どう考えても、一話にまとめられなかったので二つに分けました。
セドリック視点です。残酷な表現があります。
追記:16年5月23日、18年10月1日、誤字報告により修正しました
ホグワーツには『不死鳥の騎士団』の一員であるマクゴナガル、スネイプ、トンクスの3人がいる。
マクゴナガルからの報せを受け、トンクスの緊張は高まる。現在、ホグワーツにダンブルドアはいない。出来るのは状況確認と連絡だ。
その前にクローディアとハリーが勝手な行動取らさぬよう、安全で監視しがいのある部屋へ移す。
『変身術』の事務所に突入してみれば、クローディアが独りだけ椅子に座っていた。その足元には呑気なベッロがトグロを巻いて寄り添う。
突然、ノックもなく入ってきた3人を見てクローディアはビクッと震えあがった。
ハリーの姿が見えず、マクゴナガルは沸々と怒りが湧く。鬼のような形相になっていく教頭を恐れ、クローディアは怯えながらベッロを抱きしめた。
「クローディア、ハリーは行ってしまったの? 正直に話して」
相手を気遣う口調でトンクスは確認する。クローディアは目を泳がせながら、背筋を伸ばす。そして「魔法省」とだけ呟いた。
「ポッター! この状況で、……全く!」
「ポッターの傲慢さは、今に始まった事ではない。しかし、ミス・クロックフォード。彼を抜け出す算段に手を貸したのでは、ないでしょうな?」
憤慨するマクゴナガルを置いて、スネイプはせせら笑いながら悪態吐く。無言のまま、クローディアは俯いた。
その仕草にスネイプは違和感を覚える。普段のクローディアなら、生意気にも文句を返して睨むだろう。だが、目の前の彼女は淑女のように慎み深い。
そもそも、『施錠呪文』で閉じていた部屋にベッロのいる状況が疑問だ。僅かな疑問を感じなら、クローディアに質問せねばならない。本人確認の為にだ。
「ミス・クロックフォード、君は将来、マグルの職に就くつもりだと聞いたが、間違いないかね?」
唐突な質問を受けても、クローディアは怪訝せずベッロを抱きしめたままか細い声で答えた。
「はい、そのつもりです」
スネイプの背筋が熱くなり、胃の痙攣で吐き気がこみ上げる。
「クロックフォード! 母親を助けに行ったな!? 身代わりを置いて!」
緊張の走った声は、知らずとスネイプの口から零れた。マクゴナガルとトンクスは息を飲む。身代わりクローディアは気づかれた恐怖で更にベッロを強く抱きしめた。
絞められた苦しさで、ベッロは悶えた。
「何処だ? クロックフォードは何処へ行ったのだ!?」
恫喝せんばかりの勢いで、スネイプは身代わりの肩へと掴みかかる。ハリーは魔法省だが、クローディアの行先は知れない。
「……わかりません。……展覧会だとしか……、言ってませんでした……」
怯えきった身代わりをトンクスは優しく撫でる。
「展覧会とは何の事でしょう?」
「少なくとも、魔法界ではないということでしょう」
マクゴナガルは見当がつかず、スネイプにも心当たりはない。
急にノックの音がした。
振り返るとダートがノックの体勢で立っていた。その手には【何があった?】と書かれた小型黒板が握られている。
本当に無口なダートは、どんな連絡事項も小型黒板を使う。生徒だけでなく、教職員も監視するような目つきは甚だ不愉快である。
「君の気にする事ではない」
更に無愛想な態度でスネイプはダートを通り過ぎる。マクゴナガルもそれに続いて、彼を通り過ぎようとした。その瞬間、小型黒板の文章は変化する。
【ほんの5分前、セストラルが暗黒の森を飛び去った。その背には生徒らしき姿も見た。何か関係があると思われるが、どうか?】
文章に驚いたトンクスは、より緊迫した状況を察した。
