IS~codename blade nine~   作:きりみや

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最新刊読んで、ISってもしかして自分が考えている以上にファンタジーでもいいじゃないかと思った今日この頃


62:悪夢

 B5の放った弾丸が空を無数に飛び回る小型兵器を撃ち抜いた。胴体中央に風穴を開けられた小型兵器はバランスを崩し火を噴き墜落していく。

 

「ったく、これで何機目っすか!?」

 

 毒づきつつ己の駆るラファールの武装を確認する。左腕の銃は先程敵の攻撃を防いだ時に壊されてしまった。右腕も通常武装は生きているが腕部に接続していた長距離ライフルは半ばで折れてしまいもはや使用できない。その他にも傷が全身各所にあった。

 対して敵はシェーリの駆る悪趣味なIS《ブラッディ・ブラッディ》と戦艦型は未だ健在。戦艦型の周囲を飛ぶ小型兵器は数こそ減ったものも油断は出来ない状況だ。

唯一の救いはIS委員会側の機体がこちらに攻撃を仕掛けてこない事だった。状況的にもあからさまにこちらを狙っては、この戦闘を見ている者達に不信を抱かれるからであろう。B5が会場へ侵攻する敵を食い止めようとしているのは誰の目にも明らかなのだから。

 

「ちょーと、お姉さんもこれは大変ね」

 

 見れば楯無も忌々しそうに敵を睨みつけていた。その顔には疲れは見えないが、言葉の端々に焦りの様なものは感じ取れる。

 

「何か良い手はないっすか? IS学園の秘密兵器とか更識家の爆裂マシーンとか」

「あら、いいわねそれ。今度はそれを準備しておきましょう。そういうそちらは?」

「秘密のままの方がきっとみんな幸せな秘密兵器なら社にあるんすけどねー。予算とか余波的な意味で」

「駄目ね……っ!」

 

 突進してきた戦艦型を楯無は紙一重で躱すとランス状の武器《蒼流旋》の矛先を戦艦型に向けた。そして搭載された四門ガトリングガンが戦艦型を狙うが、図体に反して機動性の高い戦艦型が加速して難を逃れた。舌打ちする楯無目掛け新たな小型兵器がブレードを振りかぶるが、それを蛇腹剣《ラスティー・ネイル》で絡め取るとそのまま絞める力を上げ切り裂いた。

 

「全く、軽口叩く余裕も無いわ」

 

 楯無の言葉に無言で同意しつつB5はIS委員会側の機体を見やる。ストライク・イーグルⅢとアグニはシェーリのブラッディ・ブラッディを相手にしている。アグニが後方から援護射撃をし、その合間にストライク・イーグルが仕掛けている様だが、あちらも要所要所で戦艦型の小型兵器が邪魔をして思う様にいっていない様だった。

 

「このままじゃ埒が明かないっすね」

 

 B5の中に不安が過る。それはこの場で落とされる不安だけでは無い。先ほどB5――静司がサイレント・ゼフィルスに敗北し、更にはIS委員会側のISに捕らわれたという知らせを受けたのだ。通常なら静司が大人しく捕まったままの筈は無いので、おそらく身動きが取れないのだろう。だからこそ救援に行かなければなら無いのに目の前の敵が邪魔で思う様にいかないのだ。

 

(これはいよいよ覚悟の時って奴っかね……)

 

 ぎりっ、と歯を噛みしめ最悪の可能性を視野に入れた行動に移そうとした所で、不意に戦艦型と小型兵器、そしてシェーリが動きを止めた。

 

「……?」

 

 IS委員会側も楯無も訝しげに見つめる中、シェーリはため息を付くとその手の武器を降ろした。

 

「何のつもりかしら?」

 

 代表して楯無しが問うとシェーリはどこか詰まらなそうな顔でもう一度ため息。

 

「いえ、中々いい所だったのですが今回はそろそろ引かせて頂きます」

「なんですって?」

「まあこちらの目的は達しましたし、これ以上は蛇足と言う事ですよ。帰りますよ、レギオン」

 

 シェーリの言葉に戦艦型――レギオンはくるりとその機体をロールさせた。そしてそれを合図とする様に周囲の小型兵器達が一斉にレギオンの元に集まり接続されていく。その様子を見てB5は眉を潜めた。

 

「やはり……それはビットだったんすね」

「ご名答。《レギオン・ビット》よ。素敵でしょう?」

 

 そう笑うと2機はふわり、と一段高度を上げる。B5も楯無も、そしてIS委員会側もそれを追おうとはしない。この場での追撃よりも優先すべき事があるからだ。無論、それさえなければ逃す訳も無いのだが。この周囲は既に各国、各組織によって監視されている。その程度で奴らがボロを出すとは考えにくいが、今は彼らに任せるしかないだろう。

 

「それではまた逢う日まで……ああ、そうでした。我が主から彼へ伝言です」

 

 ぴくり、とB5の眉が揺れる。この場で『彼』という単語が出てくるとなるとおそらく静司の事だろう。だが伝言とは何だ?

