こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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ハリー視点から始まります。

追記:16年5月17日、17年3月10日、18年1月8日、誤字報告により修正入りました


17.ザ・クィブラー

 クィディッチ・グリフィンドール対ハッフルパフ戦。僅か10点差で敗北した。

 ハリーの目から見ても、真剣に全力を出して戦った結果だ。アンドリューとジャックもフレッド、ジョージの代行として見事なプレーを見せてくれた。ジニーは擦れ擦れでペロプスからス二ッチを掴んだ。

 仮に問題点を上げるなら、ゴールを守れぬロンのキーパーとしての実力不足だ。しかし、彼を責める気にはなれない。何故なら、彼自身が敗因を理解している。

 スリザリン生から『ウィーズリーは我が王者』という歌も、ロンの心を滅多打ちにした。

「ロンの奴、大丈夫かなあ? 責任感強いから、自暴自棄にならんといいけど」

「下手な慰めは、ロンを傷つけるしさ。黙って見守っておくさ」

 クローディアとジョージは、自然に寄り添うような距離で会話していた。デートをしてから、2人の距離は確実に縮まっていると、ハリーは気づく。

 ハリーといえば、チョウとはキスを交わしたというのに、それだけだった。彼女はセドリックと別れず、恋人のままだ。

 『必要の部屋』でのキスは、クリスマスのご褒美だったと思う事にした。そうしなければ、胸がチクチクと痛むからだ。

「あの2人、信じられないくらいプラトニックよ。キスもまだなの」

 ハーマイオニーは驚愕していた。

 プラトニックであろうとも、クローディアが男子と交際する事を快く思えなかった。憤りや妬みではなく、寂しいという感情に近かった。ハリーに何の相談もなかったから、疎外感を覚えたと言ってもいい。

 ジニーがマイケルと交際していると聞いた時は、何の感情も湧かなかった。反対も祝福もなかった気がする。ロンだけ「僕の妹だぞ!」と騒いでいた。

 ともかく、クローディアは恋人は作らない。そんな勝手な思い込みを持っていた。

(そうか、僕は……ガッカリしている?)

 所詮、彼女も女子である。クローディアとジョージが微笑み、肩を手が触れ合うのを照れる姿に、ハリーは勝手な失望感を抱いていた。

 

 月曜日、朝食の席にて【ザ・クィブラー】は届けられた。表紙は、気恥しそうなハリーの写真がにやりと笑っている。

【ハリー=ポッターついに語る】

 ハリーとクローディアがスキーターに語った一字一句、間違いなく正確に記載されていた。彼女の写真も二面で載り、毅然とした態度で訴えかけていた。

 愛読者の方々から、ハリーへのファンレターも一緒だ。レイブンクロー席を盗み見ると、クローディアにも数羽のフクロウが群がる。パドマやリサ、ルーナ達が開封を手伝っていた。

 ロンやハーマイオニー、フレッドは開封を手伝い、肯定否定・可もなく不可もなくを選別していく。

 この騒ぎを見逃すアンブリッジではない。事態を知り、ハリーとクローディアから【ザ・クィブラー】を没収した。

「こんな嘘を吐くなんて、私は貴方達を甘やかしていたようですね。今日から……」

 憤慨したアンブリッジが言い終える前に、一羽のフクロウが後頭部を直撃する。そのフクロウはパーシーのヘルメスだ。痛みに唇を震わせながら、尋問官は手紙を乱暴に開く。悲鳴を飲み込み、手紙を破り捨てた。

 そして、2冊の【ザ・クィブラー】を抱えて、アンブリッジは紫の顔色で大広間を去って行った。

「ハリー、少し良いかの?」

 アンブリッジが去った後、ひょいっとダンブルドアは声をかけてきた。

 全校生徒の注目を浴びても、断る理由など、あるはずもない。一時限目の『魔法史』を欠席する覚悟で、校長室に出向いた。

 

 変わらず、貴重な魔法の品に囲まれた部屋。そこに見知らぬ魔法使いがいた。獅子のたてがみに似た髪形で、顔は傷だらけだ。それでも、ムーディよりは浅い傷だと判断できる。

 傍には、神妙な態度でダートが控えている。

「ハリー。この方は、ルーファス=スクリムジョールじゃ。『闇払い局』の局長と言えば、わかりやすかろうて」

 ダンブルドアの声に、愛想がない。迷惑な客人と印象付ける口調に、ハリーは少し戸惑うが態度には出さなかった。これも『閉心術』の効果かと、ぼんやりと考える。

「初めまして、ハリー=ポッター。ようやく、会えた事を嬉しく思う」

 鷹揚な態度で、スクリムジョールは握手を求めた。ダートのような仕掛けを警戒して、ゆっくり手を掴む。彼は感心して頷く。

「その通り、紹介されたからといって初対面の私を信じ切ってはならない。よく、教育されている。さて、私がここに来たのは『例のあの人』の復活について、君の証言を聞く為だ。今日まで、バグマン大臣から許可を得ようとしたが、妨害が多くてね」

 何故だが、スクリムジョールはダンブルドアを一瞥した。

「まさに突撃じゃな」

「ハリー=ポッター、私は【ザ・クィブラー】を読んだ」

 ダンブルドアの皮肉を無視し、スクリムジョールは懐から最新号の【ザ・クィブラー】を取り出す。まさかの読者に、ハリーは変な声を上げてしまう。

「これだけの内容を言葉にするには、相当な勇気を必要とするだろう。もう一度、この場で説明しろなどと言わぬ。ただ、この内容に嘘偽りなく、確実に君の言葉だと誓って欲しい」