「ドーリッシュ、私は自分の仕事をしてくるわ。貴方は教授として、この子の傍にいてあげて、すぐにスプラウト先生か誰かを寄越すわ」
すっかり怯えた身代わりを一瞥し、ダートは了解する。トンクスの言うところの仕事とは騎士団員としての任務だが、それを彼に教える気はない。
罪悪感もなく、トンクスは廊下へと飛び出した。
走り去るトンクスを見届けてから、ダートは扉を閉めて身代わりとベッロを見下ろす。
「ハリー=ポッターが動き出しました」
誰に言うわけでもなくダートは呟いたが、彼女と蛇には聞こえなかった。
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生まれて初めて、セストラルへ騎乗した。見えない相手に触れる恐怖はセドリックにもあった。しかし、クララ、ロン、リサ、ジニー、そしてハリーの手前、億するわけにはいかない。
日が暮れた夜、美しい夜景のロンドンに降り立つ。
疲れ切ったロンはセストラルの乗り心地について、悪態ついた。全員が降りてきてから、魔法省への訪問を急ぐ。マグルから隠された場所へ行くには、何通りもあると父エイモスから聞かされていた。実際、来客用の入り口から魔法省へ行った。
今日という日の為だったのではないか、そんな錯覚を覚えつつ電話ボックスへと6人は乗り込む。公衆電話に一番近い、クララがマグルの硬貨を入れ、「62442」とボタンを押す。
「魔法省へようこそ、お名前とご用件をおっしゃって下さい」
「セドリック=ディゴリー、クララ=オグデン、ロン=ウィーズリー、リサ=ターピン、ジニー=ウィーズリー、……ハリー=ポッター。エイモス=ディゴリーの忘れ物を受け取りに来ました」
音声案内に面子と目的を適当に告げ、承諾された意味を示す外来用バッチが釣銭返却口から滑り出る。バッチには【セドリック=ディゴリー 魔法生物規制管理部 訪問】と書かれていた。
更に音声案内は外来への注意事項を述べる。その瞬間、暇そうだったセストラル達は空へと呼び去ったとハリーが教えてくれた。
電話ボックスは音を立てて沈みこむように地面へ潜っていく。そのまま、ゆっくりと地上の真下である地下深く、広々としていて空洞とは思えぬ人工的な内装を見せてくれた。
昼の勤務は終了し、照明は夜勤用に薄暗くなっている。
床へ電話ボックスが触れ、音声案内と一緒に戸は開く。缶詰め状態だったが、冷静に手前から順番に外へとびだす。
魔法省創設から置いている黄金の噴水にも目もくれず、6人はホールを駆け抜ける。普段なら、守衛室で杖の計量するガード魔ンがいるはずなのに、誰1人いない。
夜の時間帯に訪れるのは初めてなのでセドリック達は気にせず、手近なエレベーターのボタンを押して乗り込んだ。
『神秘部』がある地下9階に降りる。人の気配もない暗い廊下の奥、扉があった。セドリックは緊張の息を吐き、皆を振り返る。覚悟を決めた表情しか見えない。
それに応えるように、取っ手のない扉は訪問者を通した。6人が通ってから、最後のクララが扉を閉めた。
「やはり、来たわね!」
表札のない12の扉があるホールだと認識した瞬間、甲高い声が6人を出迎えた。
吃驚して注目してみれば、青い炎の灯りでもわかるショッキングピンクを着込んだアンブリッジが、そこにいた。乱れた髪を掻き上げ、血走った目で杖を向けてくる。彼女の後ろには、神秘部の職員と一目でわかる服装の男・ブロデリック=ボートも立っていた。
「ああ、ルシウスの言うとおり……、貴方達は魔法省に乗り込んできましたね! ほおら、ブロデリック、言ったとおりでしょう。すぐに捕まえなさい!!」
