IS~codename blade nine~   作:きりみや

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4.blade9

 アリーナは喧噪と混乱に包まれていた。

 突然の爆発と現れた謎のIS。ロックされ、開かない扉。誰もが予想出来なかった事態に混乱する中を静司は走る。

 

「敵襲、確認しました。経緯を教えて下さい!」

『お前のクラスメイトの試合が始まってから数分後だ、突然ヤツが現れた。こっちのレーダーには反応無しでだ。止める間もなく、学園に突撃しやがった!』

「機器は正常だったんですよね?」

『当たり前だ! この距離まで誰にも気づかれずにやってきやがったんだよクソッタレ! 完全な隠密機動(ステルス)。やってくれるねまったく!』

「つまり敵の技術力がこちらより上ということですか。……ああ本当にやってくれるっ!」

 

 静司のその眼は怒りで震えていた。前髪と眼鏡の変装が無ければ、周りの生徒たとはその顔に恐怖していただろう。

 

『B9。こちらは周囲を警戒する。ここまで完全に姿を隠す敵だ。ヤツ一機とは限らない』

「了解。見つけ次第連絡を!」

 

 C1との通信を切る。同時に携帯電話が鳴った。

 

「川村です!」

『私よ。状況は把握してるわね?』

「はい。お互いしてやられましたね、会長」

 

 電話の相手は更識楯無(生徒会長)だ。

 

『現在、アリーナの遮断シールドはレベル4。更に扉が全てロックされて干渉できない状態よ』

「やっかいな……っ! 解除は?」

『3年の精鋭、それに更識家も動いているけど苦戦してるわ。いくらなんでも強固過ぎる』

 

 電話越しでも楯無が悔しそうにしているのがわかる。

 

「わかりました。ヤツはこちらが何とかします。扉は壊してしまえばいい。会長は学生の誘導を。貴方が適任だ」

 

 学園のカリスマでもあり、最強の名を持つ彼女がこの混乱を統率するのが一番良い。

 

『私が行きたいところだけど、仕方ないわ。悔しいけどここは貴方に任せる』

 

「わかりました。では!」

 

 携帯を切る。その間にも出口とは逆方向、ピットへ続く廊下を走る。生徒たちは出入り口に殺到している為か、こちらには人気が少ない。

 やがて、目的地であるピットへ続く扉の前で足を止める。

 

「かわむー! どうするの?」

 

 おそらくこちらの目的地を予測したのだろう。遅れて追ってきた本音が不安そうに尋ねる。そんな彼女を安心させるように頷くと、静司は笑う。

 

「安心しろ。誰も死なせないし、アイツにも好き勝手させない」

 

 そう笑い、壁に向かって左腕を振り上げ――突き入れた。

 

「かわむー!?」

 

 グシャッ! という音を響かせ、静司の左腕は扉のロック部ごと反対側へ突き抜ける。唖然とした本音が見つめる中、ゆっくり腕を引き抜く。ロック部が壊れた扉は押すと簡単に開いた。

 

「よし」

「よしじゃないよ!? 腕が!?」

 

 慌てた様子で本音が詰め寄るが、静司の腕を見て固まった。

 制服が破れ、下のシャツも破れている。そしてその下。肌色の皮膚があるべき部分に異常な物が見えた。

 

「機械の……腕?」

「義手だよ。普段は人工皮膚(ナノ・スキン)で隠してた」

 

 そう。静司の左腕は黒く、鈍く光る機械で出来ていた。

かつてとある研究所を壊滅させた武装《クェィク・アンカー》。その規格外の武装の反動はかなり大きい。生身の腕なら耐えられない程だ。発射の衝撃で無く、チャージの際に生じる力場にISは耐えれても、人間の腕では耐えられない。しかしそれを扱った静司の答えがこれだ。

 

「だ、大丈夫?」

「問題ないよ。アリーナは俺はなんとかするから布仏さんは皆と避難を」

 

 安心させるように微笑み、そして呟く。

 

「――黒翼(こくよく)――」

 

 刹那、義手から光が溢れる。そして一瞬で静司の姿が変わる。それは漆黒の鋼鉄の鎧を纏った姿。

 

「行ってくる」

 

