IS~codename blade nine~   作:きりみや

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ついにあの二人が出会います


53.邂逅

 IS学園の上空に新たに現れた影。その数は30。それらは一様に奇妙な形状をしていた。逆三角形の胴体を中心とし、三角錐の様に伸びた両腕。脚は無く、そこにあるのは無骨なスラスターのみ。フルフェイスのヘルメットの様な頭部には横に線が走っており、そこが黄色く光っている。ISというには形が特殊過ぎ、しかしだからといって他の兵器の何物にも見えない奇妙な機体。その名は《レギオン・ビット》。シェーリが回収し、カテーナによってその意思を掘り起こされ、そして伸ばされた無人機【レギオン】の操る武器(・・)である。

 

『目標確認』

 

 かつては母である篠ノ之束の命令に絶対服従であり、それ以外は何も受け付けなかったその意思。しかしカテーナによって『学習』させられたそれは篠ノ之束の呪縛から逃れた。

ISが女にしか使えないのも。無人機という存在も、結局は篠ノ之束の意思によるものだ。全てのISは束の手の上で有り、いついかなる時でも干渉が出来る。これまでその例外はたったの2つ。1つは銀の福音事件の主役とも呼べた機体、銀の福音。あのISのコアには『織斑一夏と篠ノ之束によって倒される』『それ以外の敵は全て排除』『搭乗者の負担は度外視』といった命令が下っていた。そして暴走した福音は織斑一夏達を苦しめた。

 だがその最中、銀の福音はたった一つの反抗をする。それは自らの搭乗者であるナターシャ・ファイルスの身の安全を守る事。浸食され、消えゆくその意思の中で必死に抗い、ナターシャの意識をギリギリの所で守り続け、そして黒翼によって討たれた。それが一つ。

 そしてもう一つの例外がその黒翼。篠ノ之束の命令を受けず、逆にそれに仇なす為に死地より舞い戻った死の翼。搭乗者である川村静司と共にその悲願を果たさんと吠える異質なISだ。

 篠ノ之束は天才である。彼女にとってこの世に有る者は己の思い通りに動かせるものであり、反抗など無意味だと考えていた。しかし彼女自身に自覚は無くとも、彼女にも分からない物があった。

 

 他者の心

 

 束はそれを理解していない。別に束に心が無い訳では無い。むしろ彼女は感情が激しいタイプの人間だ。だが心や意思といった分野に置いて、彼女はとてつもなく幼い。所詮は自分の予想通りになるだろうと。何もかもお見通しなのだと。そう信じているからこそ、理解するのは無駄だと感じているのだ。相手にどんな思惑があろうとも、自分の力があればたいした障害では無い。本気でそう考えている。例外は友人である織斑千冬と篠ノ之箒のみ。この件に至っては織斑一夏でさえ、自分の思い通りだと考えている。

 そんなこの世界で最も他者の心に疎い人間が、ISという『意思ある兵器』を作り出した。それは何と皮肉な事か。

 束にとってISは唯の兵器。意思があろうと無かろうと、自分の思い通りの役割を果たせばいい。それだけの存在だ。だがそれこそが彼女の最大の失敗だった。

 

 意思が有る為に束に反抗し、復讐を誓ったIS。

 意思が有る為に搭乗者の事を想い、命令に背いてまで助けようとしたIS。

 そして意思が有る為に『学習』によって心を入れ替えたIS。

 

 これは進化と呼べるのかもしれない。しかしその進化はいずれもその母に牙を剥き始める。自我を持った故に、これまでの仕打ちに対する反抗の様に。

 

『作戦目標――仲間の救出及び性能テスト。機体同調率正常。敵戦力分析――実行可能と判断』

 

 ああ、自由に空を飛べることが何とも嬉しい事か。ただの傀儡であり何も知らなかった過去と比べても比べ物にならない程、気分が良い。そう、これが人間で言う楽しいという事なのだろう。

 ああ、母よ見よ。かつて私を道具としか見なかった母よ。意思を与えておきながらそれを簡単に捨てさせる母よ。これが新たな私だ。

 

『同胞に連絡。時間稼ぎを行うので撤退して下さい』

『なんだとぉ!? 偉そうに命令してんじゃねえぞ!』

『スコールからもその様に指示が出ています。ここは私に任せて撤退を』

 

