IS~codename blade nine~   作:きりみや

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戦闘書いてたら楽しくなってやたら長くなってしまいました



70:崩れ去るもの

「まさか一回戦から大本命とはね」

「確かに驚いたがいい機会だ。この機会にあの女の鼻っ面を明かしてやろう」

 

 小さく響く駆動音。目の前に表示されるウィンドウに流れる文字列。そして相棒の声。それらに包まれたシャルロットはあくまで冷静に、しかし気合いの入った眼差しで正面を見据えていた。

 ここはアリーナのピット。もうじき目の前の扉が開き、そして今回のタッグマッチの相手――更識楯無・簪ペアと相対する。

 遂に始まった専用機持ちタッグマッチ。開会式の後に発表された組み合わせには正直驚いたものだ。一回戦から自分達の出番であり、その相手は尤も警戒していた更識姉妹ペアだったのだから。いくらなんでも出来過ぎではなかろうかと思ったが、よくよく考えてみると合点がいった。

 今年の一年はとにかく内外からの注目度が高い。そんな生徒達を別々のアリーナで戦わせていてはいちいち移動が大変で苦情が出る事だろう。ならばひとまとめにしてしまえばいい。

 そしてその一年の組み合わせの中でも一夏の白式と箒の紅椿は最も注目されているだろう。更にはこういった大会に初参加の更識簪とその機体もだ。それらを考えた時最も盛り上がる組み合わせは何か? それは最新鋭の機体である白式と紅椿が戦う事。そして生徒会長の妹であり、日本の代表候補生の実力を図るに最適な相手が戦う事。そうして考えていくと、現状一年生の中では実力トップのラウラと当たらせるというのも納得がいく。つまりは自分や鈴、それにセシリアに関しては特に気にされていないと言う事か。

 悔しいとは思う。しかしそれは口に出さない。言いたいことは実力で示す。そんなこちらの考えが分かっているのだろう。ラウラはこちらを見ると静かに頷いた。

 

「いくぞシャルロット」

「うん。行こう」

 

 ピットのハッチが開いていく。指示に従い二人は機体をハッチの外へと飛び出させた。途端に聞こえる歓声。見渡せばアリーナを埋め尽くす観客の姿が見える。今回は一般人は観戦できないが、それでもあらゆる組織や企業の人間がこの戦いを見ている。残念ながら今回は父は来れなかったが。

 そんな響き渡る歓声の中、シャルロットはハイパーセンサーを使用して観客席をサーチする。目的の人物は直ぐに見つかった。学園生用の観客席。そこに座りこちらを見ている静司の姿だ。その隣では鏡ナギや谷町癒子が手を振っていた。因みに本音は楯無チームの整備担当だったのでそこにはおらず、おそらく相手方のピットの方に居るのだろう。

 こちらの視線に気づいたのか静司が小さく手を振った。思わず嬉しくなってこちらも小さく振り返す。彼も見ている、無様な戦いは出来ない。

 視線を正面に戻すと対戦相手である更識姉妹もアリーナへと姿を現していた。不敵な笑みを浮かべる楯無とその機体、ミステリアス・レイディ。そして緊張しながらもその眼にはしっかりと闘志を燃やす簪と打鉄弐式。

 打鉄弐式を見るのは初めてでは無い。ここ数日間で何度か調整や訓練の様子を見た事がある。しかし不思議な機体だな、と思う。名前からしても打鉄の後継機だろうが、その見た目は全然違うのだ。打鉄に比べて全体的にスマートなラインであり、打鉄の特徴の一つであった肩部の物理シールドも大型のスラスターに変えられている。防御型の打鉄とはうってかわって機動性を重視している造りであり、どこか白式のフォルムにも似通う物があった。

 

「シャルロットちゃんにラウラちゃん。私達姉妹のラブラブアタックを見せてあげるわ」

「おねえちゃん、恥ずかしいからやめて……」

 

 何故か妙にテンションが高い楯無とそれを窘める簪に笑ってしまうが油断は出来ない。楯無は言うまでも無く、簪だって今まで専用機こそ無かったが日本の代表候補生になる程の腕なのだ。

 

「こちらこそ、僕とラウラの力を見せてあげます」

「ああそうだ。何時までも貴様の好きにはさせん」

 

 両者の準備が整った事で試合開始のカウントダウンが開始する。お互いに機体の出力を高めていき、直ぐにでも動けるように集中していく。

 その最中、シャルロットは何となくもう一度静司の方に視線を移した。先ほどと同じ場所に居る静司。しかし彼は何故か険しい顔で空を見上げている。

 

(何かを……探している?)

 

 疑問に思うが今はよそう。目の前の敵に全力でぶつからなければ。余計な思考を捨て、息を整える。そして、

 

『開始!』

 

 アリーナに響き渡る開始の声。その瞬間シャルロットとラウラは一気に飛び出した。

 

「あら?」

「っ!?」

 

 ラウラは簪に。そしてシャルロットは楯無に接近するとその右腕にアサルトカノン《ガルム》を。左腕に連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》を展開すると即座に連射を始めた。

 

「あら怖い」

 

 試合開始からの速攻の攻撃であったが楯無はそれに反応する。機体を背後に飛ばしつつ水のヴェールを楯の様に展開した。唯の水なら弾丸など防げる筈が無い。だがその正体はナノマシンの集合体である。それがシャルロットの放った弾丸を防ぐ。しかしシャルロットは臆する事なく連射を続けながら距離を詰めていく。

 押すシャルロットと引く楯無。しかし両者の顔にあるのは真剣な眼差しとどこか楽しそうな、余裕がある笑いだ。そんな二人がアリーナを高速で移動していく。

 

「成程、私をかんちゃんから引き離すつもりね。けどそう簡単に行くかしら?」

「どうでしょうねっ!」

 

 彼我の距離が更に縮まるとシャルロットは高速切替(ラビットスイッチ)で右腕の《ガルム》を消し、近接ブレード《ブレッド・スライサー》を展開。楯無へと斬りかかる。対して、楯無もランスである《蒼流旋》を呼び出すとそれを迎え撃った。

 ぶつかり合う両者の武器。金属のぶつかり合う音が響き渡る。

 

「うん、スタートダッシュからの猛攻は中々凄かったわ。だけどおねーさんにはまだまだ届かないわよ?」

 

 楯無が笑い、そしてランスの周囲に水が纏わっていく。そして次第に螺旋状に高速回転を始め、その勢いでシャルロットを近接ブレードごと弾き飛ばした。

 

「今度はこちらから行くわよ!」

 

 再び離れた両者。楯無はシャルロットへランスに取り付けられた四門ガトリングガンを発射した。弾き飛ばされて姿勢が不安定だったシャルロットは咄嗟に物理シールド《ガーデン・カーテン》を展開しそれを防ぐ。そしてそのシールドの影から楯無向けてグレネードを放った。 放られたグレネードにガトリングガンの銃弾が当たり爆発する。その爆炎で一瞬敵を見失った楯無に対して、シャルロットは再び接近戦を挑む。

 

「このっ!」

「うふ、ざんねーん」

 

 大きく迂回しつつ仕掛けた攻撃だったが楯無はそれを読んでいた様でランスとは別の手に蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を展開すると、接近するシャルロット目掛けて振り抜いた。うねりをもった斬撃を紙一重でシャルロットは躱す。しかしその隙にランスを構えた楯無がその矛先をシャルロットへ向けていた。

 

「ばんばん♪」

 

 再びガトリングガンの嵐。それに追われる様にしてシャルロットは進路を変更。上下左右に複雑に動きながら躱しつつ再び両手に展開したアサルトカノンとショットガンを楯無目掛け連射する。複雑な機動で楯無の銃弾を回避しながら隙を見て放たれるその銃撃に歓声が沸いた。だが当のシャルロットは必至だ。一瞬でも気を抜けば追いつかれる。