 そう告げると、一直線にアリーナへ向かった。

 

 

 

 アリーナ中央。ステージでは正体不明のISと一夏達が相対していた。

 

『織斑君! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!』

「――いや、先生たちが来るまで俺達で食い止めます」

 

 正体不明のISは遮断シールドを突破してきた。つまり、誰かが相手をしなければ観客に被害が及ぶ。一夏はそう判断し、《雪片弐型》を構え、鈴に声をかける。

 

「いいな、鈴」

「誰に言ってんのよ、当然でしょう!」

 

 鈴もまた、《双天牙月》を構えた。

 

「来るぞ!」

「このっ!」

 

 敵ISが体を傾けて突進。二人は左右に散り、回避する。

 

「一夏!」

「おう!」

 

 二人は左右からそれぞれの武器を構え、敵ISに迫る。だが敵ISはその巨体に似合わない俊敏さで宙に跳ぶと、二人に両腕四本の銃口を向ける。

 

「くそっ!」

「あっぶないわね!」

 

 即座に攻撃を辞め二人は方向転換。一瞬前まで自分が居た場所にビームが突き刺さるのを見て、冷や汗を流す。

 

「まだまだ!」

「喰らいなさい!」

 

 鈴が衝撃砲を展開。砲撃を放つ。それを回避した所を一夏が接近。一撃必殺の間合いとなるが、ひらり、と回避されてしまう。

 

「くっ……!」

「一夏っ、馬鹿! ちゃんと狙いなさい!」

「狙ってるよ!!」

 

 敵ISは全身のスラスターの尋常でない出力で一瞬で距離を離してしまう。凄まじい性能だった。

 

「鈴! もう一回だ!」

「当然っ!」

 

 即席のコンビネーション。衝撃砲と《双天牙月》を駆使し、鈴が隙を作り、そこに《雪片弐型》の一夏が切り込む。しかし敵ISはその全てを回避し、攻撃に移る。その長い両腕を振り回し、鈴に叩きつけた。

 

「っ! きゃああ!?」

「鈴!? ぐぁっ!?」

 

 攻撃は受け止めた物も、その重さに鈴が弾き飛ばされる。それに気を取られた一夏も逆の腕で殴り飛ばされた。

 

 一夏は地面に叩きつけられながらも、何とか姿勢を制御して即座に宙に跳ぶ。

 

「鈴! 無事か!」

「いたた、やってくれるわね本当に!」

 

 鈴もまた、一夏の横に並ぶ。お互いに満身創痍だ。そんな二人を敵ISは追撃することも無く、無言で眺めている。

 

「……? どうして攻撃してこない?」

「知らないわよ。……けど確かに変ね。最初の時も私たちが話してるときはあんま攻撃してきてない。まるで興味があるみたい」

 

 事実、敵ISは無言で二人を観察している。しかし、突然その動きが変わった。何かに気づき、空を見上げる。それと同時、

 

 ズンッ!

 

 鈍い音と共に敵ISが光に飲み込まれた。

 

「なっ!?」

「今度は何なのよ!?」

 

 驚き、二人も空を見上げ、声を失った。

 

 長い鉤爪の様な両腕。

 漆黒の中に紅いラインの浮かぶ装甲。

 そして左右に広がる鋼鉄の翼。

 その体の全てを覆う、全身装甲のISがそこに浮かんでいた。

 

 

 

 

「なんだアイツは……?」

「全身装甲、奴の仲間じゃないの!?」

 

 二人は警戒して、その黒いISを見る。だがそのIS――黒翼の操縦者である静司は二人を気にしては居られない。

 

(R/Lブラストは命中。けど手応えが無い。黒翼をあまり人目に晒す訳にもいかない……)

 

 今は最初の砲撃で巻き上がった粉塵でステージの様子は見えないだろう。そうなる様に放ったのだから。と、ISのハイパーセンサーが観客席から鈍い爆発音が響いた事を知らせる。すぐに通信が入る。

 

『C1よりB9へ。そちらの会長がアリーナに穴を開けたらしい。シールドごととは流石ロシアの国家代表ってとこだな。生徒はそこから避難する様だ。まったく無茶するねえ』

 

 どうやら会長はISで扉ごとぶち破ったらしい。だがこれで生徒は避難できるし、こちらは自由に動ける。

 そう結論付けると、静司は両腕を粉塵の中央。敵ISへ向ける。右腕のアタッチメントにはビームライフルが、左腕にはアサルトライフルが光と共に装備される。

 発射(ファイア)

 高熱の光と、高速の銃弾が敵ISに殺到する。しかしそれをスラスターを吹かせ、敵ISは回避する。そして両腕の銃口を全て静司に向けた。

 四本のビームが静司を襲う。だがその程度!