 普段は幼い子供の様にカテーナ達と会話をしているが、戦闘用に思考を切り替えると自然と口調が変わる。そして反抗するオータムに対し、最も効果的な言葉を選び発する。案の上、オータムはスコールと言う名前を聞いた途端に態度が変わった。

 

『くそ……わかったよ、撤退する』

『ふん、置いていくぞ』

 

 もう一人の仲間であるエムは下らなそうに鼻を鳴らすと高度を上げていった。それを追う様にオータムも上昇していく。これでいい。私は仲間を大切にする。母とは違うのだ。

 

(それが、わたしの、いしというもの)

 

 そして一斉にレギオン・ビット達は眼下の敵に襲い掛かった。

 

 

 

 

「っ、迎撃! 奴らを降ろしちゃ駄目よ!」

 

 真っ先に反応したのは更識楯無。彼女も最初は驚いていたが直ぐに己の使命を思い出し空に飛びあがった。

 

「虚! 生徒及び客の避難誘導は任せたわ! ラウラちゃん! その二人を逃がしちゃ駄目!」

「わかっている!」

 

 ラウラも直ぐに動きだし、正面に居る敵――山田を撃墜した犯人でもある青いIS【サイレント・ゼフィルス】へと間合いを詰める。だがその進路をレギオン・ビットが塞ぐ。

 

「邪魔だっ!」

 

 叫びと共に両手に展開したプラズマ手刀を振るう。だがレギオン・ビットはその一撃を腕で防いだ。バシッ、と金属が焦げた音がしたがレギオン・ビットの腕は多少融解しただけでラウラのその一撃を防ぎきる。更にその胸部が開き中から現れた銃口が至近距離からラウラを襲った。

 

「無駄な事を!」

 

 ラウラはそれをあえて避けず、AICによる停止結界を発動させた。レギオン・ビットから放たれた銃撃はラウラに当たる直前でその動きを停止する。そしてそれはレギオン・ビットも同様だった。その隙を突き振るったプラズマ手刀が、今度こそレギオン・ビットの胴体を焼き斬る事に成功した。制御を失ったレギオン・ビットは真っ二つに割れた状態で落下し爆発した。

 

「やはり無人機……基地を襲った物と同じか」

 

 以前クラリッサから報告された基地を襲った奇妙な無人機。目の前のそれはまさに瓜二つだったのでラウラは直ぐにその正体に気づいたのだ。しかし今はそれどころでは無いとすぐさまサイレント・ゼフィルスを追おうとする。しかしそれを邪魔するかのように数機のレギオン・ビットがラウラを囲んだ。

 ラウラを囲んだ三機は、一機はその両腕をブレードに変形させラウラの手刀の様に構え、残る二機は胸部と両腕の装甲をスライドさせ銃口を覗かせている。そして一斉にラウラに襲い掛かった。

 先の一機のブレードの一撃をラウラもプラズマ手刀で受け止める。同時にスラスターを吹かせたレギオン・ビットがラウラを押し込もうとするが、ラウラもまた、シュヴァルツェア・レーゲンのスラスターを吹かしそれに対抗する。そして再びAISを展開しようとするが、それを残る二機が阻む。上と横に周ったその二機が一斉にラウラへと銃撃を放ったのだ。

 

「くぅっ……!」

 

 ラウラはAIC展開を諦め、手刀を戻しつつ背後へ飛ぶ。だが完全には避けきれず一部被弾してしまい態勢を崩した。その隙を狙う様にレギオン・ビットが襲い掛かるがその両者の間を荷電粒子砲が遮った。

 

「ラウラ!」

 

 戦闘に乱入してきたのは白式を展開した一夏だ。一夏はラウラに襲い掛かるレギオン・ビットを追い払うかのように《零落白夜》を振るい遠ざける。

 

「怪我は無いか、ラウラ!」

「馬鹿者! 油断をするな!」

 

 心配そうにラウラに話しかける一夏のその後方。新たな一機が銃口を構えていた。それに気づいたラウラは両肩のレールガンを緊急機動。チャージもままならないまま砲撃放つ。

 

「うおぉ!? 危ないぞラウラ!」

「言ってる場合か! ちっ、やはり駄目だったか」

 

 真横を通り過ぎたレールガンに一夏が慌てて不平を漏らすがラウラはそんあ一夏を放って、その背後のレギオン・ビットを見やる。レールガンは直撃した様だったが、やはりチャージが足りなかったのだろう。相手の片腕を破壊するに留まった。その様子を見た一夏が顔を引き締め相手を睨む。

