IS~codename blade nine~   作:きりみや

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独自解釈成分多めです


57.炎の中で

 黒翼と無人機達の戦闘から少し後の事。

 

 パチパチと炎が燃え火の粉が目の前を舞い上がっていく。空から降る白い雪と地上からが昇る赤い火の粉。それらの光景はどこか幻想的であり、同時に物悲しくもある。そんな地上を篠ノ之束はゆっくりと歩いていた。

 ここはつい先程まで戦闘が行われていた場所。無人機と黒翼、そしてサイレント・ゼフィルスが居た場所だ。その戦場跡はまさに廃墟。まともな形で残っている者はごくわずかであり、殆どの物が倒壊し、燃え、場合によっては融解してしまっていた。そんな地獄とも呼べる場所を束は淡々と歩く。

 

 またしても無人機がやられた。

 

 腹立たしいがこれは事実だ。あの黒いISが撃った最後の砲撃。その威力は凄まじく、全ての無人機は焼き尽くされてしまった。今までならその事実に怒り狂っていたかもしれない。しかし皮肉な事に、その黒いIS異常なまでの威力の砲撃を見て以来、束は逆に冷静になれていた。

 思案しながら歩を進める束の周りでは機械のリスが走り回っている。それらはこの戦場跡に何か手がかりとなる痕跡が残されていないか捜索を行っている。もうじきこの場所へこの国の調査隊が訪れる。今は原因不明の機械トラブル(束の妨害工作)で到着が遅れているが、それも永遠では無いのだ。それまでに必要な情報は回収しておきたい。

 

「文字通り跡形もないね……」

 

 あの黒いISに通常の無人機では太刀打ちできない。それは分かっていた。だからこそ今回は少々特殊な無人機を用意したのだ。

 束は馬鹿では無い。故にサイレント・ゼフィルスの狙いおぼろげにだが察していた。まるで己の存在を主張するかの如く姿を現したサイレント・ゼフィルス。十中八九罠かそれに準じた何か。ではそれは何か? 自分を呼び寄せる為だけか? 違う。

 半ば直感染みたものだったが、件の黒いISも出てくるのではないかと予想を付けた。それ故に、通常の無人機ではなく、より効果的な無人機を送ったのだ。その無人機こそ《アーキタイプ・ゴーレム》。吸収と再生を行う特殊タイプであり、あの黒いISの天敵と成り得るもの。黒いISは攻撃力と運動性能は高いがそれに比例してエネルギー効率が悪い。加えてシールドを持たない故に、長期戦には不向き。これまでの戦いの中で束はそう分析していた。そしてそれに対抗するべく用意したのがこのアーキタイプ。この無人機なら粉々に砕くか、焼き尽くす程の火力が無ければ、周囲の物を取り込みつつ再生を繰り返す。無限とまではいかないが、あの黒いISのエネルギーが尽きるには十分な程に。

 勿論、黒いISが来ない可能性もあった。むしろその可能性の方が高かった。だがそれならそれで良い。サイレント・ゼフィルスの仕掛けた罠の中に堂々と送り込み瓦解させる。

 だが結果は束の想像よりも、はるかに斜め上だった。

 

「無人機の限界って事かな」

 

 ISは人間が扱う事でその進化を発揮する。それは作った束本人が最もよく知る所だ。

 確かに無人機は軍隊としては優秀かも知れない。命令通りに与えられた任務をこなす、痛みもためらいもない自律兵器で有る為に。だがそもそもISは通常の兵器とは訳が違う。代表的な特徴は形態移行と単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)だ。

 搭乗者に合った形をコアが判断しその形を最適化する初期移行(フォーマット)。そして搭乗者と機体の経験を基に更なる最適化と進化を行う二次移行(セカンドシフト)単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)の発現。それらを無人機は行う事が出来ない。何故なら適合する相手であり、その情報の下となる登場者が居ないからだ。故に無人機には単一仕様能力も無い。

 このシステムには例外もある。それは白式と紅椿だ。束によって最初から二人の為だけに調整されたこの二機は初めから単一仕様能力を持っている。最も、白式に関しては『単一仕様能力が最初から発現する』様に調整したのは確かだが、それが《零落白夜》になるのは予想外だったが。