 

「すげえ……」

「なによ、アイツの動き……」

 

 静司と黒翼はその全てを見切り、横に、上に、そしてひらりと宙で周り回避する。敵ISのスラスター任せの強引な回避とは違い、その姿はまるで生物のようだ。

 全てのビームを回避した静司は両翼を展開。その翼が光を帯びる。但し、その出力は最初の倍以上だ。

 

(これでどうだっ!)

 

 発射。6本の光の柱が、逃げる間もなく敵ISを飲み込み、爆発した。爆風に煽られた一夏と鈴が地面を転がっているが、静司は見なかったことにする。

 

(どうだ……?)

 

 答えは煙の中から飛び出してきた腕だった。コマの様に周りながら飛び出してきたその腕の一撃を鉤爪で弾き、静司は舌打ちする。

 敵ISも無事という訳では無かった。装甲はひしゃげ、あちらこちらで煙が上がっている。目の様なセンサー部分も不規則に点滅していた。だが、まだ動ける。

 

(やっかいだな、本当に! だが一夏達も生徒にも、これ以上手出しさせない!)

 

 予想以上の敵の防御力に歯噛み毒づく。ならば直接切り裂いてやる、と構えた時だった。

 

『B9! 上空に敵機2機確認。射撃体勢に入っている!』

 

「っ!?」

 

 即座に構えを解き、両腕をクロスさせる。両翼で体を守る様に包み込む。

 直後8本の光の束が静司に直撃した。

 

「くっ……こ、の野郎っ! 舐めるな!!」

 

 とてつもない熱量と衝撃。そして爆発。黒翼の翼の一部がひしゃげ、吹き飛ぶ。しかし致命傷では無い。まだ動ける。

 

「助かった、C1。まともに受けてたらやばかったかも」

『お礼は女子生徒の生写真でいいぞ』

「……アンタ子持ちだったよな?」

『妻帯者だろうが子持ちだろうが迸る熱いパトスを裏切れないのが男だ』

「勝手に神話になってろロリコン」

 

 プライベートチャンネルでの通信を閉じ、空を見上げる。ハイパーセンサーが遥か遠くに居る2機を捕らえた。おそらく隠密機動(ステルス)を解除したのだろう。同型の2機はこちらに銃口を向けている。

 

(どうする……? 敵は予想以上に硬い。ここで一夏達を庇いながら上の2機を相手できるか……?)

 

 最優先目標は一夏と鈴の安全。だが上空と地上。どちらの敵を放っておいても危険は変わらない。

 

(やはり地上のコイツを速攻で倒すしか――)

 

 静司が行動指針を決めかけた時、地上の敵ISの前に、一夏と鈴が立ちふさがった。

 

「よくわかんないけどさ、お前が味方だって事は俺にだってわかるぜ」

「こっちは私たちに任せなさい」

 

(……っ!)

 

 二人は恐れることなく敵ISと向かい合う。こちらは正体を隠しているのにも関わらず、信用して、上を任すと言っているのだ。

 静司の任務は織斑一夏、及びその周囲の護衛。確かに彼らは守られる側の人間だ。だが彼らとて人形ではない。自分で考え、行動をする。そして一夏がいろいろ不平を漏らしながらも毎日特訓していることは知っているし、鈴もまた、代表候補性として並々ならぬ努力をしていることをデータで知っている。

 

(いけるか……?)

