IS~codename blade nine~   作:きりみや

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少々遅いですが新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。



50.交わらないもの

 IS学園上空。学園全体を見渡せる高度から山田真耶はIS学園を見下ろしていた。

 

「スキャン開始」

 

 現在彼女が搭乗するラファールは普段とは違う装備となっている。右肩部分には大きなドーム状のレーダ。左肩には巨大なアンテナ。頭部も通常のラファールとは違い、フルフェイスのヘルメットの様になっている。武装は最小限であり、片手に持つライフルのみだ。

 そして今、彼女の視界には様々な情報が映し出されている。

 

「探知範囲内の人物の顔写真と学園に保存されていた招待客の顔写真を照合。3%以上の差異がある人物のデータを本部へ転送」

 

 普段の温和な雰囲気は無くその声は真剣だ。彼女にとって何よりも大切である生徒達の為であるので当然とも言える。彼女の視界では多くの顔写真が高速で流れ、条件に合う人物の特定を行っている。だがその顔が悔しげに歪む。

 

「外に居る人達だけじゃ不十分ですね。……学園のセキュリティへ接続。監視カメラに映る人物もチェック。並びに心拍数、発汗量、体温も追加……駄目ですね。これでは候補が多すぎます」

 

 次々に視界に現れるデータに首を振る。学園祭だけあって殆どの人間が興奮状態に近い。極端な異常値以外は除外する。それでも途方もないほどの情報を吸い上げたISが次々にそれを視界に移していく。常人なら混乱してしまう程のその情報の奔流を真耶は的確に捌く。条件を指定していき、不要な物はISに省かせる。それでも送られてくる数々の情報から自分が当たりを付けた物を優先して本部へと転送していく。

 更にはその情報の整理を行いつつ、自らも眼下に目を向け怪しい挙動をする人物が居ないか確認していく。俗に言うマルチタスクと呼ばれるスキルであり、彼女はそれを得意としていた。もしその事を生徒達が知れば『普段のドジっ子ぶりは……?』と首を傾げる事だろう。だが別に良い。いや、確かにもうちょっと普段から自分の事を敬ってくれても良い気がするが、今はその生徒の安全が第一だ。

 

「必ず守って見せます……!」

 

 送られてくる情報を捌きながら、真耶は小さく呟くのだった。

 

 

 

 

 織斑千冬は苛立っていた。表面上は無表情に見えるが、慣れてきた一夏や生徒達なら一瞬で逃げ出す程の雰囲気を纏いながら学園祭の喧噪の中を進む。彼女を良く知らない招待客などはブリュンヒルデの登場に興奮するものも、千冬の元々の印象――よく言えばクール。ストレートに言うならば威圧感――に押されて話しかける者は少ない。それでも女性の間では彼女は憧れの対象だ。その威圧感に負けず話しかけたり、サインをねだる者達も居たが、それらを千冬は『急いでいるので失礼する』という一言で全て躱していた。

 

「川村め……何を考えている」

 

 苛立ちながらも呟くのは、今向かっている生徒の名前だ。彼女の苛立ちの原因でもある。学園に侵入した者達。最初に捕まったそれを引き渡され学園側も事情聴取を行った。それらによれば目的は川村静司という。これには学園側も慌てた。貴重な男性操縦者。その片方をターゲットとしているのだから当然だ。即座に川村静司を保護すべく動き出そうとしたのだが、それを止める者が居たのだ。

 桐生大樹。IS委員会の一人であり、川村静司の存在を秘匿していた人物。突然連絡があったと思えば、川村静司をそのまま囮として利用しろと言うのだ。彼曰く、どんな方法で侵入者たちが紛れ込んでいるか分からないのだから、出来る事は全てすべきだと言う事。しかしこれには教師陣は猛反対した。以前の福音暴走事件は即対応できる戦力が近くに無かったというのがあったが今回は違う。

 だがそれらの反対も空しく、川村静司も了承したという事で実行されることになったのだ。この事に教師陣は歯噛みした。だから少しでも危険を減らす為に、IS学園では間違いなく最強戦力である千冬が静司の下へ向かう事になったのだ。

