こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
主人公の簡単な説明です。また、彼女は特徴的な喋り方をします。人によっては引っかかると思いますが、ストーリー上変更しません。ご覧くださる際にはご注意下さい。
英語を基本とし、外国語は〔〕と表記します。

追記:16年5月24日、9月22日、誤字報告により修正しました




賢者の石
序章


 私は小学校を卒業した。その私は現在、父と共にイギリスにいる。

 テレビ番組でしか、見たことのない古風な雰囲気を持つホテルの一室に押し込められるように独りぼっちにされた。荷物を解く気にもなれず、私は寝台に倒れこみ、布団の感触に癒されながら、これまでの出来事を思い返した。

 小学校の卒業証書を手に、帰宅した私を父が一言だけ、告げる。

「イギリスへ発つ、荷物を纏めなさい」

 鈍器に頭を殴られたような気分になり、私は駄々をこねて抵抗した。友人たちと公立中学に入学するものとばかり思っていたのだから、当然の行動だ。

 だが、父は満面の笑みで私の頭を鷲掴みにし、居間へと連行して無理やり正座させられた。祖父と母まで私を説得しに現れた。

 11歳になれば、イギリスの寮学校へ入学するはずだった。しかし、祖父は日本の小学校を最後まで通学させるため、入学を遅らせるように校長先生に懇願したのだ。寛大な校長先生は、快く受け入れ、今年まで入学を引き延ばしてくれた。しかも、7年制であるため、私は同年齢の子より、2年長く学校に通わなければならない。

「おまえが入学することは、生まれた時から決まっていたんだよ。日本の教育制は面倒だね」

 父の面倒など、知らない。だが、父が私に物心ついたときからイギリス英語を仕込んでいた理由を理解した。

 予想していなかった拒否できない決定に、私は悲しみのあまり号泣した。見知らぬ土地に家族と引き離され、友達にも会えなくなるのが、淋しい。泣きじゃくる私を母が慰めてくれたが、父は何も言わず、何もしなかった。

 友達は突然の知らせに、驚きを通り越して呆れていた。しかし、友達の親たちは、母から話を聞いていたらしく、知らぬは子供達だけだった。

 空港で祖父と母、友達と別れを惜しみながら見送られ、13時間の初飛行に尻と太ももが痛くなった。この苦痛に飛行を楽しんだ反面、2度と乗りたくないというのが、感想だ。

 しかし、痛みを乗り越えた私は初めての海外に浮かれ、カメラでひたすら周辺の写真を撮りまくった。そんな私を尻目に、父は警告した。

「何があろうと、口を開いてはいけない」

 高揚していた気分は冷め、私は問い返さず頷いた。

 

 その町は、子供の私にも理解できる程、寂れていた。

 荒れ果てたレンガ造りの家が模型のように並び、汚れた川との境は錆びた鉄柵のみ。工場の名残である巨大な煙突は、不気味に私を怯えさせる。父から離れぬよう、手を掴んだ。にも、関わらず父は足早に進み、私は小走りでそれに着いて行かなければならなかった。

 腐った川の臭いに吐き気を覚える私と違い、父は涼しい顔でスピナーズ・エンドの袋小路に入り、奥へと進んだ。廃墟としか捉えようのない建物を過ぎ、父は唐突に足を止めた。

 周囲と変わらない建物。しかし、一階の部屋だけカーテンが敷かれており、微かな生活感を匂わせた。

 腐臭に耐え切れず、私は両手で鼻を押さえた。手を離した私に構わず、父はノックもなしに戸を開き中に入っていった。施錠していないなど、無用心にも程があるが、父がしていることは立派な不法侵入だ。

 焦った私は、警告を無視して父を呼ぼうとした。その前に、父は何食わぬ顔で出てきた。一瞬でも一人にされ、心細かった私は父の手に飛びついた。微かに書物の埃の匂いがする父は目配りで元来た道を示し、私の歩調に合わせて歩き出した。

 私は首だけ振り返る。

 ここは父の家だったのかもしれない。思えば、私は父がどんな場所で暮らしていたのか、知らない。母との出会いも何も知らない。憶測を確認するように、私は父を見上げた。父は私の視線に気づいていたが、何も言わなかった。

 問いかけることなく、私が視線を下ろした時、父の腕時計が目に入り、首を傾げる。空港を出るときは正確に時間を報せていたはずの時計の針が、10分も進んでいた。

 

 ホテルに到着した際、ロビーの時計を読んだが、やはり父の時計は十分進んでいた。

 時計のことを考えたため、私は日本時間が気になり、荷物から腕時計を取り出した。入学祝だと、友達の田崎がくれた腕時計だ。革製ベルトで文字盤が小さく、大人が着けそうな物だ。スーパーのバーゲンセールで買ったらしいが、私には十分すぎる贈り物だ。

(これの時間は、このまましておくさ)

