IS~codename blade nine~ 作:きりみや
具体的にはISドツきは流石にギャグ時空でなければまずかろうということで剣道風に
結局二人で突っかかってますがその辺は対千冬補正です。それと一夏のセリフも一部修正
話の大筋には変わりありません
山田真耶は疲労の極みにあった。
ここ最近に起きた様々な事件。そしてこれから起こるであろう事への対処。それらの処理に追われ続けていたのだ。それは他の教員たちも同じであったが、真耶の苦労はその数倍はあった。
「私が、しっかりしませんと!」
それは彼女の決意だ。先輩であり憧れでもあった千冬が今、苦しみ動けないのならその分自分が頑張ろう。そして彼女が戻ってきたときはいつもの様にコーヒーを入れつつお疲れ様ですと言おう。そう自分に言い聞かせひたすらに動き回った。
全ては生徒の為。そして千冬の為。人一倍仕事をし出したそんな彼女の様子は日を追うことに余裕が無くなっていき、普段はとろんとした目は徐々に吊り上り、きちんと整えられていた服には皺が目立ち始め、肌も少し荒れてきていた。だがそれでも彼女はただひたすらに動き続けた。
そんな彼女の元に同僚の教師が慌てて走りよりこう告げたのだ。
「ど、道場で織斑先生が……壊れてます!」
「は……?」
彼女の困惑も無理は無かった。
「何をやっているんですか貴方たちは!?」
今、IS学園の道場では非常に珍しい光景が繰り広げられていた。
普段は温厚で学園の平和の象徴ともいえる真耶が今まで見たことも無いような形相で二人の生徒と、一人の教師を叱っているのだ。
「それは……」
「本当に……」
「すまなかった……」
他でもない。一夏、鈴。そしてなんと千冬である。三人は道場の真ん中で正座し、正面に立つ真耶の説教を受けていた。
こんな状況になったのにも原因がある。真耶が道場に駆け付けた時見たのが、なんだか良い笑顔で一夏と鈴をしごいている千冬だったからである。
「織斑君! 凰さん!」
『は、はい!』
いつもの温厚さを脱ぎ捨てた真耶の形相に二人は背筋を伸ばして返事をする。
「いったい何を考えているんですか!? 二人がかりで襲い掛かるなんて! それに聞けば凰さんは最初審判の筈だったらしいじゃないですか!」
「い、いやそれは……」
「なんです!?」
「ひっ」
鈴が顔をこわばらせつつ肩を震わせる。今の真耶にはそれだけの迫力があった。
「そうだぞ二人共。私だったから良かったが他の相手にやったらあれは問題で――」
「織斑先生もです! 二人がかりで襲い掛かられてピンピンしてるって相変わらずおかしいんじゃありませんか!? やっぱり改造人間なんですか!?」
「ぬぅ……!?」
思わぬ反撃に千冬の額に汗が流れる。その横で一夏と鈴がこそこそと話していた。
「山田先生も前にISで鈴とセシリア相手に圧勝してたよな?」
「あれはISだからノーカンってことかしら?」
「何かいいましたか!?」
『いえ、何も!』
ぎろり、と真耶の視線にさらされて二人は再度背筋を伸ばした。
「大体ですね織斑先生! 皆心配していたんですよ? それでもそれぞれの仕事を果たすために寝る間も惜しんで働いて働いて働いて! 睡眠不足になって髪や肌が荒れてきて体重も増えたり減りすぎたりと大変だったんです! なのに何ですか!? 一人で道場でハッスルしてるなんて!?」
「そ、それは本当にすまなかった……」
ストレスがたまり過ぎた故に普段のキャラを脱ぎ捨てた真耶の様子に千冬は冷や汗を流しつつ謝るしかなかった。実際、思い返せば悪いと思っているのだ。
そんな四人の様子を最初はギャラリー達も遠巻きに面白がって見ていたが真耶がきっ、と睨みつけると皆すごすごと去って行った。
「…………はあ、それで結局なんでこんなバカげた事になったんですか」
ようやく落ち着いてきた真耶がため息交じりに一夏たちに問う。一夏と鈴は顔を見合わせて頷いた。
「最初は別に千冬姉をどうこうしようというつもりはなかったんです。ただ、」