段々と奇声になっていくアンブリッジは、少しも恐くない。学校にいた時と身なりは変わらないのに、心が荒んだ印象を受けて哀れにすら思ってしまう。
「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ!)」
遠慮なく、リサは叫んだ。彼女と瓜二つの守護霊がアンブリッジの眼前へと飛び出す。
美しい銀の輝きを放つ守護霊に面を食らったアンブリッジは、後ろにいるボートに杖を向けられていると気づかない。途端に意識を失い、彼女はその場に倒れこんだ。
ボートの魔法で眠らされたのだ。彼はハリーに視線を向け、扉のひとつを杖で指す。指された扉は、音もなく開いた。
「私達があそこに用だって、どうしてわかるの?」
罠を警戒したクララは、ジニーとリサを庇うように立つ。ボートは神秘部に属する者として、無言を貫いていた。そして、そのまま彼は扉へと消えていく。
着いてこいと誘っている。
「行こう」
ハリーの静かな声を聞き、疑いをもちながら扉へと突入した。
そこは、部屋全体が星を散りばめたような部屋だ。理由は奥にそびえ立つ釣鐘型の水晶から放たれた光、それらを反射する品々のせいだ。全て、様々な形容の時計だ。
「まあ、見て!」
釣鐘を通り過ぎようとした時、その中心を視認した。卵型の宝石が輝きの渦を漂い、割れて一羽のハチドリが成長した状態で生まれた。しかし、ハチドリは渦に流れで釣鐘の底へと押される。底に触れた瞬間、卵に閉じ込められた。
神秘的な現象に、6人は魅入られた。低音の咳払いにより、我に返った。
ボートに導かれた部屋は天井が見えない暗い。その天井まで届かんばかりの棚が整然と並んでいた。棚にはガラス球が置かれており、各棚に設置された燭台の青い炎を反射している。
今までと違い、ただ寒い。
「ここだ……」
ハリーが緊張で唾を飲みこみ、強く杖を構えた。ボートを先頭に皆、注意深く進んでいく。
97番目の棚に入り、それを見つけたロンは無意識に声を出す。16年前の日付を付けた黄ばんだラベルはその歳月分だけ放置されたガラス球の意味を教えた。
「これが……」
ロンの視線がハリーへ向く。
「これが目的なんだね?」
自然にセドリック、クララ、リサ、ジニー、ボートまでハリーに視線を注ぐ。
あらゆる意味の期待の籠る視線、ハリーは杖を持っていない左手を強く握る。深呼吸してから、埃被ったガラス球を慎重な手つきで掴んだ。
ハリーの指が触れた瞬間、罠を予想したクララは身構えた。しかし、拍子抜けする程、あっさりとガラス球を手に取れた。
「……意外と暖かい……」
そんな感想がハリーの口から零れた瞬間、ボートの表情が強張った。彼はセドリックの後ろに向かって杖を構える。
「おっと、ブロデリック。私を攻撃するつもりか……」
その声はこの場にいる誰もが知っている。
マルフォイだ。
セドリックとハリー、ロンは声のほうへ杖を構える。クララ、リサ、ジニーは彼らを背を預けて反対側へ杖を構えた。
それを合図にしたように黒い人影が7人を左右から囲む。彼らは黒い外套と仮面で顔を覆っている。覚悟はしていたが、倍の人数に身の危険を感じて心臓が怯えてしまう。
1人、マルフォイは素顔を晒して片手を突き出した。
「さあ、ポッター。君の働きは大いに称賛されるべきだろう。それを渡せばの話だ」
尊大な態度でマルフォイはガラス球を求めた。
セドリックの肩に触れ、ハリーは唇を噛みながらゆっくりとマルフォイの前に進み出る。
「ひとつ、確認したい。シリウス=ブラックをここに捕らえた夢は、ただの夢だったのか?」
「ほお……、今頃、気づいたのか?」
マルフォイはせせら笑う。他の死喰い人にも聞こえたらしく、大声で爆笑した。
