IS~codename blade nine~ 作:きりみや
皆さまありがとうございます。正直自分でも驚きですが、今後ともよろしくお願いします。
きっかけは夏休みに入る少し前になる。
IS学園にも夏休みは存在する。通常の高校よりは少ないながらも、生徒達は浮き立っていた。休みの予定を友人と立てる者。実家や自国へ帰省する者。何も予定も無く、ひたすら引きこもる者。様々だ。
そしてIS学園でたった二人の男子学生。織斑一夏と川村静司も例にもれずその話題で盛り上がっていた。
「静司は休みの間どうするんだ?」
「会社に呼ばれてるからな。多分訓練や装備のテストだな。後は特に予定決めてないから適当に過ごすさ」
これは半分本当で半分嘘である。確かに修復した黒翼や、K・アドヴァンス社の装備のテストなどで戻る必要もあるが、静司の任務は一夏の護衛だ。最低限の用事だけ済ました後は、引き続き一夏の護衛に付く。不在の間はEXISTの別のメンバーが一夏に付くことになっている。無論、本人には秘密だが。
「そういう一夏はどうするんだ?」
「うーん。ちょっとの間は学園に居るだろうけど、後半は家の方に戻るかな。全然戻ってないから掃除とかしたいし」
「成程。一夏らしいといえばらしいな」
「そうか? 後は弾と遊んだりとかかな。そうだ、静司も都合が合ったら遊びに行こうぜ」
「そうだな。事前に連絡くれれば都合つけるよ」
静司としてもそれはありがたい。夏休み中ずっと一夏の隣に居る事は出来ないので通常は密かに護衛する気でいたが、一緒に出掛けるのなら隣に居ても不自然では無い。
「OK。電話するぜ。しかし休みの日まで訓練なんて大変だな」
「企業に所属している奴は大抵そうだと思うぞ。別に候補生だけが特別ってわけじゃないんだ。1年にも他のクラスでは何人か俺と似たような立場の子がいるしな。専用機が無くても、データ収集や試験装備のテストなんかはやってる」
「データ収集、ってなんか生々しいな……」
「現実なんてそんなもんさ。しかしそうだな……」
ふと思いつく。一夏次第だが、一夏の為にもなるかもしれないしいいかもしれない。
「なんなら一夏も来てみるか?」
「それってK・アドヴァンス社にって事か?」
「ああ。向こうの許可は取らなきゃならないけど、見学ぐらいなら大丈夫だろ。うちは武器や装備の開発主体だから色々見れると思う。勿論機密情報までは出せないけどな。それにシミュレーターもあるからいい経験になると思う」
「成程。なんか面白そうだな。じゃあ頼むぜ」
「OK。ならどうせだし他の面子も呼ぶか。というか呼んでくれ、一夏」
「? 別に良いけどなんでそんなに必死なんだ?」
「二人きりで出かけたら
「……ああ」
どこか遠い目で外を眺める静司に、一夏も似たような顔で深く頷くのだった。
「と、言う事でここがK・アドヴァンス社だ」
「おお、思ってたより大きいな」
夏休みに入り数日、静司達はK・アドヴァンス社の本社に一夏達を連れて来ていた。メンバーは何時もの面子に加え、本音の友人である鏡ナギと谷本癒子だ。彼女達も興味があったらしく参加していた。
「川村君、ありがとねー」
「私たちは一般家庭出だからね。こういう所ってあんま知らないから楽しみかな」
「私も楽しみ~」
興味深げに周りを見渡すナギ、癒子、本音。三人はきゃいきゃいと盛り上がっており、誘った静司としても喜んでもらえている様で何よりだった。
そんな静司にセシリア達が声をかけた。
「しかし本当によかったのですか? 私達まで」
セシリアの疑問は最もだろう。確かにアラスカ条約によってISに関する情報は共有される事になっているが、それも一定レベルまでだ。全てを開示されている訳では無い。その秘匿された部分で企業や組織間で日々開発競争が行われている。そしてセシリア、鈴、そしてラウラは別の組織に所属する人間だ。それはつまりライバルと言っても過言では無い。そんな相手に社の中身を見せると言うのだ。因みにシャルロットの場合は、K・アドヴァンスと共同開発を行っているので例外だが。