 自らの確信を得る為、そんな強い自尊心を感じ取れる。しかし、対談を望むなら、ダンブルドアは椅子を用意するはずだ。この場には校長の席以外、椅子はない。長話をさせるつもりがないのだ。

 ハリーは腕輪とダートを交互に見てから、スクリムジョールを見上げた。

「貴方達は、僕にこんな物を付けた。僕から直接、言う事はひとつもありません」

 無礼な態度でも、ダンブルドアは咎めない。

 憤りとは違う静かな感情が声に表れる。拷問の腕輪を見せつけても、スクリムジョールは眉ひとつとして動じない。

「言い訳はすまい。その腕輪は、私の指示でもある。君を助ける為だと言っても、納得せんだろう。ただ、君の全面的に支持するだけが味方の形ではない。それだけは、わかって欲しい」

 【ザ・クィブラー】を懐にしまい、スクリムジョールはダートを連れて行こうとした。

「クローディアにも同じ質問をするのですか?」

 問いかけに、スクリムジョールは足を止める。ダートもそれに倣う。

「クローディア=クロックフォードは、『死喰い人』の娘だ。そんな人間を『闇払い局』では、決して支持せん」

 かつて、【週刊魔女】に記載されたスキーターの記事だ。それさえもスクリムジョールは確認している事に衝撃を受けた。しかし、真実を知るハリーは毅然として反論した。

「コンラッドさんは、ヴォルデモートの下僕なんかじゃない。あの人は、ドリスさんと一緒にずっと戦っていました」

「母親を殺されたなら、娘の為に『例のあの人』に与する。これは珍しい事ではない」

 駄々をこねる子供を諭す口調で、スクリムジョールは吐き捨てた。この局長とは、真に分かりあえない。そんな確信を感じ、ハリーは『否』と答えた。

 これ以上は、お互いの意見を論じ合うだけになる。そう察したスクリムジョールは、今度こそ、ダートと共に校長室を後にした。

 緊張の糸が切れ、脱力したハリーは近くの棚に手を置く。静観していたダンブルドアは、魔法でカボチャジュースを用意してくれた。『呼び寄せ呪文』の類に思える。

「校長先生、すみません。先生の立場を悪くしました」

「気にする必要はない。元々、スクリムジョールとはあまり意見が合わぬ。あやつは、いきなりやってきて、君に会わせろと言うてな。断れば、授業妨害をしてでもハリーと会おうとしたじゃろう。困らせて、すまぬ」

 詫びるダンブルドアを慌てて否定した。おそらく、スクリムジョールは何度もハリーに面会を求めてきたが、校長は盾となって防いでくれたのだ。

 ダンブルドアの気遣いに感謝し、『魔法史』の授業へと出席した。

「うむ、ダンブルドアから話を聞いておる。さあ、ミスタ・ポッティ。席に着きたまえ」

 堂々とハリーの名を言い間違え、ビンズは朗読を続けた。幽霊教授の目を盗み、ロンとハーマイオニーに校長室でのやりとりを聞かせた。

 ロンはスクリムジョールの登場に、興奮して叫びそうになる。それをハーマイオニーが小声で「シレンシオ(黙れ)」と黙らせる。

「(アンブリッジのあの様子も納得だわ。スクリムジョール局長と貴方を会わせたくなかったか、引き留められなかったバグマン大臣を怒っていたのね)」

 スクリムジョールがホグワーツを訪問する。その情報を得たパーシーは上司のアンブリッジに急いで連絡したのだろう。

 今頃、アンブリッジは城を出ようとしているスクリムジョールと口論しているかもしれない。その想像をしただけで、少し小気味良かった。

 

 『魔法薬学』の時間、朝食での騒動から興味津々の視線がハリーに突き刺さった。普段は『閉心術』で、冷静を保つ。しかし、自分の企みが成功した達成感で気分が良い。

 セオドールも普段は、お互い素知らぬ振りをするが、今だけは目で健闘を讃え合った。

「人の作業を嗤うとは、随分と余裕ですな。ミスタ・ポッター、グリフィンドール5点減点」

 皮肉っぽく口元を曲げるスネイプに少し腹が立つ。勿論、セオドールは何の注意もなく、調合を続けた。

 

 昼休みになり、ハリーとロンは記事についてハグリッドと話したくなり、彼の小屋に行こうとした。

「家にいないかもしれないわ、まずはヘドウィックかピッグウィジョンに手紙を送らせてみて」

 提案したハーマイオニーは、クローディアの様子を見に大広間へ行ってしまう。

 確かに、クローディアへのファンレターの内容は気になる。急いで合流する為、フクロウ小屋を目指す。廊下の壁や柱にアンブリッジの告知があちこちに貼り出されていた。

「雑誌ひとつで退学処分なんて、やりすぎだ。おい、わざとマルフォイに持たせてやろうぜ」

 せせら笑っていたロンは、フィルチに捕まった。

「尋問官殿のご命令で、くだらん雑誌を持った生徒がいないか検閲だ! 監督生のおまえも巡回に着いてこい」

 恨めしそうな目でハリーを見つめ、ロンはフィルチに嫌々着いて行った。

 フクロウ小屋に着き、急いでヘドウィックにハグリッドへの手紙を持たせた。帰ろうとしたその時、ドラコとパンジーに鉢合わせた。取り巻きを連れず、お互い、一瞬、身構える。