「ちぃちゃな赤ん坊が怖いよーって、起っきしたねえ」
小馬鹿にした赤ちゃん声は、ベラトリックス=レストレンジだ。顔はよく見えずとも、その声だけで残忍にして残酷な印象を受ける。
神経を尖らせたセドリックは、クララを振り返る。彼女もこちらを見ていた。目で合図し、お互い空いた手でポケットへと手を忍ばせる。
「ハリーは、気づいていた」
怯えを消し去る断言。
――それはハリーの口から出ていた。
一瞬、マルフォイはハリーが恐怖のあまり言葉を間違えたと思った。油断せず、彼を観察していく。疑問に思ったのは杖だ。奇妙に使いこまれたような古さを感じる。
マルフォイは怪訝して、ハリーの顔を覗き込む為に近寄った。周囲の光に照らされたハリーの人相は溶けるように変化していき、やがて身長まで伸びた。
額の傷、緑の瞳も無くした少年は、完全に別人となった。
「ハリーだと思ったか!? 残念、僕でした!!」
腹の底から勝利宣言したような大声で、ネビルは眼鏡をマルフォイに投げつける。その時、眼鏡に気を取られた。
ネビルが自分の杖を咥え、ガラス球を両手でしっかりと掴んで、その場で跳んで大きく仰け反った。
「ダンクシュート!!」
その掛け声と共に、ガラス球はマルフォイの脳点に叩きつけられた。
――ゴッ。
鈍い音をさせ、マルフォイは脳天を手で押さえ痛みに悶絶した。
刹那の間も与えず、今度はセドリックとクララによって『デラックス大爆発』が放たれた。破壊的な爆音と無数の形を成した花火に吃驚した誰かが、悲鳴と共に魔法で応戦してしまう。
こんな狭い場所で魔法など、自殺行為だ。案の定、棚が豪快に倒れ出した。
「馬鹿!? ゴイル、何して……!!」
更に別の誰かが悲鳴を上げた。
倒れ来る棚を避ける為に、死喰い人は四散する。その隙にセドリックは走り出す。皆、それに続いた。
「『予言』が……」
悲惨な光景に絶句するボートをリサとジニーが無理やり連れ出した。
時計の部屋に逃げ込み、クララは扉を魔法で施錠する。
「コロポータス!(扉よくっつけ!)」
扉が変形して、開かなくなる。一時の足止めだが、呼吸を整えるには十分だ。
「皆、いる?」
セドリックの声に6人分の声が返ってきた。僅かに安心し、ネビルは怯えと歓喜が混ざった声でガラス球を握り締める。
「やった! あいつにダンクシュートを決めてやったぜ!」
「ちょっと、違う気がするけど……まあ、いいか……」
緊張したままロンは、指示を仰ぐようにセドリックを見やる。すると、ダートが何かに気づいて唐突に走りだした。つられるように、皆も走り出す。
12の扉がある間へ全員が出た瞬間、奥から強烈な破壊音がした。
「コロポータス!(扉よくっつけ!)」
今度は、リサが叫ぶ。
「こっちへ来い!」
余裕をなくしたボートは皆を導いて、出口とは違う扉へ飛び込んだ。
そこは薄暗いが広く、石の台座に設置されたアーチを囲むような部屋に出た。石のアーチは年期の入っており、ヒビさえ見える。
「誰かいるの? ……声がするよ」
緊張したネビルがアーチを見上げる。
「何も聞こえないわ」
ジニーは否定したが、ボートはネビルに感心する。
「ここの声が聞けるなら、『神秘部』への勤務を勧めよう。私が口利きしてやる」
「……遠慮します」
本当に遠慮され、ボートは残念そうだ。
「どうして、ここに来たの? 外に逃げようよ」
最もなロンの意見だが、ボートは落ち着きを取り戻して無言になった。
「今更、黙りなの!?」
クララの怒声にも、返事はない。
「そう、責めないでやってくれ」
前触れもなく、機械的な声が響いた。
自分達の現れた扉とは違う方向から、金髪に端正な顔の男で紫の瞳をした男はやってきた。暗がりの部屋でも白い服は映えている。