「いずれくる亡国機業の襲撃。その時に一夏も戦いたいって話をしに来ただけだったんですけど……」
「それがなんでこうなったんですか」
「それが、千冬姉の顔を見たらそんな事は一気に飛んで……まずなんとかしないとって」
「私もそれがわかったので一緒に……」
「お前ら……」
二人の言葉に千冬は目を丸くしていた。それは真耶も同じだが、客観的に今までの千冬を見ていた分、多少なりと理解できたらしい。『成程』と小さく頷きつつ苦笑した。
「お二人の言いたかったことは分かります。ですがそれでも他に方法はありましたよね? 今回は織斑君達も感情的になり過ぎたと思います」
「それは……っ。そう、ですね……確かに」
一夏達も自覚はあったのだろう。小さく頷くのを確認すると真耶は今度は千冬へと視線を向けた。
「それで織斑先生、どうしますか? あ、もちろん戦う云々の話じゃないですよ?」
「……わかっているさ」
千冬もまた自覚があったのだろう。頷くと立ち上がり三人に向かい頭を下げた。
「済まなかった。私はどうやら色々な人に迷惑や心配をかけていたようだ」
「もう大丈夫なのか、千冬姉?」
「正直、わからん……。だが、ずっと呆けていても意味が無いという事はわかる。山田先生達がこんなにも頑張っているのに私だけ楽をしてはいけないだろう」
「織斑先生……」
「束や川村の事。すべてを割り切ることも飲み込むこともまだ出来ていない。だが今は先にやるべき事がある。そういうことだろ一夏?」
「あ、ああ! だから千冬ね――」
「だがお前が前に出ることは許さん」
ぴしゃり、とそこだけははっきりと言い切った千冬の言葉に一夏の顔が硬直した。
「考えてみろ。篠ノ之の紅椿が奪われた今、おそらく亡国機業の最大のターゲットは白式だ。それが何故だかわかるか? 鈴」
「それは、篠ノ之博士の手が加えられたISだから、ですか?」
「そうだ。もう一つ、例の銀髪の少女のISもあるが白式は束の手が加えられ更には先日の暴走事件の際には不審な挙動を見せた。そんな白式の事は亡国機業としても注目の的だろう。そして懸念でもある」
「懸念?」
「何をしでかすかわからない、という意味だ。例え束が――――死んだとしてもその影響力は未だ健在という事だ」
例え篠ノ之束という存在がこの世から消えても。それの残したISは何をしでかすか不明であり未だに恐れの対象となりうるのだ。
「だけどっ!」
「だけども何も無い。いいか? 次の戦いで必ず奴らはお前を狙ってくる。そんなお前を最前線に送れる訳がないだろう」
全くの正論に一夏が唇をかみしめる。だが千冬はそんな一夏の様子に苦笑した。
「そう急くな。全く戦わせないとは言っていない」
「え?」
「織斑先生!?」
その言葉に一夏や鈴、そして真耶が目を丸くした。
「下手に遠くに隔離してもそこを嗅ぎ付けられればそれで終わりだ。戦力を整えつつある亡国機業相手に少数で立ち向かえるとは思っていない。それに白式の≪零落白夜≫は切札でもある。それを全く使わない手は無い。私たちはな、もう追いつめられているんだ。ならばなりふり構っては居られない。ここで負ければどうせいずれすべて奪われるのだから」
だから、と千冬は一夏の眼を見据える。
「お前は前には出るな。だがいつでも戦える準備だけはしておけ。それがギリギリのラインだ。お前が出ないに越したことは無いが状況は難しいだろう。だからその時は……鈴」
「わ、私!?」
いきなり名前を呼ばれた鈴が肩を跳ねさせる。そんな姿に苦笑しつつ千冬は鈴に告げる。
「一夏を、私の弟を頼むぞ」
「…………っ、はい!」
その言葉に鈴が大きく頷いた。
悪夢を見た。
それは大切な仲間が。友人が。学園が炎に包まれていく夢。そしてその中心で血だらけになった『彼』が力なく崩れ落ち、そして自分は絶叫する。そんな悪夢だった。
「最悪だね……」
その内容と、ぐっしょりとかいた寝汗に不快感を隠しもせずシャルロットはよろよろと起き上った。時計を見ればもうすぐ夕方といった所か。そんな時間までベッドの中に潜り込んでいた自分に自己嫌悪してしまう。
