IS~codename blade nine~ 作:きりみや
男性操縦者。それは世界を驚かせた存在。ある人はその存在に危機感を抱き、また、ある人々にとっては希望でもある。IS登場による女尊男卑。それを覆す要因と成り得るのだから。
だが、彼らを調べても原因は不明。これには多くの男が肩を落とした。だが一部の人間は言う。ならばもっと詳しく、解剖でもしてはどうだ、と。
都合よく男性操縦者は複数いる。特に2人目は、1人目の様な大きな後ろ盾も無く、3人目の様に企業の人間でもない。ならばコイツを使えばいい。
当然の如く、それは過激派の意見として一蹴された。だが彼らは諦めてはいなかった。彼らにとって、男性が。そして自分たちがISを使える様になる事が最重要。その為に犠牲は付き物だ。
だが事はそう簡単にはいかない。IS学園はあらゆる国家や企業、機関などの干渉を良しとしない。もし手を出せば、それは世界を相手にする事になりかねない。
それでも彼らは方法を模索する。だが良い方法は見つからず、結局は世界を敵に回す覚悟で男性操縦者を手に入れるしかないという結論に至る。
「俺達が男性操縦者の謎を解き明かせば、世間もきっと俺達を認める」
それが彼らの口癖。自分たちがいずれ処罰されようとも、この女尊男卑の世界を変えた英雄となるだろう。そんな自分勝手な希望。
そんな夢を見る彼らだからこそ、今回手に入れた情報はまさに渡りに船だった。
それはある日、『同志』を名乗る人物から受け取った情報。IS学園の警備情報だった。
警備員の配置。シフト。そして監視システムの穴。それらが詳細に記されたデータがそこにあった。
男たちは歓喜した。
データを持ってきたのは肩ほどまでかかる髪の青年だった。彼は今の社会が許せない。だけど自分にできたのはこれ位だ、と男たちの前で嘆いた。自身にはネットの上の力しかない。現実は女性に良いように使われ、悔しいと。
最初は疑った男たちだが、それ以上にその情報は魅力的だった。それに男の涙も真に迫っており、彼らは決断した。
IS学園を襲撃し、男性操縦者を捕獲する。
シャルロットとラウラが転入してから数日。これといった大きな問題は無く、表面上は平和だった。
ラウラも転入初日以降は、一夏どころかクラスの誰とも関わろうとせず孤高を貫いている。
そんなある日。
「会長が?」
「うん。来週会議で出かけるんだって。大変だねえ~」
放課後のアリーナで静司と本音は情報交換をしていた。
「かわむー達が見つけた人達の事は気になるけどどうしても外せないんだって」
「微妙なタイミングだな」
先日、C1が見つけた『獲物』。それは学園周囲をうろついていた不審な男だった。それだけならわざわざ静司達が動くことではない。だが、その男は妙に同じ場所を行ったり来たりしており、そしてそこは学園の監視システムに不調が見られている場所だったのだ。
念のためC1は男を拘束。尋問を行った。最初は何も語らなかった男だが、C1が
それは学園を襲撃し、男性操縦者を誘拐するという話。
即座にC1とそのチームは男から聞き出したアジトに向かったが、そこは既にもぬけの殻だったのだ。
「話によると女性至上主義に異を呈する連中らしい。それ故にIS戦力は無いと見ているけど、油断は出来ないよ」
「うん、おねえちゃん達も警備を強化するって言ってたよ」
大変だぁ~ととてもそうは見えない様子で語る本音に静司は苦笑する。
(やっぱ、あの事は言った方がいいのか……?)