「上がOK出したんだから気にしなくていいよ。そりゃ産業スパイ紛いの事されたら困るが、その辺は信用してる」
「アンタねぇ、そんな言い方されたらこっちだって何も出来ないわよ」
「なんだ? その気だったのか」
「まさか」
馬鹿にするな、と鈴が笑う。静司も本気で聞いたわけでは無いので笑って返した。
「まあ本当に見られて不味い物があるところには案内されないだろうし、気楽にしてくれ」
「む? 静司が案内してくれるのではないのか?」
ラウラが首を傾げる。他の面子もてっきり静司が案内すると思っていたので視線で問いかけてきた。
「ああ、すまん。俺は一時的に検査やらなんやらで抜けなきゃならないから、別の人に案内をお願いしたんだ」
「別の人?」
「ここにいるっすよ」
シャルロットの問いに、不意に加わった新しい声が答えた。一夏達が驚いて声のした方へ振り向くと、肩位まで髪を伸ばしたスーツ姿の女性が手を振っていた。
「どうもっす。今日の案内を任された麻生理沙っす」
そういって微笑む彼女の顔を見た瞬間本音が「あ~」と小さな声で頷いていた。その理由は単純。彼女こそC12であり、本音は会ったことがあるのだ。
一夏達も慌てて頭を下げ、挨拶をした。
「なんか大人数ですいません。今日はよろしくお願いします」
「気にしなくていいっすよ。こちらこそよろしくっす」
「よろしくっす~」
ぱたぱたと裾を振る本音に理沙も手を振り返す。
「今日はよろしくお願いします。理沙……さん」
「任せるっすよ。けど静司……君も折角友達が来てるんだから早く帰ってくるっす」
「わかってますよ」
普段ならお互いもう少しフランクに話すのだが、流石に何も知らない一夏達の前でそれをやってはおかしいだろう、という事で二人は普段使わない敬語で話している。だが違和感が有る為にどうもぎこちなかった。
「そ、それじゃあ皆は私についてくるッすよー」
違和感を誤魔化す為にか理沙は強引に話題を変えると一夏達に振り返る。一夏達はそんな事には気づかず、素直に理沙に着いていく。
「じゃあ、また後でね静司」
「早く来てね~」
「あいよ。そっちは楽しんでてくれ」
静司もシャルロットと本音と言葉を交わすと課長の元へと向かっていった。
「さて、案内と言ってもオフィスとか見てもあんまり面白くないので、まずはここ開発部っす」
理沙の案内の下に一夏達が訪れたのは研究室が並ぶエリアだ。長い廊下を挟むように研究室が並び、ガラス越しにその様子が伺える。
「このブロックでは主に既存装備の効率化を目的としてるっす。奥では性能試験もやってるっすよ」
「おお、こういうのは初めて見た」
理沙の説明に一夏が興味深げに呟く。それに反応したのはセシリアだ。
「あら、一夏さんも白式の件で倉持技研に行ったことがあるのではないですか? そこでも似たような事をしていると思うのですが」
「いや、基本的に向こうの人が来てるから俺は行ったことないんだよ。けどこういう光景ってやっぱワクワクするよな」
「ガキねえ。そんなに面白い光景でも無いでしょ」
「そりゃ鈴達は見慣れてるかもしれないけど、俺は初めてなんだからいいだろ。それに俺程度でガキなんて言ったら」
一夏がちらり、と横を見る。そこにはガラスにへばりつき「お~」と目を輝かせている本音と興味深げに頷くラウラの姿。
「あれが威力が凄いけど反動も凄すぎると噂のK・アドヴァンス制ライフル《ADR2000》だね~。あっちはピーキー過ぎて使い手を選びすぎると言う超高速機動パッケージ《メテオライン》だ~。いいな~」
「ふむ。私もあれには興味あったので試しに一基購入し部隊に配備した。しかし性能がイカレ過ぎていて数人しか扱えなかった」
「ラウラウも使ったことあるの!? いいな~、今度見せて~」
