こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:16年5月15日、誤字報告により修正入りました


16.修羅場

 グリモールド・プレイスの屋敷での休暇は、瞬く間に過ぎた。

 シリウスとクリーチャーは劇的でないにしろ、変化はあった。その証拠に、彼はクリーチャーに細かい事まで礼を述べるようになった。妖精も無愛想は変わらないが、ブツブツと小言はなくなった。

 ハリーは蛇の目を通した為、2度『閉心術』の講義を受けた。1度目は年末にスネイプ。2度目は正月にダンブルドア自ら相手した。

 スネイプの時は、シリウスが任務を放置してまで同席しようとした。

「このスニベルス! 課外授業を名目にハリーを苛めようとしても、そうはいかんぞ!」

「過保護の親馬鹿、セブルスの邪魔をするな」

 コンラッドからシャイニングウィザードの一撃を貰い、シリウスは追い出された。騒いだコンラッドも同様に、スネイプから追い出しを食らった。

 ダンブルドアの折にはクローディア達は『伸び耳』で盗み聞きしようとしたが、モリーに見つかった。

「みっともない真似をする暇があったら、宿題なさい!」

「「既に終わっています」」

 金切り声を上げて、モリーは怒鳴る。クローディアとハーマイオニーは余裕綽綽に答えた。

「油断大敵!!」

 今度はムーディに叱られた。しかも、『開心術』を用いて『閉心術』の難しさを教えられた。

 クローディアは一度、体験したせいか、ムーディからの術を防いだ。

「ほお、クロックフォードは『閉心術士』の素養があるぞ。良い良い、そのまま精進せよ」

 ちなみにハーマイオニー、ロン、フレッド、ジョージは『開心術』で忘れていたトラウマを掘り起こされて気分を沈ませていた。魔法をかけられる前に逃げ去ったジニーは賢明だ。

「何事だね?」

 無事に退院したアーサーは異常に暗い雰囲気の子供達を心底、心配した。

 ハリーとロン、ジニーも色んな人に勉強を見て貰いながら、宿題をすませた。フレッドとジョージは宿題の話題を上手く交わしながら、いそいそと悪戯道具製作に励んだ。

 

 

 明日、『夜の騎士バス』に乗車してホグワーツに帰る。

 荷造りの最中、ジュリアは皆の洗濯物を届けに来てくれた。

「あら? それ何?」

 広げた教科書やノート、丁寧に並べた中にあるメモ用紙をジュリアは指差した。

「ハリーの家の電話番号さ。私と電話番号を交換しているさ」

 物凄い上機嫌にジュリアは、微笑んだ。見た事ない笑顔に引き攣ってしまう。

「なんだあ、貴女達、電話交換する程、仲良しなんじゃない。知らないかもしれないけど、男女でそれをするのは、とっても良い仲ってことよ。私ね、ジョージが別れ話してくるのって貴女が原因なんじゃないかなって疑っちゃたわ。ゴメンなさいね?」

 期待に胸を躍らせてくるジュリアは、クローディアの反応を確認していた。

「ハリーとは仲の良い友達さ」

 一瞬の躊躇いもなく、即答した。返答に納得しきれない表情で、ジュリアは洗濯物を投げつけてきた。

「ジュリア。新学期の翌日、本部に居た人とかわかるさ? 来てすぐ帰った人でもいいさ」

 散らばった洗濯物を拾いながら、クローディアはジュリアに問う。

「ん~? 私は、勿論、いたわ。モリーおばさまを手伝う為にね。マンダンガス=フレッチャーもうろうろしてたし、背の高い黒人の……シャックルボルト? って人もいたかなあ。それがどうしたの?」

「クリーチャーに寂しい思いをさせていないか、知りたかっただけさ」

 ジュリアを適当にあしらい、思案に暮れる。ロケットを盗んだ犯人、一番の容疑者はマンダンガスだ。それはコンラッドも簡単に思い付ける。しかも、ジュリアの知らない団員もいるだろう。

 この場、この瞬間、推理するには難しい。出来る問題ならば、ハーマイオニーがとっくに解いている。

「嘘でしょう!」

 唐突にハーマイオニーが新聞の四面記事を見て叫ぶ。それはマグルの英国新聞で、記事は【『ノスタルジア・ホール』老朽化により、解体決定】であった。

「ハーマイオニーのお気に入りさ?」

「ここはベンジャミン=アロンダイトが最初に演奏した会場よ。それに以前、展覧会もやったわ。ジュリア、この会場が無くなっちゃうの?」

「ええ、持ち主は私のお祖父様だけど、もう維持費もかかるから解体して駐車場にするんですって」

 心底、残念そうなハーマイオニーと違い、ジュリアは達観していた。

 

 

 翌朝、シリウスは朝食の席にてハリーに奇妙な包みを渡す。皆、包みに注目した。

「これは『両面鏡』だ。どうしても、私と話したくなったら使いなさい。一応、マグゴナガルにも鏡を渡す話はしてあるから、あの先生にも使わせてあげてくれ」

 自信満々に説明するシリウスの後ろで、モリーが羨ましそうな顔で見ていた。

 いざ出発の時間。防寒対策で全員、完全防備した格好になった。

「ハリー、また私が襲われないように蛇を見張ってくれ」

 感謝を込めたアーサーの発言をハーマイオニーは不謹慎だと怒っていた。コンラッドとシリウスが護衛になり、ぞろぞろと屋敷を出る。厚着をしているにも関わらず、肌に冷気が叩きつけられた。