 つまる所、有人機と無人機の違いはそこなのだ。個性が固定され、あくまで機械的な判断を下す無人機。個性に溢れ、それが更なる進化の切っ掛けともなる有人機。最初は無人機が優れていてもやがては有人機の方が強力になる。それがISの自己進化と言う物。そして黒いISはもはや無人機では相手に出来ない相手なのかもしれない。

 最初から強力な機体を差し向けると言う手段もある。だがその為のアーキタイプも結局は敗れた。ならばもっと強力な物をと思う反面、別の手段も視野に入れなくてはならない。そしてその別の手段には一つだけ心当たりがある。

 

「さて、どうしようかな……?」

 

 不意に前方に奇妙なものが見えた。瓦礫と炎ばかりのこの場所に空いた黒い空洞――数メートルに渡る穴だ。他の場所にも穴は幾つもあるが、そこの穴だけは奇妙なまでに窪んでいた。

 

「ふむ?」

 

 リスに調査の命令を送る。機械のリスの数匹がその穴へと降りていき解析を始めた。その結果が束の正面に投影されていく。

 

「地下室……にしては妙に頑丈だね。他の部分は破壊されてるのにここだけ妙に深くて頑丈。さて、何があったのかな?」

 

 この施設に行われている事は事前に確認している。搭乗者の精神に作用するISシステムの開発。その実験場等々。イメージインターフェイスにおけるそのイメージをより強固にするための人体実験。そんな所だった。そんな施設の異常に強固にされた地下室には一体何があったのか?

 

「……生体反応?」

 

 リス達から送られてきた情報にまさか、と思う。周囲はこの惨状で生存者はゼロだと思っていたのだ。興味が湧いて束もその穴の淵から中を覗いた。

 炎と瓦礫が入り乱れる中、穴の一番奥に黒い壁の様な物が見える。その壁は崩れ一部は融解しており、その中も凄惨たる状況だ。だがそこに一つ、動く物があった。生存者だ。おそらく地下深かった事。そしてその生存者のいる部屋の壁が異様に強固だった為だろう。奇跡的にも命を繋いだらしい。

 

「…………」

 

 新たな指示を飛ばすと、束の背後の空間が歪み光学迷彩を切った無人機が姿を現した。無人機は穴へと降下すると壁の砕けた場所から室内に侵入し、その生存者を外へと連れ出す。

 無人機に掴まれ現れたのは少女だった。歳は10代前半ほどで背は低く華奢に見える。目を引くのは腰まで届く程の銀髪だがそれは血と煤でくすんで見える。そしてそれは体も同じ。からだのあちこちに傷と火傷を負ったボロボロの状態だ。意識は無い様だが辛うじて息はしている。そんな少女を無人機は束の正面に連れてくる。

 

「ふーん。この施設の実験体ってとこかな?」

 

 対して興味も無さ気に呟く束だが、不意に不可解な事が起きた。少女を掴んでいた無人機が不意にその体を揺らしたのだ。そして目に当たる部分が不規則に点滅している。

 

――警告。外部からの干渉によりシステムの一部をロックします。

 

「おや?」

 

 外部からの干渉。その報告に首を傾げ詳細な情報を呼び出す。

 

「干渉はこれ(目の前の少女)から……? まさか」

 

 情報をスクロールしていくと予想していた答えがそこにあった。

 

「IS適性……S。それだけじゃなく、触れただけでコアに干渉する程の適合率」

 

 適性Sの人間などこの世界に数える程度しかいない。それこそ千冬を初めとした数人の『ヴァルキュリー』と呼ばれる者達。束自身がコアに干渉して適性を変えた箒位だ。だがここに新たな適性Sが居る。それも、触れただけで無人機に干渉する程の力を持った者が。通常ならそんな事はありえない。だがこの施設ではイメージインターフェイスの研究をしていたという。その研究過程で強化されたこの少女の『何か』が、無人機のコアに反応したのかもしれない。これは面白い。

 

「ぅ……」

 

 少女がうっすらと眼を開く。その瞳にはもはや光は無く、今にも消えそうな程に儚い。そんな少女はゆっくりと首を巡らし、そして束の方を見た。

 

「…………てんしさま?」

 