「コンラッド! 皆、クローディアのお父さんだ!」
救援が来たとばかりに、はしゃいだロンはコンラッドを呼んだ。
クローディアとは似ても似つかない顔立ちに、セドリックは気の抜けた声を出してしまう。
「紹介ありがとう、ロン。時間ピッタリだね、ブロデリック。後はこちらで引き受けよう。いなくなった生徒は12人と聞いているけど、……顔触れが足りないんじゃないのかい?」
機械的に愛想よくしたコンラッドは、面子を確認してから疑問する。
「ハリーはシリウスの夢は罠だと判断して、展覧会のほうに行きました。クローディアのお母さんがそこにいる写真を送られてきたんです。場所はパドマが推測したんです」
ジニーの説明を聞き、コンラッドはネビルとガラス球を交互に眺めて感心していた。
「……罠だと知りながら、君達に託すとはねえ……」
コンラッドの呟きは、ネビルならガラス球を取り出せる事情を知っている様子だ。勿論、セドリック達は何の説明も受けていない。知らずとも、ハリーの力になりたかった。
別の扉からシリウス、リーマス、トンクス、ムーディ、シャックボルト、麦わら帽子の男が駆け込んできた。大勢の到着に、クララがやっと笑顔を見せた。
「ハリー! ハリーは、何処だ!?」
ハリーの不在に焦ったシリウスが狼狽し、ロンが掻い摘んで説明した。
シリウスは安心したようなガッカリしたような顔で息を吐いた。
「展覧会に行ったであろう報せは受けておる。一応、人はやっているが、……ハリーまでそっちへ行くとはな。ネビル、そいつをコンラッドに渡せ。おまえには不要の品だ」
急かされたネビルは、命がけで得たガラス球を惜しむ気持でコンラッドに託した。
「スタージス、ブロデリックと子供達を逃がせ!」
ムーディが指示した瞬間、マルフォイ達は四方の扉から追いついてしまった。しかし、相手もムーディ達に気づいて、警戒して動きを止める。
マルフォイを目にしたコンラッドは不気味なまで表情を輝かせた。
「久しぶりだね、ルシウス。おや、他にも知っている顔があるじゃないか……ベラトリックス、ジャグゾン、ロドルファス、ラバスタン、ドロホフ、マクネア、エイブリー、マルシベール、クラッブ、ゴイル……ルックウッド、図々しく神秘部に顔が出せたね」
外套と仮面に覆われている相手を1人1人、丁寧に呼んだコンラッドの声は再会を喜ぶように弾む。しかし、端正な顔は軽蔑に満ちている。
「ほー、コンラッド! 本当に生きていたのかえ! 嬉しさで、涙が出そうだ!」
ベラトリックスだけが臆せず、笑い返した。少しも親しみが湧かないのは、歪んだ笑みのせいだろう。
コンラッドに彼らとの対話を任せ、スタージスとボートは子供達を逃がしにかかる。開いた扉ではなく、台座に隠された戸を教えられた。
ちょうど、死喰い人達から死角になる。彼らの目的は既にコンラッドへ渡したのだ。自分達は用済みと言ってもいい。
ボートが先導し、クララ、ジニー、リサ、ロン、ネビル、セドリック、スタージスが殿を務めて戸へと進んだ。
暗すぎる廊下は、ボートの杖が灯りを照らす。本格的に助かるのだという確信が湧く。まだ安心できずとも、死喰い人と戦わなくていい状況になり、セドリックは喜んでいた。
「駄目だ……」
唐突に、ネビルは震えた声を上げる。足を止められ、セドリックも立ち止まるしかない。
「どうしたんだい? 後は、大人達に任せよう。僕らはよくやったよ」
「駄目だ、あの人をあのままにしてはおけない」
「あの人?」
ロンも怪訝して、歩みを止める。先頭も気づいて止まった。
「なんですの? 早く、クローディア達の所へ行きましょう」
「君達! まだ危険なことをする気かい!?」
リサの言動に、スタージスは咎めた。