 

「ならっ!」

 

 《ガーデン・カーテン》を二枚重ねて掲げガトリングガンの嵐を防ぐ。銃弾がそれを叩く轟音に冷や汗をかきつつ、今まで回避しながら溜めていた出力を解放。瞬時加速を発動した。

 一瞬で視界が変わる。それをISの補助を受けつつ感じなら再度展開した近接ブレードを楯無目掛けて叩き付けた。だがやはりそれもランスに防がれる。そのまま楯無が蛇腹剣を振ろうとするが、左腕にも近接ブレードを展開し応戦。お互い両腕の武器を封じられた状態で睨み合う形となった。

 

「うふ。やっぱり強いわねシャルロットちゃん。作戦としては強敵である私を引き付けてる間に実力的には一年生トップのラウラちゃんがかんちゃんを倒す、って所かしら? タッグマッチというより個人戦ぽいけど発想は悪くないわ。けどそれはかんちゃんを舐め過ぎよ?」

「っ!」

 

 不敵に笑う楯無の言葉と同時、遠く離れた地上で大きな爆発が起きた。そこは丁度ラウラと簪が戦っていた場所だ。

 眼前の楯無からは視線を逸らさずに、ハイパーセンサーが捉えた情報を確認する。そこでは簪の打鉄弐式が数多のミサイルをラウラ目掛けて叩き込んでいた。その猛攻は計48発分続き、ラウラが居た場所を炎と煙に染める。だがその精度はあまり高くないらしく、攻撃は広範囲に散らばっている様だ。それでも十分脅威だが、あれではラウラは倒せない。

 それは簪も分かっている様で、続けて背中に搭載された砲門を脇の下から潜らせる様にスライドさせると、その砲門から荷電粒子砲を発射した。凄まじい光とひときわ大きな爆発音。その凄まじい猛攻に観客たちも息を飲んだ。

 

「凄いでしょ? 私の自慢の妹よ」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべる楯無。だがシャルロットも負けてはいない。

 

「そうですね。ですけど会長、一つお忘れですよ」

「あら、何かしら?」

「これはタッグマッチです」

 

 刹那、簪の猛攻によって生まれた炎と煙が穴を開けた。そしてその穴を突き破り高速で放たれたそれが簪でなく楯無へ(・・・・・・・)とぶち当たった。

 

「っ!!?」

 

 驚いた様な楯無の顔。しかし彼女はギリギリで機体を逸らしたらしく、直撃には至らなかった。だが放たれた一撃はミステリアス・レイデイのスカートの一部をスラスターごと砕き、肩部装甲の一部を削った。

 その成果にニヤリを笑いつつ、シャルロットはたった今攻撃が仕掛けられてきた方向へ一気に翔ける。そこにはシュヴァルツェア・レーゲンの大型レールカノンを発射したばかりのラウラの姿あった。

 

「そんな……あの攻撃を耐えた……!?」

「いや、中々の攻撃だったぞ。お蔭でワイヤーブレードが3本駄目になった。だが少々荒いな。あれだけ大味の攻撃ならば決め手にせず、最後の一撃が来ることは予想が出来たし、それが分かっていれば躱すのも容易い」

 

 簪の呻きにラウラが感心した様に答える。その左の瞳は眼帯が外され、金の瞳が簪を見つめている。彼女はその瞳《ヴォーダン・オージェ》とISの特殊兵装AIC――慣性停止結界を駆使してミサイルを見極め、そしてワイヤーブレードで叩き落し続けたのだ。本来ならAICは複数相手に効果は薄い。しかし簪のミサイル攻撃は未完成な部分があるのか狙いが甘かった為に何とか防ぐ事ができたのだ。そして、

 

「驚いてる暇は無いよ!」

 

 楯無の元から一気に簪の元へと向かったシャルロットが簪目掛けショットガンを放つ。咄嗟の事に防ぎきれなかった簪がダメージを受け体勢を崩した。そしてラウラはシャルロットと入れ替わる様にすれ違うと楯無の前に陣取った。

 

「なるほどね、シャルロットちゃんは囮で本命はラウラちゃんの砲撃だった訳か。しかしあのかんちゃんを相手にしつつこちらを狙う余裕があるとは驚きね」

「お前は強い。私やシャルロットよりもだ。ならば少しでも戦力を削ぐ為には小細工が必要だと判断した」

「成程ね。だから目の前のかんちゃんじゃなくって、少しでも私にダメージを与える事を優先したわけか。いいわね、おねーさんもちょっと油断が過ぎたかも。だけど今の一撃で致命傷を与えられなかったのは失敗ね? ここからはおねーさんも本気よ」

「知っている。だからここからは私が相手だ」

 

 楯無の顔から笑みが消え、ラウラがプラズマ手刀を展開する。一瞬の沈黙の後、二人はぶつかり合った。

 

 

 

 

「始まりましたね」

 

 教員用の観測室で真耶はその戦いの模様を見ていた。繰り広げられる戦いは彼女の予想を超えており、自分の教え子たちの成長に嬉しさを感じる。だが何時までもそうしている訳にはいかない。彼女は直ぐに気を取り直すと自分の仕事に戻る。

 彼女の前には巨大なスクリーンがあり、そこでは各アリーナでの戦いの様子。学園内と学園外の監視システムの状況。そして各教員のデータが映し出されている。真耶はコンソールを叩くとその中の一人を呼び出した。

 

「織斑先生。今の所問題は有りません」

『了解した。引き続き山田先生はそこで監視をお願いします』

「了解しました。それと幾つかの企業から織斑先生と是非話がしたいと打診が。それに織斑先生が姿を見せない事を疑問に思う方も居る様です」

『仕事中、と言ってお引き取り頂いて下さい。あまりしつこいようなら私に通信を回してくれて構わない』

「いえ、大丈夫です。…………来ると思いますか?」

『ああ。だからこそこうしている』

 

 二人の声のトーンが下がる。二人が話すのは襲撃者の事だ。

 

「しかし前回と同じく委員会より参集されたISが今回は5機も警備についています。それに加えて、織斑先生をはじめとした先生たちの装備を換装した打鉄とラファールが15機。これだけの数を突破する戦力なんて考えられません」

 

 現在IS学園の警備に出ているのは真耶の言う通り委員会より参集された機体。そして学園の量産機を実戦仕様に予め換装させた打鉄とラファールが15機だ。数に限りのあるISにとってその数はもはや戦争が出来るレベルである。これだけの数を予め念入りに整備し、より実践的な状態にするために数日前から授業に使える機体は半減していた。本当なら全機投入したい所だったが、それだけの数を換装してしまうと授業に使える機体が無くなってしまう事。それに本格的な戦闘を行えるレベルの者がそれほどいない為に断念された。だが緊急時にはそんな事も関係なく、ISの使用する許可が出ている。というより千冬が出させたのである。その全ては襲撃者から学園と生徒を護るためだ。

 

『そもそもこの学園を襲撃してくる事。アリーナのシールドを破る者が居る事。そして規格外の襲撃者達。それら全てが今まで考えられなかったことだ。用心するに越したことはない。今まで後手に回り続けていたが今回こそ好きにはさせん』

 

 通信越しの千冬の声には強い意志が込められていた。確かに今まではこちらの行動が遅かったと言う事もある。だが今回は千冬を初めとした教員たちが既にISで待機して各地に配備されている。そこまではキャノン・ボールファストの時と同じだが今回は数が違う。教員たちは二つの班に分かれており、千冬を筆頭に学園外周部に待機する迎撃班と真耶が中心の防衛班。真耶も事が起きたら学園と生徒、そして来客の防衛の為にラファールで出撃する。

 

「……そうですね。引き続き警戒を続けます。けど織斑先生、あまり無理はしないで下さいね」

『私は無理などしていない』

「嘘ですよ。織斑先生、ここ数日ずっと怖い顔してましたし」

『怖い……』

 