「ひどい顔」
手鏡を取り自分の顔を見て自嘲する。その顔色は青ざめ目元は赤く腫れている。ここ最近、彼女の様子はずっとそんな感じだ。そしてその原因は考えるまでもない。その事を思い出し、再び目元が潤んでくる。だがそこに声がかかった。
「起きたか、シャルロット」
「ラウラ」
それはルームメイトであり大切な友人であるラウラだ。彼女はシャルロットが起きたことを確認するとキッチンから湯呑を二つ、持ってきた。
「飲むといい。軽くなら食べ物もあるぞ?」
「ごめん、ありがとう……」
ラウラが気を使ってくれているのがわかる。シャルロットはそれに素直に甘える事にした。だがすぐに彼女の現状の事を思い出して顔を暗くする。
「ごめんね。ラウラだって今大変なのに……」
「気にするな。確かに大変ではあるが私の部下だ。きっと無事だ」
そういうがラウラの顔は少し硬い。その原因は先日の亡国機業のドイツ軍襲撃だ。結果としてはISは一機奪われ、基地は半壊滅。さらにはラウラの部下も行方不明のままなのだ。そんな状況なのに彼女に甘えてる自分にシャルロットは後悔するが、ラウラは首を振る。
「教官に鍛えられた私の部下だ。やたらしぶといから無事に決まっている。それに奪われたのなら取り返せばいい」
「ラウラは、強いね」
凄い、と思う。いつもは少し世間外れの少女なのにこういう時はとても強く、大きく見える。それが何よりも羨ましい。
「僕は駄目だな……。そうやって強くなれない……なれないよ……」
どんなに強くあろうとしても、思い出すたびに挫けてしまう。そう、川村静司が○んだなんて事は―――
「っ……!」
不意にこみあげる嗚咽。だがすぐにラウラが近づき背中を優しく撫でてくれた事で何とか抑えることができた。
「無理に強がる必要はない。私もそれで失敗した身だからな。だが、ずっと籠っているのも良くないだろう。少し外の空気を浴びてはどうだ?」
ラウラが優しく語りかけてくれる。確かにそうかもしれない。自分はずっと塞ぎ込んで殆ど外に出ていない。それで何かが変わるかはわからないが、引き籠って友人に心配かけ続けるよりはマシだろう。だからシャルロットは頷いた。
「大丈夫か? 私も一緒に行くぞ?」
「うん、大丈夫だよ。少し……一人で歩いてくる」
「……そうか」
それでも『何かあったらすぐに呼ぶといい』と言ってくれるラウラに感謝しつつ、シャルロットは自室から出る。
「静か、だな……」
外の方は騒がしいが打って変わって寮の廊下は静かだった。いつもなら同世代の少女たちが姦しく賑やかなその場所は、来るべき時に向けて異様な静まりを見せている。実際、結構な数の生徒が一時的な避難や休学扱いとして今は学園外に出ていると聞く。
そんな廊下を一人歩くがやはり気は晴れない。これなら多少人に今の顔を見られても、騒がしいほうがよかったかもしれない。そんな事を考えつつ、足は自然とある部屋へと向かう。
「…………っ」
そして目的の部屋に辿り着くがその扉をノックする事に躊躇う。なぜならそこは一夏と静司の部屋だからだ。
わかっている、わかっているのだ。その扉を叩いて中に居る人を呼んでも、そこには居たとしても一人の少年しか居ないという事は。だがもしかしてと、そんなありえない希望に縋ってしまうほど、今の彼女は弱っていた。
(……やめよう)
しばし考えて、やはりやめる事にする。その扉が開いてしまったら現実を見せつけられる様で。そしてそれに耐えられなくて。だからシャルロットは踵を返し立ち去ろうとするが、不意に部屋の中から音が聞こえた。
「え?」
普通に考えればそれは一夏の出した音だろう。だが何故か扉に意識が向かう。ありえない希望を居るかどうかも分からない神様が叶えてくれたんじゃないかと。いや、いっそもう幻聴でも幻覚でも良かった。ただ、元気な『彼』の姿見たくてシャルロットは扉に手をかけ、そして開けた。
だがそこに彼は居なかった。
