IS~codename blade nine~   作:きりみや

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67:姉妹

「かんちゃんが?」

 

 深夜のIS学園学生寮。その廊下で楯無はその報告に肩を震わせた。

 

『警備部からの連絡です。寮のセンサーに反応があり、画像を確認した所簪様が校舎の方へと向かう姿が』

 

 手に握る携帯電話の話し相手は虚。彼女もまた、警備部からの連絡で起こされそして楯無に連絡を入れてきたのだ。

 

『念の為本音に確認しましたがやはり部屋には居ないそうです』

「けどなんでこんな時間に校舎に? 校舎の状況は?」

『警備システムは正常です。ですが先ほどから川村君と連絡が取れません』

 

 その報告に楯無の眉がぴくり、と跳ねる。

 

『彼は昼の出来事の為に救護室に泊まる事になっていたのですが、どれだけ連絡しても繋がりません。それに丸川先生も』

 

 嫌な予感が増していく。楯無もまさか静司が連絡にも気づかず眠りこけているなどとは思っていない。このタイミングでの連絡不通。何かが起きていると考えるべきだ。

 

「彼の仲間達は?」

『そちらには連絡が取れましたが、やはりあちらからも川村君には連絡が取れない様です』

 

 決まりだ。良く無い事が起きている。

 

「私が向かうわ。虚、あなたはかんちゃんの補足と一般生徒達が間違っても校舎に向かわない様に人員を送って。まあこの時間なら必要ないかもしれないけど念の為よ。それと私が抜けるから織斑君の警備を増加。EXISTの人達にも伝えて」

『かしこまりました』

 

 本来なら別の人員を向かわせ楯無はここで指揮を執るべきなのかもしれない。しかし妹である簪が関わっているのなら楯無にその選択肢は無い。その想いは虚にも伝わっていた様で彼女も何も言わなかった。

 

「かんちゃん……」

 

 すれ違いが続き、どこか疎遠になってしまった妹の名を呟きつつ、楯無は校舎へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 こうも直接的な手段でくるとは予想外だった。

 夜のIS学園。その校舎の廊下を走りつつ静司は己の楽観視を呪っていた。そしてそんな彼の背後には闇の中、幾つもの眼が光りこちらに向かってきている。時節背後を確認しつつ、静司はただひたすらに逃げに徹していた。

 昼間に織斑千冬があれ程反応したのだ。その原因の一つでもある篠ノ之束も何らかのアクションを取ってくるかとは思っていた。だがこんな手段で来るとは思っていなかったのだ。

 自分を追う機械仕掛けのリス達。あれは一体いつからこの学園に居たのだろうか? それを考えるとぞっとする。そしてもしあれに捕まってしまえばどうなるのか。恐らくまずは左腕の事が知られるだろう。そしてそこから黒翼に繋げられれば全てが終わる。もうこの学園には居られない。それどころかその場で殺されるのかもしれない。篠ノ之束の思惑が分からない以上、常に最悪を想定するべきだろう。

 まだ痛む体に鞭を打ち出口へと走る。だがその前方にもリスたちが現れ思わず舌打ちした。

 

「くそっ」

 

 たたらを踏んだそこへリスたちが飛びかかる。咄嗟に身を転がし飛びかかってきたそれを躱すが、今度は床を走るリスたちが迫ってくる。それはまるでリスと言うよりも砂糖に群がる蟻の大群を思い起こさせ、嫌悪感を身を震わせながらも静司は起きあがり再び走る。

 

(どうするっ!?)

 

 このままでは埒が明かないのは明白だ。外にも連絡が付かず、これだけ走っても警報の一つもなら無いことを考えると警備システムも相手の手の内か。異常に気付いて学園側やC1達が介入するまで逃げ切る事ができるのか?