 

 敵ISは既に満身創痍。これまでの戦いで、おおよそのスペックは読めた。今なら一夏達でも太刀打ちできるかもしれない。そう、かもしれない、だ。あくまでこれは賭け。だが、

 

「俺は――俺は白式乗った時に決めたんだ。俺の家族を、そして大切な人たちを守るって!」

 

 一夏のその言葉は静司も覚えている。セシリアと戦った日、一次移行を遂げた白式に乗った一夏が放った言葉だ。守るという意思。それは静司にも通じるものがある。そしてその言葉で静司も腹を決めた。

 正体を隠している為、言葉はかけない。小さく頷くと、上空の2機へと向かっていった。

 

 

 

 空へ上がる静司に対し、上空の2機は再び発砲する。だが静司はスピードを落とすことなく、体を回転させ、それを回避した。

 

「見えてるんだよっ!」

 

 そのまま一度もスピードを落とすことなく敵に突っ込む。突進の勢いを加えた鉤爪の一撃がシールドごと敵ISの腹を突き破った。

 

「くたばれっ!」

 

 突き入れた腕とは逆の腕に装備したビームライフルを敵に押し当て、発射。零距離で放たれたビームは敵ISを貫き、爆発した。

 

『!?!?!?』

 

 もう一機が驚いた様に動きを止める。その様子を見て静司は確信した。

 

「やはり無人機か。動きがおかしいとは思ったんだ」

 

 ボイスチェンジャーを通した機械の声で敵に告げる。

 この敵はどこか動きが機械じみていたのだ。それにスラスターでの緊急回避もどこかパターンの様な物が見えた。

 

遠隔操作(リモート・コントロール)独立稼働(スタンド・アローン)。いや、驚いた様子からするとお前は遠隔か? それに完全なる隠密機動(ステルス)お前が誰か(・・・・・)見えてきた」

 

 そのISは同型ながら微妙に違った形状だった。装甲は一回り多く、色は他の機体より薄く、白に近い。その機体は静司の言葉に反応するように、ビームを放つ。だがその全ては静司に回避される。

 

「俺も久々でちょっと甘かった。けどもう容赦しない。人様の庭で勝手しやがったんだ。――蹂躙してやる」

 

 装甲の下、静司が笑う。どの獰猛な顔はIS学園に入学以来、誰も見たことが無い顔。地味で目立たない、特に特徴のない男性操縦者の顔では無い。

【EXIST】IS部隊。コードネームblade9としての戦士の顔。

 

「――行くぞ」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。爆発的な加速で敵ISに迫ると左腕を一閃。敵ISも腕で受け止めるが、甘い。そのまま腕を掴むと、空いている右腕で敵のもう片方の腕を掴み、そのまま蹴り上げた。

 バッチィ! と火花が舞い、敵の右腕が千切れた。シールドなんて関係なしの物理的な攻撃。そのまま掴んでいた左腕を振り回し、空に向かい投げる。姿勢制御もままならず、くるくると回転しながら飛んでいく敵に目掛けて両翼からR/Lブラストを連射。まるでピンボールの様に敵ISは当たっては吹き飛ばされ、当たってはまた吹き飛ばされる。

 だが敵も諦めていなかった。吹き飛ばされながらの不安定な姿勢から再びビームを放つ。だがそんな攻撃は静司にはかすりもしない。軽く躱され静司の接近を許した。

 機械のセンサーで出来た眼が、恐怖を感じている様に点滅する。

 

「終わりだ」

 

 そのセンサー部分目掛けて静司は腕を突き刺した。ビクン、と敵ISが揺れ、そして機能を停止した。

 そのまま数分間。静司は様子を見たが、動く様子は無い。それを確認すると、アリーナに目を向ける。どうやら一夏達も敵を倒した様だった。

 

『B9。ご苦労だった。それはG-3-7に持って行け。こちらで回収する』

「――了解」

 

 貴重なサンプルだ。ここで捨てる訳にはいかない。

 

『B9? どうした、様子が変だぞ?』

「っ! ……いや、なんでもないですよ。ちょっと疲れただけです」

『ま、任務続きだったからな。これが終わったら有給消化でもして休めよ』

「有給なんて都市伝説でしょう?」

『……なあ、もしかしここってブラックき――』

「あーあー聞きたくない聞きたくない。通信終わり」

 

 通信を一方的に切る。そのままポイントへ向かおうとするが別の通信が入った。

 

『上空の黒いIS。聞こえるな』

 