 一体何をどう勘違いしたのか。それとも錯乱していたのかはわからない。だがこの地獄の様な光景の中で、一切の汚れも無く悠然と立つ束の姿を見て少女は小さく呟いた。そしてその反応に束は気を良くした。

 

「ふーん、天使か。それは新鮮な反応だね! 今度から羽を付けてみようか?」

 

 ふんふん、と楽しそうに笑う。ここ最近生意気な連中(黒いISやその他諸々)が多く苛つく事ばかりであった為か、目の前の少女の反応は心地よい物だった。

 

「よし、久々に気分が良い事だし君を助けてあげるとしよう」

 

 笑顔で無人機に命令を下し、少女を抱きかかえた無人機を連れて歩き出す。

 

「たす……ける……?」

「うん、そうだよ。それに君に少し興味が湧いたからね! それに君ならあれを使いこなせるかもしれないから私としても一石二鳥? けどこの一石二鳥って無理があるよね。石一つで鳥二匹仕留めるよりも、どばばーとミサイルで叩き落す方が楽だよね!」

 

 少女は束の言っている意味が分からないのか反応は無い。しかし束は気にすることなく続ける。

 

「ま、それは良いとして君には面白い物を用意してあげよう。君ならいい感じに使える気がするんだよ。これはもうビビッ、と来たからね。わ、私ってNTみたいだね。ならこの場合はキピーンって感じかな?」

 

 リスたちが集まってくる。もはや必要な調査は終えた。収穫もあった。ならばここに長居する必要は無い。

 

「こんな事になって君は世界を恨むかな? この世を恨むかな? それとも自分の不幸を恨むかな? その辺の答え次第だけど私の中ではもう答えが出てるんだよね」

 

 ふわり、と振り返り少女に笑いかける。それは何かを企んでいる様な裏のある笑顔。しかし瀕死の少女にとっては救いの主となる顔。

 

「君には鍵になってもらうよ。真っ白な式に込められた力を解く、黒い鍵にね!」

 

 

 

 

 

「静司の誕生日って何時?」

 

 時刻は夕方7時半。IS学園の寮での食堂でシャルロットが静司に尋ねていた。

 事の始まりは一夏の誕生日についてだった。話の流れで誕生日の話になり、そして一夏の誕生日がもうすぐだと言う事が知れた。そしてそれを今まで知らなかったセシリアとラウラ。知っていてあえて黙っていた箒と鈴がわいわいと騒ぎ出しのが切っ掛けだ。

 

「ああ、俺は2月だからまだまだ先だな」

「そうなんだ。2月の何日?」

「22だよ。そういうシャルロット達は何時なんだ?」

 

 3人もそれぞれの誕生日を教え合う。因みに静司の誕生日は正確では無い。そもそも誕生日どころか正確な年齢も分からないのだ。故に今は課長と社長――つまり川村夫妻に拾われた日を誕生日と言う事にしている。『川村静司』が生まれた日という意味では間違っていない筈だ。

 

「とにかく一夏さん! 9月27日は予定を空けておいて下さいな!」

「お、おおう。一応中学の時の友達が家で祝ってくれるらしいから……皆も来るか?」

「もちろん!」

 

 どうやら一夏の誕生日である9月27日に一夏の家に集まる事が決定したらしい。護衛する静司としても、外でじっと見張っているよりは直ぐ傍に居た方が色々楽なので助かる。

 

「あれ? けど9月27日って……」

「そういえばアレの日だね」

 

 鈴がふと思い出しシャルロットが補足する。アレとは『キャノンボール・ファスト』と呼ばれるISでの高速バトルレースである。市の特別イベントとして市のアリーナで行われるそのイベントにIS学園の生徒達も参加することになるのだ。とは言っても専用機持ちが有利な為、専用機部門と訓練機部門に分けられるのだが。

 

「けど訓練機部門って言っても企業の支援を受けている生徒はまた別枠なんだよね?」

「ああそうだ。静司の他にも企業所属の生徒は専用機こそ無いにしろ、特殊装備のテストを兼ねて使用が認められている。その場合は専用機部門に混ざる事もあるが……静司の所はどうなのだ?」

 

 ラウラが興味ありげに問うが静司は苦笑して首を振った。

 

「うちにあるのは例の《メテオライン》だけどあんなもんまともに使えないよ。だから俺は通常通り訓練機部門で頑張るさ」

「そうか、それは残念だ」

 