 どこか釈然としないといった千冬の声に真耶は苦笑する。全然気づいてなかったんですね、と。

 

「私には織斑先生の悩んでいる事は全ては分かりません。それに先日の件に関しては私にも分からないことだらけです。しかもそのせいで生徒である川村君との距離も測りかねて、少し避けてしまいました。これじゃあ教師失格ですね」

『それを言ったら私もだろう』

「そうですね。そしてそんな事に気づかなかったIS学園の教師全員が駄目駄目です。けど、何時も失敗ばかりしている私が言うのも変かもしれませんが、駄目でも良いじゃないですか」

『何……?』

「私達……特に私や織斑先生はまだ若いんです。20代なんですよ20代! 子供たちは勘違いしがちですけど20代なんてまだまだ子供みたいなものなんです。勿論だからと言って社会人としての責任を放棄したりするのは駄目ですけど、完璧な人間なんていませんよ。けど失敗したらならそれを反省して次に活かすだけの経験は今まで積んできました。だからこそ次に活かせるし、だからこそ織斑先生はいまこうしてISに乗って待機してるんですから」

 

 言い訳染みてるかもしれない。だが失敗は失敗として認め、後悔も反省もしている。そして学生の頃に無かった『立場』と言う物が自分達を縛るけど、逆にそれを利用する事だってできる。今の千冬がまさにそうだろう。通常はIS15機を警備に使うなど上が許す訳が無いのを、無理やり承認させたのだから。

 

「だからですね、えーと結局何を言いたいかと言いますと……」

 

 どうやら勢いで喋っていたらしい。肝心の部分が出てこない真耶が恥ずかしそうに顔を手で覆う。

 

「と、とにかく、私は生徒を護ると言う事に関しては織斑先生の考えに同感です。その為なら委員会に何を言われようが関係ありません。それは他の先生たちも同じだと思います。だからあまり背負い込み過ぎないでくださいね?」

 

 懇願に近い真耶の言葉に千冬はしばらく無言だった。その事に真耶はドキドキしてしまうが、十数秒の後ようやく千冬が返事をした。

 

『ああ……ありがとう……』

 

 小さな感謝の言葉と同時に通信が切れた。唐突のそれにぽかんとしてしまったが、直ぐにそれも苦笑に変わる。

 

「恥ずかしかったんでしょうか? けど少しでも嬉しいと思ってくれたのならこちらも嬉しいですね」

 

 自分も少し恥ずかしかったので顔が熱い。だが何時までもそんな気分ではいられない。ああいったからには万全の状態でいつでも動けるようにしなくてはいけないのだから。

 ふとコンソールを叩き、予めチェックしておいたある生徒の居場所を確認する。川村静司。彼はクラスメイト達と共に通常通り観戦している様だった。

 

「ほんと、お話をしなくちゃいけませんね……」

 

 真耶は気合いを入れ直すと自分の仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 シャルロット達の戦いは激しさを増していた。

 

「……早いっ!」

「まだまだ!」

 

 アサルトカノン、ショットガン、そして近接ブレード。それらを一瞬で持ち替えて簪に猛攻を加えるシャルロットと機動力でそれを躱しつつ超振動薙刀《夢現》で何とかそれを凌ぐ簪。簪は余りにも早いシャルロットの武器の変化の対応に追われ思う様に動けず、シャルロットは、ギリギリで躱してくる簪相手に決め手に欠ける状態だった。

 

「流石は日本の代表候補生だね!」

「っ、そっちこそ……!」

 

 打ちあった一瞬、視線を躱しお互いを賞賛する。だがシャルロットは何時までもこうしてるつもりは無かった。時間が経てば経つほどラウラが危険だからだ。楯無に一撃加えたと言ってもそれは当初の予定からは大分軽いダメージだ。事実、視界の端では楯無がランスと蛇腹剣の猛攻でラウラを押しているのが見える。ラウラはプラズマ手刀とワイヤーブレードを駆使してそれらを捌きつつ楯無へ仕掛けるが油断を消した楯無はそれらを容易く防ぎ更なる猛攻を加えている。早く加勢に行かなければ。

 

(なら、ここで押し切る!)

 

 瞬時加速を発動。一気に勝負に出た。簪も咄嗟に反応して薙刀でそれを受ける。

 激突。近接ブレードと薙刀がぶつかり合い、そしてその衝撃でシャルロットのブレードが砕けた。

 

「……ここっ!」

 

 それを好機と見たのだろう。簪が荷電粒子砲を向け、そして放つ。

 シャルロットの眼前で眩い光が放たれた。それは直撃すれば大ダメージは避けられず、そして至近距離故に避ける事も不可能だ。だがシャルロットは元より避けるつもりは無かった。

 

「ふふ」

 

 不敵な笑い。そしてシャルロットに放たれた筈の攻撃はその寸前で防がれた。簪が目を見開く。

 

「なっ……!?」

「僕の武器はまだあるんだよ?」

 

 簪の目の前にあった物。それは馬鹿みたいに巨大なドリルだった。そのドリルが荷電粒子砲を防ぐ楯となり、そしてその鋼鉄の先端を回転させながら突っ込んできたのだ。その見た目も然ることながら、その馬鹿みたいな武器から発せられる破壊の駆動音に簪の顔が青くなる。そしてそのドリルは荷電粒子砲の砲撃の中心を突き進み、簪に突き刺さった。

 

「きゃああ!?」

 

 咄嗟に砲撃は止め誘爆は避けたがドリルの一撃は見た目通り重い。武器を取り落とし簪が吹き飛ばされ、アリーナのシールドにぶち当たった。

 

「くっ……!?」

 

 ふら付きつつも体勢を立て直そうと簪が顔を上げた時、既にシャルロットはパイルバンカー《灰色の鱗殻》を構えてその懐に入り込んでいた。簪の顔が引き攣る。

 

「行っけええええええ!」

 

 ずどん、と鈍く重い音が響き渡る。そしてパイルバンカーの直撃を喰らった簪は機体のシールドエネルギーが付き落下して行った。

 

「ふう……」

 

 落下した簪に視線を向けると眼を回した様に座り込んでいた。その体はガタガタと震えている。しまった。やり過ぎたか?

 簪の機体の情報は余り無かったが、彼女が少々気の弱いところがあるのは知っていた。なのでインパクトと威力だけは十分な武器での2連撃にかけてみたが上手くいった様だ。

 その事にほっとしつつラウラの援護に向かおうとした時だった。凄まじい轟音が響き、大気が揺れる。

 

「な、何!?」

 

 慌ててそちらを見ると上空に悠然と佇む楯無とその正面に広がる爆発。そしてその爆発の中からラウラが落下していく光景だった。

 

「嘘っ……ラウラ!?」

「くっ、すまんシャルロット……」

 

 ラウラからの通信。彼女は声を震わせながらもなんとか体勢を立て直すがそのダメージが大きいのか動きはぎこちない。

 

「ふう、ここまでやっても倒れないのは流石ね。けどそれじゃあもうまともに戦えないでしょう」

「ちっ……」

 

 ラウラが唇を噛む。つまり肯定と言う事だ。実際、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは残り少なく、機体自体もボロボロだ。だがまだ彼女は諦めていない。

 

「ラウラ、僕が前にでる。援護はいける?」

「ああ、最大出力は無理だがレールカノンも数発は行ける。すまんが頼む」

 

 二人は頷きあう。そしてシャルロットは楯無と相対した。両手にランスと蛇腹剣を持つ楯無は無防備に見えるが、それに惑わされ安易に突っ込めば返り討ちにあうことが分かる。

 

「強敵だね……」

「うふ。伊達に学園最強と呼ばれてないわよ」

「それでも、行きます!」

 

 再度両手に銃を展開しシャルロットが構える。だが楯無は首を横に振った。

 

「いいえ。行くのはこちらからよ」

「え……っ!?」

 