「クローディアのお父さん、あのままじゃ、マルフォイを殺しちゃうよ。僕、それは駄目だと思うから、戻る!!」
ネビルは悲痛に叫んで、スタージスを突き飛ばして来た道を戻った。普段の彼から想像も出来ない行動に、ロンは吃驚した。
一番に後を追ったのは、ジニーだ。2人に行かれ、全員、ほとんど反射的に戻りだした。スタージスとボートは呆れる暇もなく、追いかけるしかなかった。
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子供達が隠し戸に消えたのを気配で察し、コンラッドは『予言』を突き出す。ルシウスの喉が物欲しそうに鳴った。
「闇の帝王は、これが欲しくて堪らないだって? そんなに欲しいなら、自分で取りに来ればいいだろうに……ダンブルドアが怖くて、表に出られないのかい?」
「あの方を侮辱するな! あの方に必要ともされなかったくせに! 大人しくルシウスの従者となっていれば、母親もみっともない最後を迎えなかっただろう!」
崇拝し敬愛するヴォルデモートを貶され、ベラトリックスは真剣に怒り狂う。
「黙れ、ベラトリックス! コンラッドを刺激するな! いいか、私がやる。説得するなら、私しかいない!」
一喝し、ルシウスはベラトリックスを下がらせる。
説得される気などなかったが、ドリスを侮辱されて脳髄の奥が熱くなる。コンラッドは『予言』を握る手に力を込めた。
まるで、繊細な硝子細工のように『予言』は粉々に砕け散った。
「ああ、つい力が入ってしまったよ」
口元が嗤う。
ガラス球の欠片が地面に落ちた瞬間、『不死鳥の騎士団』と『死喰い人』の魔法合戦は始まった。
数なら『死喰い人』の有利だ。だが、百戦錬磨のムーディによって、マクネアとクラッブは早々に倒れこんだ。
コンラッドも袖から、自分の身の丈程もある緑の棍を取り出す。正面にいたルシウスへと突き出した。しかし、ルシウスは転がってきたクラッブにもたれかかられ、間一髪で棍を避けた。代わりに、マルシベールの顔面へ命中する。
(ステューピファイ!(麻痺せよ!))
無言呪文により魔法を直接受け、マルシベールは泡を吹いて卒倒した。
コンラッドの棍は接近戦を重視した杖である。藤の木、芯は天狗の団扇だ。トトが大天狗・次郎坊との勝負に勝利し、団扇の一部を貰い受けたという(これは祈沙から聞いた逸話なので、真偽は定かではない)。
遠距離から魔法も仕掛けられ、接近して相手に触れさせれば効果は絶大だ。
「撤退だ! お互いを見捨てて構わん! 1人でも逃げ切れ!」
ルシウスの懸命な判断に、騒がしく音を立てながら背を向ける。逃がすはずもなく、一斉にかかる。
コンラッドも棍を地面に叩きつけて、ルシウスの眼前にひらりと立つ。
「さて、ルシウス。邪魔がいなくなったね」
交戦の音は続ているが、コンラッドは気にしない。誰もこちらへ気を配る余裕はないのだ。
目に見えて怯えたルシウスは、杖を向けてきた。唱える間も与えず、彼の腕を蹴る。杖が離れたところで、今度は肩に棍を叩きつける。
ゴッと鈍い音がしたので、骨が折れたかもしれない。
次は頬を拳で殴り、よろめいた所で足払いした。無様に倒れたルシウスの姿を見て、胸の内に広がる心地よさを覚えた。
どうやら、自分が想像していた以上に復讐心が募っていたようだ。
「待て……ドリスは、殺してない。……彼女は……自分で……死んだ……。勝手に……何か飲んで……、おそらく、毒だろう……」
自らを両手で防ぐルシウスは、あの時の出来事を語る。語られずとも、コンラッドにはドリスの亡骸を見た瞬間、自害だと理解していた。情報を渡すくらいなら、母は死を選ぶ。それが最善だと信じていたに違いない。
