IS~codename blade nine~   作:きりみや

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大変お持たせしました
色々な意味で


82.天を裂く光

 いったい何が起きたのか。

 

「く……そ……」

 

 衝撃で床に叩き付けられた体をふら付きながら起こしつつ、一夏は呻きをあげた。

 

「なんだ……これ……」

 

 ふら付く体を両の手で支えつつ見回した周囲。そこは最早見慣れた食堂では無かった。埃と煙が舞い上がり、テーブルや椅子はなぎ倒されている。窓ガラスは全て割れ、どこかから非常ベルの音がする。そんな光景に顔を青くしつつ、一夏は仲間たちの事を思い出した。

 

「そうだ、鈴……みんなは!?」

「ここだ」

「ラウラか!」

 

 背後からの声。それに振り向くとISを展開したラウラの姿とその足元で頭を押さえつつふらふらと起き上る鈴達の姿が見えた。良かった無事だ。どうやらラウラが守ってくれたらしい。

 

「すまん一夏。お前まで庇いきれなかった。本来ならお前が最優先だったが……」

「いや、いいよ。それよりみんなを守ってくれた方が助かる」

 

 光が落ちたあの一瞬。その瞬間にラウラは異常を悟り鈴たちの保護に回ったようだった。その辺りの機転は流石は軍人だ。周囲をもう一度見回せば同じように何人かはISを展開していた。最初に気づかないとは我ながら動転していたらしい。

 

「痛たたた……なんなのよもう!」

 

 鈴が埃を払いつつ怒りを露わに立ち上がる。その姿は埃まみれではあるが怪我はなく一夏は少し安心した。

 

「このタイミングでこれだ。おそらくは亡国機業だろう」

「ですわね……」

「あーもう! わかってる。わかってるけどさ!」

 

 ラウラとセシリアの言葉に鈴は苛立ち気に首を振る。シャルロットもその顔は硬い。そう、ついに亡国機業の攻撃が始まったのだ。その事実に身を震わる一夏だが、ふと箒の様子がおかしい事に気づく。

 

「そんな……馬鹿な……」

「……箒?」

 

 箒もまたふら付きながら起き上ったのだがその顔は蒼白だ。そして何か信じられないものを見た様な顔で震えている。

 

「箒? どうしたの?」

 

 シャルロットも気づいた様だ。鈴達も何事かと振り返った先で、箒は真っ青な表情で呆然と呟いた。

 

「≪穿千≫だ……」

「え?」

「さっきの光は≪穿千≫だ! 間違いない……」

 

 ≪穿千≫その武器の名は知っている。他でもない、紅椿の武装の一つで、かつて暴走状態の際に鈴を狙い超高威力の砲撃を放った武装である。

 

「私にはわかる……間違いない……」

「そんな……」

 

 自らの機体だからこそわかる直感とも言うべきか。無論、箒の勘違いである可能性もあるが楽観視はできない。かつてあの砲撃は鈴の甲龍の装甲を掠っただけで簡単に焼切ったのだから。

 

「つまり、敵に紅椿が居るって事!?」

「いや、わからないよ。紅椿のワンオフは≪絢爛舞踏≫で、≪穿千≫はあくまで武装だからもしかしたらコピーされたのかもしれない」

「どちらにしろ油断はできませんわ」

 

 皆の顔も暗い。かつて見たあの威力の凄まじさを忘れる訳がない。

 

「IS隊は急いで持ち場に戻れっ! それ以外は負傷者の救出だ! 急げ!」

 

 呆然と立ち尽くしていた一夏達だが、誰かの叫びではっとなる。同時に、遠くから爆発音が響く。それは紛れもなく戦闘の音であり、亡国機業が攻めてきた証拠でもあった。

 

「あたな達も急ぎなさい!」

「ボサッとしない!」

 

 先ほど話していた二人、ケイトとペギーも一夏達に呼びかけるとすぐに走りだす。それは他のIS操縦者達も同じで、割れた窓から次々に空へと飛んでいく。そうだ、ここでのんびりしている場合じゃない。

 

「私達も行くぞ!」

 

 最初に動いたはやはりラウラだ。彼女もすぐに窓から飛びだっていく。そしてそれにセシリア、シャルロットも続く。

 

「みなさん、ご武運を」

「また後でね! 鈴と箒は一夏をよろしく!」

 

 そうして飛びだっていく彼女たちを見て、一夏は歯を食いしばる。

 本当なら自分も出ていきたい。だがそれは許されない。今度ばかりは、我儘を言ってる場合ではないという事は何度も言われたし自分だってわかる。わかるが……!