 日本に電話するときに必要になる。

 それから、私は父に命じられるままに、中学漢字、日本語から英語への翻訳と、ひたすら勉強に打ち込む毎日が続いた。イギリスのTV番組に馴染みない私の唯一の楽しみは、日本に電話することだけだった。同級生達は、とっくに新学期が始まっているというのに、私の学校は9月から新学期だというのが、いい加減な気がした。父は父で勝手に出かけることがあり、私の話し相手はホテル従業員だ。特にフィンチさんというオジサンは、外国人の私に親切だった。

 もっと深刻なことは、食事だ。私の口にホテルの料理は合わない。食事を残すなど無礼にあたると思い必死に食べる毎日に、私は胃薬が手放せなくなってしまった。見かねた父が週一程、カップラーメンを用意してくれたのは、本当に救いだった。

 

 ホテルでの缶詰生活が終わったのは、7月に入った頃。

 夜の街を散々歩き、連れてこられたのは、看板に『漏れ鍋』と表示された周りと明らかに違う雰囲気の店だった。薄暗い明かりで、ホテルより貧相だったが、温かみを感じる内装に私は安心感を覚えた。客は大人ばかりでアルコールの匂いもした。すぐに、私は居酒屋と判断した。

 客の何人かが私達に気づき、視線を向けるので私は、父の裾を強く掴んで後ろに隠れた。

 亭主らしき中年の男が、父の姿を確認し、顎で2階の階段を指した。父は柔らかい笑顔で返すと、私の腕を引く。階段を上がるとき、亭主が私を怪訝そうに見つめているのが視界に入った。

 それもそうだ。父と私は、親子だといわれなければ気づかない程、全く似ていない。

 父は英国人特有の鼻筋の通った顔立ち、その容貌に合わせたが如く、柔らかい髪質の金髪、紫の瞳が父の壮麗さに拍車をかけていた。娘の私がいうのもなんだが、これほど見目の良い男はそういない。

 一方、私は丸みを帯びた日本人顔。容姿も完全母譲りの黒髪(しかも短髪で一見すれば男子と見間違う)、赤みを帯びた茶色だ。しかし、背だけは同級生の中で一番高い。それだけは父の血に違いないと踏んでいたが、祖父に言わせれば運動しているから背が伸びやすかっただけだそうだ。

 『8』と表札された戸を開けると、ホテルとは違う雰囲気の古風さを醸し出した部屋だった。洋箪笥の上にある置かれた暖炉を見上げ、首を傾げながらも私は度肝を抜かれた。

〔暖炉って、箪笥の上にあるさ?〕

 いまは火が着けられていないが、寒くなれば確実に危ない。例え、イギリスに家を構えることになっても、こんな暖炉は作らないと決めた。

「日本語で話すのは、やめなさい」

 荷物を寝台の脇に置いた父は、私を咎めた。郷に入っては郷に従えということだ。しかし、父が日本で日本語を話している姿は、数える程しか聞いていない気がする。

 

 どのくらい眠ったのか、私は自然と目を覚ました。

 天井を見つめながら、ここが[漏れ鍋]だと思い返した。

 寝台から起き上った私は、眼前に見知らぬ老女が立っていた。

 吃驚した。そして、焦った。しかも、お伽噺に出てくる魔女の雰囲気を感じさせる。箒もなければ、トンガリ帽子も被っていない。驚きすぎた私は、声を上げることも忘れ、老女を凝視する。