 これが千冬が苛立つ理由。だがこれだけでは無い。侵入者たちの動機も千冬を苛立たせる要因の一つだった。

 篠ノ之主義者。友人である篠ノ之束を狂信する者達。侵入者の正体がそれだと言う事が千冬の苛立ちに拍車をかける。

そういう者達が居る事は勿論知っていた。そしてその事を千冬は当然如く良く思っていない。親友である束を尊敬する事は良い。千冬としても友人の事ながら嬉しく思う事もある。だが主義者の場合それが極端すぎた。束の功績は良い物も悪い物もあるが、主義者達は全てそれを都合よく解釈してしまうのだ。そして起こす行動はどれも極端であり、結果一般人からは異様な者として扱われる。そうなる事で束の印象が更に悪くなると言うのに。

そして今、自分の生徒を狙うのがその主義者達。その原因は臨海学校の事件だ。だがあの事件と束を結びつけたと言う事は、主義者達も例の画像――無人機と共に居る束の画像を見たと言う事になる。あの情報がどれだけの組織に流されたのかは不明だが、それほど多くは無い筈だ。なのに主義者が知ったと言う事は、それらの組織の中に主義者が居たか、それとも他の悪意ある何者かが教えたか。どちらにしろ碌な事では無い。だからこそ、今度こそ教師である自分達が動き、生徒を護らなければならない。そして束の親友として、親友のしでかした事の後始末を付けなければならない。

 様々な思いを胸に秘めつつ、千冬は静司の下へ急ぐのだった。

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 K・アドヴァンス社。その西棟。

懐から取り出した新たな煙草に火を付けながら、課長は今しがた吹き飛ばされたISのある方向へ眼を向けた。そこは壁に叩き付けられた衝撃で舞った粉塵とシェーリの破壊活動による煙が入り乱れており、詳しい様子は見えない。

 

「出で来い。いくらなんでも死んでは居ないだろう?」

 

 その言葉に反応する様に粉塵と煙が割れ、そこからシェーリが姿を現した。そのIS――ブラッディ・ブラッディの右肩装甲はひしゃげている。それを見て課長はふむ、と頷く。

 

「最大威力の筈だったがその程度か。やはりまだまだだな」

「……味な真似を」

「貴重な経験だっただろう?」

「ええ、少々油断していました」

 

 そう言ってシェーリは視線を横に向ける。そこの壁は内側に向かってひしゃげる様に大きく穴が開いており、その穴の先には外が見える。そして――同じK・アドヴァンス社の敷地内の別棟の屋上で巨大なライフルを構える男の姿があった。

 

「対IS用ライフル、といった所だ。難点はその巨大さゆえの取り回しの悪さだな」

 

 ふう、と煙を吐きつつ続ける。

 

「先の勘違いの話だな。ISに対する警戒はしていたようだが、歩兵に対しては注意を払わない奴が多い。動かない相手に対し、それなりの距離があればこの手段は有効だと分かった」

「……認めましょう。私の油断を。しかしこれからどうするのです? 同じ手は二度も喰らいません。何より今すぐにでもあなたと、あそこに居る男を殺して差し上げましょうか」

「ごめん被る。折角の対IS兵器。まだまだいろいろ試したいのでな。何せ訓練で無く実戦でのガチ威力が試せるいい的が自分から来てくれたんだ。やらなきゃ損だろう? まだまだあるぞ? 対ISトリモチ弾から対ISスコップまで」

 

 そんな課長の言葉にシェーリは不快気にに眉を潜めた。

 

「真面目にやっているのですか?」

「大真面目さ。君の目的は大方こちらの戦力調査だろう。それと今裏で行っているウチのシステムへの侵入か。私の話に呑気に付き合っているのが良い証拠だ。こちらのISが出てくるのを待っているのだろうが、だとしたら馬鹿正直に相手をしてやる道理はない」

 

 本当に目的が戦力調査だけならわざわざ陽動までして行う理由は薄い。他にも目的があると考えるべきだろう。そしてそれこそが、今同時にK・アドヴァンスに対して行われているハッキングだろう。シェーリの襲撃直後から、その報告が上がっている。タイミング的に無関係とは考え辛い。

 

「そうですか。ならば嫌でも引き出します」

 

 シェーリの雰囲気が変わる。様子見から明らかな殺意へと。丸みを帯びた装甲の各所から新たな銃口が突き出される。最後に周囲に鋼鉄の棺桶型が6つ現れた。その銃口が熱を持つのを見て、課長もまた、時間稼ぎが限界だと悟った。

 

「ここまでか。A2」

『アイサー』

 

 耳に仕込んだ無線からの反応と同時、轟音と共にシェーリとそのISを中心に衝撃が走る。その衝撃に周囲の壁が軋み、亀裂が入った。先のライフルによる狙撃だ。しかしそれはシェーリに届くことなく棺桶により遮られていた。