 織斑千冬の声だ。

 

『まずは協力に感謝する。だがお前には聞きたいことがある。こちらに従ってもらいたい』

 

 聞きたいことは、もちろんこちらの正体。そして黒翼の事だろう。だが、知られるわけにはいかない。静司は通信を無視し、その場から離脱したのだった。

 

 

 

 

 事件から数時間後。

 IS学園地下50メートル。権限を持つ人間しか入れない、その隠された空間で織斑千冬と山田真耶は深刻な顔で、画面を見つめていた。

 

「あのISの解析結果が出ました」

「ああ。どうだった」

「はい。あれは――無人機です」

 

 未だ、誰もが完成させていない遠隔操作と独立稼働システム。それをこのISは持っている。

 

「更には完全なる隠密機動か」

「こんな技術、信じられません」

「だが、ここにある。それが全てだ。山田先生」

「そうですね……。織斑君の最後の攻撃で、機能中枢が焼き切れていました。おそらく修復は不可能かと」

「あっちはどうだ?」

 

 あっちとは、静司が破壊した2機目の機体だ。静司が撃墜した後、学園敷地内に墜落したと物を回収したのだ。だが真耶は首を振る。

 

「あちらも駄目です。コアそのものが貫かれてますし、機体もバラバラですから。修復は不可能でしょう」

「そうか……無事な方のコアは?」

「……それが、登録されていないものでした」

「そうか」

 

 やはりな、と続ける千冬に真耶が怪訝そうな顔をする。

 

「何か心当たりがあるんですか?」

「いや、ない。今はまだ――な」

「残念です。けど、この無人ISも気になりますけど――」

「こいつだな」

 

 画面に映るのは黒いISだ。突然現れ、敵と交戦を始めた翼を持つIS。その戦闘能力は計り知れないものがある。

 

「この機体もどこにもデータはありませんでした。すいません、分から無い事だらけで」

「山田先生のせいではないさ。誰にも分かっていないのだから」

 

 この一件に関しては箝口令が敷かれる事になった。無人ISと黒いIS。この二つの情報は危険すぎる。どこまで隠せるかは分からないが、やれるだけの事はやるべきだ。

 

「一体、何が起きている……?」

 

 かつて、世界最強の座に居た女は静かにモニターを見つめ続けていた。

 

 

 

「よう一夏、無事――お邪魔だったみたいだな。すまん」

「待て! 待ってくれ静司!」

 

 鹵獲した敵ISを引き渡し、学園に戻った静司は一夏の元を訪れたのだが、目の前の光景に回れ右をする。そんな静司を一夏が必死に止めていた。

 

「一夏さん! あなたはどうするんですか!?」

「一夏! アンタはどうするのよ!?」

 

 セシリアと鈴に詰め寄られている一夏。その姿はどちらの女性を選ぶかという男としては羨ましい展開でもあるのだが。

 

「まあ後悔だけはさせないようにな。勿論お前もだが」

「何を言ってるんだ!?」

 

 はあ、とため息を付き、三人に近寄り訊いてみる。

 

「何を揉めてたんだ?」

「今日の戦闘の分析ですわ! やはりいつも一緒に訓練をしている私とするのが良いと、川村さんも思いますでしょう!?」

「何言ってんのよ! 私が一夏と組んで戦ったんだから、私とやるのが筋でしょう!?」

 

 しまった、藪蛇だ。

 

『どっちだと思う(思いますか)!?』

 

 ああ、確かにこれはキツイ。どっちを立てても後が怖い。

 

「え、えーと、ここは三人で仲良く――」

 

 ギロッ!!