「すまん。アレはドイツに置いてきていて居る。何せ使えなかった連中が、何としてでもモノにしようと躍起になっていてな」
「むー残念」
その後も二人はわいわいと研究室を覗いては色々と盛り上がっている。
「意外な組み合わせだな……」
「本音は整備課志望だからこういう所が大好きなんだよ」
「ボーデヴィッヒさんとの絡みは予想外だったけどね」
「ラウラは現職の軍人だからね。僕たち以上に装備や武器には詳しいんだよ」
箒の呟きに癒子、ナギ、そしてシャルロットが苦笑しつつ答える。一夏達も「あはは」と笑うしかない。
「盛り上がってるっすね。それじゃあそのテンションのままに次に行くっすよー」
その後も一行は次々と会社内を周っていく。そのルートは飽きさせない様に、そしてIS学園生としても興味が出る様な内容の物をメインとしており、メンバーは飽きることなく時に笑いながら、時に真剣に考察しながら周って行った。
「いやー、若いっていいっすねー。それに思っていた以上に楽しんで貰えてる様で嬉しい限りっす。案内する場所を悩んだ甲斐があるっす」
理沙もどこか楽しげだ。そして一行が次に訪れたのは部屋の中心に大きな球体が鎮座する一風変わった部屋だった。
「ここがシミュレーター室っす。古今東西、あらゆるIS操縦者のデータが入っているっすよ。ISのデータはある程度の予測値っすけど、結構本物に近いと自負してるっす」
「おお、ここが」
一夏達も興味深げに機材を眺めている。
「けどさ、ふと思ったんだが何で学園にはシミュレーターが無いんだ? あったら凄い便利だと思うんだが」
「あれ、一夏知らないの? 一応あるよ」
「ええ!? じゃあなんでそれ使わないんだ? それが一杯あれば皆訓練できるじゃないか」
「それは意味が無いからだよ~」
一夏の問いに答えたのは本音だ。
「えっとね、ISのシミュレーターは便利だけど結局はコアが無いと動かないんだよ。だってISは普通の車や飛行機みたいに手足で動かすだけじゃなくて、ハイパーセンサーとか色々とコアの機能に頼った物が多いからね~。だからシミュレーターが一杯あったらその分コアを使う事になっちゃうんだよ。だったら普通に使う方が感覚も掴めていい感じ~」
「うーん、だけどさ、確かに実際に動かす為のコアが使えなくなるなら意味は薄いけど、いろんなデータと戦えるならやっぱり有効じゃないか?」
「そのデータが問題なのですわ。一夏さん、『IS/VS』というゲームはご存知ですか?」
「知ってるぜ。俺もやったことあるし。それがどうかしたんだ?」
IS/VS。それは日本のゲーム会社が発売した対戦ゲームであり、プレイヤーはコントローラーでISを動かし戦う。男も女も関係なく、手軽に遊べるそれは大ヒットし世界的にも売れたが、その時に一悶着あったのだ。
このゲームには各国のISのデータが入っていたのだが、その国々から『自分達の国の代表が弱すぎる。ふざけるな』という苦情が入り、最終的にそれぞれの国を最高強化されたお国柄Verが発売されたというしょうも無い話があった。
「つまりそれと同じことですわ。使ったら使ったで色々と意見やら苦情やらが殺到したそうで。特にIS学園は色々な国の方がいますからね。あっちを立てればこっちが立たず。それを繰り返していくうちにデータそのものがアテにならなくなったのですわ」
「あ、アホらしい。けどIS学園に干渉は出来ないんじゃないのか」
「まあ表向きはそうだけど方法は色々あるよ。例えばA国の生徒が『このデータがおかしい。直ぐに修正しないなら国へ報告する』と言った。そのA国が小国ならまだしも、政治的に強い力を持っている国だとしたらIS学園は無視できても、運営資金を出している日本という国はとても困る。だからこっそり従う。だけどそれを発見したB国が今度は苦情を出す」
「うわあ」
シャルロットが引き継いだ解説に一夏がうんざりした様な顔になる。他の面子も似たような顔だ。