それは当然の結果だ。もし本当にいるのなら学園内はもっと騒々しくなっていた筈なのだから。だがシャルロットは、部屋の中の光景に目を見開く。
「本音?」
そこに彼女は居た。
「あ、しゃるるん」
「何を、しているの?」
一夏と静司の部屋に居た本音がいつもの平和そうな笑顔を向けて手を振ってくる。だがその顔はやはり何処か疲れている様にも見えて、目元はシャルロットと同じく腫れている。そしてそんな本音の手元には何故かハタキがあった。
「えっとね、お掃除~」
「う、うん。それは見てわかる…………けど?」
わかる、と言い切れなかったのは果たしてそれが本当に掃除なのか判断がつかなかったからだ。確かに部屋に散らばっていたであろう本などは纏められている。だがそれは本当に纏められているだけで積み重なって部屋の隅に置かれているだけに過ぎない。本音が手に握り振るうハタキもえいやえいやと無造作にあちこちをはたいている為に効果があるのか少々疑わしかった。だがまあ確かに掃除ではあるだろう、一応。問題はなぜそんな事をしているかだ。
「どうして……?」
「えっとね、いつ戻ってきても良い様に~」
その言葉に、シャルロットの身が震えた。それはあり得ない。だって『彼』は。川村静司はもう――――
「帰って、くるよ」
そんなこちらの思いを読んだかのように、本音は強く言い放つ。
「ぜったい、帰ってくる。約束、したから」
「けど静司は……っ!」
震えるシャルロットの言葉。だが本音は首を振る。
「せーじはね、いつも無茶してるし、痛いのが好きなんじゃないかな? とか思うくらいにいつも怪我してるけど、いつも戻ってきてくれたもん」
「それは!」
希望的観測だ。事実彼は瀕死の状態で海に墜落して、そして――――
「……え?」
そして、どうなった? 見つかっていない。死体も、ISも、何も。ただ『死んだ』という認識だけが事実として受け入れられている。その証拠は何も無いのに。
だがそれも無理は無い。常識的に考えてあの状態で海に落ちて助かる見込みなどないのだ。それにあの時世界中のISは暴走状態にあり、K・アドヴァンスとEXISTも壊滅状態であり助ける余裕があった者など居ないと思われた。事実彼の上司である草薙由香里ですらも生きているとは言わなかった。だけど、
「死んだ、とも……言っていない……?」
由香里は言った。『行方はわからない』と。それは事実だろう。だが一度たりとも『死んだ』とは言っていない。つまり彼女はまだ生存を信じていたという事か? そして本音も。
「前にね、言ったんだよ。『おかえりなさい』って言わせてって。せーじも頷いてくれた。だから待つんだよ。いつでも帰ってきても良い様に」
本音も、由香里も。それが希望であることは変わりない。本当は不安で仕方がないに違いない。事実、本音の眼は揺れているし目元が腫れているのが証拠だ。だがそれでも諦めていない。
それに比べて自分はどうだったろうか? 死んだと決めつけ、塞ぎ込み、友人に迷惑をかけていた。ああ、それはなんて、なんて……
「馬鹿だなぁ……」
目頭が熱くなる。まだ不安は拭えないが、まだ希望は残っていた。そしてそれを教えてくれた友人の姿にシャルロットは小さく微笑む。
「ずるいや、本音」
「ん~?」
見れば彼女も泣いていた。やはり不安は拭えないのだろう。だがそれでも。それでもと思うのなら。
「手伝うよ、本音。静司が帰ってきたときに埃まみれじゃ困るしね」
「……うん!」
今は、今だけは信じてみよう。強い友人と優しい友人。それらに囲まれていつまでも塞ぎ込んで絶望していても何も変わらないのだから。シャルロットは小さく頷くと、自らも部屋の掃除に乗り出していった。
「なるほど、ね」
静司が目覚めてから数時間後。消毒液の香りがするその部屋に再びやってきたナターシャは今までの事を語り終えた静司に頷いた。その隣ではイーリスも興味深げに頷いている。
「織斑一夏の護衛にその姉、織斑千冬のコピー計画。加えて博士に逆らうISと……。どれもこれも驚きね」