 しかし、定期購読者ではない2人が早々に【ザ・クィブラー】を読むはずがない。まだ、情報を得ていないと踏んだ。

「ポッター、【ザ・クィブラー】を持ってないだろうな? さあローブの中を見せろ」

 威嚇するように歯を見せ、ドラコは杖を取り出す。それより先に複数のフクロウが彼へと体当たりしてきた。

「ああ! まただわ!」

 手紙を押しつけるようなフクロウ達にパンジーは苛立ちながら、ビスケットを与える。受け取った手紙は、全て彼女がポケットに突っ込んでいく。意識してみれば、2人のポケットはパンパンに膨らんでいた。

 疑問する前に、遅れてやってきたフクロウが赤い封筒をドラコの頭に落として行った。

 『吠えメール』だと察し、咄嗟にハリーは耳を塞ぐ。慌てたパンジーは、ポケットに入れようとした。しかし、苦渋の選択と言わんばかりに唇を噛んだドラコは、ハリーを一瞥してから、乱暴に開封した。

《人殺しの息子め、純血の恥さらし! 父親を説得しろ!》

 聞いた事もない恐ろしい声の爆発。その内容に驚愕し、思わず呻き声が出てしまう。自らを食い破った『吠えメール』の残骸をドラコは、『消失呪文』で消し去った。

「用がないなら、さっさと行け!」

 決してのハリーの顔を見ず、ドラコは吐き捨てた。呼び止めたのは、そちらだという事を棚に上げられたが無視して去ろうとした。

「満足? ドラコがこんな目に遭って、満足なの?」

 親の仇を見るような目つきで、パンジーは低く呻く。その目には涙が溢れていた。

「やめろ、パンジー。監督生にもなれない奴は放っておけ」

 煩わしそうに、ドラコはパンジーを止める。しかし、彼女は勝手に涙声で喚きだした。

「ドラコは、夏から、ずっと、こんな、酷い、手紙を……、なのに、今日は、もっと酷い、貴方達の仕業?」

 夏。死別、裁判、真実、ハリーが怒涛の日々を過ごしたように、ドラコもそれなりの出来事があったようだ。今まで気付かなかったのは、決して大げさにせず、自分達で処理していたのだろう。

 決して、同情も憐憫も湧かない。

 全く反応しないハリーの無表情に、パンジーは物怖じして下がる。我慢の限界だと、ドラコは彼女の手を引いて、小屋へと走り去った。

 

 夕食の時間、ハグリッドから返事が来た。明日の晩、夕食に招待してくれる約束だ。

 偶々、隣にいたジニーに手紙を見せる。

「出来れば、ルーナも連れて行ってあげてね。コリンにも、良い写真撮って貰えたし♪」

 確かに、ジニーの言うとおりだ。ハグリッドに承諾と2人も連れて行く旨を綴り、フクロウへ持たせた。

 ロンとハーマイオニーは、夕食前の監督生巡回だ。寮で伝えるとして、離れた席にいたコリンに声をかけた。彼は喜びの声を発しかけたが、アンブリッジの目を気にして押さえた。

「クローディアも一緒なんですね、僕は遠慮します」

「どうして? 喧嘩でもしたの?」

 誘っていないが、デニスの予想外すぎる反応に吃驚した。

「いえ、僕、バスケが得意なんですけど、クリスマス前にダンクシュートを披露してから、彼女に「先生」呼ばわりされちゃって……」

「え、デニス。ダンクシュートができるの? 凄いんだけど!」

 二度目の衝撃に、ハリーのほうが声をあげそうになる。コーマックを始めとした何人かが、注目してきたので平静を装う。

 足元にいたベッロが廊下へ向かうので、それに着いていく。大広間の声が届かなくなる玄関ホールまで来てしまった。

「どこへ行くの?」

[また、見つけた。ここは、よく置かれるから何度も見に来る]

 掲示板を見上げ、ベッロは溜め息を吐く。そこにはアンブリッジの告知の他に、いくつか貼り紙があるだけだ。ベッロの首の角度を観察すれば、掲示板より更に上の天井だ。

 靴が吊るされていた。

 ピーブズの悪戯と思い、ハリーは『浮遊の呪文』で靴を回収する。

「誰の物かわかる?」

 ベッロに問うと、顎で玄関ホールの外を指された。

「あ、ハリーだ」

「こんばんは、ハリー=ポッター。しっかり、食事を済ませたかな?」

 ルーナとフィレンツェが雪まみれで現れた。彼女は靴を見るなり、喜んで指差した。

「あたしの靴、見つけてくれたんだ」

 ルーナの靴だとは知らなかったが、彼女に渡す。

「もう大丈夫のようだね、私は部屋に帰ろう。ハリー=ポッター、ルーナ=ラブグッド。また私の授業で会おう」

 蹄の音が廊下に響き、フィレンツェは大広間とは反対方向の廊下沿いへと歩いて行った。

「アンブリッジがいる時、先生は事務所で食事するんだもン」

 夢見心地の口調で語りながら、ルーナは靴を履いた。アンブリッジが半人間嫌いなのは、皆、承知している。おそらく、余計な諍いを生まない為にフィレンツェは気を遣っているのだ。

 それよりも、強い疑問が浮かぶ。

「どうして、靴が天井にぶら下がっていたの?」

「皆が持って行って隠しちゃうんだ。靴だけじゃなくて、『占い学』の教科書も隠されてたから、フィレンツェ先生と外に探しに行ってた」

 ルーナの手にある教科書は、水に濡れて汚れされている。

 彼女の身に起こっている事態、これにはハリーも経験がある。それを思い返せば、背筋が熱く、胃の中へ異物が入り込む感覚。

「どうして、皆、君の物を隠すの?」

 吐き気を抑え、ハリーは質問する。それに、ルーナは慣れたような仕草で肩を竦める。

「……あたしがちょっと変だって思っているみたい。実際ね、あたしを『ルーニー(変人)』って呼ぶ人もいるもんね」

 脳髄を横切るのは、レイブンクローにいるクローディア達だ。

「クローディアが……君を変人呼ばわりして、君の物を隠しているの?」

 押し殺したような声に、ルーナは驚愕に目を見開く。

「違うよ、あたしの物を隠す皆だよ。クローディアはそんな事しないもン! 見つけてくれる! ベッロも、最近はピーブズまで、あたしの物を見つけたら、持ってきてくれるだもン!」