 

「『ISの可能性。親である博士は進化を魅せた。迷い子を拾った私たちは可能性を魅せた。では、捨て子を拾った貴方達はどんな可能性を魅せてくれるのかしら?』……以上です。では、彼によろしく」

 

 最後にそう告げるとシェーリはこちらの事など気にしていないかのように悠然と高度を上げ離脱していった。後に残されたのはB5と楯無。そして委員会のISのみ。

 

「魅せる? いちいち面倒な物言いしてくるッすね。劇場型って奴っすか?」

 

 シェーリの言葉の意味は気になるがそれは後で考えればいい。それよりも今は、

 

「さて、どうやってB9を助けにいくっすかね……」

 

 ストライク・イーグルとアグニが武器をこちらに構えたのを見つつ、B5は小さくため息を付いた。楽しく無い鬼ごっこの始まりである。

 

 

 

 

 

 

 頭が痛い。

 割れる様な頭痛と。直接かき回される可能様な気持ち悪さ。視界は定まらず時節砂嵐の様に途切れては別のものを見せる。耳も同じでノイズ交じりに誰かの声が聞こえるが、それが誰なのか分からない。

 自分がどうしてこんな状況に陥ったのか? 覚えているのは深い青い色の機体。黒い髪。バイザーに隠された少女の顔が笑い、そして胸に何かを突き刺した。その瞬間からその胸を中心として何かが、そう何かが自分と黒翼を浸食している。

 

「ぁ……っが……」

 

 涎交じりの声が漏れる。一体これは何だ。何が起きている。

 そんな思考に徐々に黒い靄の様なものがかかっていく。抗おうとしてもどうにもできず、靄は次第に体を包んでいく。そしてその靄の中で幻を見た。

 

「ぁ……っ……ぁ」

 

 黒の長髪。切れ長の相貌。凛々しくも整った顔立ち。その顔は知っている。知ら無い訳が無い。だってあれは―――

 手を伸ばす。だが届か無い。喉から出る声は言葉にならず、苛立ちに体を捩ろうとするがそれすらもままなら無い。

 目の前の幻は5つ。厳しいながらもどこか見守る様な顔。穏やかな笑みを浮かべる顔。太陽の様な明るい笑顔を浮かべる顔。何か悪戯を企んでいる様に笑う顔。そして表情の変化こそ乏しいが、どこか満足そうに笑う顔。かつて何よりも身近にあって、そして失ったそれが目の前にある。だから静司は必死に手を伸ばそうと、声をかけようとするが上手くいかない。まるで鎖で雁字搦めに縛られたかの様に、動くことが出来ない。

 

「ねぇ……っさ……」

 

 それでも諦めれずに身を捩ったその時、目の前の幻が不意に赤く染まった。

 

「ぁ……?」

 

そして続く耳をつんざく様な爆音と熱風。通常なら目も開けられない程の衝撃にも関わらず、何故か静司は目を開けたままでいられた。そしてそれ故に、その炎によって幻が焼かれて、崩れ落ち、そして物言わぬ躯となっていく姿を見せつけられる。

 

「ぁ……ぁぁ……っぁぁぁぁぁああああああ!?」

 

 見せつけられた光景。トラウマとも呼べるその光景に喉から絶叫が漏れる。そしてとめどなく流れる涙に滲んだ視界に、新たな人影が写った。顔は良く見えないが、その人影は頭に兎の耳を生やしており、そして周囲には無機質な機械の兵隊を従えている。

 

 あいつだ……

 

 爪が食い込む程に拳を握りしめる。

 

 あいつだ。

 

 絶望が怒りとなって己が心を焼く。

 

 あいつだ!

