い分、マイケルより良いわ」

「……マイケルは彼氏さんですよね?」

 妙に辛辣なジニーに質問する。彼女は勿体ぶったように、返答を遅らせる。

「退院した日に別れたわ。私がシーカーしていれば勝てたよって、笑ったの。馬鹿にされてまで付き合う程、私は心が広くないわ」

 2人の問題なので、クローディアは「成程」しか返せなかった。

 マグルの領域に続く柵を越えた時、ムーディ、リーマス、トンクス、アーサー、モリーの集団が普段の魔法族ではなく、マグルの服装を着こんでいた。

 コンラッドとシリウスもいたが、普段からマグルと変わらない服装だ。しかし、2人は白と黒の調和の取れた雰囲気を持っているせいか、通行人(主に女性)の視線を集めていた。

 フレッドとジョージはマグルに配慮した服装などしない。緑に輝く鱗ジャケットが、十二分に目立つ。

 我が子を見つけたモリーは、ロンとジニーへ飛びつくように抱きつく。その間、クローディアとハリー、ハーマイオニーは皆へ挨拶する。

「その格好に関しては聞かないさ。皆、揃ってどうしたさ?」

「最高級のドラゴン革なのに……、シリウスはダーズリーの連中と挨拶したいんだってさ。ずっと、保護観察で身動き取れなかったろ?」

 フレッドは嫌味っぽく微笑んだ。ちょうど、噂の一家が姿を見せた。彼らが仏頂面でハリーに声をかける前、シリウスが最上級の作り笑顔で割って入った。

「初めまして、バーノン=ダーズリー氏。私はシリウス=ブラックと申します。ハリーがいつもお世話になっております」

 元指名手配犯の登場に、バーノンとペチュニアは青を通り越して白い顔色となる。ダドリーは少し興味津々にシリウスを眺めた。

「脱獄したって本当?」

 ダドリーの質問にペチュニアは慌てて、その口を手で塞いだ。

 そのやり取りを尻目に、コンラッドはクローディアに耳打ちする。

「(後は、おまえの護衛だ。私達は、このままブラックのご招待に預かる。……夏の間は1か所に留まる事はないだろう)」

 ドリスと過ごした家には帰れない。安全面を重視するなら日本への帰国だが、コンラッドにその選択肢はないようだ。無論、クローディアにも日本に帰る選択はない。

「それなら、セシルの家に遊びに行きたいさ。招待されたさ」

「……そうだな、友人の家を転々とするのが良い」

 閃いたコンラッドは、ムーディに耳打ちする。

「貴方たちの家で、ハリーに何かあれば、我々の耳に入ります」

 その間、リーマス達もダーズリー家に丁寧な挨拶を交わす。聞き方によっては脅しに聞こえる内容だった。

 クローディアも簡単に挨拶しようとした。

「ジュリア=ブッシュマンは生きている。今でも、あの方の忠実な下僕だ」

 クィレルの声が耳元に囁かれた。

 気配のない至近距離、ゾッと寒気が走り急いで振り返った。しかし、クィレルの姿はおろか、クローディアの後ろには誰もいない。

 通行人は背景のように通り過ぎて行く。

 これだけの護衛がいながら、クィレルはクローディアにも気付かれずに近寄った。もしくは声だけ届く魔法を使った。どの道、彼はこちらを見ている。

 焦燥感で、周囲の音よりも心臓の鼓動が騒がしい。

「どうしたの? クローディア、ハリーが行っちゃったわ」

 ハーマイオニーに声をかけられ、我に返る。周囲の音は戻り、まだ騒がしい脈拍を落ち着かせる為に、深呼吸する。

「いや……なんか、本当に逃げられないんだなって、ちょっと弱気になったさ」

 クローディアの深刻な表情から、ハーマイオニーは察して緊張を強くした。すぐに両親の迎えに気づき、再会を約束して別れた。

「クローディア、行こう。荷物、持つよ」

 ジョージは返答を待たず、クローディアのトランクを引っ張った。強引な彼に着いて行き、皆も歩きだす。

 誰も、最初から逃げられない。でも、誰も独りではない。

 無意識にジョージの空いた手を握りながら、クローディアは安心感に包まれた。

 




閲覧ありがとうございました。
寮杯は全寮引き分けです。
シリウスの死はピーターに代わり、クリーチャーの裏切りはジュリアが行いました。納得できない方もいるでしょうが、私の頭ではこれが精一杯です。
これにて、『不死鳥の騎士団』編を終わります。

次回から『謎のプリンス』編です。

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