IS~codename blade nine~ 作:きりみや
果たしてそれは何年前だったか。
その時の年齢はもはや正確には思い出せない。ただ覚えているのは、その時の自分は死にかけていたというだけ。それも戦いによる怪我でも、病気でも無い。最も単純で、それでいて逃れられない生物としての制約。早い話が飢えだ。
物心がついた頃には名も知らぬ貧相な国の路地裏で生きていた。日々生きる糧を探し、奪い、盗み、食いつなぐ生活。だがそれも終わりを告げようとしていた。その事になんら感慨も、後悔も無い。ただ無感動に終わりを意識し、そして目を閉じた。
だが不意に辺りが騒がしくなった。億劫に目を開くと近くにトラックが止まり、そこからわらわらと武装した男たちが降りてきていた。男たちは散らばると何かを探し始める。そして何を探しているかは直ぐに知れた。
子供。それも自分の様に身寄りのない路上生活者を集めている。男たちに捕まった子供たちはおぼつかない足取りで引っ張られ、トラックに乗せられていく。今までもその光景は何度が見た事がある。恐らく自分達を鬱陶しく感じたこの国の政治家が『処分』する為だろう。事実、それを遠巻きに見る市民は、一瞬顔を顰めたが見て見ぬふりだ。悲惨とは思っても、関わりたくはない。誰だってそうだ。
男たちは自分の所にもやって来た。そして無理やり立たせると、まるで荷物を運ぶかのように無造作に持ち上げトラックに放り込まれた。小さく、匂いの籠ったトラックの中では自分と同じように捕まった子供たちが詰まっている。泣いている者もいれば、諦めたのか関心が無いのか、生気のない目でこちらを見つめる者。
それらをぼんやりと眺めていると仕事を終えたトラックが動き始める。向かう先は知らない。だが自分はこの世から去る寸前の身だ。どこに居たって結果は変わらないだろう。
静かに目を閉じる。次に目を開けるときは果たしてくるのだろうか。そんな事を考えながら。
「あんな子供まで使うんですか? 今にも死にそうな連中ですよ?」
執務室に若い所員の声が響く。部屋の主は小さく頷くと今しがた届けられた書類に目を落とした。
歳は50代半ば。白髪の生えたくたびれた金髪の男は、かけている眼鏡の位置を調整ながら書類を確認する。その身は白衣に包まれており、その白衣には責任者を示す名札がかけられていた。
「我々の研究は失敗続きだ。ここまで来ると様々な被検体で試すほか無いのだよ。幸いこの国の連中も煙たがってる様な子供達だ。居なくなっても困る奴なんて居ない」
「しかしあんな体の状態でまともに耐えられるとは思えませんが」
「ならば生かせる努力をしたまえ。別に尽くせと言いたいわけでは無い。最低限の実験に耐えられる程度に世話をしろ。どいつもこいつもいつ死ぬか分からない生活をしてたんだ。ちょっと優しくしてやれば、言う事も聞きやすいだろうしな」
若い所員はため息を付くと「わかりました」と答えた。別に子供達を心配している訳では無い。単に面倒に思っているだけだ。だがそれもこの研究には欠かせないと言われては従うほかない。
「しかしISに対抗できる兵士の『開発』ですか。正直言って注文が無茶すぎますよ。ISの能力を知れば知る程それが夢物語だと思い知らされます」
「何だってかまわないさ。その馬鹿げた夢物語のお蔭で私は存分に研究が出来るのだからな。だが……」
男が近くのコンソールを叩き、正面のモニターに画像を呼び出す。そこに映るのは一振りの剣を持った白いIS。通称【白騎士】だ。
「これの力は正直気になるな。勿論機体の性能はあるだろう。だが、搭乗者の能力はどれ程なのか? 果たしてこのIS無しでどれ程やれるのか? 興味は尽きないな」
「白騎士ですか。現在最も怪しいのは篠ノ之束の友人であるという織斑千冬ですが、彼女はまだ学生ですし何とも……」
「だがその力は学生というには高すぎるとも聞いている。そしてあの篠ノ之博士と友好関係を持つ、か。何か裏があるのかもしれんな。いずれ研究してみたいものだ」
男は画面に映る白騎士を眺めながらその顔を歪める。それは酷く卑しく、まるで物を見るかのような目だった。
白騎士事件から一年。世界は着実に変わり始めていた。
織斑一夏が男性操縦者として発見される5年前。ある島の研究施設にて。
「主任、本気で言っているんですか?」