「私が呼ぶわ」

「君達が杖を出すのは本当に危なくなった時だけにしておけ」

 ハーマイオニーの挙手はシリウスに却下された。代わりにコンラッドの右腕を上げる。

 瞬く間に、3階建てのバスが派手な音と共に現れた。明るい紫色の色は白銀の街並みでよく目立つ。だが自分達以外、誰一人見向きもしない。

 これが魔法使い・魔女の為の乗物、『夜の騎士バス』だ。

「ようこそ、夜の騎士バスへ。私はスタン……」

 古そうな紫制服を着た細身の青年が乗車口から、顔を出した。堂々とメモを読み上げる彼をシリウスは遮る。

「やあご苦労さん。さあ皆、乗った、乗った」

 椅子や簡易寝台が適当に配置されたバスなど、初めてみた。そもそも、三階建てバスが初めてだ。心を躍らせながら、クローディア達は空いた席へと散らばって座る。

「彼はスタン=シャンクスよ。私の時も車掌をしていたわ」

「本当に何でも知ってるな」

 ハーマイオニーをロンはからかうように笑う。そのスタンはハリーに釘付けだ。

「いやー、アリーだ」

 よく通る声をシリウスが黙らせても、ハリーに気づいたのは他の乗客も同じだ。コソコソと盗み見ていた。

「無駄口はいいから、出発しろ」

 全員分の料金とチップを渡し、シリウスは命じた。各々が適当な席に座ったのを見計らい、スタンは運転席に声をかける。

 途端に乗車口は閉まる。閉まったと思った瞬間、大音響と共にバス全体が激しく揺れた。

 まるで箱の中に入れられ、振り回されているような体験だ。

「今日の運転、気が荒いさ?」

「いいや、普段通りの運転だよ。だからこそ緊急お助けバスでね。箒よりは速い」

 揺れに慣れた様子のコンラッドは、余裕を持って【ザ・クィブラー】を読み耽っていた。

 

 車酔いという単語は生温い、そんな気分で目的地ホグワーツ城門前に到着した。門の向こうでは、ハグリッドとファングが待つ。

 コンラッドが全員分の荷物を下ろし、シリウスは皆が降りるのを1人1人、確認していく。

 確認しているのは他の乗客、運転手も同じだ。ハグリッドの鋭い視線で彼らはさっと隠れた。

「では、私とこいつはここまでだ。良い新学期を」

 コンラッドの機械的な笑みは、クローディアと別れの握手を交わそうとした。

「勿論ですよ、お父さん」

 何故か、ジョージがその手を強く握った。呆気に取られたクローディアは手のやり場に困る。しかし、彼女の手はシリウスが受け取ってくれた。

「元気でな」

 緊張した声で告げ、シリウスはすぐに手を離した。そして、すぐに他の皆とも別れの握手を交わす。車酔いに負けたロンは真っ青な顔色のまま挨拶する。

 ハリーとだけ、シリウスは抱擁の挨拶を交わした。クローディア達が敷地内に入り、『夜の騎士バス』は空間に埋め込まれるような動きで消えた。

「皆、無事だなあ。よく休めたか?」

 ハグリッドに挨拶し、彼が雪掻きしてくれた道を歩く。ファングは好意的にぐるぐる回りながら走る。

「おめえさん達がいねえ間に、ちぃと変化があった。トレローニー先生が解雇されちまった。アンブリッジめが、ついにやりやがった」

 ロンが複雑そうに「うへえ!」と声を上げた。

「それじゃあ『占い学』はどうなるの?」

 ジニーは厳しい声で、授業の心配をした。

「心配ねえ、校長先生がフィレンツェを抜擢した。そのせいで仲間のケンタウルスから追放されちまったがな」

 色々と驚いたが、脳内で情報を整理する。フィレンツェは閉鎖的なケンタウルスにしては、ダンブルドア、またはハリーに協力的だ。緊迫する事態を見過ごせず、森から出てきてくれたのだ。

 しかし、困った疑問も残る。

「ケンタウルスの言い回しは、理解しにくいって前に言わなかったさ? シニストラ先生に質問した時、彼らの言い分を本気にするなって言われたさ」

「トレローニーだって僕らには理解しにくいし、どっこいどっこいだ」

 やれやれとロンは肩を竦め、ハリーは噴き出して笑った。

「そうそう。そんで、おめえさん達に会わせたい奴がおるんだ。俺の家に寄ってくれ」

 そのままゾロゾロとハグリッドの小屋に連れて行かれる。彼が暖炉に火を入れ、室内が暖かくなる。暑くなったので皆、上着を脱いだ。

 ベッロがヤカンを温め、紅茶を用意する。その間、ハグリッドは奥の棚に置いてあった虫籠を机に置いた。ベッロの虫籠によく似ている。

「チャーリーに渡しとったもんだ。去年、返してもらっていたんだが、おめえさんに返すのを忘れちまってた」

 クローディアが最初に覗いてみる。

 

 ――何かが、寝ていた。

 