 走る悪寒。咄嗟にシャルロットは横に飛ぶ。半瞬遅れてシャルロットが居た場所が突如爆発した。

 

「これはっ!?」

「《清き熱情》。ナノマシンを一気に発熱させて起こす水蒸気爆発よ。これのいい所は仕掛けてるのが見え無い所かしら」

 

 そう笑う楯無が指を鳴らす。するとシャルロットの背後で、左右で、上で、下でその爆発が起こりシャルロットは玩具の様に空中でもみくちゃにされた。そしてその隙に楯無がランスを手に迫る。

 

「っ、馬鹿にして!」

「いいえ、むしろ賞賛しているわ。タッグマッチとはいえ私に傷を負わせたのだもの。だからこそ本気でいくわ」

 

 迫る楯無。だがそこにラウラが放ったワイヤーブレードが割り込む。それは楯無を絡め取る様に撓るが、楯無はそれを一瞥するとそのワイヤー向けてランスのガトリングガンを発射。その軌道を逸らす。そしてもう片手の蛇腹剣でシャルロットを襲う。シャルロットもそれを近接ブレードで受けるが、その途端蛇腹剣の先端から高圧水流が発射されシャルロットのバランスが崩れる。

 

「ふっ!」

 

 楯無は両手の武器を離すと体勢を崩したシャルロットへ接近。掌打と蹴りを連続で叩きこむ。ほぼゼロ距離から放たれるそれにシャルロットは対応しきれず押されていく。そして止めとばかりにシャルロットを掴み上げると空中で一本背負いの様に投げ飛ばした。

 

「きゃ!?」

「シャルロット! このっ、喰らえ!」

 

 武器を手放した楯無目掛けラウラがレールカノンを発射。然しそれは一瞬で展開された何重にも重なる水のヴェールのよって逸らされた。そしてその隙に楯無は武器を回収すると一気に降下。まだ動きが鈍いラウラにガトリングガンを浴びせる。そして蛇腹剣をシャルロットへ振るい、その身を拘束する様に巻き付けた。

 

「さて……」

 

 地上に降り立った楯無。その頃にはラウラのシールドエネルギーは尽き、悔しそうに楯無を睨んでいた。そんな様子に苦笑しつつ楯無は拘束されたシャルロットへ問いかける。

 

「終わりね?」

「…………やっぱ強いなぁ。ラウラと考えた必殺技を使う暇もないや」

 

 シャルロットのそんな言葉を最後に、拘束されたシャルロットにもガトリングガンが叩き込まれ試合は決したのだった。

 

 

 

 

「凄かったね今の試合」

「うん。デュノアさんもボーデヴィッヒさんも会長達相手に凄いよ」

「それに妹の簪さんも負けたとはいえそんな二人と渡り合ってたし凄いよね」

 

 周囲では今の試合の興奮も冷めやらぬ状態で生徒達が話している。確かにいい試合だったと思う。会長相手に一撃を与え、そしてその本気を引き出させたのだから当然だ。そして今アリーナでは次の試合の準備が行われている。

 次の試合。それはある意味今回最も注目度が高い試合だ。一夏&鈴VS箒&セシリア。特に一夏と箒の機体に関心を寄せるものは多い。その為かアリーナの雰囲気もどこか落ち着きが無い。それは観客だけでなく、警備に当たる者達も同様だった。その理由は簡単だ。もし何かが起きるとしたら、この一夏達の戦いの時が最も可能性が高いと誰もが考えているからだ。

 

「トイレに行ってくる」

「え? けどもうすぐ始まるよ?」

「まあ出来るだけ早く戻るさ」

 

 ナギにそう答え静司も動き出す。もし何かが起きた時直ぐにでも動けるように、予め人気がない所へ移動する必要があった。アリーナ内は混雑しており、次の試合の注目度故に足早に廊下を進む人が多い。そんな中を予め決めていた場所へと移動していく。

 最初から姿を消す選択肢もあったがそれはしなかった。現在千冬や、おそらく真耶にも疑いをもたれている自分があまり早期から姿を消していては捜索される可能性も考えたからだ。途中から姿を消しても同じかもしれないが、少し位は時間が稼げるはずだ。

 出来るだけ監視カメラに映らぬように進み、やがて人の流れとはずれたエリアに入って行く。そこは今は無人のピットへ続く道だ。アリーナにピットは複数ある。その中で今日は使われていないピットの付近まで来ると静司はため息を付いた。ここの監視カメラなどの装置は予めダミーを流す様に楯無達が仕込んでいる。それも静司がここで待機する為の処置だ。

 ピット内部に入ると薄暗い室内を電子機器の光が照らしている。証明はつけずに静司はコンソールを叩くと、正面のスクリーンにアリーナの様子を映し出した。丁度一夏達がアリーナに出てきた所らしく大きな歓声が上がっていた。

 続いて静司はコンソールを叩き、現在の学園の警備システムにアクセス。パスなどは楯無から一時的に預かっている為に問題は無い。そして映し出されたレーダーにはIS委員会が召集した機体や教員たちの機体の配置が映し出されている。学園全体を囲む様に配置されているが、やはり一夏達がいるこのアリーナの警備が最も厳重の様だった。そして続いてレーダーを確認するが、今の所目立った動きはない。それを確認すると静司は通信機を取り出した。

 

「こちらB9。C1、そちらはどうだ?」

『今の所変化は無い。だがここからが本番だろうよ。委員会が召集したって連中も張りつめている。そちらはどうだ?』

「所定の位置についた。ここからなら例えアリーナが遮断されても黒翼で破壊して直ぐに侵入できるし、観客にも被害は少ない」

『了解した。……何事も無いのが一番いいんだけどな』

 

 C1の言葉に静司は黙って頷く。

 たとえその可能性が低いと分かっていても。

 

 

 

 

 

 自分達を包む歓声。それを少し気恥ずかしく、同時に嬉しく感じながら一夏は口を開く。

 

「すごいな……」

「そりゃそうでしょ。模擬戦や授業を覗けば初めての第四世代機である箒の紅椿の戦いよ。それに相手が篠ノ之束謹製であり、男性操縦者である一夏の白式。盛り上がりもするわ」

「そうか。けどそこまで期待されてるとなると無様な真似はできないな」

「当然よ。…………だけど一夏、注意しておいて。杞憂ならいいんだけど」

「ああ、わかってる。もしまた『何か』が起きたら観客の避難を最優先にしつつ全員固まって行動だろ」

 

 一夏達とてこれだけ毎回事が起きれば嫌でも思い知る。学園のイベントに乗じてまた何かが起きるのではないかと。その件に関しては敵味方関係なく、一度専用機持ち同士で話し合った。もしそれが起きた時は互いに直ぐに戦闘を中断し、まずは自分の身の安全を。そして可能ならば観客たちの安全を守ろうと決めたのだ。

 

「シャルロット達は前の戦いのダメージがあるし、もし本当に襲撃があるのならタイミング次第で私達も分からない。その時はまずは箒を最優先に守る」

「それで箒の絢爛舞踏で回復させてから行動開始、だろ。けどだからと言ってこの戦いに手を抜くわけにもいかないよな」

「そうね。難しい所だけどそこはもう出たとこ勝負でいくしかないわ」

 

 二人頷きあう。そして正面を見据えればこちらと向かい合う箒とセシリアの姿。

 

「『もしも』の事は気になりますが、今はこの戦いに全力で挑みますわ」

「ああ、こちらもだ!」

 

 セシリアの言葉に一夏も頷く。一方、箒は鈴と視線を交わしていた。

 

「負けないわよ、箒」

「…………ああ、こちらもだ」

「?」

 

 答える箒の様子が少し暗い事に首を傾げる鈴だがその間にも試合開始時刻は迫ってきている。鈴は余計な思考を消し目の前の敵に集中する。

 そして試合が始まった。

 