 

 だがどれ程怒りに身を燃やしてもこの体は動かない。拳は握れても腕は、脚は動こうとしない。ふざけるな。そんな事許されない。今動かずして何の為に今まで! 何の為に力を! だから、動け。動け。動け! 俺に、目の前の敵を駆逐するための力を――

 不意に自分の真横に新たな影が現れた。それは全身を黒に塗りつぶされた人影。腰まで伸びる長髪と引き締まった体躯。その輪郭だけでそれが何を模したのか分かってしまう。だがこれは違う。これは姉では無い方だ。もっと強い方――自分達のオリジナルに近いモノ。

 だから静司は求めた。今この時の激情に任せて。怒りに任せて。絶望に後押しされて。

 

「っぁ―――――あいつを――す……力をっ!」

 

 やっと発したまともな言葉。それが引き金となり影が静司を取り込んでいく。急速に視界が暗くなっていき、酩酊していく意識の中、

 

『Valkyrie Trace Systemインストール完了』

 

 声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 テンペストⅡ型によって捕らわれ、その仮面を今まさに剥されようとしていた黒翼。その光景を目の前にシャルロットは葛藤の中にあった。本音を言えば今すぐにでも助けたい。例え正体が分からずとも、あのISとその搭乗者は自分達を何度も助けてくれたのだから。しかし今それをしてしまうとIS委員会を敵に回す事になってしまう。その迷いが彼女の行動にブレーキをかけていた。

 

「それ、そろそろだな」

 

 テンペスタⅡ型が掴む黒翼の頭部。その装甲の亀裂が更に大きくなっていく。もはやその素顔が晒されるのは時間の問題と思われたその時、黒翼がぴくりと動いた。

 

「ほう、目覚めたか?」

 

 テンペスタⅡ型の搭乗者が面白そうに笑う。それは例え目覚めたとしても動ける訳が無いと言う自信があったからだ。事実、雁字搦めに拘束された黒翼は身じろぎはするがまともに動けずにいる。

 

「丁度良い、そろそろ――」

 

 しかしそこで誰もが予想だにしない事が起きた。捕らわれた黒翼、その両翼が煌めいたかと思った瞬間、黒翼が爆発したのだ。

 

「っ、なんだ!?」

「じ、自爆……!?」

 

 テンペスタⅡ型は突然の爆発に吹き飛ばされたものも、即座に空中で態勢を立て直した。そしてメイルシュトロームは今の爆発で千切れたワイヤーを捨てつつ、警戒しながら爆発の中心部を睨む。

 そしてその中心部、炎と煙が晴れていくと黒翼がその姿を現した。自爆では無かったのだ。だがその装甲を先ほど以上にボロボロで、あちこちが焦げ付き焼けている。そしてその特徴とも呼べる巨大な両翼は見る影も無く無残な状態となっていた。それを見てシャルロットは顔を青くした。

 

「まさか……あの翼の武器を発動した……?」

 

 そうとしか考えられない。黒翼は拘束された状態で両翼の砲門を開き発射する事で、拘束していたワイヤーごと自らの翼を破壊したのだ。

 

「なんて無茶すんのよアイツ……」

 

 鈴が呆然と呟く。それは一夏もセシリアも、そしてシャルロットも同じ気持ちだった。だが、テンペスタⅡ型とメイルシュトロームは少し違った。

 

「もう一度拘束するぞ。あの傷だ。逃げれるとは思えん」

「了解。直ぐに――」

『――――――――――ッ!』

 

 それは突然の咆哮だった。黒翼がまるで獣の様に大声で雄たけびの様に叫び、自らの頭を抱える様にして身を震わせた。

 

『ア゛……ァァ……!』

 

 

がくん、と黒翼が力が抜けた様にその両腕を垂らす。宙に浮いている事から気を失っていない事は分かるが、その周囲には異様な雰囲気が溢れていた。

 

「おい、これはどういう事だ?」

「わからないわ。けど油断は禁も――」

 

 突如、黒翼が動き出す。両翼は失ったのにも関わらず爆発的な速度でメイルシュトロームの背後に回り込み、その鋭利な左腕の鉤爪を振るった。

 

「え?」

 

 余りにも突然のその動き。そして異常なまでに洗練された無駄の無い一撃。それがメイルシュトロームの背部を切り裂き炎を上げ、あっけなく墜落していく。

 

「なんだコイツ、いきなり……っ!!」

 

 メイルシュトロームを切り捨てた黒翼はその標的をテンペスタⅡ型に移すと、同じように異様な速度で間合いを詰めその腕を振るう。テンペスタⅡ型はサーベルで何とか受け止めたが、勢いに押され後退してしまう。すかさず黒翼はそれを追撃する。その動きは今まで少し違う。