 《メテオライン》とはK・アドヴァンス社製の超高速機動パッケージだ。しかし悪ふざけが過ぎたのか扱いが非常に難しく、まともに扱える人間は数少ない。以前ラウラはドイツの部隊で一基購入したと言っていたから気になったのだろう。

 

「ああ。だけどもしかしたらシャルロットに使ってもらう事になるかも」

「え……!?」

 

 隣で話を聞いていたシャルロットが少し青ざめた。

 

「折角デュノア社と提携しているんだからここぞ好機とばかりに任されるかもな」

「あ、あははは。アレを使うのはちょっとキツイなぁ……」

「そんなにすごいのかそれ」

 

 引き攣った笑みを浮かべるシャルロットの様子に一夏も冷や汗を流す。

 

「お~いいねーしゃるるん。是非つけよう~。そして敵を蹴散らすのだー」

「ほ、本音も適当なこと言わないで。あれ本当にすごいんだから」

 

 一人ノリノリの本音にシャルロットも苦笑しつつ窘める。

 

「ま、方法は人それぞれでしょうし、どうせ来週からはキャノンボール・ファストに備えた高機動調整の授業もあるわ。その時にそれぞれのお手並み拝見と行きましょう」

 

 鈴がそう締めくくり、各々は別の話題に移って行った。

 

 

 

 

『キャノンボール・ファストか。B9お前はどう見る?』

「かなりの高確率で何かが起きると思います」

 

 寮の屋上。人もあまり寄り付かないそこで静司は通信機越しに課長と話していた。

 

『ま、これまでがこれまでだ。毎度毎度イベントの度に襲撃されてはな』

「問題は誰か来るか、という点でしょうね」

 

 篠ノ之束か、それとも他の連中――亡国機業の連中か。

 先の襲撃事件。その犯人と目される組織の名が亡国機業だ。この情報は更識家からもたらされたものである。組織の名自体は静司達EXISTも知っていたが、更識家はもう少し詳しく知っていたらしく、現れた犯人達の姿からそう結論付けていた。

 

「しかし連中の目的は何です? 篠ノ之束は一夏や篠ノ之絡みだとして、テロ組織がわざわざIS学園まで出張る理由は」

『それこそ織斑一夏や篠ノ之箒だろう。それらの持つISもだが、あれは手に入れればかなりの脅威と成り得る』

「それはわかります。しかしそれにしては先日の学園祭襲撃の時はやけにあっさり引き下がった気もしたので」

『ふむ……それを言ったらそもそもなんであんなタイミングで仕掛けたのかも謎だな。織斑一夏を狙うのならもっと別の機会もあった筈だ。それこそ彼が外出した時にでも狙えばいい』

「それをしなかった。つまり別の目的があった……?」

『可能性はある。だが今となってはそれもわからん。今できるのはこれから起きるであろう事に対してどうするかだ』

 

 現れるのが篠ノ之束の無人機であろうが、亡国機業であろうが関係ない。全て撃退し対象を護るのが静司の役目だ。

 

『今回は最初から何かが起きると想定して動く。更識家とも調整して上手く嵌めろ』

「罠、という事ですか。しかし相手もそれを承知でしょうね」

『それでもだ。だが別の懸念もある。例のIS委員会の決定の件だ』

 

 IS委員会の決定。それはIS学園絡みでの行事の際に、委員会により招集された部隊が一時的に学園の警備に付くと言う物。一見、IS学園の為の行動にも見えるが本当の所は違う。篠ノ之束。亡国機業。そして静司の黒翼。それらが現れる学園を監視し、あわよくば捕獲するのが目的だろう。それに一夏と箒の第四世代機の調査も含まれている筈だ。

 

『気を付けろよ。彼らの目的にはお前も含まれているんだ。掴まりでもしたら全てが終わる。お前も、俺も』

「分かっています。もしもの時は切り捨ててくれて構いません」

『滅多な事を言うな。そうなれば意地でも助け出す』

「…………」

『……お前がそうナーバスな気分になる理由は分かる。先のサイレント・ゼフィルスの件だろう。引きずるな、とは言わない。だがもう少し明るい顔をしろ。じゃないと嬢ちゃん達も暗くなる』