 

「けどなんなんだよコイツら……。無人機みたいだけど、それにしては……」

「ああ、脆い。少なくとも今まで相手にした連中とは随分と勝手が違う。だが油断は出来ん。倒せないレベルでは無いがこの数は脅威だ」

 

 ラウラと一夏の他にも楯無や黒いラファールの搭乗するB2もレギオン・ビットの相手をしている。

 楯無のミステリアス・レイデイは四方八方からくる敵を水のヴェールで防ぎ、足止めしながら槍に内蔵された四門ガトリングガンの砲火を浴びせ次々と撃墜していた。黒いラファールの方はもっと単純で、縦横無尽に動き回りつつ、刃と化した両手両足を振り回し敵を切り刻んでいた。両者は次々にレギオン・ビットを落としながら襲撃者の二人の下へたどり着こうとするが、障害が激しすぎてそれが出来ずにいる。それにレギオン・ビット達が他の生徒や客たちに被害を与えない様にと気を配りながらである為尚更だ。

 

『一夏、ラウラ! 聞こえる!?』

 

 不意にコア・ネットワークを介して良く知る女子の声が聞こえた。鈴だ。

 

『一体どうなってんのよ!? いきなり外でドンパチが始まってるんだけど!?』

『お二人とも無事ですか!?』

『無事なのか一夏!?』

 

 続いてセシリアと箒の焦った声も聞こえた。一夏は三人が無事な事に安堵しつつ簡潔に状況を説明する。すると三人も事の甚大さに気づいた様で直ぐに真剣な声に変わった。

 

『わかったわ、私達も迎撃にでる。ああ、もう邪魔! 壁ぶち破ってやろうかしら!』

『アリーナも混乱していて身動きが中々取れないのですわ! 私達も急いでいきますので何とか耐えて下さい。今確認しましたが、学園側も直ぐに訓練機で迎撃に出る様ですわ!』

 

 セシリアの報告とほぼ同じころ、IS格納庫の方から数機の打鉄とラファール・リヴァイヴが飛び上がるのをラウラは確認した。恐らく戦闘に出れるものから順次出撃しているのだろう。他にも学園の数か所から幾つかのISが飛び上がる姿が見える。おそらくアレは二年、三年の専用機持ちだろう。彼女らも迎撃に出る様だ。

 

「こちらでも確認した。お前達も急げ」

 

 通信を終了するとラウラは改めて襲撃者達を見上げる。既にその二人は大分高度を上げており、この敵の群れの中を突破し追いつくのは困難に思えた。一夏も悔しそうに唇を噛む。しかし二人が見上げるその空に、新たな影が現れた。それを見て一夏は驚き、そしてラウラはどこか納得の言ったように頷く。

 

「やはり来たか……」

 

 逃亡する襲撃者の進路を塞ぐように現れたのは、臨海学校で一夏達を救った、黒い翼と全身装甲のISだった。

 

 

 

 

 状況は最悪と言っていい。一夏こそ無事だったが、今や学園と来場した一般客までもが危険な状況に陥っている。そしてそれを防ごうと楯無を始めとした者達が迎撃を行っている。

 そんな光景に歯噛みしながらも静司は眼下の敵を見下ろす。片方は背から8本の鋼鉄の脚を伸ばした黄色と黒のストライプの模様のIS。アメリカから強奪されたその機体の名はアラクネ。腹部装甲は砕かれ、搭乗者も若干苦しそうに見えるがいまだ健在。そしてもう片方は濃い青色のIS。セシリアのブルー・ティアーズに似ており、装備の各所にビット兵器らしきものが見える。こちらはイギリスから強奪されたサイレント・ゼフィルスだ。その搭乗者は顔を深いバイザーで隠しており表情は見受けられない。

 

「テメエは」

「……」

 

 アラクネとサイレント・ゼフィルスの搭乗者もこちらに気づき見上げてきた。アラクネの搭乗者は忌々しげに悪態を付くが、サイレント・ゼフィルスの搭乗者は無言。それらを睨みながらも静司は迷っていた。目の前には捉えるべき敵が居る。しかしその更に先では謎の機体と戦っている友や仲間達。学園への被害を押さえようと思えば目の前の二人は無視してでも、加勢に行くべきだ。

 だが一方で、この二人があの謎の機動兵器を止める術を持っている可能性もある。確証はないが、あの機動兵器の出てきたタイミングから見ても仲間の筈だ。ならば可能性はゼロでは無い。