 今までの黒翼はその鉤爪と両翼両腕の重火器を駆使して戦闘を行ってきたが、今はその左腕の鉤爪を主に戦っているのだ。確かに両翼は使い物にならない程壊れているが右腕は別だ。まだ鉤爪も銃器も生きている様に見えるのに、それを積極的に使う様子が無い。そしてその鉤爪の使い方も少し違う。今までの獣の様に縦横無尽に切り裂く形でなく、まるでそれを一振りの刃に見立てた様な動きをしているのだ。

 

『ァ……ッ……ゥ!』

 

 言葉になら無い音を漏らしつつ黒翼が振るった左腕の鉤爪を受け止めたテンペスタⅡ型が怒りに身を震わせた。

 

「調子になるなよ、獣が!」

 

 テンペスタⅡ型が黒翼目掛け機関銃を撃つ。至近距離から放たれそれだが、黒翼は宙に居るのにも関わらず、まるでステップを踏むようにして機体を回転させそれを躱しつつテンペスタⅡ型の背後へ回り込んだ。そしてその勢いのまま左腕を振るうがテンペスタⅡ型もその程度ではやられない。機体を前に倒しそのまま半回転。上下逆向きの状態で黒翼の鉤爪を受け止め、そのまま蹴りを黒翼の頭部に叩きこんだ。

バキンッ、という音と共に黒翼の頭部装甲の一部が砕けた。しかしまだ素顔を晒すまでにはいかず目元が少し伺える程度だった。そしてその眼を見た瞬間、テンペスタⅡ型は動きを止めた。

 

「……っ!?」

 

 そしてその隙を黒翼は逃さなかった。テンペスタⅡ型の蹴りも物ともせず、左腕の鉤爪を下から切り上げる様にして振るう。テンペスタⅡ型は避ける事も叶わず肩口から切り裂かれ火を上げて墜落していった。

 

「す、すごい……」

 

 思わず鈴が声を漏らす。つい先程まで絶対絶命だった筈があっという前に形成を逆転させたその姿に一夏もセシリアも驚愕していた。しかしそれ以上の不安をシャルロットは感じていた。何かがおかしい。あの黒翼は何時もと何かが違うと言う事をひしひしと感じる。

 黒翼は墜落していくテンペスタⅡ型を一瞥するとこちらに眼を向けた。その頭部は一部装甲が砕け片方の眼だけは見えている。そしてもう片方の機械の目は赤く不規則に点滅していた。

 

 ぞわり、とシャルロットの中に悪寒が走る。そしてその感覚に従い咄嗟に叫んだ。

 

「逃げて!」

 

 その言葉を皮切りに黒翼が一夏目掛けて飛び出した。

 

「なっ!?」

 

 シャルロットの警告が効いたのだろう。反射的にその場を飛び退いた一夏。その一瞬前々で居た場所を黒翼の鉤爪が薙ぎ払う。

 

「何なのよアンタ! 味方じゃなかったの!?」

「一夏さん!」

 

 鈴とセシリアも慌てて戦闘態勢を取るがそれよりも早く、黒翼は一夏に飛びかかった。対する一夏も《雪片弐型》でその鉤爪の一撃を受け止めた。

 

「どうしたって言うんだよ! おい!」

 

 一夏は必死に呼びかけるが返ってきたのは言葉とも言えない咆哮。そして黒翼の脚が振り上げられ一夏と白式を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた一夏は背後のビルに突っ込み轟音と共にビルの外壁を突き破った。

 

「一夏! この、アンタいい加減にしなさいよね!」

 

 更に追撃しようとする黒翼目掛け鈴が衝撃砲を撃つ。黒翼はそれをいともたやすく回避すると、メイルシュトロームやテンペスタⅡ型にやったように異様な速度と完璧なタイミングで一気に間合いを詰めてきた。だがその鉤爪を振るう前に即座に背後に飛び退く。それを追いかけるようにしてセシリアのBTライフルがレーザーを連射する。

 

「一体どういう事ですの!」

 

 叫び、連射するセシリアだがそれは全て躱され、逆に今度はセシリア目掛け間合いを詰めてくる。セシリアも咄嗟に近接武器《インターセプター》を展開するが、その小さなナイフで黒翼の鉤爪を相手にするのは誰が見ても無謀に思えた。

 

「セシリア!」

 

 そこに咄嗟に割り込んだのはシャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡだ。近接ブレード《ブレッド・スライサー》で黒翼の一撃を受け止め、更に力負けしない様にスラスターを全力で吹かす。

 

「くぅっ……!」

 

 それでも黒翼の一撃は重く、徐々に押されていく。しかしその黒翼目掛け今度は鈴は大型青竜刀《双天牙月》を投擲した。回転しながら迫るそれは全ての敵を細切れにする――筈だったが黒翼はシャルロットとの鍔迫り合いを引くと、即座に上に飛びそれを回避する。そして見下ろすような黒翼と、それを見上げる鈴、セシリア、シャルロットは息を荒らげた。

 

「強い……! だけど何で突然。それにあの動きは?」

「確かに異常ね。あの翼が死んでるのにアレだけ動けるってどういう事よ」

「だけど無理をしているのも確かだよ。明らかに機体は限界に見える」

 

 シャルロットの言う通り、黒翼は各所から火花を散らし煙を吹いている。だがそれでもこちらに向けた敵意は消えていない。

 

(え……?)