 ほとんど半裸で腰元に布を巻いた人がいた。一目見ただけで、男と判断出来る。否、柔らかそうな肩幅、頬の曲線は少年のような印象も受ける。

「この人は誰さ?」

「こいつは、俺の弟だ」

 躊躇うような紹介の仕方は皆、驚く。押し合うように虫籠を覗きこんだ。

「まさか、ハグリッド! なんて、ことだ! 巨人をここに閉じ込めるだなんて!」

 ロンが悲鳴を上げた。悲鳴の意味はわかる。ハグリッドの弟、つまり、ここにいるのは巨人だ。まず、彼が巨人である事実にフレッド、ジョージ、ジニーは絶句した。

 絶句したが、3人は意外にすんなり受け入れてくれた。ホムンクルスのクローディア、人狼のルーピン等の人外と関わりを持っている為に精神的免疫が強いのだろう。

「閉じ込めてねえ、ここが気に入っているんだ。寝る時は特にな。俺とは腹違いの弟だ。名前はグロウプだ。こいつは英語が喋れねえが多分、そう言っとる。お袋はこいつにも優しくなかった。実際、グロウプは他の奴に比べるとちいせえんだ」

 他を知らぬので、同意も出来ない。

「ずっと、ここにいるの?」

「いんにゃ、天気の良い日はバックビークと森で遊ばせたり、俺が英語を教えちょる」

「「バックビークが食べられちゃうぜ!」」

 意気揚揚とフレッド、ジョージはからかった。

「最後まで聞け。校長先生やブランク先生も手伝ってくれてな。巨人を人間の大きさにする魔法をかけてくれるんじゃ。それで、俺やバックビークとも思いっきり遊べる」

 ハーマイオニーの質問をハグリッドは上機嫌に答える。

「お母さんが巨人だよね、元気だった?」

「あ~、ずっと前に亡くなったらしい」

 特に気にした様子もなく、ハグリッドは事実だけ述べる。ハーマイオニーとジニーは哀惜に顔を歪める。

「気にすんなあ。俺あ、お袋にあんま良い思い出はねえ」

 虫籠を眺めていたクローディアは、不意に思い付く。

「人間のお父さんと巨人のお母さんが夫婦になるって、小さくなる魔法のおかげさ?」

「おう、そうだ。親父がお袋に魔法をかけたといっとった。巨人との戦いが起こる前は、そう珍しくもなかったと校長先生もおっしゃってくれたぞ」

 ダンブルドアに対する敬意で、ハグリッドは優しく目を細める。

「アンブリッジには気づかれてないわよね?」

「勿論、バレてねえよ。だが、グロウプをきちんと教育できたら皆にお披露目だあ。もう少し英語が喋れれば、ブランク先生も成績上位の生徒と会わせてえと言ってくれた」

 我が事のように自慢するが、それはグロウプが教材扱いにされているに他ならない。ハグリッドを傷つけないように、それとなく説明しても彼は浮かれて聞き入れなかった。

 

 玄関ホールの全校掲示板に『占い学』に関する告知が貼られていた。

「トレローニー先生は、これまで通り塔にお住まいです? 質問のある生徒は遠慮なく訪問されたし……か」

 ダンブルドアに伴われ、廊下を闊歩するフィレンツェを見やる。金髪を流す彼に女子生徒の見惚れた視線が熱い。クローディアには彼が良い上腕二頭筋を持っているという感想しか持てなかった。

 寮の談話室でも、女子の話題はフィレンツェだ。次の『ホグズミード村』がバレンタインデーと重なるので彼を誘えないかと話していた。

 その集団の中で、チョウを見かけた。彼女を見ていると、ジュリアと被った。

「チョウ、ちょっといいさ?」

 自然にチョウを談話室の外へと連れ出した。談話室と違い、寒い。

「本題に入るけど、ハリーのことさ」

 チョウはあからさまに嫌そうな顔をして、顔を背ける。

「マリエッタと同じ事を言うつもり? 私が誰と付き合おうと関係ないじゃない」

「その前にセドリックとのことをキチンと清算するさ。それをしないでハリーと恋人になろうなんて、考えるな」

 目を丸くするチョウの額に人差し指を突き付け、クローディアは睨まない程度に見据えた。

「これはチョウの為さ。本当に誰が好きなのかはチョウしか知らないさ。だから、負担が少ないほうを選ぶさ」

 無遠慮ともいえる忠告は、チョウの心に届いていた。彼女からセドリックへの罪悪感を見てとれる。

 何も言わず、チョウはドアノッカーの問いかけに答えて談話室へ飛び込んだ。この御節介で、彼女と溝が出来てしまう不安はあった。

 だが、必死にジュリアとケジメをつけようとしているジョージを見て、あっさりと次へ行くチョウに腹も立っていた。

 螺旋階段をリサとセシルが下りてきた。

「久しぶり。今、着いたさ?」

「いいえ、トレローニー先生にご挨拶してましたの」

「16年も自分の家だった! アンブリッジのいるこんな場所にいたくない! とか、支離滅裂な事を言っていた。行くところあるんですか? って聞いたら、泣かれた」

 やれやれと、セシルは肩を竦める。

 トレローニーはヴォルデモートに関する『予言』を2度も告げている。故に、ダンブルドアも無碍に扱わず、塔への入居を継続させているのだろう。寧ろ、感謝すべきだ。否、涙がある意味、感謝の現れなのかもしれない。

 確かめる気は、ない。

 

 アンブリッジの訪問は休暇前と同じ、週3に戻った。彼女がいない間、バグマンは勝手な採決をいくつも行った為だ。シリウスの件もそのひとつである。

 うかうか魔法省を抜けられないのだろうと、クララはアンブリッジを嘲笑した。

 

 

 新学期から一週間もせぬ内におぞましい報道がなされた。アズカバンから集団脱獄が起こったのだ。男12人、女1人の13人もだ。脱獄にはクラウチJrの手引きが憶測として挙がった。