「結局、そういう面倒が色々起きたからシミュレーターは封印。ISの訓練は実機で、って事になったんだ。確かに勿体ないけど、それが理由で争うよりかは余程マシだろう、って事らしいよ」
「そういう事っす。IS学園も何だかんだで上手く回っているとは言い難いっすね。まあ当初は世界も結構ピリピリしてたから仕方ない気もするっすけどね。ISの性能=国の強さ見たいな風潮だったっすから。最近は幾分か冷静になってきてるし、もしかしたらその内また解放されると思うッすよ」
「そうだといいなぁ」
一夏ががっくりと肩を落とす。そんな一夏の背中をバシン、と叩いたのは鈴だ。
「何言ってんのよ。私たちは専用機があるんだからまだマシな方なのよ。無い物ねだりで凹む暇あったら、もっと強くなりなさい」
「分かってるよ、そんな事」
「まあまあ。IS学園はそんな事情っすけど、身内だけで使う企業からすればそんなもの関係無いっす。試しに使ってみるっすか?」
「いいんですか?」
「ぶれ……静司君からも話は聞いてるっすからね。準備は出来てるっすよ」
「なら、お願いします」
「その言葉を待っていた!!」
突如新しい声が部屋に響く。驚く一夏達を尻目に、白衣を着た男がやって来た。歳は四十台半ば。眼鏡をかけ、無精ひげを生やしながらも不思議とそれが不潔には見えず、変に似合っている男だ。
「初めまして、少年少女達。私の事は主任と呼んでくれたまえ」
「え、あの、名前は?」
「主任で結構だ。その呼び方がお気に入りでね。それよりシミュレーターを使うのだろう? ならばさっそく準備だ」
言うが否や機材を弄り始める自称主任。一夏達は困惑したように理沙に助けを求めるが、理沙も苦笑で返す。
「あの人は基本的に変人なので気にしなくていいすっよ」
「は、はあ」
気の無い返事をする一夏を余所に主任は準備を終えたのか、笑顔でこちらに振り向いた。
「さて、では簡単に説明をしようか。このシミュレーターには様々なISやその搭乗者のデータを入れ込んである。流石に公表されていない部分は予測値だが実物に相当近いと自負しているよ。ああ、これはさっき理沙君が説明したな。では私はこのシミュレーターのキーマン、つまり君たちと戦うAIを紹介しよう」
部屋の隅、大きなモニターに景色が映る。そこは普通の市街地で、ビルが立ち並んでいる。そして中でも一番高いビルの頂上に一機のISが鎮座していた。
「これは……」
「シミュレーター内の映像だよ。場所は日本の市街地をイメージしている。そして彼女が君たちの対戦相手」
現実では無いその映像だが、精巧に作られており違和感は少ない。そしてその映像の中の主役とも言える存在。あらゆるデータを仮想空間内で再現するAI。その彼女の姿が露わになる。そしてそれを見た瞬間誰かが「あ!」と叫んだ。
女性として設定されている割には高い身長。豊かなバストはポリゴンで再現されており、その体躯を黒いスーツで覆っている。目つきは鋭くまるで狼を想像させる程強い。そして黒く艶やかな髪が風に吹かれてなびいている。
「紹介しよう。K・アドヴァンス社が誇る地獄の鬼教官AI『サウザンド・ウィンター』。略してサウ子ちゃんだ」
『いやちょっと待て!?』
思わず全員ツッコミの声がハモる。中でも声が大きかったのは言うまでも無く一夏だった。
「どうみても千冬姉じゃねえか!? 人の家族を勝手に使うな!」
「いや、これはサウ子ちゃんだ。君のお姉さんは関係ないよ?」
「無茶が有り過ぎるわよ!? 名前からしてそのまんまじゃない!」
「ネーミングには苦労したよ」
「無視すんな!?」
「教官の胸はもう少し大きい!」
「だがしかしあれはサウ子ちゃんだ」
抗議する一夏達に対して主任はどこ吹く風。そんな光景にシャルロットや癒子達も呆れざるを得ない。
「どうみても織斑先生だよね」
「だよね。……あれ? セシリアどうしたの?」