 

 そこでシャルロットは気づく。確かに敵意は向けられている。事実攻撃だって受けた。だがそれなら何故自分達は無事なのだろうか? メイルシュトロームとテンペスタⅡ型はあっと言う前に斬り伏せられた。あの2機は機体性能は別として明らかに自分達より技量が上だった。それを即座に倒せるような相手が、自分達相手にそれが出来ていない事がどこか不自然に感じる。

 

「くそ、痛ってえ……」

「一夏!」

 

 一夏もまだ無事らしくビルの中から飛び出した。だが状況は対して変わっていない。何よりも黒翼の突然の異変にシャルロット達は未だ戸惑っていた。そんな中、一夏は言葉を漏らす。

 

「千冬姉……」

「え?」

「あの時……ラウラの時と同じだ。あいつの動きは千冬姉を真似ている……!」

 

 ぎりっ、と拳を握りしめる一夏の言葉にシャルロットははっと気づく。そうだ、この状況はラウラのVTシステム暴走事件と似ている。そうなるともしやあの黒翼にもVTシステムが? 疑問は尽きないが一つだけ分かった事があった。

 

「つまり……ラウラの時みたいに一夏がぶった切ればいいのよね」

「正確には行動停止に追い込む、と言う事ですわね」

「そういう事だね。一夏、大丈夫?」

 

 シャルロットが心配したのは一夏の機体の事もあるがそれよりもVTシステムの事だ。以前一夏はあのシステムを見て怒り狂っていたことがあったからだ。だが一夏は小さく頷くつと武器を構えた。

 

「ああ。正直ムカつくけどあの時みたいに馬鹿みたいに突っ込まない。俺だって成長してるんだ」

「ふん、粋がっちゃって」

 

 どこか嬉しそうに鈴が笑い、セシリアとシャルロットも笑みを浮かべた。大丈夫、皆で連携していけばきっと――

 なんとかなる、その思いは突如セシリアの背後に現れた黒翼が振るった鉤爪によって打ち砕かれた。

 

「きゃああああ!?」

 

 スラスターを破壊されたセシリアのブルー・ティアーズが墜落していく。何とか体勢を立て直そうもがくが、セシリアはビルの屋上の一つにそのまま墜落していった。

 

「セシリア!? きゃあっ!?」

 

 黒翼はセシリアを斬るが否や、今度は鈴へと飛びかかる。鈴も《双天牙月》で対抗するは重い黒翼の一撃に武器が弾き飛ばされてしまった。そしてがら空きになった腹部へ黒翼の回し蹴りが叩きこまれた。先の一夏が喰らった一撃とは比べ物になら無い重さを持ったその蹴りによって鈴が背後へと吹き飛ばされ墜落していく。

 

「この野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 一夏が《零落白夜》を発動。エネルギー無効化の刃で黒翼に斬りかかるが黒翼は無造作に右手を伸ばすと、いとも容易く一夏の武器を握る腕を白式の装甲ごと掴み上げた。渾身の一撃を思いもよらぬ方法で容易く止められた一夏が驚愕に眼を見開く中、黒翼の膝蹴りが一夏の腹に叩きこまれた。

 

「げほっ!?」

 

 シールドバリアも装甲も関係なく内臓に響いたダメージに一夏が息を漏らす。黒翼はそんな一夏を振り回すと再度ビル目掛けて叩き付ける様にして投げ飛ばした。轟音を撒き散らしてビルに叩き付けられた一夏。黒翼は更に追撃を加えんと鉤爪を槍の様に構えて一夏目掛けて空を疾駆する。

 

「っ、させない!」

 

 シャルロットはアサルトカノン《ガルム》と連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》を展開すると一夏目掛けて空を走る黒翼目掛けて引き金を引いた。響く重い銃声と発砲の衝撃。それを感じながらシャルロットは黒翼へ距離を詰める。行動を邪魔された黒翼は標的をシャルロットへ変更するとこちらに向かって来た。