 

「一夏、抑えろ。気持ちは私も同じだ」

「そうよ。アンタと白式だけは守りきらないといけないの」

 

 箒が悔しそうに、鈴も飛びだっていくラウラ達の背中に目を細めつつも一夏を窘めた。箒はISが無いために後方支援の役だ。本来なら学生の彼女も避難させるべきなのだが、相手側に紅椿があり、もしそれの奪還が出来た時の為に学園に待機することになっていたのだ。そして鈴は一夏の護衛役である。勿論護衛は鈴一人ではない。これから合流しなければならない。

 

「ああ……わかってる」

 

 一夏は小さく頷くと、友人たちが飛びだっていった空を悔しそうに眺めるのだった。

 

 

 

 

「やってくれる……っ!」

 

 砲撃があった時、千冬は丁度学園海岸線の付近を飛行していた。

彼女の機体は打鉄。元は訓練用だったそれを、実戦仕様に変更し、加えて千冬専用にかなりの強化とカスタマイズがされている。特徴的だった両肩に浮遊する二枚一対の物理シールドをオミットし、変わりに浮いているのは何本もの大型物理ブレード。背部スラスターは強化型で通常のそれに比べてもかなり大きい。そして腰のマウントには銃火器を複数備えている。

 そんな彼女と打鉄実戦仕様強化型とも呼べる機体は未だ水蒸気を上げて荒れ狂う海面と、砲撃によって焼かれたIS学園の一部を見て歯を噛みしめた。幸い敵の砲撃は微妙に逸れており、より多くの人々が居た校舎は無事だった。だが余波だけでも凄まじく、窓ガラスがすべて割れているのが見える。

 そして肝心の砲撃を直接受けた地域は見るも無残な状態だ。あそこに居た人々がどうなったかは火を見るより明らか。待機中だったISも数機やられている。

 あまりにも規格外の敵の攻撃。そしてその結果に、無事だった者たちも呆然とその惨状を見ていた。だが今はそんな事をしている場合ではない。

 

「全機! 気を引き締めろ! 奴らが来るぞ!」

 

 オープンチャンネルで大声を張り上げる。呆然としていた者たちもその声で我に返り、慌てて動き出した。だが自分含めて呆けていた時間が長すぎた。敵が既に近くまで来ている。

敵の構成はごちゃごちゃだ。世界各国、各組織のISから構成されており、更にはその周囲には例のレギオンと呼ばれる戦艦型が数機とそれから切り離された無人機動兵器――レギオンビット達で構成されていた。そしてその一番奥には先ほどの砲撃を行った機体がある。

 己の不甲斐なさに苛立ちつつも千冬も前に出ようとする。だがそこに通信が入った。

 

『任せて下さい!』

「山田君か!」

 

 声の主は真耶だ。今回の防衛戦。訓練用のISは全て実戦仕様に変更されているがその搭乗者は様々だ。学園の教師より自衛隊や各組織の搭乗者の方が腕が上の場合はそちらが使用している。だが真耶はその腕から機体を任されていた。そしてその機体とは、

 

『行きますよ!』

 

 刹那、IS学園の海岸線から一斉に火線が上がった。それらは先行して接近してきていた亡国機業のISに叩き込まれ亡国機業の進行が鈍る。更にはレギオンから射出されたレギオンビットに至っては撃ち落とされていく。それらの戦果を上げたのは言うまでも無く真耶だ。そしてその機体は砲戦パッケージ、クアッド・ファランクスへと換装したラファール・リヴァイヴである。そしてそれは一機でなく、海岸線を守る様に4機の同機体が砲火を上げていた。

 機体の前面に突き出すように装備された4門の超大型ガトリングが特徴的なそれは、字重量と反動制御による移動不能という欠点を持ちつつも、全て正確に叩き込めればISの絶対防御も崩せるとされている。だが肝心のISはそもそも空を縦横無尽に飛び回る為にそれを相手に全て叩き込むなど不可能である。もしそんな事が出来るのならそもそもISの優位性など無いに等しい。

 だがこのパッケージの本領は『いつでもすぐに設置できる砲台』だ。動力もISから賄え、量子化により持ち運びも簡単にでき、すぐに設置できる。更には、

 

『これだけ敵が多ければ邪魔位は出来ます! それにやはりあの小型兵器の方はシールドは無いようですね!』

 

 全弾叩き込めずとも当たれば多少なりとシールドエネルギーは減る。それにレギオンビッドにはシールドが無い。故に今回に関しては大いに役立っていた。

 

「ちぃ! 的にしかならない分際で!」

 

 続けざまに放たれる砲線に苛立ったのだろう。亡国機業のISがその銃口を地上の真耶に向ける。だがそれを許す千冬ではない。

 

「人の事を言えるのか?」

「織斑、千冬っ!」

 

 打鉄のスラスターを最大出力で噴射。一気に距離を詰めると敵ISの搭乗者の顔が歪む。

 

「お前の時代は終わったっ!」

「そもそも時代など来ていない」

 

 咄嗟に向けられた銃口から放たれた弾丸はその弾道を見切り、機体を軽く捻らせるだけの最小限の動きで躱す。大型物理ブレードを握り、速度を緩めぬまま振りぬく。

 

「っが!?」

 

 手に伝わる確かな感触。そして金属の潰れる音と敵のうめき声。たたの一撃で叩ききられた敵ISは海へと落下していった。

 

「回収班頼む。死んではいないはずだ。それにそいつのISも元はどこかの所有物だ。どこかにネコババされない内にな」

『了解』

 

 返事を聞きつつ千冬は前を見据える。たかが一機倒しただけで敵はまだ大量に居る。そしてその奥にはあの砲撃を放つ機体もだ。

 

「舐めるなよ。教師として、そして姉として、これ以上無様を晒す訳にはいかないからな」

 

 まずはあの砲撃を行った機体。それを潰す。それは敵の真っただ中に突っ込むことを意味しているが、誰かがやらねば次が来てしまう。ならばやるしかない

 

「砲撃機体を潰す! 援護を頼む!」

 