 両手をバタバタさせ、ルーナは必死にクローディアを庇う。その姿がとても痛々しく思えた。

「でも、友達の君がこんな目に合っているのに、クローディアは助けようともしてないんだろ?」

 何故だが、感情が次々と湧き起る。クローディアを批判、批難したい。それだけの為に、口が動いていると自覚する。

「助けてくれたよ。1年生の時、男子に絡まれたのを助けてくれたもン! それにね、ここまで酷くなったのは4年生になってからなんだ。ペネロピー=クリアウォーターが卒業しちゃって、発言力のある人がいなくなったんだ。こればっかりは仕方ないかな」

 結局、今、クローディアはルーナを守ってもいないし、庇ってもいない。

「どんな理由でも、君の持ち物が隠されていいはずがない。クローディアに言うよ、彼女には君を守る責任が……」

 言いかけた時、ルーナの雰囲気は変化した。夢から覚め、現実を見据える目つきで凝視してきた。

「言わないで」

 淡々として、迫力のある口調。これまでのルーナの印象を大きく覆した。

「あたし、わかるんだ。クローディアがいたから、淋しくないんだって。彼女と知り合えなかったら、ずっとずっと、友達もいなくて淋しくて厳しいままだったんだって」

 確信より断言に近い。何故だが、ハリーの胸を締め付ける。

「……ジニーは、クローディアがいなくても君と友達だし、僕だって君とは友達だ」

 負け惜しみではなく、本心だ。一見、奇妙な行動をとるルーナは、接してみればユーモアのある独特の感性を持った愉快な子だ。

 クローディアがおらずとも、ジニーは勿論、ネビルとも自然と友達になれるに違いないのだ。

「そうだね、ジニーは偏見なくて、あたしと友達になってくれたと思うよ。クローディアのお陰で、それが早まったんだもン。すごく、嬉しい」

 雰囲気を崩さず、ルーナは微笑んだ。

「あたし、クローディアに守られたんじゃない。対等でありたいんだ」

「対等?」

 正直、ハリーには友達との違いはないように思える。

「うん、対等の関係。その為に、あたしの物を隠す皆とは、あたしが決着をつけるんだもン。だから絶対、クローディアに言わないで」

 念押ししたルーナに、ハリーは約束出来ない。

(皆、クローディアの味方をするんだ。彼女は、僕の……僕の為に産まれたようなものなのに……)

 閉じていた心が隙間から溢れようとしている。暗い廊下を進んだ先にある『神秘部』の扉が開き、奥へ進めた。そこには水晶の釣鐘が見える。更に奥の扉も開けそうだ。

 言葉の浮かばないハリーの顔をルーナは覗きこんできた。彼女は、普段の浮付いた口調で、疑問を言葉にした。

「ハリーは、クローディアと出会って後悔している?」

 全身の筋肉が痙攣するような衝撃を受けた。ただの質問とは、受け止めきれない。

 扉は遠のき、消え去った。

 

 ――そこからの記憶は、酷く曖昧だ。

 

 否、記憶は鮮明に思い出せる。しかし、現実感がなかった。まるで、ドラゴンを相手にした時のようだ。時間が速く進んでいる。

 ルーナとはそのまま別れた。談話室で、ロンやハーマイオニーとハグリッドの約束を伝えた。就寝時間の真夜中、『両面鏡』でシリウスに【ザ・クィブラー】について語った。名づけ親に褒められた事さえ、他人ごとのように過ぎた。

 『両面鏡』を布で覆い、息を吐く。

 後は眠るだけだ。そう考えた時、時間の感覚が合致した。

[大忙しだな、ハリー]

 傍らでトグロを巻いていたベッロが眠そうに欠伸をする。ここ、最近のベッロはずっと傍に居てくれる。ボニフェースの代から、三代に渡って使い魔をやってきた。彼にしか、知らない事は多いだろう。

 例えば、ハリーの父ジェームズやシリウス達の学生時代の姿だ。

 唐突な好奇心がハリーの心を擽る。スネイプから『閉心術』を学ぶ際は『開心術』を食らう。つまり、今のハリーには『開心術』でベッロの記憶を覗ける。

「ねえ、ベッロ。僕の父さんを知っているよね? どんな人だった?」

 その質問を受け、ベッロは記憶を辿るような仕草で悩んでいる。彼の美しい紅い瞳を見つめ、ハリーの感覚は視神経へと集中させる。

 DAのお陰で、杖がなくとも幾分か魔法が使えるようになった。

「レジリメンス!」

 紅い瞳へと視界が吸い込まれていく。スネイプの記憶が断片的に見せつけられた時と同じ現象だ。

 ――――『みぞの鏡』で見たジェームズ、その若き姿が視えた。シリウス、リーマス、ペティグリューは勿論いる。コンラッドもスネイプまで視えた。

 ――――赤い髪の女子生徒は、おそらく母リリーだ。

(父さん、母さん……)

 他人の思い出でしかないが、生きた両親の姿に感慨深く息を吐く。

 ――――ジェームズとシリウスが箒を乗り回し、フィルチに追い回されている。

 ――――コンラッドとスネイプは図書室で本を読み漁り、そこへリリーが挨拶してくる。2人も親しげに挨拶を返した。

(もしかして、学生の頃は仲が良かったのかな?)