 繰り出される鉤爪の一撃。咄嗟に《ガルム》を捨て再び展開した《ブレッド・スライサー》で受け止める。そして《レイン・オブ・サタデイ》を至近距離で発射。だが突然黒翼の姿が消えた。

 シャルロットは咄嗟に《レイン・オブ・サタデイ》を捨てるとその手にも《ブレッド・スライサー》を展開。そして勘としか言えないその感覚で振り向き《ブレッド・スライサー》振るう。果たして、その一撃は黒翼の鉤爪を受け止める事に成功した。そう、黒翼は一瞬の隙に即座に背後に周りこんでいたのだ。これも先ほどまでの戦いを見ていたからこそ反応できた。

 

 お互い部位をぶつけ合い至近距離で睨み合うシャルロット黒翼。だがシャルロットの中にはまだ迷いがあった。

 

「お願い! 正気に戻って!」

『ァ……ッ……ス……!』

 

 ジリジリと背後に押されていく。しかしシャルロットは確信した。まだ黒翼は完全に暴走している訳では無いと。視界の端の戦況モニターではハイパーセンサーが捉えた情報――墜落したものも未だ動けるセシリアの姿や、ふらふらと立ち上がる鈴の姿が見える。一夏もデータ上ではまた無事だ。先ほどのIS委員会側のIS達は即座に戦闘不能にしたこのISが自分達相手にそれをしないのは、搭乗者にまだ意識が多少なりとあると感じたのだ。

 

「そんな状態で戦い続けたら僕たちの前にあなたが死んじゃうよ! だからお願い!」

 

 黒翼の様相は酷い物だ。装甲の一部からは血も垂れている。そしてあんな強引な動きをし続けていればそれは搭乗者にも大きく響く。故にシャルロットは懇願する様に叫びつつ、唯一見える黒翼の中身。破壊されてむき出しになった眼を見つめ、そして息を飲んだ。

 

 そこにあったのは焦点の合わない濁った眼。その眼の中には怒りや悲しみ。混乱とそして戸惑いか見えた。しかし何よりもシャルロットの意識を引いたのは別の事。この眼を、この目の前に居る人物の眼を自分はどこかで見た事がある?

 

『……ッ……ト』

「え?」

 

 黒翼が呻く様に、もがく様に声を漏らす。

 

『シャ……ル……ロ……ト……』

「!?」

 

 何故、黒翼はその名を呼んだのかは分からない。だが、だがこの感情何だ? この違和感は? そんな筈は無いと否定しつつ、しかし一つの可能性が浮かんできてしまう。余りにも滑稽で、しかし自分の感覚が猛烈な違和感を感じさせている。

 

『デュノア、無事か!?』

 

 不意に広域通信で千冬の声がした。そして視界の端に新たなデータ、打鉄でこちらに急行する千冬の物が写る。

 

『直ぐにそこに行く! 退避しろ!』

「で、でも」

『ァァァァァァァァァァァァァァッ!?』

 

 突如黒翼が頭を抱え叫びだした。まるでその声を聞きたくないかのように全身を振るせ、空中でのた打ち回る。

 

「ど、どうしたの!? 一体――」

 

 その余りにも異様な光景にシャルロットは手を伸ばそうとして、

 

『ァァァァァッ!?』

 

 そのシャルロット目掛けて振り抜いた黒翼の鉤爪が、彼女の胴体を切り裂いた。

 

 

 

 

「シャルロットさん!?」

 

 その光景はビルの屋上に居たセシリアから良く見えた。千冬の声がした途端、突如狂った様に悶えた黒翼。そしてその振り抜いた一撃によってシャルロットは斬られ、空に血が舞った。

 いけない。早く助けなければ。何とかしなければあの狂ったISに友人が殺されてしまう。だがどうすればいい? ここで出来るのは狙撃する事だけ。その狙撃もまるで当たる気がしない。黒翼、サイレント・ゼフィルスとこの2機との戦いの中、まともに当てられていないのにこんな機会に都合よく当たられるのか? せめて、相手の予想外の攻撃さえ出来れば。

 考えるのは偏向射撃の事。しかしそれは一度も成功していない。いくら曲げようとしても全くそれは実現しない。こんな力では頼る事も出来ない。それでも、

 

「くっ」

 

 痛む体に鞭を打ちロングライフル《ブルー・ピアス》を構える。出来ないからと言って、当たらないからと言って何もしない訳にはいかない。見れば鈴も、ふらふらになりながらもなんとかシャルロットから黒翼の注意を引きはがそうと武器を構えている。そうだ、ここでこそ自分の出番だろう。自分はセシリア・オルコット。この蒼き雫は敵を……流星すら撃ち抜くISなのだから!