 ちらり、と己の左腕へ視線を落とす。この左腕――黒翼を使えばこんな小型のリス達など簡単に殲滅できるだろう。だがそれは篠ノ之束の前で正体を明かす事となり、同時に自分のこの学園での生活が終わりを告げる事も意味している。少なくとも真実を知った篠ノ之束が自分に対して何もアクションを起こさないとは思えないからだ。

 いつかは、こんな日が来るのではないかと思っていた。こんな形でなくても一夏達を護る為にどうにもなら無い状況が来るのではと。そしてその時自分は躊躇いなく力を使うと決めていた。決めていた、筈だった。なのに、

 

「…………くそっ!」

 

 自分は今もこうして無様に逃げている。黒翼を使わずにだ。状況が一夏達を護る事でなく、自分が狙われているからというのは理由になら無い。それは唯の言い訳だ。

 結局自分は捨てるのを恐れているのだ。一夏や本音達との騒々しくも楽しいこの学園での日々を。そしてその恐れが黒翼を使う事を躊躇わせている。このまま使わずに逃げ切れなければ結局は同じことだというのに。

 そんな思考に気を取られたが不味かったのだろう。突如天井から降ってきた新たなリスが数匹、静司の体に纏わりついた。

 

「痛っ、離れろ!」

 

 静司の体に纏わりついたリスはその肌に牙を立てる。衣服を貫き肌に突き刺さるその感触を気味悪く感じながら咄嗟に振り払う。数匹は何とか離れたが、一匹、左腕に齧りついたリスだけが離れようとしなかった。

 

「このっ!」

 

 その左腕を思いっきり壁へとぶつける。リスは壁と静司の左腕に挟まれぐしゃりと潰れその機能を停止した。それを振り解いて走りつつ、静司は徐々に追い詰められていくのを感じていた。このままではいけない。

 噛まれた個所から血を流しつつ打開策を考える。重要な個所では先回りされ徐々に上の階へと追い込まれている。このまま行けばいずれは捕まる事だろう。ならば――

 横を見れば窓ガラスに写る自分の姿とその先には外の景色。逃げているうちに3階まで上がってきており、そこからは月明かりに照らされた学園の中庭が見える。これしかない。

 

「最悪な日だっ……!」

 

 決意は一瞬。静司は背後から迫る機械仕掛けのリス達の視線を感じつつ廊下のガラスを殴り割砕いた。

 

『ヨ?』

 

 リス達、正確にはそれを操る者の声を背後に聞きつつ、その身を外へと躍らせた。ぶわりと風を切る感覚。その身が重力に従い落下していく最中、左腕を伸ばし外壁に取り付けられた排水管に手をかけ、そして握る。

 

「B級映画かよっ」

 

 自分で自分に突っ込みを入れつつ、排水管を握りしめるその力をブレーキにしながら落下しいき、安全な高さまで落ちた所で手を離した。どすんっ、と地面に体を打ちつけ痛みに顔を顰めつつ上を見上げる。3階割れた窓の淵に、目を光らせ他リス達の姿が幾つも見えた。そのリス達はまだ追ってくる様で外壁を伝う様にこちらを目指してくる。だが時間は多少なりと稼げた。

 静司は再度窓を破壊するとそこから校舎内へと身を躍らせた。ここからなら正面出口が近い。そこから外へ逃げれば何とかなる筈だ。

 そうして再び走り曲がり角を曲がった時だ。不意に前方に気配を感じ、咄嗟に静司は腕を伸ばした。

 

「きゃ!?」

 

 案の上そこには小柄な人影が一つ。伸ばした腕で相手の首を掴みつつ、壁に押し付ける様に叩き付けそしてもう片方の手で相手を――

 

「何……?」

 

 そこで目の間の人物が予想外の相手である事に気づいた。薄青で内側に跳ねた髪。垂れ気味の気弱そうな目とそこにかけられた眼鏡。そしてIS学園の制服の少女はガタガタと震えてこちらを見ていた。

 

「更識簪?」

 

 それは楯無の妹の姿だった。

 

 

 

 

「んー?」

 

 束は自分の研究室でその映像を興味深げに見ていた。

 彼女に前に写るスクリーンではIS学園に放ったリス達からのライヴ映像が流れている。今写っているのはたった今、川村静司が飛び降りた窓とそのすぐ横に設置された排水管。その排水管は途中から何かを擦った後が残っており、そして壁とのつなぎ目が壊れている。