 そしてあの機動兵器。ISで無いが、ISに限りなく近く見える謎の兵器には人が乗っていない。つまりは無人機と似ている存在と言う事だ。それはつまり篠ノ之束が関わっている可能性もあると言う事。だが静司個人としてはその可能性は限りなく低いと思っていた。あの篠ノ之束が他人とつるむ等、どうしても想像がつかないのだ。あの女が人を頼ったりするとは思えない。

 だがあの様な兵器を見た事がないのも確か。ならば敵は篠ノ之束の技術かそれに準ずるものを一部でも持っている可能性が高い。ならばやはり捕らえるべきか。

 

「おい、貴様」

 

 そんな静司の心中を知ってか知らずか、サイレント・ゼフィルスの搭乗者が口を開いた。だが何故だろうか。その声に言い様のしれない不安が過る。理由は分からない。だが何か違和感を感じてしまうのだ。

 

「そのISはどこで手に入れた?」

「何……?」

 

 その妙な質問に眉を潜める。確かに黒翼は公式には存在しない為、何も知らない人間から見れば気になる事なのかもしれない。しかしサイレント・ゼフィルスの搭乗者の質問は、何か確信がある様な言い方に感じたのだ。

 

「どこで手に入れたと訊いている」

「それを答える必要は無い」

 

 隠ぺいの為の機械音声で静司は答えた。わざわざ敵に情報を与えてやる必要は無い。だが次に女が言った言葉に静司の体は凍りついた。

 

「Valkyrie project」

「な……に……?」

 

 Valkyrie project。それは人類の禁忌とも呼べる違法中の違法の研究。己を、そして姉達を造りだしたこの世界の闇の一つ。だがその闇は無邪気な天災によってこの世から葬られた筈だ。あの研究所のみの独自の研究であり、データ等は完全に機密扱いとされていた。唯一外に漏れたデータはVTシステム関連のみ。これは何度も確認したのだから間違いない。事実、あれ以降EXISTは同じ研究がどこかでまだ続いていないか調べ続けていたが、未だそれは見つかっていない。データも、それを知る研究員も、そして当事者である被検体たちも自分一人を残して全て消えた。その筈だ。その筈なのだ!

 

「どこで……どこでその名を知った!?」

 

 左腕を構え女へ向ける。だがその声の震えを感じ取ったのだろう。女はバイザーの下部から見える唇を三日月に歪め笑った。

 

「その反応。成程……、貴様も(・・・)関係者か」

「貴様『も』……?」

 

 ぞわり、と戦慄が走る。この女は今なんと言った? 貴様も? それはつまり自分以外にも未だに存在するという事か?

 

「くくくくく、はははははははは! そうか、そうなのか! 貴様もなのか! これは面白い。本当に面白い」

「おい、なんだお前ら二人で」

 

 不気味そうにアラクネの搭乗者が眉を潜めた。普段と違いすぎる仲間の様子に驚いているらしい。しかし当の本人はひとしきり笑った後、その機体のビットを装甲から切り離し戦闘態勢を取った。

 

「おい、撤退じゃなかったのかよ」

「知った事か。私はこいつと少し遊んでいく」

「はあ!? テメエさっきと言ってることが――」

 

 言い切る前に女は静司に向かって一直線に飛び出した。

 

「くっ!?」

 

 静司も黒翼の両腕を構え前にでる。女はその手に銃剣を呼び出すと静司の頭めがけて振り抜いた。静司はその一撃を黒翼の鉤爪で防ぐ。鍔迫り合いの様な形になりお互いの顔と顔の距離が縮まった。

 

「貴様、何を知っている!」

「ふん、知りたければ足掻け」

 

 先に展開されていたビットが静司を左右から狙う。そこから放たれたレーザーが黒翼の装甲を焼く前に静司は距離を離しその右腕をサイレント・ゼフィルスへ向けた。

 

――腕部ガトリングガン展開。

 

 装甲がスライドしそこからせり出したガトリングガンがサイレント・ゼフィルスを狙う。だが敵は右に左に高速で旋回してそれを躱していく。そして反撃が如くその手に持つ銃剣を向けた。

 

「落ちろ」

 

 簡潔な一言と共に銃剣が光を放つ。一発、二発とギリギリで避けきるが、そんな黒翼に三発目が直撃した。装甲の一部が融解し砕ける。衝撃と熱に静司は苦悶の声を上げつつも直ぐに態勢を立て直し距離を取った。だが、