「ナタル、ISに関しては福音もそうじゃねえか」
「まあそうだけれど」
「しっかし、まあ。いつの時代もエゲツねえ事考える奴は居るもんだなあ」
イーリスが呆れた様に漏らした言葉にナターシャも頷く。
「けどこれで確定ね。篠ノ之束の影響力から逃れる為にはやはりISの意思の強さが鍵よ」
「その博士はもう死んじまったけどな。だが……」
「はい。篠ノ之束の仲間らしきあの銀髪の少女のISが残っている」
静司の言葉にイーリスは難しい顔で頷いた。あのISの正確なスペックは不明だが、ろくでもない事は予想がつくし、実際に見た。
「だがそのISの意思? だったか。それを鍛えるにはどうすりいゃ良いんだよ。乗り回しながら死にかけろってか?」
「それは極論よイーリ。だけど実際その方法が無いのが問題よね……。今までそういったアプローチでISの強化を行ったことが無いか、調べる必要があるわ」
何せISの強化と言えば基本は装備やスペックの向上。そして革新的な装備だったのだ。それが突然の精神論となってしまっては困惑するのも無理は無い。
「しかしまさか貴方が織斑一夏の護衛とはね。なんともまあ思い切ったことをするわ。けどそれを話しても良かったの? それに今聞いた話も極秘だったんじゃない?」
「……ええ。けどもう意味のない事ですから」
そう答える覇気の無い静司の様子にナターシャは顔を曇らせ、イーリスは眉をしかめた。
「おい、なんだよその言い草は。この世の終わりみたいな面しやがって」
「イーリ」
「黙ってろナタル。おい、いいかカワムラセイジとか言ったか? 手前があのブリュンヒルデのコピーだとかクサレ兎との因縁だとかは知らねえよ。悲劇なんてどこにでも転がってるし、それにいちいち『ああ、可哀想な子』だとか考えてやるほど私はお人良しじゃねえ。私が今知りたいのはだな、お前はこれからどうするんだって事だ」
「それは……」
何も思い浮かばなかった。
因縁の相手は死んだ。学園に居られる為の張りぼての経歴は崩れ去った。仲間たちすら安否が不明で、ここまで来たら任務も何も無い。自分の行き場を失ってしまったかのような虚無感。そしてもはや、自分が何を望んでいるかもわからない。
そんな静司の様子にイーリスは『ちっ』と舌を打つと静司の胸倉をつかみあげた。
「イーリっ!」
「オイこらテメエ。復讐とやらを果たしたら抜け殻気取りか? ああんっ!? そんなナリでよく今まで生活できていたな? イジイジとウザッてえ! 結局なんだ、テメエの中には復讐しかなくてそれ以外はどうでも良かったって事か? はっ、とんだ間抜けだな。これなら似たような馬鹿でもまだハキハキしてた織斑一夏の方がスッキリするぜ」
「俺は……」
何も言い返せなかった。事実、今の自分の行くべき場所が見えないのだから。長年の復讐が終わった事で、今まで心を占めていた大きな『何か』がすっぽりと抜け落ちてしまったのだ。
「ナタル、こりゃ駄目だ。今のこいつには何も期待できねえよ」
「イーリ。言いたいことはわかるわ。だけど……」
「あまり甘やかすなよ。悪い癖だぞナタル」
「わかっているわ。ねえ、静司君? 本当に他には何もないの? 貴方は学園で何かを得て、けど居場所を失ってしまった。だから自暴自棄になっているだけじゃないの?」
「……」
二人の言っている事は正しい。正しい筈なのに、自分の心は動こうとしない。それは肉体が弱っている事もあるだろう。だがそれとは別に形容しがたい無気力感が静司の心を曇らせている。
それでもそんな静司にナターシャが何かを言おうとした時だ。不意に新たな声が現れた。
「どうやら待つだけ無意味な様だな」
「アレックス委員!?」
声の主はスーツを着た初老の男だった。男は静司をちらりと見るとふん、と鼻を鳴らす。
「途中からだが話は聞いていた。だがこれは待つだけ無意味にしか思えんな」
「そんな事……」