「ああ、そうだとも」
小さな研究室。そこで白衣を着た二人が向かい合って座っている。ここ数年で白髪の増えた、主任と呼ばれた金髪の男。片やこの研究所でも若手ながらその能力を買われた男。二人の間には飲みかけのコーヒー、書類。電子端末などが乱雑に散らばっているが、お互い気にすることなく話を進めていた。
「例のISに勝る兵士の『開発』は一向に成果が出ていない。逆にISは研究が進み、より効率化がすすめられている。ハッキリ言ってこれ以上は無駄なのだよ」
「そんな事2年前に話したじゃないですか。それを承知で進めていたのでしょう?」
「そうだ。だが今の段階では完全に頭打ち、発展は見込めん。それより興味深い物を手に入れたのだよ」
主任は引き出しからファイルを抜き出すと投げ渡した。男は顔を顰めつつも受け取りその内容に目を落とす。そしてその顔が驚愕に染まった。
「468個目の……コア……!?」
「違う。それは一番最初になる筈だったコアだよ」
主任が渡した書類。そこには本来ならあり得ない、新たなコア発見の報告が記されていた。だが一番最初とはどういう事か? 疑問符を浮かべる研究員に男は答えてやる。
「博士の失踪後、博士の研究室にあった物は回収されIS委員会が管理している。それこそネジの一本単位で回収したと聞く。しかし実際に有効活用できたのは博士が残した467個のコアと一部のデータや機材のみ。その他は解析不能、用途不明のデータでガラクタ扱いだ。元々変人だったからな、あの博士は。だがそんなものでも博士が残した物だ。
「しかし何故これがそんな所に? 本来なら真っ先に確保するものでしょう」
「私もそう思い調べて見たら面白ことがわかった。このコアは元々『欠陥品』として破棄された最初期のコアらしい。それも博士は破壊して廃棄した様だな」
ここまで言えば、研究員は目の前の男が面白いといった意味が分かった。
「自己修復をした……ということですか」
「そうだ。コアは博士以外解析不能だから最初は唯のガラクタ扱いだったのだろう。だがこのコアは周りの機材を取り込み少しずつ自己修復を行った。委員会側は碌な管理をしていなかったのか、全く気付いていない様だったよ。それを我々が回収したと言う事だ」
そこに潜入してそのコアを奪ってきたのを委員会の怠慢と見るか。それともこの自分のいる組織の底の見え無さを恐れるべきか。研究員は一瞬背筋を震わせたが、努めて冷静に頷いた。
「つまり次はこれの研究を行うと言う事ですね」
「いや、少し違う」
主任は紙束を取り出した。それは新聞の束であり、一面はどれも似た様な物で『第一回モンド・グロッソ決着!』『織斑千冬、総合優勝!』という文字が躍っている。
「先月の新聞ですね。おおむね予想通りの結果でしたがこれが……?」
「ふむ、あまり勿体ぶっても仕方あるまい。我々はISに勝る最強の戦士を作ろうとしたが失敗した。ならば次はISを使える最強の戦士だ。幸い我々は新たなコアを手に入れた。それも最初期――つまりあの白騎士に近い可能性のあるコアを」
「まさか――」
続く言葉に思い当たり、男は息を飲んだ。目の前の主任がやろうとしている事は、つまりはあの圧倒的強さを魅せた白騎士の再現ではないかと。そしてその予想を主任は肯定した。
「そうだ最強のIS操縦者を『造る』。それも複数だ」
主任の言う『造る』が決して訓練などで育てると言った意味では無い事は、男にも流石に分かっていた。
「ならばいっそ織斑千冬のクローンでも作ります……か……?」
冷や汗を流しつつ冗談交じりに男は言うが、目の前の上司が普段見せないような薄ら笑いを見せた事に戸惑ってしまう。その上司はデスクから書類の束を取り出すと机の上に放り、簡潔に答えた。
「もう造った」
「……え?」
放り出された書類。そこには織斑千冬を始め、モンド・グロッソの部門別優勝者等の優れたIS操縦者の量産計画。その計画の概要と経過。そして結果が記されていた。
「いつの間に……」
「知っているのはごく少数だ。事が事だからな。だが不思議な事でもあるまい? 優れた能力――特に適性Sなんて逸材は片手で数える程も居ない。これからの戦場はISによって左右されるのが明確な以上、このような計画が上がるのも当然だ。……まあこれは失敗だったがな」
「失敗、ですか?」