「いえ……実は私の国にもシミュレーターは有るのですが、その……つまり似たような事をしていたので何も言えなくて」
「まあ織斑先生は世界最強とも言われてるから、それを相手にするって発想は結構あるもんね。デュノア社にもあったよ。……まああそこまで外見に全力投球しては造らなかったけど。というか外見って必要あったのかな」
「確かに」
それから数分後。ようやく落ち着いた一夏達は肩で息をしながら説明の続きを聞いていた。納得したわけでは無いが、いい加減話が進まないのでシャルロットやセシリア達に止められたのだ。
「まあ確かに織斑千冬さんの情報を参考にしているのは事実だよ。何せ彼女は世界最強のIS操縦者。その力に憧れ、少しでも追いつきたいが故に、目標として彼女をベースにしている」
そのように褒められると一夏としても強くは言え無い。何だかんだで姉が褒められ、そしてISを扱う者の目標となっているというのはどこか誇らしかった。
「さて、それでは早速始めようか。まずは織斑君からいくかい?」
「……そうですね、お願いします」
相手は姉に似ているがただのデータ。一瞬VTシステムを思い出したが、あれとは全く別の物だ。違法という訳では無い。ISを扱う者たちが尊敬と憧憬を寄せ作り上げた目標。ならば強さを求める一夏としてもそれが相手になる事は喜ばしい事だ。
「対戦相手の設定はどうするかね? 一応幾つか選べるが」
「なら……千冬姉でお願いします」
「ふむ、良い顔だ。なら頑張りたまえ」
データと言えどもそれは千冬を元にしたもの。なら今の自分がどこまで姉に追いつけたのか。それを見る良いチャンスだ。一夏は気合いを入れるとシミュレーターを起動させた。
『シミュレーターと君のISのコアを同期する。許可をくれたまえ』
「はい」
白式に同期を承諾させると途端に目の前の景色が変わった。天を覆う青い空。眼下にはビルが足り並ぶその光景は先程画面で見た物と同じだ。
「おお、凄いな」
『ISには
ハイパーセンサーが彼方にいる敵AIを捕らえる。既にISを展開しているそれはかつての姉の愛機【暮桜】だ。そしてその武装は白式の《雪片弐型》のオリジナルである《雪片》だ。それを見て一夏に緊張感が走る。視界の端では戦闘開始までのカウントが5を切っていた。
(千冬姉のデータなら小細工する余裕なんてないし、そもそもそんなに器用じゃない。先手必勝で決める!)
戦術を決めると同時、カウントが0になり、開始のブザーが鳴った。一夏は即座に《零落白夜》を展開。瞬時加速で一気に接近しようとして、ふと自分を覆う影に気づいた。
「は……?」
一夏が見たのはいつの間にか目の前に居た暮桜が《零落白夜》を振り下ろす光景だった。
「戦闘時間……2秒……?」
シミュレーターから出た一夏は呆然と自分の記録を反芻する。余りにも情けない結果に言葉も出ない。
「瞬殺だったな。まあ気にするな。君の姉がそれだけ強いと言う事だ」
「いやだけどアレはいくらなんでもあんまりじゃ……」
「何言ってんのよ。開始早々《零落白夜》での奇襲は一夏も良くやるじゃない。まあ一夏のは奇襲と言うより特攻だけど」
「う……」
「しかしあの戦法も使い手によってはエゲツないな。流石教官だ」
「そうだね。防御不可の一撃必殺での奇襲。これほど怖い物は無いよ」
「しかもそれをやるのが千冬さんだからな……」
専用機組がその脅威に考察を躱す横で、本音とナギと癒子が冷や汗を流していた。
「私達じゃ」
「絶対に無理だね」
「……だね~」
そんな学生組を余所に主任は笑顔で手を広げ、
「さあ、次の
そう告げた。
空を7機のISが駆ける。先行するのは黒く巨大な翼を持つIS。そしてそれを追う様に6機が追随している。
――接近警報。
「こなくそっ!」
黒い翼のIS――静司と黒翼に敵機が迫る。静司は即座に反応し減速することなく一気に下降。ビル群に突っ込む。だが敵機はそれでも追ってくる。ならば!