 

「まずは一人」

 

 シェーリを守った棺桶が開き幾重にも現れた銃口が連続して火を噴く。その攻撃は巨大なライフルを構えていた男の居た屋上を穿ち、一瞬にして粉々に砕いた。

 

「次はあなたです――」

 

 外を一瞥しつつシェーリは課長に向けた銃器に改めて命令を送ろうとする。しかし急に顔色を変えると即座に振り返りその腕をかざす。命令を受けた鋼鉄の棺桶がまるで楯の様にシェーリの前に移動すると同時、ギィィッンと鈍い金属音が響く。

 

「これは……!?」

「言っただろう。馬鹿正直に相手はしないと」

 

 課長の言葉に呼応する様に振り返ったシェーリの正面、鋼鉄の棺桶のその先の空間が歪んだ。そして青白い電光を発しながらゆっくりとISが浮き上がっていき、やがてブレードを振り下ろしたラファール・リヴァイヴの姿が現れた。

 

「成程……無人機の技術の復元ですか。これは予想外でした」

「簡単に防いでおいてよく言いますね」

 

 『完全なる消失』無人機が学園に襲撃した際に使用していたその技術のコピー。それを用いた奇襲だったのだがシェーリはそれに気づき、対応した。その事にラファールの搭乗者は苛立ち気にシェーリを睨みつける。

 

「褒めているのですよ、これでも」

「そうです……かっ!」

 

 ラファールの搭乗者は床を蹴って背後に跳ぶ。それを追う様にシェーリのISから放たれた銃弾が床を砕いていく。やがてその銃弾がラファールに追いつくが、それを身を捻る事で回避するとラファールも負けじとライフルを量子変換で展開し、シェーリへ撃ちこむ。しかしそれは棺桶によってシェーリに届く前に弾かれた。

 

「悪趣味な上に鬱陶しい装備ですね」

「そちらはそちらで次々と面白い物を出してくる。もうちょっと見ていたいですが潮時ですかね」

 

 ちらり、とシェーリは外を見やる。姿こそ見えないが、各所に先のA2と同じように対IS装備でシェーリに狙いを定める者達が居るのだ。どうやら今度は気づいたらしい。

 

「どうやら今の攻撃が切り札だったようですしね。この後は唯のIS戦になりそうですが、下手に時間をかけて増援が来ても面倒です」

「逃げるのですか」

「ええ。あなた達としてもその方が良いでしょう?」

 

 小馬鹿にした様なシェーリの言葉にラファールの搭乗者は唇を噛んだ。確かにそうなのだ。今はEXISTの戦力はIS学園に集中している。所有するISコアは黒翼を覗けば4個。その内1個は黒翼と共にIS学園に居るB2が持っている。残りの3個の内、1つは海外での任務に。1つは研究開発用としてこの施設内にあるが、ISとしての組み立ては出来ていない。そして残る1つがこのラファールである。無論、このラファールでも十分に相手を出来る自信はあった。しかしここでそれをやれば間違いなく火の海になる。課長がある程度の時間を稼いだが、それでも一般社員の安全圏までの避難はまだ終わっていないのだ。

 そしてその沈黙をあざ笑うかのようにシェーリは悠々と空いた穴から外へ出る。

 

「それでは。川村静司によろしく」

 

 一言、それだけ告げると一気に上昇。どんどん速度を上げていき離脱していった。

 

「……忌々しい」

「全くだな。無事か、B7」

「ええ、問題ありません」

 

 ラファールの搭乗者――blade7は課長の言葉に頷く。課長はそうか、と頷くと続いて外、粉々に砕けた別棟屋上に視線を移す。

 

「A2。そっちはどうだ」

『……腰が痛いケツが居たい足が痛い腕が痛い』

「怪我をしているのか?」

『一番痛いのは昨日カミさんに蹴られたケツ』

「……無事で何よりだ」

 

 シェーリはああ言っていたが、課長自身はA2が死んだとは最初から思っていなかった。おそらく2射目の失敗を確認するが否や逃げたのだろう。完全には逃げ切れなかったようだが、あの様子なら大丈夫だ。そしてそれが出来るからこそのassaultなのだから。

歩兵部隊のassault。IS部隊のblade。そしてそれらを援護するcover。任務は主にこれらのチームが対応することが多く、それだけに練度は高い。

 

「だが今回は完敗だな」

「申し訳ありません。あそこで仕留めていれば」

「いや、相手の練度を見誤ったのは俺だ。それにシステムも完璧じゃない」

 