 川村静司はあれを使って下へ降りたのは分かる。だが人間一人が降りるのに使っただけで壊れたりするだろうか? 老朽化も考えたがIS学園が出来てからの年数を考えるとどうもしっくりこない。

 

「降りたところを見れなかったのがネックだねー」

 

 まさか3階から飛び降りる等と思ってもおらず、リス達を向かわせた時は丁度彼が着地した時だったのだ。その数瞬の間で排水管が壊れた。これがどうにも気になる。もとより欠陥があったのか。それとも他の何かが原因か……?

 

「束さま」

 

 不意に背後から声。振り向くとベッドに横たわり様々な機械につなげられた銀髪の少女の姿あった。

 

「おや? もう遅いんだから寝なきゃ駄目だよ?」

「しかし束さまが働いていますのに私は」

「気にしない気にしないー。まだその体に慣れて無いんだから無理しちゃ駄目だよー?」

 

 銀髪の少女へ話しかける束はどこか楽し気だ。それもその筈。先日拾った少女はどこまでも素直に束を慕い、感謝し、敬っている。最近どうも思い通りにいかない事が多かった束にとってそれはとても心地良い物でもあり自然と少女に対する扱いも柔らかい。

 束は手元のコンソールを叩くと別のウィンドウを呼び出しその数値を確認する。

 

「うんうん。いい感じだねこっちは。ここまでコアとの適合率が高いと生体再生というより生体融合に近いね。けどそのお蔭でまた自由に動けるんだから良い事だよね!」

「はい。束様には感謝しております。ところでその男が?」

「ん? ああ、これね。まだ微妙なんだよね。一番怪しいから突っついたら何が出てくるとかと思ってるんだ」

 

 スクリーンに映る静司の姿に少女は目を細める。そして小さく、可細い声で呟いた。

 

「あれが……敵」

「まだ決定じゃないけどどちらにしと目障りなのは同じだよね。これからの為にも早くその辺をスッキリさせようじゃないか!」

「はい。私にも出来る事があれば何なりと」

「ふふ。かわいいね! その時は頑張って貰おう!」

 

 上機嫌に笑いつつ束はスクリーンに視線を戻す。その向こうにいる少年は窓を破り再び校舎内に侵入した所だった。 

 

 

 

 

「何故こんな所に!?」

「わ、わたしは……」

 

 肩を掴まれ静司から真正面で問い詰められた簪は怯えてしまい中々言葉を紡げないでいた。川村静司の様相は酷い物であり、汗だくの服のあちこちは破れて一部からは血が滲んでいる。そんな状態で至近距離から詰め寄られると、元来の人相の悪さも加わって簪が怯えるのも無理がなかった。

 

「学園の、警備システム……が、おかしかった……から」

 

 震えながらもなんとか紡げた言葉に静司は驚いた様に眉を上げた。

 

「それは誰かに伝えたのか?」

「う、ううん。私、一人。何が……起きてるの?」

 

 こちらの答えに深刻そうな顔になる静司に不安げに問うが彼は首を振った。

 

「とにかく逃げるんだ。それと人を呼んでくれ。会長に伝われば何とか――」

「……ひっ!」

 

 突如簪は静司の後ろに奇妙な物をみた。それは闇夜の中で光る一対の眼光。それが幾重も重なって静司の背後から迫ってきている。

 静司も簪の様子に気づき振り返り、そして舌打ちした。

 

「もう来たか。急げ! あれの狙いは俺だからそっちは問題ない筈だ」

 

 簪は静司に引き寄せられるとその体を回されそして背を押す様にして送り出された。そして静司は簪とは別方向へ走りだす。その背を見ながら彼の言っていた事を思い出し、そして歯噛みした。

 誰かを呼ぶ。この状態でそれを行えばやってくるのはおそらく姉だろう。そして姉がその力で事態を解決させ自分はまたその後ろ姿を見ているだけ。いや、それどころかこれでは姉に縋る様な物。これでは……何も変わらない!