R/Lブラスト展開、発射。翼から放たれた6つの光がビルに直撃。爆音を撒き散らしながら崩れ落ちる。それによって舞い上がった粉塵の中に黒翼を突っ込ませた。
――敵機、荷電粒子砲のチャージを確認。
警告と同時に機体を捻る。半瞬遅れて背後から放たれた荷電粒子砲が黒翼に掠った。機体にダメージが入ったが、まだ許容範囲だ。静司は右に左に方向転換しながらビルとビルの間をすり抜けていく。しかし突然目の前に巨大な青竜刀の様な武器を持った機体が現れる。
「っ!」
判断は一瞬。静司もまた左腕の巨大な鉤爪を振り上げると、速度を乗せた一撃をぶつける。互いの武器がぶつかり合い、そして敵の武器が砕け散った。無防備になった敵に止めの一撃を加えようとするが、そこに今度は上空からレーザーの雨が降り注ぐ。直撃はギリギリで避けたが、機体の各所が融解した。そして静司が怯んだ隙に武器を破壊された敵に逃げられる。静司はそれを追おうとするが、それもまたレーザーの雨に妨げられた。
このままではまずい。
そう判断すると瞬時加速でその場から離れる。勢いそのままにあえてビルの中に突っ込み、レーザーの雨から逃れる事を選んだ。だがそれを敵は見逃さない。
突然静司の目の前が消えた。いや、正確には貫通力の強力な攻撃でビルの内装が削り取られたのだ。
「レールカノンっ!」
一撃目は様子見だろう。誤差を修正した二撃目に捕らわれる前にビルの中から脱出する。しかしそこに飛び込んできたのは紅い影。そのISは両の手に刀の様な武器を持ち斬りかかってきた。咄嗟に膝のワイヤーブレードを射出。右は牽制に。左は別のビルに突き刺し一気に巻き戻す。右のワイヤーブレードを敵が切り払っている隙に、静司は別のビルの壁に着地した。
(どうする……っ!?)
紅いISは即座に方向転換し迫ってきている。更には先程荷電粒子砲を放った白い機体。武器を改めた青竜刀もどきを持つ機体もだ。上空には蒼い機体がこちらに照準を合わせており、どこかではレールカノンでビルを無視して貫通弾を放つ敵が居る。そして残り一機は――
「背後かっ!」
気づくと同時、ビルの中から橙色の機体が飛び出してきた。その手には巨大なパイルバンカーが展開されている。避けられない。
その数秒後、黒翼は撃墜された。
シミュレーターから出ると静司は己の出した結果にため息を付く。そんな静司に声をかけるのは状況を見物してた女性だ。
「お疲れ様静司。散々な結果ね」
「返す言葉も無いな」
はぁ、とため息を付きながら、今の戦いのリプレイを見つめる静司に女性は笑う。
「まあ今回の設定は相手のレベルを実際よりかなり上に設定してたからそう簡単には行かないけど。それでももう少しやりようがあったでしょう?」
「分かってるくせに聞くんだな、ライア」
「まあね。それがIS戦技教官としての私の役目だもの。あと今はB2とかコードネームで呼ぶ必要は無いけどせめてもう少し年上を敬いなさい」
呆れた顔をする彼女こそ、EXISTのC5にしてB2でもあるライア・ソリューである。
「で、今回の戦い方の説明を自分の口で言いなさい。あら、口でってなんかいやらしいわね」
「ツッコミ役の理沙が居ないから俺は無視するぞ。それと戦い方だが今回の設定の場合、下手に強力な攻撃が出来ないのがネックだった」
「それは何故?」
「搭乗者を救うのが目的だったからだ」
今回のシミュレーション。敵はIS学園1年の専用機達。つまり一夏達だ。とは言ってもデータは弄っているので実物よりはるかに強化されていたが。