静司達はこのまま襲撃を待つつもりは無い。敵が男性操縦者を狙っているのなら、狙いやすくしてやればいい。その為の囮なのだから。
だが、その事を伝えるべきか静司は悩んでいた。と、いうのも先月の無人機襲撃の後、生徒会室に連れて行かれた静司はそこで説教を受けたのだ。
これが、静司達の情報を知るための尋問や拷問だったのなら、耐えられる自信はあった。
だが、
『かわむーは人をあんなに心配させておいて、何も言わないのかな?』
『それはちょっとひどいわねー』
『人としてそれはどうかと』
本音。楯無。そして本音の姉である虚。3人の言葉が妙に心を抉る。
『いや、けどあの時は緊急時で――』
『だけど説明くらいはしてくれないと。……心配したよ?』
と、いつもは平和な笑顔を浮かべている本音がどこか瞳を潤ませて言うその姿に静司はたじろいだ。
『あー泣かせた―。おねーさん、ちょっとショックよ』
『……最低ですね』
面白そうにからかう楯無と、妹を泣かせたからなのか、割と本気で軽蔑の眼差しの虚。その後も続いた、説明と言う名の尋問に静司の精神は大いに疲弊したのだった。
そんな事があった為、本当は言うべきなのだろうが、躊躇してしまう。自惚れかもしれないが、本音は本気で心配しそうであったからだ。そんな中、
「おーい、静司! お前の意見も教えてくれ」
アリーナでいつも通り訓練をしていた一夏が叫ぶ。どうやらシャルロットと模擬戦を行っていたらしく、その反省会をするらしい。静司は専用機が無いため、基本的に訓練の際は学園の貸し出しの物を使う。だが、ISには限りがある。今日は予約が一杯で借りれなかったので、一夏の動きのチェックを頼まれていた。
なにせ今まで、自称一夏のコーチである箒とセシリアと鈴が酷かった。
『こう、ずばーっとやってから、がきんっ、どかんっ、という感じだ』
『なんとなくわかるでしょ? 感覚よ。シックスセンスってやつ? ……はぁ? なんでわかんないのよバカ』
『防御の時は右半身を斜め上前方に五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』
初めて聞いた時、もしかして彼女たちは一夏を苛めているのだろうか、と真剣に悩んだものだった。流石に一夏が哀れだったので、静司も助言することにしたのだ。とは言っても、あまり詳しい事を言ったら怪しまれるので、基本的には3人娘の翻訳というか、こういうことじゃないか? と補足する程度だが。
そういう訳で、先ほどの戦闘の反省。白式が接近戦オンリーの異様な機体である事。一夏はもっと考えて動くべきだ、という話をしていた時だった。
「おい」
ISに搭乗したラウラがアリーナに現れた。ラウラは真っ直ぐに一夏を見ている。
「……なんだよ」
「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば力を見せてみろ」
出会いは最悪。その後も見下すようなラウラの態度に一夏も良い印象を持っていない。その上でこの態度。一夏は呆れた様に返答する。
「イヤだ。理由がねえよ」
「貴様になくても私にはある」
かつての第2回世界IS大会『モンド・グロッソ』の決勝戦。応援に来ていた一夏が誘拐され、それを決勝戦を棄権した千冬が救出した。それをラウラは恨んでいるらしい。
一夏自身も、千冬の優勝を逃した理由が自分にある事からその事を気に病んでいた。
「貴様が居なければ教官が大会二連覇の偉業を成しえた事だろう事は容易に想像できる。だから私は貴様を――貴様の存在を認めない」
(勝手な理屈だな)
静司は呆れてしまう。そもそもそれが無ければ千冬がドイツで教官となる事もなかっただろう。だからと言って誘拐されて良かったというつもりは無いが、ラウラには関係の話だ。
一夏自身も当時の自分を許せないのだろう。だが、ラウラの言葉に乗る気はないらしい。
「また今度な」
「ふん、ならば戦わざる得ないようにしてやる」
言うが否や、ラウラは漆黒のISを戦闘状態にシフトさせる。そして左肩の大型実弾砲がスライドし、一夏に向けられた。
(なっ……!?)
誰もが突然のその行動に驚く中、静司もまた目を見開いていた。一夏はISに搭乗しているとはいえ、完全に無防備。そんな所にあの大型実弾砲が当たればどうなるか。
(どうする!?)
今からではラウラを止めるのは間に合わない。ならば一夏を守るのが優先。だがどうやって? そしてそんな行動を堂々としても良いのか――?
思考は一瞬。だがその間にも状況は動いていく。悩んでいる時間は、無い!
ギィィッン!
金属音が響き、アリーナが静寂に包まれる。誰もが唖然として、その光景を見ていた。
「何っ……?」
ラウラも思わず目を見開いた。
「……静司?」
シャルロットが信じられない、と言ったふうにうめく。彼女はラウラがシフトを行った瞬間に割り込み、一夏の前でシールドを構えていた。
だが、その更に前。
打鉄の大型ブレードを楯の様に構えた静司がそこに居た。
「砲弾の機動を……逸らした?」
「なんて事を……」
鈴とセシリアもまた、目の前の光景が信じられない。今見たことが夢でなければ、静司は一瞬で箒からブレードを奪うと、その刀身をレールに見立てて砲弾を逸らした事になる。それも生身でだ。
「っ!? 静司、大丈――」
生身でISの攻撃を防いだのだ。直撃はしてないものも、衝撃は相当なものである。気を取り直したシャルロットが慌てて静司に近づき、しかし息を飲んだ。
着弾時の衝撃だろう。静司の眼鏡は吹き飛び、髪もまた逆立っていた。そして普段は隠れて見えないその瞳。静司の両目は冷たく、まるで猛獣の様な鋭さを持っていた。
(本当に……静司なの?)