 【日刊予言者新聞】には、脱獄囚の犯罪歴が掲載され、誰もが一字一句、読み耽る。

 ドロホフ、ルックウッド、レストレンジ、グラップ、ゴイル……ペティグリューまでいた。

「あいつ便乗して脱走したさ!?」

「『死喰い人』の仲間に入れてもらえるとでも思っているのかしらね?」

 軽蔑したパドマは写真のペティグリューを杖先で突く。写真なのに彼は杖を避けようと枠内を逃げ回った。

「まあ、ネビルのご両親に、スーザンの親戚まで……」

 犠牲者の紹介までされ、その面子の一覧にリサは衝撃を受けていた。身内に該当者がいる生徒は好奇心や憐みの視線を向けられ、スーザンは精神的に参っていた。

 しかし、ネビルは平然とし、どんな視線も物ともしていなかった。ハーマイオニー達は、彼の両親と出会った事を決して口にしなかった。

 

 集団脱走に、ハリーは予想以上の憤慨を見せていた。何故なら、何の予兆もなかったからだ。『閉心術』を習得している証拠だと、ハーマイオニーとロンは説得した。しかし、彼はヴォルデモートの動きを知る手段がなくなり、逆に後手に回ってしまうのではと思い詰め出した。

 DAの折、皆が集まる前にクローディアもハリーを宥めた。

「ハリー、情報欲しさでヴォルデモートに心を許したら、元も子もないさ」

「スネイプが僕に『閉心術』を教えるなんて、ヴォルデモートの情報を僕に流させない心づもりなんじゃないの? あいつは、『死喰い人』だ! 僕の頭をめちゃくちゃにして、嘲笑いただけなんだ! ヴォルデモートに身体を奪われるかもしれないっていうけど、ボニフェースが守ってくれている!」

 憤りを抑えられないハリーは、クローディアに喰ってかかった。

「ハリー! ボニフェースを当てにしちゃだめよ。それこそ、ヴォル、デ、モートと共感してしまうわ。貴方はボニフェースと友達じゃないのよ! ずっと前に亡くなったんだから!」

 慄いたハーマイオニーの叫んだ後、コリン達が現れたので話は無理やり中断させられた。

「今日の課題はクローディアに任せるよ」

 気が治まらないハリーに御鉢を回され、クローディアは全員の視線を受けた。期待に満ちた眼差しは違う意味で緊張する。

 自分の足元を見て、自由自在に動く影を意識する。『動物もどき』を教えても、あれは成功に年単位を要する。故に、普段から思っていた疑問のようなものを口にする。

「魔法の基本は相手から目を逸らさない事だけど、意識するだけで使えるようになれないさ? 例えば、私の後ろにハリーがいるから、彼を見ずに魔法をかけられないかなって思うさ」

 突拍子もない疑問のような案を口走る。基本の基本を根本から覆している自覚はある。しかし、『呼び寄せ呪文』など、視界にないモノにも魔法はかけられる。

 背後に敵が迫っても、気配を感じとれる相手に魔法がかけられば十分な防衛だ。

「そんな馬鹿な話はないわ」

 ダフネがせせら笑う。ルーナはじっと壁にある鏡を眺めていた。その様子を見るとはなしに見ていたアンジェリーナは閃いて、声を上げる。

「見えない相手には無理でも、鏡に映った相手なら、魔法をかけられるかもしれない」

 これも突拍子がなかった。しかし、まだ現実味を帯びていた。

 早速、2人一組で鏡に向かい、後ろにいる相手に『失神呪文』をかける訓練が行われた。傍から見れば、間抜けに見える姿だが、中々に難しく、クローディア、ハーマイオニー、セドリック、ハリーと実践できた者は少ない。

 少なくても、成功者がいる。これにより全員、俄然やる気になった。気合いが入っているのは訓練方法もあるが、『死喰い人』の脱走も原因のひとつだろう。

 特にネビルの成長は目を見張る。30分もせず、彼は鏡に映ったシェーマスへの『失神呪文』を成功させた。

 セオドールもブレーズに失神まで至れずとも、魔法は命中していた。

「これなら、俺も部屋でこっそりできるな」

 解散の時間になり、セオドールとセシルは急いで部屋を後にした。『2人の時間』に間に合わせる為だ。

 ハリーもクローディア達から逃げるように出て行った。逃げた彼には、ベッロの見張りを決定した。

 フレッドとジョージは残った面子へ新作商品『首なし帽子』の宣伝を行う。リーが実験体になり、羽飾りの帽子を被る。途端に、帽子と首が消えた。女子は悲鳴を上げ、男子は興味深そうに笑う。リーから帽子をとれば、元に戻った。

 クレメンスがひとつ2ガリオンで購入していった。

「他にはどんなモノがあるんだ?」

 セドリックやアーミー、テリー、マイケル、アンソニー、ジャスティン等の男子に急かされ、フレッドとジョージは喜んで新たな販売リストを配った。

「あれは『透明呪文』の延長よ。難しい魔法にえ」

 首なしに驚かされたエロイーズは、まだ心臓が速く脈打っていた。

 