 集まってくる仲間たちと、各所で燃え上がる戦火。その戦場の中心とも呼べるそこで千冬は覚悟を決めて前に出た。

 

 

 

 

『織斑千冬が砲撃機体を潰しに行きました!』

『敵一部がセカンドラインを突破! 迎撃急げ!』

 

 飛び交う通信を正確に把握しつつ、セシリアは目の前のレギオンビットを撃ち抜いた。そして周囲を確認して小さく舌打ちする。

 

「いくらなんでも多すぎですわ!」

 

 敵のIS自体はそれほど多くは無い。数だけで見ればこちらの方が上だ。

 だがそれを埋めるかの様に大量に居るのが件のレギオンビット。しかも以前より強化されているのか動きが素早く、巧妙だ。逆三角形の頭部から生える両腕は銃口を備えたガンブレードと変わっており、両肩にも砲台を乗っけている。だが逆に肩には何も乗せずに近接特化なのか、ブレードと大型スラスターだけを付けたものや、シールドを持つ者までいる。そしてセシリアを苛立たせる原因はもう一つあった。

 

「これ全部が本当にビットなんですの!?」

 

 ビットの扱いの難しさは自分も良く知っている。そのビットを、それも人型という複雑なそれをここまで扱う敵にセシリアの苛立ちが増す。更にはそのレギオンビット自身までもがビット兵器を使うのだ。セシリアの苛立ちは更に増していく。

 

「セシリア、上だ!」

「なっ!?」

 

 ラウラからの通信。咄嗟に顔を上げるとこちらに墜落するように降下してくるレギオンビットの姿。その両腕のブレードは赤く光っている。

 

「こっの!」

 

 咄嗟にセシリアは≪インターセプター≫を展開。それを掲げ防御した。激突の衝撃に一瞬後退。それに歯噛みしつつも押し切ろうとするが、その前にそのレギオンビットが光に貫かれ爆散した。

 

「大丈夫か、セシリア」

「ええ、ありがとうございます。だけどなぜここに? ラウラさんは別の地区担当じゃ」

 

 助けに入ったのはラウラだ。だがその事にセシリアは首を傾げる。量産機も実戦仕様になっているとはいえ、戦力的には専用機の方が上だ。故に専用機持ち達はそれぞれ別々の場所の防衛班に入っている筈なのだ。

 

「ここまで押し込まれた。やはり最初の奇襲が痛いな」

 

 悔しそうに歯噛みするラウラ。元々はセシリアの居た場所よりも前線を担当していたが、その前線もろとも最初の奇襲で一気に押し込まれたらしい。確かに周りを見ても確かに味方ISの数が増えている。

 

「一番最初に突っ込んできた連中は落として多少は押し返したがまたこのざまだ。敵の方が勢いがある」

「不味いですわね……けど文句ばっかり言っていられませんわ」

「当然……っ!?」

 

 ラウラの目が細まり、ある1点を見つめる。セシリアも釣られる様にして振り返り眉をひそめた。

 

「あれは……」

 

 それはラウラの機体に良く似ていた。漆黒の機体。両腕のプラズマ手刀。両肩はレールカノンの変わりにガトリングガンが装備されているが、それ以外の造形はラウラのシュヴァルツェア・レーゲンと酷似したその機体。

 

「シュヴァルツェア・ツヴァイク!」

 

 ラウラの声に怒気が籠る。その機体の名はセシリアも依然聞いていた。襲われたドイツ軍とラウラの部隊。そしてそこから奪われたISの名前。

 それに今搭乗しているのは亡国機業だ。顔の上半分を隠すバイザーをかけておりその表情は見えないが、その下の口元が吊り上る。

 

「スコール様より頂いた機体だ。是非お前と戦ってみたかった」

 

 それは知らない声だ。当然だ。そもそも亡国機業の構成員などほとんど知らないのだから。それに知る必要もない。所詮、これは敵なのだから。

 

「ああ、そうか……。私もそう思っていた…………」

 

 静かに、静かにラウラが両腕にプラズマ手刀を展開する。その眼は燃えたぎる様に揺れ、噛みしめた唇からは血が流れだしていた。

 

「一つ聞く。その持ち主…………私の部下はどうした?」

「知らんな。大層火が上がっていた様だし跡形も無く燃え尽きたのではないか? まあいいではないか。たかが兎一匹。この世から消えた所で」

 

 刹那、瞬時加速を発動したラウラのプラズマ手刀が、敵のプラズマ手刀と激突した。

 

「怒ったか? ずいぶん人間らしい反応だな? ドイツの改造人間風情が」

「黙れ…………貴様らが亡霊(ゲシュペンスト)を名乗るなら、お望み通り殺してやる……っ!」

「ラウラさん!」

 

 不味い、ラウラは明らかに怒りで動揺している。咄嗟にセシリアは加勢に入ろうとするが、それを青い光が遮った。

 

「これは……サイレント・ゼフィルス!」

 

 咄嗟に振り返った先。そこにはこちらを悠然と見下ろす宿敵の姿があった。

 

「邪魔だ。消えろ」

 

 サイレント・ゼフィルスから一斉にビットが放たれる。縦横無尽に動き回るそれは明らかに自分より上だ。

 だが、

 

「今更そんな事で動揺するものですか!」

 

 相手が自分より上だという事などすでに知っている。だからと言ってやられるつもりは、無い!