 撃つ、撃つ、撃つ。連続で放たれたレーザーはいずれも黒翼には当たらない。ましては偏向射撃も出来ていない。だがそれでも構わない。今はシャルロットから黒翼を引きはがす事を考えろ。だからひたすらに撃ち続ける。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 砲門を塞がれマウントされていたビットを強制解除。そしてその砲門全てを黒翼目掛けて撃ちまくる。だがそれらを避け、黒翼は落下していくシャルロットへ手を伸ばす。

 

(駄目ッ!!)

 

 もはやレーザーを曲げることなど考えていなかった。ただ単に、友人を守りたいが為にひたすらに射撃を続けたセシリアだったが、それすら叶わず黒翼がシャルロットへ触れそうになる。それを見た瞬間無意識に、そう、本当に無意識にセシリアは手を振るった。

 

「当たれっ!」

 

 それはまるで指揮者の様に振るったセシリアの手に従って、放たれていたレーザーが一斉に曲がった。

 

「え?」

 

 突如進路を変えたレーザーは黒翼を前後左右から撃ち抜き、爆発。その隙に飛び出した鈴が落下していくシャルロットを受け止め即座に距離を取った。

 

「できました……の?」

 

 不意にラウラの言った言葉が思い浮かぶ。『銃は撃って目標に当てるものであって、曲げなければいけないものでは無い』と彼女は言った。改めてその言葉を考え、ふと気づく。今まで自分は曲げることに拘り過ぎていたという事に。自分は現状に焦っていく内に、知らず知らずの内に相手に当てる事よりも、自分の攻撃を曲げる事を目的として引き金を引いていたのだ。そんな想いにこのブルー・ティアーズが同調する訳が無い。だから思う様に出来なかったのではないか? そして今、友人を助ける為にセシリアは偏向射撃など考えず、ただひたすらに当てる事だけを考えていた。それにブルー・ティアーズも同調してくれ、稼働率が上がったと言う事だろうか?

 

「まったく、素直じゃありませんのね……誰に似たのやら」

 

 小さく呆れた様に、しかしどこか誇らし気に機体を撫でる。本当はこの気まぐれな相棒をもっと知りたかったが今はそれどころでは無い。再び空に視線を移すとボロボロながらも未だ健在の黒翼が見えた。それを見て改めてライフルを構えるが、そこに声が入る。

 

『よくやったオルコット。後は任せろ』

 

 次の瞬間、高速で接近した打鉄が黒翼の腹部を切り裂いた。

 

 

 

 

 いけ好かない連中の避難も終え、ようやく現場を他の教師達にまかせて打鉄で駆け付けた千冬が見た光景は最悪の一言だった。

 サイレント・ゼフィルスの姿こそないが、IS委員会の機体は墜落し行動不能。一夏、鈴、セシリアもダメージが大きくまともに動けていない。そして何よりも黒翼によって傷を負わされ血を撒き散らしながら墜落していくシャルロット。ああ、本当に最悪だ。

 

「どういう事か聞きださせてもらう」

 

 たった今腹部を切り裂いた黒翼は血を流しつつ、しかし未だ宙に浮いている。だがそれも時間の問題だ。千冬はその鋭い相貌で黒翼を睨みつけると打鉄の大型近接ブレードを構えた。

 だが当の黒翼は左腕こそ構えているが、その機体はふら付いており小さく呻いている。

 

『シャ……ル……ロ……オリ……ㇺ……ブリュ……ルデ……ネエ……サ……ァァッ!?』

 

 ガクガクと震える黒翼に千冬は眉を潜める。詳しい原因は不明だが今はこの目の前の狂ったISを無力化することが先決と判断すると一気に間合いを詰めた。

 黒翼は混乱した様に呻きつつも応戦する。鉤爪とブレードの応酬。千冬が切り払い、黒翼が受け止める。黒翼が蹴りを放ち、千冬がそれを体を半回転させながら躱しその勢いのまま一撃を見舞う。それは先程黒翼は行った動き。しかしより洗練されたそれはまるで当然の如く黒翼の装甲を切り裂き新たな鮮血を飛ばす。

 

「これでも行動停止しないか。ならもっと荒っぽく行かせてもらう。貴様には借りがあるが、それでもこの状況は見過ごせないのでな」

 