 もっと知りたい。もっと見せて欲しい。より多くの記憶を見んが為、開かせた。

 ――――1年生と思しき下級生に、ジェームズとシリウスに足首から吊るしあげ、浮かせて遊んでいる。下級生の男子は、泣きじゃくっていた。

 ――――リリーに言い寄るジェームズを彼女は、軽蔑に顔を歪めてあしらっている。

(あれ?)

 様子がおかしい。次々と視えてくる場面では、ジェームズとシリウスが傲慢で横暴に振舞う。リーマスは、止めようともしない。ペティグリューも意地悪く笑っていた。

 ――――特訓でもないのに、ジェームズはス二ッチを弄ぶ。

〝ス二ベルスだ〟

 ――――灌木の蔭に座り込んだスネイプにジェームズ達は近寄り、魔法を仕掛けた。杖を奪い、口から泡を出させた。そこへ、憤慨したリリーが止めに入った。

〝彼が貴方に何をしたというの?〟

〝こいつが存在するって事実がそのものが、こうさせるんだ〟

 ――――ジェームズはスネイプを嗤っている。シリウス、ペティグリュー、彼らに賛同する野次馬が一緒に嗤っている。

「嘘だ!」

 全身全霊の否定による叫びは、記憶を遮断した。

 いつもの談話室。天井を見上げ、ハリーは動悸が激しく吐き気に襲われる。自分の荒い呼吸を聞きながら、視界の隅にベッロを見た。

[随分、深くまで見てきたな。特定の記憶のみ、見るのは骨が折れるらしいぞ]

 勝手に記憶を見られたというのに、ベッロは責めない。むしろ、術の成功を喜んでくれた。

 しかし、答える気になれない。

 何故なら、ずっと高潔と思ってきたジェームズがダドリーやドラコのように、他者を苛めて楽しむ性格などと信じたくなかった。

 

 ――悲しい。ただ、悲しい。

 

 ハリーはダドリーのせいで、孤独で惨めな日々を過ごしていた。それとは比べ物にならない惨めさに打ちひしがれた。

[どうした、ハリー。何が悲しいんだ? 主人がハリーの名づけ親にドロップキックしたからか?]

 寄ってたかって、スネイプを囲むシリウスの無防備な背中へコンラッドは一撃入れる場面はあった。

 いつも、コンラッドがシリウス達に暴力的だったのは、スネイプを助ける為だとすれば、辻褄は合う。

 だが、その事ではない。必死に否定するハリーを見て、ベッロは気づく。

[ハリー……、父親があんな性格だと……知らなかったのか? あんな性格の父親が情けなくて、悲しいのか?]

 胸中を言い当てられ、ハリーは言葉が出ない。出てこない。呼吸を求めて喘ぎ、ようやく声を絞り出す。

「……なんで?」

 唇はほとんど動かず、短い言葉しか出なかった。それでも、ベッロは察してくれた。尾の先で、ハリーの頭を撫でる。

[何故、教えてくれなかったのか? そう聞きたいんだな、それはな……死んだ者の悪口を言うわけにはいかんからだ。ハリーを命がけで守った父親ならば、尚更、言えない]

 電撃に打たれた気分だった。

 スネイプ以外の教師陣は、誰もジェームズの話をしない。ダンブルドアは摘んだような思い出話しかしてくれなかった。ハグリッドも「父親に似て勇敢だ」と言うばかりだった。

 ずっと、気を遣われていたのだ。

 ハリーはスネイプを憐れんだ。ルーナを可哀想に感じたのと、同じだ。

 シリウスが仕掛けた悪戯の重大さに気づいた時は、自らを恥じた。しかし、スネイプを弁護する気にはならなかった。だが、今回ばかりは同情を禁じ得ない。

 こんな日が来るなど、ハリーには思いもよらなかった。

 

☈☈☈☈☈

 アンブリッジの告知は、全校生徒または教職員全員の欲望を駆り立てる手助けをしてくれた。

 クローディアは寮の談話室や女子トイレで質問攻めに合う。これに対し、一貫して『全て記載された通りだ』としか、答えない。

 元々、定期購読していた面子は、いち早く最新情報を得られる。その生徒が巧妙な手口で、他に貸して回る。

 図書館に置かれていた分は、マダム・ピンスが撤去したと生徒やアンブリッジに説明した。実際は、魔法で雑誌に手を加え、フィルチ以外の教職員に廻し読みされたのだ。

 【ザ・クィブラー】は、大きな波紋となって学校中に広がった。その反響は、すぐに形となってクローディア達を助けるだろうと確信を持てる。

 