「おはよう」

 微笑する老女の瞳は、父と同じ紫である。

「起きなさい」

 振り向くと、父がカーテンを開いて手摺に腰をつけて身体を預けている。

「こちらは、ドリス=クロックフォード。私の母だよ。挨拶なさい」

 父の言葉に私は、また驚いて跳ね起きた。この老女は私の祖母であった。寝癖のついた髪を手くしで適当に梳き、背筋を伸ばして腰を折って頭を下げる。

「は、初めまして!」

 緊張して声が若干、高くなったが、激しくなった動悸を押さえるのに夢中でそれどころではなかった。

 父方の家族に会うのは、これが初めてなのだ。無理もないと自分に言い聞かせた。

「まあ、なんて礼儀正しいお嬢ちゃんなのでしょう」

 祖母は、緊張を含ませた穏やかな声で両手を広げ、私の肩に手を置く。そのままゆっくりと抱きしめてきた。

 母や祖父とは違う感触と匂いに緊張したが、私は抵抗しなかった。

「コンラッドったら、10年以上も連絡をくれなかったのですよ」

 感激の対面が終わり、私は普段着に着替えて、祖母と紅茶を飲んでいる。

 しかし、紅茶自体を飲みなれておらず、すごく甘さのキツイ紅茶であったため、私は吐き出すのを我慢しながら飲むという重労働を強いられた。

 肝心の父は、私が着替える前に部屋を出て行ってしまい、助け舟がない。緊張している私は、一層身を引き締めて、背筋を伸ばして椅子に固まった。

「マグル育ちだから、わからないことはなんでも聞いて頂戴」

 早速、マグルの意味を聞きたかったが、日本人のことだろうと勝手に解釈して頷いた。

 祖母の話では、父は学校を卒業してから雲隠れしてしまい、昨日という日まで便りひとつ寄越さなかった。そのため、知人の間で死亡説が流れた程になった。

 しかも、突然の手紙で呼び出されてみれば、結婚の報せ、孫の出現。祖母は、父との再会を喜びはするも憤慨もしていた。

 憤慨どころか、縁切られてもおかしくない。

「おまえを責めてはいませんよ。悪いのは、コンラッドなのですからね」

 呆れて言葉が出ない私を祖母は、慰めてくれた。しかし、祖母はやたらと肩に触れてくる。孫馬鹿の祖父でも、ここまで触れてこなかった。これがスキンシップなのかもしれないが、少し嫌だ。

 しかし、折角出会えた祖母に嫌な顔を見せないように笑顔を作った。

 不意にノックの音と同時に、父が部屋に入ってきた。父は含みのある笑みを私に向けてくるので、嫌な予感がした。日本を発つときもこの笑顔だったからだ。

「話が弾んでいるところ悪いね。さあ、来たよ」

 そういって父が分厚い黄色みがかった羊皮紙の封筒を私に差し出してきた。

 封筒を見て、祖母は椅子から立ち上がり、両手を天井高く上げて奇声を上げた。

「ついに! なんておめでたいのでしょう!」

 あまりの奇声に、私は封筒を受け取らずに両手で耳を塞いでしまった。父が祖母をたしなめたが、祖母は興奮を抑えきれずに、幸せを込めた笑顔を私に向ける。

 奇声が止んだので、私は改めて父と封筒を交互に見やる。父から封筒を受け取り、重みのある感触を確かめながら、綺麗な碧の宛名を読み上げる。

「ロンドンの『漏れ鍋8号室』クローディア=クロックフォード様」

 映画でしか見たことない紋章入りの紫の蝋の封印を破り、厚手の羊皮紙を広げようとするが、私の手には大きすぎて手紙が広げにくかった。

 見かねた祖母が封筒を預かってくれた。私は礼を述べ、手紙を広げて内容を確認する。

「親愛なるクロックフォード殿。このたびホグワーツ魔法魔術学校……(以下省略)……」

 思考停止。状況を理解。

〔はあ! 魔法学校!? 手品師にでもするつもりさ!?〕

 悪質なイタズラ、そう捉える他なかった。全身の血が脳天から蒸発し、頭が真っ白になり、日本語で悪態をついてしまった。

「日本語は駄目だよ。それに、これは手品じゃない。魔法だ」

「おまえは、魔女なのよ」

 2人の言葉に、私は人生で初めて「開いた口が塞がらない」を顔で表現した。

 

 私は断固として手紙の内容を認めず、どうやったかは忘れたが、父と祖母を部屋から追い出して布団の中に潜り込んだ。

(きっと、壮大なドッキリに違いないさ)

 魔法使いになる夢など、小学校に入る前に諦めた幼稚な妄想しすぎない。

 戸の向こうから、祖母が心配そうに話しかけてくるが、私は一切返答せず、耳を塞いで強く目を瞑った。

 瞼の裏には、日本の風景や、祖父と母の姿がありありと浮かんでくる。日本に帰国したいという気持ちだけが私の胸を支配し、自然に涙が零れていた。

 やがて、諦めたのか、足音が遠ざかって行くのを感じて、私を布団から顔を出した。 乾いた涙のあとを拭い、手グシで髪を整えて戸まで歩く。戸に耳をつけると外の声が聞こえてきた。

「どうして、ちゃんと説明していないのです?」

 祖母の怒りに満ちた声に対し、父の声はいつものように穏やかで機械的だ。

「入学することは、ちゃんと説明したよ」

「あの様子ではマグルの学校だと思っていたようですわよ! あなたはいつも言葉が足りないのです!」

「あの子には、私と同じ血が流れている。すぐに受け入れるさ。私も受け入れているよ、今の私をね」

 早口でほとんど、聞き取れなかったが、父は私を日本に返す気はないらしい。それよりも折角の再会を果たした親子が私のせいで揉めることに、耐えられなくなった。

 私は自分に喝を入れるため、両頬を力の限り叩いた。部屋に乾いた手のひらの音が響くと少しだけ胸がすっきりした。

 戸を開いて、2人の前に顔を出すと、父の納得した笑顔と安心しきった祖母の笑顔が私を待っていた。

 こうして、私、クローディア=クロックフォードはホグワーツ入学を受け入れたのだ。

 




閲覧ありがとうございました。

●ドリス=クロックフォード。
原作一巻、漏れ鍋にてハリーと握手した魔女。
物語に一切、関与していないので、彼女の苗字を拝借しました。

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