「ああ。肉体のコピーは多少劣化が見られたが、まだマシだった。だが中身まではそうはいかなかったのだよ」
各素材の体細胞から作られたクローン。その肉体は確かにオリジナルの物に近かった。しかしその中身。つまり知識や経験はコピーできず、そしてそれが無いそのクローン達は唯の屈強な肉体を持つ戦士でしか無かったのだ。勿論それだけでも十分に使い道はあるが、生憎求めていた物はそんなものでは無いのだ。
「ならば当然、知識のコピーを行う事にした。とは言っても、今までの戦闘データを情報として脳に直接叩きこむだけだがな」
「そんな事が可能なのですか?」
少なくとも男はそんな技術は知らない。
「可能だ。君は聞いたことがあるかな? 初めてISに触れた者が、適性に関わらず稀にある証言をしている内容を。それによると、触れた途端頭の中に情報が流れ込んできたと」
「……聞いたことがあります」
確かにそれは事実だ。それが起こる条件や理由は不明だが、稀にそう言った事を証言する適性者は確かに居る。
「コアにも意思があるという話だ。そのコアの気まぐれか何かの目的があるのかもしれないが、私はその現象を『インストール』と呼んでいる。今まで知らない筈の知識を簡単に得るその現象。それを利用するのだ。これは私の私見だが、織斑千冬もそのインストールを受けたと考えている」
確かに思い当たる節はある。織斑千冬は最強のIS操縦者だが元は学生だ。ならばその戦闘技術は誰に習ったのか? 不審な点は多い。
「この現象を解析し、コアに頼らずとも脳に直接書き込む技術が開発された。だがそれを実際に試した所、全てのクローンが発狂して死んだ」
事も何気に主任が告げる言葉に、男の背筋が凍る。だが主任はお構いなしに続けた。
「原因は脳へ与える負担が大きすぎたのと、例えクローンだとしても、持っていた自我とのせめぎ合いだろう。クローンの耐久力もあったかな? だが私はこの技術は改善の余地があると考えている。そこで君を呼んだのだよ。脳科学のスペシャリストである君を」
「つまり私にその技術の完成を手伝えと?」
「そうだ。同時にクローンの方もより本物に近づけていく。肉体、つまり『ハード』の作成。知識等の『ソフト』のインストール。この二つが完成し、組み合わされば我々の目指す最強のIS操縦者の量産も実現できると考えている」
ごくり、と喉が動く。馬鹿げた話の様で、しかしこの目の前の男が冗談を言う様な人間では無い事は知っていた。そしてもし本当にそれらが完成すれば、本当に最強を造りだせるかもしれない。それは研究者としても酷く魅力的な物に見えた。
「……被検体はどうするのですか? まさか毎回クローンを作成する訳では無いでしょう?」
「当然だ。予算も時間も馬鹿にならん。元の計画の為に集めた子供たちが居ただろう。アレを使う。足りなくなったら補充すればいい」
「しかし先ほど自我とのせめぎ合いと話していましたが、下手に経験を積んでしまっていては影響が出るのでは?」
『回収』した子供達。それらは対IS訓練を受けさせている。その内容ゆえに死者も多いが、その分生き残った子供たちは戦いの経験を積んでしまっている。
「様々なテストケースが必要だからな。余りにも自我が薄く、貧弱な精神ではインストールに耐えられないかもしれない。逆に強すぎては効果が薄いかもしれないし、お互いがぶつかり合い結局壊れるかもしれない。そこが分からない以上、試すしかあるまい」
まるで物を扱う様に言い捨てると男はカードを取りだし、若い研究員に放った。そのカードはこの研究所でも最もセキュリティレベルの高いエリアに入る為の物だ。
「この計画の名は『Valkyrie project』。最強のIS操縦者を私たちの手で造りだす」
男が笑い手を差し伸べる。それは悪魔の契約にも思えた。触れてしまったら後戻りできない。しかし魅力的な研究。自らの知識や経験を総動員してこの世界で最も優れた物を造りだすという快感。自らの自尊心が炎を上げ、心を躍らせる。
そしてその熱情に押される様に、差し出された手を握り返した。やがてこの計画が引き起こすであろう事など思いも知らず、ただ己の欲望に身をゆだねて。
そして数か月後。
白に塗りつぶされた教室程の部屋には機械で装飾された銀色の椅子が5台設置されており、その一つ一つには10代前後の子供がくくり付けられていた。子供たちの頭は巨大なヘッドマウントディスプレイの様な物が取り付けられており、その顔の下半分しか見えない。