 アンブリッジの新しい告知も出た。今度は教職員に担当教科以外の情報を生徒に与えてはならぬという法令だった。

 これを逆手にとったリーは7年生の『闇の魔術への防衛術』を見学に来たアンブリッジに、新たな法令では尋問官との会話さえ成立しないと指摘した。

「何の担当でもない尋問官殿は、尋問する権利さえありません!」

 自信満々に言い放ったリーに、何人かがこっそり拍手を送る。彼としては真剣にアンブリッジを馬鹿にしたつもりだった。結果、その場で尋問官に連行された。

 ダートは一切、庇わなかった。

 リーの手に、罰則の痕を見つけたハリーはマートラップのエキスを教えてあげた。

 

 フィレンツェによる『占い学』は、大変面白みがあると評判になった。

「やめずに続けて良かったですわ」

 頬を紅く染めたリサは『占い学』を心底、楽しむようになった。

「見て、先生の髪よ。人間より丈夫」

 セシルはケンタウルスの存在に興奮していた。

 ハーマイオニーはパーバティやラベンダーから色々と上から目線で、嫌味を言われたらしい。

「私、馬はそんなに好きじゃないのよ」

 『占い学』に未練のないハーマイオニーの適当な言い訳がクローディアには可愛らしく思えた。

 

 

 新学期最初のクィディッチ、レイブンクロー対スリザリン戦はまさかの敗北だ。それでも、20点差という僅差が救いだ。それというのも、ドラコ達が耳元で「減点」「減点」を囁いて妨害したとロジャーは訴えた。スネイプは勿論、アンブリッジに庇われてスリザリンの勝利は覆らなかった。

 

 月末、『姿現わし』練習コースの告知が貼り出され、6年生は安堵した。普段より告知が遅かったので、講義そのものが中止になったのではと心配する声もあったところだ。

 チョウ、ミム、マリエッタも参加者として記入していた。

 

 

 2月14日、『ホグズミード村』への外出は抑圧された学校生活からの僅かな解放感を与える。

 早めに大広間へ行こうとすれば、ユニフォームに着替えたジニーやアンジェリーナ、アリシア、ケイティと出くわした。

「折角の外出日に練習なの?」

 マンディが遠慮なく言い放ち、アンジェリーナから一睨みされる。

「今月のハッフルパフ戦に備えてるのよ。勝利の為に止む無しね」

 ジニーは堂々と言い放ち、彼女達は競技場へと向かった。

「休む時は休まないといけないのよ」

 憐れむような視線で、サリーはジニー達を見送る。

「いや、ハッフルパフに敗けたおまえこそ、もっと必死に練習しろよ」

 アンソニーのツッコミに、サリーは鋭い睨みを返した。

「クローディア! デートしようぜ」

 二重扉の前、元気溌剌のジョージにクローディアは呼び止められた。パドマとパーバティが嬉しそうに小さく黄色い声を上げ、ジャスティンは口笛を吹く。

 呆気に取られたクローディアに、ジョージは耳打ちした。

「(ジュリアがやっと別れてくれたんだ。今すぐ付き合ってとか言わないから、頑張った俺にご褒美くれ)」

 すぐには信じられない。ジュリアの執拗な態度を知る故に決してジョージを離さないはずだ。しかし、解放感に満ち足りた彼を再び、悩ませたくない。

「わかったさ、今日はジョージに付き合うさ」

 クローディアの了解をジョージは万歳してまで喜んだ。

「クローディア、お昼頃『ホッグズ・ヘッド』に行きましょう。ハリーとルーナも一緒よ」

 ハーマイオニーが空気も読まず、誘ってきた。思わず、クローディアとジョージは硬直してしまう。

 遠巻きに見ていたミムやマリエッタ、シーサーまで白けた目でハーマイオニーを眺める。その視線に気づき、彼女は野次馬を振り返る。

「何? そんな空気を読まない馬鹿を見る目は?」

 気を取り直したジョージが咳払いし、自然な笑顔を見せる。

「クローディアは俺が責任持って、連れて行くからな」

 その言葉だけでハーマイオニーは察した。

「勿論、ジョージも一緒でいいわ。それじゃあ……後でね」

 縁談の付添人のような笑みを見せ、ハーマイオニーはそそくさと去って行った。完全にジョージとの仲を応援され、胸中に複雑な思いを巡らせた。

 