「……そうですね」

 

 先日のサイレント・ゼフィルスとの邂逅とその場で起きた事は本音には全て話した。彼女は黙って聞いてくれ、最後にまた頭を撫でられた。別に何かが解決したわけでは無い。だがどこかに吐きだしたかった。自分のこのごちゃごちゃに絡まり合った感情を。だがお蔭で少しは楽になれた。我ながら現金な物だと思う。

 シャルロットとてそうだ。彼女は何も知らない。だがこちらの様子がおかしい事に直ぐに気づき、気遣われた。その事に申し訳なさを感じてしまう。自分は隠し事をしているのに、それを分かっていながら支えようとしてくれる彼女の心が、とてもありがたかった。

 

『もうお前の存在は色々なとこで大きくなりつつある。だから意地でも生に縋りつけ。それがお前の姉達の願いでもあり我々の願いでもあり彼女達や友人たちの願いでもある』

「……ありがとうございます」

 

 小さく風が吹いた。そのせいで先日の傷が少し痛む。とてもではないが直ぐに完治する怪我では無いので今も治療中だ。学園には『新装備のテスト中にミスをした』という事で報告しており訓練もここ数日は見学だ。

 

『痛むのか? というか薬は飲んだのか』

「忘れてました。これから飲みに行きますよ」

 

 その後も二三、言葉を交わすと通信を終える。そして静司も部屋に戻る事にする。その途中で寮の自販機コーナーによるとそこには先客が居た。

 

「ん、セシリアか」

「あら川村さん」

 

 何かを考えていたのか、セシリアは缶コーヒー片手に何かの書類と睨めっこをしていた。

 

「悪い、何か邪魔したみたいだな」

「気になさらず。そもそもここは公共の場ですか。それにこれももう何度も読んだ物ですし」

 

 そう言ってセシリアが書類をしまう。その際に一蹴見えた文字には『BT兵器の運用に関する――』といった文字が一瞬だが見えた。その事から何となくだが静司は彼女が悩んでいた事に予想が付いた。

 

(偏向射撃……あのサイレント・ゼフィルスがやっていたあれか)

 

 公式上、BT兵器に対する適性はセシリアが最も高いとされている。それなのに彼女が出来ない偏向射撃をあのサイレント・ゼフィルスはやってのけた。それが彼女の心に影を落としているのだろう。だが今この場で静司がそれを言っても不自然な為、あえて何も気づかない振りをする。

 

「川村さんはどうしたのですか?」

「いや、俺は単に水を買いに来ただけだ。さっき薬飲み忘れてたからな」

 

 そう言ってペットボトルの水を購入するとポケットから薬の入ったケースを取りだす。少し考えた末に、適当に5,6錠取り出した静司にセシリアはぎょっ、とした様に目を見開いた。

 

「あの、少し多すぎではありませんか?」

「ん? ああ、そうかもな。けどまあさっき飲み忘れたしその分含めて多めに飲んでおけば問題ないよ」

「いえ、薬とはそういう飲み方をしては……ひっ!」

 

 不意にセシリアの顔が引き攣った。静司はそれに首を傾げつつも薬を口に放り込もうとして――その両肩が背後からガシィィィッ、と掴まれ動きを止める。

 

「そういえば夕食の時薬飲んで無かったなと思ったら……」

「かわむーはいけない子だね~」

「…………」

 

 ギギギ、と壊れたロボの様な動作で恐る恐る振り返るとそこには二人の少女が居た。

 一人は金髪の少女シャルロット。もう一人は小柄で何故か着ぐるみの様な服を着ている本音。二人は笑顔だ。笑顔なのに何故だろう? シャルロットの背後に唸り声を上げる子犬が見える気がするのは。本音から久方ぶりに荒ぶる小動物のオーラを感じるのは。

 

「これはちょっとお説教かな?」

「おしおきだね~」

 

 怖い。怖くない様で怖い。いややっぱ怖い。いやもうなんかごめんなさい?