一夏の様に目立たず、騒動をいつも一歩離れた所で見ている。だけど話してみると普通の人の良い、争い事とは無縁に見えるルームメイト。それがシャルロットの中の川村静司。だが、目の前の彼は違う。ただ、まっすぐに敵を食い殺さんとする猛獣の眼。普段とはまったく別のモノだ。
(怖い……)
ぶるり、と体が震える。自分は今、得体のしれない何かを見ている。そんな気がした。
「かわむー!?」
本音の叫びでシャルロットは我に返った。静司がブレードを落とし、その場に倒れたのだ。
「おい静司!?」
「川村!? しっかりしろ」
「くっ、救護室へ、早く!」
一夏達も慌てて静司に駆け寄る。ラウラはそんな光景を黙って見ていたが、ふん、と鼻を鳴らす。
「興が削がれた。今日は引こう」
「てめえ!」
一夏が怒り、白式を展開する。だが、
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
アリーナにスピーカーからの声が響く。おそらく担当教師だろう。
「アンタこそ何やってんのよ! 生徒が倒れてんのよ!? とっとと救護室の準備しなさい!」
鈴が怒声を返す。その剣幕に驚き、教師は慌てて「すぐに準備する!」とどこかに連絡を始めたようだった。
その間にラウラは姿を消しており、一夏は自分のせいで友人が傷ついた、と両手を握りしめていた。
IS学園救護室。そこは暗いムードに包まれていた。
「先生、静司は?」
代表して一夏が聞く。養護教員は安心しなさい、と頷く。
「脳震盪ね。それと打ち身。軽傷だから直に目が覚めるわ。ISの砲撃を生身で受けたのにこの程度で済んだのは驚きだけどね」
とんでもない子ね、と笑う。その答えに一夏達は安堵し、部屋の雰囲気も少し明るくなった。だがシャルロットには気になる事があった。
「ブレードを使ったとはいえ、ISの砲撃を受け止めたのにそれだけなんですか?」
「ボーデヴィッヒさんだったかしら? 彼女の砲撃も牽制だったのでしょうね。流石に本気の一撃だったらこんなものじゃないわよ」
「成程。ありがとうございます、丸川先生。ウチのクラスの者が迷惑かけます」
騒ぎを聞きつけた千冬が礼を述べると、丸川はいいのよ、と笑う。
「とりあえずしばらくはここで寝かせるわ。大事は無いと思うけど、えーと、同室のシャルル君?」
「あ、はい」
「彼の目が覚めて、大丈夫そうなら部屋に戻すけど、何かあったらすぐに知らせてね?」
「わかりました」
シャルロットが頷く。そして話は先ほどの事に移る。
「しかしなんなのよアイツ! いきなり攻撃してきて!」
「全くですわ! 織斑先生、ボーデヴィッヒさんには何か処罰が?」
千冬はため息を付く。
「三日間の謹慎及びIS使用禁止。以上だ」
「それは軽すぎではないでしょうか?」
納得いかない、とセシリアが疑問を呈する。他の面々も同じ気持ちだった。
「わかっている。だが上からの命令だ。今回の件は『IS同士の戦いに、一生徒が割り込んだ故に起きた事故(・・)』として処理される」
「なんだよそれ!」
一夏が憤る。だが千冬は冷たく言い放つ。
「ボーデヴィッヒはドイツ軍IS部隊の部隊長で代表候補生。川村は男性操縦者ではあるが、唯の一生徒。それが全てで、そしてこれが現実だ」
男性操縦者は貴重だ。だが、ドイツとの関係の悪化は何とても避けたい故の判断だった。
「だからって……」
納得がいかない、と一夏は食って掛かろうとするが、寸前で止まった。千冬の目。それはとても冷たく、厳しく、そして怒りが籠っていた。千冬自身も納得がいっていないのだろう。
他の少女たちも事情が分かるのか、言葉が出ない。
「ボーデヴィッヒには私からも言っておく。お前らはもう部屋に戻れ」
すっきりしない雰囲気の中、千冬はそう告げるのだった。
一夏達が退出してから少したった頃。救護室の扉が開く。
丸川は入ってきた生徒を見ると姿勢を正した。
「お待ちしていました、楯無お嬢様」
「やーん、そんな硬い言い方しなくていいわよ、丸川」
入ってきたのは楯無、虚、そして本音だ。
「そういう訳にもいかないですよ」
丸川は布仏と同じく、更識家に仕える家系だ。彼女は学園の養護教員としてこの学園に勤めている。
「相変わらず真面目ねえ。どう思う、虚?」
「お嬢様が軽すぎるんですよ」
「あら酷い。どう思う本音ちゃん?」
「……」
問われた本音は、しかし話を聞いていなかったようだ。理由がわかる楯無はあらら、と笑うしかない。