 簡単に朝食を終わらせ、クローディアは急いで寮に戻る。今日の服は適当な厚着をしただけなのでデートに向かない。

 休日の惰眠を貪っていたリサを起こし、服装の確認をして貰う。寝起きで機嫌が悪い彼女も、ジョージとデートだと教えれば喜んで協力してくれた。

 ストッキングにデニムを履き、タートルネックを大きめのアウターで覆う。髪は首元で団子にし、耳には赤い石のイヤリングだ。

「これ、一昨年のクリスマスパーティで使った化粧です。ファンデと色つきリップをして、はい上出来です」

 リサからOKを貰い、感謝して玄関ホールに急いだ。

 『隻眼の魔女象』に持たれかかり、ジョージはいた。一度も見た覚えのないお洒落な格好だ。彼の見目に合せた自然な服装で、普段より大人びて見えた。

 超特急で着替えてきたクローディアの姿は、ジョージを喜ばせた。

 フィルチによる荷物チェックを受ける列に並び、2人の手は触れそうで触れない距離にあった。自然と肌が触れても避けないが、手を握るという行為にまで至らない。

「おい」

 若干、震えた声が背後からかけられた。見ずとも判断出来る相手だが、列に並んでいるので無視もできない。仕方なくドラコを振り返る。

 取り巻きグラップ、ゴイル、そして、セオドールを連れていた。セオドールは他の2人同様、小馬鹿にするような笑みを見せていた。

「何故、ウィーズリーの片割れといるんだ? 仲良しの『穢れた血』はどうした?」

 ハーマイオニーへの侮辱を耳にした瞬間、影でドラコの頭を叩く。突然の痛みに、彼は一瞬だけ怪訝した。

「私達はデートさ。それ以外、何も答えないさ」

 その証拠を見せ付ける為、クローディアはジョージの手を握った。逞しい手の感触は、心臓の脈を早めるのに十分な温度も持っていた。

「ド貧乏のウィーズリーとだと!? 堕ちるところまで堕ちたな。クロックフォード。少なくとも、ディビーズは純血の家系で僕より劣るがそれなりの財はあったぞ」

 本気で軽蔑した目つきに、いつもの笑みはない。

 寧ろ、ロジャーの家が裕福など初耳だ。

「ほら次だ。さっさと来い」

 フィルチに呼ばれ、クローディアとジョージは荷物チェックを終えた。後ろにいるドラコ達を撒く為に馬車道を小走りで突き進む。先にいたパドマとジャスティンも追い抜いた。

 

 無事にホグズミードへ着き、2人は深呼吸する。疲労はではなく、いよいよデート開始という緊張感によるものだ。

「ちくしょー、俺も試合でてえ! セドリックめ、俺はチームワークに向かないとか、酷くない?」

「いや、その通りじゃん」

 ザカリアスに絡まれたアーミーは、辛辣に返す。

「ねえ、デレク。私と一緒に『三本の箒』でお昼食べない?」

「それ、ペロプスにも言ってたよね? 断られたの知っているから」

 ロメルダの誘いをデレクは愛想笑いで断る。

 そんな人々を通りすぎ、クローディアは異常を感じる。否、村の様子が普段通りすぎる。理由はすぐに知れた。手配書の貼られた掲示板にはアズカバン脱走者への賞金が1000ガリオンもかけられている。それなのに吸魂鬼が1人もいない。

 休暇前にはクラウチJr捜索の為に2人はいた。

「どうして、吸魂鬼はいなくなったさ?」

「親父が手紙をくれたよ。あいつらは魔法省に従わなくなっているってな。バグマンだからじゃない。あいつら自身が『例のあの人』に与しようと考えているのかもな」

 深刻な声で、ジョージも辺りを見回した。

 そうこうしていると、足は自然とマダム・パディフットの店に着いていた。小さくてもお洒落な喫茶店は、女子の間では恋人との憩いの場として知られる。

 試験や試合や、死地とも違う緊張感が耳の後ろまで痙攣させる。ジョージの手を更に握り、クローディアは覚悟を決めて入店する。

 金色のキューピッドがテーブルの数だけ浮かび、着席したカップルに向けてピンクの花吹雪を振りかける。ロックハートのバレンタインを彷彿とさせる飾り付けだった。勿論、彼と違い、店内の雰囲気と調和できている。

 テーブルは窓際のひとつしか残っておらず、傍にはロジャーとデメルサ、セドリックとチョウ、パドマとジャスティンと顔見知りの恋人達がいる。

(ついに、シーサーと同じだけ歳の離れた女子にまで……)

 ロジャーのプレイボーイっぷりに呆れながら、2人はテーブルに腰かけた。ロジャーはクローディアに気づいても、一瞥すらしない。

 豊満な女性であるマダム・パディフットが注文を取りにきたので、無難なコーヒーしか浮かばない。話題を探し、脳内の記憶を検索した。

「あ、あのさ。ジョージはどうして、私を好きになったのか、聞いてもいいさ?」

 口にしてから、不躾な質問だったと後悔してしまう。ジョージはただ、穏やかに笑い返す。

「覚えてないかもしれねえけど、3年前の今日、ロックハートが馬鹿みたいなバレンタインしたろ? その時、君は言ってくれた。俺と恋人になれたら、嬉しいって……」

 懐かしむジョージに悪いが、全く記憶にない。強張った笑顔になっても、彼の穏やかさはより強くなる。

「俺、多分、その言葉でノックアウトされちまっていたんだ。気づいたのは、どこぞのディービーズのせいだけどな」

 多分、ロジャーに間違いない。その彼は隣でデメルサと熱いキスを交わしていた。

「クローディアの覚悟が決まったら教えてくれ。その時は君の心をノックアウトさせてやるから」

 告白を受ける覚悟の事だ。ジュリアと清算してくれれば、告白を受けると約束した。その時を回想して、体が芯まで熱くなる。

「あ、え、ジョージ……!?」

 視界の隅にある違和感に窓を見やる。曇り硝子の向こうで、ジュリアだとわかる人が張り付いていた。ジョージも驚いて声にならない悲鳴を上げた。

 向こうから見えていないはずだが、ジュリアらしき影は正面へ移動して、乱暴に扉を開けた。靡く赤い髪は、彼女の怒りに呼応しているように錯覚してしまう。それ程、憤りが伝わってくる。

 他の恋人達も、ジュリアの登場に目を見張る。

「お客様、ただいま満席ですの。出直してらして」

 マダム・パディフットの制しを無視して、ジュリアの手はクローディアを掴んで連れ出す。修羅場を予感し、店内を巻きこまない為に黙って従った。ジョージはお代を置いて、すぐに着いてきた。