 

「う、打鉄弐式!」

「何っ!?」

 

 気配を感じたのだろう。驚き振り向いた静司の視線の先で簪がISを展開した。打鉄の発展期でもあるそれはしかし、打鉄とは大きく形状が異なっている。防御重視な打鉄と異なり、大型物理シールドがあった肩部には代わりに大型スラスターと替えられている。全体的にスマートな印象ながらも無骨な機械としての面影を残すそれはどこか白式に似ている部分があった。

 

「私に……だって!」

 

 武装はまだ未完成だ。しかし目の前のあれくらいなら何とかなる。そうだ、これくらいであの人に頼っている様ではいつまでも自分は劣等感に苛まれる。そんなのは、嫌だ。

 

「これで……!」

 

 背中に搭載された荷電粒子砲《春雷》。未完成で出力の調整が完全でないが発射は出来る。簪は己の中に鬱屈して溜まる感情を吐きだすように、それを発射した。

 深夜の校舎内に閃光が走る。碌に照準も定まらず、本来の用途と異なり拡散して放たれたそれはリスの群れへと突き刺さり破壊していく。廊下も煽りを喰らい壁が焼け炎が上がっていった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 炎と煙の上がる廊下。そこを簪は息を荒くしたまま見つめる。敵を倒したという興奮と、少しやり過ぎたという反省。そして未完成な武装に対する落胆。様々な感情が入り混じりつつも簪は小さく笑った。

 

「やれ、た……!」

 

 姉に頼らず、自分の力でやった。その事に簪の心に歓喜が湧きあがる。そうだ、例え未だISは未完成でも自分でもやれたのだ。自分は姉の背中を見ているだけの少女では無い。

 

「あなたは、大じょ――」

「まだだ!」

 

 静司の方へと視線を移そうとした簪だがその彼からの警告に思わず肩を震わせる。たった今自分が焼き払った場所へ視線を移すがそこにはもう動く物が居ない。だがハイパーセンサーが別の物を捕らえた。

 

「あ、ああ……」

 

 炎と煙が舞う中、新たな眼が湧き出てくる。それは未だ隠れていた機械仕掛けのリス達の姿。そう、あれで全てでは無かったのだ。更にはそのリス達が突如としてお互いを喰いあい、そしてその形を変えていく。どこまでも異常で、どこかグロテスクなその光景に簪が固まる中、リス達は一つの形を作り出した。

 

「あ、IS?」

 

 それは歪な形をした人型の機械。ISに似ている様で、しかしそれよりも大分小型だ。表面は凸凹としており所々にリスの名残である手足が棘の様に突き出しているのがより不気味さを増している。

 そしてその歪な形状をした頭部がこちらに向けられ。そしてその頭部に百目鬼の様に存在する複数の眼が簪を睨む。

 

「ひっ!?」

 

 その視線に怯え、慌てて荷電粒子砲を発射した。再び廊下に走る閃光。だが碌に調整されていないそれは百目鬼の装甲に弾かれた。そして気にした様子も無くその腕を簪に向ける。その光景を見て簪の顔に絶望が浮かんだ。

 

「逃げろ!」

 

 簪のISが未完成だと気づいた静司が叫び左腕を振り上げた。その左腕を中心に光が灯り、ISを展開しようとする。その光に反応した百目鬼型が簪から顔を外した、その時だった。

 

「大丈夫よ」

 

 突如聞こえたのはよく知る女性の声。そして静司の背後から凄まじい速度で水流が押し寄せ、簪のすぐ横を通り過ぎ百目鬼型へと直撃した。

 百目鬼型が床を転がり、押し寄せた水が炎を消化し蒸気が上がる中、ゆっくりと一人の少女が現れる。

 それは特殊な形状をしたIS、ミステリアス・レイデイを身に纏い、圧倒的な威圧感を持ったこの学園の会長の姿。だがその顔には何時もの余裕の笑みは無く、頬には汗が垂れそして視線が鋭く冷たい。その視線を見た途端、簪の中で恐怖が浮かんでしまう。