 

「お行きなさい!」

 

 セシリアもビットを射出。そして大型レーザーライフル≪スターライトmkⅢ》を構え一斉にレーザーを放った。

 

「ふん」

 

 だがサイレント・ゼフィルスは動じない。上へ下へ。右へ左へ。その名の通り蝶の様な不規則な動きでレーザーの掻い潜ると自らもビットからレーザーを発射した。

 セシリアの放ったレーザーとサイレント・ゼフィルスの放ったレーザー。それがまるで光の檻の様に空で交叉する。だが上を行ったのはやはりサイレント・ゼフィルス。

 

「くあっ!」

 

 セシリアのブルー・ティアーズ。その腰部スカート型装甲にサイレント・ゼフィルスのレーザーが掠り火を上げた。セシリアは崩れたバランスを咄嗟に取るが、そこに銃剣が向けられる。

 

「雑魚が」

 

 向けられた銃剣。その切っ先が光る。だがセシリアは笑った。

 

「行った筈ですわ。動じませんと」

「何――」

 

 サイレントゼフィルスの搭乗者が何かを言いかけるが、咄嗟にその場を離れた。そしてそのすぐ横を銃弾が通り過ぎていく。

 

「イギリスの代表候補生か。加勢する」

「件の注意機体ね……それにうちの国のISを我がもの顔で使ってくれる事」

「……助かりますわ」

 

 そこに現れたのは2機のIS。大きな鈍色のスラスターを背部に2対4基備えた、流線的なフォルムのIS――アメリカのストライク・イーグルⅢ。そして薄い紫の装甲と、異様に肥大した肩が特徴的なイギリスのメイルシュトロームだ。

 

「いつぞやの連中か。また墜とされにきたか」

「行ってくれるな。だがあの時と状況は違う」

「ええ、今度は本気でやってあげるわ」

 

 にらみ合う三機。それに合流するようにセシリアもメイルシュトロームに並ぶ。

 

「私一人で勝てない事は分かっています。なので数で圧倒させて頂きますわ」

 

 そう。この戦場にはセシリア一人ではない。そして少ないながらも判明している亡国機業のISの中でもサイレント・ゼフィルスは特に警戒されていた。故にもし接敵した際は複数で当たる様にと事前に打ち合わされているのだ。

 

「…………やってみろ」

 

 サイレントゼフィルスの不遜な返答。それを皮切りに三対一の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 IS学園は人口の島で出来ている。本土からは近くにできたそれは大きな道路とモノレールで繋がれており、その他の交通手段としては船かヘリを使用する。そして最初の砲撃は海側からであったが、それと同時に本土側からも亡国機業は侵攻していた。

 

「好き勝手やってるね」

 

 渋い顔でつぶやきつつ、シャルロットは目の前のレギオンビットをショットガンで撃ちぬいた。

 

「……うん。だけど負けない」

 

 そんな返答と共にミサイルの嵐を放ちレギオンビットを複数一気に火球へと変えた簪がシャルロットの隣に並ぶ。彼女たちもまた、当初の予定よりも押し込まれていた。

 シャルロットと簪は知り合ってまだ間もない。本音のご主人様だという事だが、つい最近まで接点すらなかったのだ。それが変わってきたのはタッグマッチの頃からか。その事から本音とよくいる事が増え、必然的にシャルロットも知り合っていた。それにタッグマッチでは戦った仲でもある。

 だがそのタッグマッチでシャルロットがやった事―――簪を巨大なドリルでぶち抜いた――という過去から微妙に恐れられているのがシャルロットの悩みでもあるのだが。

 

「そうだね。会長も前線で耐えてくれるし僕たちも頑張ろう」

 

 シャルロット達の遥か先。本土と学園を繋ぐ一本の橋の更に先である本土側の市街地を見てシャルロットは気を引き締めた。その市街地からは火と煙が上がっているのが見える。最初の奇襲でそこに敷かれていた防衛線はいともたやすく壊滅させられた。現在の主な戦場は橋の中間付近であり、その最前線では水色の機体が縦横無尽に飛び回り敵機を撃墜している姿が見えた。

 

「……お姉ちゃんにも、負けない」

「うん、その意気だね」

 

 二人頷きあい前に出る。敵部隊は戦艦型を中心にISが展開し、それを守る様に戦艦型から排出された無人機動兵器レギオンビットが前に出てきている。性質が悪いのは、そのレギオンビットそのものもビット兵器を所有している事だ。戦場のあちこちに展開されている敵のその武装と物量にIS学園側は防戦一方なのである。

 

「簪、残弾は?」

「まだ行ける。シャルロットは?」

「僕もだ、よっ!」

 

 突っ込んできたレギオンビット。それを近接ブレードで切り裂きつつシャルロットは答えた。その背後からさらに突っ込んできた複数のレギオンビットは簪が背中の連射型荷電粒子砲≪春雷≫で撃ちぬき焼き尽くしていく。

 そのまま前に出ようとした二人だがそこに焦ったような通信が入った。

 

『不味い、ISが2機抜けた!』

『なんてこと!』

 

 シャルロットは咄嗟に戦況マップを確認。仲間が補足したその2機の位置を確認する。近い!