「じゃ、本音ちゃんもご機嫌ななめだし――話をしましょうか、川村君」
ぴくり、とベッドに寝ていた静司が反応し、ゆっくりと目を開ける。
「このまま寝ていたい……」
「だーめ。ほら、言う事があるんでしょう?」
本音が一歩前に出る。
「……やあ、かわむー」
「ハイ、ノホトケサン」
思わずベッドの上で正座する。だが本音は何も言わない。そんなどうしようもない居心地の悪い時間が続く。
(ど、どうする? けどあの時はああするしかなかったし……。ぬぅ……)
だらだらと脂汗を流す静司を見ていた本音だが、やっと口を開いた。
「体は大丈夫?」
「へ? あ、ああ大丈夫」
「そう、よかったよ~」
いつものほんわかとした笑顔に戻った本音に思わずキョトンとしてしまった。
「ん~? どうしたんだいかわむー」
「いや、怒ってるかなーと思ってたものでして。はい」
「そうだねー。だけどかわむーもお仕事だから仕方ないよ」
心配はしたけどね~、と本音は苦笑。どうやら先ほどまでの態度は怒っていたのでなく、心配していた様だった。
「そっか。だけどあれだ。心配させてごめん」
「うひひ、それが聞ければおっけーだよー~」
そうなのだ。前回怒られたのも結局は心配させたから。それに本音はこちらの事情を知っている為、事情も分かってくれている。ならばこちらも心配させた事に対して謝罪をするべきだろう。
「ふふ、青春ねえ。けど本当にすごいわね。ISの砲撃を受け止めたんでしょう。やっぱりその腕のおかげ?」
楯無は興味深げに聞いてくる。虚や丸川も興味があるのかこちらを見ている。
「そうですね。コレじゃなければどうなってたやら」
そういって静司は左腕を上げる。それは
「ISの常時部分展開ね。全くとんでもないわね」
「その分、整備も大変ですけどね」
そう、静司の義手はISである。常に部分展開をして、義手として扱っているのだ。
「何か問題があるなら私がみるよ~」
「ありがとう。けど大丈夫」
何度か手を開閉させるが問題は無い。よかった~と本音も笑う。
「だけど候補生達と織斑先生は少々不審に思ってましたよ。後で追及されるかもしれません」
「まあ仕方ないわね。そもそも生身でISの砲弾逸らしたってだけで異常なのに、その上五体満足なんだもの」
「ですよねー……はぁ」
丸川の指摘に楯無も頷き、静司はそうやって誤魔化そうか、と悩む。表向き静司は専用機を持っていないのだ。それにそもそも常時部分展開等行う人間は居ない。エネルギーを消費するし、体力も然りだ。だが静司と静司の黒翼(こくよく)はそれを行う。バレたらどうなることやら。
「ま、それは後で考えるとして本題に移りましょう。そちらとしてはラウラ・ボーデヴィッヒをどう見てるの?」
「彼女の場合はあくまで私怨でしょう。こちらが想定していた敵では無いですね。勿論、危険なのは変わりないですけど」
楯無の質問に、静司も答える。実は結構前に目覚めていた静司は、ISのコアネットワークを通じて、会社と連絡を取っていた。
「こちらの見解と一緒ね。とりあえず彼女も注意人物としてマークしておくわ。ならば次だけど、例の男の仲間達。そちらは何か掴んでる?」
「そちらはまだ。なのでこちらから動いてやろうと考えてます」
「と、言うと?」
横目で本音を見る。彼女も興味深そうに話を聞いている。先ほど心配させたばかりだが、やはり言った方が良いだろう。
「彼らの目的は男性操縦者。ならば襲いやすくしてやればいい」
「……なるほど、囮ね」
「元々、俺が来たのはそういう意味もありましたから」
そしてそろ~、と本音を見てみる。彼女は「はぁ~」とため息を付いていた。
「かわむー。もしかして君はマゾなのかい?」
「違うわ! そうするのは一番効率良いんだよ。その、心配してくれるのは嬉しいんだけど……」
「わかってるよ~。だけど、あまり無理はしないでね?」
「勿論」
やくそくだよ~、と本音に肩を叩かれた。
「ふふ。それで具体的にはどうするの?」
「単純ですよ。夜、1人で出歩く。それだけです。奴らは仲間が掴まって焦っている筈です。そこに目の前にチャンスをぶらつかせてやればきっと反応する」
「案外アバウトね。だけど単純な方が分かりやすいし、効果的って言うしね。いいわ。こちらでも人員を出す。招かざる客には早々に退場してもらいましょう」
ぱっ、と開いた扇子には『狩猟解禁』の文字。その扇子を口に当てながら楯無は不敵に笑うのだった。