 やはり駄目だ。自分は姉には追いつけず、それどころかまた守られるだけの妹に過ぎないのか。いや、それどころか結局でしゃばって迷惑をかけている唯の足手まといにしかなっていない……。

 だがそんな思いを裏腹に楯無の口からも漏れたのは予想だにしない言葉だった。

 

「人の……」

「え?」

「人の大切で可愛くてキュートでちょっと小動物的で思わず抱きしめたいけど中々できなくてそんな可愛い妹に何してくれるのかしらね!?」

 

 そう叫び凄まじい速度で百目鬼型に詰め寄りランスを振るう姉の姿に簪は呆然とした。そして思う。 あれ? なんか駄目な人に見える、と。

 

 因みに静司は最初の水流に巻き込まれ床に倒れ伏していた。

 

 

 

 

 百目鬼型に接近した楯無が振るったランスは腕の継ぎ目を貫きそれを破壊した。片腕は吹き飛び百目鬼型の眼が点滅するがそんな事はお構いなしに楯無は攻撃の手を緩めない。

 

「何者か知らないけど、かんちゃんに手を出そうしたと言う事は、私に喧嘩を売るのと御同じよ。覚悟なさい」

 

 蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を振るい百目鬼型の足をからめ取ると一気に引き絞る。金属が砕ける音が響き百目鬼型の片足が千切れ落ちた。だが百目鬼型も何もしない訳では無い。残った腕を向けるとそこに砲塔が生まれ光を放つ。その一撃を身を捻らせ紙一重で躱すと、その捻りに回転を加えたランスの一撃で百目鬼型の頭部を叩き潰した。そして止めとばかりにその胴体にランスを突きつけ、笑う。

 

「砕けなさい」

 

 刹那、ランスの四門ガトリングガンが百目鬼型の胴体を引き裂いた。百目鬼型の機体がガクガクと衝撃で震え、やがては地面に倒れ伏す。

 

「……ふう」

 

 敵の破壊を確認すると楯無は振り返り簪へと視線を向ける。すると簪はびくっ、と肩を震わせ怯えた眼でこちらを見つめていた。

 

(正直、悲しいわね)

 

 一体どこですれ違ってしまったのか。気が付けば自分と妹との間に出来てしまった距離に楯無は重い気分になる。彼女が姉である自分と比較して劣等感を抱いてしまっているのは知っていた。しかしそれをどうにかしたくても、どうすればいいのか分からない。だがこうして久しぶりに顔を合わせられたのだ。この機会を逃す手は無い。

 

「かんちゃん――」

「まだだ!」

「!?」

 

 ふら付く頭を押さえながら起きあがった静司が発した警告。そして楯無の前の簪の眼が大きく見開かれる。

 悪寒を感じて咄嗟に振り向いた時、視界いっぱいに映るのは倒したと思った百目鬼型ISだった。

 

「しまっ――」

 

 油断した。簪に気を取られ過ぎて警戒を怠っていた。百目鬼型の体は所々千切れ、ぼろぼろにも関わらず動いている。それどころか修復すら行っている様に見える。そんな異常性を目の当たりにしつつ、楯無は咄嗟に簪だけは守ろうと突き飛ばそうと手を伸ばし、そして逆にその腕を掴まれた。

 

「え?」

 

 戸惑う楯無の視界の先。こちらの腕を掴んだ簪に引き寄せられ両者の位置が逆転する。そして百目鬼型の正面に簪が周った直後、その百目鬼型の機体が膨れ上がる。ぞっと、とする悪寒に楯無は咄嗟にミステリアス・レイデイの表面を覆う水のヴェールを簪に向けて放つ。

 

「かんちゃん!?」

 

 直後、百目鬼型が爆音と共に自爆した。

 

 

 

 