 無人機が使用したステルスシステムの復元。これは技術部の努力の結晶と言えるだろう。何せガラクタ同然の残骸を必死に調査してようやく復元出来たのだから。しかしそれも完璧でない。本来の無人機は姿はおろか、各種レーダーにも捕らえられない状態で高速で学園に襲撃を仕掛ける程の物だったが、復元できたのは派手に動けば直ぐにバレてしまう程度の物だった。それ故に、課長自身。そしてA2の狙撃等で時間と注意を稼ぎつつ、静かに忍び寄る一撃必殺戦法だった。しかしそれもギリギリで感づかれた。シェーリが感づいた理由は分からない。戦士の勘だと言われてしまえばそれまでだ。

 

「そもそもここを手薄にしたのが俺の大失態だ。IS学園は仕方ないにしても、もう一機、動ける機体を配備しておくべきだった」

「ですがそれも仕方ないかと。海外に出ているB3は直ぐに呼び戻せる状態ではありませんし、残る1個のコアも戦闘用ISに慣れさせるのは直ぐには無理です。新型ラファール開発の為にあれは現在調整状態ですので」

 

 ISはコアさえ変えれば直ぐに使えるものでは無い。新たに用意した機体に対し、コアを慣れさせなければまともに動かないのだ。IS学園の量産機の様に同じ装備の機体が複数あれば、慣れもそれほど時間はかからないが、全く違う装備となるとそうはいかない。新たな『服』とも言える機体をコアが『知る』為の時間が必要なのだ。

 

「それでも何かしらの責任を取るのが上司というものだ。まあそれはいい。それよりうちの被害を知りたい」

「―――――私が今調べたところですが、人的被害は軽微。多少の負傷者は居ますが重死傷者はゼロです」

「あちらさんは虐殺しに来たわけではなさそうだったからな。一般社員は?」

「比較的落ち着いています。興奮状態の者は居ますがパニックとまではいきません。普段から騒がしい本社ですのでイベント慣れしてしまったかと」

「…………まあそれでパニックにならないならいいか。ハッキングの被害は?」

「早期に気づいたため対策は打ちましたが完全防御は出来ませんでした。やはりここに直接乗り込んで行われたのが痛かったです。最終的に物理的に切断。黒翼に関しての情報は何とか守り切りましたが……」

 

 そこでB7が言いよどむ。嫌な予感を覚えて課長は先を促す。B7は頷くと悔しそうに告げる。そしてその内容は課長にとってある意味最悪なものだった。

 

「Vプロジェクト……B9の情報の一部がやられたそうです」

 

 

 

 

 

 静司が感じた視線。その主は離れること無く、静司を追い続けていた。それを背中に感じながら静司は学園祭の人ごみの中を歩く。その表情は一見、学園祭を見て周る学生そのものだが、内心は穏やかでは無い。つい先程、本音たちと分かれた直後に本社襲撃の報を聞いたからだ。それを聞いた直後は直ぐにでもそちらに向かいたかったが、それは何とか自制した。本社には課長の下、自分より優秀な仲間達が居る。ならばそれを信じるべきだと。

 ざわつく心を押さえながらも静司は囮として学園祭の中を進んでいく。途中何人かに声をかけられるが、それを適当に躱しつつ他にも侵入者が釣れないかと考えながら進む。

 先ほどから静司に下には何人かの侵入者確保の連絡が来ていた。それらを捕らえたのは更識家やEXISTの面々。そして学園の警備からの物だ。勿論、学園側からの報告はこちらの仲間経由だが。

 

(そろそろ仕掛けるか)

 

 大分歩き回ったが、結局釣れたのは今感じている視線のみだ。正確には他にも何人か釣れたのだが、アクションを起こす前に真耶に発見され確保されている。今自分をつけているのはその真耶の索敵に引っかからなかった者。恐らく正式な招待状を持った人物だ。真耶もそれらを探るべく色々試してはいる様だったが、やはり難しかったらしい。ならばこちらから連絡する事も出来たが、現行犯で無ければ意味が無いだろう。それに本社襲撃の件もあるので、できれば先にこちらが尋問したかった。その為に静司は織斑千冬が自分を探している事を知っていながらあえて合流しない様にしている。……お蔭で先程から何度も鳴っている携帯を見るのが怖いが。

 行動指針を決めると静司は進む方向を変えた。今までは外から校舎内と歩いてきたが、再び外に出ると、人波から外れていく。C1達と連絡を取りつつ、少しずつ人気の無い方へと。