そして―
「ああああがっぎ、ぐきぎゃああああああああああ!?」
「ひぃぃぃっぎゃああぐほぅぇあぁぁぁぁああぁぁぁ!?」
「あああああああがぎゃぅっ!? ――――――――――」
部屋の中に5つの悲鳴が鳴り響く。悲鳴を漏らすその口からは泡を吹き、鼻水と鼻血を流しヘッドマウントディスプレイの下から涙が止まることなく溢れている。
悲鳴はしばらく続いたが、やがて一人、また一人とその悲鳴が消えていく。やがて最後の悲鳴が収まるとアナウンスが響いた。
『実験中止。被検体16番、37番、51番、53番、62番全て反応無し』
アナウンスが終わると同時、部屋の扉が開き白衣を着た数人の研究員が子供たちの状態をチェックする。だがそのどれもが息をしていない事を確認すると椅子の正面、窓越しに観測室から状況を見つめていた研究員に首を振った。
「今回も失敗か」
「ええ。今までインストールプログラムNo52まで耐えた被検体でしたが、やはりNo53は無理だったようです」
「ふむ……やはりプログラム内容に問題が?」
「一応色々調整はしているのですが現状手さぐりです。今までの成果から、やはり子供の方がインストールは順調なのでそちらをメインに行っていますが何とも……。それに被検体の可能性もありますが、やはりEX01が特別だったのかもしれません」
「唯一No53のインストールに耐えた被検体か。しかしそれもNo73で失敗した。それ以降No53を超えたのは居ない。中々どうして、難しい物だな」
男はため息を付く。Vプロジェクトが始動してから数か月。未だ完成の目途は立っていない。
「ハード面の方はどうなのですか?」
「あちらは概ね順調だ。色々と調整も終わり、5体が残った。今はそいつらに例のコアを使って訓練をさせている。その情報を次のロットに反映させる」
「成程。ならばやはり問題はこちらですね」
部屋を見ると新しい被検体が椅子にくくり付けられている所だった。彼らの眼には生気が無い。これも今まで度々行ったインストールの影響だろうか? このまま全部死んでしまっても困るので少々休ませた方が良いのかもしれない。男がそんな事を考えていると、再び実験が始まる。先ほどと同じように5つの絶叫が響く。しかしそれを観察する研究員も、男も、それを何とも思わない。何故なら目の前にいるのはあくまで被検体なのだ。被検体は自分達の望む結果を出してさえくれればそれでいい。
やがて一つ、また一つと悲鳴が消えていく。今回も失敗だったかと諦めかけ、インストールプログラムの改善点を考え始めたが、不意に声がまだ続いている事に気づいた。
「ほう……」
隣の主任も感嘆の声を上げる。研究員達も機体の眼差しで見つめる中、最後の悲鳴は途切れることなく続いた。
「あと何%だ!?」
「まもなくです! 97、98、99、100!」
インストールの終了を告げる機械音が鳴り、プログラムが終了する。咄嗟に確認したモニターでは、最後の悲鳴の主が未だ生存していると知らせている。
「被検体21番。インストールプログラムNo53……成功」
おぉ、とどよめきが上がる。直ぐに先ほどと同じように研究員が部屋に入り21番を確認するが、確かにそれは生きていた。男は笑みを浮かべると自らも部屋に向かう。
部屋の中は酷い匂いだった。それは汗や涎。血や小便の匂いが混ざった不快な匂い。今までの被検体が漏らした物だ。そろそろ一度洗浄すべきだろう。そんな事を頭の隅で考えつつ、男は21番に近づく。
黒髪黒目。東洋系の顔立ちをした少年だ。目つきは鋭く、今はその下に大きな隈も出来ているせいで、一層物々しさを増していた。だが瞳の焦点はあっておらず、口からは涎を垂らすその姿では、決して脅威を感じない。男は今にも倒れそうなその少年の顎を掴み、自らに視線を合わせた。
「よく耐えてくれたな。感謝するぞ21番。いや、今からお前はEX02だ。存分に我々の研究の糧になってくれたまえ」
それは決して労いの言葉などでは無く、少年の地獄が続くことの宣言でもあった。
よくある話。ならば鉄板をそのまま行けばいいじゃないという
ISの二次を書くにあたって大抵の人がまず思いつくであろう千冬クローンです。捻りないけど