「そうね。確かに《クェイク・アンカー》なり《プラズマブラスト》なり使えば多少は戦況は変わったでしょうけど、そしたら辺り一面は瓦礫の山。専用機持ち達は消し炭も残らないわ。それを考えていたのなら文句は無いわ」
「むしろあの条件で戦わせるのは性格悪すぎないか?」
今回のシミュレーションの目的は『街中で突然暴走した一夏達専用機組を救出する』という物だった。その場合、下手に《クェイク・アンカー》を撃てば街の被害は計り知れず、更には《プラズマブラスト》など使おうものなら助けるどころでは無い。結果、静司は通常武装で戦う事になるのだが凶悪なまでに強化された相手の力と連携に為す術もなかった。
「何言ってるのよ。現実は何が起きるか分からないのよ。常に最悪を想定しておいて損は無いわ。少なくともあのクソッタレの兎女がISに干渉できるのは間違いないのだから」
ライアは忌々しげに呟く。これまでの経験から、篠ノ之束はISに干渉できるのはもはや明確。そしてそれは静司にとって大きな脅威になる。
「静司。あなたと黒翼はその兎に眼を付けられているのよ。だから備えをするに越したことはないわ。あなたが守っている織斑一夏達のISが突然後ろから襲い掛かってくる可能性もあると言う事なのだから。いや、それだけでは無いわ。世界中のISがあなたの敵になる可能性があるのよ」
「分かっている。さっきの発言は少し弱気だった。もう一度頼む」
「よろしい。ならば今回は純粋に戦闘に集中。機体データはさっきと同じだけど、目的は『救出』でなく『破壊』よ」
「了解した」
そうして再びシミュレーターを起動する静司とそれを見守るライア。その背中に声がかかった。
「やっているな」
「あら、課長」
現れたのは静司達の上司だ。オールバックの髪に室内でもかけているサングラス。髭を生やしているが、綺麗に整えられており紳士然としている男である。
「静司の調子はどうだ?」
「上々ですよ。相手のレベルが高すぎる故に苦戦してるけど、そもそもあの極悪設定&連携相手にあれだけ持てば中々のものね」
「黒翼にはシールドバリアがないからな。攻撃も重要だが必要なのは回避能力と言う事か」
「正解。本人もそれがよくわかっているから意識してる様ですよ」
そこで言葉が途切れ二人は無言で静司戦闘を見つめる。少しして口を開いたのはライアだ。
「で、回収した無人機の解析は? 今回の件で私も2機程回収したし、何か分かった事は無いんですか?」
「機体そのものはそれなりだ。上手くいけばあの武器や技術をこちらに転用できるかもしれん。だがコアはやはり無理らしい」
「そう……。最低でもISコアへの干渉だけでも何とか出来ないんですか? いざと言うときにあの子にだけ戦わせて私たちは見てるだけなんて耐えられないわ」
「わかっている。そちらは何としてでも見つけ出すさ」
唯一篠ノ之束の干渉を受けない黒翼。これはEXISTの切り札だ。だがだからと言って静司一人に全てを任せようなど思っていない。
「うちの可愛い息子をあそこまで痛めつけてくれたんだ。そのツケは必ず払わせる」
「……課長」
「何だ?」
「真面目な話してるのにそのニヤけ顔やめなさい。ムカつくわ」
「だってシミュレーターとはいえ久々にせっちゃんの雄姿を見れてパパ感激―!」
「黙れ中年」
没ネタ
「これがサウ子ちゃんだ!」
「うおおおおおおお! あれは千冬姉だけのものなんだああ!」
「落ち着け一夏!?」
VTシステムの悪夢再び。さすがに一夏がアホすぎる気がしたのでやめました。
違法な物でなく、さらには姉を褒められたので一夏は納得したようです。
シュミレーターの設定は少々強引