 やがてたどり着いたのは資材搬入口の近く。午前中は学園祭に必要な物資の搬入で賑わっていたそこも、午後を過ぎれば流石に搬入物が無いのか人気は無い。そこを進んでいき可能な限り奥、なるべく人が来ない場所を選ぶ。

 

「ここで密会でもする気か」

「―――そうだな。ある意味そうかもしれない」

 

 目的地に近づいた頃、相手から声をかけてきた。そのことに驚きつつ振り返り、そして追跡者の正体を見て眉を潜める。相手はスーツを着た男だったが、その佇まいがただの営業には見えない。堀の深い顔立ちに油断の無い鋭い目つき。浅黒い肌と短く切り揃えられた金髪。ただ立っているだけなのに隙の無いその姿。全身から溢れる雰囲気は軍人のそれだ。男は静司の返答に納得したように頷く。

 

「やはり私に気づいていたな」

「何の事かな」

「とぼけるな。わざわざこんなところまでやって来たと言う事は私を誘い出す為だろう。だが解せんな。てっきり待ち伏せが大量に居る者かと思っていたが」

「……仮にそうだったとして、待ち伏せ前提でなんでお前は出てきた」

「同志たちはほぼ捕まった。ならば最後の賭けに出るべきだろう?」

 

 ふ、と笑う男に静司は怖気がした。そしてそこまであの兎の為に動くという事実に静司は苛立つ。

 

「そうか。ならばとっとと――」

「君は篠ノ之束をどう思っている?」

 

 こちらの言葉に被せる様に、突然男が問う。

 

「お前に言う必要は」

「あるとも。君は自分の異常さを理解するべきだ」

「何だと……」

 

 男の言葉に苛立ちが増していく。だが男はそんな事はお構いなしに続ける。

 

「男であるに関わらずISを使える。ここまでは織斑一夏と君は同じ異常だ。しかし彼にはそのISの親であるあの方との交流がある。だから納得がいく。だが君はどうだ? あの方との関係はおろか、織斑一夏、織斑千冬とも無関係だったはずだ。それなのに使える。君は異常の中の異常とも言える立ち位置に居る」

「知らないな。使える理由は俺が知りたいぐらいだ」

 

 本当は知っている。Vプロジェクト。姉達の想い。廃棄コアより生まれし黒翼。そして黒翼との契約。それが自分が使える理由。しかし表向きは『何故か使える男』でしかない。

 

「その言葉が嘘か真か。それはまあいい。それだけだったのなら。だがそんな君にあの方は反応した」

 

 あの方。篠ノ之束である事は明白だ。

 

「あの方なら君からISを奪うことなど容易い筈だ。だがそれをしなかった。それは何故だ? 少なくとも君を不要な存在だと感じている筈なのに」

「随分と思い込みは激しいんだな。それともお前は人の心が読めるとでも言うのか?」

「これは確信だ。先日の銀の福音事件での出来事で私たちはそれを確信した」

 

 初めて、男の表情が変わった。見下すような、汚物を見る様な、笑みに。

 

「君は不要だ」

 

 行動は一瞬。男は懐から消音器付きの拳銃を取り出し静司に向け、引き金を引いた。パシュ、と空気の抜けた様な音と共に放たれた銃弾が眉間を狙う。だが静司はそれを身を屈める事で回避した。そしてそのまま一直線に男に向かう。

 

「君は居てはいけない存在だ!」

「貴様に言われる筋合いは、無い!」

 

 再度放たれた銃弾が頬を霞める。しかし速度を緩めることなく距離を詰め、その首に右腕を伸ばす。だが男はその腕を弾き、もう片方の手にナイフを抜き、そして突き出す。静司はその一撃を右足を軸に半回転する事で躱し、その勢いのまま左腕での裏拳を男に打ちこんだ。

 

「ぐっ!?」

 

 生身で無い、ISの部分展開という鋼鉄の一撃。男はガードしていたが、腕の骨を折った感触を感じた。ナイフと拳銃が地に落ちる。そして抑えきれない衝撃に顔を歪め、男は背後に飛ばされた。追い打ちをかける様に静司がその男に迫る。途中、男が落とした拳銃を拾い一気に迫るとその首を左腕で掴み近くの壁に押しつけた。

 

「がっ……!?」

「終わりだ。色々吐いてもらうぞ」

 