 自分でも何をしているかは分からなかった。決して届かないのではと恐れ、避けていた姉を目の前に自分はただ震えているしかなかった。

 だがその姉の背後であの奇妙なISが起きあがり、そして姉に向けて飛びつこうとした時に感じたのは今までとは全く違う恐怖。それは姉を失うかもしれないという恐怖だった。恐れていても、届かない物と思っていてもそれはやはり嫌だ。

 その感情が簪の体を動かした。自分でも信じられ無いような行動。姉の腕を握り、引き寄せ、そして庇う。驚いた姉の視線を感じつつ前に出た簪の前には百目鬼型が迫っていた。

 

(ああ、これが)

 

 これが姉の見ていた景色か。とても恐ろしく、怖い。初めて見るその光景は何処までも敵意に溢れていて、それ故に気づく。今までこの敵意からずっと守られていた自分の弱さに。

 

「かんちゃん!?」

 

 姉の叫び声。初めて聞いたその必死な声をどこか意外に感じつつ、簪は炎に包まれた。だがその寸前、不思議と温かい物に包まれるような感覚がした。

 

 

 

 

「かんちゃん、かんちゃん!?」

 

 爆発が収まり、焦げ臭さと煙が漂う廊下で楯無は妹を抱きかかえ叫び続けていた。その瞳からは涙が溢れ、爆発の汚れで煤まみれの簪の顔へと落ちていく。

既に百目鬼型の姿は無くリスの姿もない。騒動が大きくなってきた故に逃げたのだろう。今残されているのは倒れた簪とそれを抱きかかえる楯無。そしてそこに歩み寄る静司の姿だけだ。

 

「ん……」

「かんちゃん!」

 

 小さく声を漏らし目を開けた簪に楯無の顔が綻び、抱き着く。そんな簪は状況がよくわからない様に顔を動かし、自分の傷が思いのほか浅い事に気づいた。確かに所々傷があり痛みもする。だが至近距離で爆発を受けたにしては軽傷過ぎる。

 

「会長が守ったんだよ」

 

 その答えを教えたのは静司だった。確かに言われてみれば爆発の寸前、体が何かに包まれた記憶がある。

 

「結局、また護られた……」

「そんなことないわ!」

 

 がしぃっ、と肩を掴まれ涙と鼻水で滅茶苦茶な楯無に真正面から否定され簪は思わず肩を震わせた。

 

「あの時私は反応が遅れてた。かんちゃんが助けれくれなかったら不味かったの! だけどかんちゃんは私を助けれくれたから私は無事なの! だけど、だけどなんであんな危険な事をしたの!?」

 

 だけどだけどと言葉を連発するその顔は何時もの威厳ある生徒会長の顔とは遠く離れた、純粋に妹を心配する姉の顔だった。いくら簪でもこの表情が作り物だとは思えない。そして楯無に言われた事を自分でも考える。何故自分はあんな真似をしたのか? その答えは案外簡単にわかった。

 

「居なくなっちゃ、やだから」

 

 恐怖も劣等感も未だある。自分なんか駄目なんじゃないかと言う思いもある。だけどそんな感情とは別に、姉という存在が消えてなくなる事が怖い。咄嗟にそう感じたのだ。

 だがそんな返答に楯無の顔はいよいよ本格的に崩れて見ていられない程に涙と鼻水でグチャグチャになり、簪に抱き着いてきた。そんな楯無の行動に若干嫌そうに顔を顰めつつも思う。自分の安否一つでここまで心配し、泣き叫ぶような脆い人を自分は恐れていたのだろうかと。そしてそこまで大切にされていたと言う事を。そんな相手に対し今まで疎遠に接してきたことで、どれだけ傷つけたのだろうかと。

 だが長い間距離を離していたせいで何を言えばいいのか分からない。困った簪は助けを求める様に静司を見ると、静司も困ったように考え、そして答えた。

 

「とりあえず今思ってることを言ってやればいいと思う」

 