 そこからは一方的な猛攻だった。いくら黒翼が武器を、拳を、脚を振るってもそれらは全て躱され、防がれそして反撃とばかりに刃が黒翼を切り裂いていく。余りにも圧倒的なそれはかつて世界最強と呼ばれたブリュンヒルデの称号に恥じない物だった。

 やがて黒翼は空を飛ぶこともままなら無くなり、ビルの屋上へとフラフラと降り立つと膝をついた。千冬も追いかけるように降下すると武器を構えつつ黒翼に近づいていく。

 

「お前を拘束する」

「させないっすよ!」

 

 ゆっくりと黒翼に近づいていった千冬だが乱入してきた声に反応して背後に飛んだ。一瞬遅れてビルの屋上に複数の弾丸が撃ちこまれた。その弾丸は屋上へ突き刺さると、大きな音と閃光を撒き散らす。続いて撃ちこまれた弾丸が今度は煙幕を張っていく。

 その光と音。そして止めとばかりに放たれた煙幕に眉を潜める千冬だが、一直線にその煙幕の中に突入すると黒翼の真横に現れたIS――黒い全身装甲のラファールに向け刃を向けた。

 

「動くな」

 

 刃を向けられたラファールの搭乗者は驚いた様に肩を震わせた。

 

「ちょ、この状況で何で動けるっすか!?」

「ハイパーセンサーを完全にカットしてISの防御機能を高めただけだ。それよりお前はこいつの仲間だな。話を聞かせて貰おうか」

「それは無理っすね。意地でも逃げるっすよ、私たちは」

 

 黒いラファールは黒翼を掴むとゆっくりと後ずさる。

 

「無駄だ。近くに委員会のISも来ている。お前達が捕まるのも時間の問題だ」

「……なんか今まであまり思わなかったっすけど、いちいち上から目線はちょっとムカつくっすね」

「何……?」

「いや、ただ一つ言って置くっすよ。世界最強相手でも世界最馬鹿連中はその馬鹿さ加減で出し抜くっす」

 

 言うが否や、黒いラファールの背後に光が溢れ、そして新たな装備が展開された。それば無骨で巨大なブースターであり、ラファールの狙いを悟った千冬が飛び出そうとするよりも早く、黒いラファールは瞬時加速を発動。更にはブースターを点火して離脱していく。

 

「待て!」

 

 千冬も即座に追いかける。いくら速度があろうともまだ追いつけない速さでは無い。最高速度に乗る前に叩き斬る。

 煙幕の中から飛び出た千冬は即座に黒のラファールとそれに連れられる黒翼の姿を目にとめたが、その行先を見て流石に驚愕した。黒のラファールは空でなく地上へと一気に突っ込んで行ったのだ。

 

「くそ、本当に馬鹿か!?」

 

 毒づく千冬だが黒のラファールの進路にある物を見てその狙いを察した。それは先程黒翼とサイレント・ゼフィルスが戦闘を行った地下鉄の入口。その周囲は超高速でISが飛んだことで無茶苦茶であり、既に電車は止まっている。そしてその地下へと続く穴目掛けて黒のラファールは突っ込んでいった。

 千冬も遅れながらそれを追跡するが地下へと突入するが、既に黒のラファールはかなり先を行っている。それでも千冬は追跡を辞めないが、やがて幾多の路線が交わる分岐路まで来ると打鉄を停止させた。あのラファールがどこへ逃げたのか、それが分からない。ハイパーセンサーにも反応が無い。恐らくチャフを撒いたのだろう。黒翼が流した血を元に探そうともしたが、向こうもそれは承知らしく血の痕跡が見当たらない。つまりは逃したと言う事だ。

 

「……本当に馬鹿だな。いや、それは皆同じか……」

 

 呻く様に漏らしたその言葉は誰に向けたものか。それは誰にも分からない。

 




テンペスタが動きを止めた理由は次回
セシリア覚醒? は正直原作だとよくわかららなかったので勝手に捏造&解釈。文句は聞きますとも
千冬さん最強説。というか本当に最強すぎたんですがどうしましょうこの人……
しかしどんどん主人公が鬱って行きそうな内容ですが、基本自分はハッピーエンド主義です。


以下最新刊ネタバレ含みます




とりあえず黒鍵がISの名前だとかその辺りは予想通りでしたが、ワールドパージがあんな形だったり束と千冬が考えていた以上に人外だったり色々考えましたが、元々この作品は7巻までをベースにプロット組んでるのでその路線は外さず行こうかと思います。
使える設定は使って無理な設定は使わない方向で。なので今後原作乖離が激しくなるかもしれませんが、その辺りはご容赦いただければ幸いです。

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