 それなのに、ハリーは浮かない様子だ。

 ハグリッドの小屋で、夕食中も思いつめたように黙り込む。

「動く写真もいいですけど、決め顔で静止させたほうが良かったんじゃないかな。ねえ、ハリー?」

「うん、このコールラビ美味しいよ」

 コリンが一時停止した写真の重要性を語っているのに、全然、話を聞いていない。

「でも、動かなかったら、写真に写っている人が疲れるだろう?」

 ロンも魔法族ならではの見当違いな返事をし、しばらくコリンと討論になった。

「しかし、おめえさん達のインタビューが載る日が来るとはなあ」

 感慨深く、ハグリッドは雑誌を優しく撫でる。見た目は、【ドラゴンの飼い方】という書物だ。ブランクにより、魔法をかけて貰ったそうだ。

「ファンレターに紛れて、ディグルさんからお説教貰ったさ。あんまり、目立って欲しくなかったってさ」

 何故か、コンラッドからは手紙が来ない。読んでないか、無言の怒りか悩むところだ。祖父たるトトの反応を想像し、寒気が走る。

「今朝、モリーおばさまからお手紙が来たわ。ロンにね、ハリーとリータ=スキータを会わせた事をカンカンになって怒っていたわ」

 せせら笑うハーマイオニーの隣で、ルーナまで重苦しい雰囲気だった。

 ハグリッドに引率され、城に送り届けられる。アンブリッジのいない日は、親衛隊にさえ遭遇しなければ平穏に過ごせる。

 クローディア達は、女子トイレへ立ち寄る。

「ハリー、元気ないわね。それに、貴女もよ。ルーナ、何かあったの?」

 ハーマイオニーに問われ、ルーナは天井を背延びして見上げる。その間、クローディアは個室に誰もいまいか、確認した。

「あたし、余計な事、言っちゃったかもしれないんだ。でも、それにしては違う気がするから、確かだと言えないもン」

 つまり、ルーナは心当たりがある。しかし、それは直接の原因ではないと考えている。

「ルーナがそういうなら、きっと、原因は別さ」

「……そうね、多分、ルーナは関係ないわ」

 ルーナの胸中をそれとなく察し、2人は彼女を慰めた。ハーマイオニーは躊躇うような言い方だったが、ルーナを相手にしては、最大限の優しさを示していた。

「ハリーは、明日の晩まで様子を見るわ。色々あり過ぎて、疲れているだけならいいけど……」

 同じ寮にいる分、ハーマイオニー達に頼るしかない。

「変化があればベッロにもわかるのに……。私も『蛇語』、学びたいさ」

「『蛇語』を学ぶのも大事だけど、クローディアの『ポケベル』みたいにベッロの言葉も翻訳できたら、便利よねえ」

 ハーマイオニーの何気ない発想は、突拍子もなく、それでいて最高の思いつきだ。

「ルーナ! 手伝って欲しいさ」

 善は急げと、クローディアはルーナの部屋に行く。

 2人は徹夜で、メモ帳型の翻訳機を造り上げた。『蛇語』を聞き取ったメモ帳には、英語の文章が浮かぶ仕組みだ。読み終えれば、杖を消しゴムのようになぞれば消える。完全に『蛇語』用なので、ヴォルデモートが連れている蛇の会話もこれで訳せる。

 急に、ルーナはしゅーしゅーと口笛を吹くような音を吐く。白紙だったメモ帳に、【こんにちは】と浮かんだ。ツッコミよりも成功を喜ぶ。

「流石、ルーナさ。『蛇語』が話せるさ」

「挨拶程度だよ。パドマもよくやってたもン」

 パドマにベッロの主人の座を狙われている。手強い相手に身震いしてから、メモ帳を『説明書』と名付けた。実際の用途も意味も違うが、本来の効果を隠す意味でもある。

 

 寝ぼけた頭で午前中の授業を乗り切り、昼食は取らずに寮席で寝た。ここぞとばかりに、パンジーとミリセントが「居眠り、みっともない10点、減点よ、聞こえた? 10点、減点!」と叫んだ。10点減点を2回言ってしまい、一日の上限を超えたパンジーはその場で腹を抱えて悶絶した。

 慌てたミリセントによって、パンジーは大広間から連れ出された。

 睨みと言えば、スネイプだ。

 『魔法薬学』の授業中、何か言いたげに鋭い眼光を飛ばす。しかし、教職員は担当教科以外の情報を生徒に与えてはならない。

 そんな意味不明な法案を律儀に守るスネイプではない。他の生徒の前では、出来ない話がしたいのかもしれない。

(こりゃあ、ディグルさんと同じお説教がきそうさ)

 『強化薬』の調合を終え、クローディアは気づかれないように溜息を吐く。

 終業の鐘が鳴っても、スネイプは睨むだけで何も命じない。これ幸いと、クローディア達は慌てず騒がず、地下を後にした。

 夕食の席で、最悪の忘れ物に気づく。よりにもよって、作ったばかりの『説明書』を置いてきてしまった。

 そもそも、『数占い』の授業でハーマイオニーに見せるはずが、完全に寝ぼけていた。

 普段は一夜漬けなど余裕だが、今回はかなり頭を使った証拠だ。

(今日って、例の課外授業だったはずさ)

 現在、夕方6時半。講義が終わってから、取りに行ってもスネイプと会うのは必須。遠慮なく、責め苦を受ける羽目になる。

(よし、影に変身してから、さっと行って、さっと帰ってくるさ)