 今思ってる事。その言葉を咀嚼しつつ未だ抱き着いたままの楯無に視線を落すと楯無もこちらを見上げた所だった。

 強く、気高く届かない存在だと思っていた姉。自分なんか駄目だと昏く心を閉ざしていた自分。しかしそんな自分が姉を助け、そして気高いと思っていた姉が今自分の無事に泣いている。そんな姉に簪は小さく笑い、そして告げた。

 

「……変な顔」

 

 楯無が声を上げて泣いた。

 

 

 

 

 更識家や学園の警備員達。それに教師達もようやく駆けつけにわかに騒がしくなった深夜の校舎。その騒動の中心から離れる様に静司は一人歩いていた。

 当事者の一人なのであまり遠く離れる事は出来ない。それでも人ごみの中、少しでも人が少ない場所へたどり着くと力の限り壁を殴った。

 何をやっているのだろうか、自分は。

 更識簪は無事だった。目立った外傷も無く、念の為に精密検査を受ける事にはなったが問題ないだろう。だが本来ならそんな必要があってはなら無かったのだ。彼女が巻き込まれたのは確かに彼女自身の責任もあるだろう。だがそうならない様にする為の自分では無かったのか。一夏や、学園生を護るためにいる自分が原因となりそして生徒が傷ついた。

 似たような事は以前もあった。忘れもしない臨海学校の時だ。だがあの時とは少し事情が違う。あの時は追い詰められ、躊躇いながらも最終的には黒翼を使用した。そして自分の行動の遅さを悔やみ、二度と引き起こさないと誓った筈だ。

 なのに今日。自分は正体が明かされこの学校から去るという選択肢が現れた時、またしてもそれを躊躇した。そして全く関係ない少女が巻き込まれたのだ。これではあの時から全く変わっていないではないか。

 

「馬鹿か、本当に」

 

 自己嫌悪と怒りに身を焼かれそうな激情が走る。頭の中、どこかで眠るVTシステムが鎌首をもたげようとするのを押さえつつも、もうその必要すらないのかも知れないとも思う。織斑千冬も篠ノ之束も自分を疑い始めた。その時点でもはや自分の選択肢など無いに等しいのではないだろうか。

 自らの見えないこれからに不安と恐怖を感じつつ、静司は歯を噛みしめていた。

 

 

 

 

「束さま。あの機体を自爆させたのですか?」

 

 未だ横たわったまま状況をスクリーンで見ていた少女の呟きに束は『んー』と人差し指を手に当てつつ答える。

 

「まああれ以上やっても無駄そうだったからねー。あの青いのはそれなりにやるようだったし。ま、機会は今回だけじゃないから別に良いんだよ!」

 

 それよりも、と今回入手したデータに目を通しつつ束は考え込む。

 更識楯無が現れる少し前、一瞬だけ川村静司の腕が光った様に見えた。その後直ぐに背後から押し寄せた水流で見え無くなってしまったが確かにそう見えたのだ。リス達からの映像も手に入れているが最初の簪の荷電粒子砲の余波による煙で画像が荒くいまいち確証には至らない。だがその中途半端な情報が束の疑いを更に強くする。

 

「やっぱりあの程度じゃなくて、もっと本格的に行こうかな」

 

 そう呟きつつ別のデータを呼び出す。それはISのデータではあるが通常のそれとは全く異なった設計の機体。そのデータのタイトルには『ゴーレムⅢ』と表記されていた。

 




主人公いいとこなし
これから先の展開に向けてどんどん追いつめられていきます

更識姉妹
扱いには非常に困った。その上で姉妹仲解消フラグを早めにたてました。
あらかじめ言っておくと簪は誰にもフラグ立ちません。理由は色々ありますが
物語がだいぶ核心に迫ってきている中でこれ以上一夏周りをごちゃごちゃしたくなかったという所です。ですが友人フラグは立っているので出番はあります。ご容赦を。
そして一夏フラグが立たない故に姉妹仲解消フラグを別で立てる必要がありこんな形に。原作では姉が妹守ったけど逆でもありかな、と。
この作品の簪は若干アクティブです

生体融合
くーちゃんがボロボロ状態で拾われたのはこの伏線だったり
あるいみ静司に近い存在です


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