「先ほども言ったが私たちには時間が無い。ISの意思とやらを鍛える時間もな。ならば現在有効に使えるIS、君の銀の福音とこの男のIS。それを利用するに越した事はない」
だから、とアレックスと呼ばれた男が静司を冷たい目で見降ろした。そしてその手には黒い翼のペンダント――待機状態の黒翼があった。
「このISはパーソナライズをされているせいかピクリとも反応しない。貴様が動く気が無いのなら我々が有効的に使わせて貰う。だからまずはこのISにかけられているロックを外せ」
「っ……」
その黒翼の姿を見て思わず呻く。それは、それこそが今の自分に残された最後の力なのに。それを失ったら本当に何も出来なくなってしまう。だがそれに手を伸ばしたとして、一体何に使う? 自分はどうしたい? 何を求めている? そんな自問自答が静司を苛む。だがアレックスは言葉通り待つ気は無いようだった。
「子供の我儘に付き合っている時間は無い」
「アレックス委員!」
「っ!」
ちゃきり、という金属音。そして静司に向けられたのは銃口だった。そのグリップを握るアレックスにナターシャが非難の声を上げ、イーリスは、
「…………君はこちら側だと思ったのだが?」
「勝手に味方認定してんじゃねえよタコ。決めるのはコイツ自身だ。自分の意思で決めさせろ。それを脅迫とは大人気無さすぎだぜ」
咄嗟に抜いた拳銃をアレックスに向けていた。
「大人気ないのはどちらだ? 期待できない希望などするものではない」
「それを期待できないかどうかを判断するのは個人の勝手だって事だよ。立ち上がるかどうかもな」
「不毛だ」
「夢のねえ大人だな」
数十秒にわたる硬直。だが最初に動いたのはやはりアレックスだった。
「私はこの行動で事態が改善するのなら、例えどのようになっても構わん」
「てめっ――!?」
静司に向けた拳銃の引き金。それに力が入る。イーリスも目を細め動こうとし、
突然、アレックスの手にあった黒翼が光った。
「何っ!?」
アレックスは驚き思わず黒翼から手を放す。そしてその黒翼はというと光の粒子となって静司の左腕に装着され、そして翼を広げた。
「きゃあっ!?」
「うおお!?」
狭い病室だ。そこでいきなりISが翼など広げれば当然物は倒れるし、壁にも当たる。だがそれでもお構いなしに広がった翼はまるで静司を包み込むかのように丸まっていく。
「あ……」
その事に驚いたのはナターシャ達だけじゃなかった。静司もまた、突然の黒翼の動きに目を丸くする。そしてそんな静司の視界にウィンドウが浮かび上がる。そしてそこには『sound only』の文字。
『音声データを再生』
それは、いつの日か姉たちの最後の言葉を聞いた時と同じ表示。同じ言葉だった。
『頼む……。お前が少しでも私たちの事を仲間と認めてくれるなら、02を助けてやってくれ』
『もう時間が無い。お前が篠ノ之束を憎んでいるのは知っている。そして私たちに期待していない事も。それでもお前は動いてくれた。お前も間違いなく、私たちの……家族だ』
『最後の選択は、02に任せる。だが今だけは、今だけは助けてやってくれ。私は……私たちは、たとえどんな形であれ、02が生きている事を望んでいる。できるなら幸福であってもらいたい。だから――』
そこで音声は途切れる。それは紛れもない。姉の最後の言葉。
だが再生はそこで終わらない。
『音声データを再生』
『ほーら静司。パパがお好み焼きを作ってやったぞ。外野は苔だの生ごみだの言うがお前は食べてくれるよな?』
それはEXIST拾われてから初めて課長が料理をした時の言葉で。
『大丈夫静司? あの馬鹿は射撃場の的にしておいたから母特製の胃薬を飲みなさい。全く、せっかくできた息子を殺す気かしらね』
その料理の後に生死を彷徨いかけてやっぱり拾われたのは失敗だったんじゃないかと思った矢先の由香里の言葉。
『お前も戦うって? まああの親バカ二人が止めないなら俺は反対しないけどな。じゃあまず手始めにC5と戦ってこい。試験? ああ、じゃあこれが試験で』