 ハリーを生贄にし、その隙に忘れ物を奪還する作戦に出た。

 廊下に出て、玄関ホールへ行くかてら、壁を触る。この辺りには時々、隠れ戸が現れるのだ。予想通り今日もあった。中に入りで影へと変じる。

 急いで、地下教室を目指す。

 この姿で廊下を進むのは、久しぶりだ。床から壁を辿り天井へと移る。不審な影の動きに気づかれないようにする為だ。

 階段を音もなく降り、授業のあった教室へ入り込む。教壇に無造作な形で置かれていた。これ幸いと、影の中から生身の手を出し、『説明書』を掴んだ。

 その瞬間、怒号が響いた。

「どういうつもりだ!」

 スネイプの声だ。吃驚して、クローディアは変身を解く。だが、教室に黒衣の教授はいない。声の発信源は、彼の個人研究室だろう。

「ベッロに『開心術』を使ってまで、父親の雄姿が見たかったわけだな!」

「僕は……僕……」

 軽蔑の声が吐き捨てられ、か細いハリーの声が聞こえた。

 話の内容から察するに、ハリーはベッロに『開心術』で父ジェームズの姿を見たようだ。それに対し、スネイプは烈火の如く怒っている。

 理由は後で聞くとし、クローディアはハリーを弁護しようと急いで廊下に飛び出す。研究室の扉が半開きになり、ベッロがこちらを見ていた。

「授業は、もうこれっきりだ。失せろ……」

 暗闇から聞こえる声は、感情を押さえ込でいた。走る足音と共に、ハリーは飛び出してきた。彼はクローディアの存在に驚いて、扉へとぶつかるように飛び退く。

「ク、クローディア……、あの……これは」

 しゃくり上げるような口調で、ハリーの目が泳ぐ。

《生徒は速やかに全員、寮へ戻りなさい。先生達は大至急職員室にお集まり下さい。例外はありません。今すぐです!》

 マクゴナガルの切羽詰まった校内放送が流れる。

 つまり、すぐにでもスネイプが研究室から出てくる。色々と身の危険を感じ、クローディアとハリーは走り出す。

 段を飛ばして、階段を走り抜けた。ハリーを引っ張るように、クローディアは寮への別れ道で、一度、足を止めた。寮に帰る為、人でごった返している。

「ハリー! ここで待っていた甲斐があったね!!」

 死角から、快活で大きな声がハリーを呼ぶ。

 人ごみが割れる。

 金色に輝き、ダイヤを散りばめたローブを着こんだ……バグマンだ。自意識過剰な衣装は、大臣としての品位の欠片もない。

 実際、その服装に生徒の視線も痛い。

「ハリー、君に会いたくて来たんだ。マクゴナガルに聞いたら、ここで待っていれば会えるからと聞いてね。試験に向け、勉強に励んでいるそうじゃないか、おや、クローディア! 君にも会いたかった!」

 勝手に喋り続けるバグマンは、クローディアに気づいて、更に笑みを強くする。色々とドン引きする2人を無視し、激しく握手してきた。

 魔法大臣だけでなく、げっそりとした顔のパーシー、不貞腐れたように顔を逸らすエイモス。アンブリッジの襟元を掴んだハグリッドだ。

 髪型の乱れたアンブリッジは、借りてきた猫のように大人しい。何処となく、生気もない。

「ハグリッド、職員室に行かなくていいの?」

 錯乱したようにハリーは、ハグリッドを見上げる。

「俺は大臣に同行しとる。見送りが済んだから、すぐに行くぞ」

「アンブリッジ尋問官は何かありましたか?」

 クローディアの質問に、バグマンは胸を張る。

「ドローレスは尋問官としての職務を解雇だ! これからは私の次官に専念して貰うよ! 今まで、この婆を押し付けて悪かったね!」

 自分の部下を堂々と婆呼ばわりした。

「どうして、解雇になったんですか?」

 唐突なアンブリッジの解雇。喜びよりも驚きが勝る。笑顔のバグマンは、エイモスの肩を抱き寄せる。

「エイモスがねえ、訴えを起こしたんだ♪ほら、なんて言ったっけ? あの雑誌、ほら、そこに書いてある【ザ・クィブラー】を所持したら、退学ってヤツ。これは、やりすぎ! そこまでの権限は与えてないのにねえ。まあ、いろいろとドローレスを横暴だって、投書も多くて多くて。エイモスも私との賭けに勝ったし、問題なく、解雇! あ、それとね、ルシウス=マルフォイも指名手配にしたから」

 物のついでに爆弾発言を落とされた。

「え? 逮捕ではなく、指名手配?」

 ハリーの呻き声を質問と捉えたバグマンが勝手に答える。

「いやあ、前々から、彼を尋問だ、逮捕だって、投書が多くて、多くて、それに取り巻きのなんて言ったっけ、あの2人? ファッジ大臣事件の真犯人、あいつらが脱獄した事も拍車をかけて、もう面倒だから、逮捕しようとしたら、お屋敷っていうか、城? から姿を消しちゃって、んで、指名手配なの。わかった?」

「大臣! それはまだ公式ではありません!」

 真っ青になったパーシーが喚く。

 だが、既に時遅し。野次馬の生徒から、ざわめきが起こる。

「ええ? いいじゃん、どうせ、明日には新聞に載るし、『例のあの人』もね、解禁! 禁止でもなかったけど……わははは」

 自己満足に笑うバグマンを振り払い、エイモスは大臣の服を乱暴に掴む。

「政務が滞りますので、帰りましょうか? 大臣?」

 ありったけの嫌味を込め、エイモスはバグマンを引き摺って歩き出した。

「ちょっと、待ってください。では、魔法省は『例のあの人』の復活を全面的に認めるんですか?」

 人の垣根を分け、コーマックは声を張り上げて質問する。

「おや? 君、マクラーゲンんとこの……え~と、ああ、コーマックか! 叔父さんとは、いい勝負をさせて貰ったよ。うん、認めるよー。認めてなかったのは、本当に一部だけだったし、詳しくは、明日の新聞でねえ」