 誰もが修羅場に興味津々の視線を送ってきた。

 今日は何処に行っても人が大勢いる。しかし、『叫びの屋敷』付近には誰もいない。立ち入り禁止の限界区域まで来てしまった。

「この泥棒猫! 大嘘つき!」

 怒り狂ったジュリアの平手が飛んできたので、簡単に避ける。

「止まりなさいよ、卑怯者! そうやって私を見下して! 何もかも奪っていくのね!」

「何にも奪ってないさ」

 掴みかかってくるジュリアの手や足を難なく避け、段々と心が冷静になって行く。ジョージと別れたフリをして、彼の新しい相手を確認しに来たのだ。

「やめろ、ジュリア! 俺とおまえは終わったんだ! クローディアの事がなくても、俺はおまえを愛してない! いい加減、気づいてくれ!」

 ジョージの腹の底から響く怒声に、ジュリアは絶望の表情で動きをとめた。

「嘘よ、嘘、私に悪いところがないのに、どうしてそんなこと言うの!?」

 自らの顔を引っ掻いてまで、ジュリアはジョージに縋ろうとしたが、彼は振り払う。

「クローディアが俺を選ばなくても、俺はおまえを選ばない」

 毅然とした宣言はジュリアに涙さえ流させない程、衝撃を与えた。喘ぎ声だけ上げ、彼女は転がるように走り去った。ジョージは決して追わない。

 それをクローディアは黙って見送る。折角の親族とこれで完全な亀裂を生んでしまった。そもそも、男女の諍いを穏便に済ませるには3人とも経験も浅く、若過ぎた。

〔若さゆえの過ちってやつさ〕

 日本語で呟き、その言葉の重みをより深く理解した。

 

 2人は無言のまま、『ホッグズ・ヘッド』を目指す。白けたのではなく、適切な言葉がお互い浮かばなかった。特にジョージは相手を気遣う性格だ。ジュリアに吐いた暴言を後悔しているだろう。

 2度目の来店だが、やはり不衛生な店である。前回より、ホグワーツの生徒が大勢いた。それを迷惑そうにバーテンは睨んでいた。千客万来を喜ばない接客業はいかがなものかと、疑問した。

 この鋭い眼光のバーテンが校長の弟などと、今でも信じられない。

「クローディア! こっちよ」

 客の多さで見えにくいが、ハーマイオニーの声に導かれる。暖炉脇のテーブルに彼女はいた。ハリーとルーナ、カメラを構えたコリン、身なりが汚れたスキーターまで一緒だ。

 記者の存在に、ジョージは遠慮なく顔を歪めた。

「やっぱりジョージも一緒ね。もっと、ゆっくり来てもよかったのよ」

 ハーマイオニーの笑顔が眩しい。ハリーはクローディアから顔を背き、隣テーブルの毛むくじゃらの男の毛先を眺めていた。その毛むくじゃらが、セオドールだと察した。

「これはこれは一世を風靡したスキーター女史。最近、めっきり記事を拝見しておりませんでしたので、てっきり引退なさったと喜んでおりました」

 厭味ったらしく、ジョージはスキーターに挨拶する。彼女は余裕を持ち、ファイア・ウィスキーを呷った。

「もしかしなくて、ハリーをインタビューさせるつもりさ? コリンは写真で、ルーナのお父さんの雑誌に?」

 ハリー、ルーナ、スキーターを順番に見つめてから、ハーマイオニーに確認する。

「うん、今朝、ハーマイオニーに誘われたんだもン。パパも喜ぶよ」

 カクテル・オニオンに串を刺し、ルーナは答えた。ハリーも右に同じと、答えた。

「名誉ある仕事を引き受けました!」

 カメラを掲げ、コリンは上機嫌で快活に笑う。初耳と言わんばかりにスキーターはもう一度、ファイア・ウィスキーを呷る。

「あたくしなんかの手を借りなくとも、新聞にはハリーのとんでもない記事が載っていたざんすよ」

 その目には悔しさが滲み出ていた。当然だ。ハリーを追いかけていたはずなのに、ベッロ達に邪魔をされた揚句、ハーマイオニーに捕獲され、記事を書けば未登録の『動物もどき』とバラすと脅されたのだ。