 

 

 

 試合開始のブザー。それと同時に全員が一斉に動き出す。セシリアは一瞬でレーザーライフル《スターライトmkⅢ》を構え発射した。

 

「くっ、やっぱ駄目か!」

 

 狙われたのは先手必勝とばかりにスタートダッシュでセシリアに斬りかかろうとした一夏だ。だが目論見が外れた一夏は進路を強引に変えそれを避ける。今までだったらそのまま直撃していたかもしれないが、この攻撃が読まれている事も考慮していたが故に躱す事が出来たのだ。

 

「そう簡単にはいきませんわ!」

 

 そんな一夏をセシリアのレーザーライフルとビットの射撃が狙う。一夏は直ぐにスラスターを吹かすとその場から離れるが、その一夏を追う様にしてそのレーザーが曲がった。セシリアの偏向射撃だ。

 

「うぉっ!? やっぱりこれは怖いな!」

「けどその分本体はがら空きね!」

 

 避けても避けても追ってくるレーザーに一夏が冷や汗交じりの悲鳴を漏らす。その隙に鈴がセシリアに衝撃砲で狙うが、そこに箒が刀剣型の武器、《空裂》で斬りかかった。

 

「喰らえっ!」

「ああもう邪魔!」

 

 衝撃砲を諦めた鈴も青竜刀《双天牙月》で迎え撃つ。互いの刃をぶつけ合った二人が至近距離で睨み合う。

 

「っんのぉ……! バカ力めぇ!」

「お前が、言うか!」

 

 第四世代の紅椿。その出力に鈴は押されるが、ギリギリで耐えていた。その事に業を煮やした箒がもう片方の手に《雨月》を展開し刺突を放つ。

 

「そんなものでぇ!」

 

 突き出された刃。対して鈴は咄嗟にある武器を展開しそれ目掛けて振るう。

 

「何っ!?」

 

 それは奇妙な鎖だった。まるでボルトが繋がり合った様な奇妙な形状をしたそれが《雨月》を絡みとり箒の刺突を止めていた。

 

「お互い手の内を知ってるつもりだけど、だからこそ見たことの無い武器は意外でしょ!」

 

 鈴が持ちだしたのは高電圧縛鎖(ボルテックチェーン)。腕部衝撃砲をオミットし代わりに装備した物であり、箒達の前では初めて使う物だ。それ故に箒にはその鎖の機能がわからない。

 

「たかが鎖で!」

「どうにかしてみせる!」

 

 刹那、その縛鎖に電流が流れる。その電流は《雨月》を通して紅椿まで届き、機体各所から火花が散った。

 

「なんだと!?」

 

 自身も電撃によって痺れさせられた箒が驚愕し、咄嗟に《雨月》を手放し背後に跳んだ。鈴は《雨月》を放り捨てると、箒の追撃に移る。だが、

 

「させなくてよ!」

 

 そんな鈴の進行方向にレーザーの雨が降り注いだ。セシリアのビットによる攻撃だ。鈴は急ブレーキを駆けると忌々しげに空を見上げる。

 

「やってくれるわね、セシリア!」

「お互い様ですわ!」

「だけどこれで近づけた!」

 

 セシリアが鈴に攻撃した為に一夏への手が緩んだ。その隙に一夏は《零落白夜》の楯を使って自分を追うレーザーを消し去るとセシリアに一気に詰め寄る。

 

「これで終わりだ!」

「まさか!」

 

 一夏の間合いは完璧だった。それ故に見ていた誰もがセシリアが斬られる場面を想像した。だがそれ故に次に起きた事に誰もが驚くことになる。

 一夏の振るった《零落白夜》の刃。それが止められたのだ。そしてそれを止めたのはセシリアが握るショートブレード、《インターセプター》だ。

 

「ここぞと言うとき大振りになる。箒さんの助言通りでしたわ」

「嘘だろっ!? セシリアが――」

「その発言は少々酷くありませんこと? それに私のパートナーは箒さんです。私の弱点を少しでも埋める為に協力して頂きました。上手くいくかは五分五分でしたわね」

 

 鈴が初見の武器で箒を驚かせたように、セシリアは『接近戦』という隠し玉で一夏を驚かせる。思いがけない事に硬直する一夏にセシリアは微笑み、

 

「そして、一瞬さえ稼げればこちらの番ですわ」

「しまっ――」

 

 ブルー・ティアーズの腰部スカートアーマーから放たれたミサイル型ビット。それが一夏に叩き込まれた。大きな爆発と共に一夏が吹き飛ばされる。一方セシリアは距離を取りつつその姿勢を崩した一夏目掛けて再度レーザーを撃ちこんだ。

 

「くそっ!」

 

 だが一夏も受け身を取っていたのだろう。直ぐに姿勢を立て直すとその場を離れてそれを回避する。そして鈴の横に並ぶと、セシリアも箒の傍へ移動した所だった。

 

「ちょっと一夏、大丈夫なの?」

「ああまだ行ける。だがエネルギーはかなり喰っちまった」

「仕方ないわね。セシリアの接近戦なんて私だって予想してなかったし。けどダメージは箒も同じはずよ。……もっともあっちは《絢爛舞踏》があるから厄介だけど、発動してる様子は無いわね」

「警戒してるんだと思う。あれは確かに便利だけど少し時間がかかるし隙も出来る」

 

 つまり状況はお互いに五分五分か、少し一夏達が押されているといった所か。

 

「なら予定変更ね。今のセシリアは一気に潰すのは難しそう。ならダメージがある箒を一気に叩くわよ」

「OK。それでいこう。タイミングは?」

「それなんだけどね―――」

 

 

 

 

「と、言う事でおそらくダメージがある箒さんを狙ってくると思われますわ」

「ああ、分かっている」

 

 一夏達と向かい合う二人。箒が前におり、その少し後方斜め上にセシリアが浮かんでいる。

 

「何であろうと叩き斬る」

「……箒さんのそういう所は嫌いではありませんが、冷静にお願いしますね?」

「わかっている」

 

 そう答えながらも箒の心にあるのは焦燥と疑問だ。その原因は目の前に居る二人にある。

 

 何故、あそこにいるのが自分では無いのか。

 何故、二人はあんな親密そうにしているのか。

 何故、一夏は鈴と組んだのか。

 何故、何故、何故……

 

 たかが学校行事のペアだ。今までならここまで気にしなかったと思う。しかし今回は何故か異様なまでに気になるのだ。それは一夏がはっきりと意思を表示したからか。それとも二人の間に流れる微妙な空気を感じ取ったからか。上手く言葉に表せられない危機感。それが箒に焦りを生む。

 確かに鈴は良い友人だ。少々口が悪い時もあるが頭の回転は速く、それに堂々としている。立場も中国の代表候補生という物も持っている。その事を箒は素直に賞賛しているし、誰にも言った事は無いが尊敬すらしている。だが今はその事実が堪らなく怖い。そしてもっと恐ろしい事を考えそうになる自分が怖かった。

 

―――さえ、居なければ。

 

 そんな事考えたくない。鈴は大切な友人だ。それは絶対の筈なのに、どうしてそんな事を考えてしまうのか。そんな自分に嫌気がさしてしまう。いくらなんでもこれは最低の思考だと。

 そうだ。そんな事を考えるより今を考えろ。今、ここで。自分の力を示し一夏に認めて貰えばいい。そうする事で自分は――

 

『うんうん。箒ちゃんは健気だね! そんな箒ちゃんを手伝ってあげよう!』

「え?」

 

 突如、頭の中で声が響いた。他でも無い、姉の声が。

 そして時を同じくして一夏と鈴が動き出す。鈴がセシリアに衝撃砲を放ちセシリアがそれを回避。その隙に二人が瞬時加速で一気にこちらへと突っ込んできた。

 

『前も言ったよね? 箒ちゃんの場所は私が作ってあげるって。ちょっと早いけどここまで溜まれば十分かな』

 

 頭の中に響く声は止まらない。そして紅椿が動きだす。

 

『戦闘経験値の蓄積が規定値に達していません。コア・ネットワークへ接続。機動中の全コアよりデータをダウンロード』

「な、なんだこれは!?」

 

 時間にしては一瞬の筈なのに酷く引き伸ばされゆっくりと感じる時の中、ISが訳の分からない行動を始める。

 

『データを元に新装備の構築が完了。出力可変型ブラスターライフル《穿千》セット』

 

 紅椿の肩部装甲がスライドしていき上下に伸びる。中央には新たな突起が生まれ、まるでそれは矢じりを構えたクロスボウの様な形をしていた。そして両肩に出来上がったそれは箒の意志に関係なく、その照準を鈴に合わせた。不味い。これは危険だ!