脳髄をドリスの姿が横切る。知らずと棍を振り上げた。
「待ってくれ、……コンラッド。許してくれ……。父が君にした事も……、どうか」
一気に、記憶が刺激される。今だに消えてくれない忌まわしい過去。
叫ぶ衝動すら、棍を握る力に変えてコンラッドは迷いなく振り下ろす。ルシウスは絶望のあまり、引き攣った笑みを浮かべた。
「プロテゴ!(護れ!)」
2人の間を遮ったのは、ネビルだ。ルシウスの前に立ち、コンラッドに杖を向けて『盾の呪文』を叫んだ。棍は見事、見えない防壁に弾かれた。
「ネビル=ロングボトム?」
「……ロングボトム?」
コンラッドが確認で呟けば、ルシウスは驚愕で疑問を口にする。
「駄目、殺さないで」
毅然とした声だが、手足は若干、怯えて震えている。持てる限りの勇気を振り絞って、ネビルはここに立っている。
「どうして?」
そこまでする価値がルシウスにあるとは、思えない。ネビルも『死喰い人』に両親を狂わされたはずだ。憎んでいるに違いないのだ。
「この人だって、ドラコの父親だ。それに……ドリスさんは仇討を望んだりしないよ」
衝撃の言葉に、周囲の音が消えた。
無音ではなく、脳髄が拒否して搔き消そうとした。
「君の両親は……」
「わかっている。物心ついた時から、祖母ちゃんに何度も聞かされた。でも! 祖母ちゃんは一度も、人を恨めとは言わなかった! パパとママを勇敢で誇りに思えって、それしか言わなかったんだ!」
それは魂の叫びに近い訴えだ。
オーガスタ老は息子夫婦の悲劇を受け止めながら、復讐など考えていなかった。この事実はコンラッドだけでなく、ルシウスさえ驚きを隠せない。
「だからね、ドリスさんもきっと、祖母ちゃんと同じ気持ちだよ……」
躊躇うように、ネビルはコンラッドの腕を掴んだ。触れた部分は、かつて『闇の印』が刻まれていた箇所。彼は意図していないだろうが、表現しきれぬ感情を冷静にさせた。
「……君のような子供に諭されるとは本当に、私はまだまだ青いな」
自嘲を込め、コンラッドはルシウスを棍を向け『失神呪文』で気絶させた。
状況確認で振り返れば、逃がしたはずの子供達まで戦いに参加していた。誰もが切り傷や青あざを作っていた。
リーマスとエイブリー、シリウスとベラトリックス、ムーディとロドルファス、ボートとジャグゾンの一騎打ちになっていた。他の死喰い人は倒れ伏している。
こちらも無傷ではない。トンクスは気絶し、スタージスは彼女の状態を看ている。クララが頭から血を流し、ジニーも足を押さえて息絶え絶えだ。その2人をセドリックが看ている。リサとロンは気絶していた。
「ダンブルドア!」
ネビルの叫び声に何人かが振り返る。確かにダンブルドアが扉から現れた。
その隙をついて、リーマスはエイブリーに吹き飛ばされた。
「リーマス!」
シリウスは交戦中にも関わらず、視線をベラトリックスから逸らしてしまった。危機を感じ、咄嗟に棍を構えた瞬間、ロドルファスがムーディを振り払う。しかも、頭突きでムーディを蹲らせた。
ロドルファスへ棍を投げつけた瞬間、ベラトリックスの悲鳴が聞こえた。
「ぎゃああ!!」
ベラトリックスの杖を持つ手に鼠が噛みついたのだ。
「この! 愚か者があ!!」
怒り狂ったベラトリックスは鼠を地面に叩きつけ、杖を向けて叫んだ。緑の光線が鼠へ命中した。
――命中してしまった鼠は、絶命した。
コンラッドには遠くて見えないが、シリウスには鼠の指が欠けまで見えている。
「ワームテール?」
呆然としたシリウスを置き去りに、ダンブルドアがエイブリーと交戦に入る。その隙に、ベラトリックスはまんまと部屋から逃げ出した。