 

「こっちに来る! 簪」

「……っ!」

 

 咄嗟に二人は構える。そしてシャルロットはこちらにやってきた機体を見て目を見開いた。

 

「あれは……!?」

「おや? 貴方はいつかの学生ですね」

「ああん?」

 

 シャルロットの前に現れた機体。その名前はデータにより知っている。

 亡国機業のオータムと名乗る、ISアラクネを操る女、オータム。

 そしてかつて自分を攫った張本人。ISブラッディブラッディを操る女、シェーリだ。

 

 シェーリはシャルロットを見ると面白そうに笑った。

 

「頑張るものですね。それとももう忘れましたか?」

「な、なんの事――」

「川村静司」

「っ!」

 

 その名前を聞いた途端、シャルロットは硬直した。

 

「彼が死んでさぞかし悲しみに明け暮れている事かと思いましたがそうでも無いみたいですね。まあ所詮はその程度という事ですか」

「ああ? そういうことかよ。ハッ、ザマぁねえよなあの野郎もよぉ? まあお蔭でこちらは大層やりやすくなったもんだから感謝位はしてやるかぁ? ま、死んじまったからどうでもいいけどよぉ!」

「黙れ……まだ死んだと決まっていない」

 

 煽られているのは分かっている。分かっているがそれでも震えは止まらない。

 

「なんだあ? もしかしてまだ生きてるかも!? とか本気で思ってんのかあ? ダッセぇえなオイ。ダサすぎて笑えもしねえ」

「全くですね。本気で生きてると思うのならなぜここに居ないのですか? それが何よりの証拠でしょう? それとも現実を直視したくなくて―――」

 

 ダンッ、と音が響いた。それはショットガンが放たれた音。狙われたシェーリはシールドでそれを受け止めていたが少し驚いた様な顔をしていた。

 そしてそれを撃ち放ったシャルロットはゆっくりと顔を上げ、そして無表情で告げる。

 

「少し黙ってくれないかな? 喧嘩売ってるんだよね? イイよ、買ってあげる」

「しゃ、シャルロット……?」

 

 隣の簪が怯えたように見つめてくるが気にしない。気にしている余裕もない。

 

「簪。周辺の仲間に連絡。僕たちで時間を稼ぐからその間に割ける人員を割いてこっちに寄越してもらおう。僕達二人だけで相手する必要はないよ」

「う、うん」

 

 簪が頷き通信を開く。

 

「なんだあ? 情けねえ話だな。ガキらしいと言えばガキらしいが―――」

 

 再度の銃声。今度はオータムを狙った銃弾だがそれはギリギリで躱された。その結果にため息を吐きつつシャルロットは暗い笑顔を浮かべて対峙する。

 

「当然だよ……。僕はあなたたちを許すつもりは無いから。それに希望だって捨ててはいないよ? 大切な友達にも教えられたしね。だから今は全力で、仲間の力を頼ってでも――――――フクロにしてあげる」

「上等だぁっ!」

 

 それを合図に両者は激突した。

 

 

 

 

 

 各地で起きている戦闘とその様子。落とされた味方機と敵機。

 それらの情報を見つつ一夏は歯噛みしていた。

 

「落ち着きなさい、一夏」

「……ああ」

 

 鈴の言葉に頷くものも、到底落ち着きそうにない。当然だ。今も外では激しい戦いが繰り広げられているのだから。

 

(俺一人が行った所で何も変わらないのは分かってる……分かってるけど!)

 

 何もできない自分。その存在がたまらなくもどかしい。しかも今回の戦いは白式がターゲットにされていると見ていい。つまりはこのISを守る為に皆が戦っている。その現実が一夏をさらに苦しめる。

 今、一夏達はIS学園の司令室にいる。すぐ横には鈴と護衛としてつけられたIS操縦者が3人。この戦況の中でこれだけのISを護衛に付ける事は破格と言っていいが、逆に言えばそれほど重要視されているという事だ。

 

「千冬姉……」

 

 一夏が最も注目するのはやはり姉の戦況だ。今千冬は敵陣の真っただ中へと仲間と共に突っ込んでいき、件の砲撃型レギオンの破壊に向かっている。だがそれは容易な事ではない。事実、千冬に追従した機体の内数機は既に撃墜されていた。

 姉の強さは知っている。もう一度あの砲撃が直撃すれば今度こそこちらが終わりなのも理解している。それでも姉が最も危険な任を負っている事に一夏は不安を隠しきれなかった。

 

「大丈夫よ、一夏。千冬さんは強いわ」

「……ああ、そう、だよな」

 

 鈴の気遣いにもどこか空返事だ。鈴もそんな一夏の事は分かっているのでそれ以上は何も言わない。ただ千冬の無事を祈るだけだ。だが二人のそんな思いとは裏腹に悲鳴のような叫び声が司令室に響いた。

 

「駄目です! ケイト機、ペギー機共に撃墜! もうブリュンヒルデしか……!」

「っ!」

 

 遂に千冬以外の機体がすべて撃墜された。そして悪い知らせは続く。

 

「敵砲撃型機体に高エネルギー反応!? 第二射、来ます!?」

 

 その報告に、その場に居た全員の顔が青ざめる中、一夏もまた覚悟を決めた。

 

 

 

 

「ちぃぃっ!」

 