 

「鈴、逃げろぉぉぉぉ!?」

 

 自由が利かない中、それでも力づくで照準を外そうとしながら箒が叫ぶ。今からこの両肩二門から放たれる攻撃が、致命的なレベルの威力を持っていると気づいたのだ。そしてその両肩二門のそのクロスボウから真紅のビームが放たれた。

 

「ちょっ!?」

「鈴!?」

 

 目前まで迫っていた鈴も一瞬で行われた紅椿の変化に目を見開き、そして強引にその進路を変えた。しかし放たれた真紅のビームが掠り、シールドをものともせず甲龍の装甲焼き切っていく。バランスを崩した鈴は一夏とぶつかりもつれ合う様にして墜落していった。

 二人は大きな音を立て地面まで落ちたが受け身は取っていたのか直ぐに起きあがる。だが鈴は満身創痍だ。

 

「な、なんなのよ、あれは……!」

「おい鈴!? 大丈夫なのか!?」

 

 鈴の甲龍は右の肩部装甲は見る影も無く焼き尽くされていた。そしてその際に起きた爆発の衝撃のせいか鈴の息も荒い。慌てて鈴に声をかける一夏だがふと見た箒の放ったビームの破壊後を見て絶句した。

 鈴が掠りつつも避けたそのビームはアリーナの壁に直撃し、そしてその周囲一帯を完全に融解させていたのだ。幸い観客席には届いていないがそれを見た観客の誰もが声を失っていた。

 

「ほ、箒さん!? 今のは……!?」

「わか、らない……いや、違うっ! これは――」

 

 一方箒は無理やり紅椿を抑え込むように自らの体を掻き抱いている。そんな箒の頭の再び声が響く。

 

『箒ちゃんは優しいね! じゃあ代わりに私がやってあげよう。丁度用事もあったしね!』

 

 その言葉が合図。次の瞬間、学園の各地から轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 現在IS学園の警備についている者達はこれが万全だと言う自信があった。どれだけ高速で接近しても、どれだけ高高度から接近しても、即座にそれを発見するだけの準備と人員は整えていたのだから。

 だがそれは所詮常識的な範囲内だ。誰が考えるものか。想像の遥か遥か上。宇宙空間に複数の異形が居る事など。そしてそれが、まるで隕石の如く超高速で落下してくるなど。

 それらは姿を隠さない。隠す必要が無いのだ。例えこちらに気づいたとしてもこの速度なら気づいた時にはもう遅い。

 

『……』

 

 親である『彼女』からの命令を受けたそれらは降下を開始する。その数は10。それらはそれぞれの目的を持って。摩擦熱を物ともせず。寸分違わぬ正確性で目的の場所へ、高速で降りていく。

 初めに気づいたのは上空を警戒してた学園の教師のラファール・リヴァイヴだ。その搭乗者である教師はまず最初に機体が奇妙な警告を発した事に驚き、そして上空を見上げた。そしてその時にはもうそれは寸前まで迫ってきており、そしてそれは直撃コースだった。

 

「なっ――!?」

 

 敵発見の報告も出来ずまま、彼女はその隕石に轢かれ、そして弾き飛ばされた。ラファールのパーツが宙に飛び散り、力と意識を失った教師は地上へ落ちていく。その異常に周りが気づいた時、それらは既に地上まで到達していた。

 そして響き渡る轟音は9つ。大きな振動と衝撃を撒き散らしそれらは地上へと降り立った。たった一機を除いて。

 

「…………やってくれるっ」

 

 その残りの一機。それは空中で一機の打鉄によって串刺しにされていた。その胴体からは打鉄の近接ブレードが生えており、その柄を握るのは織斑千冬。唯一降下してきた機体に反応したのが彼女であった。そして降下してくる機体を迎え撃つ様に、驚異的な動体視力で打鉄の近接ブレードで迎撃したのである。だがその全てが千冬の力では無い。

 

「直視映像、停止」

 

 その言葉で千冬の視界が変わる。今までは警備に当たる学園のIS14機。その全てと視界をリンクしていたのだ。そしてその中の一つに異常を見つけるが否や即座に対応して見せた。だがそのせいでブレードは耐久値を超えひび割れている。

 千冬は串刺しにした機体を一瞥するとブレードごとそれを放る。そして落下していく機体目掛けてライフルを連射し粉々に破壊していく。そして完全に動きが止まった事を確認するとやはり、と拳を握りしめた。

 

「無人機……束か」

 

 そう、今しがた落ちてきた機体には搭乗者が居ない。それはつまり無人機と言う事だ。そしてそれはどこか臨海学校で見た物に似ている。ならばこの件の犯人は束と言う事になる。

 

『織斑先生!』

「山田先生、全部で何機だ!?」

『今織斑先生が倒した機体を除いて9機です! 3機はIS委員会の機体と交戦中! それと2機が第一アリーナへ。1機が教師陣と戦闘に入りました! そして残りの3機が――』

「第三アリーナ……一夏達の所か!」

『織斑先生は第三アリーナへ! あそこが一番生徒が集まっています! 現在アリーナは最高レベルで遮断シールドが展開されていますが何とか解除して私も向かいます!』

「頼む!」

 

 世界に数が限られているISのコア。それを感じさせない、大判振る舞いの10機ときた。千冬が事の重大さに唇を噛み絞める。

 

「今度こそ、好きにさせるものか……!」

 

 そして彼女も第三アリーナへと向かうのだった。

 

 

 

 

 遥か上空から落下してきた無人機達。だが地上に到着した際に轟音と衝撃こそあったものも、それは通常考えられる衝撃よりは少なかった。それはつまり落下してきた無人機が落下の瞬間に速度を緩めたと言う事であり、ただ破壊の為に現れたのでなくその場所に目的があったと言う事だろう。そう、例えば自分の様な。

 

「っ……!」

 

 無人機降下の衝撃で壁に叩き付けられた静司は小さく息を吐きながら目の前の異形を睨む。

以前までの無人機とは少し違うその形状。全体は黒に塗りつぶされ、以前の無骨な印象からよりスマートな女性的なシルエットに変わっている。頭部はバイザー型のライン・アイに変えられており、羊の巻き角の様なハイパーセンサーはどこか悪魔を想像させる。そして右腕は肘から先が巨大なブレードとなっており、左は以前のままの巨大な腕だがそこ先の手のひらには四つの砲門がある。

 それはその眼を光らせそして静司に飛びかかった。

 

「黒よ――」

 

 静司も咄嗟にISを展開しようとするがそれよりも早くその頭が掴まれ、そして投げ飛ばされた。ピット内部の機材を撒き散らしながら投げ飛ばされた静司は再度壁に叩き付けられた。そしてその静司に目掛けて無人機はその砲門を向け、発射。

 放たれた熱線は静司の真横の壁に突き刺さりそして貫通した。爆発と共に壁に穴が開き、その熱風で静司の肌が焼かれる。

 

「こいつ、まさか!?」

 