 銃弾がかすった頬から血が流れ出るのを無視し、拾った拳銃を男の顔に押し付ける。苦しそうに男が涎を垂らす。だがその顔が直ぐに笑い顔になった。

 

「何がおかしい」

「ふふ、ふふふふふ。やはり……異常だ。お前はおかしい。私たちは……いや、あの方は間違っていない!」

「似た台詞をさっきも聞いた。お前らは思想だけじゃなく頭の悪さも同じか」

「ふふふ、精々吠えていろ。自分が正しいと思っているその眼、それがいつか濁る日が必ずくる」

「黙れ! だったらお前達は篠ノ之束が正しいと断言できるのか!」

「出来るとも!」

 

 くわっ、と男が目を見開く。それは今日見た中で一番狂った、異常な目の光を持っていた。

 

「あの方のお蔭で世界は変わった! 人類は進歩した! これが正しく無い訳が無い!」

「だがその進歩によって被害を被った人たちも居る! 知らないとは言わせない!」

「知っているとも! だがそれは仕方ない物だ。必要な事だ! なのになぜそれを理解しない!?」

「ふざけるな! そんな理屈で許されるものか!」

「ならば! ならば何故人々はその恩恵を享受している!? 甘い汁だけ吸い、悪いのはすべてあの方だと!? それこそふざけるな!」

「何を――」

「あの方は様々な物を私たちに、人類に与えた! なのに誰一人としてあの方に報いようとしない!? 欲にまみれて追いまわし、彼女の家庭を壊し、居場所を失わせた! だから彼女は姿をくらました!」

「それはあの女の自業自得だ! あんなものを世に出せば、そうなるのは分かりきっていた!」

「だが貴様の言う『あんなもの』のお蔭で多くの者が救われた! それは事実だ!」

「だが手前の言う『あの方』のせいで、多くの不幸が生まれた! それが真実だ!」

 

 お互いに憎悪の籠った目で睨み合う。

 

「そうやって否定し、非ばかり唱えつつ与えられた物を我が物顔で使う。そんな世界が許せないのだよ、私は!」

「何だと……!」

「君とてその一つだろう!? 使えない筈の物を! あの方に与えられてすらいない物を使うこの世界最大のイレギュラー! それがあの方を否定するか!?」

「黙れ! そんな理屈であいつが奪って来たものを許してたまるか!」

 

 脳裏に浮かぶのは姉達の姿。優しく、時に厳しかった何よりも大切な姉達。そしてその変わり果てた姿。

 

「ならば君は言えるのか!? 足を失い、不要と捨てられた兵士はIS技術の応用で自在に動く新たな鉄の足を得て、更なる国家の敵を駆逐した! ISの操縦者保護の技術は活性化再生治療を生み出し、多くの子供を救った! そんな彼らに向かって、お前達はそのまま死ねば良かったと!?」

「その足を新たに奪うのも! 国を脅かすのも! 救われた子供達を殺す事ができるのも篠ノ之束が造ったISだ! それでもあの女を恨むなと言うのか!?」

「言うとも! お前達は新たな世界の礎だと私は言える! 君の様に逃げて誤魔化したりはしない!」

「黙れ……!」

「君はあの方を否定したいが故に矛盾しているのだよ! ISを扱い、恩恵を享受しつつもその生み出した相手を許さないだと!? 都合が良いにも程がある!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!」

 

 男に突きつけていた拳銃。その引き金に置いた指に力が籠る。だが男はそんな事はお構いなしに静司に向け、言い放った。

 

「だから君は居てはいけないのだよ!」

「黙れえええええええええええ!」

 

 引き金が引かれる。無機質な反動と共に銃弾が放たれ、そして血が舞った。

 




イカれてるけどある意味正論vs感情的だけどある意味正論
そんな話。新年一発目からこれかよ、とも思いますがこの二人のぶつかりを書きたかったんです。散々言っていった篠ノ之主義者のもう一つの役目は主人公を正論でアンチすることでした。まあ正論って言っても極論ですが。もうちょっと書きたいことをうまく書きたいですが、文章つくっているうちにだんだんずれてしまうので難しい。
IS技術によって救われた人たちも数多いんだろうなぁとは思っていたので、それが信仰化したのが主義者達でしょうか。
男は知らないですが、静司にとっては姉達の死が男の言う『世界の礎』扱いにされたのでマジギレです。

全然関係ないですが、実家に戻ったらトイレがセカンドシフトしてました。新装備ウォシュレットだったけどあれ苦手なんですよね。だからなんだ。

今年もよろしくお願いします。

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