 

「っ、背後か!?」

 

 逃げた先には既にビットが展開していた。背後からの奇襲染みた一撃を機体を横に倒して躱し、そのまま背中から落ちる様に下降し正面からの一撃を躱す。そして自分の上に陣取っていたビットにガトリングガンを浴びせ破壊した。更にそこから瞬時加速を発動。ビットの包囲網から逃れるべく再び距離を取る。だが逃げた先では既にサイレント・ゼフィルスが銃剣を構えていた。槍の様に突き出されるその刃に戦慄を覚えつつ、強引に機体を捻り急所への一撃は避ける事に成功した。だが代わりにわき腹を霞め装甲か切り裂かれた。

 

(強い……っ!)

 

 まるでこちらの動きを読んでいるかの如くの猛攻。しかも相手にはまだ余裕がある。女は銃剣に付いた静司の血を無造作な一振りで振り払うと改めて向き直る。

 

「その程度か?」

「ふざけるな……」

 

 わき腹は痛むが戦えない程では無い。銃撃を喰らった場所も同じだ。まだ自分は戦える。そして何としてでも女から話を聞きださなければならない。だがその女の言葉静司の心を揺らし、冷静な心を失わせる。かつて篠ノ之束と向かい合った時とは違う。あの時は怒りだったが、これは言うならば見えないところで何かが起きていたという事に対する恐怖なのかもしれない。それが静司の心を乱す。この心を元に戻す方法は一つ。この女を捕らえて何としてでも吐かせなければならない。

 

『B9! こちらは何とかいけるからアンタはそこの連中を何とかしなさい!』

 

 謎の機動兵器と戦うB2から通信が入った。どうやらアリーナに居た鈴達も戦線に参加した様で徐々に押し始めている。数はあっても性能的にはやはり以前の無人機と比べると低いようだった。だがそんな中、セシリアが静司と対峙するサイレント・ゼフィルスを見て驚愕の声を上げる。

 

『サイレント・ゼフィルスですって!?』

 

 元々はイギリスから強奪された機体であり。セシリアのブルー・ティアーズとは兄弟機だ。彼女が驚くのも無理はない。だが当のサイレント・ゼフィルスの搭乗者はセシリアには目もくれず武器を構えた。

 

「貴様のその仮面の下、見せて貰おうか」

「こちらの台詞だ!」

 

 再度両者は動き出す。静司は両膝のワイヤーアンカーを射出。同時に右腕はガトリングガンを。左腕はライフルを展開した。今までは腕部武器もエネルギー兵器だった黒翼だが、臨海学校事件の後一部改修され、実弾兵器に変えられていた。これは他のエネルギー兵器を使う為のエネルギーを節約するためである。

一斉に放ったサイレント・ゼフィルスを狙う攻撃は容易く回避された。しかしそれは予想通りだ。上に逃げた相手に向け黒翼の両翼を向ける。

 R/Lブラスト発射。

 その翼から放たれた6本の光がそれぞれ角度を変えサイレント・ゼフィルスを狙う。相手はそれを巧みに躱していくが続けざまの攻撃でその進路は大分限られていた。その進路目掛けて静司は瞬時加速を発動させた。

 

「喰らえ!」

 

 構えたのは左腕。その鉤爪に光が灯りやがて紫電を撒き散らす。プラズマクロー。ラウラのプラズマ手刀と似たそれを回避行動をとるサイレント・ゼフィルス目掛け振り下ろした。

 

「ふん」

 

 だが敵はそれを見越していたかのように銃剣で迎えうつ。両者が激突し紫電が舞う。そして先ほどと同じ様に鍔迫り合いの様にお互いの武器を押し付け合う格好となった。

 

「答えろ……。お前は何者だ? 何故Vプロジェクトの事を知っている!?」

「それを言うなら貴様こそ何者だ? 何故その言葉にそれほど反応する?」

 

 噛みつく様に静司が吼え、無感動に女が問う。互いに答える気は無く、それ故に武力をぶつけ合うしか出来ない二人。このままいけば先ほどと同じ展開になるだろう。実際、すでに6基のビットが黒翼を取り囲むように展開されていた。

 

「まあいい。死んでからその中身を調べてやる」

 

 ビットが光そこから黒翼を焼くレーザーが放たれる。その寸前に静司が叫ぶ。

 