コンラッドは追うとしたが、足をクラッブに掴まれた。代わりにネビルが追うとしたので、引き留めた。
「闇の帝王に任務失敗を報告する者が必要だ」
不承不承とネビルはグラッブへ杖を向けた。
「ペトリフィカス トルタス!(石になれ!)」
魔法を受け、グラッブは言葉通り硬直した。その手を振り払い、コンラッドは肩を落としたシリウスへと近寄る。
彼は息のない鼠を憐れんでいた。
「もしかして、ペティグリューかい?」
無言だが、まず間違いない。鼠は変身していたペティグリューだった。何の思惑があり、この場へ現れたのかは知らない。だが、シリウスの身を助けんとベラトリックスの手を噛んだ。
その結果がこれだ。
『動物もどき』は変身した状態で死んでも、決して元の姿へ戻れない。今から解いてやれば、死に顔を拝むくらいは出来るだろう。
「このままにしてやろう」
コンラッドの胸中を察し、シリウスは呟いた。
「こいつはずっと、鼠だった。仲間を裏切って、ただ生にしがみ付いて……、俺を助けたつもりかよ……、ピーター、馬鹿野郎」
シリウスは啼いていた。
涙もなく、嗚咽もなく、ただ啼いていた。慰めの役目は、コンラッドではない。
この場の決着はついている。既にダンブルドアが見えない縄で死喰い人を纏まって縛り上げた。
「ハリー=ポッターは、クローディアに着いて行ったようです」
「……では、すぐに行ってくれるかの? わしにヴォルデモート卿が来た時に備えておく」
僅かに動揺を見せたが、ダンブルドアは冷静にコンラッドへ指示した。
「何処へ行く?」
シリウスは顔を上げず、低い声で問うた。
「クローディアのいる処だよ、決まっているだろう」
「俺も行く、ハリーが心配だ。それに彼女も」
その彼女の部分がクローディアなのか、祈沙なのか、問い詰めるのはやめておこう。
「僕も行く!」
ネビルが声をかけたが、起き上がっていたリーマスに引き留められる。
「ネビル、君が考えている以上に負担が来ている」
深刻に告げたリーマスは、ネビルの足を軽く蹴る。それだけで、彼の足は力をなくして座り込んだ。ネビルは体力のなさを嘆いていた。
「どの道、連れて行けるのは私を含めて2人までだけどね」
シリウスを嫌そうに眺め、コンラッドは上着の内ポケットを軽く叩いた。
閲覧ありがとうございました。
ピーター=ペティグリューよ、さらば。
ネビルなら予言を取り出せると勝手に推測して、勝手な展開を作りました。
ダンクシュートはずっとやりたかったので、ルシウスに叩きつけてやりました。
原作ではノットの父親も来ていますが、「今、自分に問題起きると息子の進路がやばい」と言い訳して来ませんでした。
映画のネビルは「両親の敵討ち」と明言していますが、原作では見られないので勝手に解釈しています。
「いなくなった生徒は12人」は誤字ではありません。
●ブロデリック=ボート
原作五巻にて、ルシウスの策謀にて『予言』に触れてしまい病院送りになった職員。口封じの為に始末される。
●ベラトリックス、ロドルファス
レストレンジ夫妻。夫婦なのに、公式会話のない倦怠期。
●ラバスタン
ロドルファスの弟。
●マルシベール
スネイプの学生時代からの友人。コンラッドにとっては、顔を見たら思い出す程度。
●エイブリー
ヴォルデモート学生時代に祖父がいるらしい。しかし、これといった活躍がない。残念。
●ジャグゾン
容姿も紹介さず、性別もわからない名前のみという雑な扱い。
●アントニン=ドロホフ
死喰い人で最古参の一人なのに、リーダーにしてもらえない。めっちゃ強い。
●ワルデン=マクネア
魔法省危険動物処理委員会の死刑執行人。ハグリッド曰く、血を好む殺人鬼。
●大天狗・次郎坊
神に等しい大天狗の一人。