 それを公開されれば、スキーターは記事にされる側へ早変わりだ。同情や憐みなど、浮かばない。

「スキーター女史の手に比べれば可愛いものですよ。貴女なら、もっと凄惨極まる記事になり、ハリーはより追い詰められていたでしょう」

 ジョージの辛辣な称賛をスキーターは無視した。

「それでハリー? あたくしなんぞより、やわらかな記事を読んで、どんな気持ち? ファッジ殺害容疑までかけられて、ダンブルドアはどんな風に慰めたの?」

「もうインタビューを始められるんですか? でしたら、ご自慢の自動速記羽根ペンをどうぞ」

 抑揚のない声でハリーは確認していた。感情を殺したような口調だった。『閉心術』の成果が顕れているだと、クローディアは感心する。

 しかし、スキーターは好奇心に満ちた純粋な眼差しをハリーへ向けてきた。

「本当に? あたくしのインタビューに答えて下さると? 『例のあの人』が戻った事も、ファッジ大臣の暗殺も?」

「ええそうよ。貴女の記事はこちらのルーナ=ラブグッドの父親が編集している【ザ・クィブラー】に載ります」

 ハーマイオニーの強い口調に、スキーターはわざとらしく噴き出した。

「は? あのボロ雑誌? あたくしの記事をあんなイカレた雑誌に載せるなんて!」

 今までと違い、声に迫力があった。高圧的な態度で、こちらを責め立てる。しかし、コリンも含め、誰も怯まない。

「パパの雑誌は、どんなに笑われても大衆に伝えたい記事を載せるんだもン。人の顔色窺いをする【日刊予言者新聞】はヘボ! パパはそう思ってるよ」

 父親を我が事のように誇り、ルーナはカクテル・オニオンを一気飲みした。煩わしそうにスキーターは、彼女を蔑んだ。

「あんな雑誌に載ったって、誰が信じるもんかい! あたくしに記事の内容を任せてくれるなら、新聞も協力的ざんすよ。ねえ、ハリー?」

 声色がコロコロ変わるスキーターが滑稽に思えて鼻で笑ってしまう。

「スキーターさん、【ザ・クィブラー】は流行の最先端にあります。ヴォルデモートの復活を信じる人は、確実に読んでいますよ。ああ、私に言われなくても、スキーターさん程のパパラッチなら勿論、ご存じでしょうけどね」

 作り笑顔で声を穏やかに、礼儀正しくクローディアは挑発する。ヴォルデモートの名に、こっそり盗み聞きしていた周囲はビクッと肩を痙攣させた。

 スキーターは、初めてクローディアに気づいたような目つきで凝視した。

「思い出したざんす。お嬢さん、【ザ・クィブラー】に載せるなら、あたくしのインタビューに答えると言って下ったね!」

 完全に忘れていたが、記憶が刺激されて思い返す。あれはスキーターを交わす為の方便だった。

「ええ、いいですよ。ただし、一語でも私の言葉と違っていれば、……そんな自己満足、修正します」

 【週刊魔女】に掲載された記事。その時の憤りが蘇り、知らずと拳を鳴らしてクローディアは吐き捨てる。

 ハーマイオニーとルーナ、コリンは表情を輝かせたが、ハリーとジョージは表情が強張っていた。

「正気か、この婆の名声を上げる手伝いをするなんて!」

「あたくし、婆などと呼ばれる歳じゃございません!」

 慌てふためいたジョージに、烈火の如くスキーターは反論した。

「いいんだね?」

 怪訝そうに眉を寄せ、ハリーは確認する。勿論、クローディアは是とした。

「それで、あたくしへの支払いはおいくらかしら?」

「パパは寄稿者に支払いなんか、してないと思うよ。だから、本当に記事にして欲しい人しか、パパに頼まないんだもン」

 無報酬。スキーターの口元が痙攣し、ハーマイオニーを睨んだ。

「そんなにお金に困っているんですか?」

 素朴な疑問をコリンが口にすると、ジョージが噴き出して笑う。侮辱されたと思い、スキーターは耳まで真っ赤に染まった。

「スキーター女史、『例のあの人』が蘇った。これを魔法省が全面的に認めた時、今日、独占インタビューした貴女は何処からも引っ張りダコだ。違いますかね?」

 語尾だけ、ジョージは真摯に問うた。彼の言わんとする事を察したスキーターは、渋々、納得した。

 

 そこから、スキーターの執拗なインタビューは始まった。大まかな事から、事細かい部分まで、詳細に聞かれた。ヴォルデモート復活の晩、ファッジ殺害の現場はハリーは身を切るような思いで語った。

 クローディアも自宅が襲撃された出来事を語った。ドリスを置いて逃げる瞬間を思い返し、辛さで何度も、言葉に詰まる。その度にジョージが手を握ってくれた。

「貴方、お名前なんだったかしら?」

 最後にスキーターが興味津々にジョージへ質問した。ハーマイオニーは「プライバシーの侵害」と一蹴した。

「いろんな投稿が多くて、パパもいっぱいいっぱいだから、ハリーの分は次の号になると思うなあ」

 漠然とした言い方で、ルーナはうわ言のように教えてくれた。普段通りの彼女は安心させてくれる。ただ気がかり事が一点ある。

「(ノットの父親について、教えて良かったさ?)」

「(ご心配なく、彼の許可はとってあるわ)」

 ハーマイオニーは店内を見渡すフリをして、毛むくじゃら男を一瞥した。

 帰り道は、皆が気を効かしてジョージと2人だけになる。行きとは違い、帰りはゆっくりと歩く。

「さっきは手をありがとうさ。その……元気出たさ」

「……素直なクローディアも悪くないな」

 2人の話題はグリフィンドールの特訓に変わった。互いの関係はジュリアの存在が尾を引いて進まないだろう。せめて、今、一緒に歩いている時間だけは誰にも邪魔されたくなかった。

 

 寮に帰り、パドマやリサにジョージとのデートを問い詰められた。ジュリアに関して、簡潔に話して終わる。代わりに、【ザ・クィブラー】に投稿する話を聞かせた。

「まあ! すぐに予約してくるわ!」

「貴女の言葉が活字になるなんて、素晴らしいですわ」

 2人は我が事のように喜んでくれた。これで、より多くの人々が【ザ・クィブラー】を読むだろう。ただでさえ、多忙なラブグッド氏を更なる労働を課す事態を招くに違いない。

 クローディアはラブグッド氏に胸中で詫びた。

 




閲覧ありがとうございました。
クロウブの台詞ない登場です。
巨人を小さくする魔法があるのかわかりませんが、あると思っています!
デートシーンって難しいです。
あと、窓に貼りつく人って男女問わずに怖い……。
●スタン=シャンクス
 車掌。ハリーをアリーと呼んだり、訛りが強い。

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