 いや、確かに自分が悪いのだ。数日休んだと思ったら怪我をして帰ってきて以来、彼女達が若干過保護気味になっている気はしていた。それなのに薬を飲み忘れた挙句、適当に摂取しようとした自分が全面的に悪い。悪いのだが。

 

「と言う事で静司、ちょっとあっち行こうか」

「れんこ~」

 

 ダラダラと冷や汗を流す静司を二人はどこかへと引きずって行った。

 

「……平和ですわね」

 

 取り残されたセシリアの呟きは誰にも聞かれることは無かった。

 

 

 

 

 北アメリカ大陸北西南部。第16国防戦略拠点。通称『地図にない基地』。その一室でイーリス・コーリングは不機嫌そうに目の前の書類を眺めていた。

 

「胸糞悪ぃな」

「貴方がそう言いたい気持ちはわかるわ」

 

 同意の声はナターシャ・ファイルス。艶やかな金髪を持つ彼女も同じ内容の書類につい不快感を表していた。

 二人が読んでいる書類はIS委員会からの通達。それは今度行われるIS学園生徒が参加するキャノンボール・ファストの警備情報だ。IS学園の教師や更識家の他にも、今回はIS委員会召集の下の部隊が編成され警備につく事になる。そして二人が不快感を表しているのはその中の項目の一つ。

 

「『正体不明の機体のいずれかを捕獲した場合、国際IS条約に基づきその情報は各国で共有する物とする』だとよ。完全にこれが目的じゃねえか」

「学園の警備なんて二の次って事ね。事実、対篠ノ之博士の兵器、対黒いISといった形で作戦が複数組まれているわ。捕獲する気満々よ、これは」

 

 確かに作戦を組むこと自体は間違っていない。いずれも強力な力を持つ正体不明の兵器だ。それらを野放しにするのは危険である。しかし学園生の警備に関しては雀の涙とも言える手間しかかけず、それ以外の事に全力を注ぐその姿勢には流石に不快感がある。まるで子供たちの事などどうでも良いと思っている様なのだ。

 

「確かに篠ノ之束のクソ兵器に対してはある程度許容してやる。あれは確かに危険だからな。だがあの黒いISが今まで直接的に学園生に被害を出したことは無いだろ? それなのにこれはなんだよ。黒いISの方が優先順位が高いと来た」

「篠ノ之博士の兵器に関しては謎のISという認識しかないから仕方ないかもしれないわ。アレに人が乗っていない事は一部にしか知られていない。そう考えれば、単機でそれらを相手取る黒いISの方を優先としたのでしょうね。危険危険と言うけれど一番の目的は自分達の利益よ」

「はっ、これだから大人の判断って奴は好かないんだよ」

「あなたも大人でしょ。臨海学校のときだって従ったじゃない」

「まあ、な。なんだかんだ言っても私は自分の国が好きだからな。国の不利益になる事は進んでしないさ。納得はしてないけどな。お前も同じだろ、ナタル?」

「当然よ。少なくともあの黒いISは恩人なのだから良い気はしないわ」

 

 だがここで二人がいくら愚痴ろうとも決定した事は覆せない。今回は二人とも召集はされていないが、もし次にそういう機会があった時冷静にその命令に従えるかは正直分からなかった。そんなあまり気分の良くない雰囲気のする部屋に突然振動と遠くからの爆発音が響いた。

 

「っなんだ!?」

「敵襲!?」

 

 驚き立ち上がる二人に続いて基地内にブザーが鳴り響く。

 

『所属不明機の基地内への侵入を確認! 現在6-Aエリアを侵攻中!』

 

「当たりだぜナタル! くそっ、どこの馬鹿だ!」

「どうしてここが……それよりも狙いはまさか……!」

 

 この基地には銀の福音がある。臨海学校の事件以来、表向きには凍結されたとしているが実際は違う。一度初期化こそされてしまったものも、新たな機体を得て今復活を待つ新生銀の福音が。もしかしたらそれを狙っているのかもしれない。

 

「どちらにしろふざけた馬鹿を捕まえる! ナタルは別の機体で出ろ、福音はまだ未完成なんだろ。私はこのまま行くぜ!」

「ええ、任せるわイーリス。気を付けて!」

 

 二人は頷きあうとそれぞれの役目を果たす為に部屋を飛び出して行った。

 




そら毎回毎回襲撃されれば対策するよね、な話

因みにこの後の基地襲撃の攻防はカットします
原作とほぼ同じ展開にしかならないのであまり意味がないかなと

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