 明らかに今この無人機は壁を狙っていた。その狙いに気づき静司は急ぎ立ち上がろうとするが、それより早く無人機は飛び出し静司を殴り飛ばした。

 

 

 

 

「がはっ!?」

 

 殴り飛ばされた静司は穴を抜け、そしてその先のアリーナへの床へと叩き付けられた。突如現れた静司の姿に、一夏達が目を見開く。

 

「静司!? どうしてここに!?」 

「そんな……!? っ、一夏さん、こちらの敵が!」

「ああ、わかってる! だけど……」

 

 一夏達の前にも無人機が2機居た。ある程度は予想していた襲撃。それが現実になった事に一夏達の間にも緊張が走る。

 

「逃げろ! いち、がっ!?」

 

 静司が起きあがりつつ叫ぼうとするが、それより早く無人機はその静司の背中を踏み抜く。その衝撃と痛みに静司が喘ぐ。

 そしてそれを見ていた一夏達も顔を険しくしつ箒を護る様に囲み、無人機と向き合った。

 本来ならもしもの時は箒を最優先で護り、その隙に箒の絢爛舞踏で回復する手はずだった。だがその箒の紅椿の様子がおかしい。箒の意志とは反した動きをしようとしており、箒が必死にそれを止めようと蹲っているのだ。

 

「くそ、言う事を聞け紅椿!」

 

 箒も必死に叫ぶが効果は無い。それどころか身動きが取れなくなってしまった。こうなると箒を護って戦うしかない。それは当初の予定に近いが、違うのはその先に逆転の眼が見えないことだ。

 現在アリーナの中は悲鳴と怒号が溢れている。教師達が生徒達の退避を促す中、外からも断続的に戦闘の音が聞こえてくるのだ。一体何機が学園に現れたのかは不明だが事態はかなり切迫しているのは確か。

 

「来るわよ一夏、セシリア!」

 

 片膝をついていた鈴が警告する。それと同時、2機の無人機がその左腕の砲門から光を放つ。

 

「全員、俺の後ろに!」

 

 一夏が咄嗟に《雪羅》から零落白夜のシールドを展開し全員の前に飛び出した。砲門から放たれた超高位力の熱線が直撃し、衝撃で一夏が押されていく。

 

「くっそぉぉぉぉ!」

 

 歯を食いしばり耐える一夏。その影からセシリアと鈴が飛び出した。

 

「隙だらけですわ!」

「吹っ飛びなさい!」

 

 セシリアが《スターライトmkⅢ》を、鈴が片方だけになった《龍砲》から衝撃砲を撃つ。全力で放たれたそれは直撃すれば無人機を破壊する、筈だった。だが無人機の周りに浮遊する円盤状の物体が突如バリアを発生させそれを防ぐ。

 

「そんな!?」

「やっかいな!」

 

 無人機が動く。一機は変わらず熱線を放ち続けたままで、もう一機は静司を踏みつけたまま。そして残り1機が前に飛び出しそのブレードと化した右腕をセシリアと鈴に振るう。セシリアは咄嗟に背後に飛び、鈴が《双天牙月》で受け止める。だが無人機は速度と出力を高めていく。鈴を押し込み、そしてもう片方の腕の熱線をセシリアに放った。

 

「きゃああ!?」

 

 咄嗟にセシリアは《スターライトmkⅢ》を盾にしてそれを受け止める。だが圧倒的な出力にあっという間に破壊され、熱線がセシリアへ直撃した。

 

「セシリ――っくぅぅ!?」

 

 一方鈴へはその足を振り上げ蹴りを叩きこむ。鈴の息が詰まり、よろけた所を袈裟切りに切り裂いた。

 

「セシリア、鈴!? この野郎ぉぉぉぉ!」

 

 その様子を見た一夏が激昂し白式の出力を上げた。そして熱線を防ぎながらも前に出て熱線を放つ無人機へ迫る。

 対して無人機はその無機質な眼を光らせると右腕を振るった。振るわれた刃はアリーナの床を叩き壊し、粉塵を巻き上げて一夏の視界を一瞬だけ阻害する。一夏も直ぐにハイパーセンサーで相手を探すが、それより早く距離を詰めた無人機に腹を殴られた。

 

「げほっ!?」

 

 凄まじい威力で殴られた一夏はアリーナの壁に叩き付けられた。そして腹を押さえ、上手く出来ない呼吸を何とか整えようとしながら、不可思議な点に気づく。

 

「絶対防御が、作動していない……?」

 

 感じた疑問に答えたのは機体アナウンスだった。

 

――敵ISより未知のエネルギー放出を確認。シールドバリアの展開が妨害されています。

 

 そんな馬鹿なと思う。しかし思い出す。この無人機が誰が作ったとされているか。その事を考えるとどんな無茶もあり得る気がしてなら無い。だがこんなものまで作ってしようとする事は一体なんだというのだ!?

 

「く、そ……」

 

 あっという間に三人とも不利な状況へと追い込まれた。セシリアも鈴も機体と体に大きなダメージを負っている。そしてそんな三人に無人機が迫り、静司は踏みつけられたまま息を荒らげている。そんな圧倒的に不利な状況を悔しさと怒りを交えた瞳で睨む一夏。だがそこに新たな爆発音が響いた。

 

「させないよ!」

「好き勝手やっちゃってまあ……覚悟しなさい」

 

 その爆発と共に、破壊されたピットへ続くシャッターから大量の水蒸気がアリーナへ雪崩れ込む。そしてそれを突き破る様に橙と青のISが飛び出す。シャルロットと楯無だ。シャルロットは《ガーデンカーテン》を展開した状態で静司を踏みつける無人機へ体当たりを敢行し、その機体を弾き飛ばして静司を助け出し、一夏達の近くへ降りたつ。一方楯無は一夏達の前に降り立ち武器を構える。

 

「舐めた真似してくれるじゃない。おねーさんちょっとトサカに来たわ」

 

 怒りを滲ませた瞳で無人機を睨む楯無。そして更に、破壊されたシャッターからラウラと簪も現れる。その登場に安堵しかけた一夏だが直ぐに違うと気づいた。楯無はともかくとして他の三人はつい先程の戦いでエネルギーすらまともに回復していない筈だ。

 

「無茶だ! 三人とも逃げろ!」

「それは一夏も同じだよ! 何とかシールド破ったからみんな逃げて!」

「おねーさんが時間を稼いであげる。かんちゃん、ラウラちゃん。援護よろしくね。シャルロットちゃんは川村君を退避させて」

「残ったほとんどのエネルギーをシールド破壊に費やしたから牽制程度にしかならん。だが了解した」

「皆……逃げて!」

 

 おそらく学園のラファールの武装の予備だろう。両手にライフルを持ったラウラが頷く。その隣では簪も同じようにライフルを手にしている。

 専用機が8機。それが揃っても今の状態では逃げる事が精いっぱいだ。それを悔しく思いながらも一夏はそんな事を考えている場合で無いと首を振った。鈴もセシリアも負傷している。箒の様子もおかしい。仲間の事を思うなら、シャルロット達が言う通り今は引くべきだ。

 

「わかった……だが俺も少しは動けるからシャルロットの援護を――」

「何を言ってるんだ姉さん!?」

 

 突然、箒が叫んだ。驚き振り向くと蹲っていた箒がどこか焦る様に、そして混乱した様子で何かを叫んでいる。

 

「役者!? 準備!? 一体何の事を」

「箒、一体何が――」

 

『いっくんにも直ぐに分かるよ。これでハッキリする。あれが何なのか』

 

「え?」

 

 突如響いたのは篠ノ之束の声。その姿は見えないのに、声だけが頭に響く。そして、

 

「ちょ!? なにこれ……!?」

「どういうことだ!?」

「機体が……動かない!?」

 