『C1!? C5に挑んだあの新入りが瀕死に! これ見られたら課長に殺されるっすよ!?』
『激しくぶつかってきたから思わずやりすぎちゃったわ』
『おい課長が来るぞ!? 隠せ早く!』
頭おかしい仲間達の声で。
『おい、静司! 特訓だ! んでもってそのあとは風呂行こうぜ!』
それは初めてできた同世代の友人とも呼べる少年の声で。
その後にも様々な声が再生されていく。こんなものを自分は録音した記憶は無い。という事はこれはつまり黒翼の記録……? そしてその内容は他でもない。実験体であったEx02が『川村静司』という存在になり、そして――――得てきたことの記録。
「……っ!」
それに気付いた途端、自然と手が前に伸び自分を守る様に覆っている翼に触れる。その瞬間、その声が聞こえた。
『かわむー』『静司?』『わ~お』『何やってるの?』『せーじ、次はこれ~』『あ、僕も』
「あ、ああ……俺、は……っ」
不意に今まで無かった感情がこみ上げてくる。息が出来なくなり震え、体中が痛む中、最後に新たな声が入り込む。
『馬鹿が』
その声を聞いた瞬間、静司は意識を手放した。
暗い、昏い夜の丘の上。相変わらず雨が降り注ぎ闇に覆われたそこに静司は立っていた。
「俺は……」
ぼんやりと空を見上げる。空から降る雨が目に染みるが、それでもぼんやりと空を見上げ続けていると、不意に背後に気配を感じた。顔を下し振り向く。するとそこにはいつもの女性が立っていた。闇に溶け込む様に黒いナイトドレス。腰まで伸ばした漆黒の髪。大きく開いた胸元には翼をあしらったペンダントがかけられている。両腕は肘まで伸びる黒の手袋で覆われ、黒い帽子を被りそこから垂れた薄布によりその表情はうっすらとしか見えない。本当に、いつも通りの姿。
「黒翼……」
「……」
女性は答えない。だが返事をせずとも、その旨にかけられたペンダントが何よりの証拠だった。だから静司は続ける。
「とっくに、見捨てられたと思ってた」
自分と黒翼の契約。篠ノ之束への復讐は既に終わった。ならばその関係も終わってしまったのではと。勝手にそう思っていた。だが、
「違った、のか」
意識を失う前に聞かされた音声データ。そこには今まで全く気付かなかった、いや、考えてもいなかったメッセージがあった。
「ようやく気づいたか。だから馬鹿だと言ったのだ」
黒翼が口を開く。その言葉には呆れと嘲笑が込められていたが、静司にはそれを否定できない。そんな静司を嘲笑うかのように黒翼は続ける。
「確かに私は『お前』と契約した。だがその前にも契約……いや、約束していたんだよ。だというのにお前はその事を完全に忘れていたな? 馬鹿め」
「……」
ああ、本当に。自分でもそう思う。そしてそれに気付かせるために黒翼はあの音声を流したのだろう。
「『私はお前の姉達の望みを果たした。お前に合わせて初期移行まで行ってやったが、これはまだ仮契約だ。お前の答えを聞いていない』これが以前お前に告げた言葉だ。だが私は
「……性格悪くないか?」
「知るか。気づかずに勝手にイジけていた貴様が悪い」
酷い。だがそういわれても仕方のない気がする。
「あの時、お前を助けるという望みは果たした。だがな、お前の姉達は何と言っていった? お前に何を望み、私にどんな希望を託した?」
目を瞑り思いだす。今まで全く気付いていなかったその言葉。復讐だけに捕らわれて見逃していた。ヒントはどこにもであったのに。父も、母も、仲間も、大切な人たちまでもが言ってくれていたのに気づこうとしなかった事。
「幸福で……あれと……っ」
「そうだ」
自然と涙が流れてきた。それは今まで気づかなかった自分への憤りと、死の間際まで自分の生だけでなく幸福を祈ってくれた姉達の想いにやっと気づけたからだ。そしてそれを気づかせてくれたのは黒翼と、新たな家族。仲間や友人。そして……大切に思う彼女達だ。
「私は不器用ながらも心地よいお前の姉達を気に入っていた。だからこそお前を助けるという望みを果たしたし……もう一つの望みも捨てる気は無い」