 

「やっぱ二人きりで集中した方がいいかもね。うん」

「静司!?」

「すまん、一夏。俺も命は惜しい」

 

 今にも人を殺しそうな二人の睨みに思わず後ずさる。だが二人は納得していない。いかん、これは話を逸らさなければ、と静司は必死に頭を回転させる。

 

「そ、そういや凰と一夏は仲直りしたんだな。よかった」

「う、ま、まあね?」

 

 何故か挙動不審になる鈴に静司は首を傾げる。

 

「結局なんだったんだ?」

「ん? ああ、静司には少し話したっけ。正確には『料理が上達したら、毎日私の酢豚を食べてくれる?』だったよ。静司の言うとおり、ちょっと違ったみたいだ」

「馬鹿っ、一夏!?」

「へ?」

 

 慌てた鈴と気づかない一夏。そして、ゴゴゴゴゴ、と音が聞こえてきそうな位、壮絶な笑みをしている――セシリア。

 

「一夏さん。今の話、もう少し詳しく教えて下さいますか?」

「セ、セシリア? どうした急に……? この話はもう終わって――」

「終わらせませんわ! 前に聞いた話とそれでは全然違うではないですか!」

 

 また三人の言い合いが始まった。

 

(しかし一夏よ……それはマズイだろうに)

 

 完全に告白じゃないか。それを気づかずに忘れられれば怒りもするだろう。

 

「せ、静司! 助けてくれ!」

「いやあ、これ以上とばっちり受けたくないし?」

 

 がんばれよーと最高の笑顔で手を振り、医務室の扉を開け、固まった。

 

「やあ、かわむー」

「やあ布仏……さん?」

 

 扉の先には、笑顔だが、何故かセシリアに劣らない謎のオーラを放つ本音が居た。その雰囲気に押され、静司は一歩後ずさる。

 

「かわむーはやっぱりヒドイね~。心配して待ってたのに帰ってこないと思ったらこんなところに居るとはおどろきだよ~」

 

 何故だろう。雰囲気がいつもと違う。いや、いつも通りでもあるのだが何かが違う。のんびりとした雰囲気の中に、例えるなら怒れる小動物の様な、そんなオーラが混じっている。

 

「あーえーとそのだな」

「おねーちゃん達も話を聞きたいって。れんこ~」

「いや、あの布仏さん? ごめん、なんかよくわからないけどごめん! だから首を引っ張らないで!? ってか意外と力強っ!?」

 

 ずるずる、と引きずられていく静司を、一夏達も唖然として見ていた。

 

「今の布仏さんですわよね?」

「俺もそう思うが何か……」

「あの子、あんな子だったの……?」

 

 自分たちの事も忘れて静司の消えた扉を見ていたのだった。

 

 

 

 そこは暗い部屋だった。機械だらけのその部屋の中心、大きなモニターの前で女性はじっと画面を見ている。

 画面に映るのは白いISと、そして黒いISだ。

 

「んー、白式もいい感じだね。それにこれでいっくんは更に人気になるねっ。予定通り!」

 

 上機嫌に笑うのは篠ノ之束。天災と呼ばれる世界最高峰の頭脳を持つ女。

 

「箒ちゃんの姿も見れたし、サイコ―だね! けど――」

 

 上機嫌から一転、忌々しそうに黒いISを見る。

 

コイツ(・・・)

 

 邪魔をした正体不明のIS。コイツの登場は予想外だった。本来なら今回は白式の性能テストだった。そして突然現れた謎のISは一夏が倒し、彼は人気と名誉を得る。それだけの話だった。その為に、より多くの人間が見えるようにアリーナをロックしたのだから。

 だが、思い通りにならなかった。いや、最終的には一夏が倒したことには変わりはない。だが、過程が思い通りじゃない。気に入らない。それにもう一つ気になる点がある。それは黒いISの性能だ。

 束自らが遠隔操縦したISを圧倒したその力。唯のISではない。そして――

 

「気に入らないなあ」

 

 ぶるり、と一瞬震えた体を押さえつける。あの黒いISはこちらが誰か気づいた様な事を言っていた。それに最後の一撃、終わりを宣告する言葉に束は画面越しに恐怖した。顔は見えないのに。こちらは姿も見せていないのに。画面越しに殺される様な、そんな感覚がしたのだ。

 だが、そんなもの関係ない。自分は自分の大切な人たちが幸せになればいい。その為の障害は全て薙ぎ払う。

 

「ふ、ふふふふふ。束さんを敵に回したこと、後悔させてあげよう……」

 

 暗い部屋に静かな笑い声が響き続けた。

 




一巻部分はいま読み返してもやはり駆け足ですね。その分2巻からやたら伸びますが・・・一巻部分は土台作りに徹したせいかもしれません。

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