 突如として楯無、ラウラ、シャルロット、簪のISが機能を止め落下した。空中に居た機体も幸い高度はそれほど高く無く、怪我は無いようだが機体が機能停止しまともに身動きすら取れないでいる。そしてそれは一夏も箒も、鈴もセシリアも同じだった。一斉にISが機能を停止したのだ。

 

「なんだよこれは!? 白式! なんで動かない!?」

 

 いくら命令を送っても。動かそうとしても白式は反応しない。そしてそんな一夏達に無人機はゆっくりと迫る。

 

「っ鈴!?」

 

 そして一夏は気づいた。無人機の内、先頭の一機が先程の負傷で未だ息を荒らげている鈴に迫っているのを。鈴もそれを忌々しげに睨みながら必死に機体を動かそうとしているが、やはり動かない。精々機体が揺れる程度だ。怪我をしている事もあり、パワーアシスト無しではまともに動かせないのだ。そしてそんな鈴に迫る無人機はゆっくりとその刃を振り上げていく。それを見て一夏の顔から血の気が引いた。

 

「おい……やめろ! やめろって言ってんだろ!? くそっ、動け、動けよ白式ィィ!」

 

 パワーアシストも無い故に、今の一夏は鋼鉄の重りを体中に付けている様な物だ。それでも必死に体を動かそうとするが怪我の痛みもあり遅々として進まない。その間にも無人機は鈴に迫っている。

 

「くっ、させない、よ!」

 

 そんな無人機の前に同じくまともに身動きが出来ないシャルロットが現れた。パワーアシスト無しで無理やり機体を動かしたのだ。その為に動きはやはり鈍く、そして息も荒い。それでも彼女は鈴の前に出る。

 

「馬鹿……っ、何やってんのよ!? 早く逃げなさい!」

「あはは。だけど何もしないわけにもね」

 

 鈴が驚きシャルロットに叫ぶが、シャルロットは苦笑するのみだ。その笑顔を見て一夏の顔から更に血の気が抜けていく。前に出たは良いが彼女にも策は無いのだ。

 

「シャルロット!?」

「シャルロットちゃん!」

 

 ラウラが、楯無が叫び同じくパワーアシスト無しで無理やり動かしそちらへ行こうとするが、その前に無人機が立ちはだかる。

 

「くそぉぉ!? 動け、動いてくれよ白式!? 何で、何でなんだよ!?」

 

 一夏の目の前で、無人機達がその武器を振り上げる。鈴とその前に立つシャルロット。そちらへ向かおうとするラウラと楯無。それぞれに対し、その凶器を振り上げる。そしてまずは鈴とシャルロットだとばかりに周囲を睥睨してその無機質な眼を光らせた。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 一夏の声は届かず。シャルロット達の前に立つ無人機がその刃を振り下ろした。その次に訪れるであろう光景に一夏の心が絶望で塗りつぶされる。

 

 だが、次に聞こえてきたのは鋭利な刃が人を切り裂く音でなく。硬質な反響音だった。

 

「…………え?」

 

 その光景に一夏は思わず声を漏らす。それは鈴も、シャルロットもセシリアも箒も同じだった。だが楯無と簪は苦い物を噛みしめた様な顔をしており、そしてラウラも驚きながらもどこか理解した様な表情を浮かべていた。

 

「せい…………じ?」

 

 シャルロットが震えた声を漏らす。それは目の前の光景が理解できないからだろう。だがそれを責める者は居ない。それほどまでに異常な光景だったからだ。

 

 川村静司がシャルロット達の前に立ち、左腕で無人機のブレードを受け止めている。その光景が。

 

 

 

 

 これはきっと茶番なのだろう。静司はどこか冷めた気持ちでようやく理解した。

 自分の居場所を知っていながらも秘密裏に襲わず態々アリーナへ放った事。まるで何かを待つ様に手加減を加えていた無人機。シャルロット達が来た途端に停止したIS達。それら全てはお膳立てされたのだ。他でも無い、篠ノ之束によって。

 身を隠す事すら叶わず。一夏達の目の前で一時的に戦力を封じられて危機感を煽り、そしてトドメとばかりに致命的な行動を起こす。それら全ての目的はきっと自分の正体を見極める為。それは箒が先ほど叫んでいた『準備』や『役者』という言葉から予想が付いた。

 ただ自分の正体を知りたいだけなら、ピット内で襲うだけで良かった。だがそれをせず、態々一夏達という観客が居る場所まで連れて来たのは一夏達にも見せつける為だろう。今まで隠してきた、川村静司の秘密を。そして今それは明かされようとしている。それもまたもや皆を巻き込むと言う最悪な形でだ。

 これはツケなのかもしれない。自分がもっと一夏達を信頼していれば。千冬達を信用して、自分の秘密を少しでも明かしていれば。事情や状況を少しでも話していれば。協力を仰げたかもしれない。正体を隠す事に協力してくれたかもしれない。自分が束に眼を付けられている事も相談できたかもしれない。

 だが自分は――自分達はそれをしなかった。任務と言う事もある。織斑千冬と篠ノ之束の関係を疑っていたという事もある。明かす事で彼彼女らをトラブルに巻き込む可能性があったと言う事もある。だがそれは結局言い訳だ。何せ、結局明かさなくても巻き込んでいるのだから。

 怖かったのかもしれない。もし全ての事実を語るとなれば自分達が今までしてきた事もいずれ話す時が来る。そしてその中には当然人を殺した経験も含まれる。その事実を語る事で、一夏達から恐れられる事を恐れいたのかもしれない。

 一夏達を護る。学園を護る。そんな使命感に溺れて、一夏達を信用はしても信頼はしていなかったかもしれない。護ってやってるなどとは思った事は無いが同じような事だ。無意識のうちに自分達を上に見ていたのかもしれない。そうして信頼せず、けれどもその日常には縋ってミスを繰り返し、そして遂に取り返しのつかないレベルまで来た。

 ここで正体を明かせば篠ノ之束に正体は知られる。そうなればきっと自分はもう学園には居られない。事実を知ったあの女が何もしないとは思えないのだから。心地よく感じ、いつの間にか縋っていた何気ない日常は、結局自分達のエゴによって崩れ去る。

 

 もう、この学園には居られない。その事実が静司の心を空虚にしていく。一夏達と馬鹿な事で笑い合い、鈴や箒、セシリア達の起こす騒動に悪ノリし、ラウラの勘違いに驚かされ、本音やシャルロット達と何気ないながらも安らかな時を過ごす事ももはやない。

 結局、こんな風に仲間と呼ぶべき人々を信じきれない様な男が学園生活など不可能だったのだ。もとよりイレギュラー中のイレギュラー。表舞台に出るべきでは無かった。

 

 ああ、だからこそ。

 

 例え失う事となろうとも、彼らの日常だけは今度こそ護りきる。異分子は異分子通しで叩きあえばいい。それで少しでも一夏達に安寧とした日々が戻るなら、自分はそれをやり遂げるのみ。もう、それしかない。

 

「せい…………じ?」

「…………悪い」

 

 背後から聞こえるシャルロットの声。それに対して返した言葉は今まで黙っていた事への謝罪か。それともここからいなくなる事の謝罪か。

 

 そして静司は告げる。学園生活を終わらせる決定的な一言を。あれほど縋っていたものを失う、その言葉を。

 

「黒翼―――」

 




バトルが二つあったりまさかのドリル再登場だったり色々詰め込み過ぎた
主人公の自虐が過ぎるかもしれないけどどれも事実なのであえていれました
但し主人公はいくつか大きな勘違いをしています。

最後の展開については数パターン考えてましたが今回の形に。
最初はキャノンボールファストの時の様に黒翼状態からボロボロにされて仮面が剥がれ~という展開にしようかと思っていたけれども、それをやると前回と似たような展開になってしまう点。
それとあれだけ日常を捨てるかどうかというのを悩ませたのに最後の最後に成り行きで、というのは流石に無いだろうと思い、主人公自身の手で決別させることに。

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