「はは……」
なんだそれは。まるで自分の保護者の様だ。いや、実際そうなのだろう。他の誰よりも自分の事を見てきたのは黒翼なのだから。
「私は手段は選ばない。お前との契約は終わっても、姉との約束はまだ終わっていない。だからこそいつまでもお前がイジけているのは耐えられん」
酷い言い草だ。だが最初からそうだった。一番最初に助けてくれた時から黒翼はとても厳しく、そして優しい。そうでもなければこんなろくでなしを何度も助け、そして今もまたこうしてヒントをくれたりしないだろう。今思えば、初めて助けてくれた時に自分に選びさせたのも、自分に生きる意志を強く持たせる為だったかのように思えてくる。そして実際そうなのだと、今は信じられる。
「だからこそ言うぞ。ここまで気づき、知って、お前はどうする? まだイジけるのなら私にも考えがある」
いつの間にか雨は上がっていた。雨雲も霧散していき徐々に月明かりが丘の上に差し込んでくる。
そしてその中で静司は涙をぬぐって黒翼を見返した。
「行くさ。行くに決まっている。それが姉さんたちの望みでもあるし――」
ぐっ、と拳を握り、笑う。
「俺自身も、そうありたい。やっと気づけた。俺には……復讐以外にも欲しいものがあったんだ」
「よろしい」
雲が完全に晴れ、月明かりが丘の上の二人を照らす。そして薄らと見えるうす布越し黒翼が笑い、そして手を伸ばしてくる。それに応じるように静司も手を伸ばす。
「ありがとう。いつも見守ってくれて。……六人目の姉さん」
「ふん」
二人の手が触れ合い、そして握られる。
復讐という目的は終わったけれど、またもう一つ目標が出来た。そしてその目標は何よりも大きく、困難で、しかし必ず辿り着きたい願い。だからこそ。
「果たすぞ。俺と、姉さん達の望みを」
再び目を開くと目の前にナターシャの顔があった。
「何、やってんですか?」
思わず聞いてしまう。だがその言葉にナターシャの眼が吊り上った。
「何? じゃないでしょう! いきなりISを起動したと思ったら今度はいきなり倒れて! あの後大変だったのよ?」
ああ、成程と思い出す。見ればイーリスも臨戦態勢でこちらを見つめていた。つまり自分が暴れるのではと危惧していたのだろう。
「大丈夫です。ちょっと色々あったけど、おかげで色々解決したから」
「……静司君?」
先ほどまでと違う静司の様子にナターシャが首を傾げる。それはイーリスも同じだった。
だが静司はそんな事は気にせずに体を動かし、そして来る痛みに眉を顰めた。やはり体はまだボロボロだ。右目も相変わらず見えない。だが左腕には頼もしい感覚がある。
「さっきのアレックスさんとやらは?」
「今は退出してるわ。本当に大変だったのよ? あの後本当に貴方を殺そうとするのを何とか止めたんだから」
「それは、ありがとうございます。ついでで申し訳ないんですがもう一度呼んで貰えますか?」
その言葉に二人がぎょっとする。イーリスも訝しげに問う。
「お前、本当に大丈夫か? 何かずいぶんスッキリした顔してるがまさか私の見てない所でナタルと――」
「何もしてないわよ!? というか貴方もずっと見てたでしょう!」
「ああそれは残念ですね。好みのタイプなのに」
「ちょっと!?」
「……へえ?」
明らかにおかしい静司の様子にナタルはいよいよ混乱し、しかしイーリスは逆に興味深げに笑った。
「随分と顔色も良くなったじゃねえか。そっちの方がよっぽど良いぜ。本当に何が起きたか気になるがその前に質問だ。さっきのオヤジを呼んでどうする気だ?」
それは何かを期待するような笑みだ。そして静司もまたそれに笑みを浮かべて返す。
「取引、しませんか?」
迷いはもうない。
一夏の扱いは迷いましたが、ここまで来て戦力出し惜しみして負けたら行きつく先は同じと思い限定的に参戦扱いにしました。学園に戦力集めてそれが全滅したらどこに隔離したっていずれ捕まるので
そして黒翼さんの静司観察日記ご開帳。というかただのシスコンとブラコンでしかない