 引き摺られたまま、バグマンは喋りつづけた。

「お~い、パース。もうちょっと、情報くれよ」

「そうそう、例えば、まだ『例のあの人』について、ウダウダと文句言っている奴かと」

 フレッドとジョージに声をかけられ、パーシーは露骨に顔を顰める。彼は誰とも目を合わさず、大臣達に続いた。

「ほら、見せもんじゃねえぞ。すぐに寮へ戻れ!」

 アンブリッジを振り回しながら、ハグリッドは野次馬の生徒へ呼びかける。抗議のブーイングを上げながら、監督生によって渋々、寮に向かって行った。

「じゃあな、ハリー、クローディア。良い方向に向かうぞ!」

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、地響きを鳴らして歩いて行った。

 残されたクローディアは、パドマやリサに連れられて寮へ帰った。ハリーもディーンとシェーマスが付き添ってくれた。

 

 寮の談話室では、アンブリッジの解任に盛り上がっていた。寮生が飲み物やクッキーなどのツマミを掻き集め、簡単な宴状態だ。

「これも、貴女とハリーのお陰よ」

 マリエッタがカボチャジュースを差し出して、微笑んだ。

「そうそう、貴女達のインタビューがキッカケ。皆、本当の事が知りたいけど、公式の場で貴女達は出て来れないように妨害されたわ。当事者の声を聞いて、色んな人が動いたの」

 ブルーベリーのスコーンを差し出したクララは、興奮して痙攣する。

 【ザ・クィブラー】の反響が形になった。

 その嬉しさを隠さず、クローディアは口元を緩ませてカボチャジュースを飲んでいた。

「おめでとう」

 通りすがるがてら、ロジャーはクローディアの頭を撫でた。すぐに背を向け、ザヴィアー達の傍へ行ってしまった。しかし、手の感触は確かにあった。

「私よりもルーナを褒めて欲しいさ。ルーナがお父さんに掲載を頼んだから、皆、読めれたさ」

 一番の功労者を見つけた。ルーナは、パドマからカボチャパイを貰って頬張っていた。

「ありがとう、ルーナ」

 クローディアは感謝を込め、ルーナに頭を下げた。

 談話室にいる全員の視線が自然とルーナへと集中する。視線を物ともせず、彼女は普段の態度で頷く。

「……え~と、おめでとう、ルーナ」

 遠慮勝ちだが、シーサーはルーナの肩へ触れる。それをキッカケに、次々と彼女の功労を称える声が続いた。

「……うん! 嬉しい」

 最初は、キョトンとしていたルーナだが、次第に太陽のような明るい笑顔を振りまいた。滅多に見せぬ笑顔に、何人かの生徒は見惚ていた。

 

 

 翌日、『例のあの人』復活の記事が一面を飾る。

【バグマン大臣、ハリー=ポッターへ謝罪!?】

 マルフォイ氏の指名手配は、四面で小さく載った。父親が指名手配な上に雑な扱いを受けたドラコに、多くの生徒は憐みを向けた。

 どんな状態でも、毅然としていたドラコも流石に落ち込んでいた。

「まだまだ、本格的じゃないわね。ほら、この辺なんて【ザ・クィブラー】の記事、丸パクリよ」

 ハーマイオニーは【日刊予言者新聞】を読み漁り、不満そうだ。

 クローディアも、ハリーが『閉心術』の課外授業を強制的に終わらされた事は不安だ。ロンは元々、課外授業を危険視していたので、寧ろ、終了を喜んでいた。

 だが、ダンブルドアは是が非でも、ハリーとスネイプに課外授業を続けように説得した。しかし、彼らはお互い2人きりになる事を拒んだ。あまりに頑固な意思に校長も諦める程だった。

[ハリーは基本は既に出来ている。楽観はできないが、追い詰めても身につかない]

 ベッロの意見を訳せば、後は彼の精神力にかかっている。

 それを危惧してではないが、フリットウィックを始めとした何人かの先生方が、クローディアとハリーにこっそり20点以上の寮点を与えてくれた。

 自分の行いが、認められた事でハリーの心は安定と共に平静だ。

 しかも、ヴォルデモート復活の為、ホグワーツには『闇払い』の護衛が配置されるようになった。その中にはトンクスの姿もある。

 大まかではあるが、順調に思えた。

 

 だが、アンブリッジに関してだけ、ヌカ喜びだった。

 本人は解任されたのだが、代わりにアンブリッジの肖像画が数枚、送られてきた。玄関ホール、各階段、競技場と至る所に飾られた。流石に、寮と教室やトイレ等は省かれた。

 これは、尋問官親衛隊の保護者による希望だ。アンブリッジがいなくなり、親衛隊を務めた生徒を守る為だそうだ。

 拒否すれば、彼らは一丸にとなって、アンブリッジの復職を訴えるといわれ、理事会が折れてしまった。

 ちなみに、親衛隊は今学期まで権利を続行する旨となり、フィルチが隊長を兼任する運びとなった。彼はアンブリッジがいなくなり、意気消沈だ。その分、生徒へ当たり散らしているように見えた。

 ドラコ達にしてみれば、管理人のフィルチの下という立場は不満だ。しかし、他生徒を減点できる悦びに多少は、我慢していた。

「なんか、前より悪化してない?」

 身だしなみを怒鳴りつけてくるアンブリッジの肖像画を見ながら、ネビルはげんなりした。




閲覧ありがとうございました。
ドラコは夏休暇から、嫌がらせの手紙を受けていました。学校の外からなので、スネイプにも庇いきれません。
ルーナの「言わないで」は自分で書いて、涙出てきました。
ハリーは何か月も『開心術』を受けて続け、使えないはずはないと思いました。
アンブリッジは尋問官以上の権限を使おうとしたので、解雇です。代わりに肖像画がこっちを見ている…いやだ。
●ルーファス=スクリムジョール
 闇払い局局長、ハリー曰く、ファッジとは違う意味で現実が見えないおっさんらしい。

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