「舐めるな……!」

 

 その言葉と同時に黒翼に命令を送る。そして突如静司の背後から現れた鞭の様にしなり、角の様に鋭い何かがサイレント・ゼフィルスの肩部装甲を貫いた。

 

「何……?」

「はあああああ!」

 

 突然の奇襲にサイレント・ゼフィルスが姿勢を崩す。それを好機と見て静司はプラズマクローの出力を一気に上げた。同時にスラスターも全力で吹かし、強引にその破壊の爪を振り抜き、サイレント・ゼフィルスの肩部装甲を切り裂いた。

《アサルトテイル》それがサイレント・ゼフィルスを襲った攻撃だ。改修の際に追加されたその装備はその名の通り、黒翼の背部。動物で言うならば尻尾が生える位置に装備されている。普段は背部装甲と一体化しておりその姿は見えないが、必要に応じて展開されるのだ。奇襲に関しては初見の相手にしか大きな効果は望めないが、接近戦では便利な武器でもある。

サイレント・ゼフィルスの切り裂かれた装甲は爆発四散し、搭乗者も肩に傷を負った。だが静司に比べれば軽症である。

 そしてその静司も敵の装甲を切り裂くと同時に放たれたビットのレーザーを浴びてしまった。黒翼の装甲が飛散し、バランスを崩して高度を落とす。

 

「中々面白い武器を使う。だが二度目は無い」

「くそ……」

 

 本来なら相手の戦闘力を奪う為に放った奇襲だが、ギリギリの所で肩へ逸らされてしまった。だがそれでも相手の推進装置のいくつかは破壊できたのだ。無駄だった訳では無い。このまま少しずつでも相手を削って戦闘不能にするのだ。

 だが不意に女が眉を潜めた。

 

「……スコールか。まあいいだろう。了解した」

 

 おそらく何者かと通信をしていたのだろう。女は武器を量子変換で格納すると静司に背を見せた。撤退する気だろう。既にアラクネの方は撤退している。

 

「待て!」

「死んでいなければまた会うだろうな」

 

 6基のビットが追おうとした静司の進路を阻むように展開されレーザーを放つ。だがそんなもの些細な障害だ。静司はそれらを回避して女を追おうとする。だが突如走った悪寒に従い、黒翼の両翼を体を覆う様に畳みこんだ。そしてそんな黒翼に、避けた筈のレーザーが吸い込まれる様にして襲い掛かった。

 

(偏向射撃だと……!)

 

 気づくのと被弾は同時。だが同時に回避行動もとった為、大ダメージは避ける事が出来た。翼はボロボロだが本体は無事だ。おそらく元々目くらましの為の攻撃だったのだろう。

 被弾の衝撃から立ち直った頃には敵の姿はもはや見え無かった。

 

「逃げられた……」

 

 ぐっ、と拳を握りしめる。あれだけ好き放題やられて逃げられた事が腹立たしい。だがそれよりも、あの女の言葉。そして女のもつ雰囲気が静司を戸惑わせていた。あの女と向かい合っていると言い様も知れない不安感に襲われるのだ。まるで見てはいけない物を見ている様な、そんな感覚。心の奥底に静かに染みこむ不安。そして恐怖に。だが同時に別の感覚も感じていた。場違いなのは分かっている。こんな事を感じるのはおかしいことだって事も理解している。だが感じてしまったその感覚。

 

 それは懐かしさを覚える安らぎだった。

 

 

 

 

 

 そして、そんな黒翼とサイレント・ゼフィルスの戦いを複雑な心境で見ていた人物が居た。

 

「そんな……何故……」

 

 BT適性は自分が最も優れていたはず。それなのに自分には出来ない偏向射撃をあの女はやってのけた。いとも簡単に。当然の如く。

 

「私は……私は……」

 

 ぎりっ、と唇を噛みしめる。プライドの高い彼女にとって、その事実は最大限の屈辱だった。そして同時に焦りもある。このままでは自分は能力が劣っていると見られ、この機体を降ろされてしまうのではないか。そうなれば家を守る事も、IS学園に居る事も出来なくなってしまう。それが堪らなく怖い。

 

「セシリア、何やってんのよ! そっちに敵が言ったわよ!」

 

 鈴の怒鳴り声に反応して慌てて戦闘を再開する。しかしその不安感が胸から消える事は無いのであった。

 




亡国少女マドカ最強説

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