 消えていく味方機の反応。それを鋼の精神で無視して千冬は一直線に砲撃型レギオンへと向かっていた。

 目の前にはレギオンビットと、それから射出されたビット兵器が大量に蠢き、更にはISが2機居る。機動性に優れた日本のIS【霹靂(へきれき)】。ラファールの技術の盗用と言われながらも、汎用性と拡張性に優れた中国のIS【宝玉(バオユー)】。どちらも強奪された第二次世代の機体だ。霹靂は打鉄とは逆に射撃に向いた機体構成であり、両肩と腰部にそれぞれ砲門を兼ね備えている。対して宝玉は近接特化らしく、両手に青竜刀型の物理ブレードを装備している。おそらくあれは鈴の甲龍武装である≪双天牙月≫の劣化コピーだろう。

 

「邪魔だ」

 

 千冬は速度を緩めぬまま両手に大型ブレードを握り一気にそこへと突っ込んでいく。レギオンビットを切り裂き、それが爆散する前に別の敵機へと蹴りつける。その結果を確認せぬまま機体をひねり、まるで竜巻の様に回転しながら敵陣へと切り込む。レギオンビットがレーザーを放ってるが、それを別のレギオンビットを足蹴にして無理やり方向転換して躱す。そこにできた隙に霹靂が両肩の砲門から砲撃を浴びせるが、それをブレードの腹で受け止めた。

 鈍い衝撃と轟音。ブレードが粉々に砕け散る。だがそれすら構わず、その爆炎の中を突っ切りながら腰部にマウントしていたアサルトライフルを引き抜くと一斉射撃。霹靂は慌てて回避行動に移った。同時に千冬も弾切れを起こした。

 

「ちっ」

 

 不要になったライフルを近づいてきたレギオンビットへ叩き付け、千冬は機体の状況を確認した。

 

(外付けライフルは今ので最後。残りで何としてでも辿り着く!)

 

 量子変換ができるISで何故わざわざ外付け武装などを付けていたのか。その理由は単純だ。手数を増やす為である。千冬の打鉄の拡張領域にはこれでもかと言わんばかりの武装が詰め込まれており、それにオーバーした分をマウントしていたのだ。だがそれらもここに来るまで大分消耗した。外付けライフルは今ので最後なので、残りは拡張領域の武装に頼るしかない。

 

「それでもっ!」

 

 砕けたブレードの代わりに両肩に浮いていた大型物理ブレードを手に取りつつ千冬は鋭い目で敵機を睨む。

 

「死ねぇぇ織斑千冬!」

 

 叫びと共に宝玉が両手の青竜刀を振り下ろしてきた。

 

「私に接近戦を挑むには遅すぎるな」

 

 千冬も両手のブレードでそれを受け止める。両者は一瞬拮抗したが、すぐに千冬が勝る。

 

「こ、このぉぉぉ!」

「邪魔だと言っている!」

 

 相手の青竜刀を押し返し、弾く。そしてそのまま、両手が上がり強張った敵の胴体へ二本のブレードを振り下ろした。

 

「がはぁっ!?」

 

 衝撃に敵がバランスを崩す。それを踏み台にして千冬はさらに飛ぶ。いつまでもこの連中に付き合う義理は無い。それよりも例の砲撃型レギオンだ。

 視界の先では機体下部に、まるで弓の様な形の奇妙な砲台を装備した砲撃型レギオンの姿が見えた。機体そのものは複数いる戦艦型とほぼ同一だが、その砲台が周囲に異様な雰囲気を醸し出している。

 

「潰させてもらう!」

 

 目標との距離はあと少しだ。己の目標を見定め、更に加速しようとして、その目前にレギオンビットが大量に割り込んできた。

 

「鬱陶しい!」

 

 斬り、叩き潰し、踏み台にしてさらに上に上がり、グレネードを放って一気に砕く。そんな先を行く千冬に、下方から霹靂がレギオンビットごとこちらを葬り去ろうと砲撃を放つが、それをレギオンビットを蹴り飛ばして進路を変えつつ、千冬はさらに飛んでいく。そして漸くレギオンビットの群れを―――抜けた。だが、

 

「しまった!」

 

 時間がかかり過ぎた。視線の先、砲撃型レギオン下部の砲台周辺に高エネルギー反応を確認。既に発射体制だ。

 

「間に合ええええ!」

 

 あれは、あれだけはやらせる訳にはいかない。あれを放たれれば自分たちは負ける。そしてそうなれば同僚も、生徒たちも、そして何よりも大切な弟の身に取り返しのつかない事が起こる。その恐ろしい予感に千冬は焦り、更に速度を上げるが……遅い。

 

「やめろおおおおおおおおおおお!?」

 

 千冬の叫びも空しく、砲撃型レギオンはその砲台を輝かせ、そして破滅への砲撃をIS学園へ向けて発射した。

 

「あ……ああぁぁ!?」

 

 その光を、千冬は呆然と見る事しかできなかった。終わってしまう、何もかも。あんなものを今度こそ正確に撃ちこまれたら学園も、一夏も……。

 

「え?」

 

 だがそこで有り得ない事が起きた。放たれた光。それは確実に学園を破壊するだけの威力はあっただろう。

 だがその光が途中で遮られている。凄まじい光を放ちながらも、何かがそれを受け止めている。そしてその正体は、

 

「一夏!?」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 

 そう、一夏と白式だ。それが大きな光を広げて砲撃を受け止めている。

 

「零落……白夜?」

 

 エネルギー無効化。反則的とも言える、白式の単一仕様能力。その光を使って一夏が砲撃を受け止めているのだ。だがなぜ一夏が? 下がっていろと言ったのに。それにいくら零落白夜と言えど、あれほどのエネルギーをいつまでも無効化し続けるなど不可能だ。

 

『何やってんだ千冬姉! 早く……! 俺だっていつまでも持たない!』

「っ!」

 

 そうだ。理由など今は後だ。今は一刻も早くあの戦艦型レギオンを破壊しなければならない。

 

『行けよ、千冬姉! 俺の自慢の……姉さん!』

「……ああ!」

 

 そうだ。弟が、何よりも大切な弟が踏ん張ってくれている。ならば自分はそれに応えなければ!

 

「――――っ!」

 

 スラスター全開。一気に砲撃型レギオンへと肉薄する。そんなこちらを再び展開したレギオンビットが阻もうとするがそんなものは関係ない。銃弾も突撃も無視して、傷つきながらも最小限の動きで敵を切り払い、目標へと迫る。

 

「これ以上、やらせはしない!」

 

 遂に射程に入った。攻撃は一層激しくなるが、それすら厭わず千冬は砲撃型レギオンへとたどり着いた。

 

「ふっ!」

 

 腕を振りかぶり、そして振るう。ブレードが砲撃型レギオンへと突き刺さる。更に肩部に浮いていたブレードを握り突き刺す。拡張領域に格納していたブレードも展開しさらに突き刺す。そして、

 

「砕けろ!」

 

 止めとばかりに展開したのは大量のグレネード。それらを砲撃型レギオンへと放り、自らは離脱。

 

「木端微塵」

 

 刹那、放られたグレネードが一斉に起爆し、砲撃型レギオンは文字通り砕け散った。

 

「やったか……」

 

 凄まじい爆発と共に砕け散っていった砲撃型レギオンそれを見て千冬は一息ついた。そして地上の一夏へと振り返ろうとして、だが凄まじい悪寒に機体を翻し、そして目を大きく見開いた。

 

「なっ……!?」

 

 その視線の先、何もない空が不意に歪む。まるで周囲の風景が徐々に塗りつぶされていくかのようにして現れたのは先ほどと同じ砲撃型のレギオン。それが……2機。

 

完全なる消失(フルステルス)……」

 

 それはかつて、束の無人機が有していた技術。無人機を確保しつつも、その再現は不可能とされていたそれが、今目の前にあった。

 

『あらあら、いい顔ねえ織斑千冬』

 

 空に声が響く。聞き覚えのない声だ。その声の主はどこか楽しげに言葉を紡ぐ。

 

『色々頑張ってくれたみたいだけど、別に1機とは限らないわよねえ? けど趣向を凝らした甲斐があったわあ、貴女のそんな顔が見られたのだからねえ。よく言うでしょう? 奥の手は隠しておくものだって』

 

 2機の砲撃型レギオンの砲台が光を集めていく。エネルギー反応が急激に上がっていく。それを見て千冬は即座に飛び出した。だが間に合わない。

 

『さっきと違って出力は30%位だけど、まずはあなたからねえ』

 

 刹那、千冬は赤い光に飲み込まれた。

 

 

 

 

「え……?」

 

 その声は地上に居た本音達にも響いていた。数機居るレギオンが中継していたのだ。

 一夏の捨て身の防御。そのお蔭で敵の砲撃は防ぐことができた。その一夏は衝撃と余波の熱波でボロボロの状態で膝をつき、その周囲では鈴や護衛の者たちが彼の様子を気遣っている。

 今、自分たちが助かったのは紛れも無く一夏のお蔭だ。他にあの砲撃を防ぐ手段など無かった。それを理解していた一夏が静止を振りきって前に出て、防いでくれたお蔭だ。

 

 だが、その砲撃が今度は二つ。何の前触れも無く放たれた。

 

「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 それが誰の声かはわからなかった。だがその言葉の意味は問わずとも知れた。そしてそれがもう遅い事も。

 

「本音っ!」

 

 誰もが慌て、混乱する中で姉の虚が自分を抱きかかえ押し倒した。その衝撃に声を漏らす間もなく、凄まじい光と衝撃が二人を襲った。

 

「きぁあああ!?」

「逃げ――」

「あああああっ!?」

 

 轟音。光。熱波。そして衝撃。全てがめちゃくちゃになった世界で、本音は抗う事も出来ず、ただ目を閉じて身を縮こませることしかできなかった。

 

「ぁ……ぅ……」

 

 やがて衝撃が止み、周囲は異様に静かになった。恐る恐る目を開き、そして本音は思わず叫んだ。

 

「おねーちゃん!?」

 

 自分を抱きかかえるようにして倒れている姉。その体の各所からは血を流し、ボロボロだ。他でもない、自分を守っていたせいだ。

 

「本……音は、無事……?」

「うん、うんそうだけどおねーちゃんが!?」

 

 すぐにでも治療しなければならない。溢れる涙を拭いもせず、本音は起き上り周囲を見渡して、絶望した。

 先ほどまで室内だったそこは天井が砕け空を映し出している。あちこちが崩れ落ち、焼けているその司令室内部には同じように倒れている人々の姿。そして砕けた壁の向こうに見える外の様子も同様だった。

 

「っ、……どう、やら……威力は低かった……よう、ね」

「おねーちゃん駄目! 動かないで!」

 

 呻きを漏らしながらも言葉を漏らす虚に本音は泣きながら首を振る。誰か、誰か助けてと。周囲を見回すがそれは叶わない。

 

『あらあらぁ、中途半端に残ったわねえ。…………流石はブリュンヒルでといった所かしら』

 

 声が響く。その声は対して残念そうではなくどうでも良さげな雰囲気が混じっていた。

 

『まあ、織斑千冬は墜とした事だし良いでしょうねえ。それに――』

 

 2機いた砲撃型レギオン。その其々に物理ブレードが突き刺さっている。それは紛れも無く、砲撃に飲み込まれる前に千冬が投擲したものだろう。そしてその衝撃でまたしても狙いが逸れたのだ。そして一機は当たり所が悪かったのか、火花を散らし揺れているがもう一機は大したダメージは無かったようで、第二射の準備に入っていた。

 

『これで終わりなのよねえ』

 

 とても、とても楽しそうなその声に戦場に居た全員が戦慄した。

 

『止めろ! 奴をなんとしてでも止めるんだ!』

『急げ! 他の連中には構うな!?』

 

 IS隊達が一斉に動き出す。だが亡国機業の機体もそれを邪魔するべく立ちはだかる。そもそも、距離があり過ぎて次の発射まで間に合うとは到底思えなかった。現に砲撃型レギオンは既に発射体制なのだから。

 

『もう遅いわねえ。はい、これでおしまい』

「やめてっ!?」

 

 本音の叫びも空しく、声の主の号令と共に空の砲撃型レギオンが光る。あの光がここまで届けば今度こそ終わる。終わってしまう。そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。まだ、まだ死にたくない。失いたくない。だって、ここが無くなってしまえば本当に『彼が』戻ってくる場所が無くなってしまうから。

 だが現実は残酷だ。どれだけ強がってきても、それは叶わなかった。そして今、全てが終わろうとしている。その現実に、その光景に本音は泣きながらも叫んだ。やめて、もうやめてと。だがそれは聞き入られること無く、無情な言葉が響く。

 

『さようなら』

「だめええええええええ!?」

 

 刹那、空に巨大な光が走った。

 

「――――――え?」

 

 砲撃型レギオンの光ではない。その眩い光は空を一直線に切り裂き、そして今まさに破滅の光を放とうとしていた砲撃型レギオンを2機丸ごと焼き払った。

 

『なんですって!?』

 

 声の主はもちろん、誰もかれもが呆然としていた。それは本音も同じだ。何が起きたかわからず、ゆっくりとその光が来た方向へと目を向け、そして目を見開いた。

 

「……っ……」

 

 見上げた先の空。そこにあったのは小型輸送機だ。

 そしてその輸送機の機首。その上に誰かが立っている。

 

「ぁぁ……っ、ぁぁ……」

 

 この距離だ。顔など良くは見えない。だがそれでも本音にはそれが誰だかわかった。

 

 

 

 だって、その人影からは片翼だけながらも、大きく黒い翼が生えていたのだから。

 

 

 

『そんな……!?』

 

 声の主も気づいたのだろう。信じられないと言ったような声を漏らしている。だがそんなもの最早どうでも良かった。何よりも、誰よりも待ち望んでいたものがきたのだから。

 

「せ……っじ……」

 

 次第に近づいてくるにつれ、その姿がよりはっきりと見えてくる。低空を飛んでいたという事もあるが、それ以上にどれだけ離れていても本音にはわかった。理屈じゃない。それ以上の『何か』がそれを教えてくれている。

 体が震える、涙が溢れてくる。この涙は先ほどまでの絶望の涙ではない。これは歓喜の涙だ。

 望んでいた。希望を信じた。絶望に押しつぶされそうにもなったけど、それをたったの一撃で撃ち払ってくれた。だから呟く。何よりも、誰よりも待ちわびた人の名を。

 

「せーじ……」

 

『ああ』

 

 これだけ離れているのに、確かに彼がそう言ったと信じられた。

 そしてその人影は機首から空へと身を躍らせる。その体が光に包まれ、そして変わっていく。左右に広がる黒く大きな翼へと。鉤爪を装備した荒々しい両手両足へと。全身を黒く多い、その中でまるで鼓動の様に紅く光るラインが走る全身装甲へと。

 その姿を。そのISを知っている。だからもう一度叫ぶ。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、その全力でその名を。

 

「せーじ!!」

 

 

 

 

K・アドヴァンス社技術開発部門試験2部。またの名をEXISTのIS部隊。

codename blade nine。川村静司。

 

「今行く」

 

 

 参戦。

 




以前も言ったことありますけどもう一度言います
王道とか鉄板ネタとか大好きです、はい。

盛りすぎた感が否めませんが今まで散々やられっぱなしだったのでこれくらい良いよね……?
ここまで来るのに本当に長かった……そしてやはり混戦は難しい。そして前半の主人公は間違いなく千冬。それにチートに対抗するにはやはりチートだろうということで零落白夜のくだりはやってみたかった
あと本音の視力に対するツッコミは……ね? 心の眼で見たんです